エステル達を乗せた『シャルトルイゼ』は視認妨害とレーダー機能を阻害するステルス機能を作動させ、レイストン要塞の発着場に降り立った。そして、シャルトルイゼは一旦離れ……突入組は博士がいると思われる研究棟に急いだ。研究棟前の見張りをあっさりと退け、中に突入した。
~レイストン要塞 研究棟内~
「また来おったか……いい加減にせい!何もいらんと言うたじゃろ……」
ドアが開き、誰かが入って来た事に気付いたラッセル博士はまた軍関係者と思い、振り返りながら怒鳴った時、そこにはエステル達がいた。
「お、おじいちゃん……」
「ティ、ティータ!?はて……わしは夢でも見ておるのか?」
ラッセル博士は今にも泣きそうな表情をしているティータを見て、驚いた。
「おじいちゃああん!よ、よかったぁ……。無事でいてくれて。……うううう……うわぁああああああん!」
ラッセル博士が無事である事に安心したティータはついに泣きだして、博士に抱きついた。
「こりゃ、どうやら夢じゃないようじゃな。それにお前さんたちは……」
「やっほー、博士。わりと元気そうじゃない?」
「マードック工房長の依頼で博士の救出に来ました。」
「なんと……。ここに潜入したのか。さすがレイアにカシウスの子供たち……常識外れなことをするのう。」
ラッセル博士はレイストン要塞に潜入したエステル達を見て、感心した。
「よお、爺さん。悪いがとっとと脱出の準備をしてくれや。あんまり時間がないんでね。」
「なんじゃ、お前さんは?ガラの悪そうな若造じゃの。ニワトリみたいな顔をしおって。」
「ニ、ニワ……あんだと、このジジイ!?」
ラッセル博士の言葉に一瞬呆けたアガットだったが、我に返った後博士を怒った。
「クスクス、言い得て妙だね。」
「あはは、博士ってばうまいことを言うわね~!」
「お、おじいちゃん。失礼なこと言っちゃダメだよ。この人はアガットさん。ギルドの遊撃士さんでお姉ちゃんたちの先輩なの。」
アガットに対するラッセル博士の言葉にレイアやエステルは笑い、ティータは慌ててアガットの事を説明した。
「ほう、お前さんも遊撃士じゃったか。そういや前に、カシウスから聞いたことがあるのう。いつも拗(す)ねてばかりいる不良じみた若手がおると。」
「あ、あんのヒゲオヤジ……!」
「まあまあ、アガットさん。博士も、詳しい話は後にして急いで脱出の準備をしてください。何か持っていくものはありますか?」
カシウスに対して怒りを抱いているアガットを宥めたヨシュアはラッセル博士に尋ねた。
「ならば、『カペル』の中枢ユニットを運んで行ってくれんか?下手に置いていったらまた連中に悪用されそうじゃ。」
「わかりました。」
ヨシュアは機械についている装置を外して、ラッセル博士に渡した。
「わしはそいつを使って『黒の導力器』の制御方法を研究させられていたんじゃ。構造そのものは解析できなかったが、データと制御方法は弾き出してしまった。これで連中は、いつでも好きな時に例の現象を起こすことができるじゃろう。(もっとも、そのデータ自体はあらかじめ用意しておいたものじゃが……)」
「そっか……」
特務兵達が導力停止現象をいつでも起こせる事を知ったエステルは複雑そうな表情をした。
「すまん、エステル、ヨシュア。せっかくお前さんたちが届けてくれた品物じゃったのに……」
「どうか気にしないでください。ティータの身の安全を盾にされたら従うしかないのは当然でしょう。」
「むしろ、あたしたちの方が博士たちを巻き込んじゃったみたい。」
頭を下げて謝るラッセル博士にヨシュアとエステルは慰めた。誰だって身内の人間を人質に取られれば下手な行動は出来ない……それが今回はラッセル博士であり、ティータが対象にされてしまったことにも繋がる。
「だーっ!ウダウダ言ってるヒマはねぇ!準備もできたし脱出するぞ!爺さんは、ギックリ腰にならない程度に急ぎやがれ!」
「フン、言いおったな……。まだまだ若いモンに負けん所を見せてくれるわ!」
「も、もう、2人とも……」
ティータはまた言い合いを始めたラッセル博士とアガットを見て、ティータは苦笑した。
「全くもう、揃いもそろって……ここが敵地である事を理解してるんだか……急いで脱出するよ。」
ラッセル博士やアガットの言い合いを呆れた表情で見ていたレイアは脱出を促した。
そしてエステル達は脱出するための小型の船を確保するために波止場へと向かった………しかし、特務兵が鳴らした警報により、兵士の目をすり抜けることとなり、地下へ降りたが脱出への経路は見つからなかった。その過程で捕まっていた空賊らと遭遇したが、見なかったことにして一階に戻ることにした。
~レイストン要塞 司令部1階~
