天才兎に捧ぐファレノプシス   作:駄文書きの道化

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 瞼を開ければ見慣れた天井が視界に映った。ぼんやりと天井を眺めて一夏は思い出したように息を吐き出した。目の周りが乾燥しているようで瞬きするだけでぴりぴりとした痛みを感じる。目を擦りながら起きれば自分がベッドに横になっていた事に気付く。

 

 

「あ、起きた」

「……ハル」

 

 

 一夏は声の方へと視線を向ける。一夏の寝ていたベッドとは逆側の壁につけられたベッド、その上にハルが座っていた。空中ディスプレイで何かを見ていたのだろうか、空中ディスプレイを消して立ち上がる。

 

 

「疲れただろ? まだ起き上がらない方が良い」

「……俺は……」

 

 

 どうしてベッドで寝ているのかを思いだそうとして箒の姿を思い出した。優しく髪を撫でられた感触がまだ頭に残っている。思い出してしまえば目の奥から熱いものが込み上げてきて言葉を呑んだ。

 そんな一夏の様子に吐息しながらハルは部屋に備え付けられている冷蔵庫に入れていた水を取りに歩き出す。一夏はただ何も言わず、布団を握りしめて震えていた。そんな一夏にハルは水を差し出す。

 

 

「少し飲んだ方が良いよ。水分無くなってる筈だから」

「……」

 

 

 一夏は受け取らない。ただ小刻みに身体を震わせるだけだ。仕方ない、とハルは溜息を吐いてサイトテーブルの上に水を置いて先ほどと同じように自分のベッドの上に腰を下ろした。

 

 

「……何も聞いて欲しくなさそうだけど、僕も僕で話があるんだ」

「……なんだよ」

「そうだね。まずは……どうだった? 箒に甘えて、慰められて満足した?」

「――ッ!」

 

 

 一夏は睨み付けるように顔を上げてハルを見るも、すぐに力を失って視線を落とした。一夏の瞳から涙がこぼれ落ちて、一夏は涙を隠すように膝を抱えて蹲ってしまう。

 聞きたくない、と蹲る姿にハルは苦笑する。箒と別れる際にあまり虐めるな、と釘を刺されているのだが、これでは本当に自分が一夏を虐めているようだと。

 

 

「大事な事だよ。一夏」

「……何が大事なんだよ」

「人生は満足しないと辛いんだ。この先ずっと続いていくんだ。だから満足を求めて人は生きても良いじゃないか。諦めないで走って、君は1つの成果を得たじゃないか」

「成果……? こんな情けない姿が……? 箒の気持ちを裏切ってまで! 慰められて! こんな情けない俺が何の成果だって言うんだよ!?」

 

 

 膝を抱えながら一夏は叫ぶ。こんなのは成果でも何でもないと。ただ惨めを晒しているだけだ、と。

 そんな一夏の言葉にハルは目を細めた。まるで感情を見出す事が出来ない表情で一夏を見つめ、呆れたように言葉を発した。

 

 

「箒の思いを否定するの?」

「……ッ!」

「君が好きじゃないってわかって、それでも君が心配だからって伸ばそうとした手を君は振り払おうとしたんだよ? しかも君の我が儘で。一夏、本当にそれで良いの? はっきり言うよ。もっと惨めになりたいのかい?」

「うるせぇ……っ!」

 

 

 自分の身を守るように縮こまる一夏の姿はあまりにも弱々しい。嗚咽も殺しきれないのか、喉の奥から泣き声を漏らしながら自分の身を抱える。

 

 

「一夏」

「何だよ……! 構うなよ、出て行け……!」

「ここは僕と君の部屋で出て行けなんて言われる筋合いはないんだけどなぁ。まぁ、泣いて恥晒した顔なんて見られたくないのはわかるけどさ、とりあえず聞いてよ」

「聞きたくない」

「じゃあ勝手に喋るさ。僕は勘違いしてたんだ。君が一生懸命、目標に向かって走り続けられる奴だと思ってたんだ。けど一夏は違った。君はただ受け入れてくれる手が欲しかったんだね」

「やめろ……!」

「――ごめん、一夏」

 

 

