エステル達はまずヒルダ夫人のもとを訪れ、脅迫状関連とレンの両親に付いて尋ねた。
脅迫状に関してはヒルダ自身も確認しており、たいへん憤ったと話していた。その他の懸念材料として、最近城に届く陳情―――先日のクーデター事件の首謀者であるリシャールに対する罪の軽減や釈放を願う手紙が多く届いていることを明かした。
レンの両親については、数日前に城の見学に訪れていたと伝えた。その時の様子からしてレンはエステル達に見せていた表情らしいと判断できたが、両親の様子は心ここにあらずといった様子だったという。
それらの会話を一通り終えると、エステル達はアリシア女王の下へと移動した。
~グランセル城・女王宮 テラス~
「ふふ……やっと来てくれましたね。」
「へ……」
「お祖母様……?」
エステル達が女王がいるテラスに来るとリベールの女王――アリシア女王は微笑みながら、エステル達の方に振りむき、自分達が来る事をわかっていた様子の女王にエステルとクロ―ゼは驚いた。だが、その理由はテラスの手すりにいる『彼』の存在に気付くことでその理由を察した。
「ピューイ!」
「あれ、ジーク?」
「なるほど……ふふ、ジークが気を利かせてくれたんですね。」
自分達が来る事を知っていた理由がジークと気付いたクロ―ゼは微笑んだ。
「ええ、貴方たちが来ることを教えてくれました。お帰りなさい、クローディア。そしてエステルさん……よく来てくださいましたね。事情はカシウス殿から一通り聞かせてもらいました。本当に……色々と大変でしたね。」
「あ……えへへ、気遣っていただいてどうもありがとうございます。でも、やるべき事は見えているしクローゼたちも助けてくれています。だから、あたしは大丈夫です。」
女王に気遣われたエステルは恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「あと、レナさんからもいろいろお伺いしております。その時のカシウス殿は非常に縮こまっておりましたが……」
「あはは……(お、お母さん……あたしが言えた台詞じゃないけれど、本気で怒ったんだね。)」
女王の言葉にエステルは自分の母親であるレナがカシウスに説教する場面が目に浮かび、自分が良くも悪くも母の子であることに苦笑を浮かべた。
「しばらく見ないうちに本当に頼もしくなりましたね…………オリビエさんもジンさんもようこそいらっしゃいました。どうぞ、部屋にお戻りください。紅茶の用意をさせてもらいます。」
そしてエステル達は女王と共に女王の私室に向かった。
~アリシア女王の私室~
「さて、初対面の方……なるほど、貴方がテオ殿が拾いになったご子息ですね。」
「え……父をご存じなのですか?そもそも、どうして俺の事を?」
見知った顔の中に女王が初対面の人物―――リィンの姿を見て、何かを思い出したかのように声をかける女王に、リィンは自己紹介すらしていないのに自分の名前を言っていたこともそうだが、父を知っていることに驚いていた。
「テオ殿の父君とは昔からの顔馴染でして、他の仲間たちと一緒によく探検したりしていましたから。その縁でテオ殿ともお知り合いになったのですよ。テオ殿からは写真も送られてきまして……それで一目見て分かったのですよ。」
「成程……」
「………え?お祖母様、お若い頃の話は聞いたことすらなかったのですが……」
女王の言葉に驚いたのはクローゼだった。自分の祖母が探検?……そういった話は今までにされたことなどなかった。おそらくは、シオンも聞かされていないことだろう。というか、サラッと出てきた話のために真実味が感じられなかったのは言うまでもないが……
「クローディアと同じぐらいの年頃の時でしたか……『アリス・メルフォーゼ』と名乗って、ユンさんやテオさんの父君であるバーニィ殿や帝国出身のウルフ殿、それとレナさんの母君であるエルさんと一緒に大陸のあちこちを巡っていたのです。」
「……ええっ!?お母さんの母親……ってことは、あたしのお祖母ちゃんと女王様が友達!?」
