相克する狭間で   作:甲板ニーソ

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第4話

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艦隊これくしょん 『相克する狭間で』 第四話 望まぬ門出に

 

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静謐が徐々に引き始める朝と夜の境、頭から被った厚手の毛布が災いしたのか息苦しさに喘ぐように意識が半ば浮上する。這い出た顔を覆う空気は空調のおかげか春先でも暖かく心地よい。微睡んで再び眠りにつくのも視野に入れるも仕方なし。こうした二度寝を後を気にせず気に込めるのは向こう数日これが最後なのだから……

 

壁に掛かった時計が示すは短針が四で長針は一二、少なく見積もって四が七を刻むまでの猶予があった。平日休日問わず夢の中に誘われるべき時間、窓からかすかに漏れる光を無視して瞼を閉じ、堂々巡りを打ち切って眠気に体を預けるよう努める。逃避先は大した労をせずとも駆け込めたが、浮上とは逆に沈むようにとはいかない。

 

―――原因は分かりきってる……さっきから小さくも不定期に届く音のせい。普段なら一切関知せずシャットアウトできる音量が酷く気に障った。十日も物音や生活音から遠ざかっていたせいだろう。耳が環境に適応して鋭敏になってしまっている。取り得る選択を羅列して吟味するも則した正解が見つからず頭を悩ませる。

 

消極的に嵐が過ぎ去るまで待つを選べば時だけが流れて、鎮まる気配は一向になく失敗、他力本願に不審に思ったナースが元を断ってくれるを期待するが……明日退院で前日に問題なしとでも判断されたのか隣室に待機していた監視要員が撤収したので、手元とのボダンでもコールしない限り望み薄……そもそも問題を解決するためにより大きな災いを呼び込むのは火を見るより明らかだったので却下。自前でどうにかする以外になかったのである。

 

内心で舌打ち一つ、後ろ髪引かれながらベッドから飛び降りて部屋を出る。

 

「んっ……」

 

ドアの向こうは春の夜明けに相応しく寝間着には肌寒い、頬を撫でる風に身震いで声にならない声が口の隙間から発せられた。上着代わりのブランケットを羽織りに戻ろうかと魔がさすが、楽園を前にしたら終わり、雪崩こんで起き上がれず悪態をついて猶予を台無しにするのが察せられる。

 

「割りきってちゃっちゃっと済ませますか、凡庸な夢と安眠こそ至高」

 

こびりついて意図せず耳に入り込んで来る招かれざる客の出所を求めて歩き、手を擦り合わせて吐息を当てて暖を取る。海を近くに据えるこの病院は海風に曝されるため冷えるのだ。薄暗い照明が灯された長い廊下は磨き上げられ、清潔そのもの……しかし人間味が感じられず何処か不気味。幽霊でもでそうな雰囲気にホラー映画なら第一の犠牲者にお誂え向きだなと乾いた笑いがでる。

 

「眉唾ものだったが、実例を出されちゃどうしよもない……」

 

心霊現象など信じてもいなかったが……いや正確には今も信じていないが。この夢じゃ荒唐無稽がまかり通ってる。嘘は嘘でも限りなく生々しい、意識していても起きるまでは現実に等しかった。

 

目的地はもうすぐそこ、自分の足音が相手にだってとっくに届いてるのに変化なし。よっぽど集中してるのか、はたまた無視を決め込んでるのか……せめて前者であることを祈るが聞き届けられるかは神のみぞ知るといったところ。見据えた突き当りを曲がれば御対面、覚悟を決めるとしよう。

 

どうせ、どっちにしろ面倒事に変わりないのだから。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

―――曲がり角を進んだ先にはうつ伏せに倒れ藻掻く人……パッと見8~9歳の小学校低学年、多く見積もって精々が高学年だろうと察せられる童女がいた。松葉杖を手に力をいれ立ち上がろうとする都度、急に体勢を崩して地面に逆戻り、無理もない。足が子鹿のように震え痙攣してる。心意気は買うが、精神に肉体が着いて行ってないの良い典型例だ。助けが必要なのは間違いないだろう。

 

