カンピオーネ!~まつろわぬ豊穣の王~   作:武内空

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第2話

2話

 

森。

鬱蒼と茂り、夜闇の中では一寸先も見渡せぬような暗い世界。

常には鳥や虫・木々のざわめきなどの生命の音しか聞こえない静寂が、絶叫と轟音の響く血みどろの呪いによって破壊されていた。

場所は、ローマ・エトルリアの針葉樹林である。

かつては、豊穣の都としても信仰された地である。

だが今は、獣が、虫が、そして人間が殺しあう戦場となっていた。

 

虫が地を這う。

蠍とは思えぬほどの体躯を持ち、月光しか響かぬ暗闇の中では影しか見えないだろう存在が、生命を食い散らかさんと殺到していた。

それぞれが個体色の違う虫が7体、虹のように光り輝くさまは、自然ではあり得ぬ暴威を表している。

一体一体が既に暴力。7体もいれば都市一つ軽く呑みこめるだろう。

しかし、それに立ち向かうものがいるとすれば、それはやはり、同じ暴力を持つものだろう。

「ぬっはああああ!!!」

掛け声を発して、周りを囲む10m近い7匹のさそり型神獣を殴り殺しているのは、香取碓井だった。

彼が、放浪の旅を続けて3カ月に起きた戦いである。

権能は体。

天津甕星の体そのものである。そのため、カンピオーネがもつ呪術体制や筋骨への変質をはるかに超えた体質になっており、身体能力、格闘技術、視力、呪力が神々と伍するまでに引き上げられていた。容姿も10人並みから銀髪を耳で短く刈り、赤みが強い褐色の肌になり、瞳は蒼玉である。後に調べたところによると、イナンナがルーツなせいか銀髪はタマリスク・褐色は椰子の実、ラピスラズリをイメージしているようだ。この容姿と160cm弱の体躯により、アジア系の南国少年のような趣になり、以前の十人十色の風貌が消失していた。

 

―――狂おしい天津甕星への情愛が胸をかき乱す。

感情の制御に時間がかかり、苦しむ日々が続いた。

そうしているうちに、自分が世界で5人しかいない種族に生まれ変わったこと。

神を倒すことでパンドラという女神から、権能を授かること

自分の権能は「体」で、制御するには多少苦難に追い込むか、神との戦闘が必要だということ。体ができることはほとんどなんでもできること。神の相似形であることから虚空の記録から、多少の神格への知識が流れ込んでくること。

このままでは天津甕星が、再びまつろわぬ神として誕生することがあること。戦うための体が、こうした様々な知識を呼び起こし、徐々に快方へ向かっていった。

碓井、神殺しから3日後のことだった。

 

神殺しとしての知識を手に入れた彼は身の振り方として、神が発生するだろう場所をうろつきながら考えをまとめるために、周囲や大学の者に極力合わないように注意しながら、パスポートの申請を行った。容姿の激変による手続きに手まどいながら完了させ、旅に出発した。

どのみち、両親が無くなっていることでの旅行を行っていたので、海外へ目を向けての旅も悪くないと考えていた。容姿の変化は世界一周をしたときに日焼けしたんだと言い訳もできるし、それほど不味い言い訳でもないと、彼は考えた。

かくして、彼は旅の途上に立つ。汽笛が鳴る音は一人旅にふさわしいなどと悦に浸りながら。

三か月。彼が旅に出た期間だ。労働滞在証などを獲得するのに2週間がかかることはざらだったので、最初にインドネシアについたあと、次の目的地としてオランダを予定しながら、滞在中は肉体労働に励んでいた。自分の肉体がどこまで強いのかを確かめるために24時間3つのアルバイトを掛け持つという馬鹿も行った。

結果は思考も鈍らないし、肉体も疲労しないという性能だった。

次の目的地のオランダでも、24時間眠ることがいらない体でさまざまな仕事と危険を求めて街をうろつく日々を過ごした。

―――夜のロッテルダム港で怪しげな魔術師集団がいれば、とりあえず殴って金や礼装を強盗し、当局に縄縛りで放り出す。

―――昼のスキポール空港にどうみてもその筋のものがいれば、締め上げた後、本拠地を壊滅させて、一夜でオランダマフィアの中堅魔術師組合を消滅させた。マフィアの家族があるだけのモノをもって街中を歩いている姿を眺めるだけで、まったく意味はないがすっきりしたし、魔術師ならなにをしてもいいだろうという、倫理観が欠如した意識が芽生えるほど、痛快な出来事だった。

