天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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「……あれが高天原、ねぇ?」

 

 

 呟いたのは鈴音だ。彼女は切り開かれた土地に置かれている船、高天原に視線を送っている。感嘆とも取れるような息を吐き出しながら鈴音は見上げていた視線を下ろした。

 未だ距離があってもその存在の大きさを物語る船には本当に呆れる思いしか出ない。それ程までに篠ノ之 束の技術力が群を抜いている証拠でもあるが。更に言えば彼女の夢の船は未だ、その真価を完全には発揮していない。

 

 

「ほら、鈴。早く行こうよ」

「あ、シャルロット。ちょっと待ってよ」

 

 

 そんな鈴音に同行するのはシャルロットだ。二人が何故高天原に向かっているかと言えば、高天原に住んでいた全員が休んだ為だ。なにやら会議があるとの事で欠席を千冬から伝えられた。

 多少心配になりながらも放課後を迎えた鈴音だったのだが、ここでシャルロットの提案で高天原を尋ねてみないか、という話になったのだ。鈴音としては一夏達が気になった訳で、シャルロットの提案を蹴る理由も無かった。

 

 

「結構距離あるわね。まぁ、切り出せるような土地が他に無かったんでしょうけども」

 

 

 鈴音は急遽整備された道を見て呟いた。高天原がIS学園への逗留が決まったのは一ヶ月と一週間前。それからここまでの道を開拓したのであれば充分早い速度だ。

 一体どんな手段で開拓したのだろうか、と鈴音が思考を重ねた時だ。ふと隣にいたシャルロットが何かを見上げながら呟いた。

 

 

「……ねぇ? 鈴? ここって多分森とかあったんだと思うんだけどさ?」

「うん? 多分ね。それがどうしたの?」

「まさか、あれで切り開いたとか言わないよね?」

「あれ?」

 

 

 シャルロットが指さした先、その先は空。鈴音が訝しげに空を見上げた時、ソレは鈴音の目に飛び込んできた。は、と鈴音が呆れ、驚き、言葉を失って息を吐き出した。

 

 

 ――巨大な鉄塊が空を一直線に薙ぎ払っていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

『来るよ』

「やっぱり思ってたけど、当たったら死ぬ――ッ!!」

 

 

 表示された雛菊からのメッセージにハルは身を捻らせる。ごぉん、とも、ぶぉん、とも取れる風切り音。自分の身体程の厚みを持つ刃が空気をえぐり取っていく。大きく円を描いて鉄塊が再びハルの身に叩き付けんと迫る。

 雛菊の開いた翼が輝き、光を増してハルの身体を空へと運ぶ。だが、飛べど飛べど鉄塊はハルの身を追いかけ続ける。巨大な鉄塊は剣であった。人の身長の3倍以上はあろう刃を無尽蔵に振り回すのはISを纏ったクリスであった。

 

 

「逃がさんッ!!」

「無茶苦茶ァッ!?」

 

 

 身体全体で回転するように振り回す巨大な刃は片刃。その峰に当たる部分の装甲が開き、光が溢れれば刃が加速してくる。そんな悪夢にハルは叫んで返す。

 第四世代型IS『黒鉄<くろがね>』。束がクリスに与えた新たなIS。この機体の特徴は今もクリスによって振り回される巨大刀『叢雲』。展開装甲によって実現された規格外の刃を己の身体の一部のように扱いきって見せるクリスの技量にハルは舌を巻く。

 

 

「洒落にならないって……!! 脚部展開装甲、展開ッ!!」

『了解。開くよ』

 

 

 ハルは脚部の装甲が開き、エネルギーが固定化する。ハルは自身に迫る叢雲の刃の軌道に合わせて身体を捻り、刃の腹に吸い付くように展開装甲を刃に押し当てる。

 

 

「雛菊ッ!!」

『突撃』

 

 

 ハルの意思を受けて雛菊のウィングユニットの装甲が全て展開される。まるでそれは流星が落ちていくかのように。光を放ちながらハルは叢雲の刃を伝い、脚部の展開装甲で滑るようにクリスへと迫っていく。

