カンピオーネ!~まつろわぬ豊穣の王~   作:武内空

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第4話

4話 ト―ル

 

碓井とケルヌンノスとの戦いが世界の呪術界に与えた影響は、非常に大きなモノとなった。

まず、賢人議会にもそれなりに影響力の強かった「雷の審判」の最高幹部2名が、欧州最高の貴婦人と評されるアリス・ルイーズ・オブ・ナヴァ―ルの邸宅に侵入して自爆テロを仕掛けたことである。とはいえ、狙ったのはより被害を大きくするためのディオゲネス・クラブと言われる賢人議会の最高意思決定機関である。一説では、イギリス人らしいひねくれ者とも言われる賢人議会の姫とはいえ、既に議長の座を退き顧問役に納まっているために、経済・秩序的に決定打にならないと考えられていたからだ。

ではなぜ、邸宅へ侵入したのか。

実は、ディオゲネス・クラブは茶飲み老人の集まりとも言われ、内輪でのまとまりであるが、四六時中、集合しているわけではない。

ケルヌンノスがいつ頃再臨するのか予想できず、本来、曜日を考え用意を整え、大規模テロを考えていた集団は香山碓井の災厄によって消滅した。

都市制圧用に訓練を受けていた魔術師集団であり、軍隊式の教錬を受けていたので、自然と軍隊格闘技を修めた集団でもあった。

香山碓井がケルヌンノスとの戦いで使用した技術は、この集団の能力を肌で感じたからだ。

神の相似形である体は、人間の体の最高形でもある。

人間が持つ技術を一瞬で習得できるほどの眼力と素質を秘めているのだ。

勿論魔術においても。

手順を知らなく、又、合わないと感じた技術は自然と省かれていったが、あらゆる事を理解する思考の回転は留まる事を知らない。

計画前日に暴力をふるう碓井をケルヌンノス再誕のきっかけに利用しようとした「雷の審判」は見事な対応だったが、そもそも神は気まぐれな自然現象であることを、どこか失念していたのが、失敗の要因になったのだろう。

そうした事情を抱えた老人二人が、姫の屋敷に侵入して、秘密会議への道を確保しようとしたが、事前に虚空の知識から宣託を受けていた病弱姫が用意していた兵隊に道を阻まれた。もはやこれまでと悟った二人は溜めこんでいた呪力爆弾で自爆。兵隊に怪我を負わせ、姫にも呪力ショックを与え霊体分離を一時的に使用不能にさせ、屋敷が半壊したことを除けば、世界に大した被害は出なかった。

最後の一人は香山碓井によって粛清された。

「雷の審判」の最高幹部の目的を除いては、あくまで豊穣神のルーツを探り、魔術の知識を集める魔術師集団であったが、責任を取る形で組織は解体。人員と成果はすべて腹グロ姫の管理下に置かれることになった。

そして、ケルヌンノスがノーフォークに再誕した事と、それを討った「神殺し」香山碓井の名が、賢人議会中に知られることになった。

そのうえ、なんと神殺しが賢人議会にアポイントメントを取ってきたことも大きな衝撃となった。

老人の財産を、彼の息子夫婦に譲りたいと。

自分が殺して、粛清した相手をいちいち気遣うような埒外の神殺しが誕生した事と、その内容の余りの内容に、そして、これがかの「黒王子」アレクサンドル・ガスコインのように、賢人議会に対立する組織を生みだすような神殺しが誕生したのではないかと、彼らは恐慌し、対応策と責任を押し付けるものを、会議で喧々諤々の言い争いをした。

こうしたことに首を突っ込む………もとい、世界を救う気高い姫の演技をすることで知られる、前最高顧問は霊体を生みだす事も出来ずに眠っている。

こうした事情もあり、ある程度、内実を知るパトリシア・エリクソンが、対応する人員の決定までの身の回りの世話を押し付けられた…脅されたことはそれほど不思議がることではない。

 

「ふーふーふーっ。相手はどのような神殺しなのか、皆目見当がつかない…あの忌々しい黒王子とも違い、ヴォバン侯爵とも違う…。対応策なんて全く思いつきません…。ああ、どうすれば姫様…」

そう運命を嘆いて天を仰ぐ女性こそ、パトリシア・エリクソン。家庭教師である。

秘書でもあり事務処理能力及び手綱を引く能力は高い。

現在の居場所は、彼女の姫が眠る寝室である。

アリス姫は、霊体に呪力ショックを受けたことで、肉体の体力と霊力を消耗してしまった。

霊体を出す時間が著しく短くなり、眠る時間が増えている。

自爆テロ事件から、今で3日目だった。

それまでの間、香山碓井は結論が出るまで、ロンドン市内のホテルに滞在している。

そろそろ、何かのアクションをしなければ物理的に消滅するかもしれない、しかし、対応に失敗すれば、ロンドンを人質に取られ、賢人議会の威信が壊滅的になるだろう。

そんなことが起きるかもしれないと考えられるほど、あの若い神殺しの行動は異様であった。

果たして、何を考えているのか。

交渉が出来る相手なのか。

これまでにわずかながら会話を賢人議会内で行ったことから、理性的ではあるが譲らないだろうとも思われる。

交渉が出来ないのだ。

「雷の審判」の老人が保有していた資産は、やはり賢人議会発足以来の組織であり、貴族でもあったので、株式・不動産・魔術知識などを合わせると、数百億£になる。

この数字は、カンピオーネの意向を持ってしても、容易には納得しづらい額である。

パトリシアはおろか姫でさえ、立て替えることは難しい数字である。

その絶望を再認識したパトリシアは、姫の寝室で悲嘆に暮れていた。

「―――でも、そろそろ行かないと…。そうよ、パトリシア。私は誇りある賢人議会の姫のおそばに侍るもの…毅然と対処しなければならないわ」

ふーふーふー、と三回深呼吸をした彼女は、姫の寝台に一例をすると、自分の死期を悟った人間のように、むしろ晴れ晴れとした表情で地獄への一丁目に飛び込んだ。

むしろ、天国への階段かもしれないが………。

そんな彼女に、黒王子などのライバルは愚か、神からでさえ、送られる塩はない。

相手は神殺しなのだから………。

 

 

ところ変わって、香山碓井である。

午後1時。風は生暖かい。ホテルの仲は映画を含めて娯楽品を意識しており、快適な生活を送ることが出来ている。

このホテルは賢人議会の息がかかっており、経営者こそ民間のモノだが、ある程度魔術業界というものとも繋がりがある。

―――とはいえ、カンピオーネの脅威を認識しているとはいえないが………。

それが功を奏したか、必要以上の挨拶などの面倒がないので、ストレスを感じることがないのも、好印象だった。

 

