起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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今月分です。


SSS27:緑の悪魔

「久しぶりだね、博士。壮健のようで何よりだ」

 

『それはこちらの台詞ですよレイ博士。しかし意外でした』

 

そう告げる画面の中の元同僚にテム・レイ大尉は首を傾げた。確かに彼は社交的と言える部類の人間ではなかったが、同時に職場でのコミュニケーションに不足を感じるほど人付き合いが下手なわけでもない。事実ガンダムを造り上げる際にはプロジェクトリーダーとしての職務を全うしたという自負があった。その様子を見て、相手は自身の意図が伝わっていないことを理解したのだろう、冷笑を浮かべると皮肉気に己の内を吐露した。

 

『他の方に比べたらまだマシな感性をお持ちのようでしたから。裏切った我々に臆面も無く連絡を入れてこれた事に少しだけ驚いたのですよ』

 

「これは耳が痛いな」

 

その言葉にテムは自身の想定が現実より楽観的であった事を痛感した。自分達は技術者よりも開発者と呼ぶべき人種であり、往々にしてこの手の人物は自己中心的な側面が強い。であるから、過去に拘泥して現在の利益を失うような真似はしないと踏んでいたのだ。早々に自身の計画が破綻したことを察知したテムは、即座にプランBへ移行する。

 

「言い訳はしないよ。私も人の子で、親だったと言うだけさ」

 

そう告げると相手の視線から少しだけ冷たさが取れて憐憫が滲む。公的には彼の息子は死亡したことになっているのだ。多少の罪悪感を覚えながらも、まずは目的を達することが肝要であるとテムは言葉を続ける。

 

「本題に移らせてもらうよ。実はこちらでMSの開発に携わっているのだが、それが難航していてね。是非君に力を貸して欲しいと思ったのさ」

 

『仰っている意味が判っているのですか!?』

 

声を荒げる相手にテムは温くなったコーヒーを飲みながら返事をする。

 

「別に不思議な事じゃないだろう?他企業から優秀な技術者をヘッドハンティングするくらい普通にある事だ」

 

『ですが私は連邦で貴方はジオンです』

 

「戦争中ならば私の様に裏切り者と呼ばれたかもしれんがね。今は平時だし両国は今や同盟国だ、行き来にだって何の制限も無い。その中の企業同士で人材のやりとりがあったって大きな問題にはならないさ。第一今の君に連邦は価値を見いだしていない、そうだろう?」

 

その言葉に相手は唇を噛みしめる。それを見てテムは自身の予想が正鵠を射ていたことを確信した。アガサ・ルーツ博士、テムの知人の中でも間違いなく天才と呼べる人物だ。彼女がいなければ学習型コンピューターは戦中に完成せず、もしかすればあの大戦は後半年は早く終結していたかもしれない。そして戦中より彼女が目指していた到達点こそが無人MS用のOSであった。

 

『もう終わった話です』

 

冷静を装いながら告げる彼女にテムは口角を釣り上げた。

 

「嘘だな。そう割り切れているなら私からの連絡に応じたりしない。そもそも未練があるからこそ、君はアナハイムなどに身を寄せているんだろう?」

 

戦後の条約によりMSの開発を制限された連邦軍は、関連する技術者の多くを手放すこととなる。特に制御関係の技術者の流出は顕著で、軍へ装備を納めていた企業への再就職も難しい状況だった。これは殆どの企業がMS市場へ参入する前に戦争が終わったこと、さらにはAMBAC技術についても制限が設けられたことで自社製品への応用も難しかったことに起因する。そしてそうした研究者に目をつけたのがアナハイムだった。戦後唯一中立と認められた月のフォン・ブラウン市に拠点を置くこの企業は、戦後も小規模ではあるがMS産業に食い込んでおり、ジオンと連邦の両国に製品を納入している。今のところは自社開発機を送り出していないが、今後を見据えて囲い込みを図っているようだった。しかしこの先アナハイムがMSを本格的に売り込むようになったとしても、彼女が脚光を浴びることは無いだろうとテムは考える。なぜならば連邦軍の望むMSという要求に対して、彼女の目指している自律型AIによるMSの自動化は合致していないからだ。

