カンピオーネ!~まつろわぬ豊穣の王~   作:武内空

1 / 11
第1話

勝ちたい。

あの天津甕星を見たときからそう感じていた事だ。

あの、赤毛の美貌が俺の全ての可能性を、そう決めた。

俺の体が強くなったのは、あの女の、その本体の隕石によるものだと、そう分かったから。

 

あの、武甕槌に体を操られてアストラル界だとかいう、別世界への道案内と共に放り込まれた時から。

その神に甕星を倒すための武器として使われた時から。

受験に合格して親が喜んでいたときから。

高校生になって、体調が回復した時から。

中学生になっても運動が出来ない、役に立たない奴だと言われた時から。

小学生になって友達と遊ぶことが出来ない時から。

生まれたときから、生まれる前から。

自分が弱く、もろく、勝利することが出来ない生物だと決められた時から。

 

勝ちたい。

勝利を願わない生物なんていない。

常に勝利し続けることは必要がないにしても、節目節目の戦いで【勝利】を願わない人間なんて、どこにいるんだろう。

最後で笑っていることが出来ないぐらいの敗北を、決定的な瞬間に味わいたいものはいない。

誰よりもみじめな境遇にあっても、勝利を目指さない生物なんていない。

 

平和主義を唱えた人間もいる。

子どもを守ることが人間の最も大事なことである、といっている女もいる。

自分の家族を守ることが本懐だと唱える男。

負けてもいいから、あの存在を消滅させてやりたいという、策略家もいる。

 

皆、武器を使って殴ることで戦ったわけではないが、勝利を願ったのは皆同じ。

何を持って勝利とするかは知ることが出来ないが、勝利をすることが生物としての本能だと、だから言えるのではないだろうか。

どんなに優しい男も、慈愛深い女も、非暴力不服従を貫いたものも、必死に戦地で生きる子供も、管理された箱で人の不幸を望んでいるものも……、世界の頂点にいるものも。

 

―――そして、神様でさえ。

ただ、勝利を。

 

奪い続けて、権利を得て、食糧を求めて、水を欲して、誰よりも勝利を願うものだと、絶対に何があっても、負けてはいけないところで、負けを求める生物はいないんだ。

 

破滅主義のものだって、破滅する前に負けて死んでしまったら何もしていないのと同じなんだから、結局その存在に意味はない。目的を達することなく死ぬ破滅など議論にも値しない。そんなのは捨てておけ。

 

どんな生物であろうと、まず生きている時点で勝利を願っているんだ。

これはだれも否定できない。

強くなっても負けるときは負ける。

必要なところで負けるなら強さも弱さもすべて等価値だ。

 

俺は勝ちたい。

神様に連れ去られて、いまここにいることがゆるせない。

自分の体が、神様によって助けられたことを、忘れてしまっていたことを。

俺を救った女と、戦っている男がいることに、俺は嫉妬している。

生物としての根源。男としての渇望の濃さ、深さ。女を求める欲深さ。

世界が消えても失わない自分の本性。狂おしいまでの心をもって、俺は目覚めた。

その自我こそが、神殺しにふさわしい何より大事なものだと。

素質があるからお前をここに連れて来たんだと。

分かっていても止められないだろうと。

結局、神様の言う通りに、俺の言う通りに動いているのだと。

武甕槌の、今は消え失せて地に突き立った剣を残して去った御敵の、遺言と支配の言霊の通りに、俺は動いていた。

―――気付かないまま。

 

 

朝。

昨夜の雨でぬれた朝顔が風に揺られ、雫を垂らしている。

古い建物なだけあって、門構えの由緒正しい建築物に咲く朝顔に太陽光が差し込む様子には、威厳というものを感じさせる。

その景色を見て

 

ポートレートに飾られているような景色だ。

否定できるものは少ないだろう。

 

そんなことを考えて感動を素直に表す事の出来ないことを自覚して

ひねくれているなあ。

と。

自嘲している男がいた。

 

その自意識過剰な者は、しかしまだ少年だった。

年は18ほどか。アジア系の顔立ちに、固太りの体。顔立ちは眼鏡をかけていなければ見れるようになるんじゃないか、といわれている。衣服はプリントT-シャツに、こげ茶色のジャケット。ジーンズ。全体的に大人になりたい少年といういでたちである。

 

彼が佇む場所は、神社だった。

少年とは言え18歳になる者が、日常的に足を踏み入れる場所とは言い難い。

ではなぜ、不審者か氏子のように朝から佇んでいるのか。

答えは単純だ。

 

旅行に来ているのだ。

 

彼は、生まれた時から慢性的に体が弱かった。

出生字の体重が軽く、肺炎になりかけることも多かった。

3歳ごろになると、若干状態はよくなったが、1週間に一回病院に通い続けることになった。

しかし、入院する必要のない程度の体調の悪化のために

15歳まで毎日学校に通い続ける必要があった。

しかし6時間の授業の後は、必ず睡眠をとるような体力のなさだった。

そして、高校に入った彼は世間並みの体力にまで戻った。単純に鍛えたのではなく、生物のしての免疫力が強くなったのだ。それが彼の活動を活発にした。だがもとは貧弱なもの。加えて、人と話す事が極端に少なかった彼はコミュニケーション能力が衰えていた。事務会話ができても如才なく話すわけにはいかず、結局、いままでと同じ孤独のままだった。明るくなったつもりでも本性が暗い彼は、勉強に一層撃ち込むようになり東京の国立大学に入学となった。

いままで面倒をかけ続けたと思っていた彼は、親が喜ぶのを見てとても喜んだ。

ようやく親が誇れる息子になったと。

成長したのだと。

僕は勝てる男なんだと。

 

―――そんな親が死んだ。

 

交通事故だった。

大型トラックにひかれて、肉体が残らないほどだった。

保険金と肉体を吹き飛ばすほどの事故による保証金。

その膨大な金額が入学式に出ていて気づいていなかった香山碓井に届いた。

家も引き継ぎ、金銭に飢えることなく平和に生きることが出来るようになった。

 

だが、18歳でいまだ自立には届かない年齢。親せきも死去しており、引き継ぎもいないので葬式もできない状況で、1か月以上も国の特殊な手続きをこなす必要があった。

 

その後の葬式での喪主。周りからの心ばかりの言葉。書類の整理。市役所との対応。そして、入学直後の休学。それに伴う大学への連絡。同級生への噂の分別。そうした様々なモノを片づけた時には4月の入学式からすでに6カ月がたっていた。

 

そうして解決したとき、碓井の胸に去来したのは―――何もなかった。

 

そう、なにもなかったのだ。

 