「はあ……ビックリしちゃった。そういえば、あいつらって黒装束の連中と関係があったよね。なのに、リシャール大佐に逮捕されたってことは……」
「大佐の手柄になるように利用されたかもしれないね。ひょっとしたらルーアンのダルモア市長も……」
「ケッ、だからといって同情する必要はねえだろうが。余計な時間を食っちまった。他の脱出ルートを見つけるぞ。」
エステル達が司令部から出ようとした時、外から兵士の声が聞こえて来た。
「おい、見つけたか!?」
「いや、兵舎の方は一通り調べ終えたぞ!」
「監視塔も異常なしだ!」
「……となると、残るはこの司令部だけのようだ。少佐に報告するついでにしらみ潰しに捜すとするか。」
「まずっ!こっちに来るみたい!」
「クソッ……このままじゃ袋小路だぜ。」
「どうしますの?応戦するのなら、いつでもいいけれど。」
「………………………………」
外から聞こえて来た声にエステルやアガットは焦り、フィニリィはいつでも兵士達と応戦できるようツインスタンハルバードを構えた。ヨシュアはどうするべきか考え込んだ。その時、司令部の奥から声がした。
「来い!こっちだ!」
「今、なんか聞こえた?」
「う、うん……こっち来てって言ってたような。」
エステルやヨシュアは自分達を呼ぶ声に首を傾げた。そしてまたエステル達を呼ぶ声が奥からした。
「……時間がない!捕まりたくないんだろう!?」
「空耳ではなさそうじゃの。」
「こうなりゃ仕方ねえ!ダメもとで行ってみるぞ!」
そしてエステル達は奥から聞こえてくる声に誘導されて、ある部屋に入った………声に導かれて入った部屋はなんと司令官室だった。
~司令官室~
「間一髪だったな。」
部屋の中に入ったエステル達を見たのはなんと、以前エステル達がレイストン要塞を訪れた際、二人の追及を誤魔化したリアン少佐だった。
「やっぱり……!」
エステルはリアンの顔を見て、自分達を導いた聞き覚えのある声に納得した。
「さあ、念のため鍵を。」
「わかりました」
リアンに促されたヨシュアは入って来たドアの鍵をかけた。
「フン、何のつもりじゃ?レイストン要塞の守備隊長。リシャール大佐に、わしの監禁を命じられていたのではないのか?」
リアンを見た博士は鼻をならして、リアンを睨みながら言った。
「……その節は失礼しました。すでに王国軍は、大佐の率いる情報部によって掌握されています。主だった将官は、懐柔されるか、さもなくば自由を奪われる始末……。モルガン将軍も、ハーケン門に監禁されている状態なのです。」
「えええっ!?あのガンコ爺さんが!?」
「大変なことになっていますね……」
「おいおい、一体どうしてそんな事になっちまったんだ?王国軍ってのはそこまでモロい組織なのかよ。」
「全く………情けないにもほどがあるよ。」
リアンから王国軍の現状を知らされたエステルやヨシュアは驚き、アガットやレイアは王国軍が組織としてあまりにも脆すぎている事に呆れた。
「残念ながら……帝国との戦いが終わってから軍の規律は少しずつ乱れていった。特に将官クラスの者たちの間で横領・着服・収賄が絶えなかった。そこをリシャール大佐に付け込まれてしまったのだ。」
「なるほどのう……持ち前の情報力を駆使して弱みを握ったというわけか。」
リアンの説明を聞いた博士は納得するように頷いた。
「その通りです。モルガン将軍が監禁された今、リシャール大佐は王国軍の実質的なトップとなりました。」
「と、とんでもないわね……」
「アリシア女王はどうだ?王国軍の指揮権は、最終的に女王に帰属するんじゃねえのか?」
リシャールが軍を牛耳っている事を知ったエステルは驚き、アガットはある事に気付いて尋ねた。
「不可解なことだが……女王陛下は沈黙を保ったままだ。陛下の直属である王室親衛隊も反逆罪の疑いで追われている……」
「は、反逆罪!?あのユリア中尉たちが!?」
「中央工房の襲撃事件を親衛隊の仕業に偽装したらしい。ご丁寧にも証拠写真まで用意したようだ。」
「ドロシーさんの写真か……」
リアンの説明を聞いて、親衛隊が嵌められた写真の出所に心当たりがあったヨシュアは思わず呟いた。
「そ、そんなのおかしーですっ!中央工房をめちゃくちゃにしておじいちゃんを掠って、アガットさんを撃って死にそうな目に遭わせたのに。それを人のせいにするなんて!」
「ああ……君の言うことに関して返す言葉もない。上官の命令は絶対だが……黙認した私にも責任がある。だから……せめてもの罪滅ぼしをさせて欲しかった。」
珍しく怒りを表したティータにリアンは申し訳なさそうな表情で言った。
「……何というか……難儀な人だな、あんた。」
アガットは何も出来ないリアンに同情した。
