バカと異色と冬休み   作:近衛龍一

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それぞれの諸事情
須川亮の場合


 

 

文月学園で終業式があったのが今日。

 

 

これから入る長期休暇に心を踊らせ、俺は帰宅していた。

 

 

外の気温に反して懐は非常に温かい。

 

 

鉄人の罠に嵌り、親にエロ本諸々が暴露たのがおよそ2ヶ月前。

 

 

元々そういうものにしかつぎ込んでなかった性分、貯金は割とあったのだがしばらく下手な真似が出来ないとあって余計溜まった結果だ。

 

 

折角今日、福村達にオススメのゲームを教えてもらったところだし、何か買いにいこうか。

 

 

けどこの冬休みは案外予定が詰まってるから積みゲーになるかもしれないんだよなぁ……。

 

 

え?予定はなんだって?

 

 

そりゃあお前、決まってるだろ。

 

 

大晦日のリア充狩り、三ヶ日のリア充狩り、他の日は冬休みに浮かれてるリア充狩りだ。

 

 

毎日毎日FFF団の活動がある。

 

 

任意参加なので強制というわけでもないがどうせすることもない。

 

 

家の中でゴロゴロとゲームをするより、体を動かしてリア充を殲滅する方がいいだろう。

 

 

まぁゲームに関しては見に行ってから考えよう。

 

 

財布持ってデパートにでも行くか。

 

 

そんなことを考えながら、俺は自宅のドアノブを捻った。

 

 

 

ガチャ

 

 

 

「ん……?」

 

 

 

ガチャガチャガチャ

 

 

 

無機質な音を作り出すだけで、全く扉が開かない。

 

 

どうやら鍵がかかっているようだ。

 

 

 

「母ちゃんが鍵掛けてるなんて珍しいな……」

 

 

 

何事も面倒で済ませる我が母親にしては珍しいこともあるものだ。

 

 

何か心境の変化でもあったのか。

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

掛かっている以上は仕方が無い。

 

 

滅多に使わない、ちょっと埃掛かったインターホンを押す。

 

 

 

「…………」

 

 

 

返事がない。ただの屍のようだ。

 

 

 

「なんてボケやってるつもりか。ったく…。母ちゃん寝てんのか……?いや、にしても勇太が帰ってきてるはずだし……」

 

 

 

テレビもつけっ放しに炬燵に入って寝る姿を思い浮かべるが、仮に母ちゃんがそうとしてすでに小学生の弟は帰ってきているはずだ。

 

 

誰も返事をしないのはおかしい。

 

 

あいつが鍵をして遊びに行くのも想像出来ねぇし……。

 

 

とはいえ誰も出ないのだ。

 

 

俺は渋々鞄の中から自宅の鍵を探し出し、使う。

 

 

カチャリと音がしたのを確認して漸く家に入った。

 

 

 

「母ちゃ〜ん?いねぇの?」

 

 

 

様子がおかしい。

 

 

玄関廊下の電気は消えていて、靴もない。

 

 

勇太と何か買い物にでも行ったか……?

 

 

いや、年末人が多い中買い物に行きたくないと粗方の買い物は今週済ませたはすだ。

 

 

もし買い足しがあれば俺に行かせるだろうし……。

 

 

そんな疑問を胸に居間に向かうと、母ちゃん愛用の炬燵の上に一枚、メモ用紙が置かれていた。

 

 

やっぱり買い出しか……?

 

 

それを手に取り、内容に目を通す。

 

 

 

《亮へ。

 

今日から北海道に家族で旅行に行くのでお留守番よろしくお願いね♪

 

本当は亮も誘う予定だったんだけど、どうしてもホテルが3人分しか取れなくて☆

 

本当にごめんね〜(・ω<) テヘペロ

 

亮の学校が始まる日には戻ってくるから亮も冬休み楽しんでね〜♡

 

愛しの母より♪はぁと》

 

 

 

「あのクソババァ……!」ビリリ!

 

 

 

どうりで今朝よそよそしいと思ったんだ!

 

 

俺をハブで旅行に行くからだったのかよ……!

 

 

やけに今年の買い出しは例年に比べて少ないなぁと思ったら……!

 

 

 

「はめられた……!」

 

 

 

完全に俺の負けだ。

 

 

一家の長男抜きでも家族旅行だとほざくあの母親に一杯食わされたという訳だ。

 

 

 

「マジかよ……。つか帰ってくるの年明け一週間後とかどんだけ長いんだ……。家事なんてやれる自信ないぞ……?」

 

 

 

突如として押し付けられる試練。

 

 

それは一介の男子高校生にしてみればかなり酷なもので、容易く乗り越えられるものではない。

 

 

例えば久しぶりに帰ってきたと思えばバスローブ姿で玄関に立っているような姉がいる、家に来た友人に麦茶を出す時に間違ってめんつゆを注ぐような母親がいるとか、そんな現実ではありえないような身内がいるような家庭でなければ家事力なんてつくはずもない。

 

 

この冬休みの間一体俺はどうすれば……。

 

 

……………ダメだ。

 

 

俺の知り合いにはバカしかいねぇよ……。

 

 

頭の中で頼ろうとする友人を頭に浮かべるが全て掻き消す。

 

 

もういいや…。

 

 

とりあえずゲーム買いに行こ……。

 

 

困る問題は後回し。

 

 

学園の問題達が放り込まれるFクラスに所属する者ならではの思考。

 

 

なんとかなるだろ。

 

 

『家族いないとか家事どうすんだよ……』から『家族いないとかゲームし放題じゃん!』とポジティブに事を考えることに決めた俺は潤っている財布を片手にデパートへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

 

 

「とはいえ、こればっかしはどうにもならねぇよなぁ……」

 

 

 

ため息は口から出ると共に結露し、白い煙を作る。

 

 

トボトボと浮浪人のような歩き方をする俺。

 

 

家を出てデパートに向かうのはいいものの、やはりそこまでポジティブには考えられないらしい。

 

 

晩飯はどうしようか、掃除はどうしようか、洗濯はどうしようか。

 

 

いままでまともにやったことのないことをやらなければいけなくなってしまった状況に困惑を隠せない。

 

 

誰か相談できるやつはいないものか……

 

 

ん?

 

 

 

「あれは……吉井か?」

 

 

 

ふんふんと鼻歌を奏でながら機嫌良さげに歩くバカ面を発見。

 

 

そういえば吉井は一人暮らしだったが、あいつの家って綺麗だったような……。

 

 

それに一学期に自作弁当を持ってきていたような……?

 

 

 

「………」ニヤリ

 

 

 

これは使えるかもしれない。

 

 

 

「吉井〜!」

 

 

 

学園一のバカに可能性を見出すのは不本意ではあったが緊急時だ、プライドもクソもない。

 

 

浮かれ気分の吉井に向かって俺は地面を蹴り出した。

 

 

 

 

 


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