相克する狭間で   作:甲板ニーソ

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第2話

 

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艦隊これくしょん 『相克する狭間で』 第二話 穢れきった軌跡

 

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ある日……生々しい夢を見た。まるで思い通りにならない理不尽な筋書きのをである。見慣れぬ光景に彷徨い、見知らぬ人を見つめると瞬きの後、紅く弾けた。言い表しようのない不快な頭に響く音。誰かが生きていた肉塊に変貌を遂げたのだった。昏い海に朱が交わる……どす黒い波間にバラバラの五体が漂う。あらぬ方向に曲がった手足、危なげに繋がる胴体、捻れた首は出来の悪いパズルを連想させた。本当に生々しい夢……知らないことばかり、知らないことだけ知っている不気味な世界。迷走する問いに答えはなかった。

 

―――きっと答えを得た時、後悔するのだろう。謎は謎のままだからこそ想像の余地があるのだから……

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

カーテンから漏れ出る眩い光で目が覚める。朝日昇る時間だというのにここは静寂で息遣いすら感じられた。恐らくは病院にある一室でありながら看護婦の歩きまわる慌ただしい空気も入院患者が発する生活音も何処か遠く、近くて遠い距離に溜息一つ。周囲に苛まれず考えこむにはうってつけの環境だが、窓には鉄格子……俗にいう隔離措置なのは明白だった。別の意味で頭が痛い、今のところ危険はないが自由は生理現象に付随する諸々だけ。声をだすことすら危ぶまれる。許された安寧の地はこのベッドのみ、備え付けの毛布を頭から被って心を鎮めた。

 

ドアから一定の間隔でノック音、診察の時間だ。応えなければ無駄に長引くだけなので入室の許可、流れるような動作で医者がやってきた。

 

「ご機嫌はいかかでしょうか?艦娘さん。体の調子の変化や変化はありませんか

?」

 

「気分は悪くない。でも他は昨日となにも変わらない」

 

声音には滲まぬようなるべく平坦を装うが、口からは刺のある言葉が発せられてしまう。答えようのない質問に苛立ちを隠せなかった。自分じゃない他人の体の元の調子なぞ知るよしもない、もし答えるとするなら男から女になりましたなんて気でも狂った返答しかないのだから……

 

「ふむ、なるほど……少なくとも悪化はしていないようで安心しました。右も左も分からぬ状況に投げ出されて心細いでしょうが、今後のためです。貴方がここに運び込まれた経緯をお話しましょう」

 

相手もさるもの刺を気付きながら容易に受け流し、笑みすら浮かべて責務を全うする。どちらが大人でどちらが子供かは明らかだった。それが余計に気に食わなくて黙りこむ。

餓鬼そのものだ、顔が熱くなる。

 

「―――順を追って話しますが数日前の未明、物資を輸送中だった私たちの母港所属船団が敵による襲撃を受け、海上護衛中だった駆逐艦を中心とした艦隊がこれを迎撃、守りきれないと判断した彼女たちは敵を引き受け、船団を逃すも進路上にも敵艦多数で袋の鼠。報告を受けた当直の部隊が救援に赴く途上、鎮守府と目と鼻の先で貴方が力尽きて倒れているのを発見したというのが把握している事実です。覚えはありますか?」

 

おぞましい記録が脳裏をよぎり、魔女の釜の出来事がフラッシュバックする。

歯がうまく噛み合わず、体の震えが止まらない。

 

「うっ……途切れ途切れだけど覚えている。気付いたら独りで化け物に追われて無我夢中で逃げて……それから……それから」

 

「その前のことは相変わらず覚えていないと……あぁ……もう結構です。辛いことを思い出させて申し訳ない。何分生前の記憶すらない事例は初めてでしてね。艦娘の方たちは没するまでの船であった時のあるそうなので、つい不思議に思ってしまいまして……まぁその調査結果がそもそも口頭による統計に基づく推論と推定を重ねたあやふやなものと言われてしまえば、ぐうの音も出ませんが」

 

嘘をつく場合、真実に混ぜるのが吉という。虚に実を持たせたいなら実を主軸として嘘を隠し味にすればいいのだ。実際今のもほぼすべて真実、恐怖心も経験も演技など欠片もない。あるのは記憶に関する嘘だけ、この体になる前の記憶に関するもののみ。それだって、対戦前後の生まれどころか生粋の平成っ子で元人間ある。軍艦の記憶なぞあるはずもなく話せる訳なかった。

 

 

