「油断しましたね、おじ様?以前も言ったでしょう、私はこう見えても悪い子だと」
艶然と笑うハマーンを見上げながら俺は、全身にじっとりと嫌な汗が噴き出すのを自覚した。豪勢なベッドに仰向けに寝ている俺に彼女はあられもない姿で馬乗りになり、嬉しそうに細い棒を振っている。それが女性にとっての重大事を確認するための試験薬である事は知っていたが、まさか自分に向けて使われる日が来るなど想像すらしなかった。
いや、うん。そりゃハマーンにはちょっとくらい好かれてるかな?くらいは思ってたよ?でもさ、年齢差もあるしぶっちゃけどっかの金髪大佐みたいにマさんイケメンでもないじゃん?だから知り合いの仲の良いおっちゃんポジだと思ってた、昨日押し倒されるまでは。
「女がここまでしたんです。いい加減判らないなんて惚けさせませんよ?」
笑顔でいながら何処か思い詰めたような声音でそう告げてくるハマーンに、俺は正直困りながらも告げる。
「流石にそこまで鈍くはないよ」
「信じられません、一体何年待たされたと思っているんです?」
「私が君に相応しいなんて思い上がれるほど自信家では無くてね」
そう正直に話すとハマーンは半眼になりながら俺を責めてきた。
「酷い人です。おかげで何人の人が泣いたことか。まあ、そのおかげで私にもチャンスが廻ってきたのですけど」
そう言いながらしなだれかかってくるハマーン。なんて言うかこういう仕草は昔のままだから勘違いしてしまったけれど、彼女はもう立派な女性で、真剣に俺と向き合ってくれたんだと思う。そう考えると俺はなんて不誠実な男だろう。
(結局の所、逃げていたんだろうな)
年齢がなんだ、身分がどうだ。そんなことを建前にして、本当は単純に彼女の真剣さに向き合うのを恐れただけだ。それでいて明確な拒絶すらしてみせないのだから始末が悪い。やっぱり俺は彼女に相応しい人間なんかじゃ断じてないのだろう。
「後悔しないかね?この通り私はもうおっさんだし、女心も判らぬ朴念仁だ。ついでに言えば収集癖持ちで移り気、伴侶としては割と最低の部類だ」
「その上執着心が強くて子供っぽい。よく知っていますよ、ずっと見ていましたから」
そう言って彼女は可笑しそうに笑いながら俺の顔を見上げる。良い女だな、本当に俺には勿体ない良い女だ。
「酷い男だな」
思わずそう口にして苦笑すると、ハマーンはすまし顔で返してきた。
「その位は大目に見ます。いい女でしょう?」
恋愛は惚れた方が負けなんて言うけれど、ありゃ嘘だな。どう見ても俺の完敗だ。
「承知した。どうかお手柔らかに頼むよ」
そう俺が口にすると、ハマーンは半眼になったあと頬を膨らませ抗議の言葉を口にした。
「もう、往生際が悪いですよ!それとも、それも私が言わなければいけませんか?」
やっぱり言わないとダメですよね。
「おじ様?」
俺の躊躇を察してハマーンが顔を近づけてくる。頬が熱くなるのを隠そうと横を向こうとしたが、それも手で押さえられ防がれる。頬に触れる滑らかな感触に、心拍数が上昇するのを自覚する。思春期のガキか、俺は。
「ほら、言っちゃえ」
目を細めて笑うハマーンにそう告げられ、俺は覚悟を決めて口を開いた。
「愛しているよ、ハマーン」
「はい、私もです」
この後何があったかは、無粋なのでコメントは控えさせて貰うとしよう。
マレーネがお茶を楽しんでいると、ノックが響き侍女が来訪者を告げた。入室の許可を出すと、そこには女の顔になった妹が立っていた。
「その様子だと上手くいったみたいね、ハマーン?」
「はい、姉様。色々とご協力頂いて有り難うございます」
そう言って頭を下げる妹にマレーネは笑いながら告げる。
「妹の恋路ですもの、協力するのは当たり前でしょう?お父様の慌てる姿が目に浮かぶわ」
