東方蒼朧天   作:陣禅 祀

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少年の目覚めと北斗の影

ーーーどれほど眠っていたのだろうか。

光が眩しい。

眩しさを堪えて重い瞼を上げる。

そこには、母に良く似た、しかし確かに別人と確信できる女性の顔があった。

 

「…あな…た…は…?」

喉が痛い。声が掠れて途切れ途切れにしかでない。

しかし、自分の声を認識した途端、女性の顔が綻んだ。

 

『初めまして、葵。私は蒼、貴方の先祖です』

 

蒼という名、先祖…

朦朧とした頭で考える。

そして辿り着いたのは、「天原」の始祖。

天原の始まりにして最強と伝えられる伝説の陰陽師。

 

「あま…はら……そう…?!」

衝撃的な結論に至り、多少頭が冴えてきた。

 

『そう、その通り。貴方が呪われる要因を作った者であり、貴方を心配する資格すら持たない者。』

 

「わた…し……ぼく…は…!」

そんなことなど些細な事象に過ぎない。

私に…僕にとって、家族、一族は枷でしかなかったのに。

例え奴等に殺されようと、母が無事ならなんでも良かった。

例えあのまま鬼となっていても良かった。母が無事ならば。

 

『いや、言わなくていい』

『わかっている。貴方が生まれてからずっと見守っていたから』

『貴方の母を想う気持ちも…』

 

「ならば…奴等に思い知らせるまで…」

「母を、(あお)母様(かかさま)を…虐げたあの屑共に…」

知らぬ内にまともに声が出ていたが、その声は震えていた。

 

『やめておきなさい』

『今の貴方では北斗星君に呑まれるだけです』

 

「天原流陰陽道・北斗…ですか」

貪狼巨門禄存文曲廉貞武曲破軍…そして北斗星君…

北斗の星を宿し、その化身さえもその身に宿す天原の禁術。死をも統べるというその術は、呑まれれば死の化身である北斗星君と化し、禍と死を撒き散らすという。

 

『そう呼ばれているのですか、あれは…』

『あれを本当の意味で習得するには死の淵を歩く必要があり、そして憎しみや哀しみ、それに附随する怒りを捨て去る必要がある。今の貴方には絶対に無理でしょう』

 

「だが、私は…!」

煮えたぎる、憎悪。沸き上がる、殺意。

自分が自分でなくなるような、巨大な黒い感情。

忌々しい。忌々しい。忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌々しい忌『私の眼を見なさい、葵ッ!』

 

暗く濁った私の目に映る、金色の燐光を放つ、黒くて蒼い、美しい瞳。

一点の曇もなく、澄み切った両の目を見て、私は、私を保てなくなった。

情けなくも、この年になって大人の腕の中で咽び泣いてしまった。

 

『…今は泣くといい。私は貴方の家族でもあるのだから…』

 

 

ーAfter dayー

 

「…あれから3日…僕は…何時になれば母様(かかさま)をあいつらから助け出せるのだろうか…」

退院して博麗神社に引き取られ、居候させてもらい始めて二日経った。一刻も早く母を助けたいというのに、何もできない、させてもらえない。

思わず境内にある木の1本を殴り付ける。

 

『貴様にはまだその資格は無いと蒼も言っておろうが』

突如聞こえる、耳に覚えのある声。

 

「ッ!?」

「貴様…あの時の声の主か…?!」

 

『そうだが?』

 

「貴様…私の何だと言うんだ」

私の中に渦巻く黒い感情が、着崩した狩衣のような服を着た蒼い鬼を標的に定めた。

 

『何でもない。ただの…神落ちさ』

何でもない。その言葉を聞いて、私の理性は黒い感情の濁流に呑まれた。

 

「ならば…ならば…『俺』の目の前から消えろォォォォォォォォォッ!!!!」

憎悪に染まった『()』の右手に、暗く紅い光が灯り、それは集束して一枚の札…カードとなる。

 

「北斗・貪狼『我歯現乱』ッッ!」

カードは消失し、俺の体が変質する。

それは狼のようであり、しかし人狼とはかけ離れた姿…

どちらかと言えば餓鬼に近かろう。

髪は伸び、柴犬や狼の耳のような大きな跳ねができる。

爪は伸び、変質して鋼のようになり、鋭く尖る。

瞳は憎悪と怒りに濁って光を失い、餓えた狼のごとく目の前の「標的」を睨み付ける。

 

「キエロ…クイチラス…コロス…」

段々とその呟きには殺意が籠り、ついに吼える。

 

「ガルァァァァァァァァァァァァァッ」

この直後から、俺の意識は途絶えた。

 

 

宿星に呑まれし者・天原葵 VS 幸と禍の化身・冠那岐

 

 

 

ーーーまだ声をかける頃合いではなかったか。

立ち直らせるどころか悪化させてしまった…

じゃが、儂とて大人じゃ。子供の暴走を止めてやるのも役目じゃろうて…

 

吼えた葵が、暗き燐光を身体に纏って突進してくる。

 

『世話の焼ける(わっぱ)じゃのう…』

頭を掴んで地面に叩きつける。

その衝撃は地を割り、陥没させた。

 

「がるぁああぁぁぁ…」

しかしそんなことでは怯まずに、直ぐ様起き上がってくる。

 

『…なぁ、蒼。お前なんとかできぬかい?』

 

『(無理です。貪狼星に呑まれた者を正気に戻す術は持ち合わせておりません)』

 

