英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第135話 紺青の塔、白黒の住処

 

~アクシスピラー 紺青の間~

 

ジンがヴァルターとの決着をつけた頃、紺青の間―――蒼に彩られた超高層の塔……ここに立っている人間は解らないが、蒼いオルキスタワーの屋上……シェラザードたちの方もその領域の守護者である“幻惑の鈴”ルシオラとの決着がついていた。

 

「フフ……なるほど。『影の霹靂』も以前より強くなった……これならば、上に進む資格があるかもしれないわね。」

戦闘不能になり、地面に跪いたルシオラは立ち上って、口元に笑みを浮かべて言った。

 

「……姉さん。ひとつだけ訂正させて。あたしは姉さんを恨むことなんてできないわ。あたしの元を去ったことも、座長を殺めてしまったことも。ただ……どうしようもなく哀しいだけよ。」

シェラザードにしてみれば、自分を可愛がってくれた座長も……目の前にいる姉のような存在も……両方とも大切な人間だ。どのような事情であれ、事実を曲げることなどできなくとも、恨むことなどできなかった。それに対して敵討ちをしたとしても……自分自身に『身内を殺した』という事実が重くのしかかるだけ。只でさえ悲しい事実に哀しさを上塗りするだけだと。

 

「シェラさん……」

「シェラザード………」

「………」

「………シェラザード……」

シェラザードの答えを聞いたスコールとサラ、ジョゼットは心配そうな表情で見つめ、ルシオラもまた……シェラザードを見つめた。

 

「それに、やっぱり信じられない。姉さんがそんな理由で座長を殺めてしまっただなんて……。あたしたちのことを思って辛い選択をした座長のことを……あたしの知る姉さんならば、それだけでそんな行動に移すとは正直思えないし、納得できない。」

一座の事だけでそんな簡単に人を殺める価値観の安い人間ではない……少なくとも、一座で長い時を過ごしてきたシェラザードだからこそ言える直感というのもあったが……座長とルシオラの関係を考えた時、その理由だけで凶行に及ぶには『決め手』が欠けていた。

 

「……ふふ……さすがに、シェラザード相手には誤魔化せなかったか。」

シェラザードの話を聞いたルシオラは皮肉気に笑って言った。

 

「え……」

「さっきの話にはね……続きがあるの。あの人を説得しようとしてそれでも決意が固いと知った時……私は、ずっと秘めてきた想いをあの人に打ち明けてしまっていた。」

「!!!姉さんが……座長のことを。……そう……だったんだ……」

ルシオラの話を聞いたシェラザードは信じられない表情をした後、頷いた。その表情にルシオラは笑みを浮かべ、言葉を続けた。

 

「ふふ、親子ほども離れていたから想像できなかったでしょうね。そして……それはあの人にとっても同じだった。」

 

 

『娘のように大切に思っているけど想いに応えることなど考えられない。一時の感情に流されず、相応しい相手を見つけるといい』

 

 

「……そう、諭すように拒まれたわ。拒まれたこともショックだったけど、私はそれ以上に怖くなってしまった。私を惑わせないように……相応しい相手を見つけられるように。あの人が、本当の意味で私から離れていってしまう可能性が。」

「あ……」

座長なりの考えや事情もあったのだろう……『自分には相応しくない』……ルシオラほどの人間ならば、彼女を幸せにしてくれるであろう人物はきっと現れる。だが、ルシオラにその思いは届かなかった。

 

『恋は人を盲目にする』―――とはよく言ったものではあるが、ルシオラはまさしくその言葉の通りであったのだろう。『自分の想いを拒否された』………『あの人とは永遠に結ばれない』………嫌だ、離れたくない……逃がさない……そんな感情がルシオラを次第に支配していき……

 

「……そう悟った瞬間、私の奥底で何かが弾けていた。……離れていかないように……永遠に私のものにするために……その囁きに従って……あの人をこの手にかけていた。」

「……ルシオラ……姉さん……」

気が付いたときには、自分の大切な人を自分の手で殺した………想うが故に………恋い焦がれたが故に………その人物を自分のものだけにしようと“独占”するために……彼を殺したのだと。自らの本能の赴くままに行動したのだと言い放たれた言葉に、シェラザードは驚きと悲しみの表情をルシオラに向けていた。

 

「自分の中に潜んでいた闇に気付いたのはその時からよ。私は、その闇に導かれるように『身喰らう蛇』の誘いに応じて……いつの間にか……こんな所にまで流れてきてしまった。フフ、そろそろ潮時かもしれないわね。」

「え……」

ルシオラの言葉を聞いたシェラザードが驚いたその時、ルシオラはシェラザード達の方に身体を向けたまま、飛び降りた。

 

