「拙いぞ、ビダンさん。緊急事態というヤツだ」
休むこと無く射撃を続けながらメインのパイロットシートに収まっていたクロキがそう告げてきた。普段は感情が無いようにすら感じる彼から発せられた、焦りを多分に含んだ声音がフランクリン・ビダンの胸騒ぎを助長する。
「なんだ、どうした?」
「リフレクターが動作しない。原因は判るか?」
「すぐ調べる」
コンソールを操作し、原因を探ろうとしたフランクリンに答えは思いのほかあっさりと提示された。フランクリン達が乗り込んでいるMAは戦後の混乱で倉庫に眠っていた物をコーウェン中将が研究用と称して接収、極秘裏にアナハイムへと横流しした機体だ。アナハイムへのご機嫌取りという面もある一方で、その最大の目的はIフィールド制御技術の譲渡であり、最先端であるフィールド制御によるビーム偏向技術は同社の技術水準を大幅に向上させることとなった。フランクリンもこれらの技術をMSに転用するべく頻繁に機体を弄っていたためにこの機体の存在を覚えていたのだが、極めて重要な部分が未改造である事にまでは考えが及んでいなかった。
「クロキ、悪い報せだ。恐らくリフレクターは復旧しない」
「どう言う事だ?壊れたのか?」
「同じようなものだ。フィールド制御用のコンピュータが熱暴走でフリーズしている。サブを立ち上げてみるが、期待はせんでくれ」
この機体は元々ジャブロー防衛用に建造されたものだ。当然大気中での運用を前提としていたため、冷却機構もそれに準じたものが採用されていた。一応何度も動作検証はしていたのだが。
(試験と実戦はやはり違うか)
歯がみしつつもフランクリンは素早くシステムを切り替える。
「偏向制御演算を最小に設定する。逸らすのが精一杯だが数発は持つはずだ!いけるか、クロキ?」
「後はガトリングとミサイルか。なんとかしてみよう」
「スモークが切れる前に距離を詰める!」
『『了解!』』
そう言って物陰から飛び出すと、カーウッド達は素早く隊列を組んだ。ジェットストリームアタック。一年戦争初期にジオンのエース、黒い三連星が編み出した対艦戦法である。その内容は酷く単純で、最前列の囮が敵の攻撃を引き付け、2番機がこれら接近を妨害する対抗手段を破壊、そして最後の1機が致命の攻撃を叩き込むというものである。そしてこの攻撃の良い所は、重装甲の相手であっても2番機と3番機の火力で強引に突破も出来るという点だ。どこぞの元基地司令の言う通りMS相手には有効とは言い難いが、MAのような大型機、特に目の前のような防御と火力に特化した鈍重な相手には効果的である。
「そら!こっちだ!!」
スモークから飛び出したカーウッドの機体へ向けて敵の砲口が集中する。複数の火砲が全て自らを狙ったのを見て、彼は自身の判断が正しかったと口角を吊り上げる。砲の動きが定まりきる前に、彼はバーニアを噴かして大きく横へ飛ぶ。それに合わせて敵の砲口も彼を追った。
「今だ!」
『死ね!!』
直後スモークからウィルバー少尉のゲルググが飛び出す。彼は手にしていたシュツルムファウストを構える。しかしそれが発射されることは無かった。
『しまっ!?』
敵MAが機体をひねり、前面を展開した事で射撃不能になっていたミサイルポッドを強引にゲルググへと向ける。碌に狙いを付けない攻撃は、しかしその投射量で補われた。失態を毒づく時間も与えられず、ミサイルの弾幕に晒されたウィルバー少尉のゲルググが爆発を起こす。誰の目にもその死は明らかだったが、その程度で止まる程彼等は腑抜けていなかった。
『入った!』
ウィルバー少尉の機体によって被弾を免れたルイス少尉が飛出し、開いた前面装甲の間に機体を潜り込ませる事に成功する。
『食らえぇぇ!!』