ケルヌンノスとの戦いから、3日が経ち、初めて人を殺した老人の息子夫婦に財産を残す事も、うまく図られた老人への手向けになろう、あの勇士との戦いを美しく締めたいという意識から、賢人議会とのアポイントメントを取った碓井である。

ある程度、予想はしていたが、神殺しというものの悪妙というものを理解させられた碓井である。

むしろ堂々と、呪力を撒き散らし、少し肌寒い午後2時にロンドンのロッテルダム宮殿に入った。

呪術関係者はこうした場所に深く食い込んでいるはず。

それも神殺しというものは、雷の審判の老体いわく、世界に5にんしかいない恐怖の存在である。必ず賢人議会の存在が恐怖と絶望に震えながら、接触してくるだろうと。

事実、その通りになった。

膨大な呪力を撒き散らしながら闊歩する存在を前に、大騎士級の存在でさえ、震えを押さえきることはできず、気骨のあるものが意を決して実戦用の槍を翳しながら、詰問した。

それに対して、わずかに目線を向けるだけで、大騎士が背筋を伸ばし直立不動になる。威圧されているわけでもなく、この者に剣を向けることはできないと、向けたところで何の意味がるのだろうと、この者と共に戦場を駆けたいという戦士の心得が、剣を向けることを止め服従させることになった。

 

――――――何よりも騎士だからこそ、英雄に憧れるのである。

 

一方、何ということもなく、宮殿内を制圧した碓井だが、自分の体がそこまでのカリスマをもたせていることを自覚しきれていないために、突然槍を上に上げた兵士が並んだことに疑問を感じざるを得ないのであった。

決戦では神を魅了するカリスマなどは、影響されないのだから。

必然、どこまで権能が成長するのかなどは把握できないのである。

鏡を見ても、ぶっちゃけ変わりすぎたし、イケメン過ぎるわりに童顔なことがどことなくコンプレックスを刺激する。

 

体が弱く、戦えるほど強くない年齢のまま居続けることが嫌だった。

大人になりたかった。体の強い大人に。自分で建てる男に。

あの天津甕星と相対出来る自分でありたいのだ。

ケルヌンノスは美しいと言った。

しかし、あのどことなく面白い神は、面食いにもほどがあったような気がするのだ。

世界が美しいという言葉を威厳を持って宣言する男に、美醜の問題は問題がある気がする。

しかし、自分が勝利する存在であることは、まぎれもなく誇りであり、自分の精神が変化することでもない。

結局は、自我の妄愁こそが縁と神話を生みだすのだから。

 

碓井は、微動だにせず迎撃部隊にいた魔女の一人に、賢人議会への道を尋ねた。

魔女は話しかけられたことにむせび泣き、瞳を歓喜と、自分はどうして今日、化粧気のない姿でこのお方の前に現れたのかと、自分への慙愧の念にさいなまれながら、車を回しながら道案内をする。

車が回ってくる前に、既にディオゲネス・クラブへ連絡していた。

全員、会議とは名ばかりの茶飲み話に熱中していたようで、カンピオーネが来訪するということに大慌てであったそうな。

連絡が15分ほどで終了した後、折よく来たリムジンに乗り込んだ。

場所は、グリニッジ。

賢人議会の本拠地である。

 

グリニッジ。

テムズ河南岸に存在する、グレータ―ロンドン南東部の港町である。

かの有名な、かつての世界標準時の時計を知らせる、グリニッジ天文台はである。

協定世界時に置き換えられるまで、この時計台が基準となる午後一時を知らせていたのである。

現在では使用されなくなっているが、いまでも正確な刻を刻んでいる風情と歴史を感じる港町である。

ロンドン中心部からおよそ5km、テムズ河湖畔からは南に800mの丘に建てられている。その威風堂々とした姿は、晴れやかな青空が広がるなかで見上げると、わずかに二階建てほどでしかないにも関わらず、威厳というものを感じさせる。

 建設された経緯は、15世紀の大航海時代に必要である、正確な緯度と経度である。

どの場所からも見やすく計算できるのは、北極星である。これは海洋航海民ならずとも、金星と共に見ることが出来るものである。

金星と北極星の位置を調べることで三角方式による地点確保をする。

これによって緯度の割り出しをするとともに、経度の確保をするためのクロノメーターが開発されると共に自国の基準となる経度を定めるようになったというものである。

そうした歴史ある町であると同時に、世界の秩序を定める場所に、賢人議会の本部があることはそうした秩序を担う場所であることを示しているのだろう。

 

塔を登る。

エレベータがないので、階段を使っての移動となる。

先導を魔女が行い、後方に騎士が2人詰めている。

いずれも大騎士であり、一般的な魔術結社では最高位の存在になるだろう達人である。

騎士は剣技では聖騎士と互角とまで言われ、魔女は徒手格闘に優れた実戦経験豊富な存在である。霊視能力はないが、大規模魔術に特化した制御能力ももち、実力は神獣に一太刀は与えられるという。

しかし、彼らは聖騎士級の技を知ることがないために、聖騎士として必要な魔術知識が足りない状況であった。

勿論、有事にあたっての迎撃部隊として、賢人議会の秩序を担う存在である。

そうした逸材であるからこそ、輝くような英雄の姿に心を動かされるものなのだ。

自分の技を究めたい欲求と、英雄になりたい願望、秩序を担うためにカンピオーネを怒らせることはないよう、しかし、非人道的な行動を取るようであれば剣を取り魔術を振るい、賢人を守る壁になるという使命感。

誇りを持つ彼らが、カンピオーネが機嫌を損ねないよう息をひそめて塔を登る。

やがて、登り切り開けて照明がまぶしい大広間にたどり着いた。

奥に見える大きな屈み開きの扉こそ、賢人議会の最高意思決定機関のディオゲネス・クラブの存在がいる。

騎士が鏡開きの両側につき、明け始める。

魔女は一歩下がり、赤く高級なペルシャ絨毯をまっすぐに進む碓井を送る。

 

会議場に入った。

そこには、全員で15名足らずだろうか。

アリス姫いわく、おじいちゃん集団と言われるように、全員が男性であった。

円卓型になった奥に、賢人議会の紋章を掲げた旗を後ろにした眼の鋭い者がいる。

この男が、賢人議会の長である、クライド・ファビウスだった。

椅子に座っていた全員が立ちあがり、代表してひげの大きい老体が口火を切った。

「お初にお目にかかる、カンピオーネ殿。私はクライド・ファビウスと申します。何か我らに要求があるとのこと。勿論カンピオーネ殿の意向を最大限達成することは賢人議会の使命。存分にお使いください。しかし、我らといえど出来ぬことも御座いますゆえ、ご承知置き下され」

「こんにちは、ファビウスさん。香山碓井です。早速ですが用件をお伝えします。勿論、そんなに難しいことではないと思っていますので、非人道的な行動という訳でもないでしょう」

