起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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SSS24:他人の恋路は邪魔するべからず

ユーリ・ケラーネ中将がそれを思い立ったのは本当に気まぐれだった。定例会議でいつものごとく財務省の役人の長ったらしい嫌味を聞き流しているとその名が上がったのが原因と言えるかもしれない。

 

「現在地球方面軍で運用されております戦力は些か過大と言わざるを得ません。独立という大目標を達成した我が国が進むべき道は対立では無く共存です。その点からすれば現状は徒に相手を刺激している悪手と言える。また予算的に見ても少なくない負担を国民に強いているのも事実です」

 

「回りくどいな、要するに予算を減らせと言いたいんだろう?」

 

鼻で笑いそう切って捨てる。終戦と共にユーリに転がり込んできた中将の階級、そして地球方面軍司令の座は想像していたものとは幾分異なっていた。

 

(まあ、本国で悠々自適は悪くないんだがな)

 

大戦中ならばいざ知らず、平時であれば総指揮官を地球に置いておく意味は薄い。何しろ彼のするべき業務は前線部隊の指揮よりも、専ら他の方面軍や関係各所との調整であるからだ。正直に言えば今の状況はユーリにとって想定外だった。戦後の軍縮は確実であったから、ある程度功績を挙げて立場を盤石にする、加えてザビ家の覚えを良くすれば退役後も安心程度の軽い気持ちで切った手札は、思った以上のチップを手元に引き寄せてしまった。

 

(言っちまえば俺はアイツの身代わりって訳だ。その分良い思いもさせて貰っているから恨むのはお門違いなんだろうがな)

 

安易に使ったザビ家の狂犬は思っていた以上に飼い主に愛されていたようだ。暗殺などの危険から守る為、戦中彼がたてた多くの功績は周囲の人間に分散させられている。正直手遅れだとユーリは思ったが、それでも無策で放置できないのが人の性だろう。結果終戦後の軍の統廃合と軍縮、更にトップを独占していたザビ家が退いたその後釜にユーリが収まったのも大部分はコレが原因だ。

 

「ならば言わせて頂きましょう。既に両国の同盟が締結されて3年、今現在も拠点攻略用の大型MAを維持し続けるのは予算的にも、両国の関係的にもデメリットでしかありません」

 

「成程、つまり貴様らは我々にアプサラスを手放せと言いたい訳だな?」

 

そう言いながら視線だけを横へ移すと、そこに座っているドズル大将の代理人であるラコック少将は黙って瞳を閉じたままだった。それを確認し、ユーリは大きく溜息を吐いた後、人懐っこい笑みを浮かべて口を開く。

 

「承知した。だが申し訳無いが言われて即時廃棄とも簡単にはいかん。年内で順次廃棄と言う形でどうか?」

 

ユーリの言葉に露骨に安堵した表情を浮かべながら、財務省の代表は返事をする。

 

「そうですな、あの機体ならば解体にも相応の時間が必要でしょうし、ただ破壊してしまうには少しばかり価値が高すぎる。仰る内容が適当でしょう」

 

「では詳細については改めて提出させて頂くが、そちらで作業に当たる企業などの指定はあるかな?」

 

ユーリがそう問うと、役人は不思議そうな顔で答える。

 

「いえ?我々はそうした事は門外漢ですので特にありませんが」

 

その返事にユーリは苦笑いを浮かべた。どうやら彼は非常に真面目な役人らしい。そのまま会議はつつがなく終了したため、会議が終わった後につい呼び止めてしまった。

 

「お節介を承知で言わせて頂くが、貴方の態度は少々高圧的だ。俺の様な性格の悪い人間からすれば同じ穴の狢に見える、俺以外にはもう少し手加減した喋りをするといい」

 

そう言いたいことだけ言った後は、唖然とした表情の役人の肩を叩いてユーリはさっさと会議室から出てしまう。黙って後ろを付いて来ている秘書官のシンシア大尉にこれもまた唐突にユーリは尋ねる。

 

「なあ、確か今日の午後は時間があったな?」

 

何しろ彼の立場はお飾りに近いのだ、実務の大半は別の人間が処理している。先ほどの会議の内容についても、既にドズル大将からおそらくあの大佐に既に連絡済みで調整が終わっているのだろう、ラコック少将から事前にアプサラスが議題に上がった場合はそう答えるよう伝えられていたし、こちらの発言に補足や口を挟まなかったのが良い証拠だ。そのような訳でユーリは立場に比べ時間に余裕があった。

