英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第108話 (一部にとっての)惨劇

 

制限時間30分、6vs27の鬼ごっこ……いや、これを体感した者にしてみれば、これは最早鬼ごっことは言えない何か……後にトールズ士官学院へ入学することとなるマキアス・レーグニッツは、当時のことをこう振り返った。

 

―――あれはもう、生きた心地がしなかったな。そのお蔭というか、そのせいで大抵の事には慣れてしまったが……敢えて例えるならば、『強制綱渡り』をしているような心境だな。

 

そう言ってしまうほどの何か……鬼ごっこと言う名の『惨劇(ゲーム)』の始まりであった。

 

~セントアーク郊外 王国軍大規模演習場~

 

「さて、誰を捕まえに行くか……」

「とりあえず、ロイドは罰ゲームにさせておきたい。」

「その意見には同意だな。後リィンも。」

「(ロイド、リィン……頑張って生きろよ。)」

笑みを浮かべるアスベル、マリク、ルドガー。その光景に被害を被るであろうロイドとリィンにシオンは心なしか安否を祈った。何せ、シオンの眼前に映る三人の闘気からして『殺る気』としか思えないほどの意気込みを感じたからに他ならない。

一方、女性の二人はと言うと……

 

「う~ん……私はそこまで拘る相手がいないからあれだけれど……レイアは随分とやる気なのね?」

「勿論。兄貴に対して堂々と『処刑(ぶんなぐる)』ができるしね。」

「さ、さらっと言うのね……」

シルフィアはともかく、レイアは身内を正当な理由でボコれることに意気揚々とした感じであった。これにはいつも義姉に対して辛辣な態度をとるシルフィアですら冷や汗をかくほどであった。

 

「それじゃあ……始めるとしますか。」

アスベルは太刀を抜き、構えると……太刀に膨大な力の奔流が生まれる。そして………放った。

 

「月牙天衝!」

アスベルのクラフト、膨大な剣圧と闘気の刃を一気に放出することで甚大なる破壊力を生み出す『月牙天衝』が炸裂し、アスベルの眼前にあった木々は、次の瞬間に“消滅”し……一直線上に『道』ができていた。

これには、先に逃げていた面々……とりわけ、近くにいたロイド達のチームの面々が驚いていた。

 

「なあっ!?」

「け、消し飛んだの!?」

「で、出鱈目にもほどがあるじゃない!アリオスさんですら、こんなことはできないわよ!」

「…………」

ロイドやエリィは勿論、エオリアもこの光景に驚きを隠せず、アリサに至っては冷や汗が止まらなかった。だが……これもアスベルにとっては力の一端を見せただけに過ぎない。そのことは彼等ですら解らなかった。

 

「じゃ、行くか……どうした?」

『いや、何でもないです。』

「?なら、いいけれど……先に行ってるぞ。」

技を放ち終えたアスベルが他の五人の方を振り向くが、五人が愕然としていることにアスベルは首を傾げる。それに気づいて慌てて取り繕ったため、アスベルはそれ以上の追及を止めて先行した。

 

「………ストレス、溜まってたんだろうな。」

「無理もないよ。相手が相手だけにかなり権謀術数の類を使っていたし……」

「多分、アイツ以上に苦労してる奴はいねえだろうな……シルフィ、アイツのフォローは任せた。ある意味『夫婦』なんだいでででででで!?」

「余計なこと言わないの!!」

「………(アスベル、お前さんも苦労してるんだな)」

ルドガーの言葉にレイアは頷き、シオンはその辺りのフォローをシルフィアに任せるような言葉を呟くと、その物言いに頬を赤く染めて反論しつつシオンの頬を抓った。その光景を見たマリクは内心でアスベルの苦労人としての性に同情した。

 

だが、考えて見れば彼のストレスがたまるような出来事……『百日戦役』から始まり、リベール、エレボニア、レミフェリア、クロスベル、カルバード……それらの国をあちらこちら行っていたのだから、そのストレスの量は半端ではない。今回の鬼ごっこは彼の『ストレス解消』なのでは……そう思うと、同じ『転生者』である五人は冷や汗が流れるとともに、彼等の安否を祈った。

 

 

~リィンたちのチーム~

 

リィン、エリゼ、ラウラ、ニコルの四人はロイドらのチームとかなり離れていたが……先程の衝撃音には流石に驚きを隠せずにいた。そして、その直後に魔獣に襲われたが、『結社』との戦闘経験があるリィン、エリゼ、ラウラの活躍により、これを難なく撃退した。

 

