~マリノア村 白の木蓮亭~
エステルらはテレサとカルナが運び込まれた場所を村人から聞き、その一室に入ると上半身を起き上がらせた状態のテレサやカルナ……そして、深い碧の髪に翡翠の瞳の女性がいた。
「おや、アンタたちは……エステルにヨシュア、それにレイアじゃないか。」
「カルナさん!」
「よかった。無事みたいですね……えと、貴方は…って、その紋章…」
カルナが声をかけ、その言葉にエステルは声を上げ、ヨシュアも安堵の表情を浮かべたが、その傍らにいた見慣れない女性の姿……彼女の胸につけられた正遊撃士の紋章に、驚きを隠せない。
「って、セシリアさん!?」
「久しぶりね、エステルにヨシュア。」
「お久しぶりです、セシリアさん。成程……貴方がジャンさんの言っていた“黎明”ということですか。」
自分たちと知り合いが遊撃士……これには話を聞いていたエステルも驚きを隠せず、ヨシュアも彼の言っていたことをかみしめるように呟いた。
エステル達はカルナから事のあらましを聞いた。
子供たちの面倒をアガットに託し、テレサ先生と二人で海道に出たところ、兜で顔を隠した兵たちが襲いかかってきた。兵たち相手はどうにか無傷で切り抜けられたが、彼らとは異なる兜をかぶった人物に遭遇し、傷を負わせられた。追撃しようとしたところでセシリアが介入し、その人物と兵はあっさり退却したとのことだ。
「許せない……!どこのどいつの仕業よ……」
事のあらましを聞き終え、エステルは怒りを露わにして思わず叫んだ。
「はっきりしているのは……犯人たちは相当の手練ということです。カルナさんがなす術もなく気絶させられたわけですから……」
「確かに……」
「そしてもう1つ……計画的な犯行だと思います。狙いはもちろん先生……孤児院を放火しようとしたのもおそらくその人たちでしょう。」
「うん、その可能性が高そうだ。」
「クローゼさん……」
冷静になったクロ―ゼを見て、エリィは安心して尋ねた。
「はい……落ち込んでいても仕方ありませんから。今はとにかく、一刻も早く犯人の行方を突き止めないと……」
「……そいつは同感だな」
そこにアガットが部屋に入って来た。
「アガット!」
「アンタがここに来るって、子どもたちはどうしたのよ?」
「ガキどもはシオンが引き受けてくれた。馴染の少ない俺よりもガキらに慕われてやがる奴のほうが安心できるだろうからな。」
「そうですか……シオンがいてくれるならば、安心ですね。」
それは尤もだろう。テレサもそれを聞き、少し安堵の表情を浮かべた。
「にしても、こっちはこっちで厄介なことになってるな。」
「ひ、他人事みたいに言わないでよ!カルナさんだってやられちゃってるんだから!」
「判ってるから、きゃんきゃん騒ぐな。カルナがやられたってことは、正直やばい連中なのは俺にだってわかってる。大ざっぱでいいから一通りの事情を話してもらおうか。」
「はい……」
そしてエステル達は一通りの事情をアガットに説明した。
「ふん、なるほどな……あいつらの事といい、妙な事になってきやがったぜ。」
「妙って、何がよ?」
アガットの意味深な言葉が気になり、エステルは尋ねた。
「ああ、実はな……『レイヴン』の連中が港の倉庫から行方をくらました。」
「そ、それって……やっぱりあいつらが院長先生を襲ったんじゃ!?」
「いや、それはどうかな。彼ら程度に、カルナさんが遅れを取るとも思えない。」
「……レイア、お前の目から見たら、連中の練度は?」
「最低限のチンピラレベルね……カルナさんとは実力的に開きがありすぎる。」
アガットの答えを聞きロッコ達を疑ったエステルだったが、ヨシュアは冷静に否定した。アガットの問いかけにレイアは酷評を下した。正直街の不良程度の実力でプロフェッショナルであるカルナを倒すどころか傷一つすらつけられないだろう。
「確かに……あの連中、口先だけでろくに鍛えてなかったもんね。」
