今から四年前……七耀歴1198年の初夏。一人の男性がヘイムダルに来ていた。
~帝都ヘイムダル郊外~
「ふぁ~………よく寝たな。」
男性――猟兵団『西風の旅団』の団長、レヴァイス・クラウゼルは目を覚まして背筋を伸ばした。
彼がここに来たのは、夏至祭のため……団員が帝都見物をしたいという理由で、ヘイムダルまで来ていたのだった。ただ、本人はそんな気ではなく、郊外の森の中にいた。特に目的があるわけでもなく、ぶらついていると……切り立った崖の前に出た。
「しっかし、高いな……まぁ、これぐらいならよゆ……う………」
呑気にその崖の高さを呟いたレヴァイスだったが、その発言は彼の目に映ったもので遮られた。彼にとっての刺客とかではなく、岩でもない……彼の見上げた先、つまりは崖上から落ちてきた対象――それは、一人の女性だった。
「はぁ!?空から女性がっ!?」
飛び降りたところを見たわけでもないので、空から落ちたものだと解釈したレヴァイス。
とりあえず、手持ちにある物を確認……使えるものを確認すると、自信の持てる限りのスピードで駆けだす……弾を装填し、左に持つ銃で後ろに向けてアンカーを放ち、予測落下地点に駆け出し……危うく地面でぶつかりそうになったところを滑り込み、女性を受け止めると同時に足でブレーキをかける。それと同時に、放ったアンカーが木に刺さり彼の体を止めるためのブレーキとなる。
「ふぃ~………おい、しっかりしろ。」
「………」
レヴァイスはその女性に問いかけるが、気絶しているのか特に反応は見られない。手首で脈の有無を確認し、外傷も確認したが特に問題はなさそうであるが……それよりも、何故女性がここにいるのか解らずにいた。
「………仕方ない、か。」
とりあえず、デューレヴェントに運び込んで医務担当の団員に診せた後、レヴァイス自らが彼女の面倒をみることにした。元々は自分の判断でここまで運んだ以上他人任せにはできない……それが、彼なりのプライドだった。
~デューレヴェント 医務室~
―――悲しかった……あれほど愛していた人が、私を裏切った。貴族の嫌がらせぐらいならばまだ耐えられた。あの人が愛してくれている。その心の支えがあったから……だからこそ、彼の裏切りは私にとってこれ以上ないくらい辛くて……そして、私は身を投げた。ごめんなさい、叔父さん……ごめんね、マキアス……
「…………」
―――でも、私の目に飛び込んできたうっすらと映る景色……私は、夢でも見ているのだろうか……すると、傍らにいた一人の男性……叔父さんよりも幾分か若い人……その人の姿が目に映る。そして、私は声をかけた。
「すみません、ここは天国でしょうか?」
「………ああ、成程な。残念ながら現実だが。」
レヴァイスは女性の第一声で大方の事情を察した。普段は人気のないはずの森にいた理由……つまり、レヴァイスは女性の自殺を止めたということに繋がるのだと。女性はレヴァイスの言葉を聞き、涙を流し始めた。
「ど、どうしてですか……私は……私なんて……」
「……その、俺はお前さんの事情なんて知らないし、俺の目の前で何の罪もなさそうなお前さんが死んだら、目覚めが悪くなっちまう……ただそれだけだったんだが?」
「私は、平民故に貴族に疎まれて……私は、彼に嫌われて……」
単純な恋の縺れではなく、身分の違いによる恋愛……それに関わり、彼女は幾度となく嫌がらせを受けてきた。深い事情を聞いたわけではないが、レヴァイスにはそのように感じた。そして、貴族だった彼に、最後は裏切られた……この場にその彼氏がいたら、彼女の代わりにぶん殴ってやりたい衝動にかられたのは、レヴァイス自身不思議な気持ちだった。
「お前にも大切な人がいるだろう……勝手に死んだら、そいつらの事はどうするつもりだ?」
「っ!?………解ってはいます……ですが、私にはもう生きる理由なんてっ……!」
(……仕方ねえか。ま、アイツらは納得してくれるだろう……)
これは、相当なまでのダメージを負っている……それも、今まで耐えてきた分まで噴き出し、今ここで彼女を見捨てれば間違いなく命を落とす選択や行動をとるだろう……レヴァイスは、内心『あまり褒められたやり方ではない』が、彼女の心を救うことにした。自分の目の前で死んでもらうと彼女の身内から呪われそうで怖いという思いもあったが……
「生きる希望がない、か……なら、俺が希望になってやる。」
「え、それは……んっ!?」
レヴァイスはそう言って、女性の唇を奪った。レヴァイスの行動に目を見開くも、更なる彼の行動に彼女は驚愕した。
「んっ………ちゅ…………ちゅる………」
「んん~!?………ん~!?……ちゅ………ぷはっ」
