鎮守府におじいちゃんが着任しました   作:幻想の投影物

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――――どこかのシステムログより



乱種

 近海で艦娘と戦う事と、遠洋まで遥々赴いた艦娘達と戦う事はまるで違う。軍事系統も、数千年の人間の歴史も、全てが深海より訪れた放火によって焼き落とされたこの世界。近海であれば提督自身が生の情報を得られることでの有利もあるが、遠洋にまで、提督が艦娘の一隻に乗ってついていくわけにもいかない。

 空けた鎮守府を艦娘たちが守ってくれるのか、今まで空っぽだったとして、一度そこに就任しているという事実を前に、住民たちの不安は、様々な要因が絡まるが、一つ言える事がある。提督はおいそれと、鎮守府をほっぽりだしては行けないということだ。

 

 湿り気を帯びた海の風が窓から差し込む。崩れはじめた天気はドロドロと入道雲を引き連れ、その向こうには灰色に染まった雨雲を控えさせていた。強くなってきた風がカーテンを暴れさせる前に、妖精たちが窓を締めた。

 

「戦況は?」

「姫級を残して敵艦は全滅した模様です」

「上々だな」

 

 そうは言いながらも、ものを書く手は止めない。

 時間が忙しなく移ろいゆくのは老いたが故か、姫を含む敵艦が現れてはや一ヶ月。待ちに待った敵艦()()()が待ち受ける艦隊決戦。妖精の示す羅針盤に航路をとり、リンガ泊地に在籍する重巡以下、及び軽空母の主要な艦娘のうち、12隻が出撃中である。とはいえ、この鎮守府に属する軽空母はたったの2隻。

 あまりにも少ないものだ。だが、掛け替えもなければ増えることもないこちらの戦力。大事に、そう、大事にしてやらねばなるまい、と。どの口が言えたことか。すっかり己と他人への憎まれ口が上手くなってしまったらしい。

 

 口元への違和感を、髭を撫ぜる動作にて誤魔化して、任務係が見えぬ方の口元を釣り上げた。しゃがれた声が喉を痛めて、ごほんと咳が飛び出す。それが隠しようもない笑いを覆い隠してくれたが。

 

《司令! 敵艦の航行不能を確認しました!》

「最悪答えられるだけの口があればいい。記憶回路だけは壊さぬようにして連れてきたまえ。尤も、捕虜の抵抗次第では貴艦らの裁量で如何様な破壊も容認するが」

《えげつないのう、提督殿》

《球磨たちと同じ量産品のコイツラにかける慈悲もクソもないクマー。思ってもない事言う暇と手が空いてるなら両足と右手ぶっ飛んだ電の曳航手伝えクマ暇人ども》

「ああ、戦闘終了というわけだな」

《被害状況は駆逐艦の雷、吹雪、雪風が小破みたいだねー。中破までいったのは電だけだよ》

《おじーちゃん、私と龍驤で元ディエゴガルシア基地は爆撃(じょうか)も完了したわ》

「了解した、艦隊帰投せよ」

 

 第二陣を退け、敵の喉的までそのまま食い破って今回の事変は終了したと言えるだろう。尤も、世界に無数に存在する深海棲艦の(皮肉な言葉だが)温床を叩き壊したところで世界情勢にはなんら影響は与えられない。

 それはそれとして、各々個性的な通信を隠しもしなくなってきた艦娘達にも思うことはある。

 

「……艦娘相手にはどうにも、軍のしきたりが通用しづらいものだ」

「仕方がありません。艦娘は、かつての軍艦としての記憶すら保有した霊格を有したもの。社会人になりたての人間よりも、圧倒的な個性が発現し、それはこの長い戦争のなかで変わっていませんから」

「何者にも成れなかった君がそんな事を言うとはな」

「共犯者として選んだのは伏見提督自身かと」

「違いない」

 

 湿気で傷んできた膝をさすり、先程まで暖かな湯気を発していた茶を一気に煽る。沈殿していた茶葉の濃い苦味が舌を蹂躙するのはあまり好きではないが、いつまでも残しておくのももったいない。

 ああ、残るべきはこのような老骨ではない。

 

「龍驤」

《わーっとる、ロクな死に方せぇへんで爺ちゃん》

「くっ」

 

