バカと異色と冬休み   作:近衛龍一

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清水美春の場合

 

 

終業式が終わり家に着いた美春は自宅である喫茶店『ラ・ペディス』の扉を開く。

 

 

カランコロンと典型的な喫茶店らしい音を奏でると同時に、店内一杯のお客様の会話声が溢れ耳に入った。

 

 

ただいまの一つも言わずにそっと店内を進む。

 

 

するとその厄災は突如として背後から襲いかかってきた。

 

 

 

「マイエンジェル美春よ!今日から冬休みだな!毎日愛しのパパとイチャイチャしようじゃないか!」

 

 

「近づくなですわ豚野郎!汚らわしい!」

 

 

「おおぅ!美春!これはパパへのご褒美かい!?」

 

 

「何なのですのこの豚野郎は!?」

 

 

 

ゴミ野郎ーーもとい豚野郎の奇襲。

 

 

抱きついてきたところを蹴りをかまして回避。

 

 

けれど豚野郎はなぜかそこに快感を覚えている。

 

 

本当に、なんでこんな奴が自分の身内なのだろうか……。

 

 

 

「私のマイエンジェルよ!」

 

 

「美春は豚野郎のものなんかではありません!お姉様のものですわ!」

 

 

「何だと!?私のマイエンジェルを誑かすそのお姉様とかいう野郎は誰だ!?俺がボコボコにしてやる!」

 

 

美春「そんなことをすれば美春がブタ野郎をボコボコにしますわよ!?」

 

 

 

お姉様に手を出すなんてとんでもない。

 

 

あんな汚らわしい手で触るなんて許されることではないだろう。

 

 

何としてでもここは美春が食い止めなければ。

 

 

 

「はいはい。喧嘩はそこまでよ。今は昼時で忙しいんだから、そんなことしてる暇なんてないの。父さんはさっさと厨房、美春も早く着替えて手伝って頂戴」

 

 

「マ、マイハニー……分かったよ……」

 

 

「お、お母さん……分かりましたわ……」

 

 

 

豚野郎から少し距離を置いて臨戦体制を取った直後、奥からお母さん登場。

 

 

美春も豚野郎も逆らうことのできないお母さんは我が家で最強の存在だ。

 

 

今でこそ口頭注意で済むものの、これ以上は危険だ。

 

 

余計な戦闘は損と判断した美春は着替えに、豚野郎は厨房へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美春ちゃんも大変ね〜」

 

 

「笑い事ではないですわ。毎日毎日鬱陶しい……」

 

 

「いいんじゃない?あれだけ構ってくれるんだし。小さい頃だってよく出掛けに連れて行ってもらってたんでしょ?」

 

 

「そうそう。羨ましいなぁ〜。私なんて全然遊びに連れていってもらった記憶ないし」

 

 

「よくありません。隙あらば抱きつかれ、お風呂に入れば覗かれ、挙句夜にはベットに侵入してくる。セクハラですわ」

 

 

「それ毎回聞くけどいつ聞いてもキツいよね……」

 

 

 

ケーキを運んだテーブルで常連の女子大生に話を振られた。

 

 

豚野郎の実情を知っている人があまり居ないため、こうして外で愚痴をこぼせることも少ない。

 

 

会う度にこうして聞いてくれる彼女達は美春にとって貴重な存在といえよう。

 

 

 

「そろそろ仕事に戻りますわ。あまり話し込んでいてはお母さんに叱られますから」

 

 

「うん。仕事頑張って。私達もまたくるね」

 

 

「ええ。多分次来た時には新作が出来上がっている頃でしょうし」

 

 

「おっ、それは楽しみ。じゃね」

 

 

 

サボリを疑われない程度に話を切り上げ、女子大生のテーブルを離れる。

 

 

認めたくないが豚野郎のケーキの腕はかなりのもの。

 

 

こうして固定客がつくのも不思議じゃないのだ。

 

 

本当に黙っていればいい人なのだが……。

 

 

ため息を吐かずにはいられない。

 

 

 

「美春〜。あっちでお客さん呼んでるから〜」

 

 

「は〜い」

 

 

 

愚痴を吐き終えて移動していた美春は油断していた。

 

 

そう、完璧に。

 

 

背後から変態豚野郎が近づいていることに気がつかず。

 

 

 

「みっはる〜!」ダキッ

 

 

「っっっ!?!?」ゾゾゾ

 

 

 

身の毛がよだつ。

 

 

一瞬にして鳥肌が立ち、身体全体が嫌悪感に包まれた。

 

 

今美春に、オトコが抱きついている。

 

 

 

「ん〜!久しぶりの美春の匂いだ!これでお父さんも元気に……」スリスリ

 

 

「……」プチッ

 

 

「ん?今美春から変な音がした気が……」

 

 

「離しなさいこの豚野郎っっっ!もう我慢出来ませんわ!こんなところ……こんなところ……っ!」

 

 

 

肌を密着された段階で美春の我慢は限界をむかえた。

 

 

もう無理だ。

 

 

耐えられない。

 

 

豚野郎をつき離し、エプロンを脱ぎ捨てて美春は喫茶店の扉を押しのけるように飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様…電話が繋がりませんの……」グヌヌ

 

 

 

お留守番サービスに繋がった携帯を力なく閉じてポケットに突っ込む。

 

 

やはり昨日お姉様の声を聞きたいがために30回もコールしたのがいけなかったのか。

 

 

ラ・ペディスを飛び出した美春はこれからどうしたものかと途方に暮れていた。

 

 

お母さんに今日は帰らないとメールを打った後、お姉様に電話を掛けたが繋がらない。

 

 

あれだけ怒鳴って出た手前、ヌケヌケと家にも帰れない。

 

 

とはいえどうしたものか。

 

 

正直な話、美春には仲のいい友人自体いない。

 

 

友人以上の関係も恋人(自称)であるお姉様くらいか。

 

 

まぁ元々誰かと仲良くしようと思うことがないので当然といえば当然だ。

 

 

どうせ明日には一度帰るんだし、今日は漫画喫茶にでもーー

 

 

 

「ん……あれは……」

 

 

 

『えぇ!?うち来るの!?』

 

 

『いいだろ?どうせお前だって1人だろうが。それともなんだ。今から姫路さんか島田、もしくは秀吉とデートってか。だったらここは異端審問会を召喚……』

 

 

『だぁー!何もないよ!だから変な濡れ衣着せないでよ!』

 

 

『んじゃ、いいよな。早くスーパー行こうぜ』

 

 

 

「お姉様に付きまとうバカ豚野郎……と、モブですわね」

 

 

 

ふむ。

 

 

ふむふむ。

 

 

ふんふむ。

 

 

あ、最後は違いますわね。

 

 

人のを真似するのはすばらくない。

 

 

ここでバカ豚野郎に頼るのは忍びない。

 

 

だがしかしbutである。

 

 

こういう状況下、仕方ないことは存在するものだ。

 

 

 

「……今日だけは妥協しましょう」

 

 

 

本日の宿のアテを見つけた美春は、逃がさない内にと背後から二人に近づいていった。

 

 


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