「どぉしてお姉ちゃんの言うことが聞けないのっ!」
「数ヶ月程度で姉も何もあるもんか!言うことを聞かせたいなら実力を示せ!」
相応に姦しい食堂であってもその怒声は一際大きく響いたが、それを気にとめる者はいない。2年ほど前までは年かさの人間が仲裁したり咎めたりしたものだが、今では完全に放置している。人は学習するからだ。
「ベル!デルに言ってよ!お姉ちゃんの言うことを聞きなさいって!」
「イヤイヤ、今回のはエル姉が悪いからね?」
振られたベルと呼ばれた少女は咥えていたスプーンをグラスへと戻しながらそう突っ込む。そして続く言葉が無いと理解すると、再びグラスからアイスを掬いパフェを消費する作業を再開する。
「け、喧嘩は駄目です。姉様達」
涙目になりながら仲裁するべくそう口を開いたのはオティリエだった。
「大丈夫だオティリエ、これは喧嘩じゃない。喧嘩は同レベルの者同士でなければ発生しないからな」
「どー言う意味よっ!」
妹を宥めるフリをしながらそう挑発するデルを見て、エルは机を猛然と叩きながら抗議を繰り返す。それを止めるべく動いたのはパフェの処理が終わったベルティーナだった。
「どうどう、興奮しないのエル姉。デル姉も煽らないの。喧嘩するような悪い子にはフリーダがお菓子作ってあげないって言ってるよ?」
「「っ!?」」
ベルティーナの言葉に愕然とした表情でフリーダを見る2人、しかし当の本人であるフリーダはマイペースにグリーンティーを飲んでいた。
「あら?私そんなこと―」
視線に気付き何かを口にしようとした瞬間、横に座っていたミーナがやんわりと口を押さえた。彼女は空気の読める娘である。
「あはは、口にクリームが付いてるよ、フリーダ姉さん」
フリーダの発言が封じられた事で事態は収束へと向かう。無論咎められた2人は嘘に気づいているが、姉として諍いを止めさせるために妹に嘘を吐かせたという罪悪感から素直に矛を収めた。だが、双方の主張は平行線のままだ。
「とにかく、演習でビットの使用は控えるべきだ」
腕を組みデルマがそう持論を口にした。それに対し反論を真っ先に口にしたのはやはりエルピーだった。
「だから何でよ!」
部隊練度の維持を名目に、アステロイドベルトに点在している駐留軍の元へ本国から教導隊が派遣されてくる。一ヶ月にわたって実施されるこの訓練であるが、駐留している部隊の数から言えば一人あたりの訓練時間は三日あれば良い方だ。故にデルマは主張する。
「楽に勝っても意味が無いだろう?相手はビットも使えないノーマルなんだぞ?演習なんだからあっけなく終わっては意味が無いじゃないか」
「ビットはシュネーヴァイスの標準装備なのに!」
なおもむくれてそう言い返すエルピーに向かって、デルマは溜息を吐きながら口を開いた。
「そのビットがなくなったらどうする?動作不良を起こしたら?」
「ビットが全部動かなくなるなんてあり得ないよ!」
そう返すエルピーへ向かい、デルマはきっぱりと切って捨てた。
「その万に一つも起きない状況に備えるためにMSにはパイロットが乗っているんだろう」
そうさも正論のように語ってみせるが、その根底にあるのは相手に対する侮りと、自身の能力に対する絶対的な自信であった。
「ままま、デル姉もその辺で。ほら、幸い私達は3日貰ってるんだし、それぞれの方法でやったら良いんじゃない?」
エルピーが再び声を上げる前にそうベルティーナが口を挟む。彼女もデルマの言う事は理解できるものの、わざわざ余計な苦労を背負い込む必要は無いと考えていた。
「だが、折角の訓練時間を…」
なおも渋るデルマに対し、口を開いたのは今の今までアイスと格闘していたハンナだった。
「いいじゃんデルマ。アンタが言うとおり貴重な機会なんだしここは教導隊の腕を試させて貰おうよ」
その言葉にデルマは顔を顰めて苦言を呈する。
「ハンナ、私達が教えを請うているんだぞ?」
「えー、でもさあ。弱い相手に教えて貰うことは無いと思う訳よ」
