真剣で川神弟に恋しなさい!S   作:ナマクラ

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真剣 で 川神弟 に 恋 しなさい !
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第一話 「俺の名前は川神十夜だ!」

――負けた

 

 別に今は勝てなくてもよかった。

 ただ、姉貴に近付いている事を実感したかった。がんばればその差が縮まっていく事への保障が欲しかった。

 姉貴より後に生まれて、姉貴より後に武道を始めた。だから姉貴の方が強くてもおかしくない。

 

 でも俺は姉貴よりも努力を重ねてきた。姉貴が始める時間よりも早く鍛錬を始めて、姉貴が鍛錬を終えた後も続けた。だからそれで追いつかなかったとしても差は縮まってきていると信じていた。

 

 だけど、その差は縮まらない。むしろ離されてるようにも感じてしまった。

 『才能』というものの差を強く感じるようになった。

 

 でも、もしかしたら、姉貴と互角に戦えるんじゃないかと思いたかったんだ。

 ある時から、姉貴はじいちゃん達が認めた相手以外とは戦えなくなった。俺が姉貴と戦いたいと言っても、じいちゃん達は認めてくれなかった。

 だから、大和の口車に乗っかって、戦う口実を作ったんだ。

 俺の力を信じて、戦いたかった。姉弟としてじゃなく、武を学ぶ者同士として。

 

 でも、違った。

 

 互角どころか、姉貴に本気を出させることもできなかった。

 姉貴はこう言った。

 

「弟が姉に逆らうとは生意気だ!」

 

 つまり、姉貴にとってこの戦いは、戦闘ではなくケンカ。相手は武道家ではなく弟。

 実力の差があったとしても、俺が対等な戦い、決闘だと思っていたものは、姉貴にとっては別に対等な存在との決闘なんかじゃなかった。姉貴は俺を好敵手だと認めていない。

 

 俺は姉貴に勝てない

 

 そう悟った瞬間、俺の心は折れてしまった。

 

 今まで人生のほぼ全てを費やしてきた武道に、それによって至ろうとしていた目標に、どうやっても到達できないと感じてしまった。己を形作る大きな柱がぽっきりと折れてしまったような、そんな虚脱感が俺を襲った。

 

 

 そして俺は、己の殻に閉じこもった。

 

 

 入院してからも、退院してからも、外に出ず、ひたすらに閉じこもり続けた。今までしてきた鍛錬もやめ、学校にも行かず、ファミリーにも会わなくなった。

 

 

 キャップたちは俺を心配して幾度もお見舞いに来てくれた。けど、俺はその厚意を無為に扱った。今は放っておいてほしかった。

 それでも皆は心配してきてくれる。だから俺はある時、誰にも気づかれる事なく、部屋から抜け出し外へと繰り出した。一人になりたかったんだ。

 

 ただ外に繰り出すといっても、俺の行ける場所はほとんどが風間ファミリーの遊び場である。皆と顔を合わせるのが複雑で抜け出したのに、わざわざみんながいる場所にいくのも馬鹿馬鹿しい。

 なので俺は多馬大橋の陰に隠れるように座り込んだ。

 ただ何もする事もなく、ボーっと川を眺めていた。誰もいない空間で時間だけがただ無為に過ぎていった。何も考えたくなかった俺としては絶好の場所だった。

 そんな時だった。声をかけられたのは。

 

「あ、あの……」

 

 声のした方を見ると、そこにいたのはボロイ服を来た俺と同じくらいの女の子だった。見覚えはなかった。その女の子はおどおどしながらその手に持った白いマシュマロをこちらに差し出してきた。

 

「マシュマロ、食べる……?」

「……いらない」

「あう……」

 

 今は誰かと関わりたくなくてここに来たのにそれを邪魔された事へ苛立ち、その女の子を邪見に扱った。そうすればどこかに行くと思ったんだけど、しかしその女の子はそれでも俺に話しかけてきた。

 

「あ、あの、どうしてこんな所に一人でいるの? 何か嫌な事でもあったの?」

「別に……世の中には、どれだけがんばっても叶わないこともあるんだって知っただけだよ」

 

 彼女の問いかけに対して、俺は投げやりに自嘲気味に答えた。しかしそれは本心だった。

 

「ぼくね、キミが何を悩んでるのか知らない。ぼくも、お母さんが好きなのに、認めてもらえなくて、お母さんに見てもらえなくて……」

 

