英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第69話 二重の戒め

~王都グランセル 東街区~

 

「いやぁ。若い人はうらやましいですね。」

「アルバ教授……」

ヨシュアに近づいてきた人物とは、各地で出会った考古学者――アルバ教授だった。

 

「やあ、しばらくぶりですね。最近、色々と騒がしかったですが平和が戻って本当によかった。やはり人間、平穏無事に暮らすのが一番ですね。」

「………」

「おや、どうしました?顔色が優れないようですが……正遊撃士になれたのだから、もっと晴れやかな顔をしなくては。そうだ、私からもお祝いをさせて頂きましょうか。あまり高いものは贈れませんけど。」

和やかに話しかけてくるアルバにヨシュアは警戒の目を向けた。

アルバはそんなヨシュアの表情に気付き、その表情を解かすために祝いの言葉を言った。だが、その言葉すらもヨシュアの表情を崩させることなどなかった。

 

「あなたと最初に会った時から、強烈な違和感がありました……今では少し慣れましたけど。あなたを見ていると何故か震えが止まらなかった……」

「ほう……?」

ヨシュアの言葉にアルバは何のことかわからず呟いた。

 

「そして、各地で起きた事件……記憶を消されてしまった人たち。あなたは調査と称して、事件が起こった地方に必ずいた。そう、タイミングが良すぎるほどに……」

性格や記憶を操作された首謀者……ボースでのドルン、ルーアンでのダルモア市長、グランセルでのリシャール大佐……その事件の前後に必ずと言っていいほどエステルらの現れた、目の前にいるアルバ。一度ならば説明はつくが、ここまで立て続けに『都合の良い時』に現れるのはもはや『異常』……そう確信していた。

 

「………」

「決定的だったのは、クルツさんの反応です。記憶を奪われたクルツさん……あの人も、アリーナの観客席で気分が悪そうにしていた。そして……あなたも同じ場所にいた……」

それは、準決勝の後……観客席で具合が悪そうにしていたクルツ。エステルらがそのことを尋ねると、どうやら三か月前ぐらいに怪我を負った……本人はその時の後遺症なのではないかと言っていたが、ヨシュアは別の可能性を考えていた。そして、近くの観客席にいたアルバ……疑惑が完全に確証へと変わった瞬間だった。

 

「………」

「アルバ教授……あなただったんですね?リシャール大佐のクーデターをはじめとした、各地方での事件の黒幕。そして、クルツさんを襲った真犯人は。」

アルバは自分に懸けられた疑いを晴らすこともなく、ヨシュアの話に耳を傾けていた。そしてヨシュアはベンチから離れ、アルバの正面に立って睨んだ。

 

「クク……認識と記憶を操作されながら、そこまで気付くとは大したものだ。さすが、『私が造った』だけはある。」

アルバは自分に懸けられた疑いに怒るどころか、逆にヨシュアに感心をした後、不気味な声で笑い謎の言葉を言った。

 

「……え…………」

ヨシュアはアルバの言っていることの意味がわからず、呆けた。

 

「では、その『ご褒美』に暗示を解くとしようか。」

アルバは少し前に出て指を鳴らした。その時、ヨシュアの脳裏に封印されていたさまざまな記憶が蘇った。

 

 

 

――「ハーメル」で起こった悲劇、レーヴェと逃げ、帝国に保護された記憶

 

 

 

――『彼』に心を造られ、『執行者』……“漆黒の牙”となった自分自身の記憶

 

 

 

――そして、今までに出会った『執行者』……ルドガー、ブルブラン、ヴァルター、レンとの記憶

 

 

 

「………あ………あなたは………あなたはッ!?」

アルバの正体を思い出したヨシュアは青褪めた表情で叫んだ。

 

「フフ、ようやく私のことを思い出したようだね。バラバラになった君の心を組み立て、直してあげたこの私を。虚ろな人形に魂を与えたこの私を。」

ヨシュアの表情を面白がるようにアルバは笑顔で信じられない言葉を放った。

 