入学式から帰って来た18時ごろに、携帯電話を忘れていた碓井に連絡が行ってから、病院へ行って加害者が自己の衝撃で入院している部屋へ赴いて、事故によるお金に困っている運転手の家族の心にもない謝罪を聞いているときも、大学へ連絡して事情を説明しているときに向けられる、事務員の同情といたわりの声に対応していた時も、市役所で無表情な男の顔を見ながら、お役所仕事手続きの不備を指摘し続けている時も、葬式で大量の金を相続した男へ向けられる、嫉妬と憐憫、聴聞の声をさばき続ける時も、夜、誰もいない家で、居間で、トイレで、風呂で、家族と一緒に寝ていた寝室にいる時も。

 

何も感情が生まれなかった。

生まれた感情を呑みこみ全て理性と計算を優先させ続ける自分に。もっと大人になった時にできるようになるだろう行動に。

 

そんな自分が許せなかった。家族に悲しみを覚える前に計算を優先した男に。そして、片付いたことで一息ついた、もう終わってしまったかのように思った、思わせた世界が。

 

だから、ここ―――愛知県の星宮社、神社にきた。

この星宮社は親と一緒に来たことがあり、祭っている神様とその象徴たる御影石は【隕石】だという。この石を祭る理由は、652年に隕石が落下してきた。それが星の神である【天津甕星】に重ね合わせ、神社が創建されたという。

事実、21世紀には時間がたつにつれ消滅していく特殊な炭素を判別する、考古学などで使用される鑑定で証明された。

そして、その隕石は体を強靭にする特殊な電力を発しているという。

病院で治せるほどの重い症状ではなく、治療にお金をかけ続けることで良くなるわけではない事もあり、神頼みではないにしても夏休みの時間をつぶすためにも思い出を残すためにも旅行に来たのだ。

 

その時、その夏休みから体の免疫力が上がった事を考えると、あながち否定できるものじゃないなと、印象に残っていた。そこから勉強の成績も上がった事を考えると嬉しかったし。

 

あるいはそうした感情を含めて神頼みでもしたいと思ったんのか。

 

書類整理の終わった日から2日後、昼ごろ起き上った時不意に思いついた後、カードとすこしの現金を持って新幹線に乗っていた。

 

(全くもってなにをやっているのか。)

一人新幹線のぞみのファーストクラスに座っている俺は自嘲した。

衝動的に行動する何て、ほとんど生まれて初めてだ。

後にこなさなければならないことを考えると、ため息しか出ない。

しかし、新幹線の窓から眺める景色、流れる雲と田んぼと山、ビルだらけの都市を見続ける。そこまで新幹線に乗った事がないので、見あきることはない。

ぼんやりとしながら目的地まで向かうこと、特に仕事でも用事でもなく遠くにいくことはとても心が躍る。

ある意味、親への弔いの意味も込めているくせに不謹慎な奴だと思う。

それでも、重荷が無くなったままで体が軽い、体調も問題ない。気持ちがとても充実しているのが、とても嬉しいのだ。

 

たしか、ラテン語の格言だったと思うが、計算して生きるなら時には愚かになるべきだ、というものがあった。

確かに馬鹿のような行動、あるいは余裕を持たないと仕事もうまく回らない。酒場で管を巻くのはうっとうしいと感じるがどこかの旅館かホテルで無駄に金を賭けて豪遊するのも、もういないが親孝行というものだろう。

もうひとつ理由もあるし。

実はこれから回る予定の場所は、愛知県、茨城県、千葉県だ。それぞれ星宮社、鹿島神宮、香取神宮という有名な神社がある。特にカシマは日本最強の軍神:武甕槌として信仰が大きい。

そして、香取神宮の近くには先祖代々の墓がおさめられている。俺はその墓の様子を見に行くという理由をつけて衝動的な旅行の言い訳にしようと思っている。

親兄弟親せきのいない俺ではあるが、なんだかんだつけて金をたかろうとする奴らも多いことだし、こうして言い訳をするのも大事だろう。

 

そうしているうちに寝入ってしまったのか、気付いた時にはJR大阪駅を超えていた。ちょうど駅弁を売りに来た駅員に、弁当と麦茶を頼んで飢えを満たすことにした。

「では、いただきます」

そうつぶやきつつ、コメを口に入れようとしたときに横に影をみたので顔を上げた………俺は、動きを止めた。

 

美しい。

 

まず感じたのはそれだった。

俺は、基本的に理性と計算が感情を超えて動作する人間だ。

常に体が重い状態のまま、15年を生き続けていたことが原因だと思っている。

そんな俺が、馬鹿みたいに口を開けた状態で、不躾にも女子を見上げているのだから。

 

(やっぱり、俺は馬鹿なんだろうか。)

思考が空回りしたまま、見とれている。

 

ルビーのように輝く赤い髪と、少し黒みがかった肌。目は人を引き付けてやまない石の強さを秘めている。唇を引き締めているが少し下に緩んでいることで、若干の柔らかさを表している。姿も背筋が直立しており、背筋と腹筋のバランスの良さを物語っている。

足くびも細く、腿は引き締まっており、脚線美というものを見せつけている。(じつは俺は脚が好みだ)

服装は、黒のスーツ姿だが、どことなく着崩しているのがセクシーさを上昇させている。

全体的に美人としかいえないだろう。

しかし、周囲を見渡すと周りはあまり意識していないのが気になるが……

なんてことを考えていると、その美人が訪ねてきたので、俺は大いに慌てることになる。

「ごめんなさい。私、あなたの横の席なの。座っていいかしら」

「は、はい、どうぞ」

(この天パリ具合はもう…制御できないな)

などと、

冷静に考えているようで全く役に立たないのも、俺の特徴ではないだろうか。

赤毛の彼女が前を通る。

二つ離れた席に座る彼女は、なにか体を鍛えているのか、一本芯が入っているかのようだ。

そんな風にぼうっとしていると、彼女が軽く微笑みかけて来たのが、もういけなかった。

心臓を矢で打ち抜かれたように、顔が赤くなるのが自分でもわかるのが恥ずかしくも嬉しいのだから、もう始末に負えない。

 

そんな風に、弁当を食べている自分が少々恥ずかしくなったが、同時に食べておかないと体にダメージが残ることも考え、手早く食べることにして、がっつく姿を見られるのがアマ恥ずかしいと、だめだなこれはと自分でも思う。はたから見ても駄目だろう。

 

通常の三倍で食べ終わった俺は、出来るだけあの美貌を視野に入れるのを避けるために、もう一度、寝ることにした。

あと、一時間弱で突くだろうが、それまでに顔を冷やしておこう。

そうして眼をつぶった。

 

 

