英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第24話 先見の戦略

~ツァイス市 ツァイス中央工房~

 

レマン自治州での『一件』を済ませたアスベルとシルフィアは、リベール導力技術の第一人者であるアルバート・ラッセル博士に会いに来ていた。ラッセル博士が二人の姿を見ると、言葉をかけた。

 

「おお、お前さんたちか。」

「お久しぶりです、博士。お土産のコーヒー豆です。」

「ふむ……この香りはレマンのものじゃな。しかも、市井にはめったに流れん高級物とは。このような年寄りにわざわざすまないの。」

「いえ、こちらも何だかんだでお世話になっていますから」

ラッセル博士が休憩するということで、彼の家に同行する運びとなり、コーヒーで一息ついてから話を続けることとした。

 

「…で、お前さんたちが遊撃士だけの用事でレマンに行ったのではないのじゃろう?」

「察しが良くて助かります。」

そう言ってアスベルが取り出したのは、二つの戦術オーブメント。一つは真ん中に丸い窪みがあり、周囲に長方形型の窪みが六つ……もう一つは全て丸形の窪みで、真ん中の窪みだけ若干大きい仕様で、周りに八つの窪みがある。これを見たラッセル博士は驚きの表情を浮かべる。

 

「!これは……」

「察しの通り、現在開発されている第五世代型戦術オーブメント『ENIGMAⅡ(エニグマ・セカンド)』、そして同じ第五世代の戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』の試作品です。両方とも『マスタークォーツ』と呼ばれる特殊なクォーツを使用し、『ARCUS(アークス)』に関しては使用者同士の戦術連携を再現する『戦術リンク』を想定した仕様になっています。こちらの持っている技術の一部と引き換えに試作品を貰いました。」

二人はエプスタイン財団に行き、“仕事”で手にした『十三工房』の導力技術の『一部』と引き換えに二つの試作品を手に入れたのだ。そして、これをラッセル博士に渡すためにツァイス市まで足を運んだのだ。現在、アスベル達の技術提供もあってリベールが抜きん出たオーブメント技術を持っている。

 

「博士にはこれを渡しておきます。俺らが頼んだ戦術オーブメントの対価としては安いですが。」

「第六世代型の試作品を持ってくるだけでも十分な収穫だと思うのじゃが……ふむ、これなら現行の第五・第六世代対応型から第七世代型戦術オーブメントへの移行目途が立ちそうじゃな。」

「そこまで完成したんですか!?」

現在、リベールで使用されているものは『ENIGMA』や『ARCUS』、そして『ENIGMAⅡ』の結晶回路に対応した先行規格対応型のもの。彼の言う第七世代型戦術オーブメントは更に先を見据えた機能が満載の、現行で言えば『アーティファクトレベル』の代物だ。

 

「お前さんたちのくれた最新鋭の技術のおかげもあるが、流石に十二年もかければ、洗練されたものもできるわい。テストはティータに一任しておるが、『これ、凄いよおじいちゃん!』って目をキラキラさせておったぞ。」

流石ラッセル博士の孫娘。

 

「この分だと四日位あれば実戦テストまでいけるじゃろ。その時は頼めるかの?」

「ええ、勿論です。」

「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 

そして、四日後……

 

 

~ツァイス郊外~

 

ラッセル博士の依頼という形で、完成したオーブメントの実証実験……その威力や効果を確かめているのはアスベル、シルフィア、ティータの三人だ。魔獣退治依頼のついでという形で、試験を行ったのである。結果から言えば、大成功のレベル。威力に関しては現行オーブメントの倍以上……補助系統や妨害系統もその効力は格段に上がっている。

 

「うん、問題はなさそうだな。ティータ、データの方は?」

「バッチリです。でも、凄いですね『これ』。まだ一般には出回っていないんですよね?」

「そうなるかな……というか、一般に流せないよこれは。(十分オーバーテクノロジーものだし)」

第七世代型戦術オーブメント……中心のマスタークォーツを囲むようにクォーツのセットスロットが12個、『ENIGMAⅡ』の基本性能のアップグレードと『ARCUS』の改良型戦術リンク、オーブメントラインにセットするクォーツの属性によって使用者に補助効果がかかる『マテリアライズ』、更に内蔵された小型の導力通信ブースターによって、離れた地域でも端末同士で連絡ができるように改良されている。

 

「というか、個々の調整の関係もあるから俺が信頼できる人にしか渡さないようにしておくのさ。外装自体は色々偽装できるし。」

尤も、個々の調整に加えて、セキュリティの関係からオーブメントの調整は使用者本人でないと出来ないようにしてあるため、使用者には戦術オーブメントについての学識が求められるという制約が付いてしまうが……このぐらいでないと『この先』は戦えない。