「対象者の認識と記憶を歪めて操作する異能の力……!七人の『蛇の使徒(アンギス)』の1人!『白面』のワイスマン……!」

「はは……久しぶりと言っておこうか。『執行者(レギオン)』No.XⅢ“漆黒の牙”―――ヨシュア・アストレイ。」

自分に武器を向けているヨシュアを気にもせずワイスマンは醜悪な表情で、ヨシュアの真の名とかつての呼び名で久しぶりの再会を喜んだ。

 

「あ、あなたが……あなたが今回の事件を背後から操っていたんだな!それじゃあ、あのロランス少尉はやっぱり……」

「お察しの通りだ。彼の記憶は消さないであげたからすぐに正体に気付いたようだね。はは、彼も喜んでいるだろう。……それにしても彼も気の毒な事に、ずいぶん痛めつけられたようだね。」

ヨシュアの推理をワイスマンは口元に笑みを浮かべて肯定した。

 

「それと“神羅”のルドガーまで、なぜこの国に……!!」

「ん?ああ……彼は私の与り知るところではない。『使徒』は相互不干渉……それに、彼は『執行者』である以上、私の管轄外だ。色々と邪魔はしてくれたようだが、私にとっては児戯みたいなものさ。」

「あ……あなたは………僕を……始末しに来たんですか……!!」

「そう身構えることはない。計画の第一段階も無事終了した。少々時間ができたので君に会いに来ただけなのだよ。」

ヨシュアはワイスマンが裏切り者の自分を始末しに来たと思って本人に聞いたが、ワイスマンは本来の性格が出た醜悪な表情で否定し話を続けた。

 

「第一段階……あの地下遺跡の封印のことか……」

「『環』に至る道を塞ぐ『門』……それをこじ開けることがすなわち、計画の第一段階でね。ふふ……もはや閉じることはありえない。」

ワイスマンは計画が順調に進んだことに気分をよくし、不気味な声で笑った。

 

「やはり……これで終わりじゃないのか……『輝く環』とは一体何です!?『結社』は……あなたは何を企んでいるんだ!?」

「それを知りたければ『結社』に戻ってくればどうだい?君ならすぐに現役復帰できるだろう。少々カンは鈍っただろうがリハビリすればすぐに取り戻せるさ。」

「………」

ワイスマンの言葉にヨシュアは無言で怒りの表情でワイスマンを睨み続けた。

 

「フフ、そんなに恐い顔をするものじゃないよ。わかっているさ。今の君には大切な家族がいる。尊敬できる父親、実の息子のように自分を愛し育ててくれた優しい母親。そして……何よりも愛おしく大切な少女……たとえ『彼』が、こちら側にいてもそれらを捨てるなど馬鹿げた話だ。」

「……ッ………」

ワイスマンからエステル達のことを出され、ヨシュアは顔を青褪めさせた。

 

「だから私は、君に会いに来た。『計画に協力してくれた』礼として真に『結社』から解放するために。……おめでとう、ヨシュア。君はもう『結社』から自由の身だ。この五年間、『本当にご苦労』だったね。」

「…………え…………」

ワイスマンの労いの言葉にヨシュアは驚きの表情で呟いた。

 

「なんだ、つまらないな。もっと嬉しそうな顔をしてくれると思ったのだが……ふむ、まだ感情の形成に不完全な所があるのかな?」

「僕が……計画に協力………はは……何を……馬鹿なことを言ってるんだ……?」

ワイスマンの呟きにヨシュアは誰にも見せた事のない暗い笑顔で呟いた。自分は少なくとも、協力した覚えなどないはずだ……そう思っていた。だが、それはワイスマンの言葉によって崩されることとなる。

 

「ああ、すまない。うっかり言い忘れていたよ。君の本当の役目は暗殺ではなく諜報だったのさ。」

ヨシュアの呟きにワイスマンはわざとらしい謝罪をした後、ヨシュアの『真の役目』を明かした。

 

「え……」

「『結社』に見捨てられた子供として同情を引き、見事保護されてくれた。そして定期的に、結社の連絡員に色々なことを報告してくれたんだ。遊撃士協会の動向と……カシウス・ブライトの情報をね。」

