ツァイス市中の導力停止現象から一夜明け、博士は改めて『ゴスペル』を調べていたが、温泉で有名なエルモ旅館から温泉が煮えたぎっている状況を聞いた。シオンとトワ、オリビエは『迎え』のためにその場を離れ、原因を調べるため、源泉がある洞窟の先へと進み、奥に到着した。
~温泉の源流・最奥~
「な、なにこれ……。地面いっぱいに広がって……」
「エネルギーの脈……。これって、ひょっとして……」
エステルは地面に広がる線を見て驚き、ティータは不安そうな表情になった。
「……クク……。ずいぶん遅かったじゃねえか。」
その時奥から男の声が聞こえて来た。
「あ……!」
エステル達が声がした方向を見ると、そこには黒いスーツを着用し、黒いサングラスをかけた男が地面に刺している”杭”のような物の傍にいた。
「サングラスの男……!」
「あれは……『ゴスペル』付きの杭か……?」
「よう、小娘ども。わざわざご苦労だったな。せいぜい歓迎させてもらうぜ。」
「あんた……『身喰らう蛇』の人間ね!」
不敵に笑っている男をエステルは睨んで尋ねた。
「クク……『執行者』No,Ⅷ“痩せ狼”ヴァルター。そんな風に呼ばれているぜ。」
「成程……温泉の異常は『小手先』ってことね。」
男――ヴァルターが名乗るとレイアはヴァルターを睨んだ。
「クク、その通り。こいつは『結社』で開発された七耀脈に干渉するための『杭』でな。本来、真下にある七耀脈を活性化させるだけの装置なんだが……。《ゴスペル》を付けることで広範囲の七耀脈の流れを歪ませて、ピンポイントで局地的な地震を起こすことができる。ま、そんな実験をしていたってわけだ。」
「過去形ということはもう実験は終わったんですか?」
ヴァルターの話を聞いたクロ―ゼは不安そうな表情で尋ねた。
「まーな。本当は建物が崩れるくらいド派手なのをぶちかましたかったんだが……集落の真下には何故か地震が起こせなかった……それと、そこまでの力は出せなかったな。」
尋ねられたヴァルターはつまらなさそうな表情で答えた。
「そ、そんな……建物が崩れちゃったりしたら住んでる人が危ないですっ!」
「クク、だからいいんだよ。瓦礫に手足を潰されてブタのように泣き叫ぶヤツもいるだろうし……。脳味噌とハラワタぶちまけてくたばるヤツもいるだろう。よかったら嬢ちゃんもそんな目に遭ってみるかい?」
ティータの叫びを聞いたヴァルターは凶悪な笑みを浮かべてティータを見た。
「ひっ……」
ヴァルターに見られたティータは脅えた声を出した。
「ティータちゃん!」
そしてトワはティータを庇うかのようにティータの前に出て、ヴァルターの視界からティータを遮った。
「こ、こいつ……」
「……」
ヴァルターの性格を軽く知ったエステルはヴァルターを睨み、ヨシュアも表情を崩さずヴァルターを睨み付けた。
(どうやら、状況次第では本気を出す必要があるかもしれないわね………)
そして、事の成り行きを見守っていたレイアはヴァルターを睨んでいた。
「クク、そう恐い顔するなって。俺はな、潤いのある人生には適度な刺激(スパイス)が必要だと思うのさ。いわゆる、手に汗握るスリルとサスペンスってやつだ。いつ自分が死ぬとも分からない……そんなギリギリの所に自分を置く。どうだ……ゾクゾクしてこねぇか。」
「成程―――僕たちを誘き寄せるための罠だったわけですね?」
ヴァルターの問いに合点がいったヨシュアはヴァルターを睨んで尋ねた。
「え……!?」
「エルモの源泉が沸騰し始めたこと……露骨な誘導情報だったというわけですか。」
ヨシュアの問いにエステルは驚き、クローゼは今までの事を思い出して説明した。
「そんな……」
クロ―ゼの説明を聞いたエステルは信じられない表情をした。
「ま、半分正解ってとこだな。それじゃあ早速、味見をさせてもらうぜ……。てめぇらという刺激(スパイス)をな♪」
そしてヴァルターは指を鳴らした!すると地面から巨大なミミズが何匹も出て来た!