 再び龍驤に通信を入れる。成すべきことはしてくれるだろう。前提督の無能さぶりにも呆れ果てるが、それ以上に謎めいているかの青年。彼が残した謎は、さほど重要な案件ではないにしろ……艦娘たちが最終的に、全員が共犯者程度にはなってくれるためには、前提督が残したものを紐解くこともまた、ここに着任した己の課題であろう。

 作戦は終了し、謎への足がかりが一つ進み、万事快調といったところだろうか。いや、そういうわけにも行くまい。元々上に立っていれば、近くにそうした“気配”がくるだけで、自ずと厄介事かどうかの判断はつく。

 

 こん、こん、

 

「入りたまえ」

 

 静かに、間をおいたノックは嫌に部屋に響き渡った。

 補修したばかりの新品同様な部屋が、再びあの惨状となるかどうかはこれからの対応次第だろう。

 

「任務係、下がれ」

「? かしこまりました、伏見様がそう仰るのでしたら」

「さて、君もいつまで扉の向こうにいるつもりかね、戦艦比叡よ」

「………」

 

 金剛型の戦艦として名を知られる船。もっとも、その轟く名を持つ船は4隻揃っているわけではなく、この鎮守府には2隻しか残存していないのだが。任務係と入れ違いに、無言で立場をわきまえない入場を果たした比叡という艦娘は、おおよそ人のような感情を搭載し、こちらを暗い瞳で突き刺してくる。

 思わず、本部の口だけの連中を思い出す。くっ、と笑いかけた口元を歪ませるにとどめて、かの美しき双眸を濁らせた彼女を出迎えた。

 

「さて、本来なら所定の位置にて艦隊を出迎えるうちの一隻である貴艦が、何故ここにいる? ―――という下らぬ質問も控えよう。話があるのは分かっているとも。この時間は何かと艦娘が押しかけてくるのに丁度いいらしい」

 

 わかりきったことをあえて口にし、歪んだ口元をなるべく邪悪に変えて、手で指し示す。

 

「掛けたまえ。妖精に茶を用意させよう」

「妖精さん、コーヒーをひとつ」

「手厳しいものだ」

 

 提督用のデスクから立ち上がり、ギチギチと異音を立てそうな膝を酷使して、彼女と対面できるソファに移動する。どこからともなく、目に見えぬ妖精が運んできたのであろう、浮遊しているかのように新しい湯呑とコーヒーカップが運ばれ、私達の前に置かれた。

 また風通しのいい部屋になってしまえば、勤務中にはこの老骨には堪える。今回ばかりは穏便にすめばいいが、そうはいくまい。目に見えた未来にはやはり己の寿命を縮めるであろう要素しか見えない。苦笑は嘲笑に変換して表に出すが、それすらも目の前の艦娘には表情一つ変えさせる要因にはなりえないらしい。

 

「貴艦の姉、戦艦金剛か。あやつの前ではああも情緒豊かだったが、それが普段というわけだな」

「………」

「話があるのだろう。それとも、このような枯れ木と茶をしばきにきたのか。いや、枯れ木を刈りに来たのやもしれぬ。どうした、何も言わねば老害の長話ばかりが降りかかる土砂降りに晒されるが」

「………」

「仕方あるまいよ、この時ばかりは貴艦の不敬の全ては撤廃してやろうではないか。そら、今の私は近所のおでん屋の暖簾をくぐった先にいた先客だ。愚痴でもなんでも聞いて――――」

「消えてください」

 

 底冷えするような、いや、実際に肝も心臓と共に凍りつきそうな遠当てだ。艦娘が霊的な部分も有す故か、呪詛と殺意が練り込まれた言霊はいともたやすく老骨の息を止めてみせた。息だけではない、生命活動を一時的に阻害したというべきか。

 

 声にならない苦しみが咳となって溢れる。老いて腐る運命を待つ喉の中が、激しく咳き込んだ空気に擦れてさらなる痛みを生み出した。茶を飲んでいなかったのが幸いか、そのまま気管を防いで窒息とはいかなかったが。

 しかし冷静な頭とは裏腹に、体は死期を早められたがゆえか自由がきかん。比叡の前で咳き込み、倒れかける老人の姿はさぞや滑稽であることだろう。

 