「いきなり姿を晦ましやがって……そこに今度の事件と来たもんだ。」
「犯人かどうかはともかく何か関係がありそうですね。」
「ああ、だが今はそれを詮索してる場合じゃない。レイアに新米ども、とっとと行くぞ。」
ヨシュアの答えに頷いたアガットはエステル達に自分について来るよう促した。
「なによ、いきなり……いったい、どこに行くの?」
「わかんねえヤツだな。犯行現場の海道に決まってるだろ。あのバカどもがやったかどうかはともかく……できるだけ手がかりを掴んで犯人どもの行方を突き止めるんだ!」
「あ……なるほど。」
「分かりました、お供します。」
アガットの言葉にエステルとヨシュアは納得し、頷いた。
「私は念のためにこちらで残っておきますね。」
「そうね……あんなことがあった後だものね。」
「貴方ほどの実力者なら大丈夫でしょう。」
セシリアの申し出にエステルとヨシュアは頷いた。二人とも無事とはいえ、また襲撃がないとは限らない。そういった意味では彼女の存在は心強い。アガットと合流したエステルらは店の外に出た。
~マノリア村 宿酒場前~
エステル達が宿を出ると、既に日が暮れており、辺りはすっかり暗くなっていた。
「わっ、もうこんな時間!?」
「ち……マズイな。これだけ暗いとどこまで調べられるか……」
既に夜になっている事にエステルは驚き、アガットは舌打ちをした。痕跡が見えにくい時間帯……調査が困難を極めるのはその場にいる誰もが解り切っていた……その時、鳥の鳴き声がした。
「ピューイ!」
「なんだ、今の鳴き声は……」
鳥の鳴き声にアガットは首を傾げたその時、ジークが空からやって来てクロ―ゼの肩に止まった。
「まあ、ジーク……どこに行ってたの?」
「な、なんだコイツは。」
「クローゼのお友達でシロハヤブサのジークよ。」
「はあ……お友達ねぇ……」
エステルの説明にアガットは半信半疑でジークを見た。
「ピューイ!ピュイ、ピュイ!」
「そう……わかったわ。ありがとうね、ジーク。」
「ピュイ♪」
「まったく呑気なもんだぜ。で、お嬢ちゃん。そのお友達はなんだって?」
ジークとクロ―ゼの様子にアガットは溜息をつき、尋ねた。
「先生たちを襲った犯人の行方を教えてくれるそうです。襲われた時にちょうど見ていたらしくて……」
「ははは!面白いジョークだ……」
「やった!さすがジーク!」
「うん、お手柄だね。」
「うんうん、流石だよ。」
「偉いわ、ジーク。」
「さっすが~」
「ピューイ♪」
クロ―ゼの言葉をアガットは笑い飛ばして否定したが、エステルやヨシュア、レイアとエリィ、トワは普通に信じたのを見て焦った。
「ちょ、ちょっと待て!お前ら、そんなヨタ話をしんじてるんじゃねえだろうな?」
「え?それが何か?」
「僕たちは何度かこの目で確かめていますし。」
「はぁ……これだから脳筋は……」
「あはは……」
「レ、レイア…それはちょっと酷いような……」
アガットの発言をよそに、『お前の方こそ何を言っているんだ』と言わんばかりの感じで発言した五人。
「………」
「信じないんだったら付いて来なけりゃいいのよ。クローゼ、ジーク、行きましょ!」
「はい!」
「ピューイ!」
「………えーと………こ、こらガキども、待ちやがれ!」
しばらく呆けたアガットだったが、我に帰りエステル達の後を慌てて追った。先導するジークの後を追ったエステル達はマノリア村の近くの灯台――バレンヌ灯台に辿りついた。
~バレンヌ灯台~
「あの建物って……」
「バレンヌ灯台……ルーアン市が管理する建物だな。確か、灯台守のオッサンが一人で暮らしていたはずだが……」
灯台を見上げて呟いたエステルの言葉にアガットは灯台を睨みながら答えた。
「でも、間違いありません。先生たちを襲った人たちはあの建物の中にいると思います。」
「となると、犯人に灯台内を占領されている可能性が高そうだね。」
