カンピオーネ!~まつろわぬ豊穣の王~   作:武内空

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第3話

3話

 

 

暦では4月上旬を過ぎ、わずかに肌寒い風が吹き付けるが、概ね温かい陽気と日光に気分が良くなる季節。

ギルタブルルが猛威を振るったイタリア・ローマの針葉樹林から離れ、場所はイングランド・ノーフォークの田園地帯である。

 

 

ノーフォークはほとんどが郊外であり、経済活動も農業と観光が中心である。

人口密度もkm152人とほとんど農村にかたまっているだけで、放牧された羊などが草を食んでいる姿が多い。

観光に力を入れているだけあって、大戦中の工業部品が固まっている街がある一方、昔ながらの貴族の城が多く点在している。ノーフォークの歴史と伝統を見守り続けて来た石造りの城は荘厳な立ち姿をもって周囲を睥睨している。

田畑を見れば黄金色の小麦が辺り一面を美しく彩っている。

わずかに野の花が点在していることものどかな空気と暖かな気持ちを与える。

そんな、誰もがイメージする理想の農村地帯だが、同時に血塗られた過去も持つ地である。

 

ブ―ディカという女王がいる。

彼女はケルト人イケニ族の族長であり、ローマ帝国の侵略軍を、娘を強姦された復讐として戦いを挑んだ猛々しい女王である。

彼女は勝利の女神アンドラステに勝利を祈っていたとも言われる。

アンドラステは戦いの女神モリガンと酷似した図像がある。

これは死肉を貪るカラスの神格化である。北欧神話のワルキューレやギリシャ神話のニケなどが例である。

そして、モリガンは男の豊穣神や英雄神にとって代わられることが多い女神でもある。

有名なものはク―フーリンの水浴びにモリガンが登場することだ。ここでは英雄を育てる大地母神としての役割を果たしている。

ともかくブ―ディカはネロクラウディウスの重ねた負債や、豪奢な生活に慣れたルキウス・アンナエウス・セネカなど元老院の借金、植民地の経営負債などから借金返済のための借金をする戦争経済状態の犠牲となった。

後のパルミュラ反乱の際に呼応したことも、こうした戦争経済による怨恨があったのだろう。ただ、族長が逃げ出したことでパルミュラは陥落したのだが。

近年では大戦中にも航空機活躍があったりと、豊かな実りと血塗られた破壊の両方の爪痕を残す地である。

 

ところで、香山碓井は基本的に労働ビザを取って日雇労働を行う人間である。

ノーフォークは決して、日雇労働者に優しい場所とはいえない

ではなぜこの地を訪れているのか。

経緯を説明すると、カンピオーネであることがとある魔術集団にバレタのだ。

ギルタブルルとの戦闘後、切り飛ばした腕は食事と休息をとれば一日で回復するということを体が感じていたので、どうにかして食事を取ろうとしていたのだが、財布が焼け焦げていたので魔術師からパくることを決意していた。とはいえ、左腕がない状態では静かなスリには向いていなかったので、街を歩いている魔術師を締め上げ金を吐き出させるという形だけでなく、本拠地の魔術師を全員頭を地面に叩きつけて居場所を確保するというやり方に変更した。しかし、予想通り1日で腕が生えて快復した碓井だったが定期連絡が入らなくなった友好関係の魔術師集団が確認してきたところで目撃された。

 

―――人間だけ気絶している光景を生みだしたこの男はカンピオーネであると。

 

この時は回復直後もあって、気配と共に魔力を気功の要領で鎮めることを怠っていた。

 

そして口止めの代わりにとある民間魔術集団―――雷の審判―――に、ノーフォークに膨大な呪力が渦巻いているので場所の調査だけでも頼みたいと、依頼されたのだ。魔術師に嫌がらせを行って金を奪い取ることを楽しみとしていた碓井ではあるが、あくまでスリルを求めた行動なので、足元に跪く人間の魔術師よりも神獣なり神がいる地域にこそ居場所を求める。

 

―――勿論、それなりに苦痛を強いる行動をさせて嫌がらせを行ったが。

 

具体的には裸マントでローマ市街地を一周させるという、斬新なファッションショーを行わせたり、有名なゲイバーに放り込んで観客の前でシャワーショ―を疲労させたりである。

後に語るところによると、人から見られるにはだらしない体だったので次は引きしめてからにするという。

人から注目されるというプレッシャーを快感に誤認したようである。

そして、嫌がらせを行った彼は、フィウミチーノ空港からヒースロー空港に到着して列車でノーフォークまで移動した。付き人は邪魔だからということでお断りした。

イギリスには賢人議会という、魔術結社の頂点が存在するが、以外にもそれなりにコネがあるそうで短期間なら賢人議会が動く事もないだろうと請け負っていた。

勿論、高貴な貴婦人はミス・エリクソンの監視を逃れることはできなかったという。

同じカンピオーネである黒の貴公子は現在、インドネシアに滞在中という情報がある。

確認するだけなら、短期間で大丈夫だろうと判断した。

 

そうした経緯を片づけ、ノーフォークに訪れたその日、碓井は最高級ホテルのスイートル

ームに滞在した。費用は雷の審判がもっている。

「………ふぅ。やっぱり一日で移動するのは其れなりに疲労がたまるなぁ」

枕を抱きかかえて、弾むベッドに横たわりながら独り言をつぶやく。

嫌みにならない程度に内装を整え、ホテルならではの快適さをもつ部屋は快適の一言だ。

窓から見える光は程よい生活の明かりと暗がりのコントラストにより、非常にさわやかな気分にさせてくれる。

街を行きかう人々も、春の陽気に誘われてどことなく足取りが軽い。

5歳ほどの女の子が両親に連れられ、ショッピングモールへ入っている姿などは、見かけた人々も頬を緩ませるような柔らかい表情を誘う。

 

現在は夕方の3時。

仕事もひと段落し、ビールでも一杯呑もうか。サッカーチームの応援でもするかという人々がパブへ直行する時間でもある。

依頼された現地は、明日以降に到着して頂ければという、報告も受けている。

さて旅の疲れをいやすかと考え、ベッドに転がりはしたものの、この地に着いてからどことなく気が落ち着かないのである。

ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ、ごろ、ずるべったん!

なにかモノが地面と接触したような音が鳴る。

勿論、快適とは言え一人用のベッドの面積を転がることによって一時的に忘れていた碓井が、顔から落ちた音である。

手足が天井に伸びており、腹と顔を接触させたことは明らかである。

 

「………さて、そろそろ真剣に考えるか」

何事もなかったように起き上った碓井は、カンピオーネの体が張り詰める理由を考えていた。

(この感覚は神様が近くに来た時の全能感ではない。とはいえ、軽く体を動かすくらいの獲物が現れたような感覚がある。特に、どことなく俺達が倒すべき敵だと訴えているような………)

体のざわめきにまかせて、灰色のジャケットを羽織り、こげ茶色の綿パンツとマラソン選手用のスニーカーを身につけ、荷物を背負い街に繰り出した。

 

夜9時。

月が空に浮かび太陽がその活動を移した時間、すこしずつ寒くなってくると共に生暖かい空気が吹きつける。

どことなく人々が足を速め帰宅をしたくなるような、気持ち悪い時間でもある。

そんな中、ポツリと木組みのログハウスがあった。

外観はこじんまりした小屋だが、照明をログハウス全体に広げるように家具が配置されており、住むモノを優しく照らす仕組みが美しい。

 

ここは賢人議会の魔術師が詰める前線基地だった。

 

主に、異変が発生した地域に斥候を送り込む。又は、地域一帯を封鎖して専門家の到来を待つように整えるのである。

ここ、ノ―フォークのブレイクニー近辺が香山碓井が依頼された異変のある場所である。

ノーフォークの典型ともいえる海辺の牧草地も近くにあり、美しい景色が見られるが現在は封されている。そして突如出現した【森】こそが異変の中心地である。

 

