起きたらマ(略)外伝?   作:Reppu

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SSS14:0082航海日誌「帰路」

「良かったんでしょうか?」

 

少しずつ遠ざかっていく赤い星をモニター越しに眺めながら、ショウ・ブルームーン曹長は目の前でコーヒーを飲むテム・レイ大尉に話しかけた。ジュピトリス級輸送船であるホープの食堂は長期航海に伴う船員の体調管理のため重力区画に設けられている。科学の進歩により、幾つかのサプリメントと少量の運動で身体能力の低下は抑えられるが、船員が皆自身の体に気を使える訳では無い。この問題を解決するため強制的に体を動かすためにこのような配置を取っているのだが当初は十分に機能していなかったという、何故ならサプリメントを配合した食事が不味く船員が寄りつかなかったからだ。幸いにしてジオン共和国はこの手の食事に力を入れており直ぐに改善されたため、彼らはその近寄りがたい食堂を経験する事は無かったが。

 

「何がだ?」

 

視線を手元の端末から逸らさずにテム大尉が口を開く。

 

「MSです。地球連邦から独立した組織とは言っても、元々出資していたのは連邦でしょう?そんなところに兵器を供与したら不味いんじゃないですか?」

 

「ショウ曹長、我々が供与したのはMSではない。MWだ」

 

そう答えるテム大尉にショウは口を尖らせて反論した。

 

「一緒でしょう?第一FCSの封印すらしてないじゃないですか」

 

「あれはオプションコントロールシステム。手持ち作業機器のOSだ」

 

「名前が違うだけじゃないですか」

 

そう言い返せば、口の端を歪めてテム大尉はマグカップを机に置き、視線をショウに合わせた。

 

「そういう建前が必要なのさ、大人の世界ではな。お前の不満を当ててやろうか?木星の住人は地球圏の我々に好意的ではない、むしろ敵対的な姿勢が透けて見える。まあ、今までの扱いからすれば無理のないことだがな。そんな連中に武器を渡して反抗されたら厄介だ。そんなところだろう?」

 

その言葉にショウは頷いて見せる。表面上こそ友好的な人物も多く居たが、停泊したコロニー全体から放たれている空気は非常に暗く攻撃的で、半舷上陸の際もショウは自室に籠っていた程だ。多少勘の良い人間であればショウのような能力を持っていなくても十分察することが出来るだろう。そんな彼の様子を見てテム大尉は笑いながら再びマグカップを持ち上げた。

 

「私も政治屋ではないが、世渡りというヤツはそれなりに知っている。その上で言えるとすれば、今ここで彼らを援助するのはリスクも大きいがリターンも大きい。地球人である我々が彼らを信じていると言うアピールと同時に、対等な相手だと認めている宣伝になるからな。その分地球連邦政府は苦しくなるだろうが、そこは今までのツケを払って貰うしか無いだろうさ」

 

軍事転用可能な装備を供与することは、国家間の信頼関係をアピールする上でよく取られる手法だ。この時渡される装備が優秀であればあるほど、その国家を重視しているというパフォーマンスにも繋がる。特にこれまで地球連邦政府が露骨に制約を掛けて来ていた事を考慮すれば、より劇的な影響を期待出来るだろう。

 

「それに、あの男はアレで実に強かだぞ」

 

「強か、ですか?」

 

ショウが聞き返すと、テム大尉は口元にマグカップを運びながら続きを口にした。

 

「供与した機体は全てジオン製、それも動作は流体パルス駆動方式だ。連邦は売り込みたくても方式が違うからな、木星の台所事情からすれば先に売り込んでノウハウを積んだ方式を採用し続ける可能性が高い。まあ、元々低出力のジェネレーターでもトルクの出しやすいこの方式の方が開拓向きであるのだがな、それに」

 

続く言葉を待つショウに対して、意地の悪い大人の顔になったテム大尉は続ける。

 

「この駆動方式は内部容量を食うからな。軍事転用されても、フィールドモーター方式の今後の機体に性能面で追いつくのは厳しい。構造こそインナーフレームを用いているが、それが余計に容積を奪っている。アレを軍用機に再利用しても絶対にこちらの機体を超えられない。食えない男だよ」

 

そう言ってテム大尉はコーヒーを飲み干すと、本格的に端末を操作し始める。木星に到着するまでに都合3機のMSを設計したテム大尉だったが、パプテマス・シロッコ少佐との模擬戦で成績が振るっていなかったからだ。勝率自体は勝ち越しているものの大尉に言わせれば勝利の要因はパイロットの技量差で、むしろ機体で比較すれば大佐がショウに勝てている時点で敗北と同義だと語っていた。研究に熱中する大尉を見ても心理的にささくれない事を理解して、ショウは少しだけ過去の自分を思い出し自嘲する。結局の所、父に自身の理想の父としての振る舞いを求めていた自分もまた子供だったという事だ。そんなことを思いながら何気なしに大尉の端末をのぞき込んだショウは途端に顔を引きつらせた。