「ユン師父が、ですか……それと、バーニィ……なるほど、俺の義理の祖父、バーナディオス・シュバルツァーのことですね。」
「バーナディオス……まさか、師父と互角に渡り合ったという『金剛の覇拳』と呼ばれた御仁の名をここで聞くとは……」
その仲間の豪華さにエステルは驚き、リィンは驚きながらも冷静に自分の身内とも言える人間を思い出しつつ呟き、その呟きを聞いて自分の拳法の師匠が好敵手と語っていた人間だということに驚きを隠せないジンの姿があった。
「……というよりも、僕は『ウルフ』という名が気になったが……失礼ですが、それはもしかしてウォルフガング・ライゼ・アルノールのことでしょうか?」
「ええ。現皇帝ユーゲントⅢ世陛下の父君にして、『夢奏の詩人』と呼ばれたお人です。」
「成程……僕の目指しているお方が女王陛下と行動を共にしていたとは……」
「あんたが目指しているって……あの、どんなお人だったのですか?」
現皇帝の父君……つまりはエレボニア帝国の先代皇帝。その人物像に憧れるとまでいったオリビエの言葉に嫌な予感をしつつも、エステルはその人物の人となりを女王に尋ねた。
「そうですね……色々と型破りなお方でして、自分の気の向くままに行動しておりました。厄介事と聞けば自ら首を突っ込み、暗い雰囲気の時はすかさず演奏しようとしたり……エルさんやバーニィさんはよくツッコミ役になっていました。けれども、ここぞという時の真面目さや鋭い指摘、独学とは思えない銃の腕前で何度もピンチを救ってくれました。」
エステル達にしてみれば、聞くからにデジャヴとしか聞こえないその言葉………その言葉を噛み締めるかのように聞き終えた後、一人を除く彼らの視線は、その除かれた人物―――オリビエの方に向けられる。
「何と言うか………オリビエそのものね。」
「全くね……」
「だな……」
「………えっと、そうですね。」
「……お前さんは、とんでもない人物を目指しているのか?」
「ハッハッハ……僕なんぞとてもとても。聞けば、皇帝就任後は正妃に六人の側室がいたらしいからね。『愛の狩人』を名乗る僕からすればまだ道半ば……彼に至る道のりは遠いのさ。」
ジト目でオリビエを凝視するエステル、ため息を吐くシェラザードとリィン、引き攣った笑みを浮かべるクローゼ、良くも悪くもすごい人物を目標にしていることに疲れた表情をするジンだが、それらの反応にオリビエは『彼』のモテぶりを例に挙げつつ、其処に至るまでの道は遥か先だと発言した。
「合わせて七人の奥さんって……」
「そういった意味ではリィン君も他人事とは言えないんじゃないのかな?何せ、15で婚約者がいる身分だからね。」
「やめてください……こんな自分に婚約者だけでも過ぎたることだというのに……それに、自分はモテませんから……」
そう呟くリィンだが、実際にはかなりモテる部類に入る。端正な容姿に気遣いのできる優しい性格。それでいて謙虚な姿勢はまさに『紳士』というべきものである。それを実感する羽目になるのはこの二年後になるのだが……
「しかし……女王陛下にも、お転婆とも言える時期があったのは意外という他ありませんね。」
「ちょっとシェラ姉……」
「いえ、いいのですよ。そういった経験は私自身の今に繋がる貴重な経験……クローディアを学園に行かせることにしたのは、そういった経緯もあっての事なのです。そのお蔭で、エステルさん達とも知り合い、貴重な友や仲間を得たようですし……クローディアの『親』として、礼を言わせていただきます。」
「い、いえ……そうだ、あの……今日は遊撃士協会の調査で来たのですが……」
女王の礼にそこまで大それたことではないと思いつつも、その礼を素直に受け取りつつ、エステルは今回尋ねた経緯を簡単に説明した。
「そう……脅迫状の件で来たのですか。まさか、各国の大使館や教会にまで届いていたとは。単なる悪戯とは思えなくなってきましたね。」
「はい、そうなんです。そこで、関係者から話を聞いて脅迫犯についての目星をつけようということになって……」
