起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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0080は名作(盛大にネタバレをしていくスタイル)


SSS22:聖なる夜に

「やれやれ、折角の休みだってのに」

 

端末を操作しながら青年は溜息を吐いた。戦争終結から凡そ一年、終戦直後の反乱などの混乱から漸く一息吐いたグラナダに所属していた彼は最近になって長期休暇を取得できたのだが、休みに入る3日程前に部隊長に呼び出されると唐突にチケットを渡されたのだ。

 

「貴様は腕は悪くないが視野が狭い。少し学んでこい」

 

有無を言わせぬ口調でそう告げられれば青年に拒否する権利が発生する訳もなく、翌日には両親に帰郷の予定がずれることを告げ、休日初日に最低限の荷物を詰め込んだバッグを背負い、サイド6へ向かうシャトルの乗客になっていた。

 

(サイド6ね)

 

大戦中、中立を宣言していた彼らであるが、終結後は再び連邦政府傘下に収まっていた。元々サイド6は後発のコロニー群であったため、移民の受け入れに重点を置いた構成になっている。結果、人口は他のサイドより多い一方で主産業は農業と観光というものであった。満足な自衛戦力も無しに中立を宣言出来たのはこの部分が大きい。当初戦争の長期化を想定していなかったジオンはルウムでの戦いに集中するためにも、出来る限り戦力を分散させたくなかったし、それは初戦で手痛い損害を受けた連邦も同じだった。攻めるにせよ守るにせよ、規模は大きく難しい一方で確保した後の旨味の少ない拠点と双方から目されたのである。想定外であったのは戦争の長期化により、彼らの発言権が当初両者が想定していた以上に付いたことだろう。

軍の連絡艇よりも足の遅い民間シャトルでたっぷり2日を使いリボーコロニーに降り立った彼は大きく伸びをした後、再び端末を取り出した。

 

「観光ですか?」

 

「ええ、まあ」

 

入管を担当する審査官に曖昧な笑顔で応えながら彼は頭を掻いた。リボーは一般的な居住用コロニーで大した娯楽スポットや観光地が有るわけではないからだ。パスポートを確認した審査官は一瞬眉をひそめたが、不審な点は見受けられなかったため元の笑みを浮かべながら定型の言葉を口にし、彼を迎え入れる。

 

「はい、結構です。リボーへようこそ」

 

スペースポートを抜け、予め取っておいたホテルで荷物を放り投げると、彼は大きく溜息を吐いた。

 

「どうしたもんかね?」

 

ポートに着いた際にもう一度見返した端末の内容を思い出す。

 

「見てこいって、雑すぎる」

 

普段から簡潔に物を話す隊長らしい言葉ではあったが、指示としては落第も良いところだろう。一瞬連絡を取る事も考えたが、分の悪い賭けになりそうだと彼は考えた。隊長であるマレット・サンギーヌ少佐は自身で考えない人間を嫌うタイプであるし、その僚機を務めているリリア・フローベール中尉も隊長の意に沿わない人間に冷たい傾向がある。唯一彼とロッテを組んでいるギュスター・パイパー中尉は助けてくれそうであるが、基本的に隊の通信に対応するタイプの人間ではない。何をどうしても叱責を免れる方法が無さそうだと判断した彼は諦めて開き直ることにした。

 

「見てこいって言うなら、見てくるか」

 

指定が無いのであれば、何を見るのかを決めて良いのは自分である。そう考えた彼は脱いでいたジャケットを着込むと日の落ちかけた街へと繰り出す。12月のリボーコロニーは既にクリスマスに向けて飾り立てられていて、メインストリートは家族連れの姿もあって賑やかだ。彼の出身である共和国のコロニーとは異なり、比較的新しい居住用コロニーであるリボーコロニーは、共和国の一般的な密閉型に比べ随分町並みも広く設計されていて開放感がある。道行く人々の表情も明るく、彼の目には平和な日常が流れているように見て取れた。

 

(天下太平だっけ?いい事じゃないか)

 