「死にませんか」

「ごほッ、ごふっ……ぉ”………は、っぐ」

 

 二度目の言霊だ。だが、かえって冷静さを取り戻せた。

 止まってしまうであろう衝撃がもう一度くると身構えていれば、なんとか持ち直せるものだ。いや、これが火事場の馬鹿力といったところか。一言目から発せられている圧迫感が収まることは無かったが、第二波のおかげで大分楽になった。

 

 しかし、比叡の恐ろしさとはこういうことか。初春の忠告から覚悟していたが、それすらも押しつぶすほどとは。身にしみて理解したという経験はそう何度もあるものではないが、今回のこれは正にその言葉通りの状況だろう。

 

「ご、ぉ……っっさ、てだ」

「………チッ」

「消えろというが、貴艦ら艦娘だけでこの鎮守府は成り立つということか? もしそうだというのなら」

 

 あからさまに眉をひそめて見せた比叡。上官に対する態度というよりは、今は亡き妻が台所に出た害虫へ向ける視線と同じようにも見える。正反対だ、と感じられる。瞳だけではその人物を伺い知ることは到底できないのか、その表情にはあの金剛の前でしていた情緒豊かな様子はもはや見受けられん。

 

「私達はもう足掻く意味すらありません。あなたが来たところで、お姉さまの心をざわつかせるだけ。そして酷い失望とともに朽ち果てるだけです。私達は、いえ、お姉さまと私は、甘く腐り落ちる現実の中に生きてきました。ですから苦味を帯びた夢など、必要ありません。あなたは、必要ありません」

「酷いものではないか。かつて前線の華と歌われた戦艦比叡が末席も、この終わりの時代では熟れ過ぎた果実といったところだ」

「言葉遊びを、しにきたのではありません。これは命令です」

 

 もう一度、“き”の字を形作る彼女の口が、おもむろに閉じられた。困惑した表情の比叡を見る限り、あやつ自身の意思ではないらしい。はて、どうしたことかと悩みかけ、すぐさま思い至る。いるではないか、この鎮守府に、私には見えない小人たちが。

 

「妖精、か。よもや妖精に自制を促されるとは、なぜそこまで腐ったのかね」

 

 痛めてしまった気管には触れられずとも、近しい胸元をさすりながら問う。比叡は忌々しげに目の端を一瞬ゆがめ、口元から何かを引き剥がして右手を大きく上に掲げると、そのまま勢いよく振り下ろし―――

 

 ピタリ、と止まった。

 

「………強制シャットダウン、か。まさか実在しておるとはな」

「流石に見てられないわヨ。妹のこんな姿」

 

 透き通ったような声の持ち主が、音もなく部屋に入ってくる。噂には聞いていたが、こんな機能を扱えるのはこの鎮守府では一隻しか該当しない。ほんの数分前よりも大分青くなってしまった顔を上げると、戦艦金剛が哀しみと、少しばかりの慈しみを込めた視線で目を開いたまま、手を振り上げた姿のまま静止してしまった比叡を見下ろしていた。

 

 戦争が続き、艦娘の機能が解明されてきたころ、提督が持つ権限として標準搭載される、はずだった機能。人にみえる彼女ら艦娘への倫理的で、御大層な理由から、長く実装されることもなく、闇に消えていったはずのそれが、この鎮守府ではまだ生きていたらしい。提督ではなく姉妹艦にその権限があるというのは、なんとも皮肉なものではあるが。

 

「この子、私の提督がいたころからこうなのよネ。製造時の霊格が不安定で、よくよく力と魂が漏れだしちゃうんデース。だから妖精さんが見つけたこの機能を、私だけになってからはつけざるをえなかったのよネ」

「そうか」

「……やっぱり、酷いネ。同情してほしいわけじゃないけどサ、ミスター」

「同情か。何十年前に意味をなくした単語だったか」

「私の提督とは大違い、だからミスターのこと大っ嫌いなんだよネ」

「その割には、以前のように激昂して突っかかって来るわけではないのだな、戦艦金剛」

「ぅ」

 

 バツわるそうに視線をそむけるが、やはり以前の気概が感じられない。金剛に如何なる心境の変化があったのか、そして今回の配置に関して不満はないのか。探照灯の光だろうか、明るくなった窓の外にちらりと視線を移す。艦隊が帰投するまではまだ日がある。ただの巡回の艦娘だろう。

