時間は少しだけ巻き戻る。
『そこっ!』
短く、そして鋭い叫びとともに放たれた光条が機体の中心を正確に捉える。交戦から僅か30秒、俺の乗ったゲルググは爆発し、アワレ大佐は死んでしまった。ナムアミダブツ!
『これで8戦4勝4敗ですね、大佐。決着を付けましょう!』
ノリノリでそんなことを言ってくる対戦相手、冗談じゃねえとはこのことである。
「いやいや、どう考えても君の勝ちだろう」
勝敗の数こそ同点だが、その内容は大きく異なる。最初の三回は俺が勝ったが、どれも10分以上戦った上にこちらの機体もボロボロにされている。対して向こうが取った後半の三連勝は俺が一方的に嬲られる内容だ。最後なんて一回もガンカメラに捉えてねえし。
『ふむ。まあ、ゲードライの性能ならば致し方ないでしょう。今回のセッティングはどうだったかな、ショウ曹長?』
シミュレーションをモニタリングをしていたテム・レイ大尉がそう対戦相手に声を掛ける。冷静を装っているが俺には解る。今小躍りしたいくらい喜んでいるだろう?
『はい、とう…テム大尉。関節の反応速度は良好ですが、最大加速の際にメインスラスターが少し咳き込みます。それとフレキシブルバインダーの動きが追いついていないのかAMBAC主体の旋回時に機体が想定値より若干流れています』
『フレキシブルバインダーはまだ試験段階の装備だからな、経験値が貯まるまでは仕方がない。しかし大佐、困りますな。そう簡単に撃墜されては十分な学習を積ませることが出来ません』
こいつら無茶苦茶言いますね。
「とりあえず一回休憩させてくれ、流石に堪える」
そう言ってシミュレーターから降りると、手すりにもたれかかっていたシーマ中佐がタオルとスポーツドリンクの入ったボトルを渡してくれた。
「お疲れ様です、大佐。しかし末恐ろしいですな」
彼女の視線の先には、隣のシミュレーターから降りてテム大尉と意見交換をしているショウ・ブルームーン曹長の姿があった。
「まあ、ある意味当然の結果だよ。恐らく彼はMSに搭乗してるという前提ならば今現在の人類最強だろうからね」
「最強とは大きく出ましたね、でも大佐は一回勝っているじゃないですか」
そりゃね。
「十分な補給も整備も受けていないMS相手に、圧倒的性能差の機体で辛勝というのがその勝ちの内容だがね。事実性能が互角ならこの有様、少しでも上回れば最早万に一つも勝ち目は無いよ」
「聞き捨てなりませんな、大佐。ゲーツヴァイはともかくドライをゲルググごときと同じと思って貰っては困ります」
そのごときというのはジオン軍の主力MSなんですよ、大尉。横で引きつった笑みを浮かべてる中佐に気付いてくれませんかね?
「第一今のドライは量産用設定です。次の一戦では本当のドライをお見せしますよ」
何、究極のMSを味わわされちゃうの?