「かしこまりました、それでしたらお伺いさせていただきます」

「用件は二つ。一つは、ケルヌンノスとの戦場になったブレイクニー近辺の安堵。もう一つは『雷の審判』総帥の息子夫婦へ財産分与をしていただきたいのです。聞くところによると、自爆テロに対する処分として雷の審判を解体して没収したとのこと。とはいえ、雷の審判の総裁を粛清したのは私です。さらに息子夫婦は生贄として扱われたのです。せめてお金で援助してあげたいのです」

「――――――なるほど。しかし、幾つかお聞きしたい事がございます。よろしいでしょうか」

「なんでしょう」

「雷の審判総帥は御身が粛清されたとのことですが、その息子夫婦にわざわざ財産を渡すというのは不自然のように思えるのですが」

「ケルヌンノスとの戦いのときに、彼らを勝利して得られる成果だと取りきめました。そして、私が勝利しました。神との縁こそが我らを引きよせるものであれば、この事件は最後まで対応したのだという証を決めたいのです」

「――――――つまり、今回、その息子夫婦を手に入れたからそれなりの手を掛けておくべきだろう、ということでしょうか」

「というより、魔術師とその社会というものを今まであまり知りませんからね。滅ぼすことは簡単ですが、それよりも上手に使おうかなと思いまして。今回のブレイクニーの話は全て雷の審判が手配しましたし、便利なら使おうかなというくらいです。そのための顔つなぎのためもあるんです」

「――――――雷の審判総帥はそれなりに財産を保有しておりまして、その分で今回の自爆テロと島が消滅したことに対する経費にしようかと検討していました」

「それで?」

「ブレイクニーへの保証金などを一部差し引かせていただきたいのですが………」

「まあ、それぐらいでしたらかまいませんが、ある程度僕が納得できるぐらいでないと………大変なことになりますよ?よろしいですか」

「勿論でございます」

「では、そのように」

「かしこまりました」

ファビウスは、再び立ち上がると頭を下げ、入口の扉に向かっていく碓井の背中に挨拶をする。

最後に、ちらりと振り返った碓井は、会議場から立ち去った。

 

 

「フイーっ、肝が冷えるワイ」

「はは、確かに神殺しにふさわしい威圧感があったのう。思わず跪きそうになったのも初めてじゃわい」

「あの黒王子めには感じなかったのにのう」

「きゃつは確かに気品はあるが、態度が出かいのがいかん」

「まったくじゃ」

「けっけっけっ」

「―――さて、どうするべきかな」

ファビウスがふともらすと、とたんに会議場は静まった。

「―――どうするも何も、意向通りにするしかあるまい」

「とは申しましても保証金の一部を差し引くとしましたのは、なかなかのものでしたかと」

「保証金の額はいまだ出ておらんからのう」

「ある程度の資産をしましたが、人のいない海岸上での戦いになりましたので、森が移動したときに砕けたコンクリートと地割れの部分と小島一つということもあり、3億£というところでしょうな」

「それで雷の審判の財産は30億£………相続税を差し引く代わりに3億£○○ひっぱるのがよいかものう」

「息子夫婦への保証金といっていましたし、額の桁を一つ下げて伝えると共にその分を手に入れると言うのもよいのではないだろうか」

「うむ、そういえばお主の持つ海運会社、経営がわるいんじゃったかのう」

「なにをおっしゃいます、ご老体。あなたの孫娘はわがまましきりで息子から泣き疲れているとも聞きましたぞ」

「そういえばお主も投資に失敗して目減りしておったな。じゃからやめておけというたのじゃ」

「はは、あなたも順調すぎる経営のために、新製品の開発が遅れているのでしょう?経営理念のはっきりしない企業は続きませんよ」

「なんじゃと、お主。お主の傘下とわしでは桁がちがうわい」

「ほほう、それは面白い」

魔王が出て行ったことによるプレッシャーからの解放もあり、茶飲み話に花が咲き始めた会議場。

その喧々諤々としながらも平和な光景を眺めつつ、ファビウスは話をまとめ始めた。

「静粛に!!!」

この一言で話は止まった。

それぐらいには、カンピオーネの発言は無視できず、ファビウス自身も信用されている証だろう。

「今回の会議はこれで終了とする。次の会議は明日にする。それからも順次開き計3回で結論を決定する。異論は!」

「………」

「では、これで閉会とする!」

カンピオーネが会談を求めると言う事態に、緊張していた面々だったが、一気に力が抜けたようだ。

これで今日は帰れると………。

参加者が出て行ったあと、ファビウスは一人残り、考える。

(おそらく何も問題はなく財産分与は可能だろうが、彼の言っていた立ち位置を決める、というのは本当だろう。ということはこの行動で役に立つかを決めると言うのも………。もし私たちと中立的な関係を持ち続けられるのならば、欧州に生まれる神に関する問題をあのヴォバン侯爵やアレクサンドルめに渡さずにすむ………。神獣にかんしてもできるかも………)

逸る心を押さえながらも、神問題に頭を悩ませてきた彼は、来るかもしれない未来に頬を緩める。

その関係を碓井も望んでいるからこそ。

ただし、願えば叶えてくれるならカンピオーネならずとも神が手を貸すだろう。

その事を忘れた時、どんな犠牲が出るのか………。

 

 

会合から1日立った日、碓井は、暇を持て余して、筋肉鍛錬をしていた。

筋肉に影響などでないが、体を動かして、武術の技を意識することは必要なことなのだから。

行う訓練はホテル内のトレーニングルームなので、バーベルを人がいないスペースで振りまわす事にした。

目的は、暇つぶしと精神を鎮めるための訓練である。

 

医学では思考は筋肉の動きによって、ある程度判断できるという。

筋肉反射という自然の摂理だ。

自分の潜在意識、つまり自分の性格が問題に対してどのように答えるか。

受け入れられらば、力は入り、否定していれば、力は抜ける。

そして、筋肉がどの方向へ変化するのか、それ次第でも意識は変わる。

さらに足音、歩幅、目線、皮膚の反応、そうした現象を解析することで、人の意識を読み取るというのである。

達人が神経の異常を発見できるということはないが、人に対する反応というのはパターン化される。さらに人間の性格はおおよそ12パターンに集約される。

そこからある程度の状況に対する行動原理を把握していくのだ。

それが中華の武芸でいう聴剄、心眼というものの正体である。

早いだけでは反応できるというのは、極限状態での意識が筋肉の動きから認識できる以上、神であろうと、肉体の反応からは逃れられない。人間体の戦いで後の「剣の王」サルバトーレ・ドニや中国の羅豪教主がカンピオーネとの戦いで圧倒的な実力を誇るのはそのためだ。