 

「ミスター、比叡になにかしようとしましたカ?」

「危害を加えられたのはこちらではないか?」

「ミスターはつまらないジョークが流行り? 質問をごまかさないでほしいネー」

「ふむ」

 

 推し量るように、視線を鋭くしてくる金剛は停止させた比叡を再起動させたのか。いつの間にか彼女にもたれかかるような姿勢になってリブート状態に入った妹を、守るように強く抱き寄せた。

 人よりも、およそ人らしい光景だ。本土の凄惨な姿を思い出し、機械人形と人間の皮肉が遠い記憶の中で情報をかき混ぜていく。どうにも、思考をそらす悪い癖が出ている。だがまぁ、ここは正直に答えておいたほうが無難か。擦る胸から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。ビクリと体を強張らせる金剛が、警戒を引き上げるのも見て取れる。

 

「何のことはない。提督として、戦艦比叡には思うところがあった。先程見せた醜態もそうだが、艦隊としては常に万全を期さねば深海棲艦に打ち勝つことなど到底不可能だ。艦娘は兵器でありながら、搭載された人格面においても規定の人格から大きく逸脱することがあるようであれば修正をかけるのも提督の仕事。なんせ、規定の人格ということはそれが製造された時から、最も安定した状態ということだ」

「話がながいのはアナタの特権? 言い換えれば、メンタルケアをしたかったっていいたいわけデース?」

「そうだ、と言えば貴艦は満足かね」

「……本当に不和とカオスを持ち込んでるのはミスター伏見、アナタじゃないんですカ?」

 

 比叡を支える金剛の手元、比叡の服の皺が深くなる。

 私はにたり、と笑ってやった。

 

「そうだとも。いつでも風は変化をもたらすものだ」

「ッ、やっぱりミスター! あなたなんて大っ嫌いデス!!!」

 

 バンッ、と扉を開け放って比叡と共に向こう側へと居なくなる金剛。着任当初、殴り込んできたときを思い出す光景だった。しかし、今回のことで比叡と金剛を取り巻く状況の断片をしれたのは大きな収穫といえるだろう。比叡に関しては、彼女が来ると完全に予想していわけではないが、この瞬間を利用して艦娘の誰かが直談判を掛けてくることは想定していた。

 そして、おそらく電よりも通常の状態から逸脱した比叡。所詮は一人の人間でしかない私には収まりがつかなくなって来たところに、金剛が飛び込んできたのは嬉しい想定外の出来事であった。嫌うであろうのらりくらりとした態度は、データ通りの感情の振れ幅を見せてくれた。そして、幾ばくかの情報も。

 

 嫌い、嫌われ、利用し、利用され、その果てに私の目的は、人類の勝利はあるのだろうか。いや、勝利などではない。せいぜいが世界規模の嫌がらせといったところか。すでにこの星の支配権は、敵側に傾いているも同然なのだから。

 

《ご無事ですか、提督》

「任務係か、ああいや、無事だとも」

《こちらで計測したところ、どうにも無事とは言い難い身体状態なのですが。もう一度検査いたしましょうか》

「不要だ。己の死期まで口が動くならそれでいい」

《……少し、伏見様と手を組んだことを後悔しました》

「今更だろう。誰も、後には引けんよ。私も、君も、艦娘たちも。……深海棲艦共も」

 

 ぶつりと切れた個人通信のスイッチを切って、どさりとソファに身を預ける。艦娘ひとりと対面するだけでこれだ。体が若ければ、まだマシだっただろう。だが老いた経験がなければ、あの瞬間無様に比叡の前で躯を晒したか、煙に巻くことも出来ないままで終わっていた。

 何が悪かったのか、何が良かったのか。この結果にその二択だけでは答えられないだろう。ただ言えるのは、どちらでもなく、その間をほんの一寸だけ縮められたということ。目に見えない壁の姿を、突起を、道を見据えることが出来た。

 

「夜か」

 

 あとは任務係があとはやってくれるだろう。

 席を立ち、領域内放送に呼びかける。

 