これについて不思議に思う者も多いだろう。先の大戦において大規模な人的資源の喪失を被った連邦政府は9年経過した現在も人手不足を解消出来ていないからだ。平時の軍などという無駄飯喰らいに回すくらいならば経済活動に人を回したいのが本音であるし、軍としても予算の都合からすれば居るだけで物資も資金も消費する人員という要素は真っ先に削りたい対象だからだ。

 

(だがそれに応えるためには彼女のシステムは優秀すぎた)

 

テムは眉間に皺を寄せながら考える。AIによる完全自律制御、それは行動に対する責任の所在を酷く曖昧にしてしまうと。例えば作戦行動においてAIが民間人を誤射したとして、その責任は誰が負うべきなのかという問題が発生する。これが人間のパイロットであれば、その選択の責任はパイロットへ帰結する。しかし命令に対し勝手に判断し勝手に行動できるAIが行ったならばどうなるか。当然当事者であるAIは機械であるから責任能力は無い。ならば命令者かと言えばこれも難しい、何故ならばAIが勝手に判断したことだからだ。このような問題は戦前から提言されており、ガンダムが最初から無人機で設計されなかったことはここに起因する。

更に加えるならば兵力の占有と言う意味でも歓迎できない事だ。連邦軍という組織は巨大であるだけに、内部に多くの派閥を抱えている。無論大半は善良な組織人であるが、中には残念ながらその権力を私的に運用する輩も存在する。こうした人間が組織の上位者であった場合、傘下の戦力を私兵集団のように動かす事が懸念される。その時に最上位命令者をプロトコルを書き換えるだけという容易な方法で忠誠心を獲得出来るAIという方式は極めて危険と言えるだろう。

その上現在の同盟国であり、仮想敵国でもあるジオンへの心証が悪いことも大きなマイナスだ。戦中に投入されたEXAM機と呼ばれる無人機がどのような過程で生み出されたかは両国の首脳部に伝わっているし、それに起因した混乱をジオンは未だに根に持っている。故にいくら違うシステムであると弁明しても疑念を払拭することは難しいだろう。

そしてこれらのことに気付かないほど彼女は世間からズレていない。

 

『…少し、時間を下さい』

 

その言葉にテムは小さく頷く。彼女には連邦軍に所属する夫が居るし、2人の間にはテムの息子と同年代の子供も居たはずだ。年齢的に自立している可能性もあるが、何も告げずに動くことは出来ないだろうとテムは考えた。

 

「しっかりと話し合って決めると良い。まあ、私としては良い返事を待たせて貰うけれどね」

 

彼女の答えが聞けたのは、それから三日後の事だった。

 

 

 

 

「大佐、これをやろう」

 

優雅に午後の紅茶を楽しんでいたら、テム博士に緑色のボールを渡された件。まあ、ガノタとしてこれがなんなのかは知ってるんだけどさ。

 

「ハロ?」

 

「おや、知っているのかね?」

 

やべ、口に出た。

 

「ええ、確か知人の子供が持っていたかと。このペットロボットが何か?」

 

後期に建造されたコロニーはそうでもないが、サイド3くらいまでの密閉型コロニーはあまり環境維持能力が高くない。端的に言って生き物のペットを飼うなんていうのは非常に贅沢な行為だったのだ。なのでペットロボットというジャンルは意外に需要があったりする。

 

「ハジメテ!ヨロシク!」

 

目を点滅させながら挨拶をしてくるハロに曖昧な笑顔で応えながら博士に説明を求めるべく視線を送る。こちらの視線に気付いた博士は菓子入れからクッキーをつまみながら説明を始めた。

 

「先日話していただろう?ヴェアヴォルフのインコムの件だよ。増やすとなると現状のコンピューターでは少々性能が不足すると話したと思うが」

 

言いましたね。で、それがこの作画失敗したキャベツみたいなヤツとどう関わってくるんです?