そこにカンピオーネとしての身体能力と勝負勘を見極める才能を合わせることで、神との格闘戦も有利になる。

普段、自分の腕力で解決する神では、その存在自体を知らないであろう。

どれほど早かろうと、見ればわかるのだから。

神話の住人と曲がりなりにも人間の戦いは、そうした複雑な要因で勝敗が動く。

 

そうしたことを実戦で理解した碓井は、バーベルを振りまわすことで筋肉の操作を務めて意識する。

重みですこしずつ汗がにじみ出てくる。

体温も上昇しているのか、背後の景色が少し歪んで見える。

無表情のまま、2時間も100kg越えのバーベルの片端を掴み振りまわし続ける美少年の姿に異様なものを感じたのか、入ろうとした男たちが一目見るなり、逃げて行った。

風邪を引くような体でも怪我をする体でもないために、無茶も大きくできる。

振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。振る。

「―――カハ………ッ」

バーベルをモノリウムの床に置くと同時に、息を大きく吐く碓井。

神の体は疲れを知らず思考も鈍らない。しかし、飽きるということは十分に存在する。

睡眠を取るのは、飽きを忘れるためのモノでもあるのだ。

休息も同様である。

汗をタオルで拭う碓井。

緑色のT-シャツ一枚と青色の短パンで、汗をぬぐう彼は紛れもなく畑仕事を終えた南国少年である。

又は、人のいい農家の嫡男だろうか。

深呼吸した後、地面の汗を片づけ、用意していた備え付けのペットボトルを手に取る。

 

このホテル、最高級ランクというだけあって、サービスに金を掛けており、こうした無料配給も多いのだ。

ただ、碓井は賢人議会からくれぐれも扱いを間違えないように、と通達されている事と、碓井がチップという習慣を失念していたことで、ホテル側からは「扱いの面倒な上客」という面倒がられる立場になる。

この辺りは、日本学校に通っていた時と、外国の習慣の違いを忘れていた碓井が不用心だったということだろう。

とはいえ、神殺しになって半年に満たない事を考えると、若干なれないのも無理はない。

人をまとめることは知らず、しかし、ケルヌンノスとの戦いをおぜん立てしたのは、魔術結社であることを考えると、統率することで効率よく戦場を整える必要があると判断している。

あくまで目的は神殺しであり、天津甕星と戦うことが出来るように、その権利を奪われることのないようにしなければならない。

何でも、神殺しというのは戦場での勘働きと準備は怠らないものの、ちょっかいをかけて火種を暴発させる性質があるという。

碓井も「雷の審判」の一軒で自分の行動が思わぬ波及をしてしまうことを理解して、ある程度、行動を意識する必要があると結論した。

損害は魔術結社に持ってもらうにしても、自分以上の相手と近接戦闘で競っているときに妨害が入っては即死する可能性もある。

神殺しを仕留めるチャンスがあるのは、神と競い合っている時だろうから…。

自分も魔術結社を持つ必要があるか、配下を持ち君臨する必要があるかもしれない。

ケルヌンノスから簒奪したであろう、新たな権能も、かといってどのようなモノなのか実戦でないと使用できない。

今回の賢人議会との交渉で、ある程度の試金石とするつもりである。

 

神殺しについての情報。

老人の財産をどこまで分配できるか。

魔術師とはどのようなものなのか。

自分の立ち位置をどのような所で落ち着かせるのか。

神に対しての知識を知ること。

 

そこまで意識の片隅を使い今後の行動を纏めていた時、ホテルの従業員が訪ねて来たものがいることを知らせた。

「失礼いたします、お客様。賢人議会と名のる者から『ご挨拶にお伺いいたしました』という伝言がございます。現在はラウンジにて待たせておりますが、如何いたしましょう」

「―――そうか。では、こちらから出向くとしよう。シャワーと着替えをすませるので、30分ほど待たせると伝えてくれ」

「かしこまりました。では、そのようにお伝えいたします」

そういうと、ホテルマンは目礼を返し、トレーニングルームを立つ。

見届けると、碓井もシャワールームへ移動した。

(着替えは………昨日ショッピングモールで買ったスーツがあったっけ…)

手早くシャワーを終わらせると、ガウンを着たまま、部屋へ戻る。

クローゼットを開くと、昨日購入しているビジネススーツを取りだす。

伊達眼鏡、瞳の色と合わせた空色のネクタイ、一般的にどこでも問題のないと言われる、暗く整えられた紺色のスーツ、白シャツ、エナメルのない革黒ベルト、同じくエナメルのない黒のドレスアップチャッカブーツ。紫のカフカンクス。シンプルな革の腕時計。無地の手提げ革バッグ。

それぞれ、一式を取りだした碓井は、鏡の前で整える。

 

肩口を整え、袖口を1,5cmに揃え、二つ釦の上を留め、ネクタイをトリニティ・ノットという首元が明るくなる結び方にすることで華やかさを出す。カフカンクスを留め、靴をはき、時計を付ければ、予定の時間ぎりぎりである。

部屋を出た。

 

 

パトリシア・エリクソンには重要な秘密がある。

―――結婚相談所に登録しているのだ。

年齢は30代半ばであり、縁無し眼鏡をかけて凛とする姿は、厳格な家庭教師というイメージそのままであった。

そんな彼女が結婚相談所に登録するわけだから、4年前に「黒王子」がミノスを討伐したときに、「白き巫女姫」も思わず思い出し笑いをするほどである。

一言で言うと、ハイミスだ。それも面倒なタイプの。

お嬢様女子高で優秀な生徒会長の取り巻きにいる、厳格な風紀委員といったところだろうか。

一方で夢見る少女とも言われる。

常に自分とは正反対の理想像があるものだからだ。

白馬の王子様でなくとも、自分ごときとの会合にスーツ一式で来る銀髪の南国少年。それも少し急いで来た様子のカンピオーネに、思わず、心臓が跳ね上がることを止めることはできなかった。

自分のために何かしてくれる男を求める女なのが、パトリシア・エリクソンである。

息がとまるエリクソンを一顧だにせず、銀髪の男が口を開く。

「そちらが賢人議会からの使いか?」

「………………………………………」

「………失礼、賢人議会か?」

「………ハッ。失礼いたしました。非礼をお詫び申し上げます。私はパトリシア・エリクソンと申します。この責は私にございます。しかし賢人議会の問題ではないことを御承知下さいませ!」

「―――それで、賢人議会から来た者ということなら、私が提示した【雷の審判】に関する財産を総帥の息子夫婦に渡すという案件に対して何か結論でも出たということか?」

「ハッ。そのことですが、実は財産の総額が余りにも巨大なモノでしたので、相続させるだけでも行政の方が確認する時間が欲しいとのことでして…」

「―――つまり、相続自体は可能ということなのか?」

「相続税などとこちらの手数料を引きまして、27万£を相続することができるだろうとしていますが…」

「が?」

「賢人議会でも議論となっている点ですが、やはり自爆テロを行った集団の長の財産を募集するべきではないか。せめて慈善団体に寄付することで、相続とはいない方が良いのではないだろうか、という議論もございまして…」