確信を持ったクロ―ゼの答えを聞き、ヨシュアは真剣な表情で灯台を見た。
「見たところ……入口はあそこだけみたい。とにかく入ってみるしかないか。」
「はい……」
「ちょっと待ちな。嬢ちゃん、あんたは……」
エステルの言葉に頷いたクロ―ゼはエステル達と共に進もうとした時、アガットに呼び止められた。
「この目で確かめてみたいんです。」
「なにぃ?」
クロ―ゼを村に帰そうと思ったアガットだったが、クロ―ゼの言葉に首を傾げた。
「誰がどうして、先生たちをあんな酷い目に遭わせたのか……だから、どうかお願いします。」
「そ、そうは言ってもな……」
「あーもう。ケチなこと言うんじゃないわよ。この場所が判ったのはクローゼたちの手柄なんだから。」
「彼女の腕は保証しますよ。少なくとも、足手まといになる心配はないと思います。」
「何だったら、私も保証するわよ。少なくとも、“紅隼”に匹敵するだけの実力はあるし。」
一般市民であるクロ―ゼがついて来る事に渋るアガットにエステルとヨシュア、レイアが援護した。
「エステルさん、ヨシュアさん、レイアさん……」
「ち……勝手にしろ。だがな、相手はカルナを戦闘不能に追いやった連中だ。くれぐれも注意しとけよ。」
押し問答している時間はないと思ったアガットは折れて、クロ―ゼに忠告した。
「はい、肝に銘じます。」
「……そこの2人も大丈夫だろうな?怪我しても知らねぇぞ?」
クロ―ゼの答えを聞いたアガットはエリィやトワにも忠告した。
「ご心配なく。自分の身位は守れますから。」
「私も大丈夫ですよ。アガットさん、見かけによらず優しい人なんですね。」
「ば、馬鹿野郎!ちげーっての……チッ、どいつもこいつも好きにしやがれ。」
アガットはトワの言葉に少し焦ったが、二人の言葉を聞いて、諦めて舌打ちをした。
「それじゃ、決まりね。」
「うん……。さっそく中に入ろう。」
そしてエステル達は灯台の中へ入った。
~バレンヌ灯台内 1階~
灯台に入るとそこには、姿を眩ましたレイヴンのメンバーがいた。
「こ、こいつら!?」
「あ、あの時の人たち……」
レイヴンのメンバーを見て、エステルとクロ―ゼは驚いた。
「まさかとは思ったが……おい、てめえら……こんな所で何やってやがる!」
「「「………………」」」
アガットはレイヴンのメンバーに近付き、怒鳴った。すると、レイヴンのメンバー達は虚ろな目でアガットを見た。
「お、おい……」
「アガットさん、危ない!」
ヨシュアが叫んだ時、アガットは反射的に重剣を抜いてディンの攻撃を受け止めた。
「こ、この力……!?ディン、てめえ……」
「………」
「はっ、上等だ……なにをラリッてるのかは知らねえが、キツイのをくれて目を醒まさせてやるぜ!」
ディンの攻撃を受け止めたアガットはディンを睨んだが、ディンは虚ろな目の状態で何も語らなかった。
残りの下っ端の2人もナイフを抜いた。そしてエステル達とディン達の戦いが始まった……と思いきや
「邪魔」
レイアのいつもの様子からはかけ離れた……冷酷な口調で呟き、ディンと下っ端を一閃し、壁に叩きつけた。その攻撃に三人は一瞬で意識を刈り取られた。
「……なあっ!?」
「い、一撃……!?」
「で、出鱈目ね……」
「(あ、相変わらず凄いですね……)」
その様子を見たアガットは驚きの声を上げ、ヨシュアも驚嘆し、エステルはため息が出そうな表情で呟き、クローゼは内心で彼女の活躍に苦笑いを浮かべていた。その後も普通でないレイヴンのメンバー達をあっさりと倒しつつ、最上階に向かったエステル達は最上階へ続く階段の上から、人の話し声が聞こえたので階段で耳を澄ました。
~バレンヌ灯台 最上階~
「ふふふ……君たち、良くやってくれた。これで孤児院を放火し、連中に罪をかぶせれば全ては万事解決というわけだね。」
声の主はなんとダルモアの秘書のギルバートであり、黒装束の男達を黒い笑みで褒めた。