「おいおい大尉、アンタコイツを量産するとか本気かい?」
多分に呆れを含んだ声音でシーマ中佐がそう口にする。無理もあるまい、このゲードライはジオン木星船団に乗り込んだテム・レイ大尉が極秘に設計したMSである。ぶっちゃけると長期の航海に1週間ほどで飽きた俺が晩酌にテム大尉を巻き込んだら、翌朝机の上のタブレットに殴り描きされた設計メモがあったのだ。どうも酔った勢いでテム大尉にあれこれ吹き込んでしまったらしい。んで、言ってしまったものはしょうがないと、折角だから本当に作れるか設計してみようぜ!という悪乗りの結果がご覧の有様である。RX-78ガンダムをベースにインナフレーム構造をぶち込み、フレキシブルバインダー――百式なんかに付いているアレだ――で運動性を向上、アデルトルート嬢が送ってくれたルナチタニウムデルタを主構造材とすることで従来機を圧倒する機体強度、耐熱性を確保している。流石にエマルジョン塗装は再現できなかったのでビームコーティング済みのシールドとバイタルパートに耐ビーム増加装甲を設けることで生存性を担保している。ああ、ついでにギャンのデータを拝借してコックピットの耐G性能を上げるとともに冥王星エンジンを転用。機体重量がギャンより大幅に減っているから、加速性能は1.2倍、最高速も1.5倍である。テム大尉曰くフレキシブルバインダーの制御が慣熟すれば単独で飛行可能とのことだ。バカじゃねえの。
「ツヴァイでは色々と我慢しましたからな。ちょっと本気を見せておこうかと」
ツヴァイと言うのはオデッサの特殊作戦軍向けに少数用意したガンダムタイプのMSだ。鹵獲していたRX-79Gをベースに、各部のパーツを正規品に差し替えた上で学習型コンピューターを搭載。武装の幾つかをジオン軍のものと統一したが、まあ端的に言えばどっかの青い運命さんをシステム無しにしたような機体である。というかリミッター解除なんぞせんでも同等の性能が出るように設計された機体と言うべきか。ただ、内容としては既存のパーツで組み上げるため、どちらかと言えばRX-78のマイナーチェンジの域を出なかったので、そのあたりがテム大尉は大いに不満だったらしい。
「まあ、正直量産は難しいだろうね」
何せ思いっきりガンダム顔だしなぁ、サブカメラこそデュアルアイは性能低いと言ってモノアイの上からバイザーをかぶせる方式で対応しているが、その他の構造がまんまである。ついでに言えば正式に開発許可なんて取ってないから型式番号すら存在しないし。
「でも、良い機体です。技術的意義も大きいですし、何とかなりませんか、大佐?」
なかなか痛いところを突いてくるね、ショウ曹長。あれか、折角父親が開発したものを何とかこの世に送り出したいのか。案外親孝行なところが有るじゃないか。
…なんて、思っていた時期もありました。
『これで何戦何勝目でしたっけ?20くらいまでは数えていたんですけど』
休憩を挟んで実施された後半戦は、無残の一言に尽きた。無自覚に煽る友人に対して、トッシュ・オールドリバー少尉は心の中で止めるよう絶叫した。残念ながら効果は無かったが。
「流石優勝者は違うなぁ」
「ああ。技術もだが、大佐相手にあれだけの口をきけるのも凄いな」
周囲で同じように対戦を見ていた元海兵隊の面々からそのような声が上がる。表情は穏やかだし、声音も至ってのんびりしたものだが、目は全く笑っていないし、何より濃密な殺気が放たれていて、それを誰一人隠そうともしない。まあ、本来窘めるべき部隊長である中佐からして一際強い殺気を放っているのだから、無理からぬ事だろう。ちなみに今の撃墜で大佐は28連敗目だ。
「忌々しいけど、本物だね」
そう呟いたのは、険しい顔をしたシーマ・ガラハウ中佐だった。中佐自身はあの機体に乗った友人と戦っていない。しかし大佐の技量は十分すぎるほど知っているし、彼の乗っているゲルググの性能についても熟知している。そんな組み合わせが手も足も出ず撃墜されている様は、戦慄すら覚えるほどだろう。
「あ、姐さん」
「勤務中は中佐と呼べと言ってんだろう!」
思わず声を掛けてしまったトッシュの頭上に鋭い拳が降ろされる。情け深い人物ではあるが、中佐はこういうケジメには厳格だ。こちらを見もせず、詰まらなそうに鼻を鳴らしながら腕を組み、シーマ中佐はトッシュへ問うてきた。
「トッシュ、あれ、アンタならどう戦う?」
