その後、一端ジンとオリビエと別れたエステルとヨシュアは初戦突破をエルナンに報告しに行った。
~遊撃士協会・グランセル支部~
「エステルさん、ヨシュアさん。初戦突破、おめでとうございます。」
エステル達がギルドに入るとエルナンは笑顔で出迎えた。
「えへへ、どーもどーも。ってエルナンさん。もう結果知ってたんだ?」
「先ほど、クルツさんたちが教えてくれましたからね。それで……どうです、手ごたえのほどは?」
「そうですね……先輩たちもそうですけど、強敵ばかりが勝ち残った感じです。」
二人はエルナンに特務兵のチーム、アスベル、ヴィクターのチームに関して説明した。また、空賊達も出場していた事を報告した。
「なるほど……空賊達が出場を許可されたのは聞いていましたが、特務部隊の隊長がそこまで凄腕とは思いませんでした。」
「ただの隊員も手強いけど、あの隊長は完全に別格だったわ。大剣を片手で操る膂力と豹みたいにしなやかな身のこなし……得体の知れないヤツだとは思ったけど、あそこまで強いとは思わなかった。」
「そうだね……あの、エルナンさん。ロランス少尉の経歴について何か分かることはありませんか?」
「うーん、残念ながら現状では分かりませんね。情報部は、新設部隊だけあってリシャール大佐が立ち上げの際に各方面から引き抜いたそうです。彼もその一人だとは思いますが……」
ヨシュアに尋ねられたエルナンは申し訳なさそうな表情で答えた。
「そう、ですか……」
「ねえ、ヨシュア……ずいぶん、あの赤いヤツにこだわってるみたいね。何か……気になることでもあるの?」
残念そうにしているヨシュアにエステルはいつものヨシュアでないことに気付き、尋ねた。
「いや、明らかにタダ者じゃないからね。試合で当たる可能性もあるから詳しい戦力を知っておきたいんだ。」
「そっか、なるほどね。でも、もしかしたらアスベル達かヴィクター達が倒してくれるかもしれないわよ。」
「ハハ……まあ、そうなんだけどね。一応念の為だよ。」
エステルはヨシュアの説明に納得した後、ロランス達がアスベルらかヴィクターらに敗北する可能性もある事を言い、ヨシュアはその事に苦笑しながら頷いた。
「そういえば、その少尉ではありませんが……今日の昼頃、軍用警備艇が王都の発着場に到着したそうです。降りてきたのは、大佐の副官のカノーネ大尉だったそうですよ。」
「それは気になる情報ですね。」
「カノーネ大尉ていうと……あの陰険そうな女ギツネね。」
エルナンの情報にヨシュアは真剣な表情で頷き、エステルはカノーネのした事を思い出して頬を膨らませた。
「何でも、七大都市を一通り回ってきたそうですよ。強引に発着場に着陸させるので定期船の運航スケジュールがずいぶん遅れてしまったそうです。」
「まったくロクな事しないわね……」
「七大都市を一回りですか。博士たちを捜索するにしては少し大げさすぎる気がしますね……」
カノーネの行動にエステルは呆れ、ヨシュアは驚いた。
「今、各地の支部で探ってもらっている最中です。何か分かったら連絡しましょう。あなた達は、このまま武術大会に専念してください。」
「うん、そうするわ。」
「それでは失礼します。」
そしてエステル達はレイア達や、自分達が泊まっているホテルに向かって行った。
~ホテル・ローエンバウム~
「や~っと帰ってきやがったか。あんまり待たすんじゃねえっての。」
「この声……」
二人を呼ぶ声……二人がその方を向くと、そこにはナイアルがいた。
「お久しぶりです、ナイアルさん。」
「うわ~、ナイアルだ!何よ、あたしたちをわざわざ訪ねてきてくれたの?」
ナイアルとの再会にヨシュアは軽く挨拶をし、エステルはナイアルが自分達を尋ねて来たと思い、尋ねた。
「おお、わざわざ訪ねて来てやったのよ。武術大会の取材をしてたヤツが少年少女の出場者の話をしててな。詳しく聞いてみりゃあ、どう考えてもお前たちじゃねえか。こりゃ王都に来てるってんでホテルで待ち伏せしてたわけさ。」
「はあ……相変わらず鼻が利くわねぇ。」
「訪ねてきてくれたのは嬉しいんですけど……ナイアルさんの事だから用があって来たんですよね?」
ナイアルの理由を知ったエステルは呆れ半分に感心し、ヨシュアは確認した。
「か~っ、何と嘆かわしい。利害拾得抜きに友情を温めようというお兄さんの真心が伝わらんかね?」