「姉さん、だめええっ!………くっ……」

ルシオラが落ちる瞬間、シェラザードは鞭を振るって、ルシオラの片手に鞭を巻き付けた。しかし、重みに耐えられず、シェラザードも塔から落ちそうになった。

 

「ふふ……なかなか鞭さばきも上達したじゃない。最初の頃はあんなに不器用だったのにね。」

一方、ルシオラは片手に鞭を巻き付けられた状態で感心していた。自分の見ない間に成長した妹の姿と力量……姉として、これほど喜ばしいことに笑みを零した。

 

「シェラザード!」

そして、スコール達もシェラザードに急いで近寄った。

 

「スコール……少しの間でいいから……このままこの娘と話をさせて。」

「で、でも……」

「ルシオラ……お前……」

「は、話なんかしてる場合じゃないでしょう!?引っ張り上げるから掴まってて!」

ルシオラの頼みにジョゼットは戸惑い、スコールは静かに呟き、シェラザードは血相を変えて言った。

 

「ねえ、シェラザード……あの人を手にかけた事は今でも後悔していないけれど……唯一、気がかりだったのが貴女の元を去ったことだった。」

 

貴女がどうしているか、それだけが私の心残りだった。でも、私がいなくても貴女はしっかりと成長してくれた。自分の道を自分で見つけていた……それはきっと、彼女の師匠然り、仲間然り、同僚然り……そして、ルシオラもよく知るエステルとヨシュアも……シェラザード(この子)がきっと成長させてくれたのだろう。人の縁―――『絆』というものは……世間というのは、広いようで本当に狭いものだ。

 

「それが確かめられただけでもリベールに来た甲斐があったわ。本当は貴女に私のことを裁いてほしかったのだけど……。さすがにそれは……虫が良すぎる話だったわね……」

気まぐれで、マイペースで、明るくて……でも、どこかしら理知的な妹のような存在。そんな彼女に自分を殺してほしいなどというのは、流石に欲張りすぎだったのかもしれない……ルシオラはそう思いながら淡々と呟いた。

 

「姉さん……お願いだから……お願いだから、ちゃんと掴まっていてよおっ!」

自嘲気に笑っているルシオラにシェラザードは悲痛そうな表情で叫んだ。

 

「……サラ・バレスタイン、だったかしら。」

「………何かしら?」

「色々気まぐれ屋さんな妹だけれど……仲良くしてやって頂戴。」

「『執行者』からそんなことを言われるなんてね……あんたの元『同僚』だった夫の顔に免じて、その願い……承ったわ。」

ルシオラの頼みにサラは静かに答えた。

 

「フフ、それを聞いて安心したわ………良き仲間達に…友に出会えてよかったわね………さようなら……私のシェラザード。」

そしてルシオラは鉄扇を取り出して、シェラザードの鞭を切って、落下して行った。

 

「ルシオラ姉さあああんっ!」

 

―――リーン………

 

シェラザードが叫んだ時、鈴の音が寂しげに響いた。

 

「………」

そしてシェラザードはしばらくルシオラが落下した場所を見つめていた。

 

「……え、えっと、その……」

「シェラザード……」

「…………大丈夫……あの姉さんが落ちたくらいで死ぬはずない。いつの日かきっと……きっと……また会えるわ。」

心配そうな表情で見つめているジョゼットやサラ達に、シェラザードは静かに答えた。

 

自分の妹同然のエステルだって、諦めずにいたからこそ、忘れずにいたからこそ、再会できた。今の自分にはやるべきことがあり、信じることしかできないけれど……今はそれでいいのだと。

 

「そうだな……アイツなら、その内ひょっこりと顔を出すかもしれないし……どっかでひっそりと占い師でもやるかもしれないしな。」

「ふふ……そうね………」

スコールの言葉にシェラザードは寂しげに笑った。すると、中央部に転位陣が出現し、その近くに装置が姿を現した。それを見つつ、サラはシェラザードに声をかけた。

 

「シェラザード、無理そうなら一度戻っても構わないけれど?」

「大丈夫よ……ここで立ち止まったりしたら、姉さんに怒られてしまいそうだわ……装置を解除して、行きましょうか。」

「解った……」

サラの言葉にシェラザードは気を取り直して答え、スコールは静かに頷いた。

 

「………(ボクやドルン兄、キール兄が味わった経験よりも、ずっと重いものを背負ってるだなんて……)」

一方、ジョゼットはこの戦いを通して知ったことと自分の経験を比較していた。物を盗む行為はしていたが、人の命まで奪う行動をしたことがなく、想像もできなかった。それが、自分が“遊撃士ごとき”といった身分の人物本人ではないが、その人物の身近な人物が身近な人物の命を奪った……例えて言うならば『キール兄がドルン兄を殺した』という経験をしていたということになる。