「やああん!?」
「な、なにコイツら!?」
巨大なミミズの登場にティータは悲鳴を上げ、エステルは驚いた。
「このあたりに棲息しているミミズさ。七耀脈が活性化したことでここまで馬鹿でかくなりやがった。ま、せいぜい遊んでやってくれや。」
「ふ、ふざけんじゃないわよ!この卑怯者!正々堂々と勝負しなさいよね!」
「エステル、今はこいつらの相手が先だよ!」
「……来ます!」
そしてエステル達は巨大なミミズとの戦闘を開始した!巨大なミミズはダメージを与えると地震を起こして、全員にダメージを与えて来たので手強かったが、エステル達は協力して何とか全て仕留めた。
「何とか追い払った……」
「こ、恐かったぁ~……」
「ふう……。手強い相手でしたね。」
巨大なミミズ達を倒し終えたエステル達は安堵の溜息を吐いた。
「んー、こいつはちょいと見込み違いだったか……?もうちょいマシかと思ったが。」
「……それはどう言った意味での言葉ですか?」
ヴァルターの呟きを聞いたヨシュアは真剣な表情で答えた。
「ふっ………こういうこった!」
「えっ……!?」
そしてヴァルターは一瞬でエステル達の前に移動して強烈な一撃を放った!
「くうっ!」
「きゃあっ!」
「「あうっ!」」
「くっ!」
ヴァルターの強力な一撃にエステル達は蹲った!
「……クソが。ったく、レーヴェのやつ適当なことを抜かしやがって……な~にが『剣聖』以外にも手応えのありそうな獲物がいるだ。ただの青臭ぇガキどもじゃねえか。」
エステル達に強力な一撃を放ったヴァルタ―は舌打ちをした後、エステル達に背を向けて呟いていた。
「くっ…………」
ヴァルターの強さにエステルは信じられない思いでいた。だが、彼の一撃をかわした一人は立っていた。
「……流石に、その言葉は取り消してもらわないとね。」
「レイア?」
ツインスタンハルバードを構えるレイア、
「クッ、ククク………ハ―ハッハッハ!!」
一方ヴァルターは大声で笑い出した。
「思い出したぜ!A級正遊撃士“紫刃”……ククク、てめえとは一度死合いたかったんだ!!」
レイアの姿を見て、ヴァルターは楽しそうな表情で答えた。
「死合う、ですか……貴方にその余裕があれば、の話ですが?」
「何だと?ガキ風情が舐めた口をきくじゃねえか!その口を塞いでやろうか!」
レイアの言葉にヴァルターは舐めた口調で言い放ち、構えた。
(ヨシュア、クローゼ。みんなを回復させて。)
(解った。)
(は、はい!)
レイアはまだ傷の浅いヨシュアとクローゼに声をかけ、二人が頷くと、手に持っていた武器を構えた。
「ロレント所属A級正遊撃士、“紫刃”改め“朱の戦乙女”レイア・オルランド。貴方を国家に対する罪とみなし、拘束します。」
(!?なっ、俺を反射的に一歩退かせただと!?)