不遜な言葉をハンナが言い放つ。事実ビットを使用できる状況の訓練において、彼女達はアクシズにおいてほぼ負け無しである。流石に一対一の状況では先達にして彼女達の部隊長であるハマーン・カーン大尉には勝てないが、それでも小隊で当たれば3回中1回くらいは勝つことが出来る。そしてハマーン大尉は文字通りアクシズの最強戦力であるから、彼女達の増長も無理からぬ事だった。その言葉を聞き、デルマは居並ぶ姉妹達の顔を一人ずつ確認した。エルピーは自身の意見が通りそうだと考え得意げな表情だ。ベルティーナは言うべき事は言ったとばかりにしたり顔。アルーシャは端末から顔も上げないが、アレは話すら聞いていなかっただろう。唯一懐いているグリゼルダだけがデルマと同じ苦い表情だが、それ以外は概ねベルティーナの意見に賛成らしい。
「解った。それじゃあハマーン隊長にそう進言してくる。それでいいな?」
今度こそ不満の声は上がらなかった。
「お久しぶりです、ジュリアさん」
「ごきげんよう。出発式の時以来ですから7年ぶりかしら?お元気そうで何よりですわハマーン大尉。ふふ、階級、抜かれちゃいましたわね?」
久しぶりに会ったジュリア・レイバーグ中尉にそう返され、ハマーンは思わず恐縮してしまった。
「止して下さい。サイコミュ機のテストの功績とか言われましたけど、どう考えても父のコネですよ。実力も経験も全然足りていません」
そう恐縮するハマーンに対し、ジュリア中尉は笑顔を崩さぬまま言葉を返した。
「コネでも何でも階級は階級ですもの。見合う人間になるよう頑張るしかありませんわね。それで?どういった用向きなのかしら?」
ジュリア中尉の言葉に、ハマーンは本題をどう切り出すべきか一瞬悩んだ。そもそも今回の演習に中尉達を名指しで呼んだのはハマーンなのだが。その辺りも伝わっているはずと、ハマーンは正直に話すことにした。
「実は、私が預かっている部隊があるのですが」
「ええ、聞いています。スペシャルだけで編成された選抜部隊、確かヴァイスフローレン隊でしたかしら?本国ではちょっとした騒ぎになりましたもの」
呼び名は変わっても彼女達の能力は変わらない。その力は大戦末期の反乱を想起させ、一部の人間に過剰な反応を示させた。それを黙らせたのがあの反乱を治めた大佐の発言だというのだから、なんとも皮肉の効いた話であるが。
「ええ、その彼女達なんですが。少々拙い事になっていまして」
「聞きましょう」
ハマーンの言葉に、少しだけ真剣味を増した声でジュリア中尉が応じる。その様子に懐かしいあの場所をつい思い出し表情が緩んでしまうのを堪えながらハマーンは口を開く。
「自分の不出来を晒して恥ずかしいのですが、今彼女達は増長していまして」
「増長?でも確か、彼女達は12とかでしょう?子供ですもの、多少は仕方がないのではなくて?」
少し頬を染めながらそう口にするジュリア中尉。確かにハマーンも中尉も経験のある事であるから、多少のことであれば大目に見る事が出来ただろう。
「ええ、私も経験者ですから、ある程度であれば注意で済ませられると考えていたんです」
「…その言い方ですと、もうその範疇を超えていると取れますけれど?」
ジュリア中尉の言葉にハマーンは静かに頷く。
「手前味噌ですが、彼女達はかなり良い練度に仕上がっています」
「というと?」
「アクシズで彼女達に勝てるのは私とセラーナくらいでしょう。多対一なら何度か墜とされたこともあります」
「成程、それで私達ですか」
今プル達にとって自身より上の存在はハマーンとセラーナしか居ない。そして一般のパイロットは彼女達に勝てない。それは自分達が優れた存在であると言う解りやすい指標になり、他者を無自覚に見下すには十分な理由になった。だがハマーンは知っている。
「はい、お手数ですがお願いできませんでしょうか?」
そうハマーンが聞けば、ジュリア中尉はとても良い笑顔で応えた。
「ようは相手をぶちのめせと言う事でしょう?それなら穴を掘るのと同じくらい得意ですから問題ありませんわ。あ、けれど…」
そこで何かに気付いたようにジュリア中尉は眉を寄せた。
「折れてしまわないかしら?今回来ているのは全員あの時のメンバーですわよ?」
その言葉に今度はハマーンが良い笑顔で応じる。
「構いません。最近は戦争を知らないパイロットも増えています。この辺りで本当の兵士の実力を見せてあげるのも彼らの良い経験になるでしょう。最近は“オデッサ上がり”の意味も解らない人も増えていますし」
その一言でジュリア中尉の目に少しだけ剣呑の色が宿る。
「そうですか、では存分に教えてあげましょう」