何と、レヴァイスは躊躇いもなく自分の舌を彼女の口の中に入れ、彼女の舌と絡めたのだ。紛れもないディープキス……女性は拒否しようとも思ったが、彼の巧みな舌使いと頭を撫でる彼の手の暖かさに、彼女の表情は次第に緩み……互いの唇が離れたころには、蕩けつつも妖艶な表情を浮かべた。
「はぁ……はぁ……いきなりだなんて、激しい人ですね。」
「嫌だったか?」
「最初はちょっと思ってました……でも……信じて、いいんですね?」
「俺は何かと人を大切にする性分なんでな。仲間やアイツや……お前も、その一人に加えてやるさ。ま、ここじゃなんだから俺の部屋に行こう。」
「……はい。」
そうして、レヴァイスの部屋に行く二人。互いに身体を重ね合うまでには、さほど時間はかからなかった。
………数時間後、外はすっかり日が落ちて夜になっていた。ベッドで横になっているレヴァイスとその女性。無論、双方とも何も付けていない状態ではあるが。
「そういや、名前を聞いてなかったな。俺はレヴァイス、レヴァイス・クラウゼル。俺の事は名前で呼んでくれ。他の連中は『団長』とか呼んでるが。」
「私はナタリア・レーグニッツと言います。その、不束者ですがよろしくお願いします『あなた』。」
「少し気が早いような………レーグニッツ?ひょっとして、帝都庁の?」
「叔父さんとはお知り合いですか?」
考えてみれば、事が事ゆえに互いの名前すら教え合っていなかった……改めて自己紹介し、その際ナタリアの発言はそれとなく受け入れたが、彼女の名字である『レーグニッツ』に心当たりがあったレヴァイスに、ナタリアは首を傾げた。
「カール・レーグニッツ……帝都庁じゃ相当のやり手だと聞いたな。(マリクがその御仁を『宰相』と繋がる可能性のある者としてリストアップしてたが……)ま、以前のいざこざで顔を合わせた程度だ。」
厳密には、パルムに滞在していた折、賊に襲われかけたところを助けた程度だ。後で襲撃を指示した人物が貴族の人間だと知り、大事になる前に『不審火』という形で『殲滅』した。尤も、この貴族はアーティファクト絡みでもそれなりの罪状があり、『外法』として処理されることが決定済みだっただけに大きな問題とならずに済んだ。
「……今更だが、一つ言っておく。お前さんが考えてる以上に俺のいる場所は『残酷』だ。それでも、ついてくる気はあるか?」
「無論です。私が受けた今までの仕打ちから比べたら、もしかしたらましでしょうし……そのための手ほどきも、していただけますよね?」
「やれやれ、最近の女性は逞しいことで……」
ナタリアの意外にも逞しさが感じられる一言に苦笑を浮かべるレヴァイス。そうやって、呑気に話していた二人……すると、扉が開いてフィーが姿を現す。だが、この三人……特にレヴァイスとナタリアに至っては何も身に付けていない状態なので……
「ん?お、フィーじゃないか。」
レヴァイスは自分の格好を鑑みることなく、挨拶を交わし、
「え………キャアアアッ!?」
ナタリアはフィーの姿と自分の姿を見た後、手で胸全体を隠し、
「……ひるまはおたのしみだったんだね。てか、服ぐらい着て。」
何となく事態を察しつつも、服を着ていないレヴァイスに向かってポケットから取り出したディスクを投げつけた。それをレヴァイスは難なくキャッチした。
「へいへい……またお仕事ですか、っと。」
渋々服を着始めたレヴァイス。身支度を素早く整えると、まだ慌てるナタリアの方に歩み寄り、
「それじゃ、行ってくるからなナタリア。留守番宜しく。」
「ふぇ、えと、あな………んんっ!?」
「続きは帰ってきてからな。フィー、ナタリアの事は任せた。」
「ん。」
またもやディープキスを交わし、フィーに後事を任せるとその場を後にした。
「……えと、フィーちゃん、でいいのかな?」
「うん……レヴァイスは色々破天荒だから、頑張って。というか、服着て。」
「う~んと……ひょっとして怒ってるの?」
「寧ろ羨ましいぐらい。」
「???」
ナタリアのスタイルを一通り見つめた後、フィーは羨ましそうな表情をしつつ言葉を紡いだ。一方、その意味が解らず首を傾げたが……とりあえず、服を着ることにしたのだった。
その後、ナタリアは『アルティエス・クラウゼル』と名を変え、ウェーブがかったセミロングの髪を伸ばし始めた。戦闘力自体は低いものの、アーツ適性が高くレヴァイスやフィーの後方支援をメインとして戦うようになる。他の『西風の旅団』からは『アリス』との愛称で呼ばれるようになり、次第に傭兵の間で知られる存在……“猟兵王”を支える女神のような存在……“西風の聖女(セイレーン)”の異名で呼ばれることとなる。そして、似たような異名や立場にあるシルフェリティアとは互いの団長を通じて交流を深め、仲の良い友人として付き合うようになる。
