シスコンでブラコンなお姉さま セリーヌたん物語 作:uyr yama
prologue
燃え盛る炎。
崩れ落ちる天井。
愛しい弟の手を引き、必死で炎の中を逃げ惑う。
せめて、せめてこの子だけでも助けてくれ……
まだこの子は6歳なんだ! だから、だから……
煙に塗れ、呼吸も苦しく、炎に炙られた皮膚がジンジン痛み、それでも、決して生を諦めたりはしない。
だって、今の自分は、大切な弟の命を背負っているのだ。
だから最後の最後まで、決して諦める訳にはいかない。
そう思いながら、一歩、また一歩。
炎の紅に彩られている窓のない廊下。外すら見えず、視界の全ては炎に焙られる。
そんな場所を、ひたすらに歩いた。
どうしよう……どうしたら……このままでは焼け死んでしまう……
絶望という名の死神の鎌が見えた気がする。
心が挫け、諦めそうになる。
喉の奥から、「う゛~」と負け犬のような声が漏れだした。
と、その時。
窓ガラスが割れる音が聞こえた。
もしかしたら、もしかするかも……!
挫けかけた心が、絶望の淵から這い上がる。
希望が見えた。
最早意識なくグッタリする弟を背負い、音の聞こえた方へと重い足を動かした。
熱のある煙に焙られ、もう、目は殆ど見えなかった。
グラリと身体がよろけ、灼熱の壁に手をつける。ベリっと剥がれる手の皮。でも、もう痛くはなかった。
ただ必死だった。必死に……愛する弟を、この場所から逃がしたかった。
ブン、と顔を振る。霞む視界に抵抗し、目を大きく見開いて。最後の気合を入れる。
「まけない、まけない、まけない……まけて……たまるか……ッ!!」
その時、炎に包まれた建物に、一瞬だけ風が吹き抜けた。
煙が、少しだけ晴れる。その先に、微かに見えた外の風景。
歓喜が胸を過ると同時に、そこに行くまでの炎の壁、少しだけ怖気ついた。
ここで躊躇したら助からない。助けられない。
でも、背負っている弟の苦しげな息遣い。
段々と小さくなっていくその息遣いに、焦りと焦燥に心が支配された。
この日、大学を卒業する自分、その産みの母、そして母の再婚相手である義父、最後に愛する弟を連れての温泉旅行。
自分は弟大好き人間である。意気揚々と楽しい家族旅行だ。なのに、こうなった。
ある意味、自分のせいなのだろう。
社会に出る前に、家族で旅行に出かけたいなどど我侭を言ったのだから。
義理の父はとても良い人で、母の連れ子であった自分を、その母との間に産まれた子と分け隔てなく愛情を注いでくれるような人だった。
その人も、もう、自分と弟を救う為に炎に包まれ……
そして、母はどうなったか分からない。
こんな場所に来なければ……っ!
自分が我侭をぬかさなければ……っ!!
煙に燻られ痛む目から、涙が溢れる。
「分かってる。ここが、命の捨て場所だ」
小さく決意の言葉を口にする。
背負った弟を降ろし、覆うように胸に抱いた。
そして、目の前の炎の壁に向かって……ダッ! と床を蹴った。
最後の力を振り絞って煙の中を走り抜け、炎の壁に頭から突っ込んだ。
肉の焼け焦げる匂い。
髪が燃え、肌が焼け爛れていく感触。
瞼が焦げ、視界が赤白く染まる。
咽が熱で焼け、呼吸もまともに出来ないでいた。
バフッ!!