強くどんな無茶にも耐えられることは、旅をするうえでとても楽な要素だった。

その上、ある特殊能力まで持ち、おおよそ放浪において問題は少なかったと言える。

人睨みするだけで、おおよその敵意を持つものは意識を失ってひれ伏すのだから。

そうした危険と神を求めた行動は、イタリア・ローマ、フィウミチーノ空港についても変わらなかった。

この都市は歩けば魔術師に遭遇するほど、魔術というものが幅を利かせていたので、スリルを求めることが今までよりも容易だったのだ。

ただ、神が現れたことで、彼が無差別破壊を止めたことは、魔術師にとって幸だったのか不幸だったのか。

 

 

魔術師にとって災厄と化した彼が今、戦っているのは30m弱のさそり型の神だった。

7色のさそりを蹴散らした後、姿を表した神敵だ。膨大な呪力を蓄えている。

顔が人間の形をしており、胴が非常に膨れていて腹に何をため込んでいるのかが気になるくらいの図体だった。尾は長くさそりの毒があることが明確なぎざぎざ型だ。

何より特徴的なのが、その眼だ。

眼が異様にでかく、光彩がデフォルメされた太陽の形になっている。その眼に睨まれるだけで、体が竦みそうになるのだ。カンピオーネの精神をもってしても、足が震えることに驚きを感じた。

 

「天に轟く孤高の星よ!この俺のために輝け!」

言霊を唱え、震えそうになる体を叱咤しながらさそりの口から次々湧いてくる、毒虫を踏みつぶしていた。

「キキキィィィ!」

奇怪な音を発しながら、潰れて消えていく虫。

紫色の体液を流しながら消えていく様は、やはりこのならざる命のモノか。

相手の口から湧きだす虫の数は、一度に40前後。

一回で、4匹をつぶす事が出来るので10回必要だ。

しかし、サソリが行っている口に含んで吐き出すだけの動作に追いつけるわけではない。結果的に無数の虫にたかられることになる。

「ふっはっはっはっは!どうした、神殺しよ!貴様の体は確かに無双の体じゃ。しかし、数で押し潰せば問題はないようだな」

「うるさい!虫どもぐらいいくらでも潰せるわ!それにお前だって、吐き出している間は動けないんだろうが。しかも吐き出すのに力を使いすぎて、強化させる呪力はそんなにないんだろ!」

「ふん、確かにその通りだがな!貴様の体でも毒は利くだろう!そうして貴様の姿が埋もれるほどの虫壁にたかられて置きながら、逃げておるだけでゃないか!」

「…ッ」

ギルタブルルの雄叫びの通り、碓井の体は蠍にたかられかけているところを、尻尾を指してきた相手を寸前で掴み払いのけることを続けることで、周囲360℃を薙ぎ払うことが出来ている。しかし、このような場当たりではまともに戦うことが出来ない。

―――何か…何か手を考えなければ……。

………いや、待てよ。蠍を使う神といえば中東の神だ。それも眼が大きいとなったら、魔除けの本にいた、あの神だろ?だったら…来歴もわかるし、隙をつけるはずだ。

虫を踏みつける作業に集中している碓井を尻目に、ギルタブルルは虫を吐き出しながらも、高らかに優位と力をふるう快感に酔いしれている。

「くくく…この地に最誕してすぐに、神殺しめが居合わせたのは業幸じゃ。やはり儂ほどの神となれば、反乱をおこす辺境の蛮族を踏みつけてこそ武勲を示せるというもの。それが神殺しとなれば満天下に響き渡るのじゃ!感謝しよう、そして精々あがくが良いわ。助けもこん。この森はわしが支配した。心行くまで力を出し切ろうぞ!」

「当然!今すぐにお前の体を引きちぎってやるわ!その時も笑えていたらその隙を突かせてもらうぜ!」

「ふっはっはっは。威勢が良い!それでこその獲物よ!しかし儂の虫にたかられたままでは、姿も見えんのう。そのまま食いつくされるのも一興よ!」

「なめんな。攻略法は既に見えてんだよ!ギルタブルル!」

 

地面に硬いものが叩きつけられたような振動。

 