バカの一つ覚えの愚直さも度が過ぎれば気分を害す、子供が己を苛め抜いてるのをみて悦に浸る捻れた性根はしていない。手を差し伸べようと手順を脳内で整えるが……ふと腰が引けた。理由は単純、厭な可能性を思い立ったから……だって軍病院に幼子は場違い。ある種怪談では定番でも普通じゃない。それに鬼気迫る雰囲気をあの齢で醸し出すアンバランスさは違和感の塊だ。心霊だろうと現実だろうと自分から関わるのは面倒の極みで手に余る。メリットとデメリットを秤にかけて、一方の傾きに従い踵を返す。

 

その時弾みで童女に目を向けてしまった。そう……目を向けてしまった。心が乱れる。手すりを真っ直ぐに見据える刺々しい瞳、己にすら弱みを晒したくないのか痛みをも押し殺して真一文字に塞がれた唇、言外に独力でどうにかしてみせると叫ぶ姿がある。俺にはそれが他者への拒絶というより頼り方を忘れてしまった歪な生き様に見えた。

 

関係ない。足を踏み出せば交わることのない日々が始まる。つまらない同情は毒にしかならず何れ積み重なって身を滅ぼす。だが病院とはいえこの通りでこの時刻……客観的にみて穏便にことをなせるのは自分だけというのも事実、人任せは期待できない。結局見捨てた烙印に堪えられず体が動く。

 

「そこの子供手を貸すから、動きを一度止めろ」

 

「はぇっ?……えっ!?」

 

自分だけの世界に没頭してたせいだろうか、急な他人の登場に目を丸くして、変な声も出す驚きように苦笑は必至。

 

「だっ……大丈夫なんだから!心配はありがたいけど独りでどうにかできるわ」

 

強がりもここまでくると芸術だが、意地っ張りがすぎる。強引にでもやった方が手っ取り早そうである。

 

「はいはい、問題無い風に判断出来ないから手を貸してるんで、大人しくしましょうね」

 

「ちょっ……あぅっ!?」

 

手すりに松葉杖を置き、腕を彼女の首の後ろに回し、もう片方を膝下に差し入れゆっくりと立ち上がる。子供とは言え軽く数十キロはあるため寝起きの腰に来るものがあったのは秘密。相手の状態もあって満足な協力は望めないので余計キツイ。

 

「あっ……あんたっ!これお姫様抱っこじゃない!?もうちょっとやるとしても他になかったの!?」

 

物々しいのが一転、林檎みたいに赤くなったと思ったらそういう訳だったのか。介護の意識でやってたから思いつきもしなかったがいっちょ前にませた餓鬼である。

 

「あん?そっちに負担いかないようにやったもんだから他意はない。許せ嬢ちゃん」

 

一瞬焦るが、今はやっても公僕にケチを付けられたり、幼女性愛者の忌まわしいレッテルを貼られる心配がないので心を落ち着け、脇にある長椅子に下ろし座らせる。

 

「うっ……慌てちゃったみたいね……みっともないところみせたわ。あ~恥ずかしい」

 

「気にすんな。子供は子供らしく年相応に振る舞ってりゃいい、そっちのがみてて気持ちいいしな」

 

「レディーに向かって失礼しちゃう……でも、ありがと助かったわ」

 

「へぇ~以外だな」

 

てっきり感謝されるどころかなんでことしたのと罵倒されるやら、余計なお世話と詰られる展開だと見越してたので吃驚だった。

 

「なによ?恩を仇で返されるとでも思ってたの?」

 

「うん」

 

「―――なんの躊躇もなく断言されると流石にムカつくわね。誰であろうと助けられたら感謝する。これ当然でしょ?」

 

首を縦に振り肯定する。思ったよりも遥かに素直な娘のようだ。助けて正解だった。

 

「そんだけ物分かりがいいなら、誰かに頼れよ。簡単だろう?」

 

「それは……難しいわよ。矜持の問題もあるけど、私立場が立場だから普通の人に弱みをみせるのは。英雄ってほど戦果を挙げた訳じゃないけど希望の一員なんだから」

 

真面目な顔してでどこか誇らしげにそう語る。嘘偽りのない本音だろう……だがだからこそ内心気圧された。10かそこらのがきんちょが戦場に身を投じれるの喜んでるのを異常と思えなきゃリアルじゃ精神異常者だ。

 

「ただ……頼られっぱなしで笑っちゃうけど頼り方を忘却の彼方にしてたのも否定出来ないわ。通りかかって手を差し伸べてくれてなきゃ危なかったかも」

 

「意志を押し通すのはご立派だが、どうしよない場合は信条を棚上げして今度からは無理せず助け求めろよ?」

 

