―――『事変』解決後より三ヶ月……
~ヴァレリア湖畔 ルーアン側~
夜明けの空を描くヴァレリア湖の湖畔……そこに一人の少女が佇む。彼女は得物であるレイピアを構え、それを振るう。その剣捌きは女性のものとは思えないほどに力強く……鋭いものであった。やがて、それを振るい終えると、鞘に納めて一息つく。
「ふぅ………」
その少女は今や、この国……リベール王国の次期女王―――『王太女』を名乗る人物。クローディア・フォン・アウスレーゼその人である。彼女が何かに疲れたときや悩み事があるとよくここに来て剣を振るう。無論、一人ではなく……傍には自分の護衛とも言うべき人物がいるのだが。その人物―――クローディアと同じ制服に身を包んだシオン・シュバルツであった。
「お疲れさん……いい加減吹っ切れよな。」
「……解っています。でも……やっぱり名残惜しいのには、変わりないですから。」
「やれやれ……」
クローディアがそう言った理由……クローディアとシオンは、近々王立学園を離れる。卒業までの単位は全取得しているため、形式上は“卒業”となるのだが……一年早めの卒業には、多少寂しい気持ちを抱くのも無理はなかった。それを察してか、シオンはクローディアの頭を撫でた。
「ま、俺も似たようなもんだが……ん?」
少しの間そうしていたが……シオンは少し遠くの波打ち際に妙な影を見つけ、其処に向かって走り出す。それを不思議に思ったクローディアだったが、彼女もすぐにその後を追った。二人が近づくと、そこにあったのは人影。うつ伏せになっているのでその表情を窺うことは出来ないが、見るからにシオンやクローディアと歳が近そうな印象を受けた。
「おい、しっかりしろ!………脈はあるし、呼吸はしてるみたいだな。クローゼ、学園長に言ってくれ。俺はコイツを運ぶ。」
「え、ええ、解りました!」
シオンが向きを変えて確認する……水を飲んだかどうかは解らないが、脈拍・呼吸は安定しているようであった。ともかく、安静な場所に運ぶことが第一と考え、クローゼに連絡を任せてシオンは彼を抱きかかえた。すると、彼の懐から零れ落ちたものに気づき、それを拾い上げる。
それは、ペンダント……そして、落ちた拍子に開き……それに納められたものが目に入る。それを見たシオンは“転生前”の記憶にある人物と瓜二つの人達がここに映っていることに驚きを隠せなかった。正確には『彼がやりこんでいたゲームの登場人物達』とも言うべきであるが。
「………ともかく、コイツを運ぼう。」
色々考えることや聞きたいことが増えたことに……『柄じゃない』と思いつつもシオンは頭を抱えたくなった。見慣れない少年を担ぐシオンの姿を見たコリンズは驚きつつも、すぐさま手配をし……その少年は総合病院へと運ばれることとなった。
ルーアン総合病院……リベールとレミフェリアの経済連携や文化交流の一環として建設されたリベールの総合医療施設である。本来ならば、そういった近代医術は七耀教会の領分でもあるのだが、教会の人間でも一筋縄ではいかない部分もある。それと、この国にいる“守護騎士”の存在が、教会と病院の共存を可能にしている。
その病院の診察室では、運ばれてきた少年を診察した医師……ルーシー・セイランドの母であるルーフェリア・セイランドが、彼の状態を聞くために訪れたクローディアとシオンに、その結果を伝えた。
「まず、命に別条はなさそうです。水を飲んだとも思えませんし、呼吸や脈拍も安定しています。念のためにレントゲンも取りましたが……健康体と言っても間違いないほどです。恐らくは極度の疲労から来るものですから……しばらくすれば意識は回復すると思います。」
「そうですか……シオン?どうかしましたか?」
その報告を聞いて安堵を浮かべているクローディアであったが、傍にいたシオンの表情が気にかかって彼に尋ねる。すると、彼は意を決してルーフェリアに尋ねた。
「……先生、一つ聞きたい。『一ヶ月以上』漂流して健康体なんてことがあり得るのか?」
「え……」
「………それは、どういうことでしょうか?」
「ああ………」
シオンはあの時、少年の姿に驚いていたが……それ以上に気にかかったのはその少年が流れ着いた時の状況であった。彼が持っていたと思しき時計……今では珍しい導力式ではない時計。それには日と曜日が表示できるようになっており……時計が指示していたのは少なくとも一ヶ月以上も前の日曜日。その日と曜日の組み合わせからして、最低でも先月のその日が該当する。彼の服もかなり水に晒されていたと思われた。だが、そのペンダントの写真は色褪せることなく……まるで“水に浸かっていなかった”かのようにその姿を示していたのだ。
シオンがそのことを話すと、ルーフェリアは難しい表情をした。何せ、医学では到底説明できそうにない事情である可能性の話を聞かされたのだ。