「ウソくさ~……」
「それに、お兄さんというには歳が離れすぎているような気も……」
演技がかかったように見えるナイアルの態度にエステルはジト目で見、ヨシュアは遠慮気味に言った。
「ええい、黙りやがれ!そういうわけでさっそく食事に出かけるぞ。」
「また唐突ですね……」
「別にいいけど当然、奢(おご)ってくれるのよね?」
ナイアルの提案にヨシュアは呆れ、エステルはからかうような表情でナイアルを見た。
「ぐっ、まあいいだろ。編集部の近くに行きつけの店があってな。そこでメシを食うとしよう。」
そしてエステル達はホテルの受付にレイア達に自分達はナイアルと食事する事を伝えるように言った後、ナイアルに案内されて、リベール通信社の近くにあるカフェに向かった。
~コーヒーハウス パラル~
「へ~、雰囲気のいい店ね。酒場というよりは喫茶店てカンジだけど。」
「この匂いはコーヒーですね。」
ナイアルに案内され、入ったカフェの雰囲気にエステルとヨシュアは雰囲気の良さを感じ取った。
「ここのマスターが道楽でやってる店でな。サイフォンで淹れる一杯は絶品としか言いようがねえ。あとは、本場のスパイスを使ったライスカレーがお勧めだな。まあ、食事とコーヒーは後で適当に頼んでおくとして……」
「ちょっと待ったあ!あたしたち、試合で身体を動かしてメチャメチャお腹空いてるのよね。」
「まずは夕食をご馳走になってもいいですか?」
「ぐぐっ……可愛くないガキどもだぜ。ええい、こうなったら好きなだけお代わりしやがれ!それでスクープ取れるならじゅうぶん元は取れるからなっ!」
エステルとヨシュアの言葉にナイアルは唸った後、やけ気味にエステル達を連れて来た本音もいっしょに言った。
「やっぱりそれが狙いか。でも、こんな事ならレイア達も連れてくればよかったな。」
「ハハ、さすがにそれはナイアルさんが可哀想だよ。そういえば、ドロシーさんは今日は一緒じゃないんですか?」
「ああ、ヤツにはちょいと別の仕事を頼んでいてな……まあいい、とっとと頼みやがれ。」
そしてエステル達はナイアルの奢りで食事を楽しんだ…………
「は~、辛かったけどすっごく美味しかったぁ♪トロッとしたヒレ肉とホクホクとしたジャガイモが何ともいえずマッチしてて……うん、今度くる時はレイア達も連れてこようっと!」
「食後のコーヒーがまた絶品ですね。サイフォンで美味しく淹れるのは難しいって聞きましたけど……」
食事を終えたエステルとヨシュアはそれぞれ満足げに感想を言った。
「ったく、人のミラだと思ってバカスカ食いやがって。記者の薄給をなんだと思ってやがる。」
「まーまー。とりあえずご馳走さまでした。それで……やっぱりネタに困ってるわけ?」
文句を言っているナイアルを宥めたエステルは尋ねた。
「フン……ネタなら腐るほどあるさ。だが、親衛隊のテロ事件だの、アリシア女王の健康不調だの信憑性の乏しい情報ばかりでな。はっきり言っちまえば軍のフィルターを通していない生で新鮮な情報が欲しいのさ。」
「………」
「………」
ナイアルの言葉に2人は黙った。
「ドロシーから、ツァイスでの誘拐事件について少し聞いたが……単刀直入に聞くぞ。リシャール大佐の尻尾をお前たち、どこまで掴んでいる?」
「何て言うか、ホント直球ねぇ。」
「そう質問してくるという事はある程度、予測できているみたいですね。」
ナイアルに尋ねられ、エステルはナイアルの質問の仕方に感心し、ヨシュアは尋ねた。
「やっぱり大佐はクロか……ウチの雑誌でインタビューして人気が出ちまった手前、認めたくはなかったが。反逆者、一歩手前ってとこか?」
二人の言葉を聞き、ナイアルは溜息を吐いた後、尋ねた。
「一歩手前どころか、クーデターを目論んでいるわ。」
「デュナン公爵を傀儡(かいらい)にしてリベールを軍事国家にする事を目標としているそうです。」
「おいおい、マジかよ……それにしてもデュナン公爵か。陛下が不調なのをいいことにグランセル城の主人気取りで好き放題やってるみたいだが……不思議なのは、軍のお偉方がどうして動かないってとこか……」
エステル達の情報にナイアルは信じられない表情をした後、考え込んだ。
「うーん、それはねぇ……ねえヨシュア。話しちゃってもいいのかなあ?」
「そうだね。僕たちとしてもできるだけ情報は欲しいところだ。ナイアルさんだったら協力してもらってもいいと思う。」
