英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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リィンの扉 ~帝国の一事情~

 

『リベル=アーク』崩壊より四ヶ月後……一人の少年はパルム駅に来ていた。

彼の名前はリィン・シュバルツァー。ユミルの“浮浪児”とも呼ばれ、貴族からは疎まれている存在であった……その彼を取り巻く環境はここ数年で大きく変化した。

 

“剣仙”ユン・カーファイ……“風の剣聖”アリオス・マクレイン……“剣聖”カシウス・ブライト……“残影の剣聖”アラン・リシャール……そして、“紫炎の剣聖”アスベル・フォストレイト。五人の剣聖と謳われる人々と『八葉一刀流』との出会いは、リィンの中に秘める“力”と向き合うこととなった。そして、自分では到達しえないと思っていた『極式』の境地を、その力を用いてこじ開けることが出来た。とはいえ、その力なしには至っておらず、まだまだ修行不足であると感じていた。

 

「さて……よし、忘れ物は無いな。」

そう言ってリィンは到着した列車に乗り込んだ。

 

リィンはあの後、カシウスの招きでブライト家にしばらく滞在することとなり、エステルやヨシュアの仕事の手伝いをこなしつつもカシウスから剣の手ほどきを受けていた。剣を置いた身であるとはいえ、棒術で磨かれたとも言うべき剣筋は鋭いものであった。これでもカシウス本人にしてみれば『全盛期よりも劣るぐらいだ』との弁であったが……それらが終わり、リィンはエステルやヨシュアと共にパルムへ向かい、そこで別れてリィンは鉄路で故郷であるユミルを目指すこととなった。

 

「しかし……この国の器は底知れないな……」

「あれ、リィンじゃないか。」

そう言葉を零すリィンの姿を見つけた一人の少年。リィンと同じ武器と剣術を用いる人物………アスベル・フォストレイトの姿であった。その声に気付いたリィンも言葉を返すように話しかけた。

 

「アスベル、どうしてここに?」

「ちょっと仕事でユミルまで行くのさ。」

「そうなのか。にしても、それならルーレまで飛行船でも問題ないと思うんだが。」

「気分的な問題もあるしな。それに、リィンの事情を考えるとこの方がいいと思って。」

「……好きでこうなったわけじゃないけれどな。」

リィンの言い分も解らなくはないとアスベルは苦笑を浮かべた。リィンの養われている家は皇族に縁のある『シュバルツァー家』―――獅子心皇帝に縁のある名家であり、皇族の女性が嫁いだことから『皇族の分家』として有名である。男爵家でありながらもその血筋は無視できるものではなく、その領地運営は初代当主より『領主は民に寄り添うべし』という信念のもとに行われている。

 

先日の『帝国ギルド襲撃事件』に関わる一連の事件の後、シュバルツァー家は“侯爵”の位を賜り、広大な領地を得て五番目の州である“センティラール州”としてその領地運営を任されることとなった。その領邦軍に関してもテオ・シュバルツァー侯爵自らが選定し、選び抜いた精鋭達に領地の治安を任せているが、そこでもシュバルツァー家の教えを第一に考え、民の安全を守る役割を徹底させている。

 

周りのカイエン公爵家、ログナー侯爵家、アルバレア公爵家からは冷たい視線で見られているが、彼にしてみればどこ吹く風とも言わんばかりにその頑固さを発揮させている。何せ、五大名門が集まった会議では四人の内最も武闘派とも言われかねないログナー侯爵を殴り倒すという事態にまで発展したのだ。その前にログナー侯爵がテオに対して『うつけ者』と罵ったことが直接の原因であるが……彼の父親であり泰斗流のリュウガとも互角に渡り合ったバーナディオス・シュバルツァー譲りの武術はここに生きていた。それを聞いたログナー侯爵の娘であるアンゼリカ・ログナーは目を輝かせていたのは言うまでもない。

 

「それにしても……この列車、かなり豪華だな。」

「まあな……俺も驚いたけれど。」

そう言葉を零した対象は二人の乗っている列車……言うなれば“新幹線”クラスの設備の充実さである。

 

飛行船分野では飛び抜けた技術力を持つZCFが次に取り掛かったのは鉄道分野……ラインフォルト社の領分とも言える導力列車であった。現状運用されている牽引方式では故障した際の対応が難しくなる……そこで考え出されたのは、“新幹線”に代表される高速鉄道方式の採用であった。

 