「我らの仕事ぶり、満足していただけたかな?」
「ああ、素晴らしい手際だ。念のため確認しておくが……証拠が残る事はないだろうね?」
「ふふ、安心するがいい。たとえ正気を取り戻しても我々の事は一切覚えていない。」
「そこに寝ている灯台守も朝まで目を醒まさないはずだ。」
ギルバートの疑問に黒装束の男達は自信を持って答えた。
「それを聞いて安心したよ。これで、放火が成功すればあの院長も孤児院再建を諦めるはず……放火を含めた一連の事件もあのクズどもの仕業にできる。まさに一石二鳥だな。」
「喜んでもらって何よりだ。」
「しかし、あんな孤児院を潰して何の得があるのやら……理解に苦しむところではあるな。」
男の一人はギルバートの狙いに首を傾げた。それを見て、気分が良かったギルバートはさらに黒い笑みで答えた。
「ふふ、まあいい。君たちには特別に教えてやろう。市長は、あの土地一帯を高級別荘地にするつもりなのさ。風光明媚(ふうこうめいび)な海道沿いでルーアン市からも遠くない。別荘地としてはこれ以上はない立地条件だ。そこに豪勢な屋敷を建てて国内外の富豪に売りつける……それが、市長の計画というわけさ。」
「ほう、なかなか豪勢な話だ。しかしどうして孤児院を潰す必要があるのだ?」
ダルモアの考えに黒装束の男は頷いた後、ダルモアの考えを聞いても解けなかった事を尋ねた。放火などした場所はいわば『曰くつき』になりかねない……と。男の疑問にギルバートは冷笑して答えた。
「はは、考えてもみたまえ。豪勢さが売りの別荘地の中にあんな薄汚れた建物があってみろ?おまけに、ガキどもの騒ぐ声が近くから聞こえてきた日には……」
「なるほどな……別荘地としての価値半減か。しかし、危ない橋を渡るくらいなら買い上げた方がいいのではないか?」
ギルバートの答えに納得した男だったが、まだ疑問が残ったので尋ねた。その疑問にギルバートは鼻をならして答えた。
「はっ、夫が遠地で入院しているとはいえ、あのガンコな女が夫の土地を売るものか。だが、連中が不在のスキに焼け落ちた建物を撤去して別荘を建ててしまえばこちらのものさ。フフ、再建費用もないとすればあの夫妻とて泣き寝入りするしか……」
「それが理由ですか……」
その時、静かな怒りの少女の声がした。
「!?」
「き、君たちは……!?」
その声に驚いたギルバート達が声のした方向に向くと、そこには武器を構え、怒りの表情のエステル達……それを見てギルバートは慌てた。
「本当に最低ですね……貴方という人間は……貴方方という人たちは!!」
「そんな……つまらない事のために……先生たちを傷つけて……思い出の場所を灰にしようとして……あの子たちの笑顔を奪おうとした……」
エリィとクロ―ゼは顔を伏せ身体中を震わせながら言った。
「ど、どうしてここが判った!?それより……あのクズどもは何をしてたんだ!」
「残念でした~。みんなオネンネしてる最中よ。しっかし、本当に市長が一連の事件の黒幕だったとはね。しかも、どこかで見たような連中も絡んでいるみたいだし……」
焦って尋ねたギルバートの疑問にエステルはしたり顔で答え、黒装束の男達を見て言った。
「ほう……娘、我々を知っているのか?」
「そこの赤毛の遊撃士とは少しばかり面識はあるが……」
「ハッ、何が面識だ。ちょろちょろ逃げ回った挙句、魔獣までけしかけて来やがって。だが、これでようやくてめえらの尻尾を掴めるぜ。」
黒装束達の言葉にアガットは鼻をならし、いつでも攻撃できる態勢になった。
「き、君たち!そいつらは全員皆殺しにしろ!か、顔を見られたからには生かしておくわけにはいかない!」
「先輩……本当に残念です……」
黒装束の男達に見苦しい態度で命令するギルバートの姿にクロ―ゼは侮蔑の意味も込めて呟いた。
「まあ、クライアントの要望とあらば仕方あるまい。」