そう言って中尉は艶然と嗤って見せた。
後に89年の悪夢と語り継がれる事となったこの年の訓練は、それを受けた戦後世代に“オデッサ上がり”という言葉の意味を存分に刻み込む事となるのだった。
姉妹についての設定。
エルピー・プル(エル)
姉妹のオリジナルと言うべき少女。原作とは異なりフラナガン博士から自身の遺伝子を利用したクローン体である姉妹の事を聞かされている。ただし正確に理解できているとは言いがたく、ちょっと多い姉妹くらいに考えている(これは周囲が彼女達を普通の姉妹として扱っていることにも起因する)。やたらとお姉ちゃんぶりたがるが、博士の教育方針により甘やかされて育てられたため年齢相応に幼い面が目立つ。基本的には善良であるが良くも悪くも好奇心旺盛な子供であるため、アクシズ内における騒動の約20%は彼女が原因である。
ニュータイプとしての能力はオリジナルだけあり姉妹中最も高いのだが、サイコミュとの親和性は平均的(どちらかと言えば彼女は受動的な能力者である)であるため、ビットの同時操作数ではアルに劣る。しかし感知能力が抜きん出て高い彼女は、直感的に最適解を選ぶ能力に長けており、総合能力で言えば姉妹最強である。
プルツー:デルマ・プル(デル)
キツイ性格だが面倒見が良く、姉妹の事を誰よりも大切に考えている。エルピー(エル)に反抗的なのも、彼女が無理をしてお姉さんぶろうとしていることを知っているから。姉妹の中では最もMSの操縦に長けていてビット無しにはエルですら勝てない程である。第二小隊隊長。
3:ベルティーナ(ベル)
強かな性格で要領が良い。エルとデルの喧嘩を止められるのは彼女だけである。メカそのものに興味があり、休日は良くエリー少佐とつるんでいるところを見かける。エルの手綱を握れる人物として第一小隊の副官を務めているが、実質指揮を執っているのは彼女である。
戦闘能力は平均的であるが、工学知識を生かして自身の機体を限界までチューニングしているため、総合能力は上位になる。
4:アルーシャ(アル)
静かで大人しく、大抵の場合端末で読書をしているため勘違いされているが、実態は単にものぐさな性格。読んでいるのも旧世紀のギャグコミックスで、端末の容量の大半を占有している。そんな性格が関係するのかサイコミュとの親和性はエル以上であり、ビットの同時操作量は1位である。一方MSの操縦に関しては最下位で軍のパイロットとして見てもギリギリ可、という位置。また、作戦立案などの方向も壊滅的であるため、第二小隊の小隊員として活動、デルの僚機を務めている。
5:フリーダ
お菓子作りが趣味のおっとりした少女、姉妹の胃袋を完全に掌握しているため誰一人彼女に逆らうことは出来ないが、彼女自身がリーダーシップを取る性格では無いためそれが発揮されることは無い。操縦センス、サイコミュの親和性共に突出したものは無いがフォローに長けている事から第三小隊の小隊長を務めている。第三小隊は最も安定感のある隊として評価が高いが、その多くは彼女の気配りによって成り立っている。
6:グリゼルダ(グリゼ)
努力家。恵まれた才能を何一つ持たなかった彼女は、努力の積み重ねのみで姉妹の中でも上位の成績を勝ち取った。思考もストイックなため、才能がありながら努力しないハンナとは相性が悪い(姉妹としての愛情はあるが考えが理解できない)。一方で自他共に厳しいデルには良く懐いており、行動を共にする事が多い。戦術関係の知識に関して言えば図書館並みと称されるほどであり、それを生かして第四小隊の副官を務めている。
7:ハンナ
ノリと勢いで生きている少女、エルと非常に相性が良い。エルの思いつきに悪のりして被害を拡大させることに定評がある。MSの操縦も直感に頼りがちであり、姉妹の中ではほぼ真ん中の実力と評価されている。実は反応速度とセンスそのものは姉妹でも最高であるため、真面目に訓練に取り組めばデルを越える能力を十分持っている。一方でデルが姉妹の最高戦力である事を己の拠り所としていることを無自覚に察しており、それを奪わないために無意識下で訓練を忌避している。第一小隊の部隊員で、戦場ではエルの僚機を務める。
8:イーザ
