とある教師の業務日誌 作:ダレンカー
◇◇◇◇
弟である織斑一夏とイギリス代表候補生であるセシリア・オルコットのクラス代表を賭けた戦い。
それを千冬は、わりと気楽に迎えた。
それは弟への信頼であり、勝つことは出来なくとも一応の恰好はつけてくれるだろうという期待があったからだった。
その結果が、なんとも締まらないものになってしまったのには思わず頭を抱えてしまったが。
彼には、『さすが織斑先生の弟ですね。凄いです』と言われた。
言外に自分に対する高評価も含まれており、少し機嫌が良くなったのを後輩にからかわれた。
無論制裁した。からかわれるのは嫌いなのである。
ついでにそれを見てやれやれ、といった顔をしていた彼にも。
原因は彼だ、当然である。
◇◇◇◇
次の日の夜、まず最初の厄介ごとが解決したこともあり一杯飲みたくなった千冬。
しかし一人で飲むのもどうも味気ない。
だが後輩の真耶は少々固いところがあり、学園の寮での飲酒にうるさかった。
なので、彼を誘うことにした。
夜に部屋を訪ねるのは始めてだったので多少の意識はしつつ、まぁ襲い掛かってこようものなら出席簿で十七分割にしてやろうと決め、向かう。
突然の来訪に驚いた様子、手に持っていた缶ビールを見せると納得したような顔に。
だが、酒を飲むとタバコが吸いたくなると渋られてしまった。
こんな時までこちらを気遣う彼に内心苦笑しながらも、それならと屋上に案内した。
月を背に彼と飲む酒は掛け値なしに上手かった。
夜風にさらされながら酔った頭でふと千冬は思った。
自分が、同年代の男とこんなことをまさかするとはと。
そして、思っていたより自分が彼に対し心を開いていることを自覚した。
頬が少し赤くなったのは、酔いのせいかそれとも…。
答えを知るのは、千冬ただ一人のみである。
◇◇◇◇
授業を終え教室を出ようとしたところ、弟に声を掛けられた。
『川村先生って何をしている人なんですか?』と。
数日前に二人が対面を果たしたと聞いていた千冬だったので、弟の質問の意図はすぐに理解した。
大方、数少ない男である川村恭一という教師に希望を見出したもののちっともその姿を見かけないことへの疑問だろうと。
なんと答えるか悩む千冬だったが、ここでふと思いついた。
彼と弟を戦わせてはどうかと。
弟の周りには昔から自分を含め強い女性しかいなかった。
本来、強さというのは男性の象徴であるはずなのに。
織斑姉弟には両親がいない。そのため弟は強い男性というものを知らないはずだと。
余談だが、川村恭一という男は優男に見えるがそこそこ強い。
IS学園では千冬に匹敵する強さを持っているだろう。
そこには、剣を持たない織斑千冬という注釈が付くが。
そも、彼が学園にいるのは対対人戦要因という目的が学園長にはあるらしい。
いくら無敵のISでも数は限られているし、扱うのは女性だ。
まぁ彼一人いたところでという指摘もあるが一人くらいはいてもいいのではという理屈らしい。
真意のほどは学園長にしか分からないが。
閑話休題。
さて、そのそこそこ強い彼を弟や生徒達。
主に新入生に見せることでのメリットを瞬時に計算した千冬はあえて挑発するようにこう言った。
『何をしているか?か。
ふん。何もしていなくてもお前の百倍強い。
いい機会だ、一つ確かめてこい』
その言葉を聞いた弟は見るからにやる気に満ちた顔を見せた。
昔からシスコン気味の弟である。
千冬が認めたとあれば燃えないわけにはいかないのだろう。
そしてブラコン気味の千冬。弟の操作方法などお手の物だ。
手合せを終えた彼には苦情を言われてしまったが酒を奢ることで許してもらった。
真耶とだけでは行けない自分好みの店での飲み会。
それなら奢りなどまったく気にならない。
千冬は、自分の冴えわたった思いつきに笑いが止まらないのだった。
◇◇◇◇
唐突だが、彼は性格が良い。
だが、同時にイイ性格をしているようだと千冬は感じていた。
つまり、人をからかったり面白い事が好きだったりと。
それを最初に千冬が感じたのは彼に弟の事を言われた時だった。
『織斑君って、やっぱりモテるんでしょうねー』
織斑千冬の弟、織斑一夏は鈍感である。
それこそ、前世からの呪いか何かかと疑うレベルでだ。
付き合ってと言われれば、いいぜ!買い物くらい!といい
好きですと言われれば、俺も好きだぜ!友達だもんな!と答える。
愚か者を通り越した何か。それが織斑一夏だ。
当然、姉である以上それを目の当たりにしてきた。
モテるんでしょうね?と聞かれれば苦い顔の一つや二つはしてしまうのだ。
それに対し彼は面白そうな顔を見せた。
そして、ことあるごとにその話題を千冬に振り反応を見た。
イイ笑顔で。
極めつけはクラス対抗戦。
謎の侵入ISがやってきた時の事。
迎撃を宣言する弟に対し千冬は、誇らしい気持ちと心配な気持ちの両方を持っていた。
その場は、彼の視線もあり迎撃を容認したが心配は心配だ。
抗議する後輩と自身を落ち着ける意味もあってコーヒーを淹れた。
動揺のせいか砂糖と塩を間違えた。空気が死んだ。
かと思ったら誰かが噴き出した。いや、爆笑していた。彼だった。
一気に羞恥に染まる思考。問答無用で塩コーヒーを飲ませた。
飲んだ彼は悶絶していたが、千冬はそれ以上に身悶えていた。
信頼していた彼の姿が、どこかの愉悦神父と重なって見えた千冬なのだった。