起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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SSS31:業務報告書No794

「うーん…。ちょっと、手詰まりですかね?」

 

そう言いながらエリー・タカハシは溜息と共に椅子のマグネットを切り、体を宙へと送り出した。彼女の居る部屋は、アクシズ内で彼女用にあてがわれた研究室である。他の研究者と共同で使っている部屋もあるのだが、新型機の設計をするのには専らこちらの部屋を利用していた。空調によって起こされる気流に身を委ね、部屋の中を泳ぎながら彼女は部屋の中心に据えられているホログラフィックに映し出された機体を眺めた。

 

(悔しいですが良い仕事です。あの野郎覚えてやがれ!)

 

教導団の手によって持ち込まれたヴェア・ヴォルフという機体がアクシズの技術陣に与えた衝撃は極めて大きいと言わざるを得なかった。スペシャル専用機であるサイコミュ搭載型MSはパイロットの特殊性と言う大きなハードルを抱えている。しかしその部分を除けばノーマルの操るMSに圧倒的優位を確保出来ると彼らは考えていたのだ。その幻想はあまりにも簡単に打ち砕かれてしまったが。件の機体のスペックが映し出されたモニターへ視線を向けたあと、エリーは独りごちる。

 

「ノーマルでも扱えるサイコミュ、さしずめ準サイコミュと言った所ですか。対策は単純ではあるのですがね」

 

そう溜息を吐きながら彼女は再びホログラフィックへと視線を戻した。

 

「相手が手数を増やすなら、それを超える数を用意すれば良い。実に単純な理屈です。が、コレが意外にも難しい」

 

現在アクシズに所属しているスペシャルと呼ばれる者達の中で、ビットの同時運用数が最も多いのはカーン姉妹である。彼女達は実に8基ものビットを同時に操ることが出来るのだが、あくまでこれは理屈上の話であり、実戦でMSを操縦しながらとなれば6基が限界であった。史実において遥かに多数のビットを彼女らが操っていたことを知る人間からすれば疑問に思うかもしれないが、これには幾つかの要因がある。第一にニュータイプと呼ばれた彼女達を取り巻く社会情勢の違いだ。史実と異なりスペースノイドの、人類の希望というニュータイプと同一視されておらず、それどころか大戦末期の反乱劇からスペースノイドの統治者側からも警戒感をもたれた為、ジオン国内でも積極的にニュータイプそのものを研究するという行為が難しくなった。加えて第一人者であったフラナガン博士の彼らへの配慮を優先した研究方針は、所謂能力の強化という方面の技術を著しく停滞させることとなっていた。加えてジオンが独立戦争に勝利したことも大きい。敗北による思想の先鋭化に加え象徴としてだけでなく、より差の開いた人的資源差を埋めるべく多くの敵を単独で対処する戦力として期待された史実に比べ、そうした必要性が薄れたためにサイコミュ兵器の技術の進歩も鈍化しているのだ。

 

「しかもあのMS-22より高性能とか。何ですかアレ、狡いですよ絶対19と21のデータ確認した上で設計してるでしょそんなんこっちが勝てるわけないでしょう常識的に考えて!」

 

一方でMSそのものの技術は強大な仮想敵国の存続という現実的な問題に加え、大戦の勝敗を決めた兵器であるという認識が広まった為に、所謂MS神話とでも言うべき思想が軍内に蔓延する。戦後の軍縮により複数の兵器系統の維持が大きな負担となっていた軍部も例外ではなく、この幻想と不都合な現実からの逃避が見事な融合を果たした結果、高性能汎用MSの開発が進められる。その為MSの基本性能は戦後も順調に伸び続けており、サイコミュ兵器の搭載の有無が決定的なアドバンテージとして機能しにくくなってもいた。そこに来て更にインコムなどと言う擬似的なサイコミュ兵器まで搭載されてはスペシャルの牙城は崩壊寸前に追い詰められたも同義である。

 

「ほんと、どうしましょうかね?」

 

ホログラフィックの周りを漂いながらエリーは溜息を吐いた。ビットの同時操作数の増加、それ自体は不可能ではない。だがそのために支払われる代償は大きかった。

 

「全高42m、少数生産でも予算を通せませんね!」

 

シュネーヴァイスをベースに試算させた結果は散々であった。まずサイココミュニケーターが独立戦争時のMAに搭載されているものと殆ど変らないサイズに大型化。加えてビットを格納するバインダーも搭載数に合わせて巨大化するため、機体のサイズは雪だるま式に大きくなっていく。

 

