~グロリアス エステルがいる部屋~
レンと入れ替わりに入ってきた男性―――レーヴェの姿にエステルは少し身構えるが、それをみてレーヴェは笑みを零した。
「あんたは……って、何で笑うのよ!?」
「これは失礼した。お前のような『お人好し』に気配を悟られるとは思っても見なかったのでな。」
「余計なお世話よ。それよりも……やっぱりあの教授の近くにいたのね。」
「ああ……」
エステルの言葉にレーヴェは頷く。他の連中に聞いた話や、以前会った時とは見違えるほどの佇まいにレーヴェは正直に感心していた。
「にしても、流石“剣聖”の娘というべきか。」
「あたしや父さんのおかげじゃないわ。あたしを教えてくれたり、支えたりしてくれた人がいたから……」
あたしの両親、シェラ姉やアガットやアネラスさん、クローゼ、オリビエ、ジンさん、サラさん、ヴィクター、リィン、アスベル、シルフィア、シオン、レイア……色んな人たちとの出会いで得たことが、今のあたしを形作っている。そして……
「その中に、ヨシュアも入るという訳か……」
「ねぇ“剣帝”……あなたとヨシュアって一体、どういう関係なの?」
「ほう、どうしてそう尋ねた?」
「あなたが“ロランス・ベルガー”と名乗っていた時から、ヨシュアは貴方の存在が気になっていた。顔は分からないのに誰だか知っているみたいで……。それでいて正体を知ろうと必死になっていた気がする。」
初めてロランスを見た時のヨシュアの反応……今までに見せたことの無い表情だからこそ、エステルは気になった。その疑問に答えるかのようにレーヴェが口を開いた。
「フッ……無理もない。あいつは記憶の一部を教授によって封じられていた。“結社”の手を離れた瞬間から具体的な情報が思い出せなくなるよう暗示をかけられていたはずだ。自分が“結社”でどんなことをしていたか覚えていても、関係者の名前は思い出せない。そんなジレンマがあっただろう。」
「あ……」
考えて見れば、クルツも同じように記憶を封じられていた。思い返せば、性格が変わっていたカプア家の首領、『ゴスペル』を渡された相手のことを忘れていたリシャール……彼に掛かれば、その辺りの調整も難なくやってのけるであろう。
「幼い頃の記憶も同じ。恐らく、カリンは覚えていても俺の記憶は曖昧になっていたはずだ。」
「そっか……それで……。って、『カリン』ってどこかで聞いたことがあるわね?」
「………」
レーヴェから出たある名前が気になったエステルが呟いた言葉を聞いたレーヴェは黙った後、窓に近づき、外を見ながら話し始めた。
「―――カリン・アストレイ。俺の幼なじみでヨシュアの実の姉だ。10年前に亡くなった。」
「!!!」
「お前の持つハーモニカは元々はカリンの物だった。それを形見としてヨシュアが受け取り……それをお前が受け取ったわけだ。」
「ヨシュア……お姉さんがいたんだ。あの……どうして……カリンさんは……お姉さんは亡くなったの?」
「……それを知ったらお前は真っ白のままで居られなくなる。ヨシュアや俺たちの居る“闇の領域”を覗き込むことになる。その覚悟はあるか?」
エステルに尋ねられたレーヴェは静かに問いかけた。ここから先はヨシュアの“闇”……それを知ることは、無関係ではいられなくなるということも……その覚悟はあるのかと。
「………うん、教えて。覚悟があるかどうかはちょっと分からないけど……あたしは……ヨシュアの辿ってきた軌跡をどうしても知っておきたい。その気持ちは本当だから。」
「……いいだろう」
そしてレーヴェは自分とヨシュア、そしてカリンの過去を話し始めた。
「あれは10年前……俺たちのいたハーメル村が『まだ地図にあった頃』のことだ。ハーメルは小さな村でな……子どもが少なかったこともあって俺たちはいつも一緒に過ごしていた。俺はいずれ遊撃士になることを夢見てヒマを見つけては剣の練習をし……それをカリンと小さなヨシュアが眺めているのが日課になっていた。」
――それはどこにでもある小さな村の平和な光景。争いとは無縁ともいえる生活が営まれていた―――
「……練習が終わった後、俺とヨシュアは、カリンの奏でるハーモニカの旋律に耳を傾けた。カリンは何でも吹けたが、俺たちの一番のお気に入りは一昔前に流行った『星の在り処』だった。そんな日がいつまでも続く……そう俺たちは信じて疑わなかった。」
―――青年達は小さな平和がずっと続いて行くと、信じ続けた………しかし、その平穏は脆くも崩れ去った―――