 

「ティータ、君が俺たち以外にこのオーブメントを使用する第一号ってことになるから。」

「え、ええっ!?いいんですか!?」

「良いも何も、オーブメントの知識を持っているし、技術の扱いに関してはよく解っているとは思うから。それと、他の人が使ってもらう際に教える人は必要だろうし。」

「……解りました。責任を持って、使わせてもらいます。」

当分第七世代型戦術オーブメントに関しては、アスベル達七耀教会“守護騎士”、並びに守護騎士付正騎士の専用端末として一時的に管理することに決定……

これを踏まえて現行オーブメントに合わせたスロット数の調整、戦術リンクとマテリアライズ機能および通信ブースターを外した第六世代型戦術オーブメント『ENIGMAⅡ-2(エニグマ・ダブルセカンド)』……女王生誕祭後、リベール王国に所属する一定クラス以上の正遊撃士に支給されることが決まったのである。

 

 

~ボース市~

 

その頃、エステル達はボース市に入り、遊撃士協会のボース支部に入る。

 

「おお、思ったよりも早く来たのう。レイアの嬢ちゃんは二日ぶりか。」

「久しぶりです、ルグラン爺さん。」

受付にいたのは妙齢の男性。名はルグラン・クライスト。人当たりのいい人で、皆からは『ルグラン爺さん』と呼ばれ親しまれている。

 

「お久しぶりね、ルグラン爺さん。もしかして、あたし達が来るっていう連絡があったの?」

「うむ。そこの嬢ちゃんと坊主がカシウスの子供達というわけか。嬢ちゃんの方は面影があるしのう。」

シェラザードの言葉に答えたルグランはエステルとヨシュアを見た。

 

「えっと、初めまして。エステル・ブライトです。」

「ヨシュア・ブライトです。よろしくお願いします。」

「わしはボース支部を預かるルグランという。お前さん達の親父さんとは色々懇意にさせてもらっておる。」

「そうなんですか……」

「あたしからすれば、全然そういう風には見えないんだけれど…」

カシウスには色々と世話になっているというルグランの言葉にヨシュアは感心し、エステルは自分の父親がそういう風にみられていることに疑問を感じた。

 

「ま、お前たちの親父さんは人に自慢する性格ではないからのう……エステル君の言うことも解らんではないかの。ともかく、わしのことはルグラン爺さんと呼んでくれ。」

「うん、ルグラン爺さん。」

そしてエステル達はギルドの支部の転属手続きをした。準遊撃士はいわば『遊撃士見習い』であるため、準遊撃士の転属手続きが必要となる。正遊撃士になるとその手続きは必要なくなるが、準遊撃士と比較してその責任は大きくなるのだ。

 

「で、そちらの嬢ちゃんたちが……」

「トワ・ハーシェルと言います。僭越ながら七耀教会のシスターをやっています。」

「エリィ・マクダエルです。非力ながらもエステルさんたちのサポートをさせていただきます。」

「あれのどこが『非力』なんだか……トワちゃんのアーツ、エリィの銃の腕前、どれもいい線いってるじゃない。」

「棒術で魔獣を弾代わりにして魔獣を倒したレイアが言えた台詞じゃないわよ……」

「………(母さんのことで解っていたけれど、女性って強いね。)」

ルグランの質問にトワとエリィが自己紹介をし、エリィの言葉にレイアがツッコミを入れ、そのツッコミに反論するシェラザード、そしてその様子を見ていたヨシュアは女性の言い知れぬ強さに冷や汗をかいていた。

 

「あはは……それでルグラン爺さん、例のリンデ号の事件はどうなったかさっそく教えてくれない?」

エステルは苦笑した後、ロレントで知った飛行艇が行方不明になった事件の事について聞いた。

 

「うむ。それなんじゃが、王国軍による捜索活動はいまだに続けられているらしい。けれども、軍の情報規制のせいでその後の状況がこちらに全く伝わって来ないのじゃ。下手な不安を煽りたくないということかもしれぬが、一般市民だけではなくギルドにも何の音沙汰なしでのう。それと、飛行船の再開の目途が立たないこともあって、流石に一般市民の間でも不安の声が大きくなっておる。」

ルグランは溜息をついて情報が全く入って来ないこと、そしてそれによる影響……市民の間に広がる不安の声が目立ってきていることを嘆いた。

 

「え、確か軍とギルドって協力関係じゃないの?」

「建前上はね。でも、そこまでの対立関係ではなかったはずよ。縄張りはあったとしても、情報の共有位はしていたはずだし。」

「うむ。」

(となると、『あの人』絡みってわけね……)