「いっそのことビットを使い捨てに?」

 

同時運用するビットが増えれば当然再充填に必要なプロペラントが増大するし、充電に必要なジェネレーターも大型化してしまう。それを考慮し再計算を行うが、僅かに重量が減るだけという結果になり、エリーの顔を歪ませるだけに留まった。

 

「ダメ!全然ッダメ!あーもう、結局の所コミュニケーターの問題が解決しない以上どうにもなりません!」

 

一瞬MAとして申請するかという考えが彼女の脳裏をよぎるがそれも直ぐに却下される。現在の軍は正しくMS偏重と言っても良い予算配分であるため、MAではまず間違いなく稟議にたどり着くこともなく落とされるからだ。手にしていたタッチペンを放り投げ一頻り暴れた後、ぐったりと漂いながら彼女はあんな機体を突きつけてきたマ・クベ大佐への呪詛を垂れ流す。乙女の姿としてはとても見せられたものではないが、個室でありめったに来客がないという事実が彼女を油断させたのだ。そしてそういう時に限って来訪者が現れるのもまた避けられない現実なのだ。

 

「エリーセンセー、私のヴァイスちゃんなんだけど…。うわ、何この邪気?」

 

部屋に入るなり手を振るってそう顔を顰めたのはベルティーナ・プル曹長だった。プル姉妹の一人で機械いじりを趣味としている彼女はそれなりの頻度でエリーの元を訪れる。だがそれも非番の時が主でこうして業務時間内に、それも個人ラボの方へ出向くことは希だった。

 

「ほっといて下さい。どうせ私はマッドエンジニアですよ、主流から外れてアステロイドベルトに島流しにされた痛い子ですよーだ」

 

「それラボの皆の前では言わない方が良いよ?絶対全員のハートを抉るから」

 

アクシズに派遣されている技術者の多くは独立戦争時にオデッサに所属していた、言わばやり過ぎた連中ばかりである。技術本部としてはアステロイドベルトに数年もおいておけばほとぼりも冷め本人達も大人しくなるだろうと考えたのだが、むしろ主流から外れたと判断した彼らは自重を完全に放り出し、生き生きと自分のやりたい事を文字通りやりたいように始めた。アクシズの最高責任者であるマハラジャ・カーンが彼らの奔放な業務報告に心労で倒れかけたのは、ここ数年一度や二度の事ではない。

 

「ふん!新型を見て無邪気に喜んでる根性無し共なんて知ったこっちゃありません!」

 

エリーも含めアクシズの技術陣の間で新型機の評価は非常に高かった。問題はエリーにはライバルであったが、他の者にとっては弄り甲斐のある玩具であるという事だ。結果エリーは孤独な戦いを強いられる事となっている。勝手に噛み付いて自爆しているとも言うが。

 

「まあ凄い機体だよねぇ。んで、その対策結果がこれと。うわぁ」

 

ホログラフィックを見たベル曹長が引きつった笑みを浮かべる。その視線は明らかにエリーの正気を疑ったもので、特殊な才覚などなくとも十分にエリーに伝わった。

 

「みなまで言わなくて結構。私もコレがダメだって判っているんです」

 

「強そうではあるよ、うん」

 

ベル曹長の最大限のフォローにエリーは再び溜息で答える。全高だけでなく増大した自重を支えるためにフレーム自体が太った試作機は、重厚なフォルムであるために見てくれは一人前だ。しかし内容はお粗末なもので、運動性能はMS-06のそれも初期型と良い勝負だし、搭載火器もビット以外何もないという体たらくだ。コストを限界まで抑えるためにMSの標準規格品を多用した結果なのだが、それでも艦艇並みの価格なのだから目も当てられない。因みに全て専用で検討したモデルも存在するのだが、試算段階でグワジンの価格を超えた辺りでエリーはそっとそのデータを閉じていた。

 

「今のままならはっきり言ってただのデカい的です」

 

エリーが口惜しげにそう断ずると、ベル曹長は端末を操作し機体の詳細をモニターへ映す。

 

「コミュニケーター二基も乗っければそりゃ高いよセンセー」

 

「そうは言ってもこの機体の肝はビットの多数同時運用です。あの新型、インコムを4基運用していましたがあの野郎のことです。どうせ倍くらいを狙っているに違いありません。ならばこちらは最低でもその倍、欲を言えば3倍は用意したいのです」

 

「それで今のコレは?」

 

「…ハマーン大尉かセラーナ少尉なら12基は。その、頑張れば」

 

