英雄伝説~紫炎の軌跡~   作:kelvin

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第95話 『お茶会』への招待

~王都グランセル~

 

エステルとケビンは急いで王都に戻ってきたころには日が沈み、辺りはすっかり夜になっていた。

 

「流石に日が暮れちゃったわね。にしても、エルベ離宮の方はどうなっているのかしら?」

「ま、その辺りはギルドの方に連絡が入ってるかもな。オレらも行ってみようや。」

「それもそうね………えっと、さっきはゴメンね。あたし自身のことなのに、ケビンさんに少し当たり散らしちゃって。」

「ええて、ええて。カレシの事で頭ん中がグチャグチャしてたんやろ?誰でも大事な人絡みとなれば焦るのは当たり前やし。気にしてへんから、安心しい。」

先程のことについて謝罪するエステルに、ケビンは笑って気にしていない事を言った。

 

「ありがと、ケビンさん。でも……悪いけど、完全に信用できないっていうのは変わらないからね?」

「あいた、かなわんなぁ。ま、オレの格好自体胡散臭いし、否定できへんしな。それはともかく、ギルドに行ってみよう……ん?」

「どうかしたの、ケビンさん?」

「おや、貴女は……エステル様!」

二人がギルドに向かおうとしたところ、ケビンが何かに気付いたようでエステルが尋ねると……向こうから歩いてくる男性―――フィリップはエステルの姿を見つけると、慌てた様子で二人に近付いて来た。

 

「あれ、フィリップさん?こんなところでどうしたの?」

「ど、どうも。あの、エステル様……どこかで公爵閣下を見かけていませんでしょうか?」

「へ……公爵さんなら今日の昼過ぎにエルベ離宮で会ったきりだけど……どうかしたの?」

エステルが尋ねると、フィリップから彼の仕えている人物―――デュナンの事について尋ねられたのだ。これにはエステルも首を傾げつつ、自分の記憶を思い出しつつ答えた。

 

「夕方街に出かけたきり、城にお戻りになっていないのです。閣下が行きそうな場所は一通り捜してみたのですが……」

「あれ?公爵さんって謹慎中だったんじゃあ……」

「それなのですが……」

フィリップの話によると、今日の夕方に女王陛下から謹慎の解除を言い渡され、城に戻った後の行方が分からなくなったという。もしかしたら離宮に忘れ物の類でもしたのでは……そういう淡い期待を込めてフィリップが離宮に戻っていた時にエステルらと出くわしたのだ。

 

「あんの人は……何こんな時に迷惑かけてるのよ……フィリップさん。あたしはこれからギルドに戻るから、一緒に付いて来てもらえるかな?万が一公爵さんが迷惑をかけてたら、ギルドに連絡が入ってるのかもしれないし。」

フィリップからデュナンの事を聞いたエステルは呆れた後、フィリップに提案をした。この状況からすれば一緒に来てもらう方が心強い……それに、公爵と言えども王家の人間である以上、それ絡みでギルドに何かしらの情報が入ってきているかもしれない。

 

「そ、そうですな……それでは同行させて頂きます。……と、こちらの方は?」

「あ、七耀教会の巡回神父、ケビン・グラハム言いますわ。どぞ、よろしくー。」

「これはご丁寧に。私は公爵閣下の執事を務めてさせて頂いているフィリップと申す者でして……」

「あー、挨拶はあとあと。とっととギルドに戻りましょ!」

そして三人はギルドに向かった。

 

 

~遊撃士協会 グランセル支部~

 

「エルナンさん、ただい……エ、エルナンさん!?」

エステルがギルドに入って受付を見ると……なんとエルナンが倒れていた。

 

「なんと……!?」

「クソ、そう来たかい!」

エルナンの状態に驚いた三人はエルナンに駆け寄った。

 

「エルナンさん!?エルナンさんってば!」

「呼吸は安定しとる……。どうやら眠っとるみたいやな。この人が王都支部の受付か?」

「う、うん……。……みんな!?」

エルナンの状態を調べたケビンの問いに答えたエステルは嫌な予感がして、2階に向かった。

 

「あ………」

エステルが2階に上がると、全員が倒れていた。

 

「リィン、スコール、ジンさん!それに……サラ、アネラス、ティータ、シェラ姉、クローゼ!」

男性陣は机に突っ伏す形で眠っており、女性陣は本棚の横に倒れこむような形で眠らされていた。

 