 火花を散らせながら叢雲を伝って迫るハルの姿にクリスは獰猛な笑みを浮かべる。握っていた刃の柄を捻ると、今まで巨大刀だった筈の叢雲はまたその姿を大きく変えた。畳むように刃が収納されていき、残ったのは長大な刃を持つブレード。

 辿る刃を失いつつもハルはクリスへと蹴りを叩き込むが、ブレードによって軌道を逸らされてクリスの身体には届かない。

 

 

「く……なんであんな馬鹿でかいもん振り回せるんだ!? おかしいだろ!?」

『非常識』

 

 

 まったくだ、とハルは雛菊からのメッセージに同意を示してクリスへと視線を移す。ハルの視界には肩に担ぐようにブレードを構えて突撃してくるクリスの姿が目に映った。クリスがその勢いを殺さぬままに振り下ろしたブレードをハルは空中で回転するように避ける。

 

 

「距離を離せば巨大刀に、迫ればブレードに。束は良い仕事をしてくれるなぁ!!」

「くっ……持たせちゃいけない人になんだってこんな刃物を渡したんだっ!!」

『やっぱり非常識』

 

 

 幾らISの補助があろうとも重たい筈の巨大刀『叢雲』を操る技量。間違いなくクリスもIS操縦の技術においては強者に分類されるのであろう。

 だが、とハルは不敵に笑って見せる。それでも――挑む、と。共に空を行く相棒がいる限り、その巨大な刃はこの身には触れさせないと。

 再び距離を詰めようと迫るクリスに真っ向から向かうように、ハルもまた飛び込むように加速した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「…………」

「……わぁ」

 

 

 そんな光景を鈴音とシャルロットは地上から目撃していた。巨大な刃こそ消えたものの高速で飛び回り、ぶつかり合う様は充分に二人を魅せるものであった。

 インパクトこそ凄い為にクリスの駆る黒鉄に目を奪われるが、相対するハルも凄い。展開装甲によって滑らかでかつ高速に軌道を描いて飛び回る姿には思わず息を飲む。

 

 

「あれが……篠ノ之博士が開発した第四世代機?」

 

 

 もしも、もしもだ。相対する事があれば勝つ事が出来るのだろうか、と鈴音は考える。

 縦横無尽に飛翔するハルの駆る雛菊には追いつける気がしない。かといってクリスの駆る黒鉄と戦ってみればあの刃が迫ってくる? どっちと戦っても悪夢しか想像できない。

 

 

「……相変わらず、というか。なんか凄いなぁ」

「相変わらず?」

「え? あ、いや。何でもないよ。ほら、行こうよ。鈴」

「? えぇ」

 

 

 シャルロットに促されるまま、鈴音は高天原へと向かって進んでいく。高天原のすぐ側まで来てみればクロエ、ラウラがいる。ラウラは戦闘を観察していて、クロエはデータを収集しているようだ。

 クロエは天照を展開済み。巫女服を纏い、狐耳型のセンサーをぴこぴこと動かしている。よく見ればハルとクリスがぶつかり合う戦場を観察するように独立兵装“八咫烏”が飛び回っている。

 

 

「今日の用事ってこれだったのかな?」

「さぁ?」

「……ん? 鈴にシャルロットか。来ていたのか」

 

 

 二人の声を聞き届けたのか、ラウラが振り返って鈴音とシャルロットの姿を見つけて駆け寄ってくる。

 

 

「今日お休みって聞いてたからちょっと気になって」

「あぁ。クリスの黒鉄のテストがあったんでな。……まぁ、他にもあったんだが」

「そう。ところで一夏と箒は?」

 

 

 納得したように頷くと鈴音はこの場にいない二人の事について尋ねる。ラウラは鈴音の問いかけに、あぁ、と頷いて。

 

 

「箒は束様と新型機についての相談と、一夏は療養中だ」

「療養?」

「うむ。ちょっと色々あってな」

 

 

 はっはっはっ、と爽やかな笑顔で笑うラウラに鈴音とシャルロットはぞくり、と背筋に寒気が走るのを感じた。そして同時に直感する。一夏が療養になった原因には間違いなくラウラが何かしら関わっている、と。