「お祖母様は、今回の件に関して何か心当たりはありませんか?特に国内に関してですけど……」
真剣に考え込む女王に、エステルとクローゼは心当たりがないかどうか尋ねた。
「そうですね……クローディア。あなた自身はどう思いますか?」
「私……ですか?」
「あなたも次期女王を名乗る人間ならば、日頃から国内情勢について考えを巡らせているはず……それを聞かせてもらえますか?」
「は、はい………」
女王に言われたクロ―ゼは頷いた後、しばらくの間考え、そして答えを言った。
「不戦条約そのものに関してですが、国内で反対する勢力はほとんどないと思います。『百日戦役』という大きな経験を受けたリベールの国民からすれば、その脅威が少しでも削がれることには諸手を挙げて賛成する人たちは大多数かと……ですが、クーデター事件後極右勢力が追い詰められている、という話を聞いたことがあります。その追い込まれた先の『脅迫状』……という可能性はあるかもしれません。」
「ふふ……さすがね。私の意見も大体同じです。」
「えっと、どういう事ですか?」
今までのリベールのみならず、国境を接するエレボニアとカルバードとの関係……さらには、先日起きたクーデター事件の首謀者であったリシャールが唱えていた“軍拡主義”……それを踏まえてのクロ―ゼの答えに満足した女王は頷き、話を理解できないエステルは尋ねた。
「リシャール大佐以外にも軍拡を主張していた人々は少なくありませんでした。ですがクーデター事件後、そうした主張は完全に封じられた形になっています。さぞかし不安と不満を募らせていることでしょうね。もしそうだとしたら……それは彼らの罪というより他ならぬ私の責任でしょうね。リベールでは言論の自由が認められているのですから……」
「お祖母様……」
「あんまり同情する必要ないと思うんですけど……」
「いえ、言論の自由というものは何よりも増して貴いものです。軍拡論にしても、愛国の精神から来ているのは間違いありません。そうしたものをすべて検討しつつ国の舵取りをしていくこと……それが国家元首の責任なのです。私がこの地位に就いて四十年……特に、この十年は難しいかじ取りの連続でしたので。」
今やれっきとした『大国』であるが故……いや、『大国』だからこそ、その『責任』は重大。とりわけ『戦役』後のリベールはパワーバランス的にエレボニア・カルバードと比肩しうる大国と化した。
そう言える要因の一つはカルバード側からの“領土譲渡”だった。具体的にはリベールと国境を接するベガン連山東部側の割譲……不可侵条約の交渉材料不足により、カルバードは苦肉の策として提示し、リベール側はこれを承認した。これにはカルバード側の“誠意”を見せることで、エレボニアとの領有権問題にリベールを引き込もうとする魂胆であることは見え見えであった。この動きを見て、エレボニア側もすぐさま反応した。リベールとの国境沿いに設置した基地の撤去およびリベールに対する圧力への“謝罪”という形で賠償金を支払う流れとなったのだ。
双方共にリベールという『力』を引き込む魂胆……されど、女王はそれに対して包括的な外交を展開することで、リベールを戦渦に巻き込むことを避けようと尽力し続けてきた。軍拡主義者らにはその行動が“軟弱”だと非難し、先日のクーデター事件に繋がったのであろう。
「しかしそうなると……実際に条約が阻止される危険は低いということですか?」
「脅迫犯が軍拡主義者ならばそう言えるかもしれませんね。リシャール大佐が逮捕された今、彼らに事を起こす力はありません。問題は、それ以外の人間が脅迫犯だった場合なのですが……その可能性については私にも見当がついていない状況です。」
「そうですか……」
リィンの問いかけに対し、国内の勢力で考えられるのはその線だったが……それ以外の国内勢力ともなれば完全にお手上げであると女王は述べ、エステルはその言葉を聞いて静かにその事実を受け止めた。
「アリシア女王。1つお聞きしてもよろしいか?」