炎の壁を突きぬけた時、霞む目に映るのは、天空に広がる星々の煌めきだった。
「キレイだ……」
その美しいまでの煌めきに心を奪われながら、その星にむかって、跳んだのだ。
僅かに残った窓ガラスを破り、その先は……
浮遊感。
そして、落下する。
自分は、建物の3階から、落ちたのだ。
聞こえるのは悲鳴。
たぶん、自分達を見ての悲鳴だろう。
どこか他人事の様にそれを聞きながら、地面に衝突した。
グシャリ、そんな音が自分の身体から聞こえた気がした。
痛みはあまり感じなかった。
ただ、腕の中の弟の安否だけが気になって、遠ざかる意識を必死に繋ぎ止めた。
「……じょうぶかっ! キミッ!!」
酷い耳鳴りの中、漸く聞こえた誰かの声。
もう、何も見えない目を、その方向に向け、
「お、とうと……は、……ぶじ……ですか……?」
「ああっ、大丈夫、大丈夫だぞっ! だから君も頑張るんだっ!」
「ああ、よかった……」
そう思ったら、急速に眠気が来た。
弟の先行きが不安ではあるけれど、きっと大丈夫だと信じよう。
もしも、出来る事ならば、死んだ後も、ずっと見守ってあげたいとは思うけど。
でも、その時、
「沙希っ! 死なないでっ、沙希っ!!」
自分の名を呼ぶ声。
母の、声だ。
だったら、弟は本当に大丈夫だね……
頬が自然と緩み、もう、思い残す事は本当になかった。
「……ーちゃん、……ちゃんっ!」
しかも、弟の声まで……聞こえ……
「……だい、すき……だよ……、私の、愛しい、おとうとくん……」
心地好い眠気に身を委ね、自分の意識は、世界に包まれ、拡散した。
魂は流れ、世界を漂う。
辿り着く先は、近い未来か並行世界か。
いいや、かの魂の逝く先は、遠い、遠い、果てしなく遠い……の……世界……
こんな、遠い、遠い前世の記憶……
それを思い出したのは、3歳になった誕生日のこと。
でも、それはあまり意味を成すことはなく、ただただ自然に身を委ね、新しい生を夢中に貪る。
その罰が下ったのだろうか?
母が、死んだ。
何か怖い顔をしている父と宰相。
そして何処となく嬉しげに顔を歪める父の妾……
いいや、いずれ王妃となるであろう、ステーシア様。
最後に厳しい顔で何事かを決意している姉を遠く見ながら、自らの護衛騎士であるギルティン・シーブライアに手を引かれる。
悲しそうな顔をしている自分に気づいたのか、遠くで父と話していた姉がこちらへ歩いてきた。
「お姉さま……」
「大丈夫よ、セリーヌ。アナタと、そしてイリーナは私が守るわ。そして、この国も……」
幼い顔を、大人顔負けの決意の表情を浮かべ、彼女は天を仰ぎ見た。
でも、ふるふると微かに震えているのに気づいてしまえば、それは涙をこぼさないためなのだと分かる。
自分は、馬鹿だ。大馬鹿だ。
認めようとしなかった、過去の自分がとても憎い。
こうなるって知ってた筈の自分が、とても、憎い。
だって、お姉さまは……姫将軍エクリアとなるのだから。
この世界は、18禁なエロゲー、幻燐の姫将軍だったのだから!
ああ、どうしよう!? どうすればいいのだろう?
このままでは、愛しい妹は愛する姉に殺され……
いいや、下手をすれば、自分は弟であるレオニードに呼び出され、輪姦されて殺される運命。
でも、自分にはどうしようも出来ない。
だって、原作と同じで病弱である自分は、王宮にて無価値なのだ。
この先、権力に手を染める事もないだろうし、肉体が虚弱なせいで、武力を手にする事もない。
だから当然に、発言権が生まれるわけもないだろう。
「ねぇ、ギルティン。貴方は、ずっと私の傍にいてね?」
「はい、セリーヌ様。命の限り、貴女様をお守りしてみせます」
母が死んで、不安に怖気づく幼児の言葉とでも思ってるのだろうか?
それでも良い。
今の自分に出来るのは、せめて目の前の騎士を失わない様にすることだけだろう。
何とかして、この亜人種の騎士を、ずっと自分の傍に置きたい。
そうすれば、少しは何とか出来るかも……
腕の中でキャッキャッと笑うイリーナをあやしながら、自分はこの先、大切な家族と共にある世界を、夢見るのだ。
記憶が曖昧で、原作開始がいつなのか分からない。
そんな不安な心を、押し隠して。