百日戦役後、アリシア女王の意向を受けて自衛程度の戦力確保を行うと同時に、フットワークの力がある遊撃士協会の役割も一層増し、一定のラインは保ちつつも有事の際に共同して事に当たれるよう情報共有の協定が存在している。だが、今回の件に関しては王国軍側の『一方的な情報遮断』……これには違和感を感じていた。通信が通じないならまだしも、情報を一切流さない……『誰か』が勝手に情報を遮断している……可能性があるのは、王国軍に最近設立された『情報部』の人間。

レイアはその可能性に行き当たり、内心ため息をついた。

 

「ルグラン爺さん。ちなみに、モルガン将軍はこの件に関しては?」

「うむ、動いておるぞ。」

「げ、それは面倒なことになったわね……」

レイアの質問にルグランは肯定の答えで呟き、二人の言葉を聞いたシェラザードは嫌そうな表情になった。それを見て、疑問に思ったエステルはシェラザードに聞いた。

 

「誰?そのモルガン将軍って?」

「十年前にエレボニアの侵略を撃退した功労者、として有名な人さ……日曜学校の歴史の教科書にもハッキリと出てたよ?」

エステルに説明したヨシュアだったが、肝心の本人はほとんどわからない様子だった。

 

「う~ん、見事なぐらい記憶に残ってないわね。それで、その将軍がどうしたの?」

「その将軍、大のブレイサー嫌いなの。『遊撃士協会なんか必要ない』って日頃から主張してるらしいし。」

「無茶苦茶なオッサンね……じゃあ何?その将軍のせいで情報が入ってこないってわけ?」

レイアからモルガンのことについて聞いたエステルは怒りの表情になった。

 

「情報どころではなく、軍が調査している地域にはブレイサーを立入禁止にしよる。おかげで、ここに所属しておる遊撃士たちの他の仕事にも支障を来しておるのじゃよ。」

「そんな……」

「ぐ、軍がそんなことをするなんて……」

「言うなれば業務妨害で訴えられてもいいぐらいのレベルね。あの頑固じいさんは……」

「ってことは、打つ手なしってこと?」

ルグランから言われた現在の状況に、エリィは沈痛な表情を浮かべ、トワも神妙な面持ちで呟き、レイアはため息をついて皮肉を言った。エステルも残念そうな表情を浮かべているのは言うまでもない。

 

「そう焦るでない。実は今回の事件に関してボースの市長から依頼が来ておる。ギルド方面でも事件を調査して欲しいとの話じゃ。」

「それは心強いわね。ボース市長の正式な依頼があれば、こちらが堂々と動ける大義名分になるわ。」

ルグランから依頼人に関して聞いた時、シェラザードは光明が見えた表情になった。ボース地方の都市を預かり、商業の観点から飛行船との関わりが密接に深いボース市長からの依頼となれば、遊撃士への情報を出し渋るモルガン将軍と言えども情報を出さざるを得ないだろう。現に市民が不安がっている現状を己のプライドによって引き起こしているということに……

 

「なるほどね。ルグラン爺さん、あたしたち、その依頼受けるわ。」

「うむ、いいじゃろう。詳しい話は市長に会って聞いてきてくれ。」

「わかったわ!」

「あ、エステル達は先に市長邸に行ってて。しばらくはそちらの判断に任せるから。で、私は後で合流するから。」

「了解したわ。」

エステル達は依頼を了承したが、レイアは少し話があると言ってその場に残った。

 

「……ルグラン爺さん、『彼』はまだボース地方にいますよね?」

「ああ。先程連絡が来たから、お前さんたちが来るということを伝えると、『マーケット』で待つと言っておったぞ。」

「成程…これなら、少しは光明が見えましたね。」

遊撃士嫌いのモルガン将軍相手には、私でも分が悪い。けれども、『彼』ならばこの事態を打破してくれる鍵になり得るだろう。

 

「あと、妙なお客さんを捕まえたとか言っておったぞ。」

「妙なお客ですか……解りました。こちらで接触してみますね。」

彼の『拾い癖』にため息をつきつつ、こちらから接触を試みることにした。

 

 




設定としては

FC(第三世代)→SC・3rd(第四世代)→零・碧(第五世代:エニグマ、エニグマⅡ)・閃(第五世代:アークス)
という感じです。
更に、トワ・クロウ・アンゼリカ・ジョルジュらが戦術リンクのテストに関わっていたことから、FCの時点で試作品があると思いますし、エニグマⅡの構想もあったのではと鑑みた結果です。

そして、今のところ戦闘面でしか動いていない『彼』が動きます。

………『拾いもの』に関しては、気付く人は気付くかもしれませんがw


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