「なんとかなったか……」

「そうみたいですね、兄様。それにしても、ラッセル博士が仰っていた『試作』とは思えないほどの武器ですね。」

二人が使っているのは、ZCFで試作された太刀。刀身の根元の部分に付けられた結晶回路(クォーツ)のスロットにクォーツをはめ込むことで、戦術オーブメントの効果に上乗せすることができる仕組みで、リィンの持つ太刀は黒銀の刀身に銀の装飾、エリゼの太刀は深紅の刀身に金の装飾が施されていた。

 

「なるほど…この武器も大した業物だな。父の持つ宝剣と遜色ないかもしれない。」

そう感慨深そうに呟いたラウラの持つ大剣は蒼の刀身に銀の装飾が施された立派なもので、柄の上に当たる部分にマスタークォーツのスロットが搭載されている。今回は物理攻撃力を上昇させるマスタークォーツ『フォース』がZCFからの提供で装備されている。それ以上に、機能のみならずしっかりと拵えられたその武器の出で立ちに、武を扱う者として感慨深そうにその剣を見つめた。

 

「あはは……話には聞いていましたが、皆さん、本当に貴族なんですか?」

そう言ったニコルが持っているのは魔導弓……とはいっても、ZCFで試作されたものであるが。こちらにはクォーツのスロットは搭載されていないが、その代わりに照準補助の機能が搭載されており、相対する敵との距離や効果的にダメージを与えられる箇所の分析を自動で行ってくれる優れものだ。尤も、敵の解析は必須であることには変わりないが。

 

「アルゼイド家は元々“アルゼイド流”を今に受け継ぐ武の一門だからな。貴族と言う身分をあまり聞かない共和国出身のそなたにはなじみが薄いかもしれないな。」

「ま、それは本当かな……俺やエリゼはユン師父に剣を習ったから。」

「ほう。ユン・カーファイ……『八葉一刀流』だったか。それは初耳だな。いつか、リィンやエリゼとは手合わせしたいものだ。」

「その、お手柔らかにお願いします。私など未熟者もいいところですし。」

「三の型の皆伝を師父から貰ったエリゼが『未熟者』って言うことじゃないと思うんだけれど……エリゼが未熟者なら俺だって未熟者だぞ。」

リィンの言葉を聞いたラウラは興味深そうにリィンやエリゼを見つめ、エリゼは申し訳なさそうな表情を浮かべて呟き、その言葉に引き攣った表情を浮かべつつ反論したリィンであった。

 

「……ちなみに、二人とも。僕はそういう武術に疎いのでよく解らないのですが……二人はどれほどの腕前なのですか?」

「俺は一の型“烈火”、四の型“空蝉”の免許皆伝を貰っている。近々、二の型“疾風”の皆伝も近いってアスベルが言っていたけれど。」

「私は三の型“流水”の免許皆伝を頂いております。あとは、七の型“蛟竜”のほうも今のところ中伝ぐらいですね。」

「なっ!?」

「……免許皆伝と言うことは、達人クラスってことですか!?」

ニコルの問いに答えたリィンとエリゼの言葉にラウラは目を丸くし、武術に疎いニコルですらもそこら辺の知識は知っていたようで、驚きを隠せずにいた。リィンは15歳、エリゼは13歳という若さで達人クラスの高みに到達していた。これには“剣仙”と謳われるユン直々の教えということもあるが、それ以上に大きな影響を与えたのが彼等……とりわけリィンと歳が近く、18という若さでありながらも八葉一刀流筆頭継承者の資格を持ちうるアスベルの存在があったからに他ならない。

 

「父上が以前言っていたが、達人という『理』は『器』のある者にしか至れないという……ふっ、その一人が私の婚約者とは、私も負けていられないな。」

「……そういえば、兄様はアルゼイド侯爵閣下と手合わせしたことがあるのですか?」

「一度だけだよ。紙一重ぐらいの差だったけれど……何とか勝てた。正直、二度とやりたくないけれど。」

リィンは一度だけヴィクターと手合わせしたことがあった。“起動者”としての力を完全解放してどうにか勝ちをもぎ取ることは出来たものの、あのような“死闘”は二度と御免こうむりたいのが本音であった。

だが、その時四人に掛けられる声……

 

「なら、今度は俺が挑ませてもらうぞ。」

 

「!?上……って、アスベル!?」

「というか、ニコルさんがいつの間に気絶してます!」

「………何と言う気迫だ。」

そこにいたのは、気絶したニコルを抱えたアスベルであった。その佇まいと気当たりにリィン、エリゼ、ラウラの三人は冷や汗が止まらなかった。アスベルは近くの木にニコルを寝かせると、太刀を抜いて構えた。

 

「改めて……久しぶりだな、エリゼにラウラ。その感じからするに、ちゃんと鍛練はしていたようだな。」

「お久しぶりです。そういうアスベル様もこの一ヶ月でかなり鍛え上げたようですね。」

「何、大したことではないよ。」

「そう言う割には全く隙が見えないではないか……だが、遠慮なく行かせてもらう!」

アスベルの放っている威圧に屈することなく言葉を紡ぐエリゼとラウラの様子を見て、アスベルは笑みを零した。少なくとも、リィンのみならずエリゼとラウラもこの短期間でかなり鍛え上げたことは間違いなかった。