「あっちゃあ……。全員やられたみたいやね。どや、無事そうか?」

「う、うん。ただ眠ってるみたいだけど……。一体全体、どうなっちゃってるのよ~!?」

「ふむ、どうやら一服、盛られてしまったようですな。皆さん、急に睡魔に襲われ崩れ落ちたように見受けられます。」

「た、確かに……」

「おお、鋭いですやん。」

フィリップの推測にエステルとケビンは感心した。

 

「………(えっと……まさか、ね。)」

「エステルちゃん?どうしたんや、急に難しい顔して?」

「あ……ううん。って、テーブルの上に手紙……これって、あたしが貰った手紙と同じ封筒!?」

「なっ……この封筒、オレが貰ったやつと同じやな。エステルちゃん、それの中身は?」

「うん、今読んでみる。」

エステルはこの事態に妙な引っ掛かりを感じ、ケビンはエステルの様子を不思議がって首を傾げるが、エステルはとりあえずこの状況の把握が先だと改めて思い、辺りを見回す。すると、エステルは自分がレンからもらった手紙と同じ封筒であることに驚いた。それを見たケビンも驚いたが、エステルは封を開けて中身を確認した。

 

 

―――娘と公爵は預かった。返して欲しくば『お茶会』に参加せよ。

 

 

「なんやて……!?『お茶会』の場所はやっぱり王都やったか……!!」

「そんな……!?」

驚くケビンとフィリップ……だが、それとは対照的にエステルのほうは冷静だった。ヨシュアを取り戻すためにエイフェリア島で受けた訓練……そして、ロレントでの『一件』以降、自分の中でも“不思議と”落ち着いた感覚……それらのことがエステルにこの事態を見つめることに繋がっていた。

 

「……(この手紙とレンから貰った手紙……それと、テーブルの上にあるお茶と菓子類……)」

この状況を作り出した人間…手練れともいえるエルナンまで眠らされたこと…少なくとも、部屋が荒らされた形跡などなく、王家の人間であるクローゼを狙ったのではないことから外部の人間ではない。確かにレンはギルドの建物にいないものの、自分の身の危険が迫ればふらりと姿を眩ませることぐらいするだろう。彼女は『かくれんぼ』が得意なのだと自負していたのだから……

 

「(それと、以前会った時は気付かなかったけれど……一瞬だけ、ヨシュアと同じ感覚がしたのよね。)」

それは、ヨシュアから渡されたという手紙を受け取った時……あの時は、ヨシュアのことで考える余裕もなかったが、今思えばヨシュアの名前が出た時に、ほんの少しだけ感じた“負の塊”。

 

考えてみれば、同年代のティータや、かつての自分を比べると、それに匹敵すると思われる行動力…ティータの場合はラッセル博士の影響、自分の場合は親友兼師匠のレイアの影響を受けているが…周りから“おかしい”とまでいわれたバイタリティ……王都中を駆け巡っても疲れ一つ見せない体力を彼女が持っていること自体“異常”なのだと。

 

(………恐らく、あの子も……ヨシュアと同じなのかもしれない。)

レンの両親の事はともかく、彼女はごく一般的な“普通”ではなく、エステル自身の“普通”に比肩しうることからすると……レンは一般的に語られる“普通”の少女ではない。そこから考えうる“可能性”に思い当たる……『身喰らう蛇』の『執行者』。その可能性を。

とりあえず、エステルはその手紙の内容を見て事態を察し、申し訳なさそうな表情でフィリップに話しかけた。

 

「ごめん、フィリップさん。ひょっとしたら、公爵さんもとばっちりを受けたのかも……」

「いえ、そうとは限りますまい。仮にそうだとしても、こんな時間まで1人きりで遊び呆けている閣下ご自身の責任です。ですのでエステル様、ご自分を責めないでください。」

「そうやで、エステルちゃん。まずは手紙の『お茶会』が何なのか突き止めるのが先や。」

「う、うん。」

ある意味二人に元気づけられたエステルは『お茶会』を突き止める為に手紙を読み直した。

 

「そういえば『お茶会』って特務兵の残党の話が出たときにエルナンさんが言ってたような………って、ケビンさん。さっき手紙を読んだとき、『やっぱり王都やったか』とか言ってなかった?」

「なんや、聞こえてたんか。んー、実はちょっとした事情があるんやけど……」

「……その事情は私から説明させてもらおう。」

ケビンが事情を話そうとしたその時、クルツとカルナ、グラッツが下から上がって来た。

 

「お、ナイスタイミングや!」

「へ……クルツさん!?カルナさんにグラッツさんまで!?」

「久しぶりだね、エステル。ずいぶん大変なことになっているみたいじゃないか?ケビンさん、お互い間に合わなかったようね。」

「ええ、面目ないですわ。」

「ど、どうしてクルツさん達がここに……それになんでケビンさんと話が通じちゃってるわけ?」

ケビンと知り合いの様子のクルツらに驚きつつも、エステルは双方の関係性について尋ねた。すると、グラッツが事情を説明した。

 