 ハルは口にする。期待をかけてすまないと。余りにも重すぎた期待を一身に背負って彼は走り続けてきた。今ならわかるのだ。一夏の弱々しい姿は、もしかしたら自分がなっていてもおかしくは無い姿だったと。

 ハルも、クロエも、そして一夏も。この三人はどこか似通っている。個性もあるけれどある一点において共通している。――彼等はいつだって受け入れて欲しいと、救いを求めて叫び続けていた。

 

 

「僕は君の助けてって言う声を聞き逃してたんだ。昔、僕が束を困らせる程に叫んでいた筈なのに。受け入れて欲しくて無茶もたくさんしたさ」

「……俺は、助けて欲しくなんかない……」

「意固地になるなよ。もう良いだろ? それに、もう君は頑張れないよ、一夏。だって箒がさせないから」

「……なんで……ッ」

「大事な弟弟子で、幼馴染みだからだってさ。……なぁ、良いじゃないか。一夏。僕も認めるのにかなり時間がかかった。僕の場合は3年かかったんだから、そう簡単に認めろなんて難しいよ。それでも……――僕等はもう愛してくれるって差し出された手を取っても良いんだ」

 

 

 ハルは束に、一夏は箒に。走り続けて、走り続けて。無茶までやって見せてその果てにようやく受け入れられた場所を見つけた。ハルが気付くのが早かったのはきっと束しか見えていなかったから。

 だが一夏は誰も見えず、ただ、ただ走り続けてきた。だから誰も気付けなかった。彼は全て置き去りにして走り去ってしまうから。ただ際限なく救いを求めながらどこまでも。茨の道をただ一人で走り続ける。

 そうすれば頑なにもなるだろう。自分の身を守るために、自分の考えを守るために、信じられなければもう走る事が出来なくなるのだから。

 

 

「悩んで、足を止めても、寄りかかっても。それでも許してくれる相手がいてくれる。居ても良いんだって思えれば良いんだ。僕は束に身を預けられるまで、本当に束に迷惑をかけた」

「……お前が?」

 

 

 一夏は意外だ、とハルを見るように顔を上げた。ようやく顔を上げた一夏にハルは苦笑して、自分の胸に手を当てた。

 

 

「昔の僕はそれこそ束しか見えていなくて。束が全てで、束の為に何もかも捧げなきゃ駄目だと思ってたさ。けど違うんだ。ISに乗って広がった世界を見た。束の夢の大きさを身を以て知った。その夢を守ろうとまた1つ視野が広がって、今度はラウラとクロエに出会った。そうしたらまた1つ夢が広がって……今は君や箒やクリスもいて、IS学園に身を置いてる。

 一夏、足を止めなきゃ世界なんて見えないんだ。それも世界は大きくて一度じゃ1つすら見つめる事すら難しいんだよ。だから足を止めなきゃいけないんだ。僕等と取り囲むものは絶対に1つじゃない。世界は大きな1つだけど、世界にはいろんなものが詰まっていて僕等じゃ推し量る事なんて出来ない」

 

 

 最初に束を見つけて、束を愛そうとして、ISに出会い、束の夢を知り、束の夢を愛して、ラウラとクロエと出会い、夢の広がりを見て、世界の難しさに悩み、決断して……。

 1つの発見がまた新たな発見へと繋がる。増えた1つがまた新しい1つを見せていく。連鎖的に広がっていく世界の中でハルはようやく自分の姿を見つけた。そうして見えた1つの答えがある。

 

 

「僕はとっくの昔に束に必要とされていたんだ。そして……僕も、束が必要だったんだ。僕が束を求めていたんだ。だから僕が束に捧げられるものなんて……本当はこの気持ちだけしかなかったんだ」

「ハル、お前……」

「寄り添う為には僕の身体が必要で、束と手を繋ぐには手が必要で、束と言葉を交わすには喋る口が必要で、束と過ごす時間の為に僕は僕を投げ捨てる訳にはいかなかったんだ。なのに全部捧げてまでなんて、そもそもがおかしいだろう? 愛するなんて口にしながら、いつ消えたっておかしくないんだから。そんなのただの自己満足だ」

 

 