「ふぅん。ということは其れを言っている相手は命がいらないということか………。反対者のリストを用意してもらおう。多少間引けば、その分を慈善団体に寄付できるというものだな。ミス・エリクソン、準備を」

「―――失礼ながら、その申し出には従えません。賢人議会はカンピオーネとは一定の距離を置いております。そして、その横暴に対して屈することもしません」

「―――それで?」

「議論はございますが、そう遠くない間に結論は決定します。その結論で御身の意向通りにある程度の相続をさせることが出来ると思われます。出来なかった場合は私と姫の財産より、アルフレッド夫婦の今後の生活に不便を来さないように、対応いたします」

「―――なるほど。こちらが何を求めているのかを理解しているようだ。では結論が出るまで待つことにしよう」

「寛大なお言葉ありがとうございます。ご不便がございましたら、こちらのモノを派遣いたしますので、もう少々の時間をちょうだいいたします」

「―――よし、では下がれ」

「ハッ。御前失礼いたします」

 

総話を切り上げ、ミス・エリクソンは立ちあがり目礼を返すと、エントランスから玄関へ。

碓井はラウンジの席にいたまま、ホテルマンにコーヒーを頼み、一服することにする。

頼んだコーヒーが来る間、余りにも短い交渉を考える。

否、交渉ではない。

あくまで、現状報告に留まったのみである。

持ってきていたバッグを取りだすと、ノートパソコンを取りだして、無線LANをつなげる。

(5分で話がまとまるのは驚いたが、代案を簡単に提示できた魔術師の力量と俺が交渉なんてほとんどできないことが理由か。とはいえ代案通りにいけば、アルフレッド夫妻もつつがない生活になるだろう。これで義理は果たされるかな。この件は今は考えなくていいか。次に大事なことは、魔術師とどのような関係で関わるのか。それを考えるのに必要なことは他の神殺しの経歴。本部に行ったときに覚えた賢人議会のレポートはネットでみれるんだっけ。さっきスッタ、エリクソンの手帳にある番号を使ってと…)

アドレスとパスワードで神殺しのレポートを閲覧する。

 

 

 

―――ヴォバン侯爵。

 

彼は、18世紀の初頭に、バルカン半島のブルガリアで誕生したと思われる。

2歳ほどのころに両親を亡くし、以降、カンピオーネとなる15歳まで各地を転々とし、その日のパンにも困る生活をしていた。

一般的にカンピオーネに言えることだが、賭けごとが強く、それで路銀を稼いでいたとも言われる。

浮浪児であるので、山暮らしも非常に多く、常に飢えていたのだろう。

人間はすべて敵で、狼が友であるという概念をもったのもこの放浪生活によるものだろう。

事実、彼は今でもヨーロッパじゅうのホテルを転々とする生活である。

彼は今でも一人なのである。

しかし、その一方でカンピオーネ初期のころは、まともな人間らしい感性と倫理観も持ちあわせていたようで、騎士に憧れ、人恋しさもあったのだろう。

 

しかし、彼は歪んでいた。

 

カンピオーネとしての猛々しさを体現した、第1の権能からしてその事が見える。

貪る群狼。

2~3mの狼を使役し、自信も30m超に変身する狼の権能である。

この権能には、自身に服従する人間、又は、慕うものを人狼に変身させるという能力を持つ。

彼曰く、役に立った褒美であると―――………。

これが彼なりの人の愛し方なのである。

また、悪名高い第二の権能においては、それが顕著である。

死せる従僕の檻。

エジプト神話の豊穣神、オシリスから簒奪した。

自身が殺害した人間や神獣をリビングデッドに化身させる能力である。

一般的には、敵対したものを許さないために使用しているともあるが、従僕を見るときの誇らしい眼を見る限り、それだけではないようである。

何よりも自身という横暴な王に敵対できる存在を認める気持ちと、カンピオーネとして負けてはならないという感情。人が神に届かないという、当たり前の事実に反逆する勇者としての義憤。騎士たちへの憧れ。魔女の知識の奥深さ。それを従える自分。

そうした複雑な感情から生まれた権能ではないだろうか。

ヴォバン侯爵がひねくれた性格であることは、皆も承知の事だと思う。

であれば、わざわざ使役するのではなく、悪魔モレクのゲヘナのように生贄としてくべる方が、むしろ自身の呪力になるのではないだろうか。後に生まれたカンピオーネの中にこのタイプの権能をもつものは確認できない。

我々、賢人議会に敵対する「王立工廠」の「黒王子」アレクサンドル・ガスコインは一人で戦う典型だと言える。

早き足でだれも追いつけないのだから。

しかしその一方で組織を立ち上げ、面倒をみる性格でもある。

ひねくれているが、弱きものを見捨てられないのだ。

ヴォバン侯爵の性格分析が済んだところで、確認できている権能を並べる。

第3:疾風怒濤 

嵐の権能である。

侯爵の気がたかぶると、自然と発生することで、ある意味一番知られている能力かもしれない。

知恵の王との戦いがこのころにヴォバン侯爵の勝利で終わったと思われる。

第4:ソドムの眼

睨みつけた生命を塩に変える権能である。

このころから、神との戦いにのみ専念するようになったと考えられる。

第5:冥界の黒き竜

肉体の仮死化と引き換えに肉体を持つブラックドラゴンに変身する能力である。

アストラル界への移動も可能にする。

また、塩の山から復活する能力も持つ。

第6:業火の断罪者

天から都市を埋め尽くす炎の塊を落とす能力である。

彼がいる場所は、最後には焦土と化す。

 

以上が、現在判明している権能である。

彼の怒りを買うということは、のぞむ者以外には地獄ではないだろうか。

この一言でもって締めさせてもらう。

 

 

 

アレクサンドル・ガスコイン

 

『王立工廠』の主催。「黒王子」「電光の足を持つ者」として、賢人議会である意味もっとも知られているカンピオーネではないだろうか。

性格は天の邪鬼でありながら、弱きものに手を貸すという一面もある、猛々しいだけでなく、トリックスターとしての性格が強いだろう。

だが、その本質はかっこわるいことはしたくない。みっともない、などの15歳の少年のような意地をそのまま成長させた男である。

行動は極めて迅速。

雷化の能力で世界を飛び回り、いくつもの大事件を引き起こす災厄のような男である。

聖杯大戦では、我々賢人議会を含め、さんざんな目にあった。

 