新幹線を降りた俺は、女子と顔を合わせることもなくいつの間にかいなくなっていたので、胸をなでおろしながら、JR名古屋駅に降りて、タクシーに乗った。

結構なカネがかかったが、懐が温かいままに星宮社へ突く。

時間はすでに夕暮れだった。

夕焼けの空がやけに遠くまぶしく感じられて、移動中に小雨がふったためにぬれた花々を朱に染めていく。湿気のある空気と初秋の涼しさ、真っ赤な景色とかぐわしい花の香りを感じて、俺は心が晴れ渡っていくように感じていた。

そうして澄み渡った俺の心に咲いたのは―――赤毛美人の笑顔だった。

 

………いや、おれは何を考えているんだと。

 

お前はエロが気真っ盛りの高校生じゃないだろ。大学生だろうと。

だったら、そんな美人の笑顔を思い出して頬を染めんなもじもじするな服を唐突に整えるなしわを伸ばすな深呼吸して顔を鏡で確認するなお前の顔は確認してもどうしようもないだろうがと、そんなことを考えていた。

 

いや、実際に自分の体がやけに調子がいいのも事実だ。それなりに遠くに時間をかけて来たんだから、もっと疲れがあってもいいはずなのに、何故か俺はいますぐ走り回りたい衝動に駆られるくらいだ。これは美人を見たことで浮かれているわけがない、そんなわけがない。

などと、

星宮社の周りにある森をぐるぐる回っている俺だ。やはり昔からある神域なだけあって相当な広さがある。本殿までは一直線だが、このような心のまま神様の下にむかうのも失礼な話だと、だれに向かってか言い訳をしている。

しばらく道なりにふらふらしよう。

俺は、神へつづく道を歩いて行った。

 

 

そうして、俺はこの状況に巻きこまれた。

出会ったんだ。

神と神が争う、この素晴らしい(醜い)世界に

 

意識が浮上する。

眼が開き、腕を地面につけて体を起したときに、唐突に全てを思い出した。

ほかならぬ目の前の光景が、全てを物語っている。

 

剣劇の調べ。

石と石。鉄と鉄。鋼と鋼を打ち続ける音色。

武骨で醜い、原始的なぶつかり合いでありながら、その動きと魅了される技のさえが一流の雅楽へと引き上げている。

ありえないほどの速度で繰り出される刃が女の守りを突破する。

守りを突破されたと同時に、左に払われた刃を男の右肩に突きだすことで相討ちを狙う。

相内を回避するために刃をふるう右腕を脱力させる。そのため、女も回避が可能となった。

お互いに位置を入れ替えるように、足と重心を動かして交差する。

攻守が逆転して女が責める。

交差したときに入っていた力そのまま突進しながら、刃を男の足元に刺す。

足を引けば突進を受け止めきれず、次の瞬間致命傷となるだろう。

体ごと横に移動すれば横薙ぎの刃に体重を乗せることが出来ずに、右腕を切られる。

武器を持つものが腕にけがを負うことは、拮抗した実力では命取りになる。

しかも相内覚悟で、剣を指しあうにしても、相手は【蛇】であり【鋼】である。

【鋼】一辺倒の男では、その生命力の高さの前になすすべがないだろう。

 

―――だから。

 

突きだされた刃を避けることなく、自分の体に通した。

 

正に自滅行為。

彼の持つ剣に、戦場における不死があり、破魔の力があり、軍勢を復活させる異能があり、日本最高の剣でありレガリアとしての信仰があり、【鹿島】の名を持つ人間は負けないのだと、日本神話で考えられていたとしても―――。

 

相手も同じ同族。

同じ【鹿島】であり【物部】の名を持つ以上、相手の剣は自分を貫き致命傷を負わせるだろう。

あの女もまた―――男を倒したという神話を持つのだから。

 

だが、武甕槌もまた日本最強の軍神。

あまたの神をまつろわせてきた鋼の神である。

切り札はまだある。

 

刺さった剣を支点に体を振りまわした男は、膂力の差から女の手から剣を離すことが出来なかったが、女もまた武器を離すか離さないかを一瞬迷う。

そこに手首に剣を振られたことで、離す事になった。

女が後方に引くタイミングに合わせ、男も飛びのくことで1km以上の距離を取った。

 

仕切り直し。

 

男は胸に突き立つ剣を抜く。

「……………グッ」

そううめきながら、徐ろに剣を叩き折った男は、神剣を構え息を大きく吸う。

その構えは剣を横向きにして、切っ先を相手に向けるモノだ。

地面と平行にすることで、相手に強烈な一撃を送る事が出来る。それもこの構えは突進と同時に行うことを前提としたものだ。

つまり、不退転の覚悟を決めたことを示している。

「……………来るわね」

その構えを察すると同時に、女も腰を落とし迎撃の構えとする。

 

空気が張り詰める。

 

だが、不意に男は口を大きく開き、言霊をうたう。

「天津甕星。わが同胞よ」

「…なによ、裏切り者」

「お前は、隕石の神だ」

そのさりげない一言が、女の琴線に触れた。

「あんた!」

その激昂を顧みることなく、男は紡ぐ。

「そして、大地母神でもある」

「この私との逆円を無視するというの!?」

「お前を確実に葬るためだ」

(たとえ、神殺しを生み出そうとも)

そう内心で考えながら言霊はやまない。

それは、天津甕星という日本神話における正体不明の神を暴く知識の輝きだった。

 

天津甕星。

日本書紀の葦原中原平定にのみ登場する神格だ。古事記には登場しない。

本文は短い記述が二段のみ存在する。

「代九段(本文 文注) 一に云はく、二の神、遂に邪神および草木石の類いを誅ひて、皆すでに平けぬ。その不服はぬ者は、唯、星の神香香背男のみ。故、また倭文神建葉槌命を遣わせば服ひぬ。」

(武甕槌、布津主の二人の神が、地上に存在する悪神をことどとく殺したが、香香背男=天津甕星だけは従わせることもできなかった。そのため、倭文神建葉槌命という神を派遣して、征服した。)

以上が簡単な解釈になるが、倭文神建葉槌命とはだれなのかという疑問が生じる。

倭文神建葉槌命は編みモノの神だが、日本書紀にはこの段、この場面にしか登場しない無名の神である。

 

「紀神代第九段(一書第二) 一書に曰く、天神、経津主神・武瓶槌神を遣して、葦原中国を平定めしむ。時に二の神曰さく、「天に悪しき神有り。名を天津甕星と曰ふ。またの名は天香香背男。請ふ、先づ此の神を誅ひて、然して後に下りて葦原中国を発はむ」とまうす。」

(経津主神・武瓶槌神の二人の神は、葦原中原を征服したが、後に、「まず、天津甕星を殺したあとに出雲の国を制圧しようとおもう」)