そう高らかに叫ぶレイア。そして、“闘神”を思い起こさせるような……彼女を纏う凄まじきオーラにヴァルターは反射的に一歩下がり、そのことに冷や汗をかいていた。
「フ……ハハハッ!どらあっ!!!」
ヴァルターは笑い、今までとは比べ物にならないほどの速さで拳を繰り出すが、レイアは紙一重で回避する。
「なっ!?」
「せいやっ!!」
零距離から寸分違わずに打ち込まれるレイアの蹴り。
「ぐっ!?」
だが、ヴァルターはそれを食らいつつも、感性による威力分散を駆使して、威力を弱めた。だが、攻撃はそれだけではない。
「ほら、よそ見してると痛い目に遭うよ!!」
「舐めるな!!」
レイアの振るったハルバードの刃を素手で受け止めた!そして、そのままレイアを投げようと試みたが、ヴァルターは予期せぬ誤算が生じた。
「食ら………何っ!?ビクともしないだと!?」
「どうしたの?私はまだ本気じゃないよ?」
動かない……それも、功夫を練っている状態の力と同等の膂力をレイアが発揮していることにヴァルターは驚く。だが、彼女にしてみればこれはあくまでも“序の口”でしかないが。
「それに、掴んだままでいていいのかな?」
「あ?……がぁっ!?!?」
ヴァルターがその言葉を言い終わる前に、レイアの膂力によって『床に埋められた』……ハルバードを受け止めたヴァルターごと振り回し、床にたたきつけたのだ。その影響で床はヴァルターで型を取るかのように綺麗にめりこんでいた。
「ぐはっ……てめぇ、殺す!!」
ヴァルターは素早く起き上がって距離を取り、先ほどのとは比べ物にならないほどの功夫を込め、気の弾をレイアに向けて放つが、
「ふぅぅぅぅ………行こうか。」
レイアは息を整え、武器に闘気を込める……そして、その弾を、野球のバットで打ち返すかのごとく持っていた武器で弾き返した。そして、彼女は一歩を踏み出して『加速』した。
「………えっと、何が起こってるの?」
「え、えとえと、どうなってるんですか?」
「すみません、私にも……」
「(高速での戦闘……エステル達には見えないのも無理はないかな。)」
武器を振り回すレイアと格闘術で速い突きを繰り出すヴァルター……自分の領分であるスピードを生かした戦闘をこなすことのできるヨシュアには目で追えていたが、それ以外の面々には何もない空間で床や壁が壊れている程度にしか見えていない。
「なめるな、人の半分も生きちゃいないような小娘風情が!!」
「……舐めている、ね。違うかな……貴方は『力不足』ってことかな。」
「な、ふざけやが……って!?」
ヴァルターはその弾を難なく弾き返し吼えるが、彼の背後から感じた気配と声に振り向きざまに一撃を加えようとするが、今纏っている彼女の覇気は『自分ですら未だに勝ったことの無い相手』であることにヴァルターはその一瞬で感じ取ってしまった。そして、彼女は静かにこう呟いた。
――私が目指す境地は『鋼の聖女』のその先。そのために磨き続けてきた力……貴方如きでは『力不足』です。
「絶技、グランドクロス!!」
「な、それは……ガアアアアアッ!?!?」
“鋼の聖女”……ヴァルターがよく知る『彼女』が使う最大の技、その名と威力は彼女と遜色なく“絶技”と呼ぶに値するレイアのSクラフト『絶技グランドクロス』がヴァルターを直撃し、吹き飛ばされた。
「す、すごい……」
「レイアさん、凄いです。」
「(あの技……どうしてだろう、僕はあの技を知っているような気がする……)」
「こ、これほどに強いだなんて……」
エステルとティータはレイアの強さに驚嘆し、ヨシュアはその技に妙な引っ掛かりを感じ、クローゼは『執行者』ですら上回るレイアの強さに驚きと不安が入り混じったような表情を浮かべた。
「て、てめえ……」
「まだ立ち上がりますか……でも、時間切れのようですね。」
「何?」
ボロボロになり、その足取りも若干覚束無いヴァルターにため息をつきたくなったが、自分らに近づいてくる『気配』を察し、ヴァルターはその言葉にレイアを睨んだ。
「やれやれ………もう少し早く来るべきだったかな?……雷神掌!!」
その時エステル達の方から男性の声が聞こえて来た。そして大きな気の弾がヴァルターに襲いかかった!