そこから7km離れた場所に存在するビンハム・プライオリ―パリッシュ協会のそばにログハウスは建てられた。

今回、詰めるのは二人の男である。20代と30代のペアだった。

皮膚にたるみはなく、彫も深い顔立ちでそれなりに美系と言えるのではないだろうか。

一人は腰にトランシーバーと小型の特性銃をもつ。もう一人はナイフとガとリングを持つ。

 

彼らは勿論魔術師であるが、賢人議会直属のエリートではなく、下部組織の下っ端だった。いわゆる汚れ仕事も多く請け負う組織なので、体の良い使い走りである。

しかし、それなりに魔術関係の仕事も請け負ってきているので、今回、神獣の監視役という大役を請け負うことができた。

そうした経緯もあり、それなりに判断力も荒事もこなすチームであった。

 

「しっかしこれは一体どういうことなんかねぇ…」

「まあ、どうみたって神獣の仕業だろうなぁ…」

「んなこたわかってんだよ。ここまで広範囲に広がった森だ。とはいえ、もし神様が現れたんなら2km四方では済まねえ。それに単純に森を造るだけなら、まつろわぬ神らしからぬ善良さだぜ。もしかして環境保護をしてくれるんなら、むしろ願ったり叶ったりだぜ」

「ハッ。そりゃそうだ。いくら神獣とはいえ、大騎士か聖騎士ならチームを組めば討伐可能だしな。そしてここは賢人議会の御膝元だ。聖騎士とはいっても世界に10人はいる。それなりに何とかなるだろうよ。だから俺達はいらん怪我をしないように報告するだけでいいのさ」

「そうそう。交代まであと3時間だ。精々気張ろうぜ」

「―――そういえばさ、明日には神獣討伐に当たって先遣隊が一人送られてくるそうだぜ」

「先遣隊?意外と足が速いんだな。…って一人なのか?そりゃ随分と実力者なんだろうな。やっぱ、パオロ・ブランデッリとかサ―アイスマンとか、聖ラファエロとかか?」

「いや、それがあの【雷の審判】が強引にねじこんできたらしいぜ。なんでも神獣に関する専門家だとか」

「マジかよ…あのうっさんくさい魔術結社がかよ………なにが雷を纏う蛇こそがこの世界を破壊と豊穣に導くだよ…そんなの適当な豊穣神なら簡単にできることだろうよ」

「まあ、それはそうなんだが、それなりに権力も資金もある組織だしな」

「やれやれ、それじゃあ先遣隊の奴ってのも大して頼りになりそうにねえなぁ。神獣が出てくるってのに呑気だぜ」

「だなぁ………ん?…おい何か嫌な音がしなかったか?こう、木がメキメキ言って、燃えてるような………」

「………何か燃えてるなら、木が焦げる匂いがするだろうよ。あまりびくつくなよ。俺達は状況を正確に把握して連絡するのが仕事だぜ。神獣でも近づかなけりゃ被害もない。危険が迫ったら逃げろとも言われてるんだしよ」

「そ…そうだよな。―――ッ!?いや、違う。何か大きなモノが地響きを立てている音だ!遅れて響くから結構遠いんだろうけど、そんな体躯の生命体は神獣以外にはありえねぇ」

「おいおい、勘弁してくれよ。それなら見に行くけどよぉ……」

彼らが神獣の観測地とした住み心地のいいログハウスから出てくると、異変が一気に伝わった。

 

―――森が蠢いている。

 

そうして地響きがそこかしこから伝わってきて、なにか大きな生物か重機が稼働していることを示してくる。

ゆっくりとゆっくりと超小規模の地震が彼らの体を震わせ、地面に足を着く事も出来ずに、体が震えて動かなくなっていた。

人間の体はある一定の振動を受けることで、硬直することがある。

震度5以上の地震が起こった時、地面が揺れている間は脚を動かす事が出来ないものなのだ。

森が震え、地が揺れている光景。

人間の原始的な恐怖を揺さぶる、まさに神話の再現だった。

さらに、魔術師だからこそわかる膨大な呪力を持つ存在が近づいていることを認識した二人は、職業意識をかなぐりすてて全力で逃走することを選んだ。

恐怖と絶望、神に逆らうこと、神獣に相対するだけでさえこれほどの恐慌状態をもたらすものだとは知らなかった。

こんな存在に打ち勝つカンピオーネとは、一体何なのだ。

 

助けてくれ。

助けてくれ。

怖い怖い怖い。こんな生物が食い合う戦場になんていたくない。

なんで俺達はこんな任務に就いちまったんだ。

―――だからこそ、仕事人として最後の一線をまもるべく、緊急用のスピーカーをならして、走りながら怒鳴っていた。

「―――こちら、ドウェルグ!ドウェルグ小隊だ!本部!神獣が当初の地点から移動し始めた!森ごと移動してやがる!地響きもひどい!明らかに豊穣神由来の獣だ!繰り返す!神獣が移動した!」

「―――こちら、本部。こちら本部。報告了解した。至急撤退しろ」

「ああ!?とっくに逃げてるよ!畜生!おい、アダム!まだ生きてるか!?逃げていいってよ!」

「わかったよ、セドリック!これで逃げてるお咎めはないってな!」

「ったく、地面が震えて足がもつれる。それにどうして地面の草が伸び始めてやがるンだよ!それに花畑がそこらじゅうに出来てやがるし、さっきまで影も形もなかった水車がそこらじゅうにできてやがるぜ!いくら神獣とはいえ、こんなことまでできるものなのか!?」

「古城に6体の神獣が現れたっていうくらいだ。古城ごと周囲一帯が消滅したって報告があった!あってもおかしかねえ!」

「畜生!………着いたぞ、車に乗り込め!」

「おうよ」

「適当に走らせるからな!どっか街があったら…いや、いっそロンドンまで逃げ切るぞ!どうせ俺達はこれでお役御免だ。どっかで時間をつぶしても処罰はねぇ!2kmの森が動き始めて、7km先の俺達まで振動が届いたほどだ。逃げるなら遠くだ!」

「ああ、ロンドンなら俺の親せきがいる。温かいベッドで布団でも被るぜ!」

そうして彼らは必死でドライブをする。災厄から逃れるために。

しかしこれで、その後のまつろわぬ神の降臨を見逃す事になるのは彼らにとって幸運だったのか。

もしかしたら、まつろわぬ神が現れるかも知れず、再臨した時に生じる災害は、その場から立ち去るかカンピオーネに撃破されるまで、無くなることはないのだから。

 

 

香山碓井は乗車中である。

ノ―ウィッチのホテルに泊まっていた碓井は、自分の感覚を信じて連絡しないまま確認しに行くことにした。

車は、近年の不況によるものか、イギリス病にかかったままストライキでも起こしていたのか、懐が寒そうな壮年の男性から小切手で30万£と書き、若干睨みつけるだけで快く譲ってくれた。

若干サスペンションがへたっているトヨタセダンは、ガソリンも予備を積んであったのでそれなりに揺れるが、用途に十分対応してくれる。食糧も水も明日移動するということで電気バッテリー型クーラーボックスにそれなりの用意をしてある。

用意は整っていたので、すぐに出発した。

現在はクロマー県で休憩を終えて、国道149号線を東進しているところである。

海辺を移動することになるので、北海の風が流れ込んでくる。海流の関係からこの時期はぬるくなるということで、そこまでの気温変化はなかったが、それでも肌が冷えるために窓を閉じた。

そして、30kmほどの道のりだったので6時間ほどでブレイクニ―に到着した。

場所はブレイクニ―チャンネルといわれる海流域だ。

ここが異変の発生地と報告を受けていたが、魔力は感じない。

一体どこへ行ったのか?

そう訝しんでいた彼は、突如、魔力が7kmほどの地点で爆発したことを感じ取った。

(…ッ!?)