「フン、そういう事であれば無礼の数々は水に流してやろう。その石頭を、スパナで叩くくらいで勘弁してやるわい。」
「きょ、恐縮です。」
「お、おじいちゃんってばぁ。」
「冗談じゃ。」
「これからどうするつもりなの?ほとぼりが冷めるまであたしたちを匿(かくま)ってくれるの?」
ラッセル博士の物言いにリアンは甘んじて受け止め、ティータは苦笑を浮かべた。それらの会話が終わると、エステルは気になることを尋ねた。
「いや、それよりもはるかに安全な方法がある。君たちには、この部屋から要塞を脱出してもらいたい。」
「この部屋って……」
リアンの言葉が理解できず、エステルは周囲を見た。見るからにそういった類のものは見られないが……ヨシュアはその言葉の意味を察した。
「なるほど……脱出口があるんですね?」
「ふふ、なかなか鋭いな。」
ヨシュアの言葉に笑みを浮かべたリアンは部屋の壁を押した。すると隠し扉が現れた。
「わわっ……」
「さすが軍の司令室。なかなか凝ってるじゃねえか。」
「この緊急退避口を使えば要塞の裏にある水路に出られる。ボートが用意されているからそれを使って脱出できるはずだ。本来なら、部外者に明かしたら禁固10年は確実なのだが……。まあ、軍規は許してくれなくとも女神達は許してくれるだろうよ。」
「少佐さん……」
軍規を破ってまで自分達を助力してくれるリアンをティータは心配そうな表情で見た。
「遠慮なく使わせてもらうぜ。最初に俺が降りる。次に、爺さんとティータが来い。エステル、ヨシュアにレイア。しんがりはお前らに任せたぞ。」
「わかったわ!」
「了解です。」
「ええ」
アガットはエステル達に指示した後、隠し扉の先に行った。
「少佐、さらばじゃ。」
「えっと、あの……。ありがとーございました!」
そしてアガットに続き、博士やティータが続いて行った。
「さてと……残りはあたしたちだけね。少佐、色々とありがとう。」
「お世話になりました。」
「いや、礼はよしてくれ。実のところ……君たちと最初に会った時にこうなることは予想していた。」
「最初に会った時……?」
「ゲートでお会いした時ですね?」
リアンの言葉にエステルは首を傾げたが、ヨシュアは心当たりがあり、確認した。ヨシュアの言葉を肯定するようにリアンは頷いた。
「ああ、名字を聞いたときにね。君たちは、カシウス大佐のお子さんたちなのだろう?」
「カシウス大佐って……ええっ、父さんってそんなに偉い階級だったの!?」
父の過去の階級を知ったエステルは信じられない表情で驚いた。次々と明るみになっていく父の素性に、もはやスケールの大きさが垣間見えなさすぎる……そう率直に感じた。
「私も、あのリシャール大佐も彼直属の部下だったのだよ。10年前の侵略戦争で帝国軍を撃退した『彼ら』と並び立つ陰の英雄……その子供たちならば必ずや、真実を突き止めて博士を助けに来ると思ってね。そして……申し訳ありません、中佐。」
「へ?レ、レイアが中佐!?」
「あはは……細かいことは後で話すけれど、王国軍…国王直属独立機動隊『天上の隼』中佐、レイア・オルランド。それが私のもう一つの肩書だよ。」
王室を護衛する王室親衛隊……国内外にわたる情報を統括する情報部……そして実働部隊である王国軍……そのいずれにも属せず、強大な力を持ちうる部隊……それが、アリシア女王自らが推薦した者たちのみが集う、王家の直属独立機動隊『天上の隼』。現在判明している特務兵の面々よりも遥かに練度の高い戦闘技術を持ち、王国では最新鋭の飛行艇を扱うのは彼らだけに許された『権利』である。そのトップに座しているのはアスベル、次席にシルフィア、そして三席にレイアがその部隊を率いている。
その部隊は情報部ですらその全容を知らない……いや、知ろうとしたものは容赦なく淘汰されたからだ。
「そ、そうだったんだ……でも、父さんが帝国軍を撃退した英雄って……」
父が英雄である事が気になったエステルはリアンに尋ねようとしたが、その時入口の扉が叩かれた。
「少佐、よろしいですか!どうやら侵入者が地下牢に来ていた模様です!まだ司令部に潜伏している可能性が高そうですが、いかがしますか!?」
「や、やば……」
兵士が戻って来た事を理解したエステルは焦った。
「わかった!すぐ行くからその場で待機!」
リアンは部下が来ないよう指示した後、外の兵士には聞こえない声でエステル達に脱出するよう促した。
「さあ、早く行きたまえ。」
「う、うん……!」
「それでは失礼します。」
そしてエステル達は隠し扉の先に行き、その先にあったボートの前で待っているアガット達と合流した後、ボートでレイストン要塞を脱出した………