「俺らが特務兵のアジトを発見したのはエルナンの奴から聞いていると思うが……ちょうどその時、コイツと知り合ってな。消えた残党の捜索に今まで協力してもらってたってわけだ。」

「そ、そっか……だからケビンさん、こっちの事情に詳しかったんだ。」

「へへ、そういうことや。」

「やれやれ……まったく、大変なことになっちまったな。」

その説明を聞いた後に聞こえた声……その特徴的な声に聞き覚えがないはずなどない……エステルがその方を向くと……

 

「アガット!?ギルドにいたはずじゃあ……」

「ああ……あの後情報整理をしようとした時に急遽依頼が入っちまってな。さっき終わってギルドに戻ってきてみればこの有り様……驚きというほかねえが。」

何でも、公国大使館から物品の調達依頼が入り、少し気がかりがあったアガットはそれを振り払うような形で依頼を引き受け、今しがた戻ってきたことを明かした。

 

「さっき確かめたが、通信機は使えなくなっちまってるようだ……って、アンタ!?」

「……無粋ながら、上の通信機も調べさせてもらった。どうやら部品が抜き取られていたみたいだね。やれやれ、相当念入りにやられたかな。」

「オリビエ!?」

そこに、3階から降りてきたオリビエがやってきて、予備の方も使えなくなっていることを伝えた。

 

「おや、エステル君。愛しの姫君とは再会できたのかな?」

「姫君って間違ってはいないけれど……って、今はそれどころじゃないでしょ。」

「解っている。実はエステル君たちと入れ違いになる形でクローディア姫と僕も戻ってきてね……エステル君、君はあの子の事をどう思った?」

「え?うん……まともじゃないと思っちゃったかな。」

「その懸念は正解だ。実はね……」

いつもは中々見せない真剣な表情を見せるオリビエ……彼は、エステルが出た後のことを思い出しながら呟いた。情報交換の際にレンが買ってきたと言っていたお茶とクッキー……それを口にしたが、オリビエはほんの軽く頂いた程度にして、用事があると言って3階に上がり、其処で睡魔に襲われた。ほとんど口にしていなかったためか数分程度意識を手放す程度だったが……微かに意識を取り戻した時……その際に、レンの言葉を聞いたという。

 

 

―――お兄さんも―――みたいね……これで、『お茶会』への準備は整ったわ♪さて、レンも行くことにしようっと。

 

 

「………」

「………それ、ホンマなんか?」

「こればかりは本気だと言わせてもらおう。尤も……エステル君とアガット君は逆に納得しているようだけれどね。」

「へ?」

唖然とするクルツやケビン達……とても少女のすることではないと思いオリビエに疑問を投げかけるが、オリビエは表情を崩さずに答えつつ、エステルらの方を見た。

 

「考えてみたら、ヨシュアがあたしと家族になったのはレンと同じぐらいの年だった……これだけ広い王都を息切れもせず、疲れも見せず、平然と歩けることが普通じゃないのよ。」

「あのガキの痕跡が全くなかったってこともそうだが……実は、公国大使館で両親の行方が判明した。オレド自治州……しかも、一週間前から滞在し、本人らにも確認は取ったらしい。『この一週間、リベールには行っていない』とな。」

彼女の持ちうるバリタリティ、そしてリベールには滞在していないというヘイワース一家……となると、あの少女―――レンの言っていることに信憑性が全くなくなってしまうということに繋がる。

 

「ふむ……カルナ、グラッツ。二人はエルベ離宮に行ってほしい。恐らく、軍としては連絡が取れないことに違和感を覚えているだろう。」

「あいよ。」

「解った。」

「そして…エステル君、私がサポートに入ろう。その手紙の信憑性はともかく、公爵が攫われた可能性がある以上、見逃せないからね。」

「うん、お願いします。クルツさんのサポートがあれば百人力ね。」

『お茶会』……そして、ギルドに残された『手紙』を見てクルツは考え込み、カルナとグラッツにエルベ離宮へ『伝令』ということで頼み、エステルに対してサポートに入ることを伝えた。

 

「アガット、オリビエ。二人にも協力をお願いしたいけれど……」

「無論だ。ガキに躾ぐれえしとかねえとな。」

「その問いかけは無粋というものだよエステル君。困っている人に愛の手を差し伸べるのは、愛の狩人を名乗る僕の義務なのさ。それに、悪戯好きな仔猫ちゃんには相応の礼をしなければいけないからね。」