碓井が虫を地面ごと踏みつぶした音である。

先ほどまで大声で猛っていた神が突如喧騒を下げたのだ。

合わせて動きを止めた蠍を10匹ずつ潰し続けている。

―――思った通り、ある程度の操作性と繋がりがある神獣だったか。あの出かい目で自分の虫を透視すると同時に、俺の動きを威圧していたんだ。

ほどなくして、虫がすべて黒い霧となって消え失せた。

その光景を見届けた神―ギルタブルルが先ほどとは打って変わった静かな声で呟いた。

「お主、儂の神名をよくぞ見抜いたのう。それも主の能力かえ?」

「………っふう………勿論違う。これは俺がお前の特徴を知っていただけだ。あとはお前の行動と性格を分析してカマをかけた。すこしでも動きが鈍れば数の優位は消える」

「…ふむ。では名のろう。儂はギルタブルル。シュメールは首都ウルクを守護する女神イナンナの随獣である。さらにかつては文明の守護者、かの地一帯を制覇する神が一柱である!」

 

―――ギルタブルル。

古アッカド期(紀元前2400年頃)の円筒印章に出る。

円筒印章は紀元前4000年に封泥のために用いられ始めたが、あまり活発ではなかった。

しかし、古アッカド期に東方との交流がさかんになり原料の鉱石が輸入されるようになった。ウンマ王ルガルザケシ(紀元前2345年)がシュメール諸国を征服して統一国家を建設したからだ。しかし後のウル第三王朝期に至っても中央集権国家にはならず、神統記成立は果たされなかった。

当時のことを示すウルカギナ王碑文では都市と神殿を壊した残虐な王として描かれる。これは、神を畏れぬ野蛮な王というイメージを当時の人に示すことを目的に作られたとされる。

しかし、この国家はあくまで、神像(神そのものと認識されていた)ではなく王像を破壊するに留まった。首都をウルクに定めたあとも、彼は各都市の文化を尊重したことで、彼の治世化(紀元前2320年ごろまでとされる。諸説あり)ではシュメール全土を一貫した統一ができずに終わった。

また、セム系アッカド人はシュメールの神話題材に東方の新たな解釈を加え、新たな文学を生みだしたことがわかっている。

『エヌマ・エリシュ』は古バビロニア期に作られた傑作である。

マシュ山の門番にして、太陽神シャマシュの随神である。主に死者を止め、生者を威圧する邪眼を持つとされる。英雄ギルガメッシュすらも脅かす眼力とされるが、生者を脅かすものではなくあくまで死者を制圧するためである。

シュメールの世界観は二元論で考えられていた。

都市が中心で辺境を蛮族と呼び、神の住む天は豊穣の楽園であり、王の収める地上は荒廃した土地だと考えられた。

ここからギルガメッシュは本来、冥界の神として認識されていたことを表している。

ともかく、ギルタブルルは都市を守る門番としての役割をもとに信仰が始まった、シュメール文明がはじまった当初から存在する古い神である。

 

「ギルタブルルは邪眼の神としても信仰されていた。都市から一歩外を出ると闇だったことで、魔除けの眼として使われていたことも分かっている。特に文化が多く交流するバビロンで紀元前3000年頃に邪眼のモチーフは広まった。バビロンの都市神はシャマシュだ。これが門番であり邪眼の神であるギルタブルルがシャマシュに従う理由だ。そうだろう、三下の神に従う三下の神」

「………ほう…よく回る舌じゃ。儂の来歴を見事に明かしたことは褒めてやろう。しかしそれは儂の強壮なるを示すものじゃ。知られたところで痛くもかゆくもないわい。そして―――戦場において役立つのは力であるぞ!!!」