 

 

「一夏は部屋で休んでますから。お見舞いに行ってあげると良いんじゃないんですか?」

 

 

 天照を展開したまま、クロエも三人に近づいて話に混じってきた。クロエに告げられた言葉に鈴音が驚いたように目を見開く。

 

 

「え? 入って良いの?」

「えぇ。それにそろそろデータ取りも終わりますから。良ければ食堂にでも連れてきてください。私達は多分そこに向かいますので」

「でも、中の案内とか」

「それは私が行こう。姉上、二人をお願いしますね」

「ラウラこそ。お客様をよろしくお願いします」

 

 

 互いに笑みを浮かべて言葉を交わし、クロエはハルとクリスのデータを集める為に意識を集中させていく。そのクロエの背を見て、吐息を零しながらラウラは改めて鈴音とシャルロットへと向き合った。

 

 

「それじゃあ行くぞ。二人とも。私達の夢の船へようこそ」

 

 

 

 * * *

 

 

 

「へぇ……中ってこんな感じなのね」

 

 

 鈴音はきょろきょろと高天原の内部を見て呟いた。窓がない通路はライトに照らされて長く伸びている。ラウラに案内されるままに船内を歩き回る鈴音とシャルロットの興味は尽きない。

 ラウラも丁重に質問に応えつつ進む中、居住区画へと辿り着く。その内の1つの扉を指し示してラウラは鈴音とシャルロットに告げた。

 

 

「ここがハルと一夏の私室だ。で、私とクロエの私室はあっち」

「あ、二人で使ってるんだ。一人一部屋かと思ってた」

「前は私達で一人一部屋を使っていたんだが、まぁ色々あってな。結局そのままなんだ」

「ふぅん。一夏はここで休んでるの?」

「あぁ。……鈴。見舞ってやったらどうだ?」

「え?」

「あ、じゃあ私はその間にラウラとクロエの部屋を見たいかな?」

「え? ちょ、ちょっと!? シャルロット!? あんた、何言って……!?」

 

 

 思わぬシャルロットの言葉に鈴音はわたわたと手を振って動揺を露わにする。ハルが先ほど、外でISのテストをしているのであれば必然的にここにいるのは一夏だけという事になる。そこに見舞いで入れば二人きり、という事になるのだが、それが鈴音の動揺を呼び起こす。

 シャルロットはニヤリ、と笑みを浮かべていて、ラウラも成る程、と納得したように頷いていた。ラウラとシャルロットは顔を見合わせて頷き、腕を絡ませるように組み合わせ、鈴音に向けて満面の笑みを浮かべる。

 

 

『どうぞごゆっくり!』

「ちょ、ちょっと!」

 

 

 そのままスタコラと走り去って行くラウラとシャルロット。ラウラの私室だという部屋に入ってしまった二人を呆然と見る。扉を閉める空気の音が虚しく響き、通路には鈴音のみが残される事となる。

 そのまま唖然としていた鈴音だったが、一夏の私室だという部屋の扉を見て、ごくり、と唾を飲む。

 

 

(そ、そうよ。昔は家に気兼ねなく入ったりしてたじゃない。これは見舞い……これはお見舞いだから大丈夫……!)

 

 

 そして鈴音は一夏の部屋の扉を見る。スライド式のドアの横にはインターホンがある。ラウラは入る際にはこれを操作していた事を見ていたので、鈴音も手を伸ばしてみる。

 カードキーを通す溝とボタンがある。恐らくボタンが中の人へと呼びかける為のものだと推測し、鈴音は震える指をボタンへと伸ばし、意を決したように勢いよく押した。

 

 

『――なんだ?』

 

 

 一夏の声が聞こえてきた。どきり、と心臓が跳ねるも、なんとか落ち着かせるように呼吸を整えて鈴音は一夏へと声をかけた。

 

 

「私よ。鈴。見舞いに来てあげたわよ?」

『――鈴? ……ちょっと待ってくれ。今、開ける』

 

 

 扉の向こうにいるのが鈴音だとわかったのだろう。一瞬の逡巡の間を置いたのか一夏からの返答は少し遅かった。ぶつり、と音が途切れるような音が鳴るのと同時に扉が開き、中に一夏の姿が映った。