 

「はい、午後は特に予定は入っておりません」

 

「なら、久しぶりにアイツの顔でも見に行こう」

 

 

 

 

中央庁舎のやや奥まった場所にある技術開発本部、その一室を与えられているギニアス・サハリン少将は落ち着かない様子で送られてきた報告書を確認していた。表情も普段のような余裕は見られず、全体的に濃い疲労が見て取れる。その様子はあの大戦中ですら見せたことの無い姿であった。

 

「ギニアス様、ユーリ・ケラーネ中将がお越しですが」

 

そんなギニアスの思考を中断させたのは、副官として転属してきたノリス・パッカード大佐だった。元々サハリン家に仕えていた彼はギニアスの専従と目されており、更に言えば快癒したとは言え、未だに身体能力に不安の残るギニアスに事情をよく知る副官が必要であろうという上層部の配慮によって現在の立場に収まっている。

 

「ユーリ中将?急だな、何かあったのか?とにかくお通ししてくれ」

 

ノリス大佐が頷きドアを開けると、そこには男臭い笑みを浮かべたユーリ・ケラーネ中将が気安い態度で立っていた。笑いながら部屋に入ってきたユーリ中将だったが、ギニアスの顔を見て途端に眉を顰める。

 

「久しぶりだなギニアス。どうした、具合が悪いのか?なら日を改めるが」

 

その言葉に思わずギニアスは目を見開く。なんとも言えない沈黙が場を支配しかけるが、咳払いでそれを払うとギニアスは否定を口にする。

 

「いや、少し寝不足なだけですよ。それより本日はどのような御用向きで?」

 

「何だよ他人行儀だな。俺とお前の仲だろう?」

 

その言葉にギニアスは解りやすく溜息を吐いた。ユーリ・ケラーネという男は、基本的に気遣いの出来る男であるのだが、自身の身内と思った相手には横柄に振る舞う事が多々ある。これが彼なりの信頼の証なのだと理解出来るようになったのは、病気が治り家の再興の目処が立ち心身共に余裕が出来てからだ。正直に言えば以前のギニアスは彼のことを執拗に絡んでくる面倒な相手程度にしか認識していなかった。

 

「ユーリ、君のために言っておくがはっきり言って君の親愛表現は分かり難い上にナイーブな連中にしてみればむしろ不愉快な部類に入る。正直に言って私も相当我慢してきたぞ?」

 

そうギニアスが告げると、ユーリ中将は驚きの表情を作った後酷く落ち込んで見せた。

 

「うわ、マジかよ…。てかギニアス、そう思ってるなら何でもっと早く言ってくれないんだ!?」

 

「君が人の話を聞くような人間に見えていなかったからさ、第一あの頃は私も余裕が無かったからね。自分以外を気遣うなんて考えもしなかったよ」

 

「あー、それも、そうだな。すまん失言だった」

 

素直に謝って見せるユーリ中将に向けてギニアスは力の抜けた笑顔で応じる。

 

「今後気をつければ良いさ。それで、本当にどうしたんだ?」

 

そう聞くとユーリ中将は決まり悪そうに頭を掻きながら口を開く。

 

「今日、会議があってな。アプサラスの退役と解体が決まった。それでな」

 

「そうか」

 

「そうかって、アレはお前の夢だったんだろう?」

 

そう問い返してくるユーリ中将にギニアスは笑って答える。

 

「完成した時点で夢は叶えたさ。それに今の私にあのような殻は要らないからな」

 

アプサラスの完成までにノリス大佐が、妹が、そして何より多くのスタッフが、献身してくれたことをその後の闘病生活でギニアスは強く感じていた。恐らく一人で成し遂げようなどとしていれば、今頃アプサラスは満足に完成もしないまま、自身も病に敗北していたことだろう。翻って今の自分はどうか。完成と同時に大した引き継ぎも無く本国に戻ったにもかかわらずアプサラスは赫々たる戦果を上げ、ギニアスは技術将校として確固たる地位を手にした。だがそれは彼を信じ、共にアプサラスを生み出すことに協力してくれた者達が意志を継いでくれたからだ。そう、今のギニアスには一人で他者から身を守る強固な殻も、排除する為の武器も必要ないのだ。

 

「成程ね、確かに今のお前は以前より男前だ。それで、そんな順風満帆であらせられるギニアス少将殿は何を悩んでおられるのだね?」

 