 俺が少し会話をしたからか、あるいはその話の内容からか、彼女は自分の身の上話を始めた。

 

「でもね、お母さんもぼくのこときっと好きだと思うから、がんばるんだ」

 

 その純粋な思いに、俺はどうしようもなくイラッときた。そんな楽観的な希望なんて意味がないとついこの間身を持って知って、それにどうしようもなく打ちひしがれているからだ。

 

 だからこそ、感情のままに口を開いてしまった。

 

「無理だよ」

「え……?」

「お前はがんばっても現状は変わらなかったんだろ? だったらもう諦めた方がいい。どうせお前の親はお前のこと好きじゃないよ」

 

 ……我ながらひどい事を言った。でも、八つ当たり以外の何物でもないけど、訂正するのも謝るのも嫌だった。たぶんこの子が次に口にするのは俺に対して怒りの言葉か否定の言葉のどちらかだろう。でも俺はそれも否定してやる。八つ当たり以外の何物でもない最低な行為だけど、どうでもいい。今はこのもやもやした心を晴らす方が先だ。

 しかし彼女の口から出た言葉は、怒りの言葉でも、否定の言葉でもなかった。

 

 

「ぼく、諦めないよ」

 

 

 それは純粋な、決意の言葉だった。

 

 

「……何でだよ」

「だって……」

 

 俺の疑問に対して、彼女は俺の目をしっかり見て、そしてはっきりとこう言い切った。

 

 

「お母さんの事が好きだから」

 

 

「え……?」

「もしお母さんがぼくの事を好きじゃなかったとしても、それでもぼくがお母さんの事を好きなことには変わらないもん。だから、諦めない」

「――――」

 

 俺は、この子の事を甘く見てた。

 

 たとえ自分の想いが報われなかったとしても、自分が相手を想ってる事自体は変わらないのならそれでも別にいいと言い切った。

 

 この子は、強い。俺なんかよりも、ずっと。

 

「強い、んだな、お前」

「そんなことないよ?」

 

 彼女の言葉を否定しようと思った。だけどできなかった。彼女の強さを感じた事で、己の情けなさが際立ってしまった。

 

「…………そっか、なら俺が弱いのか……そうだな……」

「……あの、よくわかんないんだけどさ……」

 

 さらに落ち込んでしまった俺を見て彼女は戸惑いがちにこう尋ねてきた。

 

 

 

「キミががんばってきたことって、そんなに好きなことじゃなかったの?」

 

 

 

「え……?」

「キミはそれが好きだったからがんばってきたんじゃないの……?」

「あ――――」

 

 彼女のその言葉が、俺の心に染み渡るように響いた。

 

「そうだ……そうだった」

 

 俺は武道が好きだった。強くなる事が好きだった。だからこそ辛い修行にも耐えられたんだし、それを続けられてた。

 姉貴に勝つなんて夢はそれに付随してきたものに過ぎなかった。暗にお前では総代になれないと言っているじいちゃんや師範代たちへの反発でしかなかった。

 だったら姉貴に勝てなかったとしても、それは別にどうでもいい事なんだ。いや、どうでもよくはないけど、でも今まで武道をやってきた事は無駄な事にはならないんだ。

 

「ありがとう」

「え? 何が?」

「いや、お前のおかげで何か楽になったんだ。ありがとう」

「よくわからないけど、どういたしまして?」

 

 いきなりお礼を言われて彼女は首をかしげる。そんな彼女を見ていて、そういえば何で話しかけてきたんだろうと考えようとして、やめた。最初に彼女へとってた俺の態度が酷過ぎたのを蒸し返されたくなかったからである。だから今はその方向にいかないように別の事に誘導しないと……

 

「……そういえばお前、何て言うの?」

「え?」

「名前。遊ぶヤツの名前くらい知っときたいだろ?」

「え!? ぼくと、遊んでくれるの!?」

「俺は十夜。お前は?」

 

 彼女の驚きようにこちらも驚きながらも、俺の名前を教えて相手の名前を促した。その俺の催促に彼女はとても嬉しそうに答えた。

 

「こゆき……ぼくの名前は小雪だよ!」

「小雪……じゃあユキだな。よろしくな」

「うん! よろしくね、トーヤ!」

 

 

 小雪……それが、彼女の名前だった。

 

 