 私服姿だった一夏は鈴音の姿を見て、まるでここに鈴音がいる事を確認するように視線を巡らせる。まじまじと一夏に見られた鈴音は気恥ずかしくなって眉を寄せた。

 

 

「ちょ、ちょっと。何よ?」

「……いや。見舞いに来てくれたんだって? ありがとうな」

 

 

 穏やかに笑って一夏は鈴音を迎え入れた。一夏の笑顔を見た鈴音は顔の熱が上がるのを感じて視線をそっぽ向かせた。

 

 

「な、何よ。折角見舞いに来てやったのに元気そうじゃない?」

「……あぁ、大分良くなったさ」

「風邪でも引いたの?」

「まぁ、色々とな」

 

 

 色々と、と一夏が告げた所で一夏の表情が翳ったのを鈴音は見逃さなかった。一夏? と鈴音は心配げに一夏の名を呼ぶ。名を呼ばれた一夏は鈴音に部屋を指し示して。

 

 

「中、見てくか?」

「……じゃあ入る」

 

 

 先ほどの陰りが気になるも、まだ体調でも悪いのだろうかと一夏の顔を盗み見る。だがどこか体調が悪い、と言った様子は伺えない。一夏に誘われるままに部屋に入るとベッドが2つ並んだ部屋へと鈴音は足を踏み入れる事なる。

 

 

「ふーん……なんか規模的にはウチの寮とそんなに変わらないんじゃない?」

「そうなのか?」

「うん。だいたい。どっちが一夏のベッド?」

 

 

 あっち、と一夏が自分のベッドを指し示すと鈴音はまるでそこが自分の居場所だ、と言わんばかりにベッドに腰掛けた。一夏は鈴音が何の遠慮もなしにベッドを占拠する様を見て苦笑を浮かべた。

 鈴音と向き合うように一夏は床に座った。一夏が見上げ、鈴音が見下ろす格好となる。ねぇ、と鈴音は一夏の顔を窺いながら問いを投げかける。

 

 

「ねぇ、本当に大丈夫? アンタ」

「何が?」

「まだ体調とか悪いんじゃないかなー、って」

「あぁ……まぁ、身体の節々は痛いな」

「やっぱり風邪? ちょっと移さないでよ?」

 

 

 鈴音が眉を寄せながら言うと一夏は神妙な顔を浮かべて俯いてしまった。妙な沈黙に陥ってしまった一夏に鈴音は不安げに表情を変えて一夏の名を呼ぶ。

 一夏は顔を上げなかった。そして深呼吸をするように息を整え、顔を上げた。一夏は真剣な表情を浮かべて鈴音を見た。鈴、と彼女の名を呼ぶ声はどこか固い声だ。

 

 

「……鈴。話したい事があるんだ」

「な、何よ。改まって」

「俺は、鈴に謝らないといけない」

「……ちょっと。突然どうしちゃったのよ?」

 

 

 やはり何か様子がおかしい、心配になって鈴音はベッドから腰を下ろして距離を詰めて、一夏の顔を覗き込むように見た。一夏は真剣な表情を崩さぬまま、だが眉を寄せて鈴音に言葉をかける。

 

 

「俺さ。ずっと鈴音に答えを返せなくて、本当に酷い事をした」

「一夏? ……ちょ、ちょっと。何よ。だってそれは、アンタが本気で悩んでて……」

「悩んでた振りしてたんだよ。俺は」

「……一夏?」

「俺は、ただ好きになって欲しかったんだ。……鈴、俺は、誰かに甘やかしてほしかっただけなんだ」

 

 

 一夏は自分の言葉の重みに耐えられない、と言うように頭と肩を下げた。俯いてしまった一夏の言葉に鈴音は戸惑うように目を見開かせ、ただゆっくりと視線を一夏に定めて口を一文字に結んだ。

 

 

「……アンタ、何があったの? 色々あったって……まさか」

「……箒にフラれた。クロエは……ちょっと勘違いさせちゃってさ」

「箒にフラれた!? それにクロエは勘違いって……えぇ!? ど、どういう事よ? ちょっと一から説明しなさいよ!」

 