「ええ、何なりと。」
そこにオリビエが女王に尋ね、尋ねられた女王は頷いた。
「陛下はなぜ、今この時期に不戦条約を提唱されたのですか?何しろクーデター事件の混乱も完全に収まりきってはいない状況だ。今は国外よりも国内のみに目を向けるべきだと思うのですが。」
「ちょっとオリビエ……」
「ふふ、オリビエさんの仰る通りかもしれませんね。ですが不戦条約に関してはクーデター事件よりも以前に三国の政府に打診していました。それを遅らせたとあってはリベールの……国家の威信にも関わるでしょう。それに『クロスベル問題』『ノルド高原問題』も再び加熱しているようですしね。」
オリビエの疑問にエステルは注意しようとしたが、女王はオリビエのその疑問は尤もであると頷き、言葉を紡ぐ。確かに国内が未だ安定しているとはいいがたい状況下での“不戦条約”……ただ、これも国家の威信に関わりかねないと女王はしっかりとした口調で述べた。
「ほう……」
「クロスベルって……確か、あの子(レン)の住んでる自治州だったはずよ。」
女王の答えを聞いたオリビエは感心した声を出し、シェラザードはある土地名が出た事に驚きつつも呟いた。
「ええ、リベールの北東……エレボニアとカルバードの中間に存在している自治州です。近年、この自治州の帰属を巡って両国は激しく対立してきました。」
「ま、帝国と共和国のノドに刺さった魚の骨みたいなもんだ。それに関するイザコザをひっくるめて『クロスベル問題』って言われている。」
「あ……成程ね。エリィが言っていたことって、こういうことだったのね。」
女王とジンの説明を聞いたエステルは以前エリィから聞いたクロスベルの事情について思い出しながら、彼らの説明に納得した。
「つまり、不戦条約を通じて、第三の大国たるリベールが魚の骨を抜く……それを狙ってらっしゃるのですね。」
「一朝一夕に片づく問題ではないでしょう。ただ、そのきっかけを提供できればと思っていました。そしてそれは、大陸西部の安定……ひいては、リベールやレミフェリアの発言権を今以上に高めることにも繋がるはずです。今回の不戦条約は私とアルバート大公が共同提唱者という形でかかわっておりますので。」
強制力はないにしろ、ひとまずの枠組みとして過熱しつつある領有権問題を落ち着かせる……それを狙っての“国際条約”であることを女王は述べた。
「フッ、お見それしました。どうやら『百日戦役』……エレボニアのリベール侵攻は想像以上の愚策にして愚行だったらしい。それを改めて痛感しましたよ。」
「今さら何を言ってるんだか……あ、そうだ。ちょっと話は変わりますけど。」
「まあ……そんなことが。」
「さすがに女王様には心当たりはないですよねぇ?」
オリビエの発言に呆れたエステルだったが、レンの両親の事を女王に説明し、驚いている様子の女王にエステルは確認した。
「ええ……申しわけありませんが……グランセル城を訪ねていたらヒルダ夫人が知っていると思いますが……もう訪ねてみましたか?」
「はい……」
「ヒルダさんにも心当たりはないそうです。」
「そうですか……それでしたら、マクダエル市長に話を通しておくよう計らいます。クロスベルを預かる方ならば、その辺りの融通も利くと思いますので。」
「あ……はい!」
女王の心強い言葉にエステルは明るい表情で頷いた。
エステルらは女王に礼をした後、マクダエル市長がいる客室に向かった。
女王様にだってお転婆な時期があったのでは……そう思って、色々オリ設定で入れ込みました。そうでなければ、こんな長い間にわたって政治をこなせるとは思いませんし………クローゼを学園に行かせた理由付けにもなるかと思いました。
今回の話とは脈略がありませんが、アリサをオリキャラとカップリングさせる予定です。とはいえ、シオン以外で年齢が近いのはアスベル、ルドガー、スコールぐらいですが……誰とくっつけるのかはすでに決めています。本編あたりでその辺りを書く予定です。
まぁ、理由としては閃Ⅱの“あの画像”ですがw