「何調子のいいことを言ってるんだか……フィリップさんは悪いんだけどギルドで待機していてくれる?公爵さんは必ず取り戻すから。」

「……かしこまりました。待機している間、皆さんの介抱をさせて頂きましょう。どうか閣下をお願いします。」

そしてエステル達はギルドを出た。

 

 

~エルベ離宮 紋章の間~

 

「現在、周遊道北西エリアで第1、第2小隊が展開中。まもなく包囲が完了します。」

「南東エリアでは特務兵数名がロマール池のさらに向こうに逃亡中。第3、第4小隊が追撃を続けています。」

「ご苦労。現状を維持しつつ両集団の確保に努めてくれ。」

「は!」

一方、エルベ離宮ではリアンが各地の状態について兵士から報告を受けていた。リアンの指示に敬礼をした兵士達はそれぞれの持ち場に戻った。

 

「しかし解せませんねぇ……一体、何を考えているのやら。まさか、陽動のつもりですかね?」

兵士達が去った後、リアンの傍に控えた副官は特務兵達の行動がわからず、リアンに尋ねた。だが、リアンはその可能性に触れつつも答えた。

 

「陽動にしては詰めが甘い……仮に彼らの狙いがグランセル城だとしても、あそこには一個中隊を配備している。それと、『あの四人』も城にいる。我々をここに留めたところで彼らに制圧するのは完全に不可能だ。それとも、我々の知らない『切り札』が彼等にあるというのか……?」

「切り札、ですか?」

「失礼します!」

リアンの推測に副官が首を傾げたその時、一人の兵士が入って来た。

 

「どうした?」

「要塞司令部への連絡は完了。ただ、遊撃士協会の王都支部への連絡ですが……何かトラブルでもあったのか先方に通じない状態です。」

「なに……?」

兵士の報告にリアンは首を傾げた。確かに特務兵らは遊撃士らに辛酸を舐めさせられた形だが、ギルドが襲撃されたという報告は未だに入ってきていない。だが、音信途絶状態のギルドの事を聞き、リアンは考え込んだ。

 

「……中佐、いかがしますか?」

「ふむ、そうだな………念のため、『保険』をつかわせてもらうか。副長、ここは任せる。私はしばらく通信室に詰める。」

「了解しました。して、どちらに連絡を?」

「もう一度、要塞司令部だ。」

そしてリアンは通信室に向かった。

 

~通信室~

 

「―――以上が現在の状況です。」

『成程な……エルナンが何らかのトラブルに巻き込まれたか、通信機が使えない状況にある……もしくはその両方か。』

「恐らくはその可能性が高いと思われます。ですが、襲撃の報告は入ってきておりません。仮にそうだとすれば、真っ先に『彼等』が動きますので。」

リアンの報告に考え込み、推測する人物―――軍のトップであるカシウスはその考えをリアンに伝えると、彼も納得した表情でカシウスに返した。

 

「報告のあった“ゴスペル”の実験……このグランセル地方で行われていない以上、そのことも考える必要があるかと。」

『それに関してはアスベルから連絡があった。こちらの『保険』を使うことと、うちの娘やアガットが『切り札』を持っているとのことらしい。それと……ギルドに関しては、全員が眠らされていたそうだ。』

「成程……」

『ギルドにはフィリップ殿がいるとのことらしい。あと、幸か不幸か娘とアガットの奴はその場に居合わせていなかったらしい。俺としては、親として安堵すべきか、その運の良さに苦笑すべきなのか……』

「心中お察しいたします、カシウス准将。」

リアンの言葉にカシウスはため息が出そうな感じで答えた。自分の身内の人間がその切り札を持っていることに正直ため息しか出てこないのは言うまでもないが……

 

『……例の戦車、まだ見つかっていないらしいな?』

「ええ……まさか」

『可能性は大きい。戦力差の在りすぎる状態をひっくり返せるだけの“要素”……連中が『オルグイユ』を持ち出す可能性はある。しかも、運の悪いことにオーバルエンジンのサンプルが波止場にある……急いでほしい。』

「……解りました。城には私から連絡をしましょう。」

『ああ、頼む。』

彼等の行動……それがある意味筒抜けの如く交わされた通信。リアンはカシウスや城にいる部隊との通信を終えると、持ち場に戻って兵士らに指示を出した。

 

一方その頃、エステル達はギルドを出た時、エステルらのタイミングを見計らったかのようにジークが現れ、エステル達を案内するようにどこかにゆっくりと飛んで行ったので、エステル達はジークを追った。

 


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