「相手をしてもらおうか。」
ギルバートの命令に黒装束の男達は溜息をついた後、両手についている短剣らしき刃物が爪のようについている手甲を構えた。
「………ふ~ん、成程ね。」
「レイア?」
何かを納得したような表情を浮かべるレイア。その表情にエステルは首を傾げる。
「……大人しく退けば、放火はしないのかしら?」
「フッ……脅迫のつもりか?我らとてクライアントの命令は必ず実行する……お前とてそれぐらいの事は解っているはずだろう?“紫刃”……いや、“朱の戦乙女”?」
「……そっか。なら」
問いかけに挑発も込めて彼女のもう一つの『異名』を言い放った男。だが、その言葉を聞いたレイアは笑みを浮かべた。彼らの態度……それは、彼女の持つ……いや、『彼ら』から託された『力』を妨げるもの……そう判断した彼女は、高らかにこう叫ぶ。
「貴方方に隠す必要はないということですね…そうでしょう、王国軍情報部……いいえ、アラン・リシャール大佐ならびにロランス・ベルガー少尉、そして彼らが率いる特務部隊!」
そう言って、彼女は一つの武器を取り出す。それは、導力ユニットが付いた双刃の方天戟。ツインスタンハルバード……その武器の出で立ちはまるで神秘さを感じさせるほどだった……
「なっ!?」
「ええっ!?」
エステルらはレイアの言葉に驚く。それは、エステルらだけでなく、黒装束の男たちも動揺していた。
「(な、何故だ!?報告では、彼らは我々のことなど……!?)」
「(それよりも、彼女は棒以外のものなど持っていないはずだぞ!?)」
だが、その動揺が命取りだった。
「……遅い!」
「「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」
一閃――レイアの薙ぎ払いによって、一瞬で意識を持っていかれ、あっさりと気絶した。
「ふう……」
「ひ、ヒイッ!こ、こっちにガアッ!?」
気絶させられた男たちの姿を見て恐怖したギルバートだったが、彼女の振りおろしたハルバードの衝撃波で壁まで吹き飛ばされ、気絶した。
「よし。アガット、男たちとコイツは任せちゃっていい?」
「……あ、ああ。」
「(流石師匠ね……あたしも頑張らないと)」
「(って、思ってるんだろうな……僕、生き残れるかな?)」
「(あはは……パワーだと守護騎士以上の実力者だね。)」
「(レイア…私の常識が見事に破壊されていくわね。)」
「(えーと……はぁ)」
レイアの実力に各々思うところはあるが、黒装束の男たちとギルバートに関してはアガットに任せて、エステル達は今回の事件の詳細を報告するため、ルーアンのギルドへと急いでいた。
~メーヴェ海道~
「しかし、ダルモア市長が事件の黒幕だったなんて……絶対許せないわよ!!」
「あの、少し気になったんですけど……今回の件で、ダルモア市長を逮捕できるんでしょうか?」
「……え?」
「そうだね……難しいかもしれない。遊撃士協会は、国家の内政に不干渉という原則があるからね。ルーアン地方の責任者である現職市長を逮捕するのは難しそうだ。」
クロ―ゼの心配ごとにエステルは驚き、ヨシュアは暗い表情で答えた。
「ちょっと待ってよ!それっておかしくない!?」
「おかしいけどそれが決まりだからね。この決まりがあるからこそギルドはエレボニア帝国にすら支部を持つことができたんだ。」
「そ、そうは言っても……」
「とにかくギルドに行ってジャンさんに相談してみよう。良い知恵を貸してくれると思う。」
「う、うん……」
「………」
元気づけるヨシュアの言葉にエステルは腑に落ちない様子で納得し、クロ―ゼは俯いたまま聞いていた。
「大丈夫、心配することないって!院長先生たちを苦しめたツケはきっちり払ってもらわないとね!」
「はい……そうですね。」
俯いているクロ―ゼにエステルは元気づけた。しばらく歩いているとルーアン市とジェニス王立学園に行く分かれ道に出た。