「べ、別に悩んでなど」

 

そうギニアスが言い返すも、ユーリ中将は笑いながら言葉を続ける。

 

「嘘吐くなよ。じゃあなんであんな切羽詰まった顔してたんだって話になるだろうが。それとも俺には言えんような事か?」

 

不意に真剣な表情になるユーリ中将に気圧されつつ、そう言えば本当に困ったときには必ず彼が手を貸してくれたことをギニアスは今更思い出す。そして何より今悩んでいる内容について助言を求めるのに彼は中々に適任であるとギニアスは考え、正直に話すことに決めた。

 

「その、な。実はアイナの事なんだが」

 

「おお?アイナか。確か軍を退役して政府が後援しているNGOだかに参加しているって話だったか?」

 

「今は旧サイド2の復興支援に参加しているんだが、その」

 

歯切れの悪いギニアスの言葉にユーリ中将が顔を顰めつつ口を開く。

 

「一体どうした?まさか連邦とトラブルでも起こしたのか!?」

 

NGOと言っても後援している国家がジオンのみであり、参加者がそこの名家、しかも元軍人となれば要らぬ誤解も発生する可能性がある。そう身構えたユーリ中将の思考は即座にギニアスによって否定された。

 

「い、いや違うんだ!その、どうやら現地で知り合った男とアイナが良い関係になりそう、だと…」

 

ギニアスの言葉にユーリ中将が思いきり脱力し、半眼になってぼやいた。

 

「アイナだって年頃だ、恋愛という意味じゃ遅いくらいだろう。別に大事じゃあるまい?」

 

「そんなことは解っている!だが心配なものは心配だ!第一何処の馬の骨とも判らん輩などアイナに相応しくない!そうだろう!?」

 

ヒートアップするギニアスに気圧されるように少し後ずさったユーリ中将は宥めるように声を掛ける。

 

「そうは言うが、じゃあお前としてはどんな男なら良いんだ?」

 

その問いにギニアスは顎へ手をやると真剣な表情で語り始める。

 

「まず社会的地位だ、別に名家とは言わないがアイナが嫁ぐならば少なくとも胸を張れる程度にはあって貰わねば困る」

 

「ふむ」

 

「当然経済力も必要だ、将来を考えるならばアイナが働かずとも十分に食べていけるくらいは最低ラインだろう」

 

「妥当だな」

 

「それから力も要る」

 

「ん?」

 

「万一の時にやはりアイナを守れる男で無くてはな。ノリスに勝てるくらいならば安心できるな」

 

「おい」

 

「そしてやはり家族での円滑なコミュニケーションを考慮すれば博学である方が良い。理想は私と科学技術について語れる程度には…」

 

「まてまてまて、そんな完璧超人一体何処に――」

 

居るのか、そうユーリ中将は口にしかけ、その脳裏を何処かの大佐が通り過ぎる。

 

(成程、実例がいるんじゃハードルも上がるわな)

 

だがアレを落とすのは難しいだろう、レースに参加は出来るだろうが、最悪サハリン家が再び没落しても不思議では無い。故にユーリ中将はギニアスが無自覚に指定している相手を口に出さずに別の言葉で諫めることにした。

 

「アイナはお前を今まで支えてくれた良い女だ。そんなアイツが選ぶ男なんだ、そうそうハズレなんて連れてこんさ。少しは妹を信用してやれ」

 

「しかし」

 

なおも愚図るギニアスに、ユーリ中将は再び頭を掻きながらとどめの言葉を口にした。

 

「それに昔から言うだろう?人の恋路を邪魔すると馬に蹴られるってな。野暮なんかせずどっしり構えておけ、兄貴としてな」

 

 

その後、アイナが連れてきた青年とギニアスが大げんかをすることになり、何故かユーリ中将まで巻き込んで決闘騒ぎにまで発展するのだが、それを今予測出来る者はこの場に一人も居なかった。




ギニアス「アイナが欲しくばこの私を倒してみせるが良い!」

アイナ「そんなお兄様!?アプサラスを持ち出すなんて卑怯だわ!」

ノリス「戦いとは非情なのですアイナ様、では青年、覚悟は良いな」

シ○ー「大丈夫だアイナ、俺は勝つ、そしてお兄さんに勝って君との交際を認めて貰う!」

ギニアス「誰がお兄さんだぁ!」


いえ、書きませんけどね。

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