起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

32 / 36
今月分です。


SSS32:ムーン・アタックⅡ

『作戦開始!行け行け行けっ!!』

 

民間の輸送船に偽装していたその艦は腹に抱え込んでいたMS12機を全て吐き出すと、ついでとばかりに増設されていたロケット砲を撃ちながら離脱していく。落着したロケット弾が次々と爆発、微細な砂を巻き込んで即席の煙幕を作り上げる中、出撃したMSは迎撃を受けることもなく悠々と月面へ降り立った。

 

『1、2、3小隊は施設の制圧、4小隊は退路の確保。予定時間通りだ。前進!』

 

ライトグレーとダークグリーンに塗装されたザク――正確に表現するならばMS-06R1だ――がその言葉に合わせて行動を開始する。ロートルになって久しい機体だがその動きは淀みなく、乗り手が優秀である事を感じさせる。その統率の取れた動きに反して、それぞれの装備は正に雑多という言葉が相応しかった。旧式とは言えジオン製のビームライフルを装備している機体などは良い方で、使われなくなって久しい実弾のマシンガンや軍では退役済みのバズーカのみならず、連邦製のアサルトライフルやシールドを装備した機体すら存在する。もし彼らが戦場で敵と相対したならば不幸な結末もありえただろうが、この日彼らと対峙したのは民間の製造施設だった。

 

『も、MS!?』

 

アナハイムエレクトロニクス、リバモア工場。この工場は地球連邦宇宙軍と深い繋がりがある。戦後ルナツーは返還されたものの内部の損傷が激しく、復旧には年単位の時間を要した。この間宇宙軍の運用するMSの保守点検のみならず機体の製造まで担当していたのがこのリバモア工場だった。ルナツーが拠点としての機能を回復した後も、リスク分散を名目に保守点検に関する契約は続けられており、その関係で中立地帯にあって例外的に強力な武装、端的に言えばMSを含む警備部隊が駐留していた。彼らの多くは連邦の退役軍人であり、決して素人ではない。だが今回は相手が悪かった。

 

『やめっ――!?』

 

初撃の動揺から警備隊のMSが立ち直るより早く懐に飛び込んだザクが、手にしたコールドクナイをコックピットへと突き立てる。その横では同じように攻撃を受け、警備隊のMSがヒートサーベルで上下に分割されている。瞬く間に搬出ゲートの最大戦力を無力化した二機のザクは直ぐに合図を送る。即座に位置に着いていたゲルググがバックパックのビーム砲を放ち搬出ゲートへ直撃させた。

 

『行け!』

 

大きく開いた破孔に次々とMSが突入していく。異常を知らせる警報が鳴り響く頃には、退路を守るように残った3機を除き、全てが工場内に消えていた。

 

 

 

 

フランクリン・ビダンにとってこの十年は辛く厳しい時間だった。技術者として頭角を現わそうとした矢先に起きた戦争。その中で登場したMSに、彼は次世代の兵器という可能性を感じその開発へ身を投じた。しかし人生とはままならないものである。敗戦により突きつけられた開発制限により連邦軍内で研究を続けることは難しくなった。加えて軍内における立場も悪化することになる。無理もない。戦争当時MSは戦況を打開する切り札として巨額の研究予算が付けられ、これによって割を食った技術者の数は両手の指の数などではとても足りなかった。MSに対抗しうる新型の提案をしても多くは却下され、たとえ承認されてもそれは連邦製MSが揃うまでの繋ぎという扱いだった。それだけお膳立てされておいて結局勝てなかったのだから、関係した者達が冷ややかな目で見られることも妥協すべき事柄だったのだろう。だが、彼には出来なかった。

彼の妻は同じ連邦の技術者で互いに尊敬できる間柄だった。そして尊敬が恋慕に変るのは自然な成り行きで、そしてそれが愛と呼べる具体的な形になるまで大した時間は必要としなかった。彼女に尊敬され続けたいという見栄が、一見冒険的な決断を彼に下させる一因になったことは否定できない。しかし敗戦により運命は狂い始める。

材料工学を専門としていた彼の妻は戦後も引く手数多であり、着実にキャリアを重ねていく。対して彼はと言えば、完全に出世コースから外れていた。だが、彼にとって何より恐ろしかったのが、自身の研究者としての道が閉ざされかけたことだった。連邦に所属している限り彼に出来る事は、戦中に亡命した男の残したMSを手直しが出来れば良い方で、殆どは大戦中の資料整理といった研究でも何でもない事柄ばかりだった。そして妻の関心がそんな自分から仕事へと移っていくことを感じた彼は強い焦燥感に苛まれる。家庭環境がこじれ始めたのもこの頃だ。当時プライマリスクールの低学年であった息子を出汁に彼女へ家庭へ入ることを求めたり、帰りが遅い妻と比較する息子に苛立ち、仕事終わりにバーへ通うのが習慣になった。そんな状況が暫く続いたが、バーへの通いをジュニアスクールに上がった息子に不倫となじられたことに腹を立て手を上げた事が決定打となり離婚。当然親権は妻が獲得し、フランクリンには一人では持て余す広さの家だけが残された。

