「しまった……。家の中に鍵置きっ放しだ……」
今ボクは、焦っている。
今日で二学期は終了。
年の瀬の年末。
クリスマスは既に終わっていて、街は新年を迎える為の準備で忙しい。
それはボクの両親も例外じゃなくて、現在県外に出張で出掛けている。
今日出掛けて、帰って来るのは2日後。
終業式とあって、普段より格段に中身の少ないバックを探してまわすがそれらしきものは見当たらない。
本来なら鍵を持って出かけなければいけなかったのに、どうやらその鍵を家の中に置きっ放しにしてしまった。
生憎、玄関先の植木鉢の下だとか指し示した場所に予備の鍵を置いているとかそんなことは一切ない。
とどのつまり、ボクは今家に入れないということだ。
「どーしよ……」
とりあえず携帯を取り出して、アドレス帳を開く。
こんな時にうまく相談に乗ってくれる人はっと……。
代表……ダメ。
今日帰りに張り切って教室を出て行ってたからきっと今は坂本君とお楽しみだろう。
そうなるとすぐに返信が返ってくるとは思えない。
優子……も微妙だ。
あぁ見えて携帯のチェックはしない人だ。
酷い時だと1週間携帯に触れずにそのまま充電が切れてたなんて話も聞く。
一人一人頼りになりそうな人を探すけど、中々いない。
事が事だけにあまり会話したことない人に相談するのも気が引けるし……。
仕方がない。
とりあえず優子にSOSメールを打つだけ打っておこう。
《非常事態!助けて…>_<…》
と現状細かい内容は打たずにメールを送信した。
携帯を閉じ、バックに仕舞う。
なんというべきなのか。
不安と孤独感から先ほどよりも肌寒く感じる。
凍える身体を手で摩りながら、ボクは一旦家を離れて適当に街をぶらつくことにした。
なんだかんだ夕方。
優子の返信もなければ、特別名案が浮かんだわけでもない。
ボクはただ、夕方人通りの多い商店街をブラブラと歩いていた。
何人か文月学園の制服を目にしながら、右へ左へ人ごみを上手く避け進んでいく。
道すがら両脇の店並びをキョロキョロと見ていると八百屋、精肉店、魚屋なんかの個人営業店の多くは閉まっている。
年末年始休暇に入っているようだ。
シャッターの降りている店舗看板を眺めていくなかで、一つの看板が目に止まった。
《〜いつからその鍵が開かないと錯覚していた?〜鏡花水月【弥生鍵屋】》
中2臭いセリフの描かれた看板。
それは鍵屋のものだった。
その手があったかとふと見るも、やはりシャッターは降りている。
でもこれはいいヒントだ。
携帯で検索すれば営業している鍵屋の一つや二つ見つかるはずーーん?
鍵……?
「あっ!ムッツリーニ君!」
頭に浮かんだライバルの顔。
盗撮解錠はお手の物。
ギリギリ(でアウト)な犯罪を繰り返す男、ムッツリーニ君だ。
彼ならそこらの鍵屋よりもサクサクっとうちの家の鍵を開けてくれるはず。
思い立ったが吉日とぱっと携帯を取り出してアドレス帳を開く……が。
「そ、そういえばムッツリーニ君って携帯持ってなかったっけ……」
開いてから思い出す。
確か前にメールアドレスを聞いた時に携帯を持ってないから交換できないと言われたことがある。
なんでも、大事な時に鳴られたら困るからだとか。
犯罪故ばれたら困る為ムッツリーニ君も徹底しているんだなと思ったものである。
でも今のボクだって大変なのに……ムッツリーニ君のバカ。
「う〜ん……。年末年始でも営業してそうな鍵屋なんてあるかな……」
しかしながらムッツリーニ君という手段が途切れたとはいえ、突破口は見えた。
あとは営業している店があることを願うばかりだ。
【鍵屋 年末年始 営業】でいいかな。
「あれ、工藤さん」
「ん?吉井君…と清水さん。あとは…」
「あ、2-F須川です」
検索ボタンを押そうとしたその時、後ろから声が掛かったので振り返るとそこには吉井君、清水さんの姿が。
残りもう一人、よくFクラスで見かける子がいたが向こうから自己紹介してくれたので助かった。
こうした街中で同時に見かけるのは珍しい面子。
3人が3人手ブラとはいえ、見たところ一緒に行動しているみたいだし。
「一体こんなところでどうしたんですの?」
「実は今困ってることがあって……」
「なるほど。それで営業してる鍵屋を探してるところなんだね」
「うん。そういうこと」
尋ねられて隠す必要もない。
ボクは吉井君達に現状を説明した。
すると吉井君は携帯を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「どこに電話してるの?」
「ムッツリーニの家さ。メールはダメでも自宅番号は知ってるからね。まぁいるかどうかは分からないけど」
なるほど。その手があったか。
いつもどこか抜けてる吉井君だけど、なんだかんだだでピンチの時は頼りになる。
美波や瑞希ちゃんが惚れたのも、きっとこういう積み重ねがあったんじゃないだろうか。
ワンコールツーコールとダイヤル音が携帯から漏れて聞こえることしばし。
プツッと音が途絶えて向こうから人の声がした。
「あ、ムッツリーニ?よかった。家にいたんだね」
どうやら手に取ったのはムッツリーニ君らしい。
運良く家に居たそうだ。
「ちょっといいかな。実は今工藤さんと商店街でバッタリ会ったんだけど……」
「清水さん。この3人でよく一緒に出かけてるの?」
「そんなわけありませんわ。なんで美春が好き好んで男なんかと……」
「あはは…。だよね…」
清水さんはちょっと……いや、かなり百合っ気が強い。
2年対3年の試召戦争の時にボクも被害にあった。
もしかするとと聞いてみたが、やはり今回はたまたまらしい。
冷静に考えたら学園じゃ美波関係で吉井君をかなり敵視してたっけ。
「うん…うん…。わかった。そう工藤さんに伝えておくよ」
ピッと携帯電話を切り吉井君がこちらに振り返る。
ムッツリーニ君との話が終わったらしい。
すぐに来てくれるのだろうか。
「一応簡単に事情を説明したら鍵くらいなら開けるけど、今すぐには無理なんだって。これから大事な商談と仕事が入っててこっちに手が回るのは10時を過ぎるみたい」
「え、そうなの……?」
こっちは家に入れないというのにそれより大事な商談や仕事とはそれいかに。
ムッツリーニ君らしいといえばらしいが……。
それにしても10時か……。
ここから業者を探すのと待つのは対して変わらない気もする……。
とはいえ時間を潰すのには余るほどの時間だし一体どうしたものか……。
「それでなんだけど」
「ん?」
「その時間までウチにこない?この二人もウチに来るみたいだし。ムッツリーニも終わったらウチに来るって言ってたから。晩御飯、食べてないでしょ?」
おおぅ…。
これは予想外の展開。
自分の家に軽く女の子を誘ってる。
いや、他意がないのは分かってるんだけど。
吉井君はすごいな、いろんな意味で。
でも、どうせ折角だから吉井君のお誘いに乗ろう。
ボクはうん、と頷いてその3人の後ろについていくことにした。