幸運は何度も続かない。本末転倒は避けろと視線を絡ませ有無を言わさず窘める。

 

「そうよね……その通りぐうの音も出ないわ」

 

バツの悪そうに照れながら頷くが、理解したのか、理解してないのか怪しい限り。次があるかどうかは分からんが、あったら注意深く接すればいいかと納得。

 

「吾輩は船である。名前はまだない」

 

「ふふっ、なによそれ?私は雷、雷よ。かみなりじゃないわ。そこのところもよろしく頼むわね」

 

「じゃ雷と呼ばせて貰って大丈夫か?それともちゃん付けをご所望」

 

「こそばゆいから呼び捨てで構わないわよ」

 

無邪気に笑い、表情をコロコロと変えるのは外見にあってて和む。英雄なんて糞食らえ、英雄が望まれるのは何時だって苦悩の極致だ。誰もが光を求める夢想する時世。彼らの存在が許されるのはフィクションだけであって欲しい。

 

「おう、雷乗りかかった船だ。どこまで送ればいい?俺の安眠のためだキリキリ吐け」

 

事情を噛み砕いて説明し、自分のためでもあると主張して異論を封殺。

 

「あ~迷惑掛けたみたいで悪いわね。気遣いすら覚束ないんじゃダメダメだわ。こちらこそお願い、部屋まで連れてってもらえるかしら」

 

「おっけ……あのさ一つだけ質問、別に答えたくなきゃ黙秘でいいけど何故に夜中に態々外出したんだ?」

 

「うん、お手洗いに行こうと思ったんだけど……今日のリハビリ頑張りすぎたせいか途中で足が屁垂れちゃってこのざまよ」

 

「ふむ、なるほど……お騒がせな奴め。念のため聞くが途中で立ち寄る必要はあるか?」

 

「――――――あっ……」

 

何かを思い出し切羽詰まった声音に最悪の予想が脳裏をよぎる。真逆真逆…真逆!?

 

「あっ…あぁぁっ!いっ、いそ……いで。お…ね……がい」

 

途切れ途切れの呻きに予感は的中、一刻の猶予もなさに血の気が引く。近場目指して全力で爆弾を抱えて駆ける。

 

「ゆっ、ゆゆゆら…さない……で、もももっ……れっちゃ……う!」

 

軽く無理難題をおっしゃる。止まろうが八方塞がり、息も荒い、波が防波堤を超える寸前……これはもうダメかもわからんね。

 

「この……とっ!……しで……おも……し……じょ…じょ!う……だんじゃ……ないわっ!!ーーーはぅぅぅっっ!?」

 

想像しかけた末路を捻じ伏せようと活を入れたのだろうが、それは崖っぷちで堪えるのに背を押す愚行、自殺行為でしかない。死なば諸共で心中する気はさらさらなく、犠牲は最小で充分だ。

 

―――だが気が咎める。これを放り出すのは鬼畜外道の所業だろう。マシな未来を模索して提案する……実際アウトかセーフかで言えばチェンジなレベルの危うさだ。

 

「―――私にいい考えがある」

 

色鮮やかな瑞々しい紫陽花がいけられた大きめの花瓶に目をやり近付く。いい感じに焼き切れた回路が大胆にする。勢いが大切だ。躊躇いは室内に水溜りを産んでしまうだけなのだから……

 

―――これ以上はやめておこう、彼女の名誉のためにも……それは俺の語るべき物語ではない。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

黒歴史を潜り抜けてはや数刻、現在はお天道様が直上なお昼。

 

「どうも、お世話になりました」

 

「トンボ返りはやめてくださいよ?外で遭うなら嬉しい再会ですけど」

 

「そうねですよぉ~悲しいのは飽々ですもん。お暇ができたら皆で食事しましょう。私美味しい場所知ってますからぁ」

 

隣室付きだった看護婦たちが入れ代わり立ち代わりに声を投げかけ、上下左右囲まれて気疲れする。女三人寄れば姦しいとはこのことだ。一人でも喧しいのに増える度、掛け算で憂鬱が増える。頭痛い、押し退けてでも行くべきか真剣に考慮した時、頭上に蜘蛛の糸が垂らされた。

 

「ちょっと、あんたたち一斉に別れを惜しんむんじゃなくて、代表者選んで静かにやりなさい。ナナシも飽和して戸惑ってるんだから」

 