「記憶に関しては何かの弾みにふと蘇る可能性もありますのであまり深く考えず、ゆっくりお休みなってください。幸い素早い撤退行動で肉体面、艤装供に疲労以外の損傷は軽微ですので少しのリハビリで退院できるでしょう。後もし戦闘に参加しなかったことに悔いを感じてらっしゃるならそれは大きな間違いです。武装は勿論、回避行動すら取らずに近海で燃料切れになっていた貴方が、まかり間違って救助にでも向かおうならここで出会うことはなかったでしょうから」

 

例え自分の行動が肯定されようとも、目を逸らして蓋を閉めたことを突かれて苦い気持ちになる。何度誤魔化そうとしては既に失敗していることなのだ。幻の癖して両者とも生意気だった。

 

「いいですか?出来なかったとしなかったは違うのです。できる事をしなかった者は誹りを受けて然るべきですが、できないことをしようとするものはただの阿呆です。害悪ですらある。無謀な試みは、戦力分析による結果から奴らの餌が一つ増えただけと断定されています。貴方の判断が貴重な正規空母一つを救ったのです。むしろ誇りなさい……それでもまだ悔やむようでしたら、その悔みを力に変えて奴らへと叩きつけてあげてくさい。英霊となった彼らもそれを望むでしょう……」

 

沈黙を意気消沈ととったのか急に言葉多めに捲し立てる。励ましてるつもりだろうか?死にたくない一心で見捨てて逃げてきたのを褒められても、その気がなくても責め立てられてると感じてしまう。ただの学生には重すぎる話だった……

 

生きてきた時間は数日前の布団で呑気に明日を想って寝る日々が圧倒的なのに……最早短い悪夢が濃すぎるせいか厚い隔たりがある。魘されてるのに起こさなかった家族に八つ当たりするのを願う。俺はまだこの状況を夢だと信じていた……だって何もかもが可笑しい、自然や人の動作などは細部に渡って作りこまれているが、オカルトじみてる。軍艦が生前の記憶を取り戻して可憐な女の娘になって化け物と戦う、如何にもオタク向けな設定だし現実感がなさすぎる。百歩譲って化け物と復活した軍艦が戦うのは許しても擬人化して美少女になる理由が一切合切見当たらない……もしあるとするなら視聴者を意識した二次元系に限られる。これでほぼ論破できるのだ。いくら他がリアルでも聞く耳を持たない。

疑ったら最後この悪夢が一生覚めない気がしてならないから。

 

「ふぅ……年甲斐もなく熱く語ってしまいました。ご気分を害されたのなら申し訳ない。さて、予定よりは長くなりましたが本日はこれにて。御用がお有りでしたらお手元にあるナースコールで看護師をお呼びください。隣室に控えさせて起きます。深夜であろうと一人は常駐していますので、ご不便はおかけしないかと……」

 

気遣うようでいて半場監視の宣言に興醒めする。籠の鳥極まれり、反応するのも億劫になって聞き流した。変わりに手足に行き渡らせるようにちょっとずつちょっとずつ力を入れて動かすと、当然意志の通りに動いてしまう。違和感のない違和感が心を襲った。

 

「あぁっ~と、最後に一つだけご報告が有ります。近日中に聞き取りとは別に貴方に合いに来る方がいらっしゃいます。親近感が湧かれる方だと考えられますので、ご期待に添えるかと……それでは」

 

去り際に医師が意味深な台詞を置き去りにしていく、そうして孤独な世界に逆戻りした。

ベッドの隣の机の引き出しから手鏡と取って眺める。鏡に映った人物は、皮肉げに顔歪めているせいか本来の愛らしさは失われている……がそれでも尚、少女から大人に成りかけている過渡期特有の美しさは色褪せず、美貌を魅せつけていた。

 

「誰なんだよっ……これ…誰なんだよ」

 

青褪めた唇から漏れだす掠れた悲鳴。俺は俺を知っている……けど彼女は知らない。彼女もまたそうだろう。本来は交わる接点ない二人、何の因果か融け合って、彼女体に自分の心だけがある。なら逆もまたあり得るのだろうか?軍艦として生まれた私がいて、大学生として生きていた俺がいる。お互いが入れ替わって夢を見ているのかもしれない。互いが互いに胡蝶の夢を体験しているのだ。

 

―――っ!?何を馬鹿なことを!脳味噌までカビてしまったのかと自分自身を強く罵倒し嘲笑う……でも、俺は俺が分からなくなってしまっていた。存在の証明、自分という立脚点を染み一つない絹のような肌、櫛も要らずに手漉きで通る枝毛なき髪の何処に持てばいいのかあやふやで耐えれない。鏡に映る得体のしれない誰かに慄き、反射的に鏡を地面に叩きつけそうになった。

 

荒れ狂う心の隅で、だから大きなガラス状の奴が置かれてなかったのかと、他人ごとの様に納得してクスリと嗤う。死ねば楽になるのかな?目が醒めて食卓を囲めるのかな?

