起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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SSS23:姉より優れた妹など存在しねぇ!

「あ、良いですよ。セラーナ少尉に頼みますから」

 

事の発端は何気ないそんな一言からだった。

 

「それはどう言う意味ですか、エリー少佐?」

 

聞き返したハマーン・カーン大尉の言葉にエリー・タカハシ技術少佐は首を傾げながら答える。

 

「どう言う意味って、そのままの意味ですよ?」

 

聞き間違いで無かったことが確認出来た上で、ハマーンは改めて提出された書類を見直す。

“新素材を用いたサイコミュ機の試作並びに評価試験”

アクシズのパイロット達に良い刺激(トラウマ)を与えた教導団による訓練から早1ヶ月、以前は増長していた彼女の部下達も訓練に真摯に取り組み、その目は良くも悪くも一人前の兵士のものになっている。それ自体は喜ばしい事であるのだが、彼女達の残した爪痕は想定以上に深かった。特に演習後半に並行して行われた実験機のテストは、アクシズの技術陣をこれでもかと刺激することになったのだ。

 

「私達にサイコミュ兵器を開発させておいて自分で対抗兵器作るとか!あの野郎喧嘩売ってんですか!?」

 

激怒と言うに相応しい暴れぶりを披露した後、自身のラボに暫く籠もっていたエリー少佐が久しぶりにハマーンの前に現れて渡してきたのが上記の提案書だった。因みにサイコミュ兵器の研究に関しては止められていないだけで本国から開発指示は出ていないし、そもそも技術開発本部に籍のない大佐に命令権も無い。強いて挙げるなら本国に居づらくなっていたオデッサに関係の深い技術者を大佐が纏めてアクシズに送り込んで来ただけである。結果からすれば手持ち無沙汰にならない程度に開発許可を出していたら、方向性がサイコミュ兵器方面に偏ってしまったというのが真実である。

 

「準サイコミュ兵器、成程強力な装備である事は認めましょう。ですが!こっちは独立戦争以前から研究しているんです!どっちの方が優れているかはっきりしてやろうじゃないですか!」

 

教導団が持ち込んだ準サイコミュ兵器搭載型試作MS、“ヴェアヴォルフ”に訓練の総仕上げとしてシュネーヴァイスⅡを駆るヴァイスフローレン隊の面々が半泣きになりながら追い立てられている光景は記憶に新しい。パイロットの技量差もあるが、MSの性能についても互角以上に感じたのも確かだった。故に技術陣がヴェアヴォルフを上回る機体を設計したいと考えるのは良く理解出来たし、負けた1人としてリベンジしたいという気持ちが無いとは言えない。一方であの機体の意味を理解している人間としては、より高性能なサイコミュ機の開発に素直に頷けない部分もあった。だが、それよりもハマーンが気になったのは冒頭の台詞である。

ハマーンは自他共に認めるアクシズの最高戦力だ。これまでも試作機のパイロットは殆ど彼女が務めていた。故に今回の開発についても当然自分がパイロットに指名されることを想定して、その方面で出来る限り開発を延期させることでバランスを取ろうと予定を組み立てていたのだが。

 

「では、今回の機体のテストパイロットにセラーナを起用すると?言っては何ですが、あの子はまだ未熟だと思いますよ?」

 

「え?でもハマーン大尉もあの機体に勝ってませんよね?」

 

頬が引きつるのを懸命に自制しながらハマーンは言葉を続けた。

 

「最終的に負け越している事は認めます。ですがその条件ならばセラーナ達も同じでしょう?」

 

当初こそヴェアヴォルフに勝利していたハマーンだったが、対戦を重ねてビットの優位性が失われるとそこからは敗北の連続だった。だがそれでも対戦成績で最も良い結果を残しているのはハマーンであったし、教導団が帰還した後の訓練でもハマーンはセラーナ少尉達に負けていない。故に自身以外が指名されるという状況に少しだけ動揺していた。だがそんな彼女の心の内などお構いなしにエリー少佐は言葉を続ける。

 

「非常に、ええ、非っ常に忌々しいことですが、あの機体は優秀です。アレに勝つ機体となると、流石に私達でも相応のリソースが求められます。然るに、今の大尉をお見受けしますと、どうにもそれだけの時間を機体開発に割けるとは思えないのですよ」

 

そこまで言われてしまっては、自身を選定させることで開発期間の延長を図ることは難しいとハマーンは判断し、溜息と共に真実を告げる。

 

「エリー少佐。実はあの機体は…」

 

「サイコミュ兵器の運用者であるスペシャルの特殊性を緩和する事で今いるスペシャルの方々の希少価値を低減、可能であればサイコミュ兵器そのものを陳腐化させてやろうという所でしょう?まったく、何奴も此奴もアレに幻想を抱きすぎです」

 

「どう言う意味ですか?」

 

思い人を貶めるような発言に、ハマーンは自然と声を強張らせた。だが、返ってきたのは呆れを多分に交ぜた言葉だった。

 