「村が襲われたのは、そんなある日のことだった。王国製の導力銃を携えた黒装束の一団。彼らは村を包囲した上で住民たちをなぶり殺しにしていった。ただ一人の例外もなく、年寄りから赤子に至るまで。一息で殺された者はまだ幸せだったかもしれない。……女たちの運命はさらに悲惨だった。」
――――平和だった村は現世の地獄と化した……男は殺され………生きていた女は犯され、そして殺されていった――――
「俺たちは―――その地獄の中を必死に逃げた。家族とみんなの断末魔を聞きながら『逃げろ!』という声に押されてただひたすらに村外れを目指した。そして、村外れに出たところで俺は追っ手を攪乱することにした。すぐに追いつくと言い聞かせてカリンとヨシュアを先に行かせた。」
―――青年は女性と少年を逃がす為、一人戦い続けた。女性達が必ず逃げ切ると信じて……―――
「だが……襲撃者たちは想像以上に用意周到だった。逃げた村人を始末する者を待機させていた。」
―――青年が追いついたその時、その願いは儚きものであったという現実を突きつけられた―――
「俺が追い付いた時、その場は奇妙に静かだった。喉を撃ち抜かれた男の死体……。銃を握って呆然とするヨシュア……。肩から背中を切り裂かれながらヨシュアを抱き締めるカリン……。カリンは……まだ辛うじて息が残っていた。」
―――青年は血相を変えて女性に駆け寄り、声をかけた。すると女性は瀕死の傷を負っているにも関わらず、穏やかで満ち足りた笑顔を浮かべ、青年を見つめた―――
「なぜかカリンは……穏やかで満ち足りた表情を浮かべていた。愛用のハーモニカをヨシュアに託し、ヨシュアのことを俺に頼んで……俺はヨシュアを連れてその場を去った。おそらくは、カリンも静かに逝ったのだろう。」
「………なんで。どうして……そんな事が……」
レーヴェの話を聞き終えたエステルは信じられない表情で呟いた。
「帝国軍がリベールに侵攻したのはその後……二週間後のことだ。王国製の導力銃を携えた襲撃者によって起こされた国境付近での惨劇。それは侵略戦争を始めるにはあまりにも格好の口実だった。」
「……そんな。本当にリベールの兵隊が……?」
レーヴェの話を聞いたエステルは信じられない表情で尋ねた。確か、自分の父親であるカシウスもその当時は軍人であり、今ほどではないがかなりの重鎮にいた人物。そして、アリシア女王は積極的侵攻を是とはしていなかったはず……そう疑問に思ったエステルに対して衝撃的となる発言がレーヴェの口から放たれた。
「襲撃直後、軍に保護された俺たちは最初そのように聞かされていた。だが数ヶ月後……帝国軍の敗退で戦争が終わった時、俺たちはまったく別の説明を受けた。村を襲った者たちは猟兵団くずれの野盗たちだったと。そして、決して襲撃のことを口外しないように俺たちを脅して……軍は、土砂崩れが起きたと発表し、ハーメルに至る道を完全に封鎖した。」
「ちょ、ちょっと待って!?なんでわざわざ嘘をつく必要があるわけ?それじゃあまるで……」
保護された直後と終戦後の言葉の食い違い……言っている事実が全く異なるレーヴェの説明を聞いたエステルは血相を変えて尋ねた。つまり、『百日戦役』はリベールが発端ではなく……
「クク……全ては帝国内の主戦派が企てたリベールを侵略するためのシナリオだったというわけだ。戦争末期、その事が露見し、帝国政府は慌てふためいたという。当時、一歩進んだ航空戦力を得た王国軍に立て続けに敗北した上、帝国南部は猟兵団『西風の旅団』と『翡翠の刃』に支配された状況にまで追い込まれていた。このままでは、帝国中部はおろか帝都まで占領されかねない………なりふり構わず停戦を申し出、首謀者たちを悉く処刑することで事件を無かったことにした。これが―――『ハーメルの惨劇』の真相だ。」
帝国に最も近かったが故に……大きい都市ではなく、情報の隠蔽が容易な小さな村があったが故に……ハーメルはその『要らぬ犠牲』を強いられた舞台となってしまった……尤も、レーヴェですら知っている『真相』はその程度であるが、更なる『事実』がその裏で蠢いていたことは知らない。そして、それが意味することも……その意味を知った時、この世界が大きく変わりゆくことも。
「………」
「そんな日々の中……ヨシュアの心は完全に壊れた。」