『XG-02』で得た運用データや各種導力車の実験データを基に小型化された導力列車専用高出力オーバルエンジン『XT-03』を設計・開発し、全車両の車体下部に搭載されている。デザインはツァイス工科大学全面協力の元で開発される……形状的にはE5系―――『はやぶさ』と言われる車両をイメージしたものに近くなっていたことには流石のアスベルやシオンも引き攣った笑みを浮かべたが……そして、車体の素材は『アルセイユ』から流用され、台車の部分についてはラインフォルト社のものではなく、ZCFが一から作り上げている。それだけでなく、魔獣対策のための線路設備や高速鉄道を運用するためのノウハウなど……エレボニアでいうところの特別列車運用ノウハウを独自で組み上げた。

 

そうして完成された『ZXT』シリーズ……最高速度3200CE/h(320km/h)、起動加速度0.25CE/h/s(2.5 km/h/s)……ボース-パルム-セントアーク-アルトハイム-ヘイムダルを最短2時間半で結ぶ国際線、大陸縦断高速鉄道として3週間前に開業したばかりである。その費用の全ては『百日戦役』時に得た賠償金から賄われており、その金額の膨大さの一端を窺い知ることが出来る。その過程で運休していた線路を用いての実験データは大いに生かされている。

 

その運行初日、ヘイムダル駅はいつになく大盛況であった。なにせ、エレボニアでは帝国政府の要人や鉄道憲兵隊御用達の高速鉄道を一般客が搭乗できるということもあって、運行初日の切符は即完売となったほどだ。だが、観衆を驚かせたのはそれだけではなかった。

ボースからの第一便から降りてきたのは、リベールの次期女王であるクローディア・フォン・アウスレーゼ王太女……それをアルフィン皇女とセドリック皇太子、オリヴァルト皇子が出迎えるというサプライズがあったのだ。リベール王家とエレボニア皇家の親密さをアピールする狙いもあるが、話題性を生み出す意味でもこの高速鉄道は大いに役立っている。

 

ちなみに、帝都直通便は一日に往復十二便(片道六便)運行されているが、料金面では国際定期船より少し割高に設定されている。この開通に合わせて国際定期船も2500CE/h(250km/h)の高速便を就航させており、利便性を向上させている。『百日戦役』から十年余り……こうした所でリベールとエレボニアの関係が修復されることには周囲の人々も喜ばしい話題ではある。だが……

 

「とはいえ、ここ(パルム)もそうだが……今は完全に王国領とはいえ、元帝国領というのはあまり喜ばれる話題じゃないからな。とりわけ<四大名門>……<五大名門>の一角にしてみれば。」

「……俺も日曜学校で習ったが、ここら辺はハイアームズ家が管轄していた場所だったな。」

「ああ。」

アルトハイム地方……元サザーラント州はハイアームズ侯爵家が統治していた場所。その家の出身にしてみれば『奪われた』場所である。とはいえ、当時の状況から<四大名門>もその動きに加担していたということもあり、自業自得という感が否めない。それを抜きにしても、ハイアームズ家もとい帝国貴族の<四大名門>はその州を取り返すことに躍起になっているという噂もあるほどだ。そのことは今や<五大名門>の一員となったリィンも無関係とはいかなくなったのも事実。

 

「そういえば、リィンはこの先どうするんだ?実力的にはより取り見取りだろうけれど。」

「より取り見取りって……父上が貴族だけ進学する場所も勧めてはくれたんだが、選択肢は多い方がいいと思ってトールズ士官学院への進学を考えてるんだ。ギルドが帝国内にあれば、遊撃士という選択も考えたけれど。」

「そうなのか……って、リィンが遊撃士……貴族らしからぬ発言に聞こえるな。」

「まぁ、俺自身に関わることもあるけれど……エステルやヨシュアとの関わりで興味が出てきたってところかな。」

そう言った意味ではリィンがリベールに来たことは大きな収穫であったというべきであろう。貴族という身分ではなかなか体験できないことを自ら進んで行う……それは、彼の養父であるテオ・シュバルツァーも似たようなものである。とはいえ、八葉に関わるものがここまで遊撃士に馴染み深いとなると流石のアスベルも苦笑した。

 

「自ら苦難の道に進むか……」

「はは……まぁ、性分みたいなものだから。」

そう話し込むこと二時間半……列車は無事ヘイムダル駅に到着した。降りた二人を待つように立っていた人物……栗色の髪の少女とワインレッドの髪の少女が二人に近づいてきた。

 