「!!!」

ワイスマンから自分の役目を聞いたヨシュアはさらに驚いた。自分がいつそのようなことをしたのか思い出そうとするが……全く思い出せない。その様子を見て、ワイスマンが説明を加えた。

 

「無論、そんな事をしていたのは君自身も覚えていないだろう。私がそう暗示をかけたからね。」

「………」

ヨシュアは絶望した表情で顔を下に向け、ワイスマンの話を聞き続けた。

 

「S級遊撃士、カシウス・ブライト。まさしく彼こそが今回の計画の最大の障害だった。」

カシウスに国内にいられてはリシャール大佐のクーデターなどすぐに潰されてしまっただろう。彼の性格・行動パターンを分析して、悟られずに国外に誘導するために……ヨシュアの情報を利用したのだ。

 

「欲を言うなら“紫炎の剣聖”と“霧奏の狙撃手”……彼らの情報も欲しかったが、まあさすがにそれは無理な話だ。藪をつついて“彼ら”に結社の存在を知られる訳にはいかないからね。特に“霧奏の狙撃手”は”剣聖”以上に厄介な相手だ。もし、我々の存在を知られたら……彼らによって全ての拠点を見つけられた“教団”の二の舞になってしまう恐れもあるだろうからな。」

そう言い放ったワイスマン。彼ら二人のおかげで、当初の予定から大幅に狂わされた計画。だが、下手に手を出して結社のことを知られるのはまずい……特に、シルフィアはあの“紅曜石”の義妹。彼女譲りの才覚と実力はワイスマンですら警戒するほどだった。

 

「………嘘…だ………」

「だから……改めて礼を言おう。この五年間、本当にご苦労だった。」

そんなヨシュアにワイスマンは追い打ちをかけるかのように自分の計画の一部が成就したことに礼を言った。

 

「嘘だ、嘘だ!嘘だあああああああっ!……僕は……みんなと……エステルと過ごした………僕のあの時間は………」

「ふふ……何がそんなに哀しいのかな?素知らぬ顔で、大切な家族と幸せに暮らしていけばいいだろう?君が黙っていれば判らないことだ。」

「………」

「しかしまあ……考えてみればそれも酷な話か。ブライト家の者達はどうも健全すぎるようだからね。君のような化物にとって少し眩しすぎたんじゃないかな?」

「………ぁ………」

ワイスマンの『化物』という言葉に反応してしまったヨシュアはある事に気付いた。

 

「君は、人らしく振る舞えるが、その在り方は普通の人とは違う。どんな時も目的を合理的に考え、任務を遂行できる思考フレーム。単独で大部隊と渡り合えるよう限界まで強化された肉体と反射神経。私が造り上げた最高の人間兵器。それが君―――『漆黒の牙』だ。」

「………」

「そんな君が、人と交わるなどしょせんは無理があったのだよ。この先、彼らと一緒にいても君が幸せになることはありえない。」

「………」

「だから、辛くなったらいつでも戻ってくるといい。大いなる主が統べる魂の結社。我らが『身喰らう蛇(ウロボロス)』に……」

ヨシュアに絶望を与えたワイスマンは最後に言い残した後、その場から去って行った。

 

「………これが……罰か………姉さん……レーヴェ……僕は……僕は………………」

ワイスマンが去った後、ヨシュアは絶望した表情で何度もうわ言を呟き続けた…………

 

 

~王都グランセル 東街区・夕方~

 

「はあ、ずいぶん待たされちゃった。何だかんだでもう夕方だし……ヨシュア……さっきのどう思ったんだろ。う~っ……思い出したらまた顔が熱く……」

「おや、エステルさん。」

一方アイスを買いに行ったエステルは溜息をついた後、先ほどの失言を思い出し顔を赤くしたが自分を呼ぶ聞き覚えのある声に気付き、その人物を見て驚いた。

 