ドズルとの結婚について不満は無い。だがそれはそれとして、娘を政争の為に売り渡す父親に多少の意趣返しくらいは許されるとマレーネは考えていた。
「孫の誕生記念に出席しないような人には良い薬です」
困った顔になるハマーンにマレーネは平然と言ってのける。事の発端はマレーネがドズルの子を出産した事に端を発する。ドズルも喜んだが、それ以上に初めての男孫に義父のデギン・ソド・ザビ大統領の感情メーターが振り切れた。知人を集めて誕生記念パーティーを開くと言いだし、マレーネが気がついた時には招待状が配られていたのだ。当初は頭を抱えたが、招待客のリストを見てマレーネは面白い事を思いつく。そしてその作戦は無事成功したようだった。
「流石のクベ大佐も、孕ませた相手から逃げられる程鬼畜ではありませんね」
「ね、姉様っ!」
そうマレーネが笑うと、ハマーンは顔を赤くして叫んだ。確かに今のは淑女として少々言葉が悪かったと反省しつつ、しかし話は続ける。
「でも効果的だったでしょう?判りやすい視覚情報に訴えるというのは」
「それは、そうでしたけど」
己の提示した策が成功したことに満足しつつ、マレーネは紅茶を口に含んだ。それに倣うようにハマーンもカップへと口をつける。
「ジオンでも指折りの軍人と言っても、何でも知っているとは行かないでしょうからね」
そう言いながらマレーネはハマーンに持たせた試験薬を、大佐が見た時の反応を想像し思わず笑ってしまう。妹から特殊な力など使わずとも感じ取れる感情からすれば、余程慌てたことだろう。それが偽物などと夢にも思わなかったに違いない。
「でも大丈夫でしょうか?」
紅茶で落ち着いたのか、途端に不安げな表情になるハマーンにマレーネは不敵な笑みを崩さぬまま答えた。
「あの手の試験薬は完璧では無いから問題ないと言ったでしょう?それを見せて気がつかない程度の知識しかない殿方相手ならば尚のこと。露見することなんてまずないわ」
ハマーンが大佐へ見せたのは、マレーネが入院していた伝手で手に入れた他人のモノだった。元々この手の試験薬は即座に判別出来るような便利な物ではない。だがそんなことを知っている殿方の方が少数派であると考えたマレーネが最後の一押しとして用意したものだ。
「大体喩え出来ていなくても試験薬を見て動揺するような行為には及んだのでしょう?なら後は反撃の時間を与えずに本陣まで抜くのみです」
そもそもあの大佐はあれだけ女性に囲まれていながら、そうした噂を全く聞かないような人物だ。女性の水着姿に動揺していたなどのハマーンからの証言が無ければ、そっちの趣味の人間かもしれないとマレーネは疑っていたことだろう。
「そう、ですね。今更後には引けません」
真剣な表情になる妹を見て、マレーネは満足そうに頷く。恋と戦争ではあらゆる戦術が許されると言う。しかしそれは勝ってこそ許容される言葉だ。その点について人が好い妹に若干の不安があったが、どうやら杞憂で済みそうだとマレーネは思った。
「宜しい、早速明日にでも書類を作成なさい。それから父様にも連絡を、なるべく周囲を巻き込んで逃げ道を潰すのです」
淑女の会議はその後2時間近くに及ぶこととなる。そして翌日関係各所へ大々的にマ・クベとハマーン・カーンの結婚が報告される。その迅速な行動は全ての強敵を出し抜くことに成功するも、同時に政府要人男性数名を胃痛で倒れさせるという事態に発展するのだがハマーンの笑顔の前には取るに足らない出来事なのであった。
ストック切れたので次は時間が掛かります。
追記
各ヒロインエンドはパラレルワールド扱いです。他の外伝も思いつきで書いているので時間や設定に齟齬が出る可能性が極めて高いです。ご了承下さい。