 

「た、大尉?コレは何です?」

 

試作三号機、ゲーフュンフからパプテマス少佐達に影響を受けた大尉は、当初拘っていたMSの基本となる人型から乖離を見せ始めていた。サイコミュを用いて同時に6本の腕を操作しろと指示されたときは頭を抱えたが、端末の画面に映されている機体も同じくらい奇天烈な思想で設計されているようだ。

 

「うむ、フュンフの時に操作量が多くサイコミュを補助としただろう?結果機体は大型化し、パイロットへの負担も増えた。そこで今回のアプローチは機能を拡張しつつ、従来のMSに近い操作量、サイズを目指してみたんだ」

 

確かにショウの見る限り、前回のように四肢が幾つも増えていない。しかし。

 

「大尉、足がありません。そして腕が4本あるように見えるのですが?」

 

ショウの言葉に我が意を得たりとばかりに大尉は満面の笑みで答える。

 

「その通り!人類は直立歩行の代償として後ろ足を歩行に最適化させた。だが近種である猿はどうだ?樹上という擬似的な三次元空間へ効率的に順応するために後ろ足にも物体の保持、操作能力を残している。つまり我々と同じ四肢で生活しつつ、より多くの機能を保持していると言うことだ!」

 

「えぇ…」

 

興奮する大尉にショウは少し引いているのだが、そんなことはお構いなしに大尉の高説は止まらない。

 

「AMBACの面からもウエイトバランスが均等化することは三次元機動において有利に運ぶ、どうせ地上では使わんのだから自重に耐える必要も無い。これならば背面装備と同等の機能を保持しつつ操作量の増大を最小限に抑えられるし、モーションデータの流用も利くからサイコミュを搭載する必要も無い。やはり兵器は誰が使っても想定した性能を発揮しなくてはな!」

 

ならいっそ、この不細工なMSのパイロットから自分を外して欲しい。とは、口が裂けても言えないショウは密かに溜息を吐く。宇宙へと進出した人類のたどり着いた結論がサルへの回帰だと聞いたら、人類進化を学ぶ学者達はどう思うだろうなどと余計なことを考えながら。

 

 

 

 

「ちゃうねん」

 

「何も言っておりませんが?」

 

誤解を解くべく口にした言葉は、しかし彼女には届かなかった。事の発端は帰路のスケジュールに対する本国からの返信に添付されていたビデオメールだった。心の弱い人ならそれだけで殺せそうな表情を浮かべた国防大臣ことスカーフェイスゴリラが淡々と俺の結婚観について苦言を呈しているという物だったのだが、ぶっちゃけ要約するとミネバはやらんぞ!という事だった。いや、貰おうなんて微塵も思ってないですけど。つかそこは妹は嫁にやらんじゃねえの?と首を傾げていたら、気を利かせた元海兵隊の方が教えてくれました。

 

「大佐ってペドフィリアだったんですね!」

 

実は私もなんですとか衝撃的なカミングアウトは流しつつ、俺は激怒で答えたさ。どこから出てきたんだよその設定!?広めたヤツと法廷で争うことも辞さんぞ!?ってね。そしたら、

 

「へ?中佐が本国にそう伝えてましたよ?結婚するなら幼妻が良いって木星公社代表を仲間に取り込もうと説得してたって」

 

ガッデムッ!

そして冒頭に至ると言った次第である。

 

「その、中佐。色々と誤解があるようだが…」

 

そう切り出す俺を見ようともせず、端末に目を落とし続けるシーマ・ガラハウ中佐。なんだろう、戦争中に説教された時より今の方が危機的状況だと俺の勘が告げている。どう言うべきか考えていると、妙に優しい顔になった中佐が口を開いた。

 

「別に大佐がペドフィリアでも私は構いませんよ。指揮官としての実力は信頼しておりますから。まあ、今後子供達との接触については色々と処置しますが」

 

「処置?」

 

「半径3m以内に近づいたら切り落とします」

 

何処をだよ、いや、何処でも怖ええよ!嫌だよ!?

 

「だから誤解だ。私はペドフィリアでは無いよ中佐」

 

「容疑者がどれだけ無実を供述しても、物的証拠の前には無力ですよ、大佐?」

 

アルカイックスマイルを浮かべながら微塵も容赦の無い言葉を投げつけて来る中佐。うん、これは時間の掛かる案件だな。問題は時間が掛かっても解決出来るかは解らん所だが。

 

「最早犯罪者扱いか。了解した、幸いまだ一年以上あるんだ、ゆっくり誤解は解かせて貰うとも」

 

「期待しておきます。ああ、先ほどの処置の件は既に連絡済みですから注意して下さいね?」

 

俺はこの航海を無事乗り切ることが出来るのだろうか。遠ざかりつつある木星を眺めながら、前途の多難さに。早くも俺の心は挫けそうだった。


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