 

きっと、ヨシュアにも何らかの事情があって『身喰らう蛇』にいたのだろう……それこそ、『自分の大切なものの命』を喪ったがために……それから比べれば、財産と土地だけで済んだ自分たちなど、マシな方なのであると痛感させられた。

そう思っているジョゼットにスコールが声をかけた。

 

「おーい、ジョゼット。とっとと行くぞ。」

「え?あ、解った。というか、気安く名前を呼ばないでよね!」

「ふふっ……」

「やれやれね……」

四人は装置を操作して結界を解除し、転位陣で戻った。

 

 

~アクシスピラー 漆黒の間~

 

時間は少し遡って、四組が同時に通路へと入り、ゲートをくぐった時……エステルらが目にしたものは、白黒の家であった。

 

「モ、モノクロ?」

「これは……」

「どっかの家みてえだが………」

「テーブルに椅子に台所……見るからに普通の家ですね。」

「フフ、その通りよ。」

エステルは驚き、ヨシュアは冷静に見つめ、アガットはその光景を見ながら考え込み、ティータはその様子や風景から一般家庭の家であると見抜いた。すると、エステルの後ろから聞こえてきた声……無邪気そうな声は四人ともに聞き覚えのある人物の声だと気付き、その方向を振り向く。するとそこにいたのは予測通りの人物―――“殲滅天使”レンの姿であった。

 

「や、やっぱり……」

「アンタは……」

「レ、レンちゃん!?」

「ようこそ、エステル、赤毛のお兄さん、ティータ。レン、歓迎しちゃうわ。ついでにヨシュア。」

「……いつも思うんだけれど、何で目の敵にするのかな?僕、怒らせるようなことをしたかな?」

驚くエステルらにレンはにこやかに挨拶するが、皮肉めいた言葉を投げかけられたことヨシュアは疲れた表情を浮かべて尋ねた。

 

「レンは優しいから、ヒントぐらいは教えてあげるけれど……女の敵って奴ね。エステルなら解るんじゃないかしら?」

「あ~……だいたい解っちゃったわ。」

「え?エステル、どういうことなの?」

その問いかけにレンはジト目でヨシュアを睨みつつ口元に笑みを浮かべて答え、その言葉にエステルもジト目でヨシュアを見て呟き、ヨシュアはエステルに問いかけたが、

 

「聡明なヨシュアなら、すぐわかる問題なんじゃないかな?」

「尤も、解るようで解らない問題かもしれないけれどね。」

「………君たち、仲良いね。」

生まれや育ちが違うはずなのに……境遇も違うのに……何故か通じ合っている様子のエステルとレンが仲の良い姉妹みたいに見え、ヨシュアはため息を吐いた。

 

「やれやれ……毒気が抜かれるな……」

「レ、レンちゃん……それに、エステルお姉ちゃんも………」

その光景を傍から見ていたアガットは内心頭を抱えたくなり、ティータも引き攣った笑みを浮かべていたのは言うまでもない。それを見てレンは気を取り直し、四人の方を向いた。

 

「さて、この領域はレンの領域なんだけれど……レンとお茶してくれたら、通してあげてもいいわ。いわばゲームにおけるボーナスステージみたいなものね。」

「ず、随分と親切だな。後、言っておくが……俺はアガット・クロスナーだ。」

「ご丁寧にどうも、アガットのお兄さん♪まぁ……次は今までの『執行者』以上に厳しい相手だしね。特に、ヨシュアにしてみれば。」

「!!……成程、この先に待つのは“剣帝”……そして“教授”ということか。」

笑って言いのけたレンの言葉にヨシュアは表情を険しくした。この状況では連戦も覚悟していたが……どうやら、幸いにも戦わずに済む可能性が出てきた事には、安堵を浮かべた。相手の事を考えると十全の状態で臨む方が尚良い。ここは、下手に戦って消耗するよりもその方が無難と判断した方が良さそうだと。

 

「お茶ねえ……あ、お茶菓子なら、持たせてくれた奴があったんだった!」

「あ、アスベルお兄ちゃんが持たせてくれた奴ですね。」

「へぇ~、持ち込みのお茶菓子……ウフフ、いいわよ。」

エステルは思い出したように持ってきていた茶菓子―――クッキーを取り出した。それを見たティータは笑顔で喜び、レンも年相応の笑みを浮かべていた。

 