 だから求めた。側にいる事を。愛される事を。その分だけ愛する代わりに。ずっと側にいると誓って、ようやく求めていた証をもう自分は持っていた事に気付いた。

 

 

「人は間違うよ。どうしても。全てなんて知り得ない僕等は何が正しくて、何が間違いなんてわからない。わからないけども……信じて走るしかない。それでもそれがやっぱり全部じゃないから一息置いて、世界を見て、考えるしかないんだ」

「……」

「箒は考えたんだ。そして答えを出した。自分が見ていたものは幻だったんだと。だから改めて見て、弱い君を見つけた。走って走って、もう何も見えなくなっているのに走ろうとしている君を」

 

 

 一夏が息を止めて、身体を震わせる。表情を苦しげに歪めながら。

 

 

「人を助けるのって難しいんだ。手を伸ばしても気付かれなければ掴んで貰えないし、掴んであげたくても助けを求めてないなら助けられない。なら無理矢理ぶつかって足を止めさせるしかない。でも傷つけ合う事になるからそれもやっぱり辛い」

「……俺は、箒を傷つけた」

「箒も君を傷つけてたんだ。認めようよ、一夏。君が全部悪いなら、もう今頃、誰も君の側にいないんだよ」

「そんな……! だって俺が! 弱いから!!」

「君一人で一体どれだけ救えるって言うのさ。……箒はそんな君でも受け止めると決めたんだ。例え傷つけられても、傷つけても、一夏の事を見ているんだって」

「俺に! そんな資格がない!! だって、だって……俺は、箒に何も返せない……!」

「……なんで皆、同じ事言うんだろうなぁ。本当」

 

 

 愛して貰うのに資格がいるとか、何も返せないとか。本当に耳が痛い、とハルは苦笑する。

 

 

「一夏。結局さ、これに尽きると思うんだよ」

「なんだよ……!?」

「愛するのに理由なんていらない。理屈なんて知った事か。ただ好きなんだ。だから求めるんだ。その為に……人は努力するんだよ、きっと」

 

 

 ハルの言葉に一夏は顔を歪ませて身を折るように曲げながら自分の身体を抱きしめる。

 

 

「……なんで……! なんでお前も……箒と同じ事言うんだよ……!!」

「一夏?」

「苦しめるぐらいなら好きにならないって、あいつ言ったんだ! 俺は! 別に苦しんでなんかいない! 俺は……頑張れる……頑張れる……から……!!」

「……馬鹿。男に慰めさせるなよなぁ」

 

 

 ハルは呆れたように苦笑しながら一夏の頭にぽんぽん、と手を乗せて髪を撫でてやる。

 

 

「もう良いんだってさ。頑張らなくても君が好きなんだってさ。報われる事はもう望まない。――だから君を支えるんだと」

「箒……ッ……!!」

 

 

 決して見返りを求めない。ただそっと背を押して、その先で一夏が笑っていられれば良い。それが箒の見つけた答え。箒が選んだ答え。それは決して恋じゃないけど……確かな愛情だ。認めて、与えて、心を満たしてくれる確かな想い。

 

 

「なんで……! なんで……!」

「一夏……」

「受け入れたら、俺……もう、走れねぇのに……! 弱くなるのに……!」

「……弱くなって、そして強くなれば良いんじゃないかな? 何度も、何度も繰り返してさ」

 

 

 折れる度に何度も直して。その身を強固にしていくように何度も繰り返せば良い、と。

 

 

「もう、折れて良いんだってさ。箒はそう言ってるよ」

「……っぁ、……ぁあッ……! 箒……! ごめん、ごめんっ……!! ぁ、ぁああああああああああッ!!」

 

 

 喉を引き絞って叫ぶように一夏は叫ぶ。その謝罪が一体何を意味するのか察してハルは一夏から手を離してそっと目を伏せた。

 辛いだろうな、と想う。それは……身を削ぎ落とす事ときっと変わらない。一夏の悲鳴のような泣き声はその痛みによるものだろう。だけども止める事はきっと出来ない。

 

 

「あぁああ……ッ!! ちくしょう……! ちくしょう……! 何、やってんだよ……俺……!! 箒……! ごめん、ごめんよ……!! 俺……ッ……!!」

 

 

