起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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SSS30:ムーン・アタック

「全員揃ったな。急な話だが仕事が入った」

 

ブリーフィングルームに集合した部下達の顔を眺めつつ、シーマ・ガラハウ大佐は溜息を吐きそうになるのを懸命に堪えた。

 

(いけないね、随分と鈍っちまってる)

 

先の大戦から既に10年近い年月が流れている。部下の顔ぶれも3割ほどが文字通り戦争を経験していないひよっこだ。それは組織が人間によって構成されている以上避けようのない問題であるが、それでも特別機動大隊の名を与えられた精鋭中の精鋭と呼ぶには些か頼りない顔つきが見て取れる。以前であれば叱責の一つもしているところだが、今以上に萎縮されて死なれてはたまらないと考えた彼女は、平静を装いつつ話を進める。

 

「少しばかりデリケートな仕事だ。記録はメモ一つ残すな、全部頭に叩き込みな。貴様らエゥーゴは知っているな?」

 

幾分緊張の増した空気に構わずシーマは続ける。

 

「先日発表された我が国と連邦の条約緩和を受けて、連中が少しばかり慌てているらしい。簡単に言っちまえば尻に火が付いて暴発寸前なんだとさ。そこで近々連邦軍が連中の拠点に対し制圧作戦を実施する。あたしらの仕事はこれのちょっとしたお手伝いになる」

 

「連邦の後方支援でありますか?」

 

挙手した新人の少尉に発言を促すと訝しげな顔でそう尋ねてきた。新人の察しの悪さに本格的に危機感を覚えながら、シーマはその言葉を否定した。

 

「自国の反乱鎮圧をこっちに頼むほど連邦軍は弱くないし馬鹿でもない。あたしらの仕事はこっちさ」

 

シーマの言葉と共にブリーフィングルームのモニターに映し出されたのは月の地図であった。幾人かが面白そうに笑うが、気にせずシーマは説明を続ける。

 

「アナハイムのリバモア工場は月面最大のMS工場だ。連邦軍機のメンテナンスもここで請け負っているが、ここ最近は主にエゥーゴへ提供するMSを製造している。我々はここを叩く」

 

言い切ると少しだけ部屋の中がざわついた。幾ら連邦からの打診があったとは言え、中立地帯での軍事行動である。大手を振って行動しては今後にどのような影響があるか判らない。最悪連邦から梯子を外されることもあるだろう。何しろ連中は内乱の真っ最中だ、打診してきた連中が権力を維持し続けられるなどという保証は無いのだ。

 

「当然であるが、これは極秘作戦扱いだ。居ないとは思うが死んでも二階級特進は無いから留意するように。それからレーヴェもヴェア・ヴォルフも使えない」

 

「では、何を?それに極秘と言いますが襲撃した事実は消せんでしょう?」

 

そう言うとトッシュ・オールドリバー大尉が眉を寄せながら聞いてきた。その質問にシーマは意地の悪い笑みを浮かべる。

 

「襲撃と前後するが、エゥーゴがアナハイムへ襲撃予告をする。つまりそう言うことさなぁ?」

 

「いやいや、エゥーゴがアナハイムを襲うって…。パトロンを殴る馬鹿は居ないでしょう?」

 

エゥーゴと偽って襲撃を行う。そのシーマの言葉にトッシュ大尉が頬を引きつらせながら反論してくるが、シーマはそれを鼻で嗤った。

 

「そいつは何処の情報だい?アナハイムの連中に聞いても全員否定するだろうねぇ?テロ屋と繋がってるなんてのはどう考えてもスキャンダルだ」

 

公然の秘密とは、誰もが知っていてもあくまで秘密ではあるのだ。表向き繋がりが無い企業と組織が対立したとして誰かに利用されようとも、確たる証拠がなければ双方は沈黙を守るしかない。卑怯だなどとシーマは思わない。彼らはそうして今まで利益を得てきたのだから、それによるリスクも等しく負うべきだ。それが偶々今回だったというだけである。

 

「機体については宇宙でR-1とゲルググを受領する、4個小隊分だ。カーウッド、編成は任せる」

 

MS部隊の副隊長を務めているカーウッド・リプトン少佐が静かに頷いた。それを見つつ説明をシーマは続ける。

 

「あれでエゥーゴの連中は兵隊崩れが多い。と言うより提供された情報によれば主力の殆どは連邦軍人だそうだ。故に襲撃時に素人臭い芝居は要らん。いつも通りやれ」

 

「機体が撃破された場合は?」

 

「放棄して構わん、むしろ機密処分などした方が怪しまれるから普通に乗り捨てろ。遺憾ながら我が軍も犯罪とは無縁ではないからなぁ。廃棄されたはずの機体が横流しされている事もあるだろう。それがエゥーゴの手に渡っていたとしてもこちらでは追い切れん事だ、残念ながらな。それとパイロットは出来る限り回収するが難しい場合独力でグラナダを目指せ」

 

「敵戦力はどの程度でしょうか?」

 

「若干の警備が存在するがそれ以外は公的には存在しない。ただしここがMSの工場である事を留意しろ。試験用として武装が搬入されていることも確認しているから、最悪武装したMSと交戦する可能性がある」

 

「施設内の人員に関しては?」

 

「優先すべきは設備の破壊であるから無視して構わん。ただ、捕虜は取らないし人員に被害を出さないよう配慮する必要も無い。障害になるなら排除してよしだ」

 

シーマのその言葉に幾人かが息を呑んだ。敵対的な関係とはいえ民間人の殺傷を示唆されたのだ、当然の反応と言えるだろう。だからシーマは敢えてその事を口にした。

 