驚愕したのは、今回は神獣が発生しただけであり、神が発生するほどの原因は見当たらないとしていたからだ。先遣隊二名の泣きわめくような最後の報告ではそのようだったと、運転中に連絡があった。その時点で、少なからず予感もあったが背中から膨大な魔力を感じては驚くのも無理はないだろう。

しかしカンピオーネの体は、神の気配を感じると臨戦態勢に移る。

これまで強行軍だった気疲れが吹き飛んでいったことと、体をめぐる全能感に戦意が高まっていくのを感じる。

すぐに車に乗り、魔力が発生している場所へ向かう。

神との決戦はもうすぐだ。

 

 

 

 

イングランドの貿易港、シェリンガムはリゾート地としても知られる。

オランダへの便も近くのグレートチューダー港を利用することで行われている。

シェイクスピアのこの近辺の海辺を好んで歩いたとされる、由緒正しい土地でもある

風光明媚な地域で潮騒や小河、線路が調和する。金色の浜辺と共に見上げる太陽の景色は雅の一言であろう。

「―――っかはぁ………」

しかし、そんなリゾート地は戦争が始まったかのように、血なまぐさい空気を漂わせ、住民が避難した住宅が密集する街は荒野を示すかのようだ。

普段は明るい電気がつき、人々の陽気さを示す世界だったのだろうが、月明かりに照らされている廃墟は寒々しい空気と世界の果てを思わせるもの悲しさに満ち溢れている。

そんな街のはずれ、海辺に近く住宅もない一角に巨大な森が生まれていた。大自然の森を思わせる高さの木々が積み重なっている様は、なにがでてもおかしくない。

おおよそ2kmほどだろうか。隣町ハンスタントン付近まで広がっている森は徐々に海の方向へ移動している。濃紺の闇から浮かぶ光景は、体が自然と震えるような不気味さを見せている。

人間がかつて住んでいたという古代の森というイメージが浮かぶ。

そして、あの中に神獣だけでなく神が存在するということも。

さだめし、街を支配する玉座といったところだろうか。

碓井は、途中で地響きが激しくなったので、街の片隅に車を止めてから、走って移動することになった。

(さて、相手はどんな神なのか。森を支配下に置いているということは豊穣神なのは間違いないだろうが、イングランドの豊穣神はいくらでもいるしな。これまでの行動ではさっぱりだ。とりあえずちょっかいをかけてみるか)

碓井は呪力を高めることで、自分を脅かす存在が近くにいることを知らせた。

これから貴様を踏みつぶすぞと。

その呪力に反応したか、木々が突如大きく震えだした。

ざわめく音色はまさしく開戦の号砲に他ならない。

先手は森から飛び出してきた獣たちである。

鼠の大群である。

「キィィィィィィィィィィィィィッ!!!」

咆哮。全身が灰色の毛なみに覆われていて、眼が緑にギラツイテいる。

全長3mはある怪物の姿である。腕は強靭な筋肉を備え、足は俊敏。尾も非常に振りまわしやすいしなやかさを備えており、先端には丸みのついた形をしている。牙が一本だけ生えているが、するどく波打っており磨り潰す事を目的としているのだろう。

進路上に存在する物体を破壊しながら迫ってくる姿は紛れもなく神獣である。

「ふむ、やはり豊穣神か」

そう呟くと、碓井は眼を輝かせ神獣と神の間をつなぐ縁=魔力を消去する。

 

そう。

ギルタブルルに勝利したことで得た権能は【邪眼】である。

ギルタブルルも使用した透視・呪力消去・威圧だけでなく、本質である生者と死者の間の縁を切るという能力も備えている。

太陽の山だけでなく、都市の門番としても活躍していたギルタブルルの本領である。

さらに呪力を高めることである能力も発動するこの権能は非常に使い勝手がいい。

なにせにらむだけで、生物は怯え竦むのだから。

これに体の権能を足したことによる威圧はあらゆる人間を統率できるのである。

虹彩もラピスラズリを思わせる空色に変化して、太陽がデフォルメされた形に変化した。空を仰ぎ見ているような透き通る青。視野も大きく広がったことで、ますます10代半ばの南国少年のようになってしまった。

 

さて、碓井はこの権能で鼠の呪力を消去したが、やはり神獣。

内部の呪力はそれほど影響はない。しかし、大軍で来たことで生じた神の呪力配分は崩れたので、弱い奴は迫ってくる最中に徐々に姿を無くしていき、残ったのは正面から突撃してきた3体だけであった。それも神からの支援は途絶え怯えている。

ゆえに、問題なく対処した。

 

拳をふるい正面から迎撃する。

両腕で縦突きを行い顔面をつぶす。

足の付け根で胴体を突き破る。

肘を落とし、首筋を泣き別れさせる。

 

問題なく処理した碓井は、そのまま森を睨み続けていた。

邪眼で森ごと呪力を消し去ろうと考えていたのだ。

わずかに呪力を消費し続けることも馬鹿にならず、睨む度合いによって消去効率も変わるため、今回は軽く睨むだけにしている。

それでも森のヴェールは呪力を撒き散らしているのと同じである。これを降り払うことはそれほど時間をかけるものではない。

徐々に、草華だけでなく木々も姿が薄れ、果物―特にリンゴやブドウ・桃など―も一緒に姿を消すようになっていった。

果物、特に桃は神聖な果物として世界各地で認識されている。

日本では冥府の神となったイザナミをイザナギが逃げるために逃げ込んだ時に使われたことで神名を得たほどだ。

先行していた魔術師が森への侵入を妨げられていた理由は、こうした果物が魔除けとしての効力をもっていたことを示している。

そして、門番がいなくなったということは、屋敷の主人はいよいよ本腰を上げて応対をせねばならなくなるだろう――――――。

 

――――――――予想は外れた。

 

なんと森の移動速度が急激に増したのだ。

さきほどまで地響きこそひどかったが、そこまで足が速いわけではなかった。

おおよそ、時速5km前後だろうか。ほとんど歩いている程度だった。

今は時速30kmからどんどん速度を増している。

自転車から車の速度へ………。

その関係で振り落とされる森の木々がまさしく加速度的に増えていく。

邪眼で消去するには睨むことが必要で、逆にいえば認識できないものは消去できないという欠点も存在する。

透視能力も存在するが、森自体にジャミング能力があるようで見渡す事が出来ない。

(暗い森がせかせか移動しているのはシュールだ…)

目的地はどうやら海のようだ。

北海に面した海ではあるが、オランダへの貿易港やフランスからの移動もあったと言われる場所である。勿論ギリシャ・ローマとも因縁深い場所である。

どうやらガリア系の豊穣神。海にも影響が強く大陸にも信仰が残る神なのだろう。

ガリア人は一説には中央ヨーロッパの平原から来た、盾と剣と戦車に乗ってやってきたスキタイ系の民族からきているとも言われる。

そして、それとは別にアイルランド・ウェールズ・イングランドに別個の民族が存在しておりそれぞれの信仰があったとも。

有名な太陽神ル―、サルバトーレ・ドニが撃破したヌアザはまぎれもなく征服神としての性質を持ち、インド・ヨーロッパ語族と共通したルーツを持つ。

牛と嵐のつながり。鳥の太陽。傷を負った王は引退するなど…。

その関係で入ってきた神話には同定不能なものも多いという………。

 