 それから俺はユキと遊ぶようになった。

 

 表向きは引き篭もっていたが、目を盗んで彼女と遊びに行った。ファミリーが嫌いになったわけじゃないけど、今はなんとなく顔を合わせづらかった。

 二人しかいないから、できる遊びは少なかったけど、それでも楽しかった。

 それとお互いに色々と話をした。他愛のない話でも時間が過ぎるのが早かった。

 ユキの話は辛いものが多かった。母親との一方的な不仲の話を聞いた時は母親に文句を言いに行こうと思ったけどユキに止められた。ユキに「お母さんは悪くない」と言われて、俺が直接出来ることはないんだと、バカな俺なりに理解した。

 そして俺達風間ファミリーが原っぱで遊んでいる所を何度か見てたという話になった。何度か入れてもらいたかったけど、勇気が持てなくて話しかけられなかったという事。それといつものようにファミリーの様子を見に行ったら俺がいなかったこと。そして偶然俺が一人で川原にいるのを見つけたことを聞いた。

 それを聞いて俺はユキをファミリーに紹介する事にした。

 

「今度俺の仲間を紹介するよ」

「え? いいの?」

「いいんだよ。これからは二人じゃ出来ない遊びもしよう。それに大和っていう頭いい仲間がいるんだ。ソイツならユキがお母さんと仲良くする方法を思いついてくれるかもしれない」

「ホント!?」

「絶対……とは言えないけど、大和は頼りになるヤツだから大丈夫だと思う。少なくとも俺みたいに力で何とかするしか思いつかないなんて事はないはずだ」

「ありがとうトーヤ!」

「それじゃ、時間も時間だし、今日は帰らないと。また明日、いつもの場所でな」

「うん! また明日ねー!」

 

 

――だが、次の日、ユキはいつもの場所には来なかった――

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 

―2009年5月―

 

 神奈川県川神市にある川神学園。その通学路である多馬川のほとりを多くの学生が歩いていく。

 

 その中で他の学生と比べると少しばかり目立っている集団がいた。

 

 

 赤いバンダナがトレードマークのリーダー、風間翔一

 

 『武神』と称えらえる美少女、川神百代

 

 武神の妹にして努力の申し子、川神一子

 

 天下五弓に数えられる愛の狩人、椎名京

 

 刀を携える剣聖・黛十一段の娘、黛由紀恵

 

 日本好きのドイツから来た義の騎士、クリスティアーネ・フリードリヒ

 

 知略と人脈が武器の軍師、直江大和

 

 パワー自慢のタフなナイスガイ、島津岳人

 

 地味だがパソコン知識は随一、師岡卓也

 

 そして今ここにいないもう一人を含めた十人で、彼らは風間ファミリーと呼ばれていた。

 

「そういえば十夜はどうしたの?」

「何か今日はあっち(・・・)と登校するんだって」

「お姉ちゃんを放って別の女の所にいくとか何考えてるんだ弟は」

「オラ常々思ってたけどさー、モモ先輩って意外とブラコンだよねー」

「こら松風、口は災いの元ですよ」

 

 彼らは各々楽しそうに話をしているが、もうじき変態の橋という不名誉なあだ名で親しまれている多馬大橋が見えてきた辺りで不自然に人が集まっているのが目に入り、話題がそちらの方に移った。

 

「あれ? また誰か姉さんへの挑戦者が来てるのか?」

「でもモモ先輩がまだここにいるのにあそこまでなるかなぁ?」

 

 ファミリーの面々が疑問に思っていると、人垣の向こう、ちょうど人の輪ができている中心あたりから大きな声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「――川神百代だな!? 今ここで決闘を申し込む!!」

 

 

 

 

「やっぱりまたお姉様に挑戦者みたいだわ! ……ってあれ?」

「ちょっと待て犬! モモ先輩はここにいるぞ!?」

「いや、待て。モモ先輩なら超スピードでもうあっちにいる可能性もあるって俺様思うんだが……」

「いやいや普通にここにいるからね!?」

「……何か橋のとこに姉さんがもう一人いるみたいだけど」

「誰だ私の名を騙る馬鹿は……?」

 

 苛立ちながらも突入することなく耳を澄ませる百代を筆頭にファミリーの面々も同様に様子を伺う。

 

 