鶴の一声なのか、あれだけ煩かった連中がは~いと返事して、手紙手渡して手を振り去っていく光景は筆舌に尽くし難い。何はともあれ助かったのだが……一難去ってまた一難、約束蹴って旅立とうとしてたのに、逃げ遅れて肝心の人物と御対面してしまったのだった。

 

「出立の際には雷の部屋に寄っていってと念押ししたはずよね?記憶違いだった?」

 

錐のような姿勢に後ずさる。後ろめたいのがあるから余計に

 

「むぅ~気を遣ったのであって悪気はないんだぜ。早朝の例のあれを共有してるのは俺だけだし、いなくなれば丸っとなかったことにできるだろ?」

 

多感な年頃に粗相は相当心に来るものがある。トラウマのトリガーになるのは避けたいし、なにより気不味かった。

 

「内容は可及的速やかに忘れて欲しいけど、借りは借りでしょ。返さないことには気が済まないわ」

 

「律儀なお人で……でもいい大人ががきんちょにお礼されるのは、絵面にも心情的にも微妙なんで正直お断りだな。庇護されて然るべき立場お前、俺保護者おっけ?」

 

助けられて当然と傲慢が服を着て歩いてるような糞生意気な奴は兎も角、道理を弁えた良い子は自然と手を差し伸べたくなるもの。

 

「おっけ……なわけ無いでしょうっ!!!あのねぇ……色々切羽詰まってたからあん時はスルーしたけど、いい加減指摘せざるお得ないわよ!雷はあんたより年上なんだから」

 

「またまたご冗談を。大人ぶりたくなるのも分かるし、背伸びしたい年頃だろうが嘘は良くない。嘘は……」

 

「………………………」

 

ピクリとも笑いもせず、無言の威圧。

 

「―――本気と書いてマジなのか?からかってるなら承知しないぞ?」

 

「本気と書いてマジかどうかは知らないけど、本当よ。第一直ぐバレる嘘つくわけないじゃない普通」

 

「因みにご年齢は?」

 

「えっ~と、そうね。大雑把に数えてお酒飲んだりするには……ちょっと足りなかったけど普通自動車免許取れる年月は優に重ねて来たわ」

 

ない胸を張る姿は正に幼女……今日日の発育とは無縁な慎ましさは混乱に拍車をかける材料でしかない。

 

「なんてこった……奇跡のバーゲンセールにも程がある。まったく、小学生は最高だぜ」

 

最早、コンフュにメダパニ、あやしいひかりの重ねがけくらった気分。ナニを口走ってるかも定かじゃない。定番のロリ枠かと思ったら……そっか、意表付いて合法ロリでロリBBAだったか、BBA無理すんな。

 

―――潔くねぇだろこの設定、ロリならロリでいいじゃねぇか。言い訳がましく夢でまで社会に配慮してるのかよ……PCでやる大人向けゲーの暗黙の了解だろこれ。常識が非常識にあるから困る。

 

「お~い、百面相した上に青くなったり白くなったりしてるけど、頭大丈夫?」

 

「何気に失礼なこというなお前……だいじょうぶだ……おれはしょうきにもどった!」

 

「そ、そう?ならいいけど……」

 

ニュアンスに一抹の不安を感じたのかそこはかとない疑念が付き纏う。

 

「兎に角、事実年上、ナナシは年下……というより右も左も分からない赤ん坊ね」

 

「いやいや、赤ちゃん扱いは不当極まりないだろ!?」

 

「ふ~ん、あんた生後十日かそこらの娘が一人前気取ってるのどう思う?」

 

ニヤニヤとしたり顔が鼻につくが、そりゃあちゃんちゃらおかしいに決まってるって……はっ!?愕然とする。逃げ道己で塞いで反論のしようがない。なにせ今までの偉そうな発言がそのまま自分に突き刺さるのだ……ブーメランもいいところ、恐らく顔は完熟トマトもかくやなレベルに違いない。

 

「気付いたみたいね。体は大人でも心は生まれたてホヤホヤで未成熟、一定の土台があるとはいえ人生経験豊富な雷からすれば子供同然よっ!」

 

こいつだけの黒歴史かと油断してたら同時に俺のも増産してたとはまったく、お笑いだ。

絶望に打ちひしがれて、頭真っ白……もうどうにでもなーれ。

 

「元気ないわねーそんなんじゃ駄目よ!不安でも安心しなさい。ナナシ、私がいるじゃない!」

 