思わず視線を逸らしながらエリーが発した答えにベル曹長が口を尖らせ応じた。

 

「ダメダメじゃん。てゆーか、元の数字がおかしいんじゃない?新型ってそんなに簡単にインコムの数増やせるの?」

 

「出来るんですよ。あっちはインコムをコンピューターで制御していますから。これがどうもかなり性能の良い量子コンピューターらしくて、演算能力にまだまだかなりの余裕があるんです。元々は連邦系の技術なんですけど」

 

返ってきた問いかけにエリーは表情を険しくしながら答えた。話している内にマ大佐がこのところ連邦出身の技術者達と懇意にしていることを思いだし思わず腹が立ってしまったのだ。そんなエリーの感情を敢えて気にしない様子でベル曹長が考えを口にする。

 

「ふーん。ならビットもそのコンピューターで制御したら?」

 

その言葉にエリーは益々顔を顰める。

 

「出来たら苦労しません。アレは有線だから成り立つんですよ。ビットは制御だけでなく命令の送受信もコミュニケーターに依存していますから。仮に制御演算を量子コンピューターに置き換えても、同時に複数のビットへ指示を伝達するのにコミュニケーターが欠かせません」

 

エリーがそう説明すると、何故かベル曹長が首を傾げた。

 

「んん?つまりビットと本体の通信がクリア出来ればそもそもコミュニケーターは要らないって事?」

 

「他のコンピューターでも代替は出来ますね。まあその場合ビットの制御は完全に任せる事になりますから、今みたいに自在に操作するというのは事実上不可能になります。尤もその肝心の通信機能がコミュニケーター以外存在しないのですから机上の空論ですけどね。…ベル?なんですその何か知っていると言う表情は?」

 

露骨に視線を逸らすベル曹長の正面へ回り込み、エリーはしっかりと肩を押さえてその顔をのぞき込む。

 

「えっと、これ言って良いのかな?」

 

「吐け。今すぐ、大人しく」

 

口ごもるベル曹長に、エリーはそう丁寧に伝える。相手の顔が恐怖に引きつっているが、今の彼女にとって些末な事象である。

 

「い、言う!言うから!ナディアから聞いたんだけど、アデルトルートさんが製作した新型の構造材になんかそんな機能があるっぽいって!」

 

「でかしたぁ!」

 

叫ぶと同時にエリーはベル曹長を放り投げ、その反動で部屋の入り口へと飛んでいく。後ろから派手な衝突音と雑言が飛んでくるが最早彼女の耳には届いていなかった。

 

 

一月後、エリー・タカハシ技術少佐主導で組み上げられた1機のMSが演習で猛威を振るうこととなる。エマルジョンコーティングによって輝く装甲と、サイコフレームと命名された最大稼動時に青く輝く骨格を持ったその機体は、その圧倒的な戦闘能力と幻想的な姿で見るものを圧倒した。それは後に“アクシズの宝石”と呼ばれるMSが産声を上げた瞬間であった。




誰も得をしない作者の自慰設定。

AMSN-01X シュネーヴァイスF 

試作されたシュネーヴァイスⅠの内、内部容積が最も大きかったB型をベースに建造された機体。誤解される事が多いが、B型を改造したのではなく設計を流用して新造された機体である。そのため比較的初期のムーバブルフレームを採用しているが使用したサイコミュ対応構造材“サイコフレーム”のおかげで軽量化に成功している。また、学習コンピューターをコントロールシステムの補助として搭載したことでビットの同時操作数を飛躍的に向上させている。一方ビットの操作自体はコンピューターに依存する形となったため、従来のものに比べ動きが単純化している。これは想定する脅威目標の準サイコミュ兵器搭載機に対し物量で圧倒することを前提とした為であり、スペシャル同士でのビットによる砲戦ほどの操作が必要ないと考えられたためである。
機体そのものもビットキャリアーとしての性能に特化しており、同時期の機体に比べ運動性、格闘性能は劣る。ビットはそれぞれ機体に装備された4枚のバインダーに各10基が搭載されており、E-CAPの再充電並びにプロペラントの再充填が可能となっている。機体そのものは固定武装が一切無いが、その分装甲へリソースを割いているため極めて堅牢、また新技術であるエマルジョンコーティングを試験的に導入しているため、機体色がパールホワイトに輝いている。フレームの発光現象と相まって幻想的な美しさを示す本機はアクシズの宝石と呼ばれ、更にヴァイスフローレン隊の隊長機を務めた事から、アクシズの象徴的なMSとして長く扱われる事となる。

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