 

……でもやっぱり出来そうにない。夢でも痛いのは御免だし……もし……なら……

 

音を立てて壊れていく、正気が狂気と入れ替わる。さぁ、眠ろう。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

そうして何事も無く二三日の日が経った。代わり映えしない行動パターンはルーチンワークのそれになりつつある。変化らしい変化は訪ねてくる顔ぶれぐらい、女子中学生、女子高生、女子大生、おばあさん、上から下まで挙げると老若揃った女性たち、極稀に偉い数の勲章が特徴のおっさんとバリーエーション豊かだったが、聞かれる内容は決まって同じ、四方山話から始まって折を見て何か思い出しましたかと?尋ねてくる。聞き方は教師のそれもあれば姉妹や学友みたいなものまであって、空寒くて滑稽だった。自分もコピペでも貼るみたいに定型文で返答するので進捗は絶望的。だから、今日も非生産的な一日が始まるはずだった……

 

胸騒ぎがして、居ても立ってもいられずドアの前に立つ。人の気配を感じ取って、初めて自分から招き入れてしまう。目の前の人間をみて郷愁を覚えるのが不思議だった。

 

ノブに手を掛けようとしていたのに急にスライドしたせいか手は虚空を彷徨い、体勢を崩している。目をしばたたせるも気を取り直してこちらに挨拶しようと顔を上げた瞬間、言葉を失ったみたい。それはこっちも同じで沈黙が辺りを支配する。腰先をも超す淡い水色混じりの銀髪、整った目鼻、纏う雰囲気こそ違えど同一人物……いや生き別れの双子にでも逢った気分。

 

「あっ!?ごめんなさい。写真では確認してたのだけど、実物は想像以上に似てて驚いてしまいました。えっと、はじめまして?私は翔鶴型航空母艦一番艦翔鶴です、以後よしなに」

 

「そりゃあ仕方ない。俺も言葉失っちまったみたいだからな……合うやつ合う奴が翔鶴だのなんだの言う訳だ。誰だってそうなる」

 

「やっぱり、はじめて……よね?姉妹艦のはずだけど、残念なことに記憶に無いし不思議なこともあるものです」

 

「ご丁寧にどうも。こちらこそはじめまして、こっちも残念ながらアンタの記憶はない。紹介できる名前はないので、名無しの権兵衛とでも呼んでくれると助かる」

 

ここまで瓜二つの奴と出会ったなら、衝動的に事情を吐けと詰め寄るのに気が削がれる。悪態もつく気になれないし、調子狂う。不思議だ。

 

「やっぱり、記憶は戻ってないのですね。提督は私との接触によって過去が誘発されるのを期待してたみたいですが、失敗に終わってしまったようです。名前については貴方呼ばわりは味気ないので、暫定的にナナシさんと呼ばせてもらいます」

 

苦笑一つとっても、儚げで鼓動が跳ねる。素材が同一でも仕草や立ち居振る舞いでピンキリだと場違いな感想が頭に浮かぶ。

 

「ご期待に添えずすまないね。皆さんのご苦労を思うに鍵は余程頑固らしい」

 

「みたいですね。私自身、記憶を持って再び世に生を受けた理由を理論建てて話せませんから、そういこともあるのかもしれません……でも使命だけは忘れないで下さい。敵と戦い国を守る、護国だけは」

 

「―――敵?……口に出すのも憚られるおっかない連中のことか……」

 

「そう……人類に敵対的な不明起源種、日本名呼称―――深海棲艦。彼らは前触れなく突如出現し、人類を恐怖のどん底に叩き落とした忌むべき存在。当時、世界各地の海域で船種問わず船が消息を絶つ事件が多発し、各国が軍を含む調査隊を派遣するも空振りに終るか行方不明者を増やすだけの様相を呈します」

 

説明に当たって20世紀中盤まで生きていた艦娘が近未来とも言える時代に戸惑うことがないようにと技術解説付きの手渡された歴史資料によると、深海棲艦は特殊な磁場を持ち、襲撃されるもGPS、無線等を無効化され連絡も取れずにもの言わぬ骸へと変えられていったようである。

 

「奇跡的に無事回収されたテープレコーダーの供述から、仇なす化け物ような存在が示唆されるものの初期は小型種が主であったことも災いして、発見が遅れに遅れたのです」

 

黒海、マーシャル諸島近海、地中海、日本海、ハワイ沖等の太平洋全域に出没し、シーレーンを寸断、海を使った輸送は日を追うごとに難度を増し、経済は窒息、恐慌の兆しが見え始めた。