この後、甕星を倒した神が香取の地に祭られることになるとされる。しかし文章に忠実に読むとそうとは言えず、斎主の神が斎の大人になり香取神宮にまつられるとするだけだ。

当時は軍の戦闘に祭りを行う人間がいたことから、後に香取神と習合したと考えられる。

 

ならば、簡単にこの神がフツヌシであるとは言えない。

 

日本書紀での役割は、先の段と同じく祭りをすることで鎮める意味でしかないというべきかも知れない。

 

香取明神=経津主神である。経津主神は布津御霊剣という剣を神格化した神だと言われている。それをふるった武甕槌ではなく、その振るった剣である。

 

これは、経津主神が元は剣と剣を作った鍛冶師であり、勝利した兵士を示している。

戦場を経験した鍛冶師が作った武器こそが、もっとも優秀な武器である。

後に、その武器を持って武勲を飾った人間が、鹿島として、香取よりも上の存在だと認識されたのだが。

ともかく、日本神話最強の軍神が負けた神に、無名の神が征服出来たという、日本神話における矛盾。

同じ段に、経津主神が勝利したとする文章。

この二つの記述による矛盾が、天津甕星という神を謎の神だとしている。

そして、茨城県日立市に存在する大甕神社には、宿魂石として天津甕星が化身した姿だという。この神社では倭文神建葉槌命を信仰対象としている。

さらに、宿魂石に武甕槌が封印したのだとする口伝が、この神社に残っている。

この伝承も含めて考えると、倭文神建葉槌命、武甕槌、経津主神の三柱が天津甕星という神を封印していることになる。

これが何を意味するのか。

その前に倭文神建葉槌命について、詳しく確認していく。

まず、この神は天照という日本神話の主神にして太陽神の使いだということだ。

それは軍神も同じ太陽神の使いとしているが、ここで編みモノの神ということが、一層の疑問点を生じさせている。

軍神が勝てない存在に主神が出陣しないのはなぜか。

「古語拾遺」という文書では、天葉槌雄という神が倭文神建葉槌命と同じ神であるとしている。

【天】の名前を持つ神は何らかの形で、【太陽】と関わっている。

この神は天の岩戸事件の際に、織物を織った神だとしている。倭文神とは、天津甕星、倭文神建葉槌命、武甕槌、経津主神と同じ出身である、【物部族】であるとする。

物部はかつて奈良県の石神神社の祭主であり、後に藤原氏に勢力を譲ることになるが、それでも祭主であることは譲らなかった。

このことが天津甕星を残す事になった理由の一つだ。

 

日本神話に共通するルールに一つは、タタリだ。

虐殺すれば、必ずその犠牲に見合う贈り物を行い、文献の編纂にも、戦争の描写をあいまいにした表現をすること。

大国主の国譲り。

これは血で血を洗う戦争があった事を隠すためにでっちあげられた伝承である。

出雲大社が倭の大社よりも大きいことが証拠となる。

逆にいえば、征服されたという伝承が残っている場合、単純な征服ではないということになる。

甕星の場合、経津主神が制圧したという文章が残っているので、物部勢力が衰退したことで、自然と倭勢力と融和したのだということを示している。

そして、経津主神は後に藤原氏の祭神として8世紀には扱われるようにもなった。

これが政治的な意味での矛盾した伝承が残る理由である。

では次に、神話としての意味だ。

愛知県名古屋市にある、星宮社という神社がある。

この神社は祭神として天津甕星を祭っており、創建は舒明天皇のころ、637年から641年の間の事になる。

この神社には伝承として、隕石落下を鎮めるために創建されたと残っている。

事実、7世紀に降ってきたとされる隕石だと、星宮社の神器である御影石は鑑定されている。

さらに、8世紀、17世紀にも隕石がこの地に降って来たとされている。

そして日本書紀は710年に編纂されたもので、7~8世紀は白村江の戦いを通じ大陸との文明レベルを痛感した時代である。

日本書紀の編纂に着手したのは天武天皇であり、父親は舒明天皇である。

あらゆる意味で、時期が良い時代に天皇となった天武が、近代国家を目指す際に父親がのこし創建した星宮社、天津甕星という神、隕石という現象を大陸の学問知識で解明して、神話レベルで改ざんしないといえるだろうか。

しかし、金星の神であり、北極星の神でもある存在は大陸の最新学問(仏教 道教)においても封印が難しいものであった。

 

そのために星神を封印するモデルとしたのはギリシア神話のテュポーンだ。

 

この神は、エジプトに訪れたデルフォイの神官であり、テュポーンについての記事を多く記載した「神話」を書いた人間であるプルタルコスが、クレーター痕を「テュポーンの穴」と表現している。

テュポーンは、嵐と火山のマグマでゼウスを一時は封印するものも、最後にはエトナ火山に逆に封印されて終わることになる。

隕石は落ちてくる際に、雲をたなびかせ落ちてくる。その姿が雷を纏っていると考えられた。

地面と衝突したときに巻き上がった土が、それを覆い嵐となることもある。

その爆発音と雷、嵐が火山の噴火と関連されて考えられるようになる。

そして、鋼の軍神の武器は、隕石からつくられる。

シナイ半島のべドゥイン人は隕石で作られた剣を持つものは戦場で不死身だと考えていたとされる。

畢竟、隕石は神格化される。だれもその影響を無視できないのだ。

派生する製鉄技術も封印・管理されることが、時の支配者には求められる。

ゼウス(雷)とテュポーン(隕石)=武甕槌(雷)と天津甕星(隕石)。

この関係は封印されるときも同じやり方で封印されることになる。

 

それは、三柱の運命の神に縛られたまつろわぬ神であるということだ。

 

テュポーンの場合は、運命の三女神によって無情の果実をだまされて手に入れたことで力を弱体化させ、ゼウスに封印される。

運命の三女神は【運命の糸】を紡ぐ神だともいわれる。

天津甕星の場合は倭文神が女神の役にあてはまる。

万葉集巻四 六七二には

「倭文手纏 数にもあらぬ 命もち なにかしかここだ わが恋ひわたる」

とある。

この場合は、とるにたらないという意味も含まれるが、倭文手纏には生命、身の上=運命という意味も込められているという。

伊勢物語には倭文芋環という形が、手纏と同じ用いられ方があるとされる。

「いにしへの しづのをだまき 繰りかへし 昔を今に なすよしも哉」

第三二段記載。

この場合は、倭文芋環に【運命の糸】という意味が明確にあるという。

古事記には崇神天皇の段に、芋環型という神話累計に属する記述がある。

これは女が自分を夜這いした男が蛇であるということを暴くために、麻糸を巻きつけて正体を確認するという内容だ。

「日本の神話伝説」吉田敦彦+古川のり子 青土社によると、

蛇や神を麻糸で縛ることで、正体を暴き封印する意味があるという。

麻糸や、倭文織物には繰り返し紡ぎだされる運命・生命の糸、あるいは規則正しく織り成される運命・宇宙の秩序の織物や網の目としての意味があるのだと。

 