《艦隊の帰投を確認次第、通常警戒体制へ移行。帰投した艦隊は補給と入渠の後、指示があるまでは予定に記されたとおりだ》

 

 当然司令室に誰の返事があるはずもなく、しかし何かを言いかけたものは居たのか、波をかき分ける音ばかりが届く。それも数秒もすれば収まり、静かな鎮守府は赤い光をチカチカと宵闇に語りかけるだけとなった。

 

 

 

 

 

 帰投した艦隊の損傷具合は軽微なものだった。艦娘と同時にもたらされたシステムが修復するのもほんの一瞬で、各々の艦娘は次なる指示を待ち、寮舎の私室や鎮守府での日常、または自主的な訓練を行っているようだ。訓練と言えば、結局の所天龍の剣技についてはほとんど身になる事を教えてやれなかった。せいぜいが正しい握り方くらいか。すでにほぼ完成された艦娘に余計な何かを付与することが、逆に戦果を下げたという報告も少なくはない。一般人あがりの提督からの報告書によく見受けられる文章だったか。

 それはまぁいい。本題は、目の前のガラスケース越しに存在する存在だ。

 

「――ッ―――、―ッ」

「これが姫……通称、飛行場姫か」

「報告によれば、胸元から上しか残さなかったのは駆逐艦雪風の判断とのことです。再生しかけた箇所はコード、内部骨格の先を放火の熱量で溶かして固定。破壊後の提案は軽巡洋艦、那珂の提案だとか」

「なるほどな……それで、ダルマよりと違って起き上がることもないというわけだな」

 

 胸元から上しか存在しない、白肌の人の姿を模した敵兵器。姫、という名前を冠してはいるものの、大量生産された深海棲艦と違ってコストがかかるだけの驚異を秘めており、戦争当時は猛威を振るった名札付きのビッグネーム、だった敵艦だ。今となっては、確立された正しい対処法によって無力化さえ可能な時代遅れに落とし込められているわけではあるが。

 

 しかし深海棲艦という名に違わず、私の姿を……人間の姿を視認した途端、凶暴性は一気に増した。もはや首以外は可動箇所もなく拘束は破れないはずのそれは、常軌を逸した暴れようで拘束具を軋ませる。破壊の衝撃でこぼれ出たカメラ部分がレンズを失いながらも、視神経のように伸びたコードがぶらぶらと揺れている。その反対に収まった目は、かの比叡を彷彿とさせる機械人形らしくない怨念の込められた視線で刺殺さんばかりである。

 

「それで、任務係。情報の解析はできたのか」

「伏見提督の持ち込んだデータとほぼ同じですね。重要度の低そうなデータが差異を示していますが……ただ、気になる点が一つ。こちらを」

「これは?」

「この個体がもつ映像記録です。さすが、敵艦は使っている機材の質が違いますね」

「こういう時、ヤケに饒舌だな君は」

 

 どれどれ、と覗き込んで見ればこの姫級個体が製造された直後の映像らしい。彼女がキーをタップすることで再生されたそこは、深海棲艦共の温床の光景であった。敵が人間ではないためか、こうした映像が残されているのは珍しいことではない。ある意味で、このような超級の個体すらも使い捨てにするのが敵の物量という実力なのだから。

 さて、動いた映像には確かに、気になる点が一つ。私ですら嫌という程注目せざるを得ない存在感を放っていた。

 

「人影、それも」

「深海棲艦は艦娘と同じく、人間の女性を模した形状の偽装形態、もしくは小型化した船の怪物霊のような偽装形態でロールアウトされます。ですので、本当ならこんな人が映るのはおかしいんですよ」

「成人男性、それも軍服か。さて、敵基地を破壊した龍驤たちからそれらしい報告は無かったのだがな」

「これも、伏見提督。貴方の言う目的の一つでしょうか」

「半信半疑ながらも、得た情報の一つではある。拡大はできるか」

「やってみましょう。少々お待ちを」

 

 カタカタと任務係が動画から画像を抜き出し、拡大しては解像度を上げていくを繰り返す。視界の端に写っている程度のその人影を引き伸ばすことで相当画質が荒くはなったが、細部が見える程度にはなった。

 