「……あの」
「クローゼ、どうしたの?」
「私、やる事を思い出したので、先に行っててもらえませんか?すぐに追いつきますから……」
「構わないけど……いったん学園に戻るのかい?」
「は、はい……一応、学園長にも報告しておこうと思いまして。」
「そっか……うん、わかったわ。ギルドで待ってるからね!」
そしてエステルとヨシュア、レイアとエリィ、トワはクロ―ゼをその場に残して、ルーアン市に向かった。
「ごめんなさい……エステルさん、ヨシュアさん、レイアさんにエリィさん、トワさん。」
エステル達を見送ったクロ―ゼは申し訳なさそうな表情で呟いた後、懐から手帳とペンを取り出して文字を書き連ねた。
「うん、これでいいわ……ジーク!」
「ピューイ!」
「これをセシリアさんとユリアさんに届けてくれるかしら?」
「ピュイ。」
クロ―ゼは先ほど書き連ねたページを破り、ジークの足に結び付けた。
「お願いね、ジーク。」
「ピューイ!」
クロ―ゼの言葉に頷いたジークはまた、空へと飛び立ちどこかへ去った。そしてジークを見送ったクロ―ゼは急いでルーアンのギルドに向かった。
~遊撃士協会 ルーアン支部~
「……話はわかった。まさか、ダルモア市長が一連の事件の黒幕だったとは。うーん、こいつは大事件だぞ……」
エステル達から報告を聞いたジャンは首をひねって、唸った。
「それで、ジャンさん。市長を捕まえる事はできるの?」
「うーん……残念だが逮捕は難しそうだな。現行犯だったら、市長といえど問答無用で逮捕できるんだけどね。」
「やはりそうですか……」
「そ、そんな……だったらこのまま悪徳市長をのさばらせてもいいてわけ!?」
無念そうな表情で答えたジャンの言葉にヨシュアは暗い顔で納得し、エステルは納得できず怒った。
「まあ、そう慌てなさんな。遊撃士協会が駄目でも……王国軍なら市長を逮捕できる。」
「あ……」
「エステル君、ヨシュア君、それとレイア君。これから市長邸に向かって市長に事情聴取を行ってくれ。多少、怒らせてもいいからできるだけ時間を稼いで欲しい。」
「なるほど、その間に王国軍に連絡するんですね?」
ジャンの指示にレイアは確信を持った表情で尋ねた。
「そういえば……君たちはどうする?」
「私もご一緒します。この件に関しては力になれそうですし。」
「私もです。」
「了解した。正直民間人やシスターさんに迷惑をかけるだなんて罰せられるレベルだろうけれど。背に腹は代えられないからね。」
ジャンの問いかけにエリィとトワも同行することを願い、ジャンもこれに頷いた。
「……うん、決まりね。それじゃ、クローゼが来たらすぐにでも行きましょうか。」
エステルがそう言ったその時、ドアが開いてそこには息を切らせたクロ―ゼがいた。
「はあはあ……。お、お待たせしました……」
「学園に寄った割にはずいぶんと早かったね?」
学園との距離を考え、不思議に思ったヨシュアはクロ―ゼに尋ねた。
「え、えっと……足には自信がありますから。それで……どういう事になりました?」
「ちょうど市長のところに乗り込むって話をしてたのよ。王国軍の連中が来るまで事情聴取して時間稼ぎをするの。」
「あ……そうですか……(余計なことをしたかしら……)」
エステルの言葉にクロ―ゼはエステル達には聞こえない声で独り言を呟いた。クロ―ゼの様子を不思議に思ったエステルは尋ねた。
「えっと、クローゼも来るよね?」
「あ、はい。どうかご一緒させてください。」
「ジャンさん、連絡の方はどうかよろしくお願いします。」
「ああ、任せておいてくれ!」
ギルドを出たエステル達は市長邸に向かい、接客をしているという市長に会うためにヨシュアがメイドに自分達も会う予定があると誤魔化した。そしてエステル達は市長と、市長が接客しているデュナン公爵がいる部屋に堂々と入った。
次回、市長殲滅戦(嘘)