「あれ、アルバ教授。こんな所で会うなんて珍しいわね。」

「はは、そうかもしれませんね。そうだ、先ほどヨシュア君とも会いましたよ。おめでとうございます。正遊撃士になったそうですね。」

「えへへ……まあね。あれ……?」

エステルはアルバの様子がいつもと違うことに気付いて呟いた。

 

「?どうしました?」

「教授ってば……いつもと雰囲気が違わない?なんだかすごく楽しそうな顔をしてるわよ?」

「…………はは、見抜かれましたか。実は、考古学の研究で色々と進展がありましてね。それで少々、浮かれていたんです。」

アルバと名乗っているワイスマンは自分の今の感情を見抜いたエステルを称賛して、偽りの言葉で自分が浮かれていることを説明した。

 

「へ~、よかったじゃない。あ……ゴメン!アイスが溶けちゃうからあたし、これで行くわね!それじゃあ、またね~!」

エステルはワイスマンの思惑も知らず、祝いの言葉をあげるとヨシュアのところへアイスを持って、去って行った。

 

「ふふ、なるほど。あれがカシウス・ブライトの娘か……なかなか楽しませてもらえそうだ。」

ワイスマンは去って行ったエステルの後ろ姿を見て、醜悪な表情で口元に笑みを浮かべて呟いた。

 

「………」

その頃、彼の様子を遠くから見つめていた男性――ルドガーは踵を返してその場を後にした。

 

「(あいつ等は『歴史』を変えた……『連中』は歴史を正そうとするだろう……俺は、柄じゃないが問いかけよう……)」

これからのことを一通り考えた後、どこかへと転移した。

 

 

~グランセル城 空中庭園~

 

場所は変わって、グランセル城……その場所に集ったのはアスベル、シルフィア、レイア、トワ、セシリア……そして、黒髪の女性……セリカの姿だった。だが、その恰好はいつもの私服ではなく、“仕事”のための服装……七耀教会所属星杯騎士団守護騎士第四位付正騎士、“黒鋼の拳姫”セリカ・ヴァンダール。それが、彼女の『もう一つの顔』である。

 

「さて……この先、『結社』が本格的に動き出すだろう……今朝方、総長から第五位“外法狩り”をリベール入りさせることが決まった。」

「“外法狩り”……成程、ネギ・グラハムですね。」

「ネギって……ああ、成程。ケビンの髪の事ね。」

七耀教会としては破門扱いした例の御仁が『使徒』の一人であることを知り、それを秘密裏に消すために『切り札』とも言える彼を投入することに決めたようだ。まぁ、第五位の存在は元々秘密裏な上、結構三味線を弾きまくったために第三位と第四位がいることすら『白面』は知らないようだ。

 

「だが、リベールだけでなく色んなところがきな臭くなってるのも事実……そこで、第四位“那由多”トワ・ハーシェル並びに“黒鋼の拳姫”セリカ・ヴァンダールの両名にはエレボニアの方に行ってもらうことになる。」

「え?」

「エレボニアに、ですか?」

アスベルの言葉に首を傾げる両名。トワはともかく、セリカに言わせればホームグラウンドの場所。そこに行く意味を図りかねていた。その疑問に答えるかのように、アスベルが答える。

 

「クロスベルに第九位“蒼の聖典”、レミフェリアに第八位“吼天獅子”と十二位、共和国に第十、十一位……それと、第二位がエレボニア入りした。……あと、第六位“山吹の神淵”だが……彼女もリベール入りする予定だ。」

「そうなると、第三位と第五位から第七位の四名がリベール入りすることになりますね。」

西ゼムリアの諸国に散らばった守護騎士達……それは、これから起こりうることを正確に記録し、『彼らとの戦い』に備えるための布石。

 

「ゲオルグ・ワイスマン……汝の運命は既に決められている。」

既に様々な手筈は整った。十年前の『百日戦役』から積み重ねてきた全ての『切り札』……それらの集大成とも言うべき舞台が幕を開けることとなるのは、少し先の話だった。

 

 




しかし、守護騎士って何かとボケ体質(お笑い的な意味で)持ちなんですよね。ケビンはどちらかと言えばツッコミ担当ですがw

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