脳筋、大抵のことは努力(運動量)と根性(運動量)で解決出来ると本気で信じている。普段の行いのためか、反射神経に優れ、機体操縦にもそれが現れている。一方で理論的な部分は壊滅的なため、機体動作が直感に頼りがちなのでデルには劣る。サイコミュとの親和性は高いのだが、前述の通り論理的な部分の理解力が乏しいため総合的には平凡な位置に落ち着いている。運動好きで若干鈍い所があるためアルーシャの天敵。また食欲に忠実なためフリーダには絶対服従の姿勢を見せる。そのため第三小隊副官を務めているのだが、基本的には突っ込む彼女をフリーダとジェニがフォローするのが基本的な第三小隊のフォーメーションである。
9:ジェニ
天才肌で興味があるものには徹底的に打ち込む反面、興味のないことは全く出来ない。戦闘技術にも露骨に現れており、射撃に関しては姉妹でトップだが、それ以外は壊滅的であるため成績ではいつもミーナと最下位を競っている。サイコミュとの相性も独特で、同時操作数は最も低い1基だが、ビットの操作情報量ではダントツで一位となる。非常に癖の強い人物であるがフリーダと仲が良く、彼女の性質も相まって第三小隊の一員として活躍している。
10:ケイテ
人なつっこい性格で誰とでも仲良くなれる。若干メンタルが幼い部分もあるが、前向きな性格で努力家な所から、姉妹でも取っつきにくいデルマやグリゼルダとも相性が良く、彼女達からも可愛がられている。MSの操縦技能、サイコミュとの親和性共に平凡な域を出ないが一種の天才である2人から訓練を受け続けた結果、凡才の局地とでも表現すべき能力を獲得している。ミーナ曰く、「万能」はケイテを差すとのこと。第二小隊隊員。
11:ミーナ
優等生、堅実な性格で何でも無難にこなすことが出来る。一方で安定を好む性格から自身の能力を低く見積もる癖があり、小さく纏まりがちである。その為姉妹の中では成績が最も低い。本人曰く、「万能」ではなく「器用貧乏」とのこと。ただし戦力的に見ればどんな状況下でも安定したパフォーマンスを提供してくれる上、誰とでも無難に合わせられるというクセの無さから第四小隊の中核を担っている。
12:オティリエ
元々は引っ込み思案な性格で、MS部隊に志願したのも姉妹が皆志願したからという消極的な理由だった。だが選抜にてナディアとソフィーが落選するのを見て、自分が守られる側ではなく守ることが出来る側であるという考えを持ち、訓練に取り組むようになる。直向きで懸命なその姿は姉妹全員から愛されており、第四小隊の小隊長に姉妹から推薦されるほどであった。能力は姉妹の中で中の上と言うところだが能力の伸びが良く、デルに匹敵する存在になるとグリゼから評されている。
13:ナディア
選抜に落ちた姉妹の一人、元々姉妹の中ではサイコミュとの親和性も低く、身体的にも平凡であったため厳しいとは目されていた。落選により一時期塞ぎ込んでいたが、それを見たアデルトルート・フラナガン技術大尉に激励され、戦う以外で姉妹を守ることを誓う。元々アデルトルートに近い資質の持ち主であったらしく、短期間でMSの整備技能を習得、ヴァイスフローレン隊の整備員として活躍している。ちなみに先日アデルトルートと共に新しいMS用構造材を研究中、良く解らないが発光する構造材が出来たらしい。
14:ソフィー
選抜に落ちた姉妹の一人、姉妹の中では唯一ニュータイプとしての能力が発現しておらず、パイロットとしての選抜にも落ちた事から一時期自暴自棄になっていたが、ナディアと共にアデルトルート大尉に激励されたことにより奮起する。しかし同じく落選したナディアが才能を開花させたのを見て、自身が本当に“能なし”であると考えてしまう。落ち込む彼女に気を紛らわさせようとアデルトルートは自室の掃除を頼むが、それが思いがけない彼女の才能開花に繋がる。彼女は事務処理に非凡な才能を有しており、少し見ただけで提出書類の不備を指摘して見せたのである。以後、彼女はアクシズの運営に深く関わっていくこととなる。
因みにその話を聞きつけた某大佐が是非秘書に来てくれないかと声を掛けたが、直接の上司であるハマーン・カーン大尉を通して固辞している。
因みに名前どうしようと友人に相談した所、
友「一人目がLPなんでしょ?じゃあ、都市とか天然とかプロパンとかで良いんじゃね?」
なんてほざかれたので速攻で却下しました。俺、頑張ったよ(努力の方向が迷走中)。