10mほど離れていたギルタブルルが口を大きく開き、腹の中で熟成させていたのだろう虫を無数に放出する。

蠍だけでなく、蛇や鳥、蜘蛛、ゴキブリが群れをなして迫ってくる。

意外なほどの速度で、目の前までやってきたそれらが餌を貪らんとしている。

「ぬ!?」

驚愕がギルタブルルから漏れる。

突風が前面から吹き寄せ、わずかに視界が奪われたタのち、再び睨み直した時には眷属がすべて煙となって消え失せていたのである。

「貴様、何をした!」

「答える前に考えてみろよ!」

碓井がそう叫ぶと、右掌を大きく引き腰を落としたのだ。

ついで、前へ放たれた掌は轟音となって、あたり一面の木と共にギルタブルルを薙ぎ払った。

「ぬうう。これか、貴様風の神も殺しおったのか、この不信心めが」

「いいや、これは掌の圧力と風の神でもある体だからこその、風を触る感覚があるから出来ることだ」

体勢を崩したギルタブルルが左右両面から映えている手足を使って体を支えている間に、全力で接近をかける。

神の体は意思の通り、目的地まで数瞬もかからず到達する人外の早さを誇る。

いまだ体制を整えていないギルタブルルの裏に回り、巨大な尾をベアハッグする。

そうして、なんと持ち上げ始めたのである。

「お…お…おおお。己、離さぬか!眷属よ、来ませい!」

「させるかよ。………ぬ、おおおおぉぉぉぉおおおぁぁぁぁぁ!!!」

碓井が雄叫びを上げるとともに、ギルタブルルの体が回転し始めた。体を中心軸にして振りまわしているのだ。

そして十分な回転を得ると地面にたたきつけた。

「ぐふっ…己小僧めが癇に障る!………ッ。なにをするのじゃ、貴様!」

ギルタブルルが苦しんでいるのは、手刀を尾の付け根に向けて叩きつけたからだ。

さらにこすり上げることで、摩擦による筋肉の断裂を狙っている。

実はローリングの大技を掛けたのは、脳内の混乱による視界混濁と判断力の低下を誘ったのだ。

眷属は遠隔コントロールが中心であり、オートメーション化した行動はいまいち取りづらいことと、邪眼をできるだけ浴びることのないようにするためだ。

何せ、邪眼の影響下では常に体が重くなり、呪力を外部に放出するということが出来なくなるためだ。幸い、内部の呪力を凝縮するタイプの権能だったことと、放出しない呪力は減少しないことが救いだったが。

一方のギルタブルルにとっても、体の権能というのは相性が格段に悪い相手だったからだ。

相手はかつての主イナンナの系譜であり、神話上の上下関係がある。

さらに外部に呪力を放出する権能であれば、本来の得意戦法である、出足を押さえての封殺を行うことも可能だったのだが…。

体の鈍いギルタブルルにどのようにして近づくか。どのようにして碓井に遠距離弾幕を浴びせ続けるか。この一点に絞り、お互いはこれまで3時間以上一進一退の攻防を繰り広げたのである。

事実、ギルタブルルは仕留めかけていた。毒を受ければ体が鈍り、呪力を高めようとすれば邪眼で消去される碓井にとって、物量は何よりの敵だった。

ギルタブルル唯一の誤算は、カンピオーネになりたての頃の成長スピードを甘く見ていたことだろう。あるいはヴォバン侯爵でさえ、仕留められたかもしれない脅威の能力であったが、だからこそ懐に潜り込まれた時は脆い。

「ぬりゃああああああああ!!!」

ギョリギョリギョリと鋸で木材を削るような音が響く。

手刀を幾度も叩きつけ、鎧のように硬い表皮に罅を入れていく。加えてこすることで罅が大きく広がっていくのだ。徐々に尾と胴体が文字通り泣き別れをおこそうとしていることに、神であっても恐慌をきたす。

「グああああああああああ!!!」

「…ッ。ええい腕をからみつかせてくんな、気持ち悪い!ぬるぬるしてんだよ、爺!」

必死に手を尾をつかんでいる碓井の左手に掛けてくるので、そのたび脱力から全力で拳を握ることによって生じる筋肉の爆発で弾いている。右手で叩きながら、重量のある尾をつかみながらの脱力は神経を使う。ついに左手を鳥落とした碓井は振りまわさえた尾の先端を腕にかすらせることになってしまう。

急速に回っていく毒。ギルタブルルが視界混濁中なので、なんとか呪力を高めることで凌いでいるが、中和するには相当の呪力を練らねばならないので、集中が出来ない今、不可能であった。

そこで左腕を右手刀で叩き落とすことで凌ぐという荒業にでた。

―――痛ってえ!畜生、痛いわ!映えてくるとは言っても戦闘中は無理だゾ!っぬらあああああああああああ!!!