姉の死、親の死、隣人の死、初めて人の命を奪ったショック、そして欺瞞に満ちた世の中。6歳の子どもの心が壊れるには十分すぎるほどの出来事だった。立て続けに自分の身近な人を奪われる光景を目の当たりにし、そして大人らの身勝手で自分の居場所すら奪われた………大人ですら耐えられないであろう惨状をまだ幼かったヨシュアが目の当たりにしてしまったのだ。耐えきれずに心が壊れてしまうのは無理もない話だ。
「多分、その先のことはヨシュアから聞いているだろう。心が壊れたヨシュアはハーモニカ以外に興味を無くし、次第に痩せ衰えていった。そんなヨシュアと俺の前にあのワイスマンが現れて……。俺は彼にヨシュアを預けて『身喰らう蛇』に身を投じた。そしてその二年後、教授に調整されたヨシュアも俺と同じ道を辿ることになった………これが闇だ。エステル・ブライト。お前とヨシュアの間にどんな断絶があるのか……ようやく理解できたか?」
「……うん。やっと、ヨシュアが居なくなった本当の理由が見えてきた気がする。」
「なに……?」
エステルの答えを知ったレーヴェは驚いた表情でエステルを見た。
「あたしは絶対に『身喰らう蛇』には入らない。『結社』が好きか嫌いかそういうのとは関係なく……あたしがヨシュアを追い続ける限り、絶対にね。あ、レンには悪いことしちゃったかな……謝れば許してくれるよね?」
「………フッ……おかしな娘だ。今の話を聞いて逆に迷いを吹っ切るとはな。どうやら、ただ“剣聖”の娘というわけでは無さそうだ。」
決意を込めたエステルの言葉にレーヴェは黙り込んだ後、口元に笑みを浮かべて、エステルに感心した。
「そ、そう?よく分からないけど……そういうあなたこそ、ただヨシュアの昔の仲間ってだけじゃなかったわけね。お兄さん的な存在だったんだ。」
レーヴェの言葉を聞いたエステルは苦笑しながら、レーヴェを見て言った。
「………誤解のないように言っておくが、俺があいつの兄代わりだったのは10年前までだ。今の俺にとって、あいつは排除すべき危険分子に過ぎない。」
「え……」
しかし、レーヴェの答えを知ったエステルは驚いた。
「教授はヨシュアを泳がせて楽しんでいるようだが……俺の考えは教授とは異なる。いずれ近いうちに俺自身の手で始末するつもりだ。」
「ちょ、ちょっと!どーしてそうなるのよ!?カリンさんに……ヨシュアのお姉さんに頼まれたんでしょっ!?」
「俺は俺の、選んだ道がある。その道を遮るものは如何なるものも斬ると決めた。たとえそれがカリンの願いであってもな。」
「そんな……」
レーヴェの答えを知り、エステルは悲しそうな表情をしたその時、グロリアスのどこかが開いた音がした。すると赤い飛行艇が四隻、どこかに飛んでいった。
「あれって……」
「教授と他の連中だ。計画の第三段階がいよいよ実行に移される。」
「だ、第三段階って……」
「フッ……お前がそれを知る必要はない。事が成ったら、父親の元に返してやることもできるだろう。それまではせいぜいここで大人しくしているがいい。」
「ちょ、ちょっと!?」
「言っておくが……逃げようなどと考えるなよ。地上8000アージュの高みだ。どこにも逃げ場などないぞ。」
そう言うと、レーヴェは部屋を後にした。それを見届けた後、エステルは懐からハーモニカを取り出した。
「……お姉さんの形見だったなんてね、バカヨシュア……そんな大層なものをあたしに預けないでよ。」
彼の持っていたハーモニカ……その意味を知ったエステルはため息を吐いた。彼がしていることの意味もそれとなく理解できた……けれども、だからこそ……彼に会いたい。いや、彼を捕まえるのだと。
「…………逃げようなどと考えるな、か。そう言われたらかえってやってみたくなるのが人情よね。幸い、教授達は出かけちゃったみたいだし……。よし……そうと決まれば!」
レーヴェが出て行った後、エステルは部屋の隅々を確認した。見たところ、大したものはなさそうである……そして、エステルは目を瞑って精神を集中させる。
「(二人が言っていた記憶……杖や斧っぽいものに、剣に、鎚に、指輪?それに、何か不思議な……魔法?アーツとは違うのかな?)」
エステルは二人の記憶を辿り……その脳裏に出てきたものを連想する。武器はともかくとして、魔法に関しては今の自分の装備でも何とか発動できそうだと解り、眼を開く。
「……………タイミングが命だけど、それさえ見極められれば。油断させるために2時間ほど大人しくして………うん!試してみる価値はありそうね。」
