IS学園のアリーナ。普段はアリーナを借り受ける生徒で賑わい、ISの訓練に勤しんでいる。しかし今日のアリーナの様子は少々異なっていた。
その原因はアリーナで激突する2機のISに目を奪われていたからだ。ぶつかり合う2機のISのカラーはそれぞれ白と赤。空中で交差した2機はそのまま距離を取り合うように離れる。
「チィッ――ッ!」
赤のIS、“甲龍<シェンロン>”を駆るのは鈴音だ。彼女の顔には苦渋の色が浮かんでいた。彼女は今、明らかに苛立っていた。その苛立ちの原因は相対する白のIS。
(素人の癖に……なんて反応速度よ!?)
「余所見してると落とすぞ、鈴ッ!! 行くぜ、白式ッ!!」
鈴音に迫るのは一夏だ。身に纏うのは白式。目を惹くのはアンロックユニットの大型スラスターだ。彼の手に握られるのは“雪片弐型”。千冬が現役時代、暮桜に装備させていた近接ブレード“雪片”の改良型だ。
舌打ちをする間もなく、再び襲いかかった剣閃を手に持った大型ブレード“双天牙月”で防ぐ。だが一撃で斬撃は止まらず、一度、二度、三度と牙を剥く。
なんとか捌いて見せたもののギリギリだ。接近戦では分が悪いと鈴音は距離を取ろうとする。だが一夏は負けじと食らい付いてくる。
「突っ込むしか頭に無いの……!?」
「距離を離したら負けるんだよっ!!」
「この、猪武者がぁッ!!」
鈴音は肩に備え付けられたアンロックユニットに装備された衝撃砲“龍砲”の口を開く。PICによって空気を圧縮して作られた砲身、その余剰で生まれた衝撃は不可視の弾丸となって一夏に襲いかかる。
それを野性的な勘なのか、悉く躱しながら一夏は踏み込んでくる。真っ直ぐに鈴音を見つめ、打倒せんと迫る一夏に思わず胸がドキドキしているのは鈴音の内緒だ。
『衝撃砲、来ます。回避を』
(わかってる――ッ!!)
一夏が鈴音と互角に戦えている理由。ネタを明かせば白式のサポートによるものだ。白式が逐一情報を集め、瞬時に一夏に伝達。一夏は何も疑わずに白式の指示のままに踏み込んでいく。
それは白式への信頼が為せる妙技。一夏はISの扱いに関してはまだ未熟としか言えない。それでも剣士としての才能と白式への信頼が合わさって生まれる力は、決して鈴音に劣るものではない。だからこそ、白式に全幅の信頼を預けて一夏は飛翔する。
『一夏! 今です!』
「ッ!!」
そして一夏が意を決した表情を見た鈴音は、仕掛けてくるかと迎撃の構えを取った。
瞬間、白式のアンロックユニットが開いた。それは装甲を大きく広げ、何か砲撃の類が来るかと鈴音は緊張を高める。
――光が爆発した。
認識出来たのはそこまで。そして気が付けば鈴音は衝撃に襲われて、その意識を一瞬投げ出した。
(――……ッ……い、ま……なに、が……?)