秩序が、怪物を捕縛する。

そして、日本において織物の神であり、最高神である運命の女神は天照だ。

だが、天照は記紀神話において、【不滅の太陽】としなければならない。

星、月、嵐、大地、海という【死】に関係する現象から極力関わることを避ける必要がある。

だからこそ苦肉の策として、倭文神という存在を生みだして経由させることで、織物の神としての天照の神徳を使う必要があった。

倭文神建葉槌命の段により、カガセオの蛇=大地母神としての力を封じた。

そして

経津主神が封じたとする段で、間接的に鋼の軍神でもある天照が封じたことになる。

そして、大甕神社の武甕槌がカガセオを石にしたという、日本書紀編纂後に作成された伝承を持つことで、封印は完成した。

 

三本の運命の糸=女神に縛られた隕石の神。

この事を通じ、天武天皇が星というものを無くそうとしたと考えられる。

しかし、日本における星信仰がそれを阻んだ。

 

万葉集には

1、巻五・九〇四 2、巻二・一九六 3、巻十・二〇一〇

の段に、【金星】の意味を持つ言葉が使われている。

これは七五二年以前に金星と日本人が親しい関係にあった事を示している。

2、3では金星が西から東へ動く、惑星の働きを古代日本人が正しく知識を持っていたことを示している、といわれる。

「続日本紀」には天文記事が多く記載されており、日、月に次いで、金星が記事になっている。また、天津甕星には別名として天津赤星という名があるとされる。

太陽のように赤い星。太陽のように赤い男。

これは金星を象徴としていると思われる。

赤星は明星、そして三日月も刺すという。

「神楽歌」という、大嘗祭・新嘗祭りに使用される祝詞には

「明星(あかほし)は 明星(みょうじょう)は」という言葉がある。

明星という単語は神仏習合の意味が強いともいわれる。

同じ単語を二度繰り返すことで、そのオーバーラップを表している。

あるいは、づつを星とするならば、住吉三振という海の神が【つつ】という名前をもって天照、月読に先んじて、星の神が生まれたという説もある。

星は夕ヅつ、朝ヅつといい、明け、宵の明星=金星を指す。

「夕づつも かよふ天道を いつまでか 仰ぎと待たむ 月人壮」

万葉集記載の歌だが、夕づつはアジア天文学を元にしなければ読まれない。

そして、カガセオにもっとも縁の深い舒明天皇が、

日本書紀の中で舒明天皇12年(640年)2/7星月に入る(星食い)とある。

そして、星月という言葉は万葉集に記載されている。(752年)

 

このことから、日本においては星信仰が発達していたと考えられる。

だからこそ、後述の神仏習合、空海による中国道教の普及によるインド天文学の異常な定着時間の早さ。妙見菩薩という北極星を神格化した神が大きな信仰をもったのである。

 

 

嫋々たる言霊が戦場に響き渡る。

それは、上座にいる尊き者へ奏上する神官のようであり、愛するつれない女への恋歌のようでもあった。

「お前は、星信仰が発達していた常陸国、上総国、下総国において信仰されていた星の神だ。だが、その信仰は妙見菩薩という大陸の信仰に乗っ取られた。それは、天津甕星という神への恐怖であると同時に、儒教、密教神との習合によって土着の星信仰を上書きする意味があった。」

「ッ………あなたに言われるまでもないわよ!私の信仰はあのいまいましい根暗な男によって随分と歪められた。それを率先した裏切り者が語るな!けがらわしい!私の体は私だけのものなのよ。あなたでは私には勝てないくせに!」

 

弱さを見せながらも、自信を失わない強さを持つ女。

その強さを見せつけられながらも、無表情無感動に言霊をふるい、女を閉じ込める結界を張り続ける男。

ある意味での膠着状態となりながらも、相手を求め続ける姿に嫉妬するモノ。

そんな中、男は決定的な言葉を放つ。

 

 

 

「お前の祖たる神格はイナンナだ」

「………ッ!!!黙れ黙れ黙れ!我は星。天を統べる孤高の星である!外道覆滅せよ!」

女が聖句を言う。

それに合わせ、結界に罅が入っていく。

女を封じ込めている結界は、日本最高の軍神としてあがめられる神の名、【鹿島】を元にしてアストラル界に作成した、小規模の支配領域である。スサノオが収める領域にも近く、日本神話の領土である。

この場所で武甕槌が結界を張るということは、日本の神では抗うことができないものでなければならない。

しかし、女は違う。

武甕津知ですら押さえることができないほどの、剛力と神話を持つ極めて特殊な神だ。

その神話が今、武甕津知の領域を破壊しようとしている。

 

日本神話は風と雷の下に管理された神話となる。

まつろわせるスサノオ、タケミカヅチが全ての神を制圧したからだ。つまりその名をもつものは日本の王である資質があることを示す。

名は【草薙】【鹿島】【香取】である。

この名前は東北地方にみられる字だが、類感呪術では王であることを示している。

勿論だからといって、役に立つことがありえることはないといっていいだろう。

しかしここに香取の名を類縁に持つ少年が、ありえないことにアストラル界で神同士の決戦を目撃している。

 

 

妙見菩薩。

北極星を神格化した神だが、天津甕星と習合した理由はそれだけではない。

図像学という仏像、仏画などの宗教的に使われていたものから、ルーツを確認する学問がある。

それによると、妙見菩薩の仏画と弁財天の仏画が酷似するという。

さらに、仏画が流れて来た方面を探ると、シュメール(イラク)のイシュタル又はイナンナという神格で行きつくことを確認したという。

妙見菩薩はインドにおいては北極星であり、主神としての地位がある。しかし、中国密教では主神としての地位を失った。さらに密教星曼荼羅は、当時衰えた唐王朝ではなく、日本で定着したものだ。日本密教は空海を始めとした物騒により、密教から発達した神道と習合し、前述の「神楽歌」にまで影響した。

特徴は、蛇と亀を踏みつけて剣を掲げる、北の守護神であるという点だ。西王母という母神も同じように、北方守護をして剣を掲げる図像がある。これは異民族を撃破する剣神=鋼であることを示す。『西遊記』の猪八戒は北極紫微大帝の従属神であり、足元に服属する図像がある。北極星の神は北方騎馬民族の脅威から鋼の神として国家守護を司るのだ。