碓井は走ることにした。

相手が海にたどり着くことを目標にしているということは、神の本地を取り戻すためにおこなっている事もあるのだろう。

つまり、強くなる。

微かに頭に残るパンドラからの助言には、誰かが弱らせた神や元から弱っていた神は権能にしないというモノがあった。

とはいえ、神としての本質を取り戻していないのだろうが、既に神として君臨しているのは確かである。

であれば、揺らいでおり衰弱しているとはいっても神は神。

遠慮なく仕留めることで武勲を上げるのもよし。

権能が手に入るもよしと思っていた。

しかし、全力を振り絞ったのか。スタートダッシュの影響か、追いつくことが出来ない。

それに徐々に地割れがひどいことになっており、倒壊した建物が進行方向をふさぐ。

崩れて来た外壁などは、障害にもならないが目くらましにはなる。

足がとられそうになるし、ルート変更だけでもタイムロスになる。

壁に突進して直進するというのは接触時のインパクトなどを含めると余りとりやすい選択ではない。

破壊はできても消滅させるわけではないのだ。

結果として、森の目的を達成させることになってしまう。

 

――――古き神々への盟約。

神が自分を脅かす魔王を消滅させんとして行う大秘術。

何よりも自分というものを自分で再認識する鏡のように。

神々はいと尊きモノであればこそ・

 

碓井は遅かった。

しかし、それはスリルとリスクを求める彼の行動にも沿ったものだった。なにより強壮なる神を跪かせることこそ、名誉ある勝利なのだから。

 

海岸線から見上げる空は、月が煌々と輝いており、すべてが曖昧に変化していくような、奇妙な美しさを描いていた。

森は海岸から沖へ移動しており、どうやら小島へ移動しているようだ。

すでに海に入られた以上、ここで待つほうが良いだろうかと考えた碓井は、成り行きを見守ることにした。

森は時速30ノット近くで猛移動している。

ほどなくして、森は島に到着した。

すると途端に森が大きく成長し、根の部分が島を呑みこむように覆いこんでしまった。

さらに、ばきばきばきと岩盤を砕くような音をさせ、小島は海に沈んだ。

それに合わせて森も海中に沈み、姿は見えなくなった。

(何だ、ありゃ。島を海に沈める?それがどうしたんだ?………このまま突っ立ってたら馬鹿みたいだよな、俺)

とりとめもないことを考えていた碓井は、驚愕することになる。

 

波が大きく揺れ始めると、海中から沈んだ島よりもはるかに大きい森が誕生してきたのだ。

 

削った事で500m前後だった森が、3kmまで広がり木々もより高く30m近く成長した。

そのため、周囲に点在した島が根に砕かれ呑みこまれてしまう。

更に、森の全周には果物がいままで以上に実り、まさしく豊穣という言葉がふさわしい威厳を示し始めていた。

森は何かを呼ぶようにざわめき、わめき始めた。

それと同時に、果物が弾幕のように5kmは離れている碓井のいる海岸線に放たれはじめた。

空を埋め尽くす果物。

(…?この程度の弾幕でなにが出来るって言うんだ?俺の方に来るとはいってもたかが知れてるし、爆発したくらいなら無傷だゾ?)

飛来する果物が海岸線にばらまかれる。

幾つかは碓井の頭に落下しようとしていたので、つかみとった。

蜜柑だった。

とくに爆発することもない果物だったので、頂くことにした。

一口で飲みこむ。

すると体の呪力がみなぎるようになった。まさしく豊穣。母からの慈悲だと思える。しかし、どことなく慈愛の祈りではなく猛々しさを感じる。

浮かぶイメージは、月、太陽、炎、、海、森、動物、嵐、蛇、鹿、甕、死と生命、生贄、古き大地神にしてあらゆる生命の上に君臨する王。

――――――そうした知識が呼び水となり、神の相似形でもある碓井の体がある名前を思いつく。

――――――タラニス。パン。プ―シャン。サタン。??????。

最後の言葉だけがマスクがかかったように見えたものの、おおよその神の造形はつかめた。

 

神に呼ばれていることも。

 

 

 

 

 

 

 

来い。

恋。

敬意を表する。

相手にとって不足なし。

我は破壊と豊穣をもたらす王である。

さあ、共に民が末代まで語り継ぐほどの、神々でさえ見とれるほどの彼方へ参ろう。

さあ、来い!!!俺はここにいるぞ!!!

 

 

 

 

 

強烈なメッセージが碓井の脳に直接伝わり、ガンガン響く音量に若干の頭痛を覚えながらも、神としての本地を取り戻したことに喜悦を覚える。

―――今行くぞ。

ついに体が万全の状態に整う。

神と戦える誇らしさ。力を内に取り込む全能感。

「おおおおおおおおおおおおお!!!」

碓井は雄叫びと共に、海を走った。

 

 

「あの神殺しめが我らが??????様の居城へ分け入った」

「なるほど、つまり我らの悲願も達成される時か」

「ああ、雷の審判の結束。つまりこの世を破壊し新たに救済する悪魔をこの世に誕生させること」

「サタンでは不足。バフォメットも同様。パンは大したものではない。プ―シャンもまたただ古いだけの神。歴史と伝統、他の魔術結社が崇めぬ信仰の薄れた神、そして勝利の神。これらすべてを持つ神。我らの先祖であるヘルウェティイ族の怨念を今こそ晴らす時」

月光が煌々と輝く館に、魔方陣を敷きつめて青銅の祭壇を置いている。

捧げているのは、小麦・大麦・ワイン・果物など。

牛が蛇が絡む像にささげる供物は、まぎれもない王への臣従を表すものだった。

用意したワインを掲げ、老人たちは呟く。

「「「我らを贄とし荒ぶる神を、賢人議会・フランスの御旗の友・イタリアの7姉妹どもを滅ぼすことを誓う!!!聖戦に誉れあれ!!!」」」

高らかに叫ぶ3人の老人達。

彼らのそばには、5歳ほどの女の子が一人縄で縛られて眠らされていた。

 

 

森に侵入した碓井は、生命が発する振動を感じながら奥へ分け入った。

紛れもなく神獣の巣であることは確かだった。

とはいえ、神に操られていない神獣はまともに戦えば大したことはない。

毒などの特殊能力があるとしても、睨んでいる限り外に発する能力は通じないのだから。

そうしたこともあって、堂々と進撃した。

5分ほどで開けた空間に当たる。

そこにこそ、神がいることは明らかだった。

入る。

まず目に入ったのは青銅の銅像だった。

牛の頭と蛇が青銅に絡んでおり、腹部には四角い切れ目が入っている。

それがおよそ12体。

中心に位置するのは黄金の蛇像。

神と戦うようになってから、また、暇な時間もあるのでインターネットで神話についてはある程度調べることにしている。

そうした知識と神に近づくことによって生じる、虚空の記憶からの知恵。

そして森の果物を摂取したことで手に入れた権能と類似する神。

それらがある知識を虚空の記憶から検索した。

すると、神の名前を認識したことでより具現化されたのか、黄金の蛇像の前に玉座が現れた。

簡素なデザインだが、植物のデザインが多く書かれており、非常に美しい。

ひじ掛けの横には、台が置かれ果物が積まれた甕が載せてあった。

手にリンゴを持ってかじりながらこちらを眺める金髪の男こそ、神に他ならない。

誇りと美しさ、力の猛々しさ、並の人間でなくとも臣従を叫びたくなるほどのカリスマ。

そしてなによりも血生臭い。

これが悪魔。まさに悪魔だった。

男が口を開く。

「―――君が今代の神殺しか………。実は私には一つ不思議なことがあってね。何故かはわからないが、神殺しというのは顔と体の造形が非常に整っている事が多い。神殺しになるまえは十人並みというものもいるが、神殺しを成し遂げてからは例外なく美というものを誇っている。私が実際に戦った例としては、龍を従えた大王と魔術に狂った女子だった。いずれも紛れもない美丈夫・美女だった。あの災厄の魔女パンドラが美を誇った神だからだろうか………ふふふ、私は美しいものを好む。やはり戦うにしろ部下として迎え入れるにしろ、眺めねばならないのだから、やはり美しいものが好ましい。君は美事だ。肌の色からしてエジプト近辺かな?それとも肌にまとう気配からしてここから東の国の南国…ああ、心が躍る。この世界はかくも美しい。天と地の轟・人の営む姿・私に敗北し贄となる者ども。そして素晴らしい好敵手。この者ならば痕を託すことができるならば負けることも好ましい。――――――さて私ばかり語りすぎてしまった。君からは何かあるかね?」