「あ、アスベルにリィン!」

「レイアにシルフィアじゃないか。久しぶりだな。」

「ええ。しかし、便利になったものね。」

「ああ。」

二人の少女―――レイアとシルフィアは帝国西部の方に遊撃士絡みで依頼をこなした帰りで……アスベルとリィンのことを聞いて、ヘイムダルで落ち合う約束をしていたらしく……初耳であったリィンは流石に驚いていた。とりあえず、昼食のために一度外に出て食事をした後、ノルティア本線に向かおうとした時、彼等を待つようにしていた人物が四人に近づいてきた。その人物をよく知るリィンは驚いていた。何せ、『彼女』は……

 

「エ、エリゼ!?」

「ここはユミルではないですけれど……おかえりなさいませ、リィン兄様。」

リィンの義妹、エリゼ・シュバルツァーであった。エリゼとリィンは言葉を交わすと、彼女は傍にいたアスベルらに話しかけた。

 

「ああ、ただいま。にしても、どうしてエリゼがここに?」

「それは説明いたしますが、その前に……アスベルさん、シルフィさん、レイアさん、お久しぶりですね。」

「久しぶり、エリゼ。」

「久しいね……で、どういうことなの?」

「はい。実は……」

エリゼが聞いた限りだと、身内だけの会食を開くとのことで……世話になっている四人を招待してほしいというオリヴァルト皇子の粋な計らいであった。そして、その会場になったのは……

 

 

~巡洋艦『カレイジャス』 会議室~

 

アルセイユ級Ⅳ番艦『カレイジャス』―――ZCFがカレイジャス用に開発した新型オーバルエンジン『XG-03C』を10基搭載し、最高速度4000CE/h(400km/h)という常識外れの速度を叩き出す皇室専用巡洋艦として帝国に譲り渡された艦での会食。当然その主催者は……

 

「フフ、今日は無礼講ということで行こうじゃないか。」

「まぁ、そんな感じはしてたが……」

オリヴァルト・ライゼ・アルノール……“放蕩皇子”の主催に招かれたアスベル、レイア、シルフィア、リィン、エリゼ……そして……

 

「あたしはいろいろ驚きなんだけれど……これ、『アルセイユ』よね?」

「紅い『アルセイユ』……確か、開発途中で放棄されたと聞いたことはあったけれど……」

エステルとヨシュアもであった。彼らは帝国東部で依頼をこなしていた先でオリビエに出会い、今回の招きを受ける形となったそうだ。出された料理に舌鼓を打ち……そうして食事も終わった所でヨシュアはオリビエに問いかけた。

 

「オリビエさん、何故今回の催しを?単に僕らを招くのならば、このような場所でなくとも出来たでしょう?」

「流石ヨシュア君。この艦はいわば帝国政府への抑止力みたいなもの……そして、君らにはこれから起こりうるであろう出来事に備えてほしいのさ。聞くところによると、エステル君とヨシュア君は大陸を回るみたいだしね。」

「成程……あたしがやってたことを大陸でやるみたいな感じね。ま、あんたの頼みというのは気が引けるけれど、受けてやろうじゃない。父さん以上に強くなるって決めたしね。」

「はは……」

オリビエとはいえ、出来ることには限界がある。そういった面で言うと、エステルやヨシュアのような存在は大きい助けになりうる。これから迫りくる『激動の時代』に向けて己を鍛えることは悪くはない。一通りの話をした後『カレイジャス』はルーレに降り、ルーレに用のあるアスベルらと別れ、リィンとエリゼはユミルへの帰途へとついていた。

 

「ん?……やれやれ、寝ちゃったみたいだな。」

リィンはふと、肩に重みを感じて視線を向けると……彼の肩に凭れ掛かるように眠っているエリゼの姿があった。その穏やかな寝顔を見てリィンは笑みを零した。同い年のアルフィンの護衛や、リベールでの異変……数々の激戦を潜り抜けてきた彼女は未だに13歳。その年相応の表情はなかなか見られないものとなっていただけに、彼女を起こさないようにしつつ窓の外を見やった。

 

「………」

自分の運命はまだ解らない。けれども、自分がするべきことは答えを出せている。自分の正体が何であろうとも……自分をそれとなく慕ってくれている彼女のために、出来ることはする。彼女の幸せのために……そう考えるリィンの見出した答えは、隣で眠るエリゼにも解らなかった。

 

リィン・シュバルツァー……彼の取り巻く運命は、すでに動き始めている。

 

 


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