 ――お前が、俺の事を好きじゃなくなる事を受け入れてる。

 

 

 あんなに失いたくないと足掻いていたのに、今、箒の思いを切り捨てようとしている。もう彼女に恋い焦がれられる事が無くても良いと。

 その代わりにくれた別の想いを一夏は受け入れようとしている。今まで胸を占めていた心をゆっくりと引き剥がすように。

 そして新たに受け入れた想いがあまりにも優しくて、暖かくて一夏は身を震わせるように身体を抱きしめて泣いた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「……落ち着いた?」

「……あぁ、悪い」

 

 

 目を真っ赤に腫らした一夏がハルから受け取ったティッシュで鼻水を拭う。何度も拭った目の周りもまた真っ赤で、一夏の顔が真っ赤に染まっている。ただそれでも一夏は力を抜いたような表情で穏やかだった。

 

 

「あー……泣いた」

「あぁ。全部見てたよ」

「やめろよ。うわぁ……マジで恥ずかしい。なんだろう。泣いただけで心持ちが変わるって言うかさ……もうなんか疲れた」

「当たり前だろう。ずっと走り続けてきたんだ。……どう? 足を止めてみて」

「……あぁ。凄い楽になったよ。箒に申し訳ないって思うけど、これで楽になれると思う」

「そうか……。これからどうするんだい?」

「……箒にはもう謝らない。もうあいつに謝る事なんてないからな。だから……もう一人、待たせた奴に謝りに行く。後は……皆にも謝る」

 

 

 ほぅ、とハルは少し驚いたように一夏を見た。

 

 

「驚いた。鈴の事は言うとは思ってたけど……皆って?」

「お前や束さんとか……俺を見ててくれた皆だよ。ずっと馬鹿やっててごめん、って」

「そうか……。なら遠慮する必要は無いな」

「え?」

 

 

 むんず、と。ハルは一夏の首根っこを掴む。自分より身長が低いハルによって持ち上げられる。襟首を掴むハルの握力は尋常ではなく引き剥がす事が出来ない。床に引き摺られながら一夏はハルの顔を見上げる。

 

 

「お、おい? ハル?」

「一夏には言いたい事があってね。――よくもクロエに妙な火遊びさせやがって」

「ひ、火遊びって……!」

「クロエの事に気付かなかった僕と束も悪いさ。まぁ謝ったら許して貰ったけどさ。じゃあ次はお前だ。クロエに謝った後は――折檻だ。クロエに妙な火遊びをさせた責任は重いぞ。我等がラウラ大先生が首を長くしてお待ちだぞ?」

「ラ、ラウラ大先生って何だよ!?」

「悟りの道を開き、修羅へと至った我等が守護神さ」

「た、ただの悪夢じゃねぇか!?」

「諦めて受け入れろ。――明日は学校に行けないなぁ。千冬にロップイヤーズは大会議がある為、授業に参加出来ないと伝えて置こう」

「な、何されるんだよ!? 俺!?」

 

 

 恐怖に戦く一夏に、ハルは一夏を見下しながら笑みを浮かべた。まるで目が笑っていない、口先がつり上がった笑みに一夏は短く悲鳴を上げた。

 

 

「秘密、かな? でも命を失わないのが良心的だよね」

「本気で何するつもりだ!? 悪かった! 俺が悪かったから!! 全面的に俺が悪かった!! だから手心を――ッ!!」

「はっはっはっ」

「笑ってないでなんとか言ってくれッ!?」

 

 

 一夏が藻掻きながら悲鳴を上げるも力は決して緩まず、一夏はそのままハルによって引き摺られていくのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それからの顛末を語ろう。

 ハルに引き摺られて一夏はクロエと対面する事となる。二人は顔を合わせるなり互いに頭を下げた。

 

 

『ごめんなさい!』

 

 

 タイミングがまるでぴったりで叫ぶ言葉も同じだったのが妙にツボに嵌り、一夏とクロエが互いに顔を見合わせる中、周りにいた高天原の面々は笑いを零していた。

 顔を合わせた二人はぽつり、ぽつりと自分の思いを口にした。高天原の住人達が見守る中、互いに確かめるようにクロエと一夏は言葉を交わした。

 

 