「―――お前の名前はケルヌンノスだな。俺は香山碓井だ。威厳あふれているがさんざん逃げたのは恥ずかしくないか?」

神の名を告げた瞬間に張り詰める空気。

どことなく甘く芳しい気配もするのは、戦を求める心ゆえか。

「――――――私の名を知ったか。素晴らしい。返礼だけで簡単に知られてしまっては若干会話の組み立てがずれてしまうが、それも敵手の手腕と思えば歓喜の念に堪えん。……さて、改めて名のろう香山碓井。私はケルヌンノス。ケルトの豊穣神である。…戦闘を避けたのは、まだ体調が回復しきっていなくてね、これでは人前に出るだけの美貌を魅せることもできないと判断したのさ」

「なるほど。あんなに一生懸命だったのは美容院に行きたかったからなんだ。ところで島を食い荒らした理由はあるのか?」

「私が丘の王としての意味を持っているのが理由さ」

「………やっぱりクロウ・クルワッハもつ所以か…」

 

 

ケルヌンノス。

ケルト神話の原初の大地神の一柱。

バールと共に『火と豊穣』の神である。

彼の化身はクロウ・クルワッハと言われる蛇の神である。

ケルヌンノスの印章には蛇がまかれる杖(槍)をもつ図がある。この蛇がそうである。

クロウ・クルワッハは三日月、円=クロウ、山。塚、積み重ね=クルワッハを象徴として、収穫の際は金の像に囲んだ12体の像を並べ、羊と山羊や蛇と共に長の長子の3分の1をいけにえにささげることを要求した。

『山羊』は民衆を扇動し、民衆における豊穣の化身であることから、雷を運ぶとする。シュメールの最高神とされるエンリルは山羊が羊を扇動する姿から雑多な神を統率する主神としての化身の意味も持つ。

『牛』は強壮であり、しばしば生贄をささげることをのぞむ主神の化身である。主に慈母神を征服した農耕民の象徴ともされる。

類例は、キリスト教の悪魔でもあるモレクである。

この神は青銅の銅像に族長の赤子をくべて豊穣をねがうという儀式が、ゲヘナとして残っている。これは原始宗教の一つである。神に贄をささげ豊穣と繁栄を地上にもたらす力を神から得るというものである。

ソロモン王も息子をささげ王権を授かったという。

エンキ、神農、ゼウスも同じ例を持つ。

そして、ケルヌンノスの有角神は部族のトーテム像を表し、その動物と母との婚姻がトーテム信仰では非常に重要である。聖婚儀式としてはシュメールが最古であるが、この関係はむしろシュメール以外で洗練された。

『塚』はケルトにおける祭祀の意味である。

5月には、ビョールテナ(ベルの炎)という儀式があり、火をつけた樫の輪を丘の上から落とすという。これは太陽を象徴とする。

真夏におけるサバとの太陽神の重要性は、豊穣を祈り暗闇を消すことを望む。

真夏での太陽の意味を持つ樫の木の王が死ぬという信仰は復活も示しているが、王の役になったものは生贄になった。

この生贄により、太陽と大地の死は免れ、豊穣を約束されると考えられる。

その豊穣を祝うのが、祭儀の前日の日に野菜畑を持つ女子は裸で畑を歩きまわり、オトギリソウを持ちかえった。これが豊穣の信仰である。

この類例には、荷車の騎士ランスロットとグイネヴィア、インドのシータ、ヘラ、アルテミス、デメテルがもつ、春の植物儀式と言われるものがある。

前述のモレクはキリスト教に野蛮とされ禁止されたが、クロウ・クルワッハの像も聖パトリックによって破壊されたという。

現地との融和政策を取るキリスト教であっても、生贄を求めることは許されない悪魔の儀式だったのだ。

以上から太古の自然を畏れる原始宗教から発生した、中東由来の神だと思われる。

 

 

 

語るべくは終えたと判断した碓井が、先ほどから構えていた。

しかし、玉座の王はいまだ立たず、じっと何かを待っているように見える。

「おい、どうして立ちもしないんだ?座ったま相手出来るならいいけどね」

「うむ。どうやら私を不死の世界から呼んだ者たちが近くにいるようだ。その者が私に奉仕したいそうだが、果たしてどうしたものかな。王として贄を捧げに来たものを追い返すわけにもいかん…と考えるべきかな」

「呼んだもの…だとぅ?」

「うむ、そら来たぞ」

ケルヌンノスが顎をしゃくると、碓井の横にある杉の木から三人の人間がやってきた。

碓井が資金提供を頼んだ(脅した)『雷の審判』の総裁だった。

「御前失礼いたします。ケルヌンノス様。私どもは雷の審判と呼ぶものです。この度はご再臨をお祝い申し上げると共にお力をお借りしたく奏上いたします。つきましてはこちらの供物をお納めいただきたく…」

碓井が裸マントにした老人が、一歩左によると、奥から二人の老人が荷車を運んできた。

なかには、多くの果物や小麦・大麦・ナツメヤシ・亜麻・雌羊・山羊(貧者の牛)・鶏・犬などと共に、金銀の装飾類に身を包んで眼を瞑っている五歳くらいの女の子がいた。さらに二人目の老人が奥から出て来た時には、女の子の両親だと思われる三〇歳ほどの男女が同じく金銀に身を包みやってきた。

この家族はノ―ウィッチのホテルにいた時に窓から見えた者に間違いない。

そう判断した碓井は、もう後戻りなど出来ない老人に呟く。

「お前が神を招来する儀式を始めさせたのか」

「ああ、その通りだとも。君を呼んだ理由はカンピオーネと神は引かれあうものであり、その膨大な呪力が呼び水となって神の形を整えるからだ。そしてここにいる生贄は私の息子と孫だ。私自身と共に身を捧げてもらうことで悲願を達成するのだよ。ご苦労だった、香山碓井君。カンピオーネたる君に依頼を受けてもらえたのは倖幸だった。君に潰された組織が形を整えるための犠牲役だったからな」

「………一応聞くが、俺が神を倒せないとでも思ってるのか?」

「ああ、それに関しては、どっちでもいいのだよ。私たちの先祖からの悲願を達成できる器である神なのかの試金石とさせてもらいたい。この時代に合わない話だと思うだろう?しかしこうした民族問題はイングランドでは燻っているのだ。賢人議会に頭を下げ続けるのなど癪に障る。しかし息子夫婦を犠牲にしてまで行ってよいのか、私も最後まで悩んでいた。それの決め手となったのも君だ。君が楽しそうに魔術師をからかう姿は私の希望になった。かくありたいと。まるで君は空に浮かぶ孤独の星のようだ。だからこそ私はこう呟こう。『慈悲深き者よ。今、永遠の死を与える!AMEN』!!!」

「「『慈悲深きものよ、今、永遠の死を与える!AMEN』!!!」」

 

「………」

(………俺のせいだとでもいいたいのか?こいつ。まあこいつの事情は知った事でもないし、何も知らぬとはいえ、息子夫婦を助けてやるほどの理由もなし。眼を離すこともできる相手じゃないし、釜にくべられたらケルヌンノスがますます強くなるから阻止しないといけないが、巻き込まない保証もない)

「ふむ………話は終わったかね?私に力を願うのであれば供物を引き渡してもらわねばならないのだが…」

「勿論でございます。こちらをお納めください」

「ふむ…なかなかのモノと認めよう。では、これが君たちに与える報酬だ」

「ハッ。ありがとうございます」

ケルヌンノスが虚空に手をやると、複雑な文様の入った甕が現れた。

「これがゴネストロップの大甕だ。この中に豊穣神としての呪力を多く蓄えている。神獣3体ほどにはなろうか。適当なところに放り込めば爆弾になる。神獣を召喚するのもよいだろう。破格の報酬ではないかな」