「参加したくない、出来ないと言うヤツは後であたしの所に来い。退役の手続きをしてやる。ただしここまで聞いてしまった以上、悪いが退役後も監視が付くことになる。その位は受け入れろ」

 

不満げな空気を発する彼らにシーマは思わず笑みがこぼれてしまう。選ばせて貰えるなどと言う自由がある事がどれ程幸運である事かなど彼らは想像も出来ないのだろう。

 

(戦中の速成と言うわけでもないだろうに)

 

軍人とは人殺しを生業とする職業だ。では何故殺人に問われないかと言えば、それは戦争という行為の責任が国家に帰属するものだからである。つまり軍人は国家の命令に従っているという前提があるからこそ責任を回避出来るわけだが、どうにも最近の連中はそれが今一理解できていないらしい。シーマにしてみれば容易に人間を殺せる兵器を振り回せる存在が個人の正義などと言うものを基準に行動するなど恐怖以外の何物でもないのだが。故に次善の策として、せめてそう言った人間が武器を持たないように彼女は仕向ける。もっとも、彼女自身が選ぶことなど許されなかったという境遇に対する意趣返しが含まれていることも否定できないことだったが。

 

「それから付け加えるが、連中を野放しにすれば連邦が荒れる。連邦が荒れれば我が国との関係がどのようになるかは想像がつかん。お前達が守るべきもの、守りたいものがなんなのか、その優先順位は念頭において行動しろ。では続ける」

 

その後施設の具体的な説明を終えて、作戦予定時刻を告げ解散を宣言する。隊員が思い思いにブリーフィングルームから出て行くのを眺めながら、シーマはカーウッド少佐を呼び止めた。

 

「カーウッド、編成だが2小隊はトッシュとクララの隊を使え。そろそろ新入りにも実戦を覚えさせる」

 

「宜しいのですか?」

 

当然ながら新入りと呼ばれている連中は技量が劣る。それだけ組まされるパイロットへの負担は増えるし、作戦のリスクも増大する。シーマとしても本音で言えばやりたくはなかった。

 

「今までは大佐が気を遣ってくれていたが今後は期待出来ん。何しろウチらは総司令部直轄になっちまったからなぁ。あいつらも不運なこった」

 

本来特務部隊などは他の実働部隊から選抜された人員で構成されることが一般的だ。だが、第一特務機動大隊はシーマ海兵隊をそのまま格上げするというイレギュラーな手法が採られたために、内部に経験不足の新人を抱え込むという事態が発生してしまっていた。

 

「どちらにせよこれから入ってくる連中だって童貞ばっかになるだろうからね。だからこそ今のうちに今居る連中くらいは捨てさせときたい。アンタだってジジイになるまでMSの中は御免だろう?」

 

耐G機能や制御系が発展しているとは言え、MSに求められる性能が天井知らずである事からパイロットへ掛かる負担はさほど改善されていない。シーマ本人も後10年は乗れないだろうと自らを評価している。そして軍の人員は今後戦争を知る世代が減ることはあっても増えることはない。故に貴重な機会は有効に活用しなければならないと彼女は考えていた。

 

「特務になったと言う事は今後こういう仕事も増えるという事だろう。連中も使えるようになって貰わねば困る」

 

「やれやれ、あの頃に戻ったようですな?」

 

独立戦争初期において、シーマ達を含め海兵隊と呼称された部隊は例外なく過酷な戦場へと送り出されていた。先鋒を務めて敵艦隊へ突入する程度なら可愛いもので、公式には未だ公開されていないような汚れ仕事も数多く請け負っていた。カーウッド少佐はシーマの部下でも文字通りの最古参であり、部隊設立当初から同じ戦場を駆けた戦友である。極秘という言葉に思わずそう言葉が漏れたのだろう。

 

「そうでもない。少なくとも今回の任務はあたし宛にしっかりと命令書が届いているからね。あの頃みたいに勝手にやったなんて後ろ指はさされんさね」

 

かつての上官を久しぶりに思い出し、シーマは喉を鳴らして笑った。戦中大胆にも命令書を偽造し――少なくとも公式にはそう言うことになっている――シーマ達にコロニーへの毒ガス注入の罪をなすりつけようとした男は、いっそ清々しいほどあっさりと切り捨てられていた。

 

「大佐程じゃ無いが、今回の上司はそれなりに気が利くよ。ごらん」

 

そう言ってシーマは自身の端末を立ち上げる。そこには今回の作戦実施に関する命令書が映し出されていた。少なくとも受け取った命令書の内容を部下に教えることもなく、ただ口頭で指示をしてきたあれとは雲泥の差だ。

 

「ご丁寧に直筆のサイン入りだ。おまけに紙に書いてまで送ってくる念の入れようだからねぇ。あたしらの使い方を理解しているよ」

 

忠義に篤く、勇猛な部隊。今のシーマ達を多くの人間がそう評する。本人達もそれを否定することは無いだろう。問題はその忠義の先がジオン共和国へと向いていないという事だが。

 

「大方どっかのお節介の入れ知恵だろうね。まあ誠意ある扱いを受けている内は勤勉な軍人であろうじゃないか。報酬に見合った働きをするくらいには義理もある」

 

そう言ってシーマは溜息を吐く。作戦自体に不安はない、しかしその後は隊が少々荒れるだろう。昔のようには行かなくなった部下達をどう扱うか悩みつつ、シーマはブリーフィングルームを後にした。




ムーン・アタック前編、尚後編は書くか未定。

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