「……これは、偶然か?」

「どうでしょうか、距離的にも、沈んだという記録的にも、違和感はありませんが」

「しかしこれが事実だとすると、何ということだ。奴らの背後に人間がいたからとして驚くつもりはなかったが、いやしかし、これは困ったな。私の目的が遠のきそうだとは言え……公開しない、というわけにもいくまい」

「そういう誠実なところはいいのですが」

「構わんよ、どうせこの会話も奴らに聞かれている頃だ。ああ、ソレはもう処分して構わん」

「では、そのように」

 

 任務係が押したボタン一つで、完全に機能停止した飛行場姫という個体を見ながらに思う。聞こうとしているというよりも、奴らにとっては目の前で雑談をされているのと変わらんという程度だろう。艦娘の能力は人間の数十倍にも匹敵する。元々が機械的に優れた肉体を持ち、それが霊的な力によって更に助長された状態だ。

 艦娘。今の彼女らにとって、私は敵に近しい。私にとって、彼女らは味方に近い中立の立場だ。もはや味方であるはずの彼女らが敵に回らぬよう上手く立ち回るしかなく、それでいて核心的な言葉を決して表には出してはならない。

 何かを企んでいるということを承知の上で、信頼関係とまではいかないものの、協力を扇がなくてはならない。遠い、遠すぎる道程だ。だが、成さねばならない。この身を突き動かす自らの心に従って。

 

「他に特筆すべき事は」

「特には。もしかしたら、これは伏見提督へのメッセージという可能性もありますね」

「私はヤツのことを深くは知らないが、向こうは私のことをある程度掌握しているというわけだ。これが正しく戦争の情報戦なら今頃この鎮守府は壊滅している頃であろうよ。しかし」

 

 映像を抜き出し、現像した画像を見る。

 額に力がこもる。

 

「行動も、人となりも、謎ばかりだな」

「私としては、敵であったほうがありがたいのですが」

 

 およそ無感情に任務係は言ってのける。出来損ないとしてこの世に再誕した彼女であるが、それゆえに己の職務と自我に関してはクセが強い。そしてココ最近で、普段の調子を取り戻してきたのだろうか。まぁ、当然だろう。なんせ元いた場所と違い、ここは類似品であるとはいえ、艦娘が多く在籍する鎮守府。そして任務係もすでにある程度の交流はしているらしい。

 変化は悪いことばかりではない。悪影響への切っ掛けさえ無ければ。だからこそ、このまま真っ当に、後の世を満喫できる世界を夢見ざるを得ない。飛び立つツバサも抜け落ち、枯れ木を踏むだけで転びそうな老体には過ぎた願いだが、このような願いを抱く程度には覚悟をしてきているのだ。

 

「時間もいいだろう。任務係、このまま全艦へ招集を」

「かしこまりました」

「今度は小石の一つで済めばいいが、さて」

「楽しんでおられませんか?」

「まさか」

 

 馬鹿なことをいう任務係に、笑いかける。

 

「私は、己を賭けてここに居るのだぞ。それ一つで楽しむわけがなかろう」

 

 彼女の返答を待たず、扉をしめて歩き始めた。思い思いの時間を満喫しているであろう艦娘たちの自由時間を奪うのは忍びない? が、それでも今回発見された真実は溜め込まず、この場で公表すべきことだ。この終わりの世において、隠匿と誤魔化しは全て破滅に向かう要因。

 真の目的を隠し続ける私は間違いなく破滅するだろう。だが、その前にこの鎮守府が……リンガ島の住人たちが破滅を迎えるのはよろしくない。彼らは終戦の世を生きなければならない証人達にならなければ。

 

 軋む音も、すっかりとなくなってしまった廊下は、やはり私の目には見えない妖精たちが運ぶ荷物が、忙しなく足元を通り過ぎていく。当初に比べ、出撃や補給を繰り返すうちに妖精の数も大分増えてきた。此度の姫迎撃においても、破壊した敵船から救助したらしい妖精が増え、廃墟に踏み込みかけていた鎮守府も、世界有数の汚れなき建造物の仲間入りを果たした。その姿は、どこか中身以外は小奇麗に見える本部を思い出す。

 

「転機か、道半ばか。できれば後者は勘弁願いたいものだが」

 