そう断言して、根拠ないくせに自信満々な彼女に抱きしめられる。取り繕って、普段の調子を装っていてもメッキが剥がれて情緒不安。世界でたった独りだけの異分子。今は、繋がってるから二人……孤独なのは変わらないがそう錯覚できた。自分じゃない誰かの有触れた暖かみが胸を打つ、出逢いから半日も経たない浅い付き合いの雷との共有する空間が不思議と心地よい。

 

「―――人恋しかったのか……惰弱だな」

 

「悲しいこと言わないの。触れ合いがなきゃ、もの寂しい、私だってそう。輪を掛けて記憶喪失、伽藍堂でしょ……仕方ないじゃない」

 

「お前が言うなら、本当にそんな気がしてきたよ。力を借りたい……お願いできるか?」

 

異常な状況が続くと、簡単なのもあれこれ悩んで進んでこんがらがせてしまう。

 

「勿論、否はないわ。もーっと私に頼っていいのよ」

 

自然な笑みはこれ以上ないくらい綺麗で見惚れ、刹那を切り取っていつまでも眺めていたい。ちびっこ相手に不覚だった……悔しいから絶対に漏らさないが。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「じゃあ、早速頼りにさせてもらうぞ。鎮守府の地理とんとさっぱりだから、軽い地図だけじゃちんぷんかんぷん、お薦めの土産物やらあるなら教えて欲しい」

 

目的をこなすにはジモッティーの案内が一番。

 

「土産物屋?なんでまた?」

 

「うむ、与り知らぬ場所であれよあれよと扱い決まって、横須賀訓練校に着任する運びになってたのだが……時期を鑑みるに途中編入だろ?」

 

「今の娘たちはみなすべからくそうでしょ……いい時代になったものよね」

 

肩まで伸びた髪が風にたなびき、慣れた所作で付け根に手をやり整える。秘されたうなじが露わになり、幾つかの感情がないまぜになった横顔も相まって……外見を置き去りにした印象を刻み込む。深入りすべきじゃないと警鐘がなった。降って湧いた人間関係は迷路に等しい、どこに地雷が埋まってるかもわからない危険な迷宮だ。

 

単一ではなく複数になると接触が発生し、互いの距離が重要になる。ズケズケと入り込むのもよくないがさりとて敬遠も軋轢の元。及第の距離を作り上げるには交流からなる経験が必要だった。

 

「―――でだ。新入りで初お披露目、先輩方のお世話になるとくれば菓子折りの一つは必要かと思った次第さ」

 

「うんうん、先輩を立てる。良い心がけね。それを聞いちゃ協力しないわけにはいかないわっ!」

 

初対面で人間の印象は過半が決まるという。軍属ともなれば同じ釜の飯を食い、嫌でも四六時中一緒に暮らすハメになるのだ。カースト最低辺の烙印を捺され、陰湿な虐めを受けるのは洒落にもならない。だからこそご機嫌伺いが必須。まだるっこしことせずに山吹色の絆で強く結ばれた関係を構築するのも手だが……これも一度ターゲットに設定されれば、逃げる事は出来ない。

 

「ちょうどお礼に羊羹あげようと持ってきてたから、これを手土産にしなさい。えへへ嬉しいでしょ?」

 

「はっ……羊羹?担いでいらっしゃります?」

 

「とんでもないっ!ただの羊羹じゃなくて、間宮印よ。ま・み・や、イチコロなのは確定的に明らかね」

 

羊羹を天高く掲げ、雄々しく叫ぶ姿はひたすらにシュール。信仰していると言われたら信じちゃいそうなぐらいある意味キマってる。羊羹教の教徒かなにか?―――というか雷の発言が本当だったら、先輩方ちょろすぎだろ……

 

「き、気持ちはありがたく受け取らせてもらうぞ……っとそろそろ切り上げ時かね。世話になったな雷、また会うことがあればよろしく頼む」

 

「こっちこそお世話様。次会う時は病室じゃないだろうけど、一応入院先は5階の7つめの部屋よ。覚えきとなさい。」

 

手を振り応える……でも約束はしない。いつ何時露となるか先行き見えぬご身分故。

 

 




前回のあとがきで新たに艦娘たちを複数登場させるというようなことを言っていた気がしますが、気のせいでしたね……いえ4話は上下構成なのでノーカウントということにしていただければ

後宜しければ、感想評価お願い致します。

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