 

「鬼ごっことはいうが、ぶっちゃけ30分間戦い続けるようなものだ。リィンは3倍増し位で行くが。」

「って、何で俺だけそんなことに!?」

「五月蝿い。男なんだからそれぐらい耐え抜けミスター朴念仁。」

人の事を棚に上げるわけではないが、女性に対して無自覚な言動は自覚させるのが手っ取り早い……この行動で自覚するというのは“空の女神(エイドス)”直々に天啓が下るぐらい難しいかもしれないが。

 

「何ですか、その不名誉な……って、エリゼとラウラは何で納得してるんだ!?」

「とは言われましても、ね?」

「うむ。レグラムのあの状況を生み出したのは他でもないリィンなのだからな。」

「???」

アスベルの言葉に同意するように頷いたエリゼとラウラ。その意味が解らずにリィンは首を傾げた。

レグラムでリィンが何を起こしたのか……それは後々語られることになる。

 

 

その後、各チームがどのような状況になったのかというと………

 

 

「ほらほらほら、逃げ惑え~!!」

「容赦ないな!?」

「兄様……」

「その…頑張れ。」

「………(気絶中)」

アスベルの攻撃に反撃しつつも有効な決定打を与えられないリィンらのチーム……とはいっても、戦闘しているのはリィンだけで、被害を被りたくないエリゼとラウラは気絶するニコルを魔獣から襲われないように退治しつつ、二人の様子を見ていた。

 

「そぉい!!」

「がああああっ!?」

「おー、人ってあんなに飛ぶんだ。」

「みたいだね。」

レイアの攻撃にピンボールの如く弾き飛ばされるランディ、それを呑気に見つめるレヴァイスとフィー、

 

「どうした、もう終わりか?」

「出鱈目にもほどがあるじゃない!何で背中からビームが出せるのよ!」

「本当に隙が無いわね。下手すると先生以上よ。」

「……俺ですら、予想外だな。」

「まったくです。」

マリクの変則的な攻撃に苦戦するエステルらのチーム、

 

「いくぞ、幻影乱舞(ファントムレイド)!」

「なんの、オメガエクレール・ゼロ!」

「……頼もしき若者たちだな。」

「アタシは正直置いてけぼりなのですが。」

「………(僕は、夢でも見ているのか?)」

激しく戦っているルドガーとスコールの姿を見て驚きやら呆れやら浮かべるヴィクターやサラ、眼前の光景に現実ではないものを見ているような感覚を覚えるマキアス、

 

「ほいっと……まだやるのかな?」

「当たり前だ。折角の機会を逃せねえしな!」

「はぁ……ごめんなさい、シルフィアお姉ちゃん。」

「……この人、戦闘狂ですか?」

「否定できないだろうね……」

シルフィアにあっさりと退けられつつも、立ち向かっていくアガットの姿にティータ、ティオ、オリビエの三人は呆れ、

 

「シオン、私を捕まえて~♪」

「アホか!?って、クローゼにアルフィンまでこっちに近寄るなよ!!」

「その……ダメなの?」

「駄目なのでしょうか?」

「当たり前だろうがあぁぁぁぁっ!!!」

 

―――スパンッ!ベシッ!パァンッ!

 

「きゃんっ!」

「あうっ!」

「はうぁっ!」

 

「「「………」」」

「シオン、済まない。姉の私と言えども殿下には逆らえないのだ……」

「済まない、シオン殿……皇女の命には逆らえないのだ。許してくれ。」

逃げるどころか追いかけてくるエオリア、クローゼ、アルフィンにシオンはハリセンでツッコミを入れ、ロイドとエリィ、アリサはその光景に呆然とし、ユリアとミュラーは揃って上司に逆らえないことを嘆きつつ、シオンの安否を祈ることしかできなかった。

 

その結果………

 

ロイド達のチーム、366回(エオリアのとばっちり)

 

リィン達のチーム、366回(アスベルの私刑のせい)

 

「…………」

その他のチームも軒並み200回程度捕まることとなったため、鬼ごっこが終わった後は全員疲労困憊の状況だった。

 

「お疲れ様。この後パルムの温泉に行く予定だから」

「「温泉はもうやめてくれ!!」」

シオンとリィンの言葉もむなしく、温泉に連行され……結果的にエルモの時と似たような状況になった(リィンとシオンに女性が添い寝していた)のは言うまでもない。

 

 




次回、最新作で出る予定の方をスポットに当てます。

誰でしょうねー(棒)

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