「一対一じゃ無理ですね。技量も機体性能も違いすぎる。かといって囲んで叩こうにも生半可な戦力じゃ各個撃破されるのがオチでしょう」
腕を組み、難しい顔になりながらトッシュはそう答えた。船団の中でもトッシュはテム大尉に次いでショウ曹長に近しい間柄だ。むしろ模擬戦などのことを考えれば兵としての近さは勝るとも言える。単純な戦闘能力のみで測るのであれば彼自身の評価通りショウ曹長に軍配が上がる。だがシーマ中佐はショウ曹長よりもトッシュ少尉の方を評価していた。
「だろうね、ありゃウチの連中が総掛かりでも相打ちにもっていければ上出来だろう」
「なんで、正面から戦うのは止めときましょう。見かけたら逃げます。んで、逃げてる途中で隊を幾つかに分けて母艦を落とすのが正解ですかね?」
(やっぱりコイツは部隊長としての才覚があるね。やれやれ、空いてるIDが中尉でもあればもうちょっと本格的に扱けたんだが)
終戦直後に発生した武装蜂起の主要メンバーであった二人は、その立場上公式には死亡している。そして既に死亡していたIDの中から背格好の似た人物とすり替わったのだ。尤も、ジオンで若年層の戦死者は非常に少なかったのでそれでも多大な苦労が発生したのだが。
「んー?でもさぁ、それだと分かれた後追いかけられたらどうすんの?」
興味を引かれたのか、横からクララ・ロッジ軍曹がくちばしを挟んできた。戦後除隊した人員を補填するために増員されたメンバーの一人だが、多くの人間がジブラルタルの英雄であるシーマに憧れて志願したのに対し、海兵隊のシーマに憧れて志願したという変わり種である。歳が近いことに加え、シーマに目を掛けられているトッシュをライバル視しており、何かと突っかかっている。
「そこが問題。解決策は来ないように神に祈る位しか思いつかんのよね」
「大佐や中佐の腕でも勝てない相手なんて、祈っても無駄じゃない?」
弱気な発言に輪を掛けた発言はフランシィ・ミューズ曹長だ。彼女も反乱軍に参加していたという経緯から、所謂訳ありとしてオデッサへ送られてきた人員である。
そんな三人のやりとりを見ながら、シーマ中佐は面白く無さそうにぼやいた。
「こりゃ、うちも新型をお強請りしないとかねえ?」
「このMSでは、勝てないっ!」
56連敗というかつて無い記録を突きつけられた俺は、柔やかにゲードライの性能談義をする親子を置いて自室に戻ってきた。正直パイロットの腕が違いすぎるので、ちょっとくらい機体性能が変わったところで大差は無いだろうが。
「データ収集にならんとまで言われて、引き下がるわけには行くまい」
ギャンが使えれば多少はマシになるのだが。残念ながらあの機体はデータを含めて封印されている。何でもルナツーへの攻撃時のデータを解析した結果、ある程度の技量があるパイロットが扱えばジオン本国への単騎強襲が実現してしまうという計算結果が出たそうな。おかげで同機は極めて危険な存在として交戦記録を抹消した後、機体そのものも無かったこととして扱われることとなった。当然であるが乗っていた人間の功績ごとである。ガッデム!
「では新型を用意する?」
それも難しい。何しろ今船団に居る人間でMSを開発できるような人材はテム大尉くらいなものだからだ。ゲードライに対抗する機体を生みの親に強請るとかちょっと俺には無理だ。
「しかしそうなると…いや?居たな、もう一人」
そこまで考えていて、ふと俺の中の悪魔が囁いてきた。MSを開発できる人間ならまだ居るじゃないかと。
「まあ、予定が多少繰り上がるだけか」
どっちにしろ今回の航海で粉掛けるつもりだったしな。なら折角だから、俺の為の新型も作って貰おう。最終的にこちらへ引き込んでしまえば問題あるまい。
そう結論づけると、俺は必要になりそうなデータを端末に入れて小脇に抱える。ふふふ、見ていろよレイ親子め、宇宙世紀の天才が貴様達だけでないことを証明してやる!
今後の航海の打ち合わせとか何とか適当なことを言って、俺はまんまと目的の人物の部屋までたどり着く。最大の障害は相手が連邦側の船団長であったことだが、それだって最高責任者の肩書きがあれば、艦同士の行き来だって難しくない。まあ、直接会いたいという所でシーマ中佐にめちゃくちゃ怪しまれたが。
そんな万難を排して俺はドアをノックをし、中に居るであろう人物へ向けて声を掛けた。
「失礼、こちらはパプテマス・シロッコ少佐の部屋で宜しいかな?」
また暫く休眠期間に入ります。