「ぬッ!?」
気の弾に気付いたヴァルターは回避した。
「はああああっ!」
そしてそこに大柄な東方風の男性――ジンがヴァルターに向かって連続で蹴りを放った!ジンの攻撃をヴァルターは驚きながらも防御した。
「………………………………」
攻撃を終えたジンは構えを解かず、ヴァルターを睨んでいた。
「ククク……報告にあったカルバードのA級遊撃士……ジン、てめぇのことだったか。」
一方ジンの登場に驚いたヴァルターだったが、不敵に笑ってジンを見た。
「まあ、そういうことだ。まさか、こんな場所であんたと再会するとはな……いつから『結社』なんぞに足を突っ込んでいやがるんだ?」
「クク、あの後すぐにスカウトされちまってな。なかなか刺激的な毎日を送らせてもらってるぜ」
「馬鹿なことを……あんた、自分がいったい何をしているのか判っているのか!?そんなんじゃ師父(せんせい)はいつまで経っても浮かばれ……」
ヴァルターの答えを聞いたジンが何かを言いかけようとしたその時、ヴァルターは一瞬で移動してジンに攻撃した!ヴァルターの攻撃に気付いたジンはガードして致命傷を避けた。
「おいおい、綺麗事を抜かすなよ。てめぇは知ってるはずだ。俺がどんな道を選んだのかをな。ふざけた事を抜かすと……殺すぞ?」
「………だったら……あんたは知っているのか?ツァイスの街にキリカがいるのを」
「なに……?」
ジンの話を聞いたヴァルターは驚いた後、目つきを変えた。
「2年くらい前からギルドの受付をしているそうだ。どうやらそれまでは大陸各地をまわっていたらしいな」
「……チッ………。まさかリベールくんだりに流れていたとはな……あの馬鹿、何を考えてやがる」
「さあな、俺にも分からんよ。だが、あいつは間違いなくあんたと会いたがっているはずだ。『結社』のことはともかく一度くらい顔を見せてやったら……」
ジンが言いかけたその時、ヴァルターはジンに蹴りを入れた!
「グッ……」
「ふざけた事を抜かすと殺すと言っただろうが……。まあいい……キリカのことはともかくてめぇと会えた事やテメエらと殺りあえたのは幸運だった。今回の計画……とことん楽しめそうだぜ。」
そしてヴァルターは杭から『ゴスペル』を抜き取った。
「おい、ヴァルター!」
「クク、次会う時までせいぜい功夫(クンフー)を練っておけ。じゃあな。」
「ヴァルター!!」
ヴァルターを追いかけようとしたジンだったが足を止めた。
「………………………………」
「えっと……。助けてくれてありがと。その、貴方は?」
黙ってヴァルターが去った方向を見続けているジンにエステルは遠慮気味に尋ねた。
「俺はジン・ヴァセック、お前さんと同じ遊撃士だ。ジンと呼んでくれ。実は、ツァイス支部に顔を出したらいきなりキリカに急かされたんだ。お前さんたちを助太刀しにエルモに向かえってな。」
「そうだったんだ……ありがと、ジンさん。レイアが善戦してたから必要なかったかもしれないけど、本当に助かったわ。」
事情をジンから聞いたエステルは苦笑しながらお礼を言った。
「それはともかく……ジンさん、あの人とどういう知り合いなんですか?」
「……ま、昔馴染みさ。詳しい話はここを出て宿の風呂に入ってからにしよう。龍脈の乱れは収まったからじきに温泉も元に戻るだろうぜ。それに、今日は流石に遅いだろうし。ここらで一泊することになるな。……それと、久しぶりだなレイア。」
「お久しぶりです、ジンさん。」
「ってレイア、ジンさんと知り合いなの?」
「ああ、ちょっとした顔馴染さ。」
「そういうところかな。」
そしてエステル達は洞窟を出るとあたりはすっかり暗くなっており、エルモ温泉で一泊することにしたのであった。