内心で痛みに泣き叫びながら、全力の手刀を叩きつけることで、ギルタブルルの尾が分断された。

「ッガアアアアアアアアアア!!!消えろ塵屑が!」

振りまわした人間の腕で偶然掴んだ尾を、突き刺そうとしてくる。

それを寸でのところで避けることで、大きく距離を取ることが可能になった。

―――失血は体が勝手に止めてくれるとして、バランスが崩れるから飛び込んで殴ることができない………どうする?相手は尾一本失っただけだ。どうする?

次の手を考える碓井とは対照的に、怒りに燃えた眼を向けるギルタブルル。どうやら、痛みで眷属生成と操作ができないのだろう。召喚してくる気配がない。

しかし、ギルタブルルの背後が徐々に渦巻き状にゆがみ始めた。

―――何だ?カウンターを狙わないと一撃で仕留めるのは厳しい。遠距離攻撃はきついぞ

ギルタブルルの背後が光り輝き始めると同時に、周囲も明るく染まり始め、倒れた木々が塩のように変化しつつある。

「これが儂の本領じゃ。都市を守る神であり、かつてはラガシュの地の太陽を司るものであり、塩の取れる湖をも守護したものじゃ。おぬしでは近づくことも出来んじゃろう」

「…確かに体も塩になりそうになるわ、太陽光で肌が焼けて地面も滑る。とはいえ、これで決着をつけることなんてできないぞ。一歩ずつ接近することならできるようだしな」

―――そう。近づけば戦えるのだから。

だが、

「カカカ、甘いわ!これで引導を渡してくれる!―――天地より生まれ切り開け、わが化身にして主である天の光よ、国を守り闇を滅ぼし、蛮族めを滅ぼせ!」

ギルタブルルが勝利を宣言するとともに、太陽が落下し始めた。

(ッッッ!やばい、これを止めることはできるか!?死ぬのか、こんなところで!?認めん認めんぞ、俺はあの女を捕まえるまでは死ぬわけにはいかん!)

―――ドクンッ。

心臓が一つなると同時に、理解が全身に広がった。

恍惚感が思考を麻薬のように沸き立たせ、勝利へのイメージが明確に生まれる。

それこそが、カンピオーネの崖から落下して取り返しのつかないことだと気付かぬまま。

その変化は相手にも伝わる。激痛と呪力の現象をこらえて全力で太陽をぶつけようとしているのだ。これを外す事は敗北につながるのだから。

津波のような呪力の本流を感じ取りながらも、邪眼に力を込めて消去することが叶わぬほどの突発的な量。

―――ええい、このままぶつけてやるわ!

制御から解き放たれた太陽が碓井にぶつかる寸前に、雄叫びを聞いた。

「オン、ソチリシュカ ソワカ!天に輝く孤独の星よ、我に御敵征伐の力を与えたまえ!」

言霊を唱えると共に、右手を太陽に向かって全力で突き出したのだ。まるで殴ろうとするように。いや、事実殴り飛ばした。

弾ける。

呪力と熱の波が碓井とギルタブルルを襲う。両者ともに地面にうずくまりそうになりながらも、風に乗って距離を詰めた。そう、お互いにこれを凌いだ後にこそ本命の一撃を叩きこもうと考えていたのだ。

ギルタブルルの攻撃は呪力を後方に噴射することで生まれた、突貫だった。邪眼で睨まれた碓井は体痺れて動きが鈍くなるからだ。いかな神の体でも隕石とみまごうほどの質量エネルギーは耐えられない。

だが、碓井は驚きの行動をする。

全身の力を抜くとともに、右手一本で軽く左側に流したのだ。

ギルタブルルが地面に叩きつけられる。轟音と共に体が痙攣している。立ち上がることも難しいのだろう。

 

なぜ祓うだけで避けることが出来るのか。

これはジェット機の性能が高いほど、軽い風に流される現象を表している。

空気抵抗は音速に近づくごとに増し、気流の影響により振動が激しくなる。そのためジェット機の翼には刻みが入れてあり、若干前に傾いているのだ。それによって浮力を一定に収めている。

 

この原理を利用した碓井は発生する上昇気流にのって、高く跳び上がる。

急降下して踏みつけてくる碓井を止める時間は、ギルタブルルにはなかった。

 




あとがき
『魔法少女育成計画』のリップルさんがヒロイン力を爆上げしていることに何とも言えない笑いがこみあげてきています。
ぴティ・フレデリカ、マジ魔法熟女。少女的なピュアさゼロだし。でも一番感性にあうのが、なんだかな。

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