「おいおい、なんだよ。そんなに良いネタを持ってんのか?」
二人の会話を聞き、ナイアルは食いついて来た。
「あらかじめ言っておきますけど……今から話すことは、記事にしたくても出来ないような内容だと思います。」
「心の準備、しといてよね。」
ヨシュアとエステルはナイアルに念を押した。
「クソッ……。何だかヤバそうな話じゃねえか。まあいい、とっとと話しやがれ。」
そしてエステルたちは今までのリシャール大佐や情報部などについてこれまでのことの真相を話した。
「………」
「あーあ、だから心の準備をしといてって言ったのに……」
エステルらの話……あまりにも愕然としかねない内容の話に唖然としたナイアルの様子を見て、エステルは溜息を吐いた。
「あ、ありえねえ……おい……ホントにマジか?」
「残念ながら本当です。空賊事件から、孤児院放火未遂事件および襲撃事件、中央工房の襲撃事件に至るまで……。全ての事件に、情報部の特務兵たちが関与していたんです。」
「で、軍の上層部は弱みを握られてモルガン将軍は監禁状態。親衛隊は無実の罪を被せられてテロリストとして追われてると……」
信じられない様子でいるナイアルにヨシュアやエステルは先ほど話した今までの事件の真相を繰り返した。
「あーもう!繰り返すんじゃねえ!チクショウ……記事にできるわけねえだろ。最近ウチの雑誌にゃあ軍の検閲が入ってるんだ……。ゲラにした時点でお縄だぜ……」
「そ、そうだったんだ……」
「仕方がないから、当たり障りのない武術大会の記事で埋めているんだが………って、そうか。お前らが大会に参加してるのも何か理由があっての事なんだな?」
「ま、そういうこと。依頼内容にも関わるから詳しくは話せないんだけど……」
「事態を打開するために動いていると思ってもらって結構です。」
「そうか…………」
エステルとヨシュアが武術大会に関わっている真の理由を知ったナイアルは目を閉じて何か考え始めた。そしてやがて目を開いて、ある提案をした。
「……よし、決めた。記者としては動けねえが……俺も一肌脱いでやろうじゃねえか。ギルドでも調べられない事を独自のルートで調べてやらぁ。」
「サンキュ、助かるわ。」
「軍を相手にするわけですから、かなり危険な仕事になると思います。それでも協力してくれますか?」
ナイアルの協力にエステルは感謝し、ヨシュアはナイアル自身を心配し、確認した。
「くどい、こいつは俺の戦いだ。このままペンが剣に負けるのを見過ごすわけにはいかねえんだよ!」
「ナイアル……」
「分かりました……。どうかよろしくお願いします。」
ナイアルの言葉を聞き、エステルは初めてナイアルを見直し、ヨシュアはお礼を言った。
「おお、任せとけってんだ。それで、具体的にはどういう事が知りたいんだ?」
「そうねえ……やっぱり軍の動きかしら。モルガン将軍はどこに監禁されているのとか…」
ナイアルに尋ねられ、エステルは現在欲しい情報を並べて言った。
「なるほどな。俺もその辺は気になった。それは調べておくとして……他にはあるかよ?」
「……あの……情報部の人間の経歴なんて調べられないものでしょうか?」
「へっ……?」
「情報部員の経歴だと……?」
ヨシュアの言葉にエステルは目を丸くし、ナイアルは以外そうな表情をした。
「具体的には、中心人物と思われるリシャール大佐とカノーネ大尉、そしてロランス少尉の3人です。この先、彼らと対決するなら詳しい経歴を知っておきたくて……」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずってヤツか。」
「確かに、大佐もそうだけどあの少尉のことは知っておきたいわね。ヨシュアも言ってたけど、明日の試合か明後日の試合で当たることになるかもしれないし……」
ヨシュアの説明を聞き、ナイアルとエステルは納得して頷いた。
「ナイアルさん、お願いできますか?」
「……軍には何人か知り合いがいる。機密情報ならともかく、単なるプロフィールだったら調べてもられるかもしれねえ。よし、何とか当たってみてやるよ」
「サンキュ、助かるわ!」
「よろしくお願いします。」
「なあに、いいってことよ。その代わり、お前たちが優勝か準優勝してグランセル城に招待されたら色々と話を聞かせてもらうからな。」