頭がくらくらする。全身が叩き付けられたように痛い。状況を把握しようとして目を開く。すると苦悶に呻き、目を回している一夏の顔が間近にあった。
互いの吐息がぶつかる程に近い。鈴音は身体を硬直させた。気付けば自分達はアリーナの壁にもたれかかっているようだ。しかも、一夏が鈴音を押し倒す形で。
「……ふぇぁっ!?」
状況を理解した鈴音は目を見開いて奇声を上げる。一体何がどうなってこんな状況になっているのか、状況を把握しようとしても頭が回らない。
そして目を回していた一夏が意識を取り戻したのか、顔を上げた。鈴音との距離が更に近づき、まだ意識がハッキリしてない一夏はぼんやりと鈴音を見つめた。
「……鈴? 俺……」
「ひ、ひゃぁあああああああああッ!?」
混乱しきった鈴音が叫ぶ。鈴音が腕部の衝撃砲“崩拳”で一夏を吹っ飛ばしたのも仕様がない事だろう。一夏は腹部に衝撃を与えられ、そのまま華麗に宙を舞った。
* * *
「解放加速<リベレイト・ブースト>?」
「うん。一夏の白式に積んでるブースターで出来る特殊なイグニッション・ブーストだと思って」
一夏との模擬戦を終えた鈴音はハルから説明を受けていた。
解放加速<リベレイト・ブースト>。展開装甲を装備した大型スラスターによる特殊な瞬時加速<イグニッション・ブースト>だ。
本来、瞬時加速の仕組みとは、放出したエネルギーを内部に再度取り込み、圧縮して放出する。その際に生まれたエネルギーで爆発的に加速する。
解放加速はこの仕組みに展開装甲を組み込む事によって、瞬時加速以上の加速を可能としたのだ。鈴音が光の爆発を見た、というのは展開装甲を解放し、内部に圧縮していたエネルギーを解放した為に起きた発光現象だ。
装甲の内部で圧縮していたエネルギーを展開と共に放出する。本来は攻防万能になる展開装甲をエネルギー圧縮・放出に特化させた仕様だ。
「本来は“雪片弐型”での強襲を仕掛ける為に、瞬時加速を簡略化しつつ、瞬時加速以上の加速を得る事が出来るんだけど……」
「思ったよりピーキーで一夏に扱い切れなくて、私を押し倒したと?」
ぎろり、と鈴音は面目無さそうに頭を掻いている一夏を睨み付けた。アリーナにいた全員が一夏が鈴音を押し倒す瞬間を目にし、一瞬場が静まりかえっていたのだ。
尚、データを取っていたハルだけは目を丸くしながら拍手をしていたが。公衆の面前でよくやるなぁ、と。その後、すぐにクロエにツッコミを入れられて慌てて二人を救助に向かったが。
「まぁ、言ってしまえば瞬時加速の上位互換だからね。一夏には早かったか」
「面目ない……」
「仕方ないよ。ま、しばらく解放加速は封印ね。瞬時加速を練習して使いこなせるようにするのが一夏の課題かな? 後は空中機動の拙さを改善すれば一夏は強くなるよ」
それだけ改善するだけで強くなるのだから、血はしっかりと受け継がれているのだろう。やっぱり千冬の弟なんだな、と感心したようにハルは一夏を見る。
「悪いな、鈴。身体は大丈夫か?」
「え、えぇ。ちょっと痛む程度で……。もう、後でマッサージしなさいよね」
「おう。じゃあこの後、高天原来いよ。メシも作ってやるからさ。良いよな? ハル」
「構わないよ。鈴音の甲龍について、改修案のアイディアを貰えればありがたいしね」
「悪いわね。まぁ、技術協力なら喜んで受けるわ。こいつを相手にしてたら、本当に篠ノ之博士のISはバケモノだと思わされるわ」
鈴音は肩を竦めて言う。一夏が白式をISとして乗ったのは、今日がほぼ初めてと言っても良い。最適化<フィッティング>の為に乗っていた事もあるが、本格的に動かしたのは今日が初めてとなる。
それで中国の代表候補生である鈴音と互角に戦えたのはやはり白式の恩恵が大きい。鈴音は改めて、束の技術力の高さに戦慄を抱くのだった。
「すいません。ハル、一夏、鈴音さん。お待たせしました」
「お帰り、クロエ。ごめんね? 事情の説明を任せちゃって」
「いえ、気にしないでください」
クロエが小走りで戻って来る。彼女は今まで、今日のアリーナの管理人だった教師に事情の説明を行っていた。それが終わって戻ってきたのだ。
「今日は鈴音連れて帰るから」
「そうですか……」
一夏が鈴音も連れて行く、と言うと、クロエはちらりと鈴音を見る。鈴音はクロエの視線に気付き首を傾げる。だがそれ以上に気にした様子はない。ほっ、と安堵の息を吐いてクロエは微笑んだ。