「ハハッ。王の慈悲に感謝の念に堪えません」

「うむ、では早く去るがいい。これから大戦となるからのう。あるいは私が負けるかもしれぬほどの難敵。巻き込まぬことはできん」

「かしこまりました。王の仰せの通りにさせていただきましょう。失礼いたします」

そうして老人3人は消えた。

残るのは王と神のみ。

 

「―――さあ、始めよう」

ケルヌンノスはそう呟くと玉座から立ち上がる。

その動きだけで、彼が格闘においても軍神の域にあることが分かる。

だが疑問点がある。

「………どうして、生贄をくべないんだ?あるいは、そのまま生命力ごと吸収もできるだろうに。原初の悪神?」

「ふふふ、敵手への敬意と思ってくれたまえ。実のところ、君は本気で弱っていた私を仕留めようとは考えていなかったのだろう?だから追うふりだけして、私が速く移動するように追いたてただけだ。海を渡る脚力をもっていながら島を砕いていた私を止めなかった。そして王権授与の神として譲れない場面で君は口をはさまなかった。君のその弁えた行動というのは非常に好ましい。神殺しとは思えないほどだ。だからこそ私も生贄を燃やす事はすまい。だが王として臣下の献上を捨てるわけにもいかん。なればこそ!こう言おうではないか!献上物を奪いたければ私を倒してから行くがよい!!!」

ケルヌンノスが腕を組み見栄を切ると、森の木々が台車ごと生贄を包み始めた。さきほどの言動からして、保護するためだろう。保存するためかもしれないが。

「―――人の欲を見抜くのがサタンとしての御前の能力か…」

 

「さあ、行くぞ!神の拳というものを見よ!!!」

「ああ、もう前座は終わりだ!」

 

お互いに会話を止めると共に突撃し、弾けた。

 

 

先手は碓井。

(相手は格闘でも優秀な存在だ。こっちのアドバンテージはほとんどない。先手を取り続けないとやばい)

初撃は拳。

全力で左拳を叩きこむ。本命は掴まれるか避けられるかした時に、左ひじを当てて相手の手を封じる。そこから旋回して右拳を連打するだけ…

相手の手を考えながら攻撃した碓井。

その拳を右手で掴んだケルヌンノス。

「なかなかの速度。避けられなかった」

「カフッ」

返事をすることなく息を吐き、左ひじを相手の顔に向けることで拘束を外し、裏拳を叩きこむ。その返しを左手で受け止めた。右手は碓井の肩を押して威力を下げようとしている。予定通り、相手の両手を押さえた碓井は右手を腹に叩きこみながら、全力で飛び上がり回転する。

これは投げ、当て身を同時に行うことで仕留める、軍隊格闘技に使われる特殊な攻撃だった。

今まであった魔術師のなかにも、軍隊経験の居るものが多かったことで学んだのだ。

しかし。

ケルヌンノスは格闘の神でもある。

わずかな力のゆるみから、突きの軌道を確認したことで足による防御も可能にした。

驚くべきは、洗練された動きではあるがすべて体が感じたから動いたという類のものだったことである。

 

格闘には二つのタイプがある。

全ての行動を計算する者と、感情の高ぶりによる反応をするタイプだ。

碓井は前者で、ケルヌンノスは後者だった。

往々にして、後者は才能があり感情の爆発で問題を解決してきた存在が多い。

勿論生まれつきの性格もあるが。

碓井は、体の弱さから、集団では計算した立ち位置にいる必要があった。

それがタイプの違いを生みだすのだ。

 

一回転したまま投げを返そうとするケルヌンノス。

かついで地面に叩きつけようとする姿は雄々しく、古き英雄の姿を髣髴させる。

しかし、勢いをそのままにして投げようとするということは、同じように回転することで難を逃れることにもなる。

肩に手を置き、側転蹴りを顔に叩きこむ碓井。

右甲で防ぎ離れるケルヌンノス。

小手合わせは終了した二人。

それぞれ感じたことは一つ。

「「時間がかかる!!!」」

状況が長くなればなるほど、読みの精度がずれてくるのが計算だ。

感情を爆発させることは勢いが強いが、短い時間で感情の燃料がなくなることもある。

そうして生まれるのが泥仕合だ。

戦況を変えるためには大きな爆発力があるものが欲しい。

しかし、碓井にはそれがなく、ケルヌンノスにはあった。

つまり主導権を握ったのはケルヌンノスだ。

一気に爆発した呪力を前に、思わず一歩下がった碓井。

邪眼を発動しているとはいえ、消去できるのは感覚できる部分と睨む度合いである。

視野を大きくとる必要があり、周りの木々もケルヌンノスの支配下にあることから、森を消去することにしているのだ。

ゆえに止めるのが遅れる。

「円環の理をここに」

ケルヌンノスの背後に車輪が突如現れた。

輪の外観に握り棒が12個装着されている。

船の舵のようにも見える。

そのうちの一つが輝くと、途端に空が曇り、稲光が鳴りだした。

「1月の理」

呟くと同時に雷が入り乱れながら落ちて来た。

鋭く線上の雷だったので、束で来ることはなかった。

(………問題ない)

邪眼で消去しつつ拳を振るい迎撃する。

雷の早さであれど減速すれば見抜ける。先行電流の関係もあり、予測するまでもなく経路を理解できていた。

硬度も高いということは軽く払うだけで逸れていくので、前から後ろへ流すのみ。

ケルヌンノス自身の呪力も消去しているので、背後の円環の維持に必要な縁も弱めれば、必然的に雷に回す呪力や意識も減ってくる。

しかし、ケルヌンノスが打って出たときはその限りではない。

身体能力に任せた右突き。

大ぶりながら不思議と反応が遅れる洗練された攻撃である。

左にかわしながら相手の外に回り込む。腕が当たり後ろに飛ぶ碓井。

ケルヌンノスが右腕に左手を押しあて、右足一本で立つことで筋肉を当てたのだ。

コンマ一秒視界が混濁することで、邪眼の影響が薄れる。

立て直すまでに2秒。

雷が飛んできた。今まで放ったモノとはケタが違う。

鋭い雷が滝の瀑布のように襲ってくる。

それに対して、思考速度の加速・呪力の上昇で消去を一気に行う。

そのまま殴りかかり破壊する。

しかし衝撃はひどく、体勢も悪い。

次のケルヌンノスの蹴りはクリーンヒットした。

飛び蹴りである。両足で叩きこむ蹴りは大技でどことなく人に見られることも意識した攻撃のようだったが、5mを吹き飛んだ。

(…ガフッ。なんて脚力だ。格闘能力はほぼ互角。洗練された技を持つ俺が有利としてもいいが、相手は撹乱にも必殺にも使える遠距離攻撃がある。どうしよう)

分析をしている最中にも、ケルヌンノスは突撃してくる。

左突きを腰を落として正拳構えにして回避。

右突きで脇腹を攻撃する。それをとっさに旋回して右蹴りをこすらせることで威力を薄れさせる。左手で払ってそのまま手刀を膝に打ち込む。体勢を崩した相手に全力のアッパーブロー。両手で受け勢いのまま下がるケルヌンノス。

わずかな浮遊時間。

(チャンスッッッ!!!)

