ゼロの使い魔―荒野の刃獣譚―   作:神仁

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テンプレ?――お約束です。


第三節――青銅切り裂く刃――

 

魔法学院――ヴェストリの広場。

 

「諸君、決闘だっ!!!」

 

「「「ウオォォーーッ!!!」」」

 

少年、ギーシュ・ド・グラモンの宣誓によって周囲は大いに盛り上がる。

 

ギーシュと平民の使い魔が決闘をする――。

その噂は瞬く間に広まっていった。

 

もっとも、それはギーシュが仲間を使って意図的に広めさせたものだ。

 

最初は噂によって、決闘相手が逃げられなくするためだったのだが――。

 

只でさえ学院生には娯楽が少ない。

噂が広まるのに時間は掛からなかった。

それに人間が使い魔として召喚されたという異例の出来事も、噂に拍車を掛けた要因であろう。

 

食堂に居た生徒は勿論、学院に滞在する生徒の半数近くが集まって来ていた。

 

「悪いな、通らせて貰うぜ」

 

暫くして、そんな生徒の垣根が割れるように開いていく――そこには燃えるような赤毛に、赤い刺青の様な線が顔に描かれた青年――噂の渦中の異邦人、アッシュの姿があった。

 

尚、彼のトレードマークとも言える焼け焦げた防弾コートは、ルイズを爆発から庇った際に輪を掛けてボロボロになった為に着用しておらず、今は藍色のバトルスーツに身を包んでいるのみ。

 

「よく来たね。逃げずに来たことは誉めてあげようじゃないか!」

 

「逃げる理由も無いしな」

 

「減らず口だけは一人前みたいだね、使い魔君……ま、直ぐにそんな口は叩けなくなるだろうがね」

 

(しかし、集まりも集まったり――だな。やはり貴族には娯楽が少ないんだな……)

 

気障ったらしく前髪を掻き上げるギーシュを後目に、アッシュはそんなことを考えていた。

 

実際、上級生下級生を問わずに多くの人間がこの場に詰め寄せているのは確かだ。

 

もっとも、その大半は怖いもの見たさ――貴族に楯突いた平民の使い魔の公開処刑を御所望なわけだが。

 

「ちょっと、待ちなさいよっ!!」

 

そんなアッシュの後を慌てて追いかけてきた少女が一人――彼女がアッシュの使い魔としての主人、ルイズその人である。

 

「まだ止めるつもりか?――ルイズ」

 

「やぁ、ルイズ。今から躾のなってない君の使い魔を、代わりに躾てあげようとしていたところさ」

 

「あ、当たり前でしょ!?ギーシュも止めなさいよ!!貴族同士の決闘は禁じられてる筈でしょう!?」

 

「確かに――だが、それは貴族同士の話だ。貴族と使い魔の決闘は禁じられていないよ」

 

「詭弁よそれはっ!!」

 

ルイズは決闘を止めに来た。

アッシュは見ていろと言ったが、ルイズにそれは出来なかった。

 

最初は頭の可笑しい平民だと思っていた。

しかし、アッシュは一から十まで真実を語り――自分をさらけ出してくれた。

使い魔の契約を、嫌な顔をせずに受け入れてくれた。

 

――当たり前のように、自分を危険から守ってくれた。

 

ルイズはそのことが嬉しかったし、感謝もしていた。

自身の魔法に対して、新しい指針を示してくれたことも。

 

アッシュが変身しなくてもそれなり以上に動けるだろうことは、何度か庇われたルイズにも分かっていた。

 

しかし、それでもメイジに