『そうかい…ならとりあえず意識をすっ飛ばしてやるとするかのぅ』

技のひとつを使おうとした瞬間、光が集束して札が生まれた。

 

『ほう、これが此処での規則か…技は札にし、決闘に用いる種類や回数を制限する…といったところか?今回は数の括りは無視させて貰うがの』

得てして、札が消える。

 

『鉄槌「金剛雷撃」』

手中に現れるは、雷を纏いし両手鎚。それを片手でとりなし、向かってきた葵の頭目掛けて振り下ろす。

そして鎚が地面に触れた瞬間、前方一里が、電撃とも衝撃波ともつかぬものによって消し飛…ばなかった。

蒼が張った結界により、被害は境内の地面が幾分削れただけに留まった。

 

『おっと、危うく此処を消し飛ばすところじゃった』

 

『(全く…私が結界を張らねばあの妖怪との契りが意味を成さなくなっていたではありませんか)』

 

『すまんの。さて…まだ止まらんのかね、此奴は。』

 

『(残念ながら)』

 

土煙の中、起き上がる影を見て溜め息をつく。

はてさて、どうしたものか。

 

『吉祥「卍」』

また新たに生まれた札を使用し、(スペル)を発動させる。

葵の足許に卍の字が刻まれ、そこから光が溢れ出す。

邪悪を祓う、聖なる光により、貪狼の邪気が葵の身体から消し飛び、動かす意思が消失した葵の身体は糸が切れた人形の如く崩れ落ちた。

 

『…のぅ、駄目元で浄化呪印放ったら普通に祓えたんじゃが…?』

 

『(…まさか貪狼が祓える存在だとは思っていなかったもので…) 』

 

『ふ…まぁ良い良い…今回は大した被害も出なかったしの』

と言いながら後ろを見ると、霊夢がわなわなと震えていた。

 

「あ…あ…あんたらぁ…」

「今すぐそこ元の通りに戻しなさいよぉぉぉぉッ!」

大声で叫ばれた。うむ、五月蝿い。

この娘はすこぶる五月蝿い。仕方がない、直すか。

霊力で消し飛んだ土を集め、押し固めて元の通りのしっかりした地面に戻す。

あー、手間がかかるのぅ…

ーー数分後には元通りであったが。

 

 

「ねぇ、ちょっとした疑問なんだけど」

 

『む?なんじゃ』

 

「なんであんたたちって運命共同体みたいなことしてるの?」

「どちらかが一方的に身体を奪うことも出来ないことはないんでしょう?」

 

『簡単なことじゃよ…儂には力がある』

『蒼の奴には知識がある』

『どちらにとってもどちらかを失うことが勿体無く思えての』

 

「だから器がひとつしかないし一緒にいると?」

 

『その通り。くかか、やはり察しはいいのぅ』

 

「何よ察しはって!」

 

『あんまり勘が良いと男が逃げるぞぃ~』

 

「~~~~!」

「余計なお世話よ!」

顔を真っ赤にして立ち上がり、縁側から去る霊夢。

その後ろ姿を見送り、ふと思う。

 

そういえば葵は随分と母親に御執心だが、その理由は何だったのだろうか。

彼女は確か天原の生まれじゃったし、虐げられる要素等微塵も無かったはずなのだが。

無論葵に他の親族が1歩引いた位置から接していて、母親にしか愛情を注がれなかったのは知っているが、そこまで一族を恨むようなことではなかったはず。

…となると、儂や蒼が見ていなかった時のこと…か。

…はて、そんな時があったかのぅ……?

 

『(ありましたよ)』

何時じゃ?

『(百鬼夜行に襲撃を受けた時等です)』

成程。それは儂も祠を守るために意識が向いておったな。

 

『(確かに襲撃後の碧は酷く消耗してボロボロでしたのに、他の一族の者は殆ど傷を負っておりませんでした。というか、最近襲撃された際に最も傷付いていたのは殆どが碧でしたね)』

言われてみれば確かに…防護結界を任されているようじゃの。

 

『(…とすれば葵があのような感情を抱いても仕方のないことだと思えないこともないですが…)』

ふむ、まぁここまでで打ち止めとしておこう。あとは本人に確認すれば済むことじゃ。

 

『(そうですね)』

 

ー夕刻ー

 

目覚めた葵がまず口にしたのは、冠那岐と蒼に対する謝罪であった。

 

「申し訳ありませんでしたっ…」

「私が未熟なばかりに貪狼に呑まれてしまい、この上無い迷惑をお掛けしてしまって、本当に、本当に申し訳ありません」

貪狼と同化したことで伸びた髪はそのままで、その髪を結って結んでひとつにまとめ、横に垂らしている。

着ていた服も冠那岐の攻撃によって焼け焦げ、ボロボロになったので今は白い着物を纏っている。

元々中性的な顔立ちと華奢な体躯のため、少女と見紛うような容姿である。

しかし、その頭は畳に擦り付けるように下げられ、下げられて伺えぬ顔には後悔と

 

『くかか、良い良い』

『焦る気持ちもわからんでも無いからのぅ』

『…お前の母親は陰陽師の中でも特異な存在…結界士じゃろ?』

 

「…!」

 

『強固な結界を張る代償に己の命を削るという性質上、元々弱い身体であるのに、親族は大した気遣いもせず呆けておった、そうじゃろ?』

 

「…そうです。母は…襲撃の度に死線をさ迷っていました。しかし親族は毎度快復してしまえばまた結界を任せるばかり、母は…もう既に限界なのです」

 

『…成程な』

『じゃがあと一週間、静養せい』


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