その四年後……アリスは思いがけない再会を果たすこととなる。
~ヘイムダル郊外 共同墓地~
七耀歴1202年……帝国ギルド襲撃事件終結後、自らの身上を確かめるため、墓地を訪れていたレヴァイスとアリス。二人の目の前に映る墓……レーグニッツ家の墓には、アルティエスの『以前の名』……『ナタリア・レーグニッツ』の名前が刻まれていた。花を手向け、手を合わせた後……二人は入り口に向かって歩いていた。
「しかし、自分自身の墓に手を合わせるのは……何と言うか、不思議なものじゃないのか?」
「かもしれません。けれども、今の私はアルティエス・クラウゼルですよ、あなた。今日の墓参りは、以前の私との『区切り』をつけたかった……それだけです。それに、ちゃんとお墓参りに行けていませんでしたし……」
自分の中の気持ちに整理ができた……それだけでも、大きな一歩だろう。そう言ったアリスの左薬指に嵌められた白銀のシンプルな指輪……レヴァイスとの結婚指輪である。無論、レヴァイスの左薬指にも同じデザインの指輪が嵌められている。
「ま、そういうことにしておくさ……ん?」
「おや……君はパルムで会った……!?ナ、ナタリア!?」
「え……(お、叔父さん!?)」
何にせよ、アリスの気持ちの整理がついたことに一安心したレヴァイスだったが、入り口から歩いてきた御仁……今や帝都知事であるカール・レーグニッツが現れ、彼は依然助けてもらったレヴァイスの姿と……その隣にいたアリスの姿に驚き、アリスはカールの登場に内心驚きを隠せなかった。
「アリス、彼と少し話がしたい。入り口にいるフィーには少し遅れると伝えてくれないか。」
「あ……はい、あなた。」
カールの登場は内心驚きだっただろう……それを察したレヴァイスはアリスに先に帰るよう伝え、アリスは戸惑いつつもその場を離れた。そして、その場にいるのはレヴァイスとカールの二人。先に言葉を発したのは、カールだった。
「レヴァイス殿、先日の『事故』に関しては申し訳ありませんでした。」
「気にするな。こちらはあくまでも『自分の身を守る』ので精一杯だったからな。貴方が気に病むことではないさ。」
「そうですか……アリス殿、と言いましたか。レヴァイスの奥方様ですか?」
「ああ……俺の妻だ。元は貴方がよく知る人物ではあったがな。」
「!!やはり……」
世間体に気を使って話すカールに、レヴァイスは聞きたそうな情報……アリス――アルティエス・クラウゼルはナタリア・レーグニッツであることを伝え、自分の言葉は間違っていなかったのだとカールは確信したと同時に安堵した。
「俺が保護した時、彼女は弱り切っていた……紆余曲折あったが、今は俺の妻『アルティエス・クラウゼル』であり、『ナタリア・レーグニッツ』じゃない。今回ここに来たのは、彼女にとっての『区切り』をつけるためだ。」
「……彼女の捜索が打ち切られたとき、私はナタリアと交際していた男性を責めました。息子も、彼を恨みました。ですが……生きてくれているだけでも、私にとっては嬉しいことです。」
「その言葉、妻に伝えておこう。ああ、あと……彼女をこのような目に遭わせたのは、どこの連中だ?」
「………」
「流石に言えないか……だが、大方の予測からすると<四大名門>……ルーファスあたりかカイエンぐらいか」
「っ!!」
カールの反応を見て『やはりか……』と言いたげな表情を浮かべたレヴァイス。それを思った後、カールに手紙を差し出した。カールは戸惑いながらも、それを受け取った。
「これは?」
「……アンタの息子さん宛の手紙だ。ナタリアの奴は相当気にしてたんだよ……きっと、根が真面目なあんたに似て生真面目な性格になってると……そして、ナタリアを死に追いやった貴族を恨んでるんじゃないかってな。それは、ナタリア・レーグニッツの最後の手紙だ。必ず、あんたの息子さんに届けてやってくれ。」
そう言って、カールに背を向けると入り口に向かって歩いて行った。カールはそれを見届けた後、その場に崩れ落ちて涙をこぼす。自分の非力さと、気付いてあげられなかった悔しさを滲ませながら……
「ナタリア…すまない…すまなかった……」
彼の謝罪の言葉……それが彼女に届いたかどうかは、女神(エイドス)のみぞが知ることだった。
書きたかった第二弾。
しかし、原作で明確に両親とも生きているメインキャラは
・ティータ(中々会えない両親)
・レン(言わずもがな)
・エリィ(離婚はしているが、二人とも存命)
・ティオ(二人とも存命、レミフェリアにいる)
・ガイウス(二人とも存命)
……数えた方が早いってどういうことなの……