反応したまま、全力で左飛び蹴りを放つ碓井。ガードの上に当たるが関係なく、体重を足に乗せることで相手を下に叩き落とす。地面の頑丈さが蹴りの威力を増すのだ。

「ゴハッ!?」

軽く呻くケルヌンノスの足を自分の足で押さえた碓井は馬乗りになる。

突くが払われる。それを繰り返す。

突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。突く。雷に打たれる。突く。突く。

「ウッ。…攻撃に威力が載っていない!フンっ!!!」

碓井が雷を浴びながらも歯を食いしばり、右縦突きを撃ち込む。

「ソレッ」

それに掌を載せ廻すことで威力を相手に返すケルヌンノス。

弾かれたことで距離を取らざるを得ない碓井。一息つき立ち上がるケルヌンノス。

(やはり格闘能力ではわずかに俺が有利。とはいえ、いくらでも変化する。やはり、カウンターに賭けるしかないか)

碓井は徐々に眼を睨みつけていき、呪力消去の度合いと相手の呼吸を読み取ろうとする。

ケルヌンノスも2・3発当たったことでわずかに思考が削がれている。

次の手を打ったのは碓井。

じりじりと距離を詰めていくと、後ろ脚を前足で隠しながら歩くことで一気に迫った。

巧妙な武術に反応が遅れたケルヌンノスは、円環から雷を撒き散らすことで牽制した。

邪眼で消去するも、一瞬姿が隠れたことで透視を発動した時には距離を取られ、呪力を大きく練り上げていた。

「2月の理」

円環から大きな火の玉が打ち上がると、手に召喚した子弓でそれを射る。

膨れ上がると同時に、分裂した火の玉が叩き落ちてくる。

いかに魔法少女の体とはいえ、酸欠はまずい。

強靭な肺を持っていようと、酸素がなければ活動を保障できない。

火の玉の陣形をみるに、恒星のように中心と円環が出来ており、先に円環が落下してくる。

さきに穴を造り、火の玉で酸欠にさせるようである。

(ならば、中心を消し飛ばす!)

睨み、呪力の縁を断ちきるほど強く消去する。

結果、穴が生まれ、墜落するものの無傷である。

ケルヌンノスは上におり、さらに円環が周り輝く。

「7月の理」

円環から白馬が生まれ突貫してきた。生物の形になる呪力は消去が時間がかかる。それを見越してのことだろう。

「なめんなや!」

円の外周部に足をかけ、馬の顔を蹴りわずかにあいた隙間から飛ぶ。足が燃えたが、簡単に重力で弾き返す。そのまま、肩をぶつけ距離を取りながら移動することで、馬を目くらましにして、ケルヌンノスの意表を突くことが出来た。

馬が爆発して炎が噴出したことで、自爆した形だ。

爆風に乗り、飛び上がりながらトラのように右腕を首に、左腕を顔に、足で腹をつぶす必殺の攻撃を繰り出す。

直撃しながらも、カウンターの蹴りが腹に当たり、完全には決まらなかった。

「功を焦ったと見える!まだまだ始まったばかりではないか!」

「ふん。この程度で弱音をはいてるのか?足りねえよ!」

噛みあわない会話を返しつつ、戦場を森へ移す。

上へ飛び上がりながら、ケルヌンノスの頭上を取る碓井。

そのまま落下する。

「樹上落とし!」

木に足をかけて飛び上がろうとしていたケルヌンノスは突き蹴りをガードしながら、後ろへ碓井を流す。

「地転び鋏蹴り!」

下を取ったまま、手を木に掛け両足はさむ蹴りを出す。

「ぬうう。やるではないか。しかしそのままなら落ちればいいだけだぞ!」

手を離し背中ごと当たってくる。

圧力に耐えかね、手を離す碓井。木も重さに耐えられなかったように砕ける。

脇腹を押して飛びのくことで距離を取る碓井。

ケルヌンノスも回転して降りる。

樹上に素早く飛び上がった碓井は、肘打ちを出す。

「飛翔猿臂落とし!」

「ふふふ。その攻撃は防御の仕方を知ったぞ!」

ケルヌンノスは笑いながら腕を肘の横に叩きつけることで打点をずらし右腕でブロー。

そこで、碓井は背筋で回ることで背後を取り後頭部に膝蹴り。

「ガハッ!?」

肺腑から息を吐き出し、体勢を崩す。しかしその勢いで足を飛び回すことで碓井の背中に直撃を当てる。

「おお!?」

お互いに攻撃が当たったことで、ケルヌンノスは顔から地面に直撃。碓井は金的を打った。

「…あっ」

ケルヌンノスが気の毒そうに碓井を見つめる。

碓井は転げまわっていたからだ。

「痛いわ!畜生!畜生!よくもやりやがったな!」

「ははは、私も妻のバイブ・カハに一夫多妻去勢の理とかぬかされて、金的蹴りを受けたものだ。まあ、妻はル―率いる軍団にいってしまったがね!」

「おまえがかつては女神の息子でもあったからだろ!クロウ・クルワッハがヌアダ神と一緒に殺してしまったって聞いたけど!?」

「ははは、その通りだ。なに、妻も直ぐに復活するから大して気にしなくて良い。体力も回復したな?さあ、円環の理よ!暦の力を見せつけよ!」

ケルヌンノスの背後の円環がぐるぐる回転し始める。

今回も大量に呪力を発動するので、消去し来れない。もとよりこの神は豊穣神だ。森に住む限り湧きあがる呪力が多いのだ。

「天は裂けよ、地は割れよ。光と闇が分かつ前の原初の空を顕しめよ!」

車輪から生まれる光と嵐が生む闇が円状に蠢くことで、得も言われぬ恐怖が碓井の背を走る。

しかし、恐怖を与えるのはこの碧玉の瞳である。

睨む。睨む。睨む。睨む。睨む。睨む。睨む。睨む。

強く強く強く。どこまでも見透かすように。

「4月と12月の理!」

邪眼で消去しきれない部分が、まるでブラックホールのように周囲の木々を呑みこみながら、暴威をふるう。

嵐。

呑みこまれることのないように、周囲を邪眼で消去しつつ呪力を高める。

それでも、一度発動した権能、それも神の全力は邪眼といえど弾かれるほどの呪力密度であった。

(もしあの塊を落とされたら、さすがに呑みこまれる…だが、あいつも顔が歪んでいる。もとから顔を冷静にするタイプではない。制御は面倒なんだ。ならば、いつも狙うのは格闘戦!)

碓井は呪力を内部に凝縮するように意識すると、自分の体が鉛がついたように地面に足がついた。

突貫。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

多少、足が浮こうとギルタブルルが行ったように呪力を背後に放出することで軌道を確保することもできる。

しかし、ケルヌンノスは笑って武器を取った。

(…武器?蛇の絡んだ槍?―――しまった。クロウ・クルワッハか!?…最初からこの重力嵐をあの槍で操作の肩代わりをさせていたのか!勿論、あの顔を見る限り、制御は自分も大変だろうが、わずかならあの槍で…―――――)

 

 

 

 

 

思考が加速する。

 

 

 

 

 

ケルヌンノスが槍を構え迎撃態勢に入った。

まちがいなく救世の武器。

一撃なら串刺しにできる頑丈さがあるだろう。

 

 

 

 

(―――どうする?―――どうする?―――どうする?―――どうする?―――どうする?)

 

 

 

 

――――――――――――――Leela―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

キンッ。

頭の中が切り替わったような感覚。

―――そうだ。そうだ。俺の体は天津甕星の体なんだ。

鋼と大地母神の体を持つということは、つまりこういうこともできるはずだ。

勝利を。勝利を。勝利を。唯一絶対最強無敵!

カンピオーネとしてまた一つ崖から落下した音。

全能感に口角が上がり、牙を剥く。戦うものにしか分からない愉悦。

 

カンピオーネというものは勝者という意味なので、戦うことがすべてではない。それを上回る行動で、結果的に倒せればよかろうなのだぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

とはいえ、そのスタイルを貫くものはほとんどいない。

拳を交え、相手の挙動を読み、敗色濃厚な敵に全霊で挑む。

神殺しとは概ねそのようなものである。

 

碓井は速度を落とすことなく、槍に突撃していった。

これまでの思考でわずか1秒。

槍を見据え、まっすぐに突撃していく碓井に勝利を確信したのか、ケルヌンノスも愉悦の表情で槍を突き出す。

迫る穂先。

光る銀閃。

睨みながらも何もしなかった碓井の額に槍が刺さる。

 

「――――――ふふふ、少々呆気ないがこれで私の勝利といえるようだな。香山碓井よ。さらばじゃ!!!」

(………?)