「やっぱりそう来たか……」
「分かりました。差し支えのない範囲なら。」
ちゃっかり交換条件を出したナイアルにエステルは呆れ、ヨシュアはナイアルの交換条件に頷いた。
「………にしてもこういっちゃあなんだが、優勝はおろか準優勝ですら正直難しいと思うぞ?」
「へ、なんで??」
ナイアルの言葉にエステルは首を傾げた。
「リベールでも選りすぐりの正遊撃士のチームに特務兵達のチームもそうだが……なんといっても、“不破”もとい“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト、それと“光の剣匠”ヴィクター・S・アルゼイド……お前達のチームにあの”不動”がいるとはいえ、正直勝つのはかなり難しいと思うぜ。」
「実力差が明らかなのはわかっています。でも僕達も依頼の件がありますから、何が何でも勝ってみます。」
「そうよ!それにそんなのやってみなきゃわかんないわよ!」
ナイアルにアスベルやヴィクターとの実力差を指摘されたエステル達だったが、ヨシュアは決意を持った表情で優勝する事を言い、エステルは強く言い返した。
「はぁ…………“光の剣匠”はともかく、“紫炎の剣聖”の強さを知らないから、そんな事が言えるんだよ。」
「父さんと同じ“剣聖”の異名……ナイアルさんはアスベルがどれだけの実力を持っているか知っているのですか?」
アスベルの強さを知っているように語るナイアルを見て、ヨシュアは尋ねた。
「知っているも何も、去年の武術大会の優勝者かつ、『百日戦役』後再開された武術大会に毎年出場して優勝している遊撃士だからな。王都に住んでいたら嫌でも噂が聞こえてくるぜ。俺も一度だけ試合を見たが……俺みたいな素人でも次元が違う事ぐらいわかるぜ。」
「毎年優勝って………凄いと思うけど、相手がそんな大した事ない相手ばかりだったじゃないの?」
アスベルの事を語るナイアルにエステルは何気に失礼な事を言った。
「いーや、それはない。なんせモルガン将軍には余裕勝ち、カシウス・ブライトとは激闘の末、あのカシウス・ブライトを地面に膝をつかせたんだからな。」
「はぁ!?アスベルがと、父さんを!?」
「それは確かに一筋縄ではいかなさそうですね………」
カシウスまで敗北した事にエステルは驚き、ヨシュアは気を引き締めた。
「っていうか、父さんってそんなに強いの??いまいちピンとこないんだけれど……」
「エステル………」
「お前なあ……自分の父親がどんだけ強いか知らないから、そんな事が言えるんだよ………」
カシウスの強さをいまいちわかっていないエステルに、ヨシュアとナイアルは呆れて溜息を吐いた。
「………そうだ!すっかり忘れていたぜ!そういえばジェニス王立学園でアルゼイド侯爵閣下とお前、共に親衛隊員達と戦ってたじゃねえか!ダルモア市長逮捕の件ですっかり忘れていたぜ!」
「あ、ヴィクターとの共闘の事?別に大した事じゃないわよ~。」
「“光の剣匠”を呼び捨て!?お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
エステルがヴィクターの事を呼び捨てにしている事にナイアルは声を上げて、驚いた。
「別にそんなに騒ぐような事じゃないでしょ?あの時のヴィクターは自治州の長じゃなくて、ラウラのお父さんとして戦っていただけと思うわよ?」
「それだけじゃないだろう、エステル?“帝国の至宝”とも出会えた事も十分凄いと思うけど……」
「あ、アルフィンね!今頃何をしているのかしら?」
「………もういい。これ以上聞くと眩暈がしてくる上、心臓に悪い。カレーとコーヒー代は払っておくから、先に出るぜ。………何か進展したら、教えてやる。」
エステル達の会話から次々と信じられない人物の名前が出て来て、エステル達の会話があまりにも信じられない内容ばかりで眩暈がしたナイアルは立ちあがって、会計を済ませてフラフラとカフェを出て行った。
「ナイアルの奴、寝不足なのかな?あんなフラフラして、大丈夫かしら?」
(さすがのナイアルさんもリベールやエレボニアの重要人物の事を気軽に話すエステルについていけないか……)
出て行ったナイアルの様子にエステルは首を傾げ、ヨシュアは心の中でナイアルを哀れんだ。
その後、エステル達はホテルに戻って早めに休むことにした。そして次の日…………