「……え? あの、いや、その……人違い、ですけど……?」

「ふざけるでない! 鴉羽のような黒髪に紅玉の如き瞳、さらに川神学園の制服。そして何よりその鍛え抜かれた隙無き体捌き! これらの事が貴様を川神百代であると物語っておるではないか!」

「い、いや、まぁ確かに、川神には違いないけども……」

 

 

「…………別に騙ってるわけじゃなさそうだな」

「というかあれは相手の道着のおっさんが悪くね?」

「じゃあお姉様に間違われてる相手って誰かしら?」

「いや、まあ想像できるけど」

「何!? 一体誰なんだ京!?」

「いやいやクリ吉、結構特徴出てたからそこは気付いてあげようぜ」

 

 事情がわかってもなお風間ファミリーは一部を除いてあの騒動の中心に介入しようとしない。完全な野次馬気分である。

 そんなファミリーの面々や他の野次馬の事など関係ないとばかりに事態は進行していく。

 

 

「い、いや、それそこに重要な情報が入ってない……」

「問答無用!!」

「い、いやだからさぁ……」

 

 武神と間違えられている少年は何とか誤解を解こうとしているが、相手の武道家は聞く耳持たず少年へと突っ込んでいく。その距離が縮まりもうすぐ武道家の間合いに入ろうとしたその時……

 

「――人の話聞けよ!」

「ぐぼぁッ!?」

 

 凄まじいまでの速さで放たれた右ストレートがカウンター気味に武闘家に顔面に突き刺さり、バウンドしながら10メートルほど吹き飛ばされた。

 

 

「俺の名前は、川神十夜だ! 川神百代じゃねぇ! てか姉貴は女だっての!!」

 

 

 百代と間違われていた少年の名前は川神十夜。風間ファミリーの一人であり、武神・川神百代の弟である。

 

 

「何と……武神が、まさか女子であったとは……不覚……ガクッ……」

 

 そう言い残して、武闘家は意識を手放した。

 

「この人、ガチで姉貴の性別知らなかったのか……」

「ねーねー、終わったー? もうトーヤの側に行ってもいい?」

「ええ、いいですよユキ」

「よく我慢してたな、えらいえらい」

 

 勘違いしていた武道家を一撃で倒した十夜のもとに二人の男子生徒と共にいた白い少女が駆けてきた。

 

 少女の名前は榊原小雪。かつて武道から離れかけた十夜を再び武の道へ戻すきっかけとなった少女である。

 

「お疲れトーヤ! あの人スゴイバウンドしてたねー。楽しいのかなー?」

「いや楽しくはないんじゃねーかな?」

「つか普通に痛いと思うぞ」

「血も結構出ていますしね」

 

 十夜に飛びついた小雪に続き、色黒の美男子の葵冬馬ときれいに剃られたハゲ頭の井上準も会話に加わり、盛り上がろうとしていたその場に、突如として一陣の風が吹いた。

 

「とう! お姉ちゃんにも構えよー! コユッキーも一緒に構ってやるから!」

「うわっ!?」

「わーっ!?」

 

 その風とともに現れた百代はそのまま背後から十夜と小雪をその両手に抱きしめた。

 

「おやおや、羨ましいですね。私も混ぜてもらいたいものです」

「断る! 弟とカワユイ女の子は私のものだ! お前の入る余地はないからな! 葵冬馬!」

「それは残念です。私としては貴女にも十夜君にも興味が尽きないのですが」

「あー、冬馬先輩? 何度も言ってますけど俺にそっちの気はこれっぽっちもないんで」

「これまた残念です。次の機会を待ちますか」

「ええー……諦めないんすか」

「てかあのおっさん放置してていいのか? 派手にバウンドしてたが……」

「あっ、やべ。川神院に連絡いれねぇと……」

 

……こうして彼らの日常は紡がれていく……

 

 

――――これは、川神十夜という一人の少年が、一つの出会いによって違う道を歩んだ物語である――――

 

 




という事でやってしまいました、『強くてニューゲーム』こと新作その2!
この話は「もしも十夜が武道をやめなかったら?」という事を考えて思いついた作品であります。前作とは違った強い十夜が見られるかもしれません。

それでも人見知りなんですがね!w

まあその辺りの事はおいおいと書いていければと思っております。

ただ、先日別作品も投稿してしまいましたので、更新がとんでもなく遅くなる可能性があります。というか多分なります。なのでその辺りも御承知していただければ幸いでございます。

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