少し話を変えるが、ニ度の聖杯探求において、いずれも贋作であったが、その正体が慈母神の神力を蓄えたプールであることが明らかになった。

これは一説には甕のようでもあったということから、アフリカ原産のものではないだろうか。

西アジア・インド・イラン・中央アジア・中国・日本をまたぐ大女神は戦闘女神としての性質が強く、単純な豊穣神との違いがある。

中国でいえば、女禍・フッキという創造神を征服したのは、神農・黄帝である。そして、神農と黄帝が本来は同体であったという記述が、紀元後3世紀に編纂された山海経に存在する。祝優という炎の神が登場するが、この神は神農の子孫であると同時に、黄帝の子孫でもあるとする。別神話に語られる両方の主神の子孫と、山海経で語られることは極めて異常である。そして山海経は神農と黄帝が同一の神であるとも伝える。

つまり、神農というのは、前時代の中国全土に近い形で信仰されていた土着の主神であり、黄帝はその信仰を消す事が、3世紀では不可能だったために名前を変換した主神なのだ。

そして、更に前世代では女禍は、神農によって征服された。

遊牧民文化とは、南ロシアから影響を受け、中央ユーラシアの草原地帯から東西に広がったものである。

南の農耕牧畜とは違った文化が、形成されている。

風土に合わせ、ヒツジ・ヤギ・牛と共に耕作するために、馬による管理が必要であり、ウマの家畜化は南ロシアによる。

ウクライナのデレフイカ遺跡からは、ウマの骨とハミなどの馬具が出土している。

そうして、中央アジアに放牧主体のアンドロノヴォ文化が生まれる。

紀元前3000年ごろに成立したとされるが、分類では、1~3期まである。

シンタシタ、アラクル、フォドロヴォ期とするが、これらはカザフスタン・アルタイ地方に伝播する。

アルカイム遺跡では、スポークス付きの戦車がある。

シンタシタ期の戦車が、東に渡り、中国殷侯遺跡からの戦車が多数発見されたことに繋がるといえないだろうか。

しかし、この文化は南のBMAC文化と影響するが、インドとは関係が見えず、インドラに代表される遊牧民の征服とは異を別にする。

BMAC文化とは、中央アジアの農耕文化である。

トルクメニスタンの金石併用期から青銅期時代である。それがウズベキスタンやアフガニスタンの農耕に繋がっていったのである。

農耕は、西アジアのシリア付近で生まれたあと、中央アジアへイラン経由で7000年前に輸入され、前3500年前に人口が増え、タジキスタンにまで到達し、交易に勤しむようになる。

メソポタミアは農業で、イランは銅製品の輸出で交易したとされる。

BMAC文化が、アナトリアからイランを通り、中央アジアに広がったともされる。

しかしウマの骨が、BMAC文化のゴヌ―ル文化のなかで2006年に出土した。

このことから、否定的とされた、BMACとアンドロノヴォが繋がっていた痕跡を考えられる。

農耕民と放牧民は果たして、単純な征服関係にあったのだろうか、ということである。

農業は征服したとして、全滅させれば、技術移転は不可能である。

初期鉄器時代では、遊牧民が移住・又は征服したのではない。

マルギアナやバクトリアの後期青銅時代から鉄器時代への移行は、それぞれの地域で段階的に行われた、定住社会なのである。

次に、ゾロアスター教についてまとめる。

ゾロアスター教の、火への信仰は、トルクメニスタンのナマズガ文化にみられ、前4000~3000年ごろの遺跡には、宗教的儀式のある炉が存在した。トルクメニスタンのアルティン・デぺでは前2500年ごろに存在した。

アジ・ダハ―カは前2000年のスタンプ印象にも存在する。

ジョルジュ・デュメジルによると、15歳の少年に対する聖人儀式として、里の人間が龍に扮し、劇をすることで、戦士になるという習慣があるという。

その後、戦士と認められ、女性からの勧誘も多くなる。

この風習が鋼の戦士の原型だろう。

そこにあるのは、単純な征服ではないことがわかる。

竜退治は、むしろ伝播していったギリシャ・ローマ文化に多いのである。

ウルスラグナは間違いなく、この源流の鋼である。

中央アジア土着の神話を倒していった戦士をまとめたのが、ゾロアスター教になるだろう。

バーミヤンの天頂図に、ミスラとアシ(アナーヒタ―)とイマが戦車にのる図がある。

この図はゾロアスター登場後に作られたが、図の原型は前14世紀に存在する。

ウルスラグナの白馬は、アシから受けていると考えられる。

源流の鋼でありながら、混淆する要素を受け継いで行った神なのである。

 

 

ここで気になるのが、最後の鋼は源流の鋼を従えながらも、混淆の神であることだ。

混淆した文化と神話を維持しているのは、インドである。

 

 

インドにおいては、度量衡の観点から極めて優れた都市管理システムを持っていたが、その文化の原点はトルクメニスタン、バクトリアに分布する。

メソポタミアでは、前2900~2334年に生まれ、前2112~2004年には正確に作られた分銅がある。

この時期は、連合諸王の地位を得て、国家的な聖婚儀式も作られた。

経済中心は神殿だ。

各都市の神殿も分銅が必要だからこそ、迅速に生み出されたのだろう。

 

インドにおいても同様である。

モヘンジョ・ダロ下層の前2800年~2600年頃、に分銅が発見された。

もっとも古い例は、トルクメニスタンのダシリ・デぺ出土の前5000~4500頃。次はトルクメニスタンのアナウ遺跡、前4000~3500頃。

分銅の基準と数列が一致することから、現在、世界最古の中央アジアの影響で、インダス分銅は造られたことを示す。

分銅の重さは、中央アジアが重く、インダスが軽い。

中央アジアが製品の素材を秤、インダスが加工したことを示す。

装飾は、中央アジアが極めて飾りとしているのに対し、インダスは実用的である。

ラピスラズリにおいては、トルクメニスタンのアルティン・デぺからイラン、メソポタミアまでつなぐ陸上航路があった。

前2000年頃にはペルシア湾の海上航路が使われるようになる。

そして、インドでは、インダス文明期に農耕の観点から、アフリカの雑穀・中央・西アジアの小麦・ジャポニカ米の東南アジアの作物が使用されるようになったことも分かっている。

そういった事を考えると、新石器時代(前6500)農業拡散の時期に、インド・ヨーロッパ・イラン・アラビアに分布した人類が、DNA上、最後に拡散した者であると思われる。

 

その後、インドの文明がモヘンジョ・ダロの遺跡に代表されるように、紀元前1000年頃に一度、文明が繋がった事は明らかである。

これは概念自体は、ある程度、共通されていたのだということを示す

 

つまり、我々が探している最後の鋼と言われる、魔王殲滅の権能を持つという、神。

この世の終わりに生まれ、世界を救済する者。

原初の鋼でありながら、混淆した文化の影響下にあった神。

 