専門校を卒業した後、直ぐに軍に志願した彼に複雑な政治は解らない。だが少なくとも戦前の祖国に蔓延していた閉塞感や不安から来る苛立ちのような荒んだ空気は感じられない。ならばそれが、たとえ仮想敵国の都市であっても歓迎すべき事であることくらいは理解出来た。だからだろう、彼は自身の気が緩んでいることに気がつかなかった。

 

「っと、すみません」

 

突然の衝撃に誰かへぶつかった事を理解した彼は思わず謝罪した。周囲を見回していた自分の不注意と考えたからだ。だがそれは完全に状況を読み違えていた。

 

「おー痛ぇ、コイツは骨がいっちまってるかもしれねぇや」

 

「あー、こりゃひでえ。兄ちゃんどうしてくれるんだよ?」

 

「は?あ、いや俺は…」

 

如何にもチンピラといった風体の男2人の三文芝居にどう返すべきか考える暇も無く、彼は男達に路地裏へと連れ込まれる。状況は宜しくないとは言え彼はまだ余裕があった。男達の動きは明らかに訓練されたものではなかったからだ。故に彼はこの状況をどう荒立たせずに乗り切るかと思考する。元々柔和な顔立ちの彼はなめられやすく、旅行先でたまたま運悪く絡まれたのだと考えていたからだ。だがそれは路地裏に響いた男の言葉で否定される。

 

「戦争に勝ったからって、誰も彼もが頭を下げるなんて思うんじゃねえぞジオン野郎!」

 

胸ぐらを掴まれながら掛けられた罵声に、漸く彼は自身が明確にターゲットにされたのだと自覚する。

 

「戦中あれだけ尽くさせておいて、終わればハイサヨウナラってか?都合良く使い捨てやがってよ!」

 

男達の言葉の意味が理解出来ず彼は眉をひそめた。それが気に入らなかったのだろう、胸ぐらを掴んだ男の顔がみるみる赤くなり怒鳴りつけてくる。

 

「てめえらジオンが手を引いたおかげでサイド6はまた連邦に逆戻りだ!どう落とし前をつけるんだよ!?」

 

とんでもない逆恨みの言葉に思わず彼は呆れてしまった。男達の中でサイド6は先の独立戦争においてジオンに献身したらしいが、共和国の住人にそう告げて首肯する者はまず居ないと断言出来るからだ。そもそも開戦時に味方に付いていないどころか、戦力が拮抗している内はむしろ連邦よりの態度を取っていたし、ジオンが優勢になった後でも表面上中立の姿勢は崩さなかった。彼らからすればその中立の中で最大限便宜を図った事が献身だとしたいのだろうが、残念ながらそれは彼らの理屈である。

 

(いやいや、なんでコウモリを態々内に引き込むよ?)

 

これはサイド6首脳部の失策である。ジオンにしてみれば彼らは最も苦しい時期に手を差し伸べず、連邦にしてみれば最も重要な時期に相手に寝返った連中なのだ。しかもその寝返り方もどうとでも言い訳の出来る中途半端なものと来ている。当然ジオンはサイド6を信用出来る相手とは認識しないし、連邦は彼らを裏切り者として苛烈に統治するだろう。コレが仮に自らも武力を持ち両者へ不介入の中立を保ったのなら話は変わるのだが、平和ボケし、自らが戦わぬと宣言すれば己の身を守る手段すら放棄しても問題無いと考えていた連中の末路としては想定内の事だった。

 

「手前らが戦争なんてしたせいでこっちは重税を掛けられてんだよ!何がスペースノイドの独立だ!俺達を切り捨てやがって!」

 

戦後サイド6はジオンへの編入を希望したが、その願いは聞き届けられなかった。これは戦後の移民について円滑に進めるため連邦側に宇宙における十分な活動拠点が必要であるという双方の認識からだった。ルナツーの返却は決定していたものの、不幸な事故によってその内部機能の多くは失われていたし、サイド7は未完成のコロニーが僅かに1基のみである。加えて上記の通り傍観者を決め込んだサイド6に対して双方が冷淡な対応をしても国民から不満が出なかった事も大きい。結局の所、中途半端な対応によって彼らは両者から裏切り者と認識されてしまったのだ。だがそれを今指摘しても状況は悪化するだけだろう。この場をどう無難に収めるか彼は思案する。制圧する事は容易いが、彼らのような考えが行政にも浸透しているならば厄介なことになる。かといって唯々諾々と従うにはあまりにも業腹だ。