「……私は一夏に気付かされました。甘えても……消えないんだって。想いはずっとここにあるんだって。それを教えてくれたから、それでも怖かったから、一夏に甘えてました。本当に勘違いして、勘違いさせて……ごめんなさい」

「……俺の方こそ、諦めないって言い続けてれば良いと思ってた。でもその先を勘違いしてたんだ。俺は本当は……誰かに甘えたかっただけなんだって。だから無意識だったけど、クロエにそれが否定されたみたいで頭に来たんだと思う……色々と押しつけた。本当にすまなかった」

 

 

 結局の所、互いに同じものを求めていて、まったく逆の手段を取っているから受け入れられず、否定し合って、否定し合ったからこそ気付いた。だから一緒だったんだと気付けば自然と距離が近いように感じただけ。

 だがそれは錯覚だ。確かに一緒ではあるけれども心の距離は縮まっていない。実際、クロエは一夏を見ても何も安堵感は覚えなかった。束に繋がれている手が温かさを教えてくれるから。だから本当に勘違いで、改めて距離が近くなった彼を見ると恥ずかしくなる。

 一夏も同じだ。束に手を繋がれているクロエの姿が今なら羨ましく思う。そうして受け入れられている筈のクロエが我慢しなければ受け入れて貰えないなんて話はおかしいと。なら自分はどうすれば受け入れて貰えるのかなんて、諦めない以外の方法を知らなくて。

 互いに近づいた距離で互いを見て、自分を省みて思う。自分たちは同じで、同じだからこそ傷つけ合って、同じだから嫌い合っていた。これからはまだどうなるかはわからない。あまりにも近すぎるから、またここから初めて行く事になるのだと思う。以前とはまた、違った関係で。

 

 

「さて、一夏。姉上の許しが得られても、この私の怒りが静まると思ったら大間違いだ……!!」

「ラ、ラウラ……! なんでそんなに目が光り輝いてるんだ!? 物理的に金色の瞳が光ってるぞ!? ちょ、ちょっと待て、ぐぁああああああ!?」

 

 

 話が終わったのを見計らって一夏に対してラウラが襲いかかって叩きのめしたり。叩きのめされる一夏を見かねて、流石にクロエが止めようとすると束が満面の笑顔でクロエを押し止めたり。

 そんな騒がしい光景。それを見つめる箒はどこまでも穏やかな表情を浮かべていた。箒に近づいてハルは箒の肩に手を置いて意識を向けさせる。

 

 

「……良かったんだね?」

「しつこいぞ。……だが心配してくれてありがとう。だが私は大丈夫だよ。むしろ楽になった方だ。もう過去に縛られる事はない。過去は、積み上げていくものだからな」

 

 

 一夏を見つめる視線はどこか可笑しそうで、けれど優しげで。ハルはそれ以上の言葉を箒にかける事は無かった。そんな箒とハルの肩を後ろ側から抱き寄せるように肩を組んで来たのはクリスだった。

 二人は驚いたようにクリスを見ると、クリスは猫のような笑みを浮かべて喧噪を見守っている。

 

 

「本当にここは騒がしくて飽きないな。……どれ、いっそ私達も混ざろうではないか」

「なに?」

「……ふぅん。だってー? ラウラー?」

「両手両足……ふむ。良い塩梅だな」

「両手両足って何だよ!? まさか一人一本とか言うんじゃねぇだろうな、って折れる折れる折れる折れるぅぅぅううううう!?」

 

 

 一夏の悲鳴が響き渡る中、喧噪の中に混じっていくようにハルと箒をクリスは押していく。あわあわと慌てているクロエをしっかりと抱き留めながら束はニコニコとその光景を見守っていた。

 

 

「クーちゃん、いいんだよー? これはじゃれ合ってるだけだから」

「あの、悲鳴が……あれは本当に危ないんじゃ?」

「良いの良いの。――ちーちゃんの弟なら殺した所で死なないって」

「束様!?」

 

 

 そんな騒がしい喧噪の中、高天原の夜は更けていく。

 

 




「優先順位? ハルと、束様。どっち? どっちも選べない。でも……どっちも守る為に。雛菊は強くなる。二人と一緒に」 by雛菊

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