「はぁ……なら、俺がお茶を淹れよう……って、何だその眼は。」

この流れは変えようがないと判断したアガットは諦めたようにため息を吐き、紅茶を淹れようと提案したところ、周りから奇怪な目で見られ、眼を細めた。その中のティータは感心し、エステルは彼の妹の存在を思い出しつつ尋ねた。

 

「ほえ~……」

「ひょっとして……ミーシャから教わったの?」

「ま、そんなところだ。ちょいと待ってやがれよ。」

その問いかけに目を伏せつつも、黙って台所に向かい、力押しのアガットがやっているとは思えないほどの手際の良さで準備を進め、紅茶を淹れていく。その味は……

 

「これは驚きました……ここまで手際良くこなせるだなんて。」

「ヘッ、大方オッサンのせいだがな。それと、ミーシャにも色々言われちまったからな……ま、家の事情もあるんだが。」

中々の好評だったようで、アガットも思わず笑みを零した。カシウスにいろいろこき使われたこともそうであるが、元々両親をミーシャが幼い頃に亡くしていたため、家事に関してはアガットが率先してこなしていた。ミーシャができるようになってからは彼女に任せる機会が多くなったものの、それでも気が向いたときや家に帰った時はこなすようにしていたのだ。

 

「それはいいんだが………あのガキとエステルは何で落ち込んだ顔をしてやがるんだ?」

「え?」

それはともかく……アガットは気になった光景を尋ねると、ヨシュアもそちらの方を向く。

すると……

 

「………」

「………」

「あ、あの、えと……レ、レンちゃん?エ、エステルお姉ちゃん?」

何かに敗北したかのように落ち込んでいたエステルとレン。一方、ティータはその二人の様子を見て動揺していた。

『圧倒的大差』という単語など生易しいぐらいの敗北感漂うその状況。

 

その理由は……『クッキー』にあったのだ。

 

「………(この感覚……あたしが以前プライドを折られた感覚。ってことは、コレはアスベルお手製のクッキーってことじゃない。)」

「………(何故かしら……ルドガーの料理と似た感じ……レンのプライドを容赦なく折るだなんて……手ごわいわね。)」

アスベルが渡したクッキー……いや、正確にはアスベルが渡した『手作り』クッキーであろう。彼のお手製菓子類は女性陣限定の『兵器』。味としては文句のつけようもなく美味しいのだが……その美味しさがかえって二人の“女”としてのプライドを折られたのだ。しかも、レンにしてみればルドガーに料理で“骨抜き”にされてプライドを“折られ”、アスベルの菓子類でプライドを“更に”折られたのだ。そうなると、女性としてのプライドなど完全に地に墜ちたも同然であろう。

 

ちなみに、何故ティータは無事なのかというと……これもよく解らなかったのだ。ティータにしてみれば『とても美味しい』クッキーでしかないのだが……これには流石のティータも首を傾げた。

 

「え……レンちゃん、泣いてるの?」

「ち、違うのよ、ティータ!?これは涙じゃなくて、汗なんだからね……く、悔しくなんて……ないんだからぁ!!」

「あっ………」

ティータの言葉にツンデレのような言葉を吐き、その場を切り抜けつつ、レンは立ち上がった。そして、そのままどこかに走り去っていった。すると、五人が座っていた場所の近くに装置が現れ、エステルらが来た場所に転位陣が出現した。

 

「………今なら、レンの気持ちが少しわかる気がするわ。」

「……とりあえず、装置を操作して、解除しましょう。」

「だな。」

「は、はい……(レンちゃん、大丈夫かなぁ………)」

色々納得しかねる部分は多いが……エステルら装置を操作して結界を解除し、転位陣に乗って戻っていった。

 

 




一人だけ原作通りに殺風景な場所で戦うのは何だか違う気がしたので、そうしました。純粋に思いつかなかっただけとも言いますが(オイッ!)あと、レンの領域の風景は、レンのファミリーネームの家の二階を想像してください。

何と言うか、銃持ち三人相手に遠距離戦の撃ち合いというのも何だかなぁ……というか、純粋に前二話分の戦闘シーンに一杯一杯で思いつきませんでした(コラッ!)
レンに関しては、下手に戦うとエステルの餌食なので、ああいう扱いに。

せんとうなくてもいいじゃない にじそうさくだもの れん


………同じ銃使いでも、オリビエとジョゼットだとオリビエの方が進むんですよね。ゴメン、ジョゼット。

あと、レンのプライドへし折りました。流石、アスベル!俺たちにできないことを平然とやってのけるっ!!



どうでもいいことですが、零Evoと碧EvoをPS3で出してほしいと願う私は異端なのでしょうかね……(割と本気で懇願)

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