「何か私の顔に付いてる?」
「いえ。その……気にしないでください」
「……あぁ。逆にあんまりアンタが気にしないでよ。この馬鹿が悪いんだから」
クロエが何を気にしてるのかを悟り、鈴音は苦笑した。いつぞやの事をまだ気にしていたのだろう。一夏から事情は聞いているし、話の流れを聞けば自分にも原因がある。逆に鈴音が申し訳ない程だった。
一夏は頭が上がらない。がっくりと肩を落とす様には哀愁が漂っていた。このまま鈴音と結ばれるのであれば、確実に尻を敷かれるだろう。そんな風に思いながらハルは微笑む。皆が仲が良いのは良いことだ、と。
* * *
4月も終わり、時は5月。
シャルロットは身に纏ったラファール・アンフィニィの調子を確かめる。問題がない事を確認し、気合いを入れる為に声を上げた。
今日は待ちに待ったクラス対抗戦。不本意とはいえ、代表を任されたからにはシャルロットには負けるつもりは無かった。体調も充分、アンフィニィも問題が無い。後は自分の実力を出し切るだけだ。
「シャルロットさん! 頑張ってね!」
「優勝、期待してるよ!」
クラスの声援にシャルロットは笑みを浮かべて返した。軽く手を振り、アリーナへと向かう為にピットから飛び出していった。良い試合にしよう、と心の中で呟きながら。
――後にシャルロット・デュノアは語る。これが後に“天災の後継者”の異名を持つ事となるIS研究者達が巻き起こした初めての騒動だった、と。
「――……なに、アレ?」
対戦相手は2組のクラス代表だ。身に纏っているのは打鉄だろう。学園で生徒達が使える機体と言えば打鉄かラファール・リヴァイブのどちらかだ。どちらも第2世代の量産型としては優秀。両者ともパッケージも豊富で人気が高い。
だが、シャルロットの目の前に立つ打鉄は見たこともないパッケージを装備していた。新型のパッケージなのだろうか、とシャルロットは相手の打鉄を観察する。
まず特徴的なのは両腕。普通の打鉄より一回り大きいアーム。そして大型のドリルが脚部に備え付けられている。全体的に打鉄よりも大きく見えてしまう。
そして打鉄の特徴的なシールドではなく、アンロックユニット型の大型スラスターを搭載している。まるで翼のようにも思えるユニットは雄々しく存在を主張していた。
「来たわね。シャルロット・デュノアさん。今日は良い試合にしましょう」
「……えと、すいません。その装備は何ですか……?」
シャルロットの質問に答えず、にやり、と不敵に笑って見せる2組のクラス代表の生徒。その笑顔に良くないものを感じたシャルロットは口元を引き攣らせた。
嫌な予感がする。背筋に冷たいものが走り、冷や汗が流れるのを感じたシャルロットは、次に響いた声に自分の嫌な予感が当たった事を悟った。
『お待たせいたしました。これよりクラス対抗戦を始めますが……その前に本日は解説としてクロエ・クロニクルちゃんと更識 簪ちゃんに来て頂いています』
『クロエ・クロニクルです。どうも』
『さ、更識 簪です……』
アリーナからも見える巨大スクリーンに映し出されたのは司会と思われる上級生と、その隣に据わるクロエと簪の姿だった。何故1年1組の生徒である二人が司会と一緒に? 疑問に首を傾げる生徒は多い。
『本日、彼女たちに来て貰ったのには理由があります。これより行われるクラス対抗戦、専用機を持つシャルロットさんは除きますが、各クラス代表にはロップイヤーズとIS学園の共同開発計画に則り、クロエさんと簪さんが共同開発した試作の新型パッケージが装備されています!』
「……は?」
クロエが作った試作品? それだけで嫌な予感が止まらない。段々と膨れあがっていく。あの打鉄のパッケージはクロエと協力者である簪が作ったもの。それだけでシャルロットは警戒のレベルを引き上げる。
かつてラファール・アンフィニィの開発に携わった際、悉く常識を壊されてきたシャルロットだからこそ感じる危機。この試合がただで終わらない事をシャルロットは予感した。
『実際の性能はISバトルが始まった際に解説と共にご紹介して行きましょう!』
「そういう事よ。さぁ、シャルロットさん。この局地破砕型パッケージ『黄金<こがね>』が力、思い知ると良いわ!!」
「ちょっと待った!? 局地破砕型って何!? 凄い不穏な言葉を聞いたんだけど!?」
『それでは試合開始です!』