そんな時に声を掛けて来たのがジョン・コーウェン中将だった。中将は連邦内に残っている数少ないMS推進派であり、フランクリンにしてみれば所属する派閥の長である。そんな男からの提案は彼にしてみれば思いがけないチャンスに思えた。

 

「今、連邦軍内でMSの開発を続ける事は極めて困難と言わざるを得ない。君のような優秀な技術者を腐らせているようにな」

 

「迂遠な物言いは自分には不要です。閣下は私に何をお望みですか?」

 

そう返せばコーウェン中将は笑いながら答えを口にした。

 

「技術者らしい物言いだ。君にはアナハイムエレクトロニクスへ行って貰う。あそこは中立地帯だからな、そこにある民間企業が独自に研究する内容にジオンは口出しできん」

 

アナハイムと連邦軍は戦前までそれ程親密ではなかったが、戦後その関係を急速に深めていた。何しろ宇宙におけるMS運用の生命線とも言える拠点であり、連邦にしてみれば終戦の条約が適用されない研究機関だからだ。ジオンにおけるMS至上主義のような極端さはないものの、連邦軍全体としてもMSは脅威であるという事は広く認識されている。特に数年おきにジオンと合同演習を行っている宇宙軍では年々開いていく機体の性能差に危機感を覚える人間も少なからず居り、そうした者達が軍を退役しアナハイムへ再就職していることはMSに関連する部署に携わっていれば良く耳にする話だった。

 

「民間企業との共同開発についても規制されていたと記憶しておりますが?」

 

「無論条約は守るとも。君は退役して一研究者としてアナハイムに再就職するのだ。そこで君が何を研究しようと軍は関知しない。まあこうして縁も出来たのだから、私が個人的に君の近況を聞くくらいはあるだろうがね?」

 

そう言って頬を歪ませる中将へ向けてフランクリンは敬礼をもって自身の意思を示した。フランクリンは軍に大した忠誠心など抱いていなかったし、部署が異なるとは言え同じ施設内に別れた妻が居るというのは居心地の良いものでもなかったのだ。しかしその後も彼の人生は順風満帆とは言えなかった。まず軍と企業では技術に対する価値観があまりにも違った。その技術がどれだけ有益かより、どれだけ利益が上げられるかに重点が置かれる考え方は先端技術であるムーバブルフレームを主に研究していたフランクリンにとって逆風となった。加えて当初こそ対等であったMS推進派とアナハイムの関係がアナハイム側に傾くにつれて連邦出身の技術者は肩身の狭い思いをすることになっていく。中にはジオンへ引き抜かれる者まで出るほどだ。そんな中で彼がアナハイムに残り続けたのは、それなりのプライドがあった事と、何よりも自身の研究が漸く実を結ぼうとしていたからだった。

 

「これならばジオンの機体にも後れは取らん」

 

彼の生み出した機体は見た目こそジムを踏襲していたが、その中身は全くの別物である。ムーバブルフレームとアナハイムのお家芸であるフィールドモーターを組み合わせたこの機体は従来のジムに比べ20%近い軽量化を果たした上で実効トルクを10%以上向上させている。更にジオンのMSを研究して搭載された新型のコックピットは従来のものより遥かに高い耐G性能を獲得しており、大幅に運動性が向上した機体の性能を十分に発揮できる仕様だ。OSこそ既存のものを流用しているが、それは元々十分なデータの蓄積された学習コンピューターの能力で必要十分だったからだ。

連邦の次代を担う機体となる。フランクリンの確信はしかし、最悪の形で裏切られることとなる。

 

「コーウェンめ!あれだけお膳立てされても失敗するか!?」

 

この2~3年、連邦宇宙軍の活動は活発化していた。それというのもスペースノイドの権利保障を標榜した武装勢力がエゥーゴという中心を得て一つに統合され、無視し得ない勢力となっているからだ。彼らは表向き大戦中に放棄されたものやシンパの軍人から横流しされている装備で武装していることになっているが、実際の台所事情は異なる。コロニーへの強制移住を求められた富裕層から資金提供をされているところまでは正しいが、その資金で兵器を彼らに供給しているのはアナハイムである。無論堂々とそんなことをするわけにはいかない。そのため大半は現在も掃海の済んでいない暗礁宙域にアナハイムが建設した極秘の製造拠点から提供されている。しかし装甲や戦闘機の推進器程度ならばまだしも、MSの内部部品や、製造そのものとなるとそうもいかない。特に連邦系MSはジオンの機体に比べ基礎工業力の敷居が高く、暗礁宙域に造られた簡易的な拠点での製造が難しかった。故にこのリバモア工場で極秘裏に製造されていたのだ。