 

 一体、一日の間に一体何があったのかと鈴音は一夏の両肩を掴んで問う。箒にフラれた? あんなに一夏を思っていたように見えたのに? それにクロエが勘違いだったというのは一体どういう事なのか? 答えを求めるように鈴音は一夏を見る。

 

 

「……まずクロエな。クロエとは喧嘩して……クロエのトラウマを抉っちゃってさ。それで一種の恐慌状態みたいな状態になってて……だから俺に縋って、あんな状態にしてしまったんだ」

「……妙な違和感はそれか。なんかおかしいなぁ、とは私も感じてたけど……」

 

 

 一夏に言われて鈴音は納得した。箒はまだ納得出来る。あれは心底、一夏を思い、真っ向から思いをぶつけてきた。

 だが先日のクロエは違う、と鈴音は本能的に思っていた。言い様もないもやもやが胸の中に巣くっていたのだが一夏の言葉を受けて納得に至った。あれは確かに怯えて縋っているようにも見えた、と。

 

 

「それで昨日、ちゃんと仲直りした。お互いに謝って……俺も、クロエも同じだったから」

「同じ?」

「結局、甘える人が欲しくてさ。お互い同じものを求めてるのにやり方が真逆だったんだよ。だからぶつかって……それでわかったんだ。俺、誰かに甘えたいんだ、って」

 

 

 一夏の告白に鈴音は何も言わない。ただ無言で一夏の言葉を受け止める。

 

 

「……箒は? クロエはわかったけど、箒はどうしたのよ」

「……好きじゃなかったんだってさ。勘違いだって」

「は?」

「アイツが好きだったのは……昔の俺だったらしい。だから今の俺とはどうしても重ならないってフラれた。昔の俺はさ、もっと格好良かったって。だから駄目なんだって」

「……そうなんだ」

「あぁ。でも、アイツは凄くてさ。……俺、情けなくアイツに駄々捏ねてさ。嫌われたくないって思っちゃったんだよな。でもアイツは嫌わない、って。ただ……報われるのを止める、って」

「報われるのをやめる?」

「背中を押してくれたんだ。甘えて良いって。これからは幼馴染みとして、弟弟子として俺の事を見てくれるって。……本当に、情けなくてさ。アイツにもう好きになって貰えないのに楽になってる俺がいるんだ」

 

 

 安堵したように吐息しながらも表情は苦悩のまま。複雑な様子の一夏に鈴音は痛ましげに一夏を見る。そんな鈴音の視線に気付かずに一夏は独白を続ける。

 

 

「笑ってしまうぐらいに俺は弱くて……諦める事を止めてみたら本当、馬鹿な事をしてたって気付いて……お前にも、箒にも、色んな人にも迷惑をかけてて……! だからごめん! ……ごめんな、鈴音」

「……なんで謝るのよ?」

「俺、ただ甘えたかっただけなんだ。俺に優しくして欲しかっただけなんだ。認めて欲しかっただけなんだ。……ただ、それを認められなくて、わからなくて、諦めないって馬鹿をやり続けてお前の気持ちを踏みにじった。だから――」

 

 

 ――ぱんッ、と。

 一夏の目の前で鈴音の両手が勢いよく合わせられる。勢いよく鳴った音に一夏は身を竦ませた。鈴音はそのまま重ねていた両手を一夏の両頬に伸ばして、包み込むように触れる。

 鈴音の手によって一夏の顔が上げられる。鈴音は呆れたような表情を浮かべて一夏を見ていた。はぁ、と重たい溜息を吐き出して鈴音は一夏を睨む。

 

 

「……本当は張り飛ばしてやりたいけど、今のアンタを張り飛ばしたら立ち直れなくなりそうだから止めておくわ」

「……鈴?」

「あのねぇ。そんな事も気付いてなかったの? いや、なんとなくわかってたけどさ。――甘えたい? 良いじゃないの! 好きなだけ甘えなさいよ! 優しくして欲しい? 何よ、私が優しくないとでも言うつもり?」