「普通ならば、内臓が腐り始めていても不思議ではないと思われます……いえ、既に死んでいる可能性の方がはるかに高いです。医学的には“奇跡”と言われても不思議ではないでしょう。」
「だろうな……」
「ですが、
「いえ……」
だが、問題はもう一つある。それは彼の身元だ。こればかりは幸いにも王家に携わるクローディアとシオンも苦笑を浮かべた。彼の身元の照会を遊撃士協会や各国大使館を通じて行うことにした。
それから数日後……その少年は目を覚ます。
~ルーアン総合病院 個人病室~
「………ここ、どこだよ?」
少年……金色の髪に、透き通る蒼の瞳を持つその人物は、目を覚ました場所の光景に首を傾げる。服装は入院患者が来ているようなもの……そして、ベッドと、繋がれた点滴……だが、その光景は自分が知る“病院”ではないことに頭を悩ませていると……扉が開いて、そちらに視線が向く。すると、白衣姿の女性に、剣らしきものを帯刀する男女の姿があった。
「おや、ようやく目が覚めたみたいですね……ティーダ・スタンフィールドさん。」
「!?……どうして、俺の名を知ってるんすか。」
「身元不明じゃ色々問題があるから、調べたんだよ……よもや、あの“暴風”に息子がいたとは衝撃的だったが……」
少年―――ティーダは、白衣の女性の後ろにいた自分と同い年ぐらいの少年が、自分の父親の異名を知っていることに驚きを隠せず、その人物―――シオンを見やる。
「とりあえず……覚えてる限りでいいから説明してくれないか?」
「あ、そうっすね……」
シオンの言葉にティーダは説明を始める。
凡そ一ヶ月前……クロスベルの東側を流れる川でティーダは日課とも言える水練をこなしていた。すると、突然水底から吸い込まれるように渦巻き……為す術もなく呑み込まれたという。それを聞いた三人は驚きを隠せなかった。
「えと、何かおかしかったっすか?」
「……とりあえず、今の状況を説明しておく。気が付いていると思うが、ここはリベール。そこの病院だ。そして……今日の日付は……というわけなんだ。」
「…………えっ」
ティーダのその反応は至極当然とも言えるものであった。何せ、聞いた日付は巻き込まれた日から一ヶ月以上も後の話であった。それに、リベールまで流れ着いていたことに驚きという他なかった。
「まぁ、二~三日あれば完全に回復するだろう……とりあえず、今は休んでおけ……ということで、先生にクローゼ。ここは任せた。」
「え、シ、シオン!?」
「やれやれ……ティーダさん、とりあえず診察してもよろしいですか?」
「あ、はい。」
この時ばかりは、アスベルがいつも抱えている悩みが少しばかりわかるような気がしたシオンであった。
元々健康体であったため、三日後には退院していた。一応礼を言うためにグランセル城まで足を運ぶこととなった(寧ろシオンに連行された)ティーダであったが……そこで、彼に関わるもう一つの事情が判明したのだ。それは……
「ええっ、それは本当なんですか!?」
「そうみたいだな……」
それは、彼の身元というか……彼が住んでいた場所は既に引き払われていた。しかも、行方不明というか“死亡”ということで既に遺品整理が済んでいたらしいのだ。それを聞いたティーダは肩を落としていた。
とはいえ、唯一の救いは彼が使っている口座がまだ生きていることであった。それに関しては、どうやら手違いによって手続きが滞った状態で止められていると判明……シオンがマクダエル議長やエリィを介する形でその口座の現金を引き出し、王家預かりという形で彼の資産をどうにか確保した。その額は……ざっと計算しても、この国で普通に生活したとしても有り余るほどの額であった。これに関してはティーダ曰く、
『あのオヤジ、『この先困らないように俺様が与えてるんだ。だが、俺は困らねえ……なんたって、俺様は特別なんだからな。』とか言いながらポンポン入金してったんだよ……』
とのことらしい。それを聞いたシオンは笑みを零した。
「な、何だよ?」
「いや、あの人らしいな……と思っちまってさ。俺もジェクトさんとの付き合い自体はオッサン絡みだったんだが……」
そう言ってシオンはティーダの父親……“暴風”ジェクト・スタンフィールドとの出会いを話した。
およそ九年前……帝国での事故の後、シオンは改めてカシウスに師事を乞い……遊撃士として活躍していたカシウスに付き添う形でクロスベル支部に一時期厄介になっていた。その時に出会ったのがジェクトであった。
豪快な性格でありながら、周りに対しての気遣いを忘れず、マフィアに対して一歩も退かず、むしろ積極的に潰すぐらいの勢いを見せていた。不正と聞けば相手が議員だろうが貴族であろうが外国人であろうが容赦なく叩き潰す……勿論、遊撃士の目的である“民間人の保護”を建前としているが、その暴れっぷりから付けられた異名は“