ルクレチア・ゾラのレポートには、アジア寄りの汎ユーラシア英雄であるという。

 

こうしたことから恐らく、アーサー王の起源となった神のルーツの一人は、アーサー王と同じく混淆神であることを裏付けているように見える。

 

もし、そうだとすれば、魔王を倒す勇者としての逸話を持ち、神から授かった能力と手助けをする仲間が現れることなどから、『未来王カルキ』以外にはいないのではないだろうか。

 

――――――――――彼は死ぬことはなかったのだから。

 

 

閑話休題。

 

聖杯の正体は考えられたところで、彼の権能を説明する。

第1:電光石火

堕天使レミエルから簒奪した権能。

雷に化身し、神足といわれる移動距離を歪めることで、時間を縮めたかに見える速度を誇る。このスタイルであることから、モーツァルトのように単独行動が多い。部下は後からついてこいである。

又、『黒き雷挺』という形態があり、周囲を攻撃する権能である。

第2:復讐の女神

ギリシア神話の女神エリュニエスから簒奪した、呪詛を返す能力である。

第3:大迷宮

ミノス文明の主神、ミノスより簒奪した迷宮の権能。

あらゆる場所を地形に応じた迷宮にする。相手を強制的に引きづり込むので、非常に危険である。

第4:無貌の女王

メリュジーヌから簒奪した権能。

神獣を召喚する。

第5:さまよう貪欲

ベヘモットから簒奪。

重力玉を召喚する。

 

以上から、戦闘向きではないが、非常にくせのある戦い方で相手を煙に巻くことにおいては随一である。魔術師がこの記事を読み、無謀な挑戦をしないことを祈る。相手はカンピオーネなのだから。

 

 

ジョン・プルートー・スミス

「ロサンゼルスの守護聖人」として、知られる、アメリカの王である。

善の組織SSI及び、北米の三賢人をパートナーとする。

賢人議会とも友好関係を持つ。

第一:超変身

テスカトリポカから簒奪した。

形態が5あり、それぞれに変身する珍しい権能である。

1、 大いなる魔術師。15mの黒曜石のシャーマンになることで雷を使う。

2、 豹。移動能力を持つ

3、 せん滅の炎。青黒い炎に変身し、焼き尽くす

4、 黒き魔鳥。10mの鳥に変身する

 

第二:魔弾の射手

アルテミスより簒奪。

アストラル界の闇エルフより鍛造された銃に弾丸を込め、発射する。威力は絶大。

第三:妖精王の帝冠

オーべロンより簒奪。アストラル界への移動と住人を呼びよせることが出来る。

 

悪の魔術師にとっての恐怖の代名詞である。

彼は、我々にとって唯一の尊敬できるヒーローなのである。

 

 

羅豪教主

UNKNOWN

アイ-シャ夫人

永遠美を持つとされる女性。19世紀のインド自治区にて貧民階級から聖誕…とされる。

 

 

などなど。

カンピオーネに関するレポートを読み終わった碓井が、首をこきこき廻しながら思ったことは一つである。

(―――全員、性格破綻者だわ。JPSに関しては神と戦うのに邪魔だからヒーローという役割でごまかしている行動だな。まだましだが、それ以外はただの爆弾じゃねえか。俺もいずれこの中に入ることになるんだと思えば、少々悲しくなってくるな)

ハァ~と、ため息をついた碓井は、コーヒーを飲みほして、ノートパソコンをしまう。

これからは明らかになっている部分の権能に関する神格を調べねばならないのだから…。

 

 

 

 

 

碓井が、神殺しのレポートを読み終えて、権能の下になった神について調べ始めると共に、魔術師への対応を考えていた頃。

同時刻。

賢人議会の高貴な人間が住まう城の一室。

白き巫女姫がベッドに横たわっていた。

そのそばには、先ほど車を急がせ戻ってきたミス・エリクソンがいる。

会議へ報告する前に、容態の確認をしに戻ってきたのだ。

なにせ寝込んでから、ほとんど付きっきりの看病を行っているのだ。

なぜ、家庭教師の彼女が世話をするのか。

プリンセス・アリスが面倒な女だからだ………というわけではなく、彼女が普段からメイドに霊体をみせて健康な体であるかのように振舞っているからだ。

彼女は見栄っ張りなのだ。

メイドも、姫の寝室には立ち入ることを許されない。

そのため、用意をメイドにさせ、看病を彼女が行うことによって、どうにか廻しているのだ。

今回のように、賢人議会との連絡役の任もこなすために、精力的に働いていた。

さきほどの碓井との会談が5分弱で終わったのも、神殺しの前に長時間交渉するほどの余裕がなかったからでもある。

眼の下にクマを見せ顔色が悪くなろうとも、化粧でごまかし、年齢による肌の荒れで言い訳し、蒼くなりつつある唇を真っ赤なルージュで塗り、頑張っているのだ。

こうした行動をとる彼女も、結構な見栄っ張りなのかもしれない。

それでも姫のために見栄を捨てるところは、忠誠を捧げる騎士のようでもある。

(―――姫を守れなかった私でも、まだやれるところがある!)

とはいえ、彼女はその時「王立工廠」との交渉があり、やむなく抜け出していたのだが…

そんな彼女もそろそろ精神的に睡眠をとりたくなってきた面もある。

交渉が終わる時間は、おおよそ3時間を予想しており、今回を合わせて3回重ねることで、合意を得ると言う考えであった。

1時間しか経過していない。

ここから、賢人議会までテレビ電話でディオゲネス・クラブに連絡を入れるまでに3時間以上の時間がある。

姫の容体を確かめてから、ソファーで休憩をしようと思ったのだ。

万が一寝過しても姫の容体を見ていたと言えば、あの老人クラブは叱責できないと予想もしていた。

そうした事情を背負った彼女は、1時間前と変わらぬ様子で眼を瞑り・呼吸も安定している主に安心して、運んでおいた作業用の滑車付き台から紙コップを取りだし、温かいハーブティーをポットから注ぎ呑む。

(―――ふぅ~~~疲れるわ。神殺しとの会談なんて黒王子ならまだなんとかなっても、ヴォバン侯爵だと即死するほうが高いわよ。スーツ姿で来た時なんかは想像してしまって怖かったし。とはいえやっぱり最近神殺しに成功したこともあるのか、ある程度社会で生きる術をもっているし話が通じないわけでもない。黒王子程度には話を通そうともする。賢人議会がこれで暴走しなければ、穏便に話が終わってインタビュー位はできそうね。入国記録から香山碓井という名前とプロフィールは確認できた。概ね順調ね。あとは姫様の意識が回復するだけ………)

一息つきながら、状況の整理と今後の方針・賢人議会への報告などを脳内でまとめていたミス・エリクソンは、空気がわずかに変化したことに気付いた。

 