勝利を確信したことで、制御を止めたのか、重力嵐も消える。しかし、手ごたえは■からも触覚からも伝わっていながら、まだこの獲物を倒していない確信がある。

「………ッ!?」

背筋に氷を入れられたような畏れにおもわず槍を引きぬこうとするケルヌンノス。

しかし、引きぬくことが出来ずに驚愕する。

槍が頭蓋を直撃したのに、相手の体が重くならないのだ。意識がなくなれば人体は重くなる。そして、首の力で槍を引っ張っているのだ。

「………な…なんだ…何が起きているのだ…?…クッ!」

蹴りが腹にクリーンヒットし、槍から手を離し3mほど吹き飛ぶケルヌンノス。

「――――――フウッ!!!」

死んだはずの碓井が気合を込めると、槍が額の中に収納された。否、呑みこまれたのだ。

その光景を眺めたケルヌンノスは、理由を察した。

「―――そういうことか。君の体は鋼と大地神の融合体であるすべての神話の原点である母なる大地母神から簒奪したのか」

 

 

 

原初の大地母神とは、隕石が大地に落下した現象も、天と地を統べる女神の怒りだと表現した。そして、そこから生まれた武器は青銅の剣を砕く強靭な力を持ち、王権の象徴でもある。

女性が王であった時代。

軍勢を従え異民族を倒し奴隷を牛のように引きずり勝利する女神

これが鋼の神の原点である。

ここから男性社会に移行するわけだが、シュメールでは女性の地位はイナンナ・イシュタルのように一定を保ち、インドイランにおいても変わることはなかった。

ギリシャでは、森の木々を伐採し続けながらも戦い続けた歴史がある。

母の恵みをすべて使い切ったのだ。特にアフリカのリビア・エジプトを征服しきったことが、砂漠にした理由といわれる。

これが女性から男性有利になった理由とされる。

例外としては、イタリアのマーとローなという女性翼賛会があり、のちの天使にもつながる男女同権の神を生んだ。

日本においても、女性優位と男性優位を合わせた、原始宗教の面をそのままひきついだ面が多い。

畢竟、隕石=鋼が大地を搾取するが、大地がなければ隕石も生まれない。

大地が隕石を呑みこむという大母神の歴史そのものを権能にしたのだ。

――――――――――金属製品はすべて吸収できる。

――――――――――付随する雷も炎も。

 

 

 

呪力を簒奪されたケルヌンノスは、息を大きく吐いていた。

碓井も発動したばかりで制御が不安定である。加えて吸収したことによる呪力暴走もおきそうになっている。

お互い満身創痍。

「―――ふふふ。香山碓井君。私は今嬉しい。予想をはるかに超えるしぶとさだ。―――かつて私についてこれたものは誰もいなかった。全て手を振るえば倒せたのだ。だからこそサタンとして神話が残るほどの影響を残して消えていった。だが、今は違う。私は今、全身の力を振り絞っている。こころゆくまで勝利を希求できる!!!」

「こっちはさすがに疲れて来たわ!才能のある奴は勝利に対して貪欲でないから困るな!」

「ははは。私は生まれて初めて勝ちたい相手に出会ったよ!――――最後の一撃といこう」

「ああ。―――俺が勝つ」

「いいや。――私が勝つ」

立ち上がり構えを取る両者。

先手はケルヌンノス。

「最後は私の象徴たる蛇の能力でいこうではないか。―――円環の理をここに。車輪とはあらゆる生命を司る。生も死も光も闇も、黄昏よりも赤く!月夜よりも暗くあるべきすべての美よ!ああ、汝らは何故、この素晴らしき世界に生まれたもうた者たちなのか!畏れることはない!私は全てを信じている。おお、主よ、グローリアス!!!!!!!!!!」

「オン、ソチリシュカ ソワカ。ナウマクサマンダボダナン・オンマカシリエイジリベイ・ソワカ。我ら、戦士であればこそ、森に身を横たえ、藪を抜け、池を超え、鹿を負うもの。女神ディアナよ、夜を開き何より自由な我らの杯に泡立ちあふれんばかりの光を!!!」

「5月の理!!!」

「若人の憧れよ!!!」

ケルヌンノスの円環が最大回転し、光り輝き始めると共に、東の空から第二の太陽があらわれ、落下してきた。嵐はいつの間にか消え失せ、闇を開く太陽が一層の輝きを放つ。

碓井は拳に呪力の大半をつぎ込み、迎撃の姿勢を取る。

森を覆うほどの輝きの中で、碓井はついに拳を突き出す。

爆発。

呪力がお互いの体を焼き切る。

しかし、動いた。

拳を振り上げ、碓井が、ケルヌンノスが、突撃してくる。

クロスカウンターの形になりあごに拳がめり込みながら、呪力を練り上げ碓井は拳を硬化した。

 

 

 

「………最後のは私が知らないものだった。君の拳の硬さではなかった。そうか、私の槍の硬さを吸収したからか。――――――ふふふ、見事、見事だ。香山碓井」

「最後のは予定し得なかったんだが、体が勝手に動いたんだ。まあ、許せ」

「―――それでこそ神殺しだ。―――さらば、さらばだ。勇士よ。私は嬉しい。ああ、世界はなぜこれほど美しいのだろう………?」

「ああ、さらばだ。勇士。ケルヌンノスよ」

 

ケルヌンノスの体が泡となって散っていく。

呪力が弾けると共に、背中に重みを感じた。

新たなステージへ。

同時にケルヌンノスの粋な計らいを知り、笑いが止まらなくなった。

「ははははああああああああああああああああはっはあはっははっははっ!!!!!!!」

そうして、立ちあがった碓井は生贄の家族のもとへ歩き出した。

 

「来たか」

「ああ、来たぞ」

「ここまで来たということは分かっているのだろう?私たちの計画は破たんした。ささいな自爆テロをしかけて二人は死んだ。残っているのは私だけだ」

「ケルヌンノスが勝ったらお前たちの生贄をくべて、甕に呪力が蓄えられる方法だったようだな。たしかに神話上は生贄がくべられない限り、王権は授からない」

「そうだ。私たちは見誤っていた。自分の欲とは何なのか、喝破してもらった気持ちだ」

「元から生贄をくべてまで力が欲しいわけではなかった。何にも出来ずに生贄にされて死にたかった。その欲を見抜かれた」

「そうだ。私はそれでよかった――――――――さあ、君に手を出した愚か者に報いを与えてくれ」

「ああ―――AMEN」

「AMEN」

 

 

ザクッ!!!

 

胸を貫いた碓井の手。

始めて人を殺した手。

その手を眺めながら、碓井の眼が移すのは、なにか………。

 

やがて、手を振り払い、後にする。

 

老人の財産を息子夫婦に渡す作業が残っている。

 

 

 

 

 

 

この大戦が、香山碓井を6人目の神殺しとして世界に認識させる一大イベントになった。

「雷の審判」が企んでいた計画が明らかになり、結社は取り潰された。

そして、賢人議会にこの事を報告・整理したのは、「豊穣の主」と異名を呟かれるようになった神殺し、香山碓井だった。

 

 

 

 




萌えに目覚めたのは、「マージ MARGINAL~あの時の遠い約束を~」の犬耳メイド
マージ・フォイエルバッハでした。みるくさんボイス「くぅ~ん」とイラストに引かれました。
えろげーは、淫妖蟲の水依ちゃん。prpr。
燃えはduel savior destinyとbaldr sky
こうしてみると、一目ぼれで外したことがないなあ。
皆様は萌えに目覚めた作品って思いつきますか?

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