英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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外伝 帝国ギルド襲撃事件~不戦条約~

デューレヴェントはユミルを飛び立ち、領邦軍の間を縫うような形で進み……一度休息のため、レグラムに立ち寄ることとなった。そこで当主であるヴィクターが自ら出迎え、彼らを館へと案内した。

 

 

~アルゼイド家 レグラム自治州領事館~

 

「久しぶりだな、ヴィクター。あの事件以来か。」

「お久しぶりです、カシウスさん。息子さんや娘さんたちも頑張っていると聞いております。」

「なに、あの程度俺に言わせたらひよっこだ。(ただ、エステルが空賊団の首領を倒したというのには半信半疑だが……本当だったら、末恐ろしいぞ)」

“剣聖”と“光の剣匠”……数年前の教団ロッジ制圧作戦で共に戦った二人は挨拶を交わした。

ヴィクターの言葉にカシウスは笑みを浮かべて余裕を見せつつも、内心自分の娘が『やらかした』内容に対して冷や汗をかいた。

 

「ところで、侯爵殿の奥方と娘さんは?」

「ああ。丁度ティータイムということで準備をしている。」

彼の妻であるアリシア、そして娘のラウラはティータイムの準備をしているとのことだった。

 

自治州成立後、リベールの法に従いほとんどの貴族は平民への受け入れを認めた……普通からすれば『異常』なのだが、帝国南部は貴族への執着心が他の地域とは比較的に薄かったため、特に大きな混乱はなかった。ただ、自治州を統括するアルゼイド家とアルトハイム家はその重要性から『侯爵』の位を与えられた。

 

そして、各自治州の法を基にして発布・施行された『リベール王国自治州法』

 

宗主国であるリベールの下にある一つの『地方』の位置付けでありながらも、自治州の運営方針については各々の自治州の領主に委ねるという『独自性』を尊重した珍しい法律により、元々の独自性は失われることなく続いており、他の自治州にとってはある意味『例外』……別の見方からすれば『モデルケース』ともいえるものであった。

 

平民への身分移行がすんなり受け入れられたもう一つの理由は百日戦役終結後……段階的な税制改革により、地域の特性に合わせた累進課税方式の税制度の導入。

 

これにより、ロレント地方は他の地域……グランセル地方に匹敵する課税が行われたが、それでも以前導入されていたリベールの税制よりも二割減……自治州に至っては帝国や四大名門統治時より遥かに安い税制が導入されることになり、活発な経済活動が促進され、リベール全体の税収は四倍に跳ね上がる結果となった。

 

元貴族たちも以前のように高い税を徴収されることがないと聞き、寧ろ活発な経済活動に乗り遅れまいと様々な分野での発展が目覚ましく……リベールにおける役割は非常に大きいものとなっていったのである。

 

 

「それでしたら、喜んでご相伴にあずからせていただきます。」

「そうするといい……もっとも、アスベルには物足りないかもしれないが。」

「はい?いや、以前ご馳走になった時は本当に美味しかったのですが……粗相でもやらかしましたか、俺?」

七年前にレグラムを訪れた際、ヴィクターと再会し手合わせをした。八葉一刀流の筆頭継承者とアルゼイド流の筆頭伝承者の手合わせ……紙一重の差でアスベルが勝ったのだが、アスベル曰くあの時ほど生きた心地がしなかったことなどなかったらしい。ユン師匠ですら引き分けた相手……光の剣匠に偽り無しともいうべき実力だった。いや、今はそれ以上の実力を持っている。

それよりも、彼の言葉にアスベルは首を傾げる。

 

「いや、以前頂いた菓子類を口にした妻と娘が物凄く落ち込んでいてな……以来、剣術一筋だった娘ですら菓子作りに励むようになった。私としては剣術以外の事……特に女性らしい事を自ら進んで学ぶことに嬉しさが込み上げたよ。」

「………流石、アスベルの旦那。」

「茶化すな、ラグナ。」

どうやら、十年前の悲劇を繰り返してしまったようだった……本人にそんな自覚などないが。

 

「あー……あれはまさしく『破壊兵器』だものね……」

「ん~?アスベルの作ったお菓子、すごく美味しいけれど?」

「リーゼロッテのその精神に驚嘆するわ……」

シルフィアが冷や汗をかき、リーゼロッテは首を傾げ、リノアはリーゼロッテのある意味強い心にため息をつく。その光景をアスベルは『納得いかねえ……』という表情で見つめていた。

 

 