―――まるで、霊視が発動しているかのような………。

 

「はっ!?」

慌てて、寝台に振りかえると、プリンセス・アリスの体がわずかに光りはじめ、明らかに霊視が始まっていることが分かる。

強制解除は負担がかかるので、弱った彼女にかけることはできなかった。

霊体を整えるため、呪力を弱めさせる呪具を使用しておきながら、発動するということは、霊感を刺激する凶悪な未来予測が起きるときだった………。

 

―――自分の身に危険が起きるとき・世界を揺るがす存在が現れた時である。

 

「姫!霊視をお止めください!そのままでは命にかかわります!姫!」

ベッドに慌てて飛び込んで行ったエリクソンは、いまや青白くなりながらも霊視を止めない主に必死に呼びかけている。

体を揺らす事は脳内に重要な問題があった時は、危険な行為になる。

そのため、呼びかけるしかできないのだ。

「姫!そのままではあなたの命が危険になります!おやめ下さい!」

青白い姫と、もはや同じぐらい蒼白になりながら必死に呼びかけるエリクソン。

「姫!姫!」

眼に涙を浮かべ、哀願するようにベッドの縁を飛び越えて、横から必死に呼びかける。

羽毛の枕がじんわりと汗で滲んでいるのを見て、いよいよ恐慌状態になりつつあるエリクソン。

布団が乱れ、胸元まで開いたネグリジェからは豊かな双乳が覗いており、苦しんでいるにもかかわらず、艶めかしい女性を感じさせる。

幼少から見守ってきた存在の、今にも消えようとしている彼女は桜のような儚い美を振りまきながらも、必死にこらえている。

その姿を見て、泣き崩れている場合ではないと、枕元に設置してある魔術具に呪力を込め続け呪力を減少させようと、努力していた。

「ハァハァハァ、う…ウう……、ふゥふぅふぅ」

「姫!お気を確かに!あなたなら制御できます!頑張ってください!」

「ハァハァハァ………アアアアッッッアァアァアァアァアァ!!!!!!」

「姫!」

「―――ふゥ。………ごほっごほっ!………し…しんどいわ…」

「姫!目覚められたのですか!?」

「―――ええ、ミス・エリクソン。さっきまで霊視がひどかったのだけど、なんとか持ち直したわ。白湯をお願いするわ」

「ハッ!」

そうして、適温にまで調整した白湯と共に、生命力を活性化させる特殊な呪薬を飲むことで、一時的に体調を落ち着かせた。

顔色もだいぶ良くなり、安静にしていれば突発的なことはおきそうにない。

その姿を見て、ほっとしたエリクソンは、姫に問うた。

「姫、お加減はいかがですか」

「ええ、ミス・エリクソン。霊体が作れるぐらいには快復したみたい。まだまだ半分くらいしか回復しないけど」

「かしこまりました。それではもうしばらく安静になさっててくださいませ」

「そうね。さすがに今の状態で移動する気にはなれないわ。―――そういえば、私が寝込んでいた間に、新しいカンピオーネが誕生して、雷の審判について交渉をしてきたのよね」

「はい。現在、賢人議会でも対応を検討中です。そして、カンピオーネ香山碓井に最新の状況をお伝えしたのが、1時間30分前です。私が伝えました」

「香山碓井ッて云うのかしら、新しいカンピオーネは…どんな感じだった?あなたが伝えたんでしょう?」

「一言で申しますと、黒王子と同じくらいには話を通そうとするようです。しかし、交渉には不慣れであり、それを支える魔術結社の影はなく、気分を損ねれば危ないことになるでしょう。その上、かの者はケルト神話の神:ケルヌンノスを撃破しました。その上、もう2,3柱打倒していると見られます」

「―――性格は?」

「一般人から神殺しに成功したことから日も浅く、自分のスタイルというものが手探りなのでしょう。今回の一軒で魔術師集団との関係をどうするべきか模索していると思われます。「雷の審判」との一軒があったことで、魔術結社に対しての距離感を測りかねているような節が見受けれらます。このことから、自分の立ち位置を計算して行動するように思われます」

「なるほどねぇ。あの気難しい王子様とは、またちょっと違うわね…。計算はすれど周囲は考えない。計算して周囲の位置も確認して道を定める。これはもしかしたら王子様だけじゃなくて、香山碓井からも助力を得られるような立ち位置を私たちが得られるかもしれないわね。そのためにも………ミス・エリクソン。頼まれてほしいの」

「あまり時間のかかる用事ですと、少々手が回らなくなりますが」

「いいのよ。簡単なことだから。賢人議会のおじいちゃん連中に香山碓井に関する対応を私が決定します、と伝えて頂戴。対応策も決めかねていたんだろうし、目的に沿った行動も難しいから誰かに押し付けたがってるはずよ。電話一本で話が付くでしょうし、報告はまだでしょう?」

「はい、しかし………」

「そんなに心配しないで、ミス・エリクソン。おちおち寝ていられない気がしているのよ。それにさっきの霊視もとても面倒な知らせだったし」

「何か問題でも起きましたか」

「およそ2週間後、まつろわぬ神が日本に誕生する。それは嵐を呼び、原初の森を顕しめ、あらゆる場所を駆け巡る存在である、と」

「―――まつろわぬ神…」

「そう。それに対応するのは日本の正史編纂委員会、香山碓井も日本人よ。この情報を使えば、もしかしたら便利な情報交換場所くらいには思ってくれるかもしれないわ」

「危険すぎます!」

「でも、ほっとくわけにもいかないのよ。あなたの言うように計算する存在で、目の前に神との決戦というカードを渡されたらそれなりの譲歩は得られるかも」

「自分に逆らうものを始末することに躊躇を覚えるとは!」

「うふふ、実は香山碓井が、その神と戦う光景も見たの。神のほうはぼんやりしていたけど、あんな顔のカンピオーネを見た覚えはないから、きっとそうよ」

「霊視が…?」

「ええ。こう言うのを、災い転じて福となすというのかしら。まあ、そんなにやりたくないけど、今回はこれで対応がはっきりできるわ。香山碓井にはつつがなく行動してもらいたいものね」

「―――かしこまりました、手配いたします」

「あと、ミス・エリクソン」

「はい」

「呼びかけてくれてありがとう。私、何とかなりそうよ!」

「当然のことです。しかし、何とかなるとは…?」

「うふふ、この体がもっと強くなるかもしれないわね!」

「は…はあ…」

「黒王子様はしばらくでてこないみたいだし、しばらくは彼に手を貸してもらわないと、うふふ」

ミス・エリクソンが出て行ったあと、プリンセス・アリスは病み上がりでありながら、今後の予定を立てる。

真っ黒な性根を表すかのような笑みを浮かべながら。

 




次話もあります。

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