 

「不足するならば他で補うしかないだろう?コイツは一見ペットロボットだが、中身は私が改造していてね、まあ簡単に言えば外付けの追加用制御ユニットだ」

 

そう言ってウラガンから受け取った紅茶を飲み始めるテム大尉。そう言えば数日前に私的な助手を雇っていたな。

 

「成程、しかし何故態々こんな形に?」

 

ただ演算能力を強化するだけなら別にこんな事をする必要は無い。普通に機体へ増設するなり、コンピューター本体を高性能なものに更新すれば良いだけの筈だ。案の定後ろ暗いことがあるのか、大尉は一瞬目を泳がせた後躊躇いがちに口を開く。

 

「その、だな。短期間で開発するために以前研究していたプログラムをベースにしたんだが、これが少々特殊でな?」

 

だろうね、口にしてから1週間ちょっとで持ってこられるくらいだもんね。で?

 

「元々はMSを自律制御する事を目的とした物だから能力は申し分ないんだが」

 

さらっととんでもねえことを言いやがりましたよ。

 

「つまりこれは無人MS用AIをベースにしていると?」

 

「ついでに言えば現状搭載されている学習型コンピューターより上位の権限が与えられているから、基本的に機体制御の権限もこちらが主になる」

 

バッカじゃねえの!?

 

「イヤイヤ大尉、何を考えているんです。そんな危険なモノを搭載出来るわけ無いでしょう?」

 

そう俺が突っ込むが、開き直ったテム大尉は堂々と言い返してきた。

 

「普通にはな。だからこのようにしている。問題があれば即時物理的に排除可能な構造と言うわけだ。ついでに言えばベースは自律型AIのそれだが、与える権限はかなり制限している。具体的に言えばコイツに出来るのはパイロットのサポートが限界だ。少なくとも単独でここに居るパイロット達に優越できるほどの制御能力は無いよ。そしてこの形状を選択した最大の理由は、コイツを成長させるためさ」

 

「成長ですか?」

 

「どちらかと言えば最適化、と表現した方が正確だがね。このように常に利用するパイロットと共存させることでパイロットの思考や行動則を経験値として蓄積し、機体制御に反映させてやろうというわけさ」

 

当然の事であるがパイロットには個人差がある。それは趣味嗜好や単純に身体能力の差であったりだ。勿論現在採用されているOSにもそうした最適化機能は付与されているが、このように常に携帯できる形と比べれば、データの蓄積量は雲泥の差だ。ここにOS側とのコミュニケーション能力まで追加されているとなれば最早比べるのも馬鹿らしい。

 

「良いでしょう。では予算申請をしますから資料の準備をして下さい」

 

聞いた限りでだが、これは今後の軍にとって重要な装備になるだろう。何せ予算削減のおかげで年々パイロットの質も落ちている。コイツはそうした部分の補助にも使えるだろうから、そっち方面の研究としても良いかもしれない。既にMS開発の方では予算申請が通りづらくなっているからな。

 

「ああ、それと他に入り用なものがあれば教えて頂きたい」

 

そう不用意に口にしたのがいけなかった。

 

「そうか?ではまず私的に雇っているミズルーツに相応の役職を用意してくれ。今後の研究に彼女の協力は欠かせないからね。ついでに彼女のご家族についても便宜を図ってもらいたい、不安を残した状態で良い研究など出来ないだろう?なに、職場環境改善の一種だよ」

 

ちょ。

 

「それから基地の管理サーバーがあるだろう?あれと同程度で良いからサーバーを一つ用意してくれ、どうせなら複数のコレからデータを統合・共有化したい。ああ、当然複数体必要だからその資材調達も頼むよ、リストはこれだ」

 

ま。

 

「頼んだよ、大佐殿。では私は資料作成にとりかかるとしよう」

 

呆然とする俺を置いて、話は終わりとテム大尉はさっさと部屋から出て行ってしまう。残された俺は持っていたカップを置くと、器用に転がりもせず机に乗っているハロへと視線を向けた。

 

「ヨロシク!タイショー!」

 

つぶらな瞳を点滅させながら元気に挨拶を繰り返すハロ。残念、大将じゃなくて大佐です。この後ドズル国防大臣に報告をしたところ技術者の引き抜きなどがギレン首相に露見、目出度く厳重注意と昇進取り消しを言い渡される事となったのであるが、遺憾ながらそれはまた別の話なのであった。


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