叩き付けられる様に発射されたシュツルムファウストは設計通りの威力を発揮する。大きく損壊した装甲へルイス少尉がビームを撃ち込む。激しい爆発が起こり、彼は敵の撃破を確信する。それがいけなかった。
「避けろ!?」
カーウッドの声も虚しく、足掻くように前進した敵MAがルイス機にぶつかり押し倒す。そしてそのまま彼の機体へのしかかった。
『――っ!?』
見た目通りの重量を持っていたのだろう、破砕と悲鳴の入り交じったノイズが通信を支配し、目の前ではルイスの機体が爆発する。だがそれが止めとなったのだろう、今度こそMAは擱座し動きを止める。
「っ!!」
カーウッドの判断は早かった。ウィルバー少尉が落としたシュツルムファウストを拾い上げ、MAへ向かって飛ぶ。迎撃も受けずに正面に入り込んだ彼は躊躇無くルイス少尉が開けた破孔にシュツルムファウストを撃ち込んだ。その攻撃はMAの内部構造を蹂躙し、そして動力炉へと達した。
「随分マシな死に方だ」
そう笑いながらカーウッドは閃光に包まれた。
『止まれ!ここから先はグラナダ領である。警告に従わない場合は撃墜する!』
リバモア工場を襲撃したMSを追撃していたアナハイムの警備部隊はそんな警告によって足止めを受けた。目の前にはビームライフルを構えたMS-22、ジオンの主力MS“レーヴェ”が陣取っていた。
「我々はアナハイムエレクトロニクスのセキュリティ部隊だ。リバモア工場襲撃犯を追跡している!」
『ああ、先程越境した所属不明MSの事か。残念だが君達が捕まえるのは不可能だな』
「どういう――」
部隊長が言い終わるより先に彼等の前方、グラナダ方面にて爆発が複数起こる。
『見ての通りだ、武装した所属不明機がこちらの制止を無視して侵入したのでな。撃墜した』
「それは!?」
堂々と行われた証拠隠滅に思わず抗議の声を彼は上げようとするが、それは相手の高圧的な言葉に遮られる。
『それは、何かな?我々はグラナダ条約に基づいた防衛活動を行ったに過ぎん。それに対して何か言いたいことがあるのなら上を通せ』
グラナダ条約とは戦後の月面都市についての扱いや陣営の帰属、そして防衛権等についてを包括的に取り決めたものである。その中にはジオンのMSが主張するように、領内に侵入した武装勢力に対する自衛権が明記されている。
(やられたっ!)
グラナダ領で撃墜された以上、機体の回収はグラナダ側が行う事になる。機体調査の優先権を幾ら主張出来たとしても、機体をすげ替えられては意味は無い。そしてグラナダ守備隊が撃墜した以上、ジオンはこの襲撃への関与を否定するだろう。どんなにグレーであっても明確な証拠が出てこない以上、ジオンを責めてもそれは誹謗中傷にしかならない。
「…っ、帰還する!」
部隊長は奥歯を噛みしめながらそう部下に命じるのだった。
「はい、ええ、私がそうですが…え?」
珍しく休日を一緒に過ごしていた母の端末が着信を告げ、それをカミーユは嫌そうに見上げた。彼の母は軍の研究者であり、その仕事柄休日であっても急に呼び出されることがままあったからだ。だから今回もそうだろうと彼は考えたが、その推測は外れることとなる。
「はい、はい…ええ、解りました」
震えた声音でそう返事をする母に彼は違和感を覚える。
「母さん?」
通話を終えた母に彼はそう声を掛ける。すると彼女は動揺を抑えられない表情で彼に向かってこう告げた。
「か、カミーユ、落ち着いて聞いてね。昨夜、お父さんが亡くなったって」
その言葉に彼は驚き、思わず手に持っていたコップを落とす。割れたガラスの音が嫌に強く彼の耳に響いた。それが新しい因縁の始まる音だと知るものはまだ誰もいなかった。
これでひとまず外伝も完結とします。お付き合い頂き有り難うございました。
また何か思いついたら書きます。