 

「決定的な事件が起きたのは2041年12月のコタバルの惨劇、マレーシアの都市であったコタバルが海上以外で初の攻撃を受け、40万を超えた人口が……日が暮れるまでに半数以下にまで擦り減らされ、知ったのです。惨劇を生き延びた生存者の残した動画、写真で世界は敵が如何に残酷で醜悪な存在であるかを」

 

侵略の狼煙を皮切りに同時多発的に地上沿岸部が攻勢に曝されるようになり死傷者数が指数関数的に増大、一年足らずで一億近い数千万単位の人間が墓標を必要とするまでの事態に発展する。しかしそれすら序の口で沿岸部の都市を放棄し内陸部への大移動を済ませた難民諸共、安寧の数年を空母級の出現跳梁が吹き飛ばした。

 

「航空戦力まで得た結果、活動範囲が爆発的に拡がり一応の安全圏だった砂上の楼閣は脆くも崩れ去ります。同時に辛うじて空輸で成り立っていた物流もほぼ完璧にストップ、経済は破綻、食糧事情も壊滅……時の国連事務総長はこう述べました。人類に逃げ場なしーーーと」

 

正にその通りで、あわや滅亡間近という時にやっと……深海棲艦から遅れること数年、人類の守護者たる艦娘たちが各国で登場。ギリギリのところで踏み止まるのに成功したそうだ。

 

「世界でも有数の艦娘たちが集う……私たちの故郷日本も二正面作戦を強いられた結果、本土に本格的侵攻を許し多数の都市や市街地が壊滅。被害甚大なのは勿論、諸問題が相まって鎮守府近郊以外は未だに復旧しておらず予定すらないのが実情です。2073年現在、私たちの生存域は日本、北アメリカに南アメリカの一部とイギリス諸島、西欧州とロシア西部を中心としたユーラシアに限られ、総人口は僅か11億にまで……」

 

告げられた内容に口の中が乾いてしょうがない……語り手の表情を見ても努めて感情を込めず淡々と喋るよう徹してるが……それで尚、悔しさが滲み出てる。茶化す気にもならない。何より……あれを目撃したせいもあって否定しきれない自分が居た。

 

夢の中にも現実があるとはいえこれは……あまりにもあんまり過ぎる。俺が生まれた時の地球の総人口で換算しても85億が11億とか9割近く死んでる計算だぞっ!?敵は大量破壊兵器でも躊躇なく使用してきたの……か?理由を求めて資料を読み耽け、この世界が辿った誤ちを辿るーーー好奇心猫を殺すと学習せずに。

 

「なぁ?この日本地図近畿の辺りもそうだが他にもクレータが出来てたり、汚染立チ入リヲ禁ズとか書かれてるけどなんなんだ?」

 

核攻撃を敵がしてくるのかと最悪の想像が当たってげんなりするが、さも核を知らぬかのように振る舞い事情を聞くのも忘れない。大戦時の日本の軍艦が核を知ってるかどうかも危うい上に、もし……知識があったとしても都市一つどころか地形を一変させるクラスの威力を誇る兵器に変貌してるなんて埒外だろう。現時点で俺が知っているのは明らかにおかしい、夢と言ってもリアリティが変にあったりするのだ。整合性が取れないことを喋って、唯でさえ怪しい身の上を更に怪しくするつもりもなかった。

 

「ナナシさんはご存じないでしょうが……核、原子爆弾と呼ばれるウラン、プルトニウムを核分裂させて驚異的な爆発力と放射線を撒き散らす悪魔の兵器が私たちの没後開発、使用されました。それは各地に拡がり発展をみせ、今では街一つどころか半径数十キロに渡るクレータを生成するほどです」

 

「なら……敵がそれを使ってきたのか……最悪だな」

 

「いえ……違います。悲しいことに」

 

理解し難い否定に時が凍る。

 

「馬鹿なっ!!!じゃあ誰が………………っ!??真逆!?」

 

大抵、最悪の想定とは本当の最悪ではなく……現実は尚上を逝く

 

「そうーーー人が人に破滅を齎しました」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

訪れた場所に希望はあるの?

向かう先は絶望だけ?

穢れきった軌跡を此処に……さぁ愚者の祭典を紐解こう

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 





3-2-1レベリング最早何もかもが懐かしい……後、一話のあとがきで暴走しすぎと振り返って布団の上でゴロゴロする始末。出す予定のメイン艦娘たちが今回のコラボイベで身近になったのは嬉しい誤算でした。ではまた次話でお会いできれば幸いです

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