そしてエステルは脱出する油断を作る為、しばらくの間、部屋に待機した………………
二時間後……部屋の外側に待機していた見張り役の猟兵が退屈そうにしていた頃、交代しに来た猟兵が近づいてきた。
「交替の時間だぞ。小娘の様子はどうだ?」
「はは、大人しいもんだ。いくら遊撃士とはいえ、所詮は子どもということだな。恐くてベッドで震えているんだろうさ。」
「フン……ガキの見張りで留守番とはな。まったく、つまらん任務だ。俺も起動作戦に参加したかったぜ。」
「そうボヤくなよ。レオンハルト様の命令なんだから。」
「それなら、僕も参加させてほしいものだね。」
「なっ」
猟兵達が笑い合っていたその時、ふと聞こえた聞きなれない声に猟兵らがそれに問いかけるまでもなく……
「ぐっ……」
「ば、馬鹿な……」
猟兵は気絶させられていた。その姿を一瞥しながら、その人物はエステルのいた部屋の扉をノックする。
「窓を破って陽動だろうとは思うけれど、話を聞いてくれないかな?こちらに敵意はない。何だったら、脱出を手伝ってもいい。どうだろうか?」
そう言った人物の言葉に部屋の中の音は静まり返り、しばらく沈黙していたが……
『……言っとくけれど、嘘だったらぶっ飛ばすからね。』
「了解したよ。」
了承が得られ、その人物は部屋の中に入った。
そして、部屋の中に居た人物―――エステルは入ってきた人物……正確には、その人物が腰に付けている『星杯の紋章』が目に入り、驚きを隠せなかった。
「え……トワやケビンさんと同じ物を!?」
「おや、二人とは知り合いか。なら、話は早いかな……『星杯騎士団』所属、ライナス・レイン・エルディールという。」
「というか、見張りとかはどうしたのよ!?」
「彼等ならおねんねしているよ。床のベッドにね。」
「…………(パクパク)」
銀髪の青年の姿の男性―――ライナスの登場にも驚きであるが、笑みを浮かべて答えた彼の言葉には流石のエステルも開いた口がふさがらなかった。
「ここに忍び込んだのは偶然でね……偶然見つけた飛行艇にリベールまで送り届けてもらおうと思ったら、着いたら『身喰らう蛇』の空母の中だったのさ。アハハハハッ!」
「非常識なのか面倒くさがりなのか判断に迷うわね……というか、さっきの約束、忘れないでよね。」
この人物の非常識さには驚きとか怒りとか……それすらも遥かに通り越して呆れしか出てこなかった。エステルはジト目で睨みつつ、先ほど言った約束を遵守するよう念を押した。
「それは勿論。それじゃ、姫君を連れて脱出するとしよう。地下辺りに飛行艇位あると思うしね……よいしょっと。」
「ハァ……その図太さには感心しちゃうわ。ともあれ、よろしくねライナス……って、何ソレ?」
ライナスはそう言った後、何かを担ぎ……エステルは見るからに大きいものの正体を尋ねた。
「いや~、折角だからお土産を持って帰ろうと思ったら、いいもの見つけちゃってね。でも、これは渡せないよ。これはあの人の依頼で頼まれたことだしね。」
「あの人?」
「それと……ポチッとな。」
「わわっ!?」
ライナスは笑みを崩すことなく言ってのけた後、スイッチらしきものを押す。すると、艦全体が揺れ、エステルも転びそうになるが何とかこらえた。
「何したのよ!?」
「いや~、スイッチらしきものを拾ってね。押したらこうなりました。」
「………何この人。ケビンさんといい、星杯騎士団ってこういう人ばかりなの?」
エステルの懸念も尤もであるが……星杯騎士団に関しては至極真っ当である。『例外』が濃すぎるが故にそう言った目では見られないのが事実ではあるが。
「ともかく、これで“剣帝”は足止めできるんじゃないかな。疑問には後で答えてあげるから。」
「ああ、もう……絶対に説明してもらうんだからね!!」
ライナスとエステルは部屋を出て下層に向かい……結社の飛行艇を一隻奪って『グロリアス』を脱出した。
道中、結社の追手も予想されたが、特に追撃もなく……二人と『お土産』を乗せた飛行艇はライナスの言う『あの人』の許へと向かっていた。
というわけで……ギルバートの出番なくなりました。
嫌いじゃないけれど……腹パンしたいぐらい好きですが?w
あと、オリキャラ出しました。イメージ的には絶チルの兵部京介です。このイメージにした理由もちゃんとありますが……それは今後語っていく予定です。
ヨシュアに関しては……お察しください。