そしてそのエゥーゴを脅威とし連邦へMSを売り込む。それがアナハイムエレクトロニクスの狙いだった。これについては疑問を持つ者も多いだろう。何故ならアナハイムグループとして見れば軍需産業は大した利益を上げていないからだ。むしろ、最も利益を上げているエネルギー部門などは安定した社会基盤とその発展こそが利益の根幹であるから、それを侵す戦争など忌避している。では何故かと言えば話は単純で、軍事力を背景とした政治、軍に対する発言権の拡大を狙ったからである。

だがその目論見はまたしてもジオンに阻まれる。アナハイムの戦略の根幹は敵味方双方に戦力を供給していることが前提である。だというのに連邦軍はアナハイムのMSを購入せず、あろうことかジオニックのMSをライセンス生産する契約を結んでしまった。ジョン・コーウェン中将は当然慌てたが、反論の材料を持たない彼は大人しく引き下がるしかなかった。

これによりフランクリンの開発した機体は、本来のジムを意識したデザインであった装甲を取り外され、エゥーゴ向けのジオン製MSに近い意匠の装甲に取り替えられ初期生産ロットの全てが提供されることになった。ムーバブルフレームの採用により短時間で装甲の交換が可能だからこその上層部の判断であったが、フランクリンには極めて不本意な性能の発揮であった。

 

そして、極めつけの不運が彼を襲う。

 

その日珍しく起きたトラブルでフランクリンはリバモア工場に泊まっていた。エゥーゴへ提供する機体にエラーが発生して動かないというのだ。

 

「そんな馬鹿な話があるか」

 

事実最初に試作した3機は書類上廃棄した事になった上で引き渡され、戦場で問題無く動いているのだ。一体何をやらかしたのかと向かってみれば、答えはあまりにも単純だった。

 

「OSが連邦軍仕様のままじゃないかっ!こんな事で一々呼びださんでくれよ!?」

 

印象を完全に変えるために、新型の装甲は大分バランスや配置を弄っていた。結果機体バランスが大きく変った為にOS側もパラメーターを弄る必要があったのだが、どうやら伝達ミスがあったらしい。更についていない事にOS関連のエンジニアがつかまらず、受け渡し期日の問題からフランクリンが急遽対応することとなる。作業自体はOSの修正だけなので難しくはないが、全機のチェックと変更となるとそれなりに時間が掛かる。結局その日は作業が深夜まで掛かり、フランクリンは休憩室で仮眠を取っていた。

 

「な、なんだ?」

 

建物が揺れるという月ではあり得ない事態に続き、けたたましい警報に見舞われフランクリンは目を覚ます。そして再び襲い来る振動に動揺していると、作業員の一人が慌てた様子で休憩室に転がり込んでくる。

 

「一体どうした!?」

 

「も、MSだ!ザクが工場内で暴れてる!」

 

「ザクだと!?おい、梱包してあったMSは!?」

 

震える作業員の肩を掴んで叫ぶと、男は目を泳がせながら答える。

 

「判らない、入り込んできたザクが銃を乱射してたんだ!逃げるだけで精一杯で…」

 

「拙いぞ」

 

この時点でアナハイムを襲撃してくる相手など、フランクリンには連邦軍以外思いつかなかった。近々サイド7に潜伏しているエゥーゴへ向けて大規模な掃討作戦が行われるという噂は彼の耳にも届いていたし、エゥーゴへアナハイムがMSを流していることは、半ば公然の秘密となっていたからだ。恐らく連邦軍はまずエゥーゴにとって戦力の生命線であるこのリバモア工場を叩こうと考えたのだろう。そして今は最悪のタイミングだった。

 

(あの機体を確保されたら言い訳できん。最悪アナハイムが潰されるぞ)

 

今工場にはこれ以上ないエゥーゴとの繋がりを証明できる機体が転がっているのだ。だが、まだ逆転の目はあるとフランクリンは考えていた。

 

「おい、入ってきたMSはザクだったんだな?」

 

「そうだよ!ザクだ!それがどうしたって!」

 

鉄火場に浮き足立った男の胸ぐらを掴んでフランクリンは告げる。

 

「まだチャンスはあるってことだ。いいか、ザクを使っているって事は、まだ連中はこの工場とエゥーゴの繋がりを証明する証拠を押さえられていないってことだ。向こうにとってもあの機体があることは想定外だったんだよ」

 

「だとして、どうするって言うんだよ?MS相手に生身で戦えって言うのか!?」

 

そう叫ぶ男にフランクリンは引きつった笑顔で答える。

 

「半分、正解だ。ここで連中を始末すれば襲撃自体が無かったことになる。だから戦う」

 

「どうやって!?好き放題ぶっ放してる連中の前に行って、今からMSを起動するから待って下さいとでも頼むのか?」

 

「面白いプランだがもっと堅実な方法がある。7番倉庫へ行くぞ」

 

「7番?あんな荷物置き場に何があるって言うんだ!?」

 

言いながらも後をついてくる男にフランクリンは口を開いた。

 

「言ったろう、半分正解だと。あそこには武器がある」




こ、後編に続く。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。