そして、インドに目を向けると弁財天はサラスヴァティー女神を、仏教に取り込んだ神格だ。

リグヴェーダでは豊穣神・王権授与・戦闘神としての祈祷文がある。これはイランのアナーヒタ―から、イナンナにも繋がる、大女神の性質である。アナーヒタ―が戦闘神(さらに王権授与)に豊穣神としての機能が加わったのは、ナルセ―王(293~302)叙任式図浮彫における新旧形式冠の併用だと思われる。アナーヒターは嵐を持つ4頭馬を率いて、太陽神ミスラの馬車を引く女神アシの祖なので、太陽神であり、金星の神である。

イナンナもティヤラ川でのアヌバニ二摩崖浮彫における棒と輪図での征服神像(紀元前2000年頃作成 モチーフは前3000年にまでさかのぼるとされる)にあるように、鋼の神であり、ウルクの大甕(前3000)の図は王権授与とされる。豊穣神としての性質が加わったのは、ウル第3王朝期(前1800)の国家儀礼としての聖婚儀礼が登場した時だと思われる。それまでは、都市神が独自に聖婚を行っていたと考えられる。有名な、イナンナとドゥムジの儀礼(神殿娼婦)はウルクでは王権授与や旅人の憩いの場として、場所を提供していたのであり、姦淫としないのが定説だ。

バビロンでは、イシュタルが星信仰を総括していた。

 

天津甕星も、金星にとどまらず日本の星信仰の全てを束ねる神である。

民間においては、金星、北極星、火星は茨城県をはじめとして、752年以前から、日本列島の海洋農耕民では周知されていたという研究結果がある。

そして、千葉県は風が非常に強い地域であり、一大たたら製法の産地であったという。

特に使われたのが隕石である。強い磁力を帯びた剣は戦場での不死を想像され、出雲地方にまで剣の製法が流れたとされる。

北夷(異民族)を征服する星神であり風神でもある剣の女神。これは妙見菩薩=サラスヴァティー=イナンナと同じ性質である。

こうして、妙見菩薩とサラスヴァティーが仏教伝来によって日本で再結集したが、天津甕星の権能には【太陽】【物部族王朝の主神】という能力まで存在していた。

 

長い歴史の中でこぼれおちた神格を繋ぐ必要があった。

そこで、妙見菩薩と習合したのが、「天之御中主」という天照以前の太陽主神である。

この神は造化三神として宇宙を創造したとされるが、暇な神になる。

まさにうってつけな神だったのだ。

こうして、妙見菩薩は天津甕星にとって代わることができるようになった。

その能力の二重性がオーバーラップになり、妙見菩薩が人口に膾炙することができたのだ。

 

これが天津甕星。

日本神話の謎とされたまつろわぬ神の正体である。

 

 

 

 

結界が砕ける。

まつろわせる軍神の言霊により、神格を暴かれ霊力を大幅に減らしながらも、女―天津甕星は結界を破った。

これは武甕津知の切り札であることは、胸を鋼の剣で貫かれた傷をそのままにしておき、血を吐きながらも言霊を紡いだことからも明らかであろう。

人間体である以上、胸の傷と出血は体を弱らせるものである。

たとえ神であろうと。

さらに、言霊に呪力をつぎ込んだことで活動すらもおぼつかなくなっている。

呪力は神を動かす燃料だ。穴のあいた状態でつかえば消費も早くなるというもの。

そうまでして、決着を急いだ理由とはなんなのだろうか。

 

「…ゴホッ!……ふぅふぅふぅ。っすがだ、カガセオ。確かにお前には俺は勝てないかもしれんが、相討ちならば狙える。まだ俺は戦えるぜ、来いよ」

「……そんなに血を流しておいて、放っておいても死ぬんじゃない?そうまで弱った貴方を見るのも飽きて来たわね。もう消えたら?」

「……お前は本当にいい女だ。優しくてたおやかで、そして強い。俺達は皆お前にあこがれていたよ」

(この最終局面で、自分の神格が暴かれ手弱らされてもなお、優しさを失わない。お前は常に戦場での華だった。)

「ああ、貴方達がいつも私の下着を狙ってたのは知ってるわよ。いつも天幕でチンカス作ってたわね。朝、挨拶するたびに精液臭がして、哀れで思わず引きちぎってやりたくなったのよ。この童貞」

「ど……ど…童貞じゃないし!」

「あら、口答えできるほど回復したのね。全く哀れよね男って。どう?降参するなら踏んであげるわよ?あなたみたいな性癖にはご褒美何でしょう?」

「………」

「あら、お返事はどうしたのかしら。ついたまりすぎたから征服した村の娘たちをさんざん喘がせてきた色男さん?一度タケミナカタの領域でもやってしまって、村娘に反抗されて呪いと一緒に、山芋をア○ルにつっこまれて「ほげぎぃいぃぃいぃ」とかいい声で鳴いていたじゃない。自分の性癖を隠す事はないのよ?私とあなたの仲じゃない」

「………………………………いや待ってお願い話を聞いて。言い訳をさせて」

「どうぞ」

「………………………………あれは向こうが誘ってきて…」

「そのあなたの軽率な行動で、タケミナカタのところでは常に戦局は不利だったわね。倭最高の軍神がアナ○に山芋突っ込まれて、かゆみで痔になってしまったのだしね」

「あの、お待ちくださいませ」

「そうなっているという情報をつかんだタケミナカタが、相撲での一騎打ちを挑んできたから、私が男装して勝負をしたのよ?まあ、前日に池に仕込んでおいた下剤で力の半分も出せずに、かよわい私が勝ったのだけれど」

(いや、お前の腕力ならガチで行けた)

「引きちぎるわよ」

「申し訳ありません!」

「簡単に謝っては私が楽しくないでしょう?気を聞かせなさいよ、粗チンはいらないのね?」

「まだ、使いたいです!」

「だめよ、雄ブタちゃん。………それで、仕込んだことがばれたから草木一本残らないほど徹底して彼を殺したわね~。最後の彼の顔は、下痢を我慢したとっても男らしい顔だったものね」

「あの、そこらへんにしといてあげ」

「あなたが元凶でしょうに。まあ、いいわ。それで体力が回復するまでの時間稼ぎには付き合って上げたのだから、いい加減死ぬか、逃げるか、選びなさいよ」

「………」

 

カガセオの言葉を聞くと同時に、武甕槌は顔を引き締めた。

彼が構えた大上段の剣は、普段は無念夢想の剣をふるう彼らしくもない、必殺の意思を込めていた。

それは奇しくも鹿島の剣に有名な構えであった。

鹿島の祖である神が、人間が考案した型をふるう。

これが、意地を捨ててでも倒すのだという、彼の表れだろう。

その構えを見たカガセオは、少し悲しみの表情を浮かべると、体の筋肉を弛緩させて落ちていた剣を引き寄せ、構えを取る。

剣を中央に構える青眼の構えだった。

―――男の愚直な意思を必ず切り裂いてみせるという意味なのか。

あるいは、男の強さにかける思いを。勝利を希求する心を、女の意思と心で受け止めるという、至福の瞬間を臨んでいるからなのだろうか。

 

