とある教師の業務日誌   作:ダレンカー

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番外編 彼の事

織斑千冬は、彼―――川村恭一の事をわりと気に入っている。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

初めの印象は、わけの分からない奴、というものだった。

何せ会って最初の一言が『ロアナプラのガンマンみたいな声ですね』

だったのだから。

 

 

織斑千冬は、何かと距離をとられやすい。

それは千冬が、この世界で絶対的な存在だからだ。

 

史上最強、ブリュンヒルデ、オーガ。

千冬にはいくつもの呼び名があり、それが彼女を作り、縛っていた。

 

尊敬され崇拝され恐れられる。それを千冬も自覚していた。

そしてそれを当たり前のように感じていた。素を見せられるのはごく少数。

弟か親友。それと仲のいい後輩くらいか。

 

 

だから初対面で、しかも男にそんなことを言われたのは初めてだった。

隣にいた学園長がクツクツと肩を揺らして笑っていたのを今も覚えている。

 

 

何も言い返さない千冬に彼は不思議そうな顔をした後よろしく、とほにゃりと笑った。

その笑顔は印象的だった。そして同時に、変わった奴だと強く思ったのだった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

それからも彼は自然体で千冬に接してきた。

千冬も、彼に対しては自然に接していられた。

 

ISというものに関わってからというもの極端に男性と接する機会が減った千冬だったので

当初はやりにくさ、みたいなものを覚悟していただけに自分自身意外だった。

 

なんというか、彼は周りの空気をしなやかにする。と千冬は感じていた。

いつもにこにこと笑顔を絶やさない彼を見ていると、いい意味で体の力が抜けるのだ。

それは他の教師たちも同様のようで、固かった空気も随分とやわらかくなった。

 

 

◇◇◇◇

 

 

彼は男だ。当然、ISには乗れない。

多感な生徒達はそれを馬鹿にした。口に出して罵倒した者もいたほどだ。

それを彼は受け流す。ただ聞き流すのではなくしっかり受け止めたうえでさらりと流すのだ。

 

罵倒していた生徒もすっかり毒気を抜かれてしまっていた。

そのせいか一時期彼のあだ名は某生協の人になぞらえて『IS学園の川村さん』だった。

初めて聞いたときは大いに笑った。学園長も真耶も笑っていた。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

IS学園でISに乗れないということは、極端に仕事が減ることを意味していた。

普通なら整備に回ったりするものなのだろうが、彼はそれもできなかった。

 

 

そのため彼の主な仕事は、学園の雑務や他の教員の補佐だった。

なにかイベントがあるとそれなり忙しくしているようだが、基本は暇そうにしている。

 

 

しかし千冬には、それも自然なことに思えた。

まぁ、奴ならしょうがない。そう思わせる何かを彼は持っているのだろう。

 

◇◇◇◇

 

 

 

そうして一年が過ぎた。

彼は自分がIS学園で何もしていないような顔をしていたがとんでもない。

彼は確かに、生徒や教師たちに影響を与えていた。

 

それは、彼が会話の中に入れてくる小ネタが気になって教師たちがマンガ読みになっていっている事だったり、年上柔和な高身長男子に参ってしまった生徒がちらほらいたりすることだったりと様々だが一番は女尊男卑が薄らいだことだろう。

 

 

世間で言われる男性像を彼は忘れさせた。

飴と鞭が上手いのだと千冬は思う。彼の場合は飴と縄といった感じだが。

 

 

彼が生徒の話を聞いているのをたまに見かける。

しっかりと耳を傾け、諭し、助言する。自分にはできないことだと千冬は思っている。

 

彼は怒らない。いや、怒るのだが笑顔で、それこそ縄でじわじわ縛るように相手を見つめる。それだけで相手は自分の非を認め彼に謝罪していた。

これも自分には無理だ。厳格な対応しかできない。

 

つくづく自分とは違う。真反対な人間だと思った。

が、それが嫌じゃない。

 

確かに、彼はIS学園で認められていた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

そして、今年。

千冬は、例年以上に気を張っていた。

理由は、千冬の唯一の肉親である弟があろうことか初の男性操縦者として入学してくるからだ。

 

 

なぜ、こうなったのか?だとかこれからの弟の前途を考え顔をしかめる千冬に対し

彼は弟の顔を見るなり『織斑先生と一緒でイケメンですね』と言った。

反射で殴った。私は女だと。

だが、気付けば眉間の皺は消えていた。

これも、いつもの事だ。

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

毎年、一人は自信と慢心をはき違えた奴がいる。

今年はイギリス代表候補生がそれにあたった。

 

それだけなら、まだいい。いつもの事だと流せただろう。

だが彼女は、それに加え千冬の大事なものを二つも侮辱した。

 

教師という立場上直接自分が何かするということはしなかった千冬だが、

どうやら雰囲気には不機嫌が出ていたらしい。

後輩にすごく気を遣わせてしまった。

 

 

彼には、缶コーヒーを奢られた。

そうしたら、不思議と気が静まる自分がいた。

これも、いつもの事なのか?

よくわからない千冬だったが、悪い気はしなかった。

 

 

その後も、何かにつけて缶コーヒーを差し入れしてくれる彼なのだったが、

いつの間にかそれを期待している千冬なのだった。

 


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