「そのままの意味ですよ。考えても見て下さい、先ほどの言葉が真実であったとして、何故態々アクシズで教育する必要があるんです?」

 

「それは、私達がサイコミュ兵器に最も精通しているからでは?」

 

そう返せばエリー少佐は露骨に肩を竦めて見せた。

 

「大尉、ちょっと考えて下さい。インコムが本気でサイコミュ兵器の陳腐化を狙った装備なら、間違いなく連邦に流出します。その時あちらに渡るのがこちらの最高戦力と同等である必要が何処にありますか?」

 

「それは、その、ビットに十分対抗出来るというのを証明したかったのでは?」

 

「対抗出来ると期待させることと、本当にその能力を付与するのは全く意味が違うでしょう?そしてある程度の性能で良ければ本国でも十分に教育できます。それをしなかったのならばつまりアレはこう言っているのですよ」

 

MSによりオールレンジ攻撃が標準化する戦場へのいち早い適応と戦訓の蓄積、そして同環境に対応した新型機を開発しろ。エリー少佐が耳元でそう囁き笑う。

 

「アレは優しく見えますが同時に相当の腹黒ですよ。それは大尉もよく知っているでしょう?」

 

その言葉にオデッサでの日々を思い出しハマーンは思わず口を噤む。なんとか反論の糸口を見つけたかったが、残念ながらハマーンの頭脳はエリー少佐の言葉に深く同意してしまい役目を放棄してしまっている。

 

「まあつまり、私達のやるべき事はこれまで通りで、それをアレも望んでいると言うわけですね。幸い面白い素材もある事ですし、此処はひとつあの野郎を一泡吹かせてやりましょう」

 

「え、ええそう――」

 

勢いに押されるように肯定の言葉を口にしかけ、ハマーンは慌てて頭を振る。機体を開発する理屈は通っているように感じるが、何かとても大事なことをはぐらかされていると感じたのだ。そして渡された資料を見て即座にそれを思い出す。

 

「成程、だとしたらこの機体のテストは私が受け持ちましょう」

 

少佐の言葉通りであれば、この開発計画はアクシズにとって最優先で実行すべき事柄となる。ならば、他の業務が多少遅れても最高のスタッフを投入する必要があるだろう。そして今現在最も優れたパイロットはハマーンである事は誰もが認めるところだ。

決して大佐に憧れている妹と大佐の接点を作りたくないとか、送られるであろう報告書に自身の名前を記載して頑張っているところをアピールしたいだとか、直接意見交換という名目で大佐と会話する機会を捻出しようなどという打算的要素は断じてない。純粋に開発にとって最善の差配をすれば結果がそうなると言うだけの事である。

 

「いえ、大丈夫ですよ。もうセラーナ少尉にも同意を頂いてますし」

 

相変わらず空気が読めない人ですね。内心で毒づきながら、それをおくびにも出さず笑顔でハマーンは告げる。

 

「エリー少佐の仰る通りならばこれはアクシズが最も優先すべき案件です。ならば私のスケジュールも調整が利きますから、態々セラーナを選ぶ理由も無いでしょう」

 

その内容にエリー少佐は渋い顔と共に口を開いた。その内容はハマーンに衝撃を与える。

 

「んー、でもですねぇ、成績と機体の動作パラメーターを見る限りですと、むしろセラーナ少尉の方が適任なんですよね」

 

「へ?」

 

「ほらこれ、最後の試験結果なんですけど、機体の運動パラメーター全般で大尉よりセラーナ少尉の方が高い数値を出してます。それにサイコミュとの親和性もここの所大尉は横ばいですが、少尉はまだ成長が見られます。現時点では確かに総合能力で大尉に軍配が上がりますが、今後を考えますとセラーナ少尉に経験を積んで貰いたいですし、何より専任できるテストパイロットは魅力的ですか――ひぃ!?」

 

ハマーンの放つ圧に漸く気付いたようだが、それはあまりにも遅かった。

 

では模擬戦の結果で決めましょう(宜しい、ならば戦争だ)

 

笑顔と穏やかな声音で全く隠し切れていない感情が空間を支配し、エリー少佐はハマーンの背後に巨大な悪魔のような影を幻視する。元々明晰な頭脳を持つ彼女である、ハマーンの地雷を踏み抜いた事を素早く理解し、保身の為に全ての能力を注ぎ込む。端的に言えば必死で彼女の言葉を追認した。

 

「そ、そうですね!単純に決めつけるのは良くありません!ここは多角的に物事を判断するためにも大尉の言うとおりにしましょう!そうしましょう!」

 

この時の彼女の判断が、後にアクシズにおける通称炎の七日間、あるいはカーン姉妹の最高にして最も下らない姉妹喧嘩と呼ばれる闘争の原因となるのだが、動き出した歯車を止めることが出来る者は誰も居なかった。因みにその後、当事者の一人であったセラーナ・カーンはエリー・タカハシ少佐の要請に安易に応えるのを止める事を固く誓ったという。




姉妹喧嘩編に続かない

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