その彼が実は既婚者だということを知るのは彼と出会って一年後……遊撃士協会支部に足を運んだシオンが目にしたのは、ジェクトと仲良く話す一人の女性。どこかしら気品あふれる印象を強く受けるが、それ以上にジェクトとはまるで正反対の女性が彼と話していることに驚きを隠せなかった。幸せそうな光景……それに対してむず痒そうにしているジェクト……だが、そんな光景はある日突然終わりを告げた。
七耀暦1199年……クロスベルの表通りで起きた導力車事故。その被害者は、ジェクトとその妻、そしてアリオス・マクレインの妻と娘であった。突発的な事故……まがりなりにもA級遊撃士となっていたジェクトの穴は大きすぎた。そのため、カシウスとアスベル、シルフィア、レイア……シオンがその穴を埋める形で度々出張することとなった。
「まあ、何と言うか……ジェクトさんはいろいろ不器用だったのは確かだった。聞けば、本人は物心つかない時に両親や親族を失い、天涯孤独だったらしい。『自分の子どもにはそういう人間になってほしくない』……そう言って、よく絡まれていたからな。」
「え………」
父親としての接し方……親の愛情を受けずに育ってきたジェクトにとって、その考えはよく解らなかった。なので、よくカシウスにそのことを相談していた……とはいえ、そううまくいくはずもなく……目の前にいる彼(ティーダ)は、少なからず父親に対して良い感情を持っているとはいえなかった。
今まで自分が見てきた父親の印象……それとはまるで真逆の事実を知り、困惑するティーダ。それを見たシオンは傍に置かれた包みを手に取り、ティーダに差し出した。言われるがままに受取り、その包みをとると……そこにあったのは一本の片刃剣。見るからに立派な意匠を持つその剣を不思議に思うティーダに……シオンはその剣のことを話す。
「それは、ジェクトさんの置き土産。16歳になったら、それを渡す予定だったらしい……どんな道にせよ、自分を守れるだけの技量を磨け……多分、そういうことだったんだと思う。」
「………オヤジ、最後の最後まで……俺はガキじゃねえってのに……」
「何時まで経っても、親は自分の子のことが心配なんだよ……多分、そういうことだと思う。」
物心つかない時に親を亡くしたクローディア、親離れとも遠い時期に両親を失ったシオン……それからすれば、不器用ながらも子どもに対して愛情を注いでもらっていたティーダはまだ幸せな方なのだと……シオンは率直にそう述べた。そして………
「シオン………」
それを静かに見つめていたクローディアの姿があった。
その後、ティーダはカシウスに師事し、三ヶ月の鍛錬を終えてクロスベルに戻り……親交のあったノイエス家に居候する形で警察学校に通うこととなった。幸いにもティーダの学籍は残っていたため“休学”扱いとされ……同期たちと共に己の力を磨いていった。自分の父親がどうあれこのクロスベルを守っていた……ならば、ティーダは自分なりのやり方で……親父とは違うやり方で平穏を勝ち取るために……
ティーダ・スタンフィールド……彼の戦いはまだ始まったばかりであった。
それに触発される形でクローディアも政治の駆け引きや国内外の情勢を自ら進んで学びつつ、王族としての務めをより一層果たしていった。学園卒業後も度々学園やマーシア孤児院に顔をだし、語らいを楽しんでいた。
そして………
「……まさか、シオンがそこまで考えていたとは思いもしませんでした。」
「ユリ姉は謙虚過ぎるんだよ。ある意味天才だしな……“自分を追い込む”という才能の。」
シオンから大隊長をユリアに引き継がせることに、クローディアは驚いた。それ以上に、シオンが自分専属の護衛を引き受けることに驚いた。……もっと驚いたのは、彼が『アウスレーゼ』を名乗るということを決めたことなのだが。もはやこのまま隠し通せはしない……それを聞いたクローディアも、一つの決意をする。
「シオン……私は、もっと精進します。お祖母様以上の人間となれるよう……いいえ、なります。」
「………解った。」
“鉄血宰相”や先輩……いえ、“かかし男”との出会いは決して無駄ではなかった……彼等の底知れなさを知り、自らの力不足を痛感し……だからこそ、私の心を決めるものがはっきりと見えた。この先に迫り来るもの……それに対して、私ができることは限られているが……躊躇いは無い。
そう決断するクローディア……その瞳に満ちた決意をシオンは感じ、静かに頷いた。
ここで登場した彼には零・碧と頑張ってもらいます。実力的にはロイド達よりちょっと上ぐらいでしょうかね。
次はエリゼかシャロンかサラあたりの予定……全員閃キャラだこれー!?