「そういや、何で今回はリベール側から非難の声明を出さなかったんだ?」

レヴァイスはそう切り出した。リベールは今回の事件のいわば『被害者』……初動の遅れた帝国軍ひいては帝国政府に対して抗議文の一つぐらいだすものと思っていた。だが、それすら出ていない。

 

「それですか……アリシア女王との話し合いの結果、抗議を出すのではなく、あえて黙るという選択肢を取ることにしました。」

「黙る?」

「今進めているリベール王国、エレボニア帝国、カルバード共和国、レミフェリア公国……西ゼムリア四か国で締結する“不戦条約”への“布石”です。」

黙ると言っても、アリシア女王からエレボニア皇帝ユーゲントⅢ世へ今回の事についての『手紙』を送っている……リベール領である自治州の遊撃士協会支部が襲われたことの事実、二つの帝都支部襲撃が起こった時点で、軍の派遣および調査は何故できなかったのかという質問を書き加えた形で。

 

 

そして、不戦条約……元々はクロスベル問題やノルド高原の帰属問題を緩和するための抑止力とする宣言公約……だが、それでは不十分と見たアスベルらはあらゆる視点からの『軍事力』を鑑みて、より実効性のあるものに仕上げることにした。

 

軍事はいわば国を防衛するための要であり、周囲に脅威を与えるものであってはならない……争いごとは話し合いにて解決するというアリシア女王の意向は汲まれているが、“本則”に関しては軍事の必要性……均衡したパワーバランス・相互不可侵の条約を基本としている。猟兵団や“結社”の存在も想定し、四か国の元首双方の許可があれば軍の国境移動を認めるものである。さらには、先に述べた二つの勢力に加え、マフィアやテロリストなどといった国境を越えて活動する国際的犯罪者に対しての処置……条約を結ぶ四か国はその際の情報共有および情報開示義務を負う。

 

武器や兵器などといった軍事的生産品に関しては一定の流通制限を加える形としている。ただ、民生品の中には軍事に関わる技術も多いことから、当分は据え置きとしつつも今後の情勢次第で制限がかかることもありうると示唆した上での規則を盛り込んでいる。

 

そして、侵略戦争と自衛戦争の区別、条約に違反して戦争に訴えた国に対する制裁手段の規定、宣戦布告なき武力行動といった『抜け道』に関しては“何故か”エレボニアとカルバードの二大国が強く反発したため、“本則”には載せず“附則”に一定の考慮を図る旨を記載することで妥協案を出した。

 

つまるところ、不可侵条約に情報開示義務、将来の情勢次第で規制強化することも示唆する柔軟性を持たせることで、より実効性のあるものに仕上がったのだ。だが、二大国はその複雑化した不戦条約を含めた取り決めにとてつもない“爆弾”を仕掛けていることに気付いていない。

 

一度発動すれば、その被害は凄まじいことになりうるだけの“爆弾”……その意味を身を以て知ることになるのは、その先の事だった。

 

 

「最低でも皇帝陛下および鉄血宰相は今回の事実を知っていますから、下手な答えは返せない。」

「そうだよね。オジサンも下手な答えを返しちゃったら、跳ね返りが凄いもんね。」

これで遊撃士協会を潰すためという目的が露見すれば、遊撃士協会どころか、七耀教会ひいてはアルテリア法国、カルバード、レミフェリア、リベールから非難の声明が出されるのは明白。

 

「これにより、“不戦条約”の意味合いはさらに強くなる形となります。さらに、現実的な視野も入れた“附則”もあります。」

カルバードは“不可侵条約”がある以上、口を出せず…下手すればエレボニアの二の舞になりうる。レミフェリアに関しては経済上つながりの深いリベールの意向を簡単に無視できない。そして、エレボニアは今回の事によって“見えない刃”を突き付けられた状態になっている。

 

「ところで、その中の“附則”とは?」

「まぁ、自治州に関する統治規則…最低限のモラルとルール作りみたいなものですよ。ただ、エレボニアとカルバードは色々いざこざ持ちですから、状況によっては自治州の統治を“取り上げる”ことも想定してのものです。」

ただでさえノルド高原とクロスベル自治州による主権争いがある以上、下手な介入は難しいが……クロスベルと経済的にかかわりの深いリベールが“進言”することはできる。最悪の場合、アルテリア法国仲介のもとリベールとレミフェリアが介入し、二大国の権限すら取り上げることも想定したルールを作ったのだ。

 