瞬間、

 

男が瞬時に間合いを詰めて女の前に飛び込んだ。

「ちぇああああああああああああ!!!」

裂帛の気合と共に振られる剣。

人外同士の戦いである以上、気合と体重の乗った一刀を受けて耐えられる道理はない。

しかし。

しかし、男の胸には穴が開いており、血が流れている。

通常であれば、より早く鋭い一太刀は、甕星を構えた剣ごと断ち切ったかもしれない。

彼の持つ剣は、雷の降る音、剣が物を断つ【フツ】という擬音から取られた名前だとも言われるのだから。

だが、弱った彼の剣は女の右腕を一本落とすにとどまる。

そして女は、左腕に持ち替えていた剣で、倒れこんできた男の胸を刺して、とどめをさした。

 

雨が降る。

武甕鎚が破れたことにより制御できなくなった空間が、近い場所に存在するスサノオの領域に影響されたことで生じたものだ。

未だ、スサノオには気付かれていないものの、このままいたずらに時を重ねると、もう一人の英雄神との対決となってしまう。

そう考えたカガセオは、こと切れる寸前の武甕鎚の体を地面に放った。

かつての同胞といえど、剣を交え、お互いをむさぼりあった。

そして決着した間柄だ。

これ以上、男の肌と心に触れることはシアイに対して失礼であろうと。

放り捨てられた男の体は、光の泡となって消え失せていく。

消えていく。

だがその泡の多くが、地面に突き立った男の剣に流れていくのはいかなる理由か。

その異様な景色に、背を向けた女は気付かない。

 

 

先ほどの試合中、ずっと地面に寝そべったまま意識を保っている男がいる。

香山碓井だ。

地べたに這いつくばったまま、顔をどうにか斜めにすることで、神同志が食らいあう戦争の一部始終を見届けることが出来た貴重な男だ。

しかし、耳にダメージがあったのか、会話のほとんどが聞こえなかったのは迫力に欠けたかもしれない。

そんな男は今、這いつくばったまま、投げ出された布津御霊剣に刺さっていた。

 

刺さっている。

 

しかし、彼は刺さっている剣を抜こうとしているにも関わらず、抜けない。

というか、ダメージが全くないのだ。

しかも、この幽界だとかいう場所に引きずられてから、ずっと感じていた頭痛が回復してきたのである。

それは、布津御霊剣に宿る、武甕鎚の神力と逸話によるものである。

彼と布津御霊は、熊野に侵攻して、昏睡状態になった倭朝廷軍を復活させたという伝承がある。

これは鋼の戦場における不死を表している。

そして、破魔の能力を持つ神剣でもある。

これが、一般人がアストラル界に迷い込んだ時に起きる、生命衰弱を起こしていた碓井を回復させているのだ。

しかし、この剣に刺さり武甕鎚の神力を吸収するということは、呪術的に見て、もうひとつの現象を起こす。

類感呪術だ。

そして、香山という名は香取とも縁がある名である。

この時、彼はもうひとりの布津御霊剣を所有する者、武甕鎚と考えられることになったのである。

アストラル界は意思の力こそが何よりの秤なのだから。

そうなるということは、武甕津知の持つ感情も吸収することになる。

 

―――狂おしいほどの強さへの渇望。勝利への探求心。

―――そして、女への慕情。

 

(なにをしてでも、女を【まつろわぬ神】にしたくはない。

あの女の栄光と輝きは俺の、『俺達』のものだ!

だれにも魅せてなるものか!

兄弟!俺達の名前を持つ人間よ!俺達を使え!俺達を使って、あの女を殺してくれ!)

 

そう、叫び続ける男の声が、剣の声が碓井の精神の奥底に響いてくる。

 

―――彼は、その思いにこたえた。

 

なぜなら、彼もあの女に命を救われたからだ。

実は、彼が名古屋市の星宮社を訪れた時は、すでに命が危ういと言われていたのである。衰弱が激しくなるだろう。

免疫力が低下するだろう。

肺炎をおこすだろう。

彼は20歳で死ぬ可能性が高いと言われていた。

その事を受け、これからどうしようもなくなるかもしれないので、最後の思い出になればということで、名古屋市を訪れたのである。

そこで、彼は宿魂石に特別に触れることが出来た。

親の社会的な地位の高さと、その地に縁があった事。神主とのつながりがあった事でうまれたものだ。

そこで、碓井が触れた途端に石が脈動したのだ。

彼にしか感じられない鼓動だったという。

神主も、父母も一切異変を感じなかったのだそうだ。

だが、この異常な現象を、初めて受けた強大な呪力によって忘れてしまったのは、いたしかたない事だったとも思われる。

突如気を失った彼は、病院のベッド得目覚めた。その時に見た両親の安堵の表情を見て、迷惑をかけてしまったのは申し訳ないと強く感じたことで、記憶から薄れ散ったのだ。

その時に感じた心は、精神の奥底に眠ったまま。

 

脈動した石の波動が、呪力となって碓井の体を駆け巡った。

生まれながらに弱体化していた彼の体を、神の力が駆け巡ったことで、即席ながら高位の大呪術師でさえ扱うことが出来ないほどの、治癒術となったのだ。

さらに、香山という名をもつものであったことで、なおさら神力を受ける土台として適しており、そして神を生みだすに足る神官としての才能も彼にはあったのだろう。

つまり、香取碓井こそが、まつろわぬ天津甕星を生みだす、そのきっかけとなったのだ。

神の加護を受けたものは、多大な恩恵と共に生物として高ランクの存在になる。

弱っていたものが、大騎士を超える存在強度を得ることになったのだ。

 

その時から、忘れていても心の奥底では常に、彼は天津甕星を求める男になった。

 

武甕鎚を、あるいは超えるほどの情熱をもった雄として。

 

 

「ッ……!?」

カガセオは後ろに感じた、脅威といえるほどの呪力を感じ取り、感任せに横に飛びずさった。

もともとが虜力自慢の神である。

反射的な移動でもその飛距離は30mを超えた。

常ではなかったであろう距離を、飛んでいる彼女は思考していた。

(何!?武甕鎚はすでに滅していたはず!泡となった瞬間を眼の端にとらえている!誰なのよ!?スサノオの神力は感じなかったわよ!?)