 

(よし、適度に痛めつけよう)

 

幸いにして跡の残らない痛めつけ方もリリア中尉の教育によって習得していた彼は、そう決めると胸ぐらを掴んでいた男の腕を捻り上げるべく手を伸ばす。しかしその行動は甲高い声によって阻まれることになった。

 

「お巡りさん!こっち!こっちだよ!」

 

「なっ!?クソが!」

 

「ちっ!覚えてろよジオン野郎!」

 

そんなお決まりの捨て台詞と共に、男達は彼を突き飛ばすと声とは反対の方向へと走り出す。状況的には覚えられた方が拙いのでは無いだろうかなどと、場違いな事を内心思いながら彼は突き飛ばされた先のダンボールから体を引き起こして、声のした方へと歩き出した。

 

「ちょっと、アル!」

 

通りに出て最初に目に入ったのはくせ毛の少年、得意そうな顔からして先ほどの声の主はこの子だろう。それを咎める口調で足早に近づいてきたのは赤みがかったストレートの髪を持つ女性だった。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

「困ってる人を助けるのは当然だろ?ギオミテセザルハユーナキナリってね」

 

「難しい言葉を知っているんだな」

 

そう笑いかける彼と少年の間に割って入ったのは少年を追って来た女性だった。

 

「…貴方、少し良いかしら?ここだと目立つから、あっちの公園に移動したいのだけど」

 

好意的とは思えない声音ではあったが、恩人の保護者であろう人物の提案を無下に出来るほど、彼はドライでは無かった。

 

「ああ、お礼もさせて欲しいしね」

 

返事をすると女性は直ぐに歩き出した。置いて行かれないようついて行くと、彼の隣に陣取った少年が興味深そうに聞いてくる。

 

「ねえ、おじさんジオンの人だろ?軍人?もしかしてMSのパイロット!?」

 

憧憬の籠もった声に彼は苦笑しながら答えた。

 

「おいおい、これでもまだ20だぜ?せめてお兄さんと呼んでくれよ。しかしよく俺がパイロットだって解ったな?」

 

そう彼が返している間に目当ての公園にたどり着き、少し奥まったベンチで止まった女性は盛大に溜息を吐いた。

 

「あのねぇ!そんな恰好をしていれば誰だってそう思うわよ!ここは地球ほどではないけれど貴方の国を憎んでいる人も居るのよ?状況判断が甘すぎるんじゃ無いかしら軍人さん!」

 

そう言われ戸惑う彼に、悪戯小僧そのままの顔で少年が告げる。

 

「兄ちゃんのそれ、ジオン軍のフライトジャケットだろ?」

 

「あっ!」

 

グラナダに配属されて以降休日に外出する際も着込んでいたため、彼はその事を完全に失念していた。自ら喧伝していたことに気付かなかったという事実に羞恥を覚えた彼は慌ててジャケットを脱ぐが、同時に冷気に体を震わせ盛大にくしゃみをしてしまう。

 

「本当にパイロット?」

 

半眼になりながら女性は手に提げていた袋からプレゼント用の包装がされたセーターを取り出すと、それを躊躇無く破り彼へと押しつけた。

 

「え?あ、いや、悪いよ!?」

 

戸惑う彼に不機嫌さを隠さずに彼女は告げる。

 

「乗りかかった船だもの、最後まで面倒見るわ。それに」

 

「それに?」

 

聞き返す彼に、彼女は告げる。

 

「リボーは私の故郷だもの、嫌な思い出だけ作って欲しくないわ」

 

そう口にした彼女は、とても優しい笑みを浮かべていた。




思いつきで書いているから季節感がまったくありませんね。

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