「で、これは軍の大部分の人間が知らないことですが……カシウスさんには特に知っておいてほしいことがあります。」

「ふむ……『結社』絡みか?」

「それもありますが、『鉄血宰相』のこともです。おそらく、『結社』…今回の騒動の首謀者は、協力者を用いてリベールに混乱を齎します。それに対する手段は既に構築済みですが、逆襲として王都を襲撃する可能性があります。」

この後に起こるであろう一騒動……クーデターに関しては成功したように見せかけ、迅速に鎮圧する。そうなれば首謀者は焦ってあちらこちらで綻びが生じてくる……その隙を狙い、首謀者を『処刑』する計画だ。

 

「なるほどな。あのオッサンのことだ……混乱しているリベールに軍を派遣する口実として利用するってわけか。」

「正解。でも、彼らはリベールの自治州を知ってても、“非常時における取決め”は知らない。そして、想定される被害範囲も割り出せた……それと……リベールの空戦力は、実際のところ西ゼムリアトップなんですよね。そのための戦術もこの十年で改善できましたし。」

クーデターの事を考慮し、空軍…とりわけ精鋭に関しては『ハーメル』からの有志、そして教会の福音施設に引き取られた中から資質のある志願者を集めた。彼らの忠誠心は半端なく、いわば『アリシア女王派』みたいな一大勢力になっていた。

 

更に、その先に起こりうる『現象』……その対策ともいえる『切り札』は既に整った。

 

「アルセイユ級に関しては1203年末までに全艦退役……次世代巡洋艦『ファルブラント級』をその年の生誕祭にお披露目します。一番艦はアルセイユ級からそのまま名前を引き継ぐ形としています。」

「なっ……!?」

リベールの航空技術は十年先を行く……本来ならばこの年に完成していたアルセイユですら今では旧式の巡洋艦。

来年の生誕祭に、空母クラスの搭載兵器と巡洋艦ならではの機動性を併せ持つ巡洋戦艦クラスの高速巡洋艦『ファルブラント級』……王国を護る『速き隼』。名誉ある一番艦は『アルセイユ』…百日戦役を救った功労者の名をそのまま引き継ぐ。

基本スペックはアルセイユ級を大幅に上回るものであり、形としてはほぼ完成し、あとは細かい部分の調整や試験飛行を残すのみのところまでこぎつけている。

 

尚、ファルブラント級は五番艦まで既に建造が完了しており………二番艦『ディアメンティル』、三番艦『サジェスティス』、四番艦『フィリマヴェーロ』、五番艦『ヴァルリャーディル』………それらの名はアスベル発案で、日本の艦隊の武勲艦である四隻の金剛型戦艦『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』……リベールの空を守る高速巡洋艦を高速戦艦として活躍した四隻の名に準える形で、名付けた。

 

「あと、旗頭となる空母……これも、現在建造中です。完成すれば、国を護るための布陣はある程度完成したと言えます。エレボニアやカルバードは色々言ってくると思いますが、不戦条約締結の際に“新型”エンジンのサンプルを提供することで黙っていてもらいます。」

『新型』とは言うが、実際のところは現在のアルセイユに搭載されているものより二世代前のものとなる『XG-02エンジン』。それでも、エレボニアやカルバードにとっては最新鋭レベルなのだ。

 

だが、ファルブラント級に搭載される予定の導力エンジンは現在最大船速4300セルジュを誇るアルセイユに使われている『XG-04エンジン』よりも二世代先の『XG-06エンジン』……最大船速は12000セルジュ、解りやすく言うと時速1200km……アスベルらが転生する前の世界でいう『ジェット旅客機レベル』のものに追随することになる。こんな速度のものはどの国はおろか“結社”ですら実現していない代物だ。空母にも同様のエンジンを搭載し、最大船速は9000セルジュに届く勢いとのことだ。

 

「いつの間にそこまで……」

「国の事を考えると、そのほうがベストだと思ったことをやっているだけですよ?彼とはやり方が違うだけですが。」

リシャールが考えているのは“奇蹟の力”による国の安定……一方、アスベルらが考えているのは“奇蹟に頼らない規格外の力”による国の安定……そのどちらも常軌を逸した力による国の安定だが、不確定要素ともいえる“奇蹟”を当てにする方法はいずれ国の崩壊を生じかねない。

 

「まぁ、いずれにせよ俺が軍に戻るのは確定済みか……やれやれだ。」

「フフ……ただ、彼の事もあるから、一苦労で終われませんよ?」

「何、それは………確かに…」

軍を辞めた『責任』と彼に関しての『秘密』……その二つの苦労をする羽目になるとカシウスは内心ため息をついた。

 

 




今回で一区切りです。

結構えげつないことになります。リベールが(ニヤリ)

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