「いや、あの、鈴?」

「アンタが辛い時、相談に乗ろうとしたのは私が気に入らないって気持ちがあったわよ。でも……何よりアンタが心配だったからに決まってるでしょ」

 

 

 なんでわからないんだと、鈴音は訴えるように一夏を見る。眉を寄せて辛そうに首を振る鈴音に一夏はただ目を奪われ続けるしかない。

 

 

「アンタに助けられて、それからアンタが好きになって、一緒に過ごして、アンタの悪いところも良いところもいっぱい見て。その上で好きになって。そのままのアンタでいて欲しかったから相談にも乗ろうとして。答えを出せない事だって待ってあげたのに……ねぇ、まだ足りない?」

「……鈴、何で? 何でそこまでしてくれるんだ?」

「アンタが助けてくれた。アンタがいてくれて楽しかった。アンタには言わなかったけど一夏がいてくれた事で救われる事もあった。恩返し、ってのもある。でも何より……もう、恥ずかしいから1回しか言わないわよ?」

 

 

 はぁ、と。吐息を震わせて鈴音は呼吸を整えるように目を閉じて、ゆっくりと目を開きながら一夏に告げた。

 

 

「好きに理由なんてないのよ。バーカ」

 

 

 恥ずかしげに微笑んで告げられた鈴音の言葉に、一夏は目を見開いて身体を震わせた。泣きそうな顔を浮かべた一夏に鈴音は呆れたように吐息をして一夏の頬を撫でる。

 

 

「言ったじゃない。助けて欲しかったら言って、って。困ってるなら手を貸す、って」

「……あぁ」

「一夏が、全部私にしてくれた事だよ。それが嬉しいの。だから貴方に返すの。ずっと一夏とそうして生きて行けたら楽しいんだろうなって、そう思ったんだよ?」

 

 

 自分の頬を包む鈴音の手に一夏は自分の両手を伸ばす。震える一夏の手は鈴音の手に触れて握りしめる。許しを請うように鈴音の手を両手で挟み、包み込むように握りながら一夏は震える。

 

 

「……鈴」

「なぁに?」

「俺、お前に何かしてやれてたか?」

「いっぱいしてもらったよ」

「俺、もうお前に何も返せないかも」

「じゃあ私が貰った分をいっぱい返してあげる。そしたらそれを返してくれる? 貴方は受け取ってくれる?」

「……俺は、受け取っても良いのか? 鈴に返してやる事が出来てるか?」

「今更、何言ってるんだか。それとも……私は貴方にとって返す価値もない女?」

 

 

 鈴音の言葉を否定するように一夏は鈴音の身体を抱き寄せた。離したくない、と震える両手で必死に抱きかかえながら。小刻みに震える一夏の身体に鈴音は眉を寄せ、しかし仕方ないと言うように微笑して、ゆっくりと一夏の背に手を伸ばした。

 

 

「あ~ぁ。もっと感動的な場面で抱きしめて欲しかったなぁ。なんか私がこれからアピールしようって思ってたのに、全部パァにされちゃったし。本当に乙女心を何だと思ってるのよ」

「……ごめん」

「次に期待して良い?」

「……期待してくれるのか?」

「馬鹿。……言わせないでよ。言ったでしょ? 貴方に、私を、奪わせて見せるって言ったでしょ?」

 

 

 ――だから奪ってよ。欲しいって思ったら、全部奪っていいよ。

 

 

 鈴音に耳元で囁かれた言葉。一夏は強く鈴音を抱きしめた。子供のように泣き縋りながら。手に入れたものを喜ぶように。失わなかった事に安堵するように。ただただ閉じこめるように鈴音を抱きしめた。

 強く抱きしめられて少し苦しいのか鈴音は顔を歪める。けれどその力が必要とされる事がわかって鈴音の頬を緩ませる。背中をさするように撫でながら――やっと、この腕に収まる事が出来たと安堵と喜びに震えながら、鈴音は一筋の涙を頬に落とした。

 

 

 

 




「捕まえて。捕まえる。幸せ? 幸せいっぱい。腕の中。いっぱい幸せがあるの」 by雛菊 

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