 到着した。最初に演説を行った場所とはまた違う、会議室の端の席にギシギシと訴えを続ける腰をどうにか収めた。普段よりも深く、低い椅子に座るだけでも相当な負担となって体を蝕んでいる。あの比叡から受けた、金剛曰く魂を削って行われた言霊は、一種の呪いのように体を急速に破壊していた。

 任務係や、初春などの協力者の提言もあり、妖精と共にいくらかは払ってくれたが、すでに失われた物を取り戻すことは出来ないと言われたのだったか。寿命はともかく、体はすぐにでも使い物にならなくなるだろう。

 そこで、足音に気づいた。ヒールのような形をした艤装等が多いのか、カツカツと尖った音がよく耳に響く。静かながらも、両開きになった扉からはずらずらと十数人の艦娘たちが流れ込んでくる。

 

「さて……突然の招集だが、これだけの人数が集まったことに感謝する」

 

 ここに集まった艦娘は、幸いながら姉妹艦や小さな交友関係のなかでもリーダー格に匹敵する艦は全て視認できた。戦艦からは伊勢、金剛、陸奥。重巡洋艦には青葉、高雄、摩耶、足柄、そして改修されている最上。潜水艦は伊168だけが。正規空母にはリーダー核としてあろうとする赤城。軽巡洋艦組からは那珂、天龍、球磨。駆逐艦は雪風と電、吹雪に初春、そして意外なことに望月か。

 何人かは意外な艦娘も赴いているが、話を聞かせるにこれほど適した組み合わせもない。これなら、先程の情報を受け渡すのも苦労はしなさそうだった。

 

「これはこの鎮守府内にいる全艦娘に通達してもらいたい。まずはこちらの資料画像を見てほしい。前置きではあるが、この上なく分かりやすい理由だと思う」

 

 そうして、リモコンの入力切替から、PCと繋いだコンポーネントの出力から送られる画面に切り替える。動画を流し始めてほんの30秒。そこにいた全艦娘が、何らかの形で驚愕を顕にする。

 そうだろう。私も先程は、驚いたものだ。

 

「見て分かる通り、今回のディエゴガルシア基地殲滅作戦において、敵艦側に新たなる驚異とも取れる存在が浮上してきた。貴艦らは、おそらくこの私よりも遥かに知っている人物であることだろう」

「こ、こんなことが、ありえるノ!?」

 

 映像だけでも衝撃的だっただろう彼女は、伏見の言葉にとうとう耐えられなくなったらしい。机を壊さない程度ながらも勢いよく叩きつけ、伏見を威嚇するように睨みつける。それでも威風堂々とした、眉毛一つ動かさないだろう姿は流石というべきか。

 

「ミスター、あなたがでっち上げた映像だとしたら私はもう容赦なんてできまセ―――」

「金剛、分かってるでしょ。人間と違って私達は艦娘で、少なくとも、この映像データだけは本物に違いないって脳回路の底では結論が出ているはず」

「陸奥さんの言う通り、この動画は間違いなく真実ですね。これから新しい提督がどういうのか、少しばかり様子を見ましょう。あなたの癇癪に付き合っている暇はないから」

「千歳、そういうあんたも不和を生みそうな発言クマ。それに、おジジがなんか話そうとしてるクマ。遮ると邪魔だから黙るクマ」

「はいはーい」

「……では、そんなよく知る彼についての話をしようではないか」

 

 ウォッホン、と小さく喉を鳴らした伏見は、用意していたもう一つのデータ、つまりは切り取り、拡大したほうの画像を、先程流した動画のあったスクリーンに投影する。最初は半信半疑だった艦娘たちも、ようやく気づいたのだろう。忘れられるはずのない提督と、艦娘との間に存在した厚い絆。連想されることで思い返される記憶。無関心を装っていた組も、その認識に至るのにそう時間を有することもなかった。

 

「君たちのよく知る彼からの、いわば挑戦状といったところだろうか。どうにも、こちらのためにそれらしい情報を得た深海棲艦を差し向けるのはヒントのように思えてならない、とな」

 

 続けて語った提督の話に、反応するものはそう居なかった。

 周りを見渡した伏見は続ける。

 

「そこでだ。彼を一度連れ戻してやれ。こちらとしても知りたいことが多い。貴艦らも知りたいのであろう? この男が何故滅びたのか、この男は一体どこから来たのか。その真実は、今こうして炙り出せる状況下にある」