予想を超える混乱。

同胞の神を打ち滅ぼした惜寥感。

戦いの熱を冷ます雨。

大一番を超えたことによる、虚脱感。

そうしたものを秘めていたことで、反応が遅れたのが原因か。

 

左腕を浅く切られていた。

 

深くない。

だが、しびれる。腕の腱を切られたかも知れないと。

その一瞬の思考が、彼女を反応を鈍らせる。

眼の前にいるのは、若き男。

その男から、呪力がほとばしっていることを感じ取り、唐突に全てを理解した。

この男の持つ剣は布津の御霊。

この取るに足らない存在に、あのいとしい勇士が剣を託したのだと。

そして、彼が私をこの地上へ【まつろわぬ神】として呼び覚ました存在だと。

 

―――あの時、すでに意識があり、ほぼ神霊の状態であった私は、いまだ体がないことに飽きていた。

ある日、司祭が体が弱った男を私の象徴に触れさせた。

香山の名を持つ男が私という神に触れたことで分かった神を感じ取る才能があったことも含めて何かの縁で結ばれたことを感じ、一瞬の驚愕を与えたことで退屈しのぎになったのもなにかの一興であろうと、とるにたらない呪力を、その男に与えた。

男は大層喜び、感謝の念を伝えて来た。

その信仰心を食らって、私は体がもうじき生まれることを悟ったのだ。

 

その男が前にいる。

眼は爛々としており、その奥には雄の欲情とわずかな恋心が感じられる。

 

―――その眼に射抜かれた時、私は体がしびれた。

 

腹の奥が震え、蜜を垂れ流したことを自覚した。

雄二人のまぎれもない存在。感情。

その全てを払って、この私を求めてきていることが……。

それを喰らうことが出来る自分の強さに酔いしれた。

 

 

 

至福の瞬間。

 

 

 

 

刃が刺さる。

同時に私の刃も相手に刺さる。

 

しかし、それだけで負けるわけにはいかない。勝利の神でもある、この天津甕星が。

 

非常に残念なことに、神でない人間ごときに神剣で貫かれたところで、体が弱っているとはいえ勝てるわけがないのが、紛れもない現実である。

 

そうして、私は腹を貫いた布津御霊剣を愛し子ごと押しのけて、崩れ落ちる男の体を地面にそっと横たえる。

 

最後に立っていたものこそが勝者。

愛し子と、若き男に勝利を託した愛しい軍神は、体を失って地べたを這いつくばっている。

私はそれを見下ろしている。

 

私が勝者だ。

 

勇者である雄達の存在そのもの。

魂そのものを受け止めきったこの充実感。私はこの甘美な味を忘れられないことが、祖たる、性愛と戦の神イナンナの系譜である、何よりの証なのだろう。

「あ……あはっは……………………あははっははっははは、あははははは!!!!!!!」

私は歓喜の歌を叫ぶ。

勇者達の健闘と、なによりその戦いを乗り越えた自分をたたえるために。

 

 

……

…………………

……………………

(―――なんだこの感覚は?)

そう訝しむカガセオの体が突如ひび割れ、泡となって崩壊し始める。

「な…なによ、これは!?………まさか私が負けたの!?馬鹿な、ありえない。私が神でも神獣でもない、人間の雄に負けるわけがないわよ!いかに、神力をもっていたとはいえ、所詮は消滅した男の力なのよ!?」

その時、どこからともなく、幼い少女の声が響いた。

男を魅了する声でありながら、10代前半のかわいらしい少女のようにも聞こえる、まぎれもない艶めかしい女の美声。

「お久しぶりでございます、天津甕星様。申し訳ありませんが、そちらへお伺いすることがかないませんので、口頭でのご挨拶とさせていただきます」

「……ッ!?その声はパンドラか!神殺しに加護を与える欲深い女が!何の用だ!」

「私が人間と神の間に降りる理由は、唯一つでございます。それ即ち、新たなる神殺しへの祝福と憎悪を与えるため」

「……ッ!?―――だが!だが、この程度でこの私は死なぬ!なぜだ!?負ける理由などないわ!」

「理由は単純でございます。御身は武甕槌さまの言霊を浴びて、神格と呪力の大半を削られました。その時削られた神話は、武甕槌さまでは天津甕星さまを殺す事が出来なかったという部分でございます。そして、布津主様に負けたという逸話をお持ちでございますね?布津主様の化身でございます、布津御霊剣を持つ男の子―――もうひとりの武甕槌様になったからこそ可能となった勝利でございます。まさに一発芸ですわね」

「―――な……んですって………。実戦でそのような偶然が入ることなんてありえない…。そんな偶然、万に一つという話じゃないわよ………。そんな偶然をつかみ取ったということなの……。このぼうや」

そう呟くと、カガセオは目の前に倒れ伏している、今や自分の神力を吸収し続けている雄を凝視している。

その光景を見て、カガセオは静かに悟った表情を浮かべると、地べたの勝者をほめたたえる祝福と、御敵への憎悪の言葉を発した。

 

「――――認めるわ。あなたは私―――天津甕星を殺した初めての神殺しよ。私は勝利の神でもある。次に私が降臨した時こそ、あなたを殺して奪い取ってあげるわ、神殺しにまでなり上がったあなたの存在ごとね。次は堂々と正面から殺し(愛し)あいましょう。武甕槌では満たせなかった私の全てを燃やしつくす恋(戦い)をね。………私の始めてを奪ったんだから、誰にも負けちゃだめよ?香山碓井くん?」

 

震え立つような、戦意と情愛の言葉を授けた女は、全ての力を泡とするまえにある行動をした。

 

……じゅるッ。………ぺちゃ、ぺちゃ。…………グポッ、グポッ。

……ちゅっ。

 

そんな擬音を残す行動だった。

 

「……うわ―――エロイわ―――。なんていうか、もう、こうね。」

きゃーきゃーと頬に手を当てたツインテールの少女は、そういうと唐突に姿を現した。

「うふふ、この子があたしの子ね。これから大変でしょうけどがんばんなさい。女があそこまで求めているんだから、男の子が答えてあげなくちゃダメだゾ?初めてを奪うなんて悪い子ねっ!」

 

空気を読まない発言をした少女は、ポンポンと倒れ伏す少年の頭をなで、ゆっくりと姿がぼやけていった。

「がんばんなさい、香山碓井」

その声は、紛れもない母親のいたわりだった。

 

この事件を境に、香山碓井は戦いをこなしていくことになる。

女との再戦を夢見て。

 

 




……………………………………・…………………………………………………・……………
あとがき
個人的に、体の権能を、魔法少女化と呼んでいる。
解説が長いのは、原作が大女神について説明しないのと、天津甕星がここまで面倒な神だとは思わなかったこと。天津甕星について意見が聞きたかったので投稿しました。
……………………………………………………………・…………………………………………

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。