英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第19話 研修のおさらい

~ロレント市内 遊撃士協会支部前~

 

「さて、今日で研修は終わりだけれど……エステル?」

「だって、日曜学校を卒業したのに、また勉強するなんて思わなかったわよ。」

エステルがため息をつきながら呟く。

しかし、遊撃士というものは単に腕っぷしが要求される仕事ではない。その辺りの事もエステル自身は理解していた。ただ、勉学の方は………それはご想像にお任せというか、彼女の発言から見るに『苦手』だということは明らかだが。

 

「でも、これで合格すれば晴れて準遊撃士の仲間入りだし、頑張らないとね。」

「そうね、よっし!今日頑張ればシェラ姉のしごきから解放されるしね!」

「現金だなあ……それじゃ、行こうか。」

ヨシュアはエステルの切り替えの早さに苦笑を浮かべつつ、二人は遊撃士協会(ブレイサーギルド)ロレント支部の建物へと入っていく。

 

 

~遊撃士協会 ロレント支部~

 

「アイナさん、おはよう!」

「おはようございます。」

「あら、おはようエステル、ヨシュア。」

ドアを開け挨拶をした二人に気付いた受付のアイナ・ホールデンも挨拶をした。

 

「シェラ姉もう来てる?」

「ええ、2階で待ってるわ。今日の研修が終われば晴れてブレイサーの仲間入りね。二人とも合格するよう頑張って。」

アイナはエステルに捜している人物がいることを伝え、二人の研修が合格するよう励ましの言葉をかけた。

 

「うん、ありがとう!」

「頑張ります。」

その言葉に返答すると、二人は2階へと上がった。

 

 

ロレント支部2階の一角では、一人の女性が椅子に座って何かをしていた。

遊撃士としての評価が高い『銀閃』の異名を持つ銀の長髪の遊撃士、シェラザード・ハーヴェイがタロットで占いをしていた。

 

「………「星」と「吊るし人」、「隠者」と「魔術師」に逆位置の「運命の輪」、そして「太陽」と「戦車」に逆位置の「月」……これは難しいわね……どう読み解いたらいいのか………」

シェラザードは占いの結果の難解さに頭を悩ませていた。

 

「シェラ姉、おっはよう~!」

「おはようございます、シェラさん。」

そこに元気よく声を上げたエステルとヨシュアが上って来た。その様子を見たシェラザードは珍しげな表情で話しかける。

 

「あら、エステル、ヨシュア。あなた達がこんなに早く来るなんて珍しいわね。」

「えへへ、早くブレイサーになりたくて来ちゃった。」

「はあ、いつも意気込みだけはいいんだけど…ま、いいわ。その意気込みを買って、今日のまとめは厳しくいくからね。覚悟しときなさい。」

意気込みだけは立派なエステルにシェラザードはため息をつき、真剣な表情でエステルに言った。

 

「え~そんなぁ。」

「お・だ・ま・り。毎回毎回教えた事を次々と忘れてくれちゃって……そのザルみたいな脳みそからこぼれ落ちないようにするためよ。」

………目の前にいるエステルの記憶回路は『どこかおかしい』のではと思い、シェラザードは理解できず溜息を吐いた。教え込むよりも叩き込んだ方が早いという彼女の学習能力の歪さにはほとほと呆れるばかりだったようだ。

 

「ヨシュア、シェラ姉がいぢめるよぉ~!!」

「大丈夫ですよ、シェラさん。エステルって勉強が嫌いで予習も滅多にやらないけど……ついでに無暗と、誰が見ても物凄くお人好しで、余計なお節介が大好きだけど……カンの良さはピカイチだから、オーブメントも実戦で覚えますよ。」

「はぁ……こうなったらそれに期待するしかないわね……」

ヨシュアの言うエステルの性格を自分でも思い返し……実戦での習得に期待するしかない、とシェラザードは溜息をついた。

 

「ちょっとヨシュア。なんか全然フォローしてるように聞こえないんですけどっ!?寧ろ貶してない!?」

「……心外だなぁ。僕はただ、君の誰にも負けない美点を言ったのに。」

エステルは先程の言葉に睨んで質問を投げかけるが、ヨシュアは満面の笑顔で答えた。今朝のブライト家でのやり取りに対する復讐にも見て取れた。

 

「全くもう……ところでシェラ姉、タロットで何を占っていたの?」

溜息をついたエステルは机に出してあるタロットカードに気付いた。

 

「ああ、これね……近い将来を漠然と占ってみたんだけど……今日はちょっと調子が悪いみたい。読み解く事ができなかったわ。」

「シェラ姉が、読み解くことができない??」

「へえ、そんなこともあるんですね。」

「ま、いいわ。それより2人とも最後の研修を始めるわよ。」

「「ハイ」」

シェラザードは気持ちを切り替え顔を引き締めた。そして2人は今までの復習……遊撃士と導力器(オーブメント)に関することを復習する。

 