シャルロットの制止の声は聞こえないのか、試合の開戦を告げるブザーが高々と響く。破砕型パッケージ『黄金』を装備した打鉄、ここでは“打鉄・黄金”と呼称しよう。背の大型スラスターを勢いよく噴かせ、シャルロットへと迫っていく。
大きく振り上げられた右腕のパーツであるリングが広がって回転を始める。それはエネルギーの力場を生みだし拳を覆っていく。嫌な予感がしてシャルロットはすぐさまその場を飛び後退る。
「破壊掌ゥッ!!」
「きゃぁあああああ!?」
シャルロットがいた地点を打鉄・黄金の右腕が勢いよくえぐり取った。破壊掌、その名に違わぬ破壊力である。雄々しく叫びながら向かってきた2組のクラス代表は獰猛な笑みを浮かべてシャルロットへと向かっていく。
「逃がさないわよぉっ!!」
「ちょ、ちょっと洒落にならないって……ッ!!」
シャルロットはすぐさま武装を呼び出し、両手にアサルトライフルを装備して弾幕を張る。だが打鉄・黄金は止まらない。今度は左腕を前へと掲げ、右腕と同じようにリングが広がり回転を始める。
今度は発生した力場が渦を巻くエネルギーシールドへと変わる。シャルロットの弾幕を受け止めながらも距離を詰めてくる姿にシャルロットは目を見開いて驚愕の声を上げた。
「障壁掌ぉっ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっ!? 止まらない!? 無茶苦茶だぁっ!?」
恐れずに距離を詰めてくる姿は雄々しく、しかしどこか出鱈目だ。シャルロットは舌を巻いて後退を続ける。打鉄・黄金の両腕でぎゅいんぎゅいんと回るリングが不吉に思えてきた。
『おぉ! 凄い威力ですね、クロエちゃん!』
『打鉄・黄金は災害救助や大型建造物の破壊作業が必要とされる場面を想定して作り上げました。その際、崩落や瓦礫の被害などに巻き込まれないように左腕防御用フィールド『障壁掌』を備えています。そして瓦礫の撤去などを目的とした右腕の『破壊掌』が基本装備となります。装備を作成したのは私ですが、制御用のプログラムは簪さんの協力で作り上げました』
『は、はい……』
それで局地戦型か、とシャルロットは納得した。大型建造物などの破砕を目的としているならば納得の威力なのだが……。
「人に向けて良い威力じゃないでしょ!? これ!? シールドエネルギーを貫通するって!!」
「あははー、でも結構重いんだよねー! でも勇気で補うわ!! という訳で踏み込むッ!!」
「ひぃぃいいっ!?」
スラスターを無理矢理噴かせて脚部についたドリルをシャルロットに差し向ける。嫌な回転を立てながら迫るドリルを躱し、シャルロットはアサルトライフルを量子化して格納。
代わりに取り出したのはバズーカだ。肩に担ぐようにして構えたバズーカを向け、シャルロットは容赦なく放った。
「そっちがその気ならこっちだって!」
「きゃあっ!?」
爆音が響き渡り、打鉄・黄金の体勢が大きく崩れる。チャンス、とシャルロットはもう一発バズーカを放とうと狙いを定めた。膝を付いた打鉄・黄金は未だ動けない。ここがチャンス――ッ!
「“黄金鎚”!!」
「え?」
シャルロットが目にしたのは天から降ってくる黄金の巨大鎚だった。片腕で叩き付けるように振り下ろされた巨大鎚を回避し、シャルロットは息を呑んだ。
その間に体勢を立て直した打鉄・黄金が肩に担ぐように巨大な黄金の鎚を構える。人を潰してしまえそうな程に大きな鎚にシャルロットは口元を引き攣らせる。
「……それ、なぁに?」
「これ? 大型破砕鎚『黄金鎚』。PICを利用した衝撃波を加える事によって巨大建造物とかを一気に破砕する事を目的とした黄金の専用装備よ?」
「へぇ……そうなんだぁ……。……ねぇ? それで叩かれたら死なない?」
「大丈夫大丈夫」
「そ、そうだよね! 絶対防御があるから大丈夫――」
「――痛みは一瞬よ」
「大丈夫じゃないじゃないかぁあああああ!?」
シャルロットは絶叫しながら距離を取ろうとスラスターを噴かせる。それを満面の笑みで黄金鎚を振り回しながら追いかける2組のクラス代表。
天災の後継者を発端とした武装開発はこうして盛んに進む事となり、後のシャルロット・デュノアの苦難が始まったのもこの日、この瞬間であった事を後の歴史は語っている。
「新しい装備。新しい力。新しい自分になれる。それはとても嬉しい事」 by雛菊