「つまり、伏見のおじいさん。貴方はこういうわけですね」

 

 今まで喋っていなかった電が、やはり暗い闇を宿した瞳で私を見据える。

 

「前、いえ……私達の司令官さんを捕らえよ、と」

 

 ニィ、と口元を釣り上げる。

 

「そうだ。この戦争を集結させる鍵の一つ程度にはなるだろう」

「聞いていましたが、確かに我々が内部分裂しそうな話ではありますね。……ですが、いいでしょう。伏見提督。空母・赤城は貴方の提案に賛成します」

「赤城さん!?」

 

 ガタッ、と立ち上がったのは電だ。私以外を相手にするときは、真っ当な反応を返すらしい。しかし“いいだろう”、とは随分と上から目線なことだ。赤城という艦娘はどうやらこちらを警戒ではなく見下していたらしい。恐らく空白期における仮の指揮系統として一度舞い上がったプライドか。果たしてどうなることか。

 

 艦娘の反応を伏見が見ていれば、少し間をおいて再び手が上がった。北上が、緊張感のない表情で背もたれに体重を預けている。

 

「あたしもさんせーい。ま、結局色々とわかんなかった前のテートクのこと気になってたし? 深海棲艦からのスパイだってなんだっていいよ」

「それじゃ、私も賛成しておこうかしら」

「……賛成、デース」

「もちろん雪風も司令に従います!」

 

 これをどのような機会と捉えたか、次々に上がる賛成の言葉。無垢なるもの、腹に黒い何かを抱えたもの、考えを放棄しているもの、元々となる性格からおおよそ検討はつくが、反対意見はそのまま飲み込まれるようにして消えていった。

 

「さて、反対意見だった諸君。何か言いたいことはあるかね?」

 

 まるっきり悪役だなと、心の底では大笑いしながら実にいやらしい口調で言ってのける。反応は、やはり思った通りのものだ。反対意見を貫こうとしていた電や、意外にも反対側に回った那珂など。数人はバツがわるそうに視線を彷徨わせるばかりで、この鎮守府お得意の提督を困らせる発言はついに上がることもなかった。

 

「それでは改めて通達しよう」

 

 立ち上がり、太刀に体重を預けながらなんとか姿勢を正す。

 

「今後しばらくは通常通り深海棲艦の殲滅をしながら、君たちの前提督の捜索のため数回に渡って大規模遠征を実施する。遠征のメンバーは以前と同じく二日後の朝掲示板に掲載する。遠征目標、及び航路は続報を待て。今回の会議は以上だ。質問は?」

「はい、てーとく」

「駆逐艦・望月か。なにかね」

「ぶっちゃけさ、勝つ意味なくない? なんでこんなことすんの?」

「……さてな。君たちは兵器だ。従っていればよろしい」

「うっわ、そういう返答だけ前の提督と似てるとこあるわぁ。とりあえず権力には逆らえないって分けだね。オーケーオーケー」

「他に質問はないのだな? ……ならば、解散とする」

 

 ケラケラと笑う望月も、やはり腹の底までは見通せない。空白のためか、厄介な艦娘が多いものだと喘息する。もちろん表にはそんな様子は微塵も出さないが。会議室を後にする艦娘たちはそのままこちらに会釈の一つもしていかないが、あの時反対に回った那珂だけは、こちらに一度だけ視線を投げてきた。

 

 ままならぬばかりではなく、前進は確実にしているらしい。昼も中頃だが、今日は、それをしみじみと感じられる一日だったと言える。先に必ずや起こる波乱を乗り越え、降ろし切ることは果たして出来るのであろうか?

 そんな、心の奥底に芽生えた小さな不安の芽も、やはり老いぼれの乾いた土壌では育つこともないようだ。一度決めてしまった意思と心だけが、走り出すのを感じられた。

 




情報公開

現状、リンガ泊地に現存する全三六隻の艦娘達は
前提督の顔と名前を記憶から抹消されている。

全ての思い出は存在するが、その矛盾と違和感を覚える艦娘は存在しない





[データ削除済み]
緊急入電―――基地崩壊 それにより―――の被害がもたらされ―――の機能が喪失
本土の(強制終了)

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