『導力器』……『導力』とよばれるエネルギーによって動く機械仕掛けのユニットのことを言い、七耀石を加工した結晶回路によって様々な能力を発揮するものである。遊撃士にとっては『戦術オーブメント』がそれに該当し、使用者の身体能力向上やアーツの使用が可能となる。ただ、オーブメントの適正には個人差があり、個々に最適化・調整されたオーブメントを使用するのが一般的である。

 

『遊撃士』……地域の平和と民間人の保護のために働く調査と戦闘のスペシャリストのことであり、魔獣退治や犯罪防止、荷物の護衛から落し物の捜索といった幅広い範囲での活躍を行う……いわば警察のような治安機構を担っているのが遊撃士の役目である。その遊撃士を統括するのが大陸全土に支部を持つ遊撃士協会である。

 

最後にリベール王国について復習した。

 

「あたしたちの住む、このリベールはゼムリア大陸西部に位置し、豊かな自然と伝統に育まれた王国よ。大陸でも有数の七曜石(セプチウム)の産地でそれを利用したオーブメントの開発でも高度な技術を誇っているわ。リベールにとってオーブメントの技術は周辺の大国と渡り合うための大事な技術よ。10年前の戦争―――『百日戦役』の時、リベールの占領されている市を解放させた作戦で、導力機関(オーバルエンジン)で空を駆ける飛行船を利用した解放作戦よ。……まあ、圧倒的敗退を喫したエレボニア帝国とは今でも微妙な関係だけど、アリシア女王の優れた政治手腕もあって今のリベールは、おおむね平和と言えるわね。」

 

リベールを構成しているのは、王都であるグランセルや防衛の要ともいえるレイストン要塞を抱える『グランセル地方』、ツァイス中央工房があり王国の導力技術の中枢であるツァイスや温泉保養地がある『ツァイス地方』、港湾都市ルーアンとジェニス王立学園がある『ルーアン地方』、エステル達が住んでいるロレントや七耀石の鉱山を有する『ロレント地方』、そして百日戦役後に実質上リベール領である二つの自治州……エベル湖やレグラムがあるレグラム自治州の『レグラム地方』、ハーケン門から以北、静水の都……白亜の旧都と呼ばれていたセントアークと紡績都市パルムを有するアルトハイム自治州があるリベールの中で最大規模の地方『アルトハイム地方』の六つで構成されている。

 

ただ、百日戦役の関係とリベール=エレボニア両国の関係により、レグラム自治州へのエベル支線およびアルトハイム自治州へのアルトハイム本線(旧サザーラント本線)による鉄道便は再開されていない。しかし、線路網の整備や車両整備にはリベールも積極的に関与しており、いつでも再開できるだけの備えはされているのが現状だ。それ以上に、鉄道便の運航停止は帝都ヘイムダルに大きな影響を及ぼしているのだ。そのため、現在凍結されている鉄道網運行の再開を望む声が高まっており、大陸横断鉄道の実績を基にした新たな国際鉄道としての交渉が進められている。

 

「確か、その解放作戦で帝国軍に甚大な被害を与えたって……」

「ええ。人的資源・兵装共に圧倒的大差をつけられた状態からの大逆転劇らしいわね。当時ならば完成は10年先とも言われた巡洋艦『アルセイユ』級も完成させたほどの圧倒的技術力は、周辺国から『眠れる白隼』とも言われる要因になっているし。」

その要因となったのは、裏で動いていた功労者の賜物だった。彼らは他国で最新鋭とされている技術を基に、その更に二世代、三世代先を見据えた技術革新を行い、技術提供したのだ。表向きには発表されていないが、その技術の差は、部門によってはかなりの開きがあるのだ。そして、更なる先も見据えた開発が行われているが、それに関しては本当のごく一部の人間しか知りえないことだ。

 

「えと、確かアルセイユ級は現在一隻だけですよね。」

「そのとおりね。二番艦と三番艦は『領土的野心がない』ことを証明するために解体されたと聞いているけれど、帝国からの圧力に屈しない最低限の装備として新型の警備艇を最前線……つまりは元エレボニア帝国、現在のアルトハイム自治州とレグラム自治州に配備されたそうよ。」

最低限と言われているが、軍用警備艇とアルセイユ級の中間クラスである遊撃艦『ラティエール』級が八隻新造され、配備されているのだ。最高時速は2600セルジュ、そして自動捕捉レーダー連動型火器を搭載しているが、その事実と詳細を知るのはアリシア女王、モルガン将軍、この艦を運用するクルーや専門の整備班……そして、この開発に協力したアルバート・ラッセル博士……さらに、『功労者』と呼ばれる人たちだけである。これには、外部のみならず内部への敵を考慮した結果、ごく少数のみが知っていることに留めたのだ。

特にアルトハイム自治州は帝都ヘイムダルがあるエレボニア帝国の直轄領とは国境線が近い……いわば、見えない剣を帝国の喉元に突き付けているも同じなのだ。

 

「その二つの自治州とはロレントと深い繋がりがあってね。直行便も飛んでいるぐらいだし。」

「そうね。最初は元帝国って思っちゃったけれど、みんないい人だったし」

ロレントとレグラム、そしてパルムは地理的要因から互いに近い関係もあって経済交流が盛んである。その影響でロレントはグランセルに次ぐ経済規模を持つ田園都市……普通であれば相反する要素をうまく取り入れて、自然と経済が共存する街へと変わっていったのである。

このロレントの変化……一見すれば都市の発展とも受け取れるが、このこと自体が思わぬところからの変化を生み出したのだ。

 

それは、アルモニカ村ならびに鉱山町マインツの将来発展プランのモデル視察という形で、クロスベル自治州共同代表の一人であるクロスベル市長ヘンリー・マクダエルがロレント市を電撃訪問したことだ。

 

その後、アリシア女王とカシウス・ブライトの仲介でロレント=クロスベル友好姉妹都市協定を結び、クロスベル議会もエレボニアを破った実績を持つリベールの意向を無視できず、自治州独立以降では史上初……異例ともいえる『全会一致での協定承認』が為されたのだ。

 

クロスベル自治州は特殊な性質故に『条約』を締結できない……だが、『協定』であればたとえ自治州でも結ぶことは可能だ。しかも、今回は国家ではなく互いに都市単位での相互協力を視野に入れた協定締結。その裏でレミフェリア公国とアルテリア法国にしっかり根回しがされたのは言うまでもない。

 

このニュースはクロスベルにおける報道機関誌『クロスベル・タイムズ』にも大きく取り上げられ、宗主国でもなく、クロスベルに対して何ら実効的支配を行っていないにもかかわらず、百日戦役での戦績による影響はクロスベル自治州におけるリベールの存在感を一層増すことに繋がったのである。

 

「そんな風に簡単に打ち解けられるのはエステルぐらいだよ。」

「あ、あんですって~?」

「まぁ、それがエステルのいいところよ。」

普通であれば、戦勝国と敗戦国の関係……その関係からか一歩引いてしまう人もいるのだが、アリシア女王自らの訪問以降、少しずつではあるが変わっていったのである。

 

「それにしても、帝国側の動きを聞いちゃうとまた戦争を始めるのか、と思っちゃうのだけれど……」

「その辺はアリシア女王や外交に携わる人たちの役目よ。でも、オーブメントに関しては私たちも恩恵を受けているのよ?」

「戦術オーブメント、ですか?」

「ええ」

リベールの進んだオーブメント技術…それは、戦術オーブメントも例外ではない。本来であればエプスタイン財団がその最先端を担っていたのだが、リベール国内においてはツァイス中央工房が更に抜きん出た技術を生み出しているのだ。

 

「今私たちが使っているのは、他の国よりもアーツを使える許容量が大きいだけのものだけれど、次世代型のオーブメントを考慮して規格自体は既にその次世代型のものなの。これによって、オーブメントの更新に合わせてクォーツを買い替える必要が無くなったってところね。」

「気にしたことはなかったけれど、そんなに大変なことなの?」

「ええ。特に半年に一度更新なんかされたら、その都度セピスを集めて合成しないといけないから。その苦労をもうしなくて済むというのはこちらとしても助かるのよ。」

次世代を見据えた規格……この時の意味を後に知るエステルとヨシュアは、『あの時の言葉はそういうことだったのか』と感じたらしい。

 

「さてと、復習はこのくらいで勘弁してあげるわ。それじゃ、とっとと実地研修に進むわよ。」

「ねえ、シェラ姉。実地研修って今までの研修と何が違うの?」

エステルはシェラザードに実地研修について尋ねた。流石に彼女にとってこれ以上の座学はオーバーヒートもののようだ。

 

「簡単に言うと実際に遊撃士の仕事に必要なことを一通りやってもらうわ。座学というよりは運動みたいなものね。体を動かして貰うんだから覚悟しておきなさい。」

「えへへ、助かったわ~。体を動かせるんなら今までの研修よりずーっとラクだわ。」

エステルはシェラザードの言葉を聞いて、先程まで最後の研修に不安だった顔が、手のひらを返したように笑顔になった。

 

「なんだか、急に元気になったよね。」

「その笑顔が最後まで続くといいんだけど……さてと、ついてきて。」

1階に降りて遊撃士手帳をアイナから受け取り、依頼の確認方法のレクチャーを受けた後、試験を行う場所に移動する。いよいよ、二人にとって大切な試験が幕を開けたのである。

 

 




知る人間と知らない人間からの対比をうまく表現できた、かな?
ごく少数しか知らないのは、彼らがこの先を見越しまくった行動をしているからです。情報部ですら知りません。
だって、アイツら、その気になれば記憶消せるんですよ?(参考:ワジ)
それぐらいの秘法なら普通にありそうでおかしくない、と思ってください。そうでないと、七耀教会の人間が多い典礼省に警戒なんてされないでしょうしw


そして、全会一致で決まったことについては、

帝国『ここで下手にリベールからの提案を蹴れば……認めるんだ』
共和国『リベールを敵に回すことは避けろ』

という思惑というか、二大国にとって触れたくない国、ある意味トラウマレベルです。下手に喧嘩吹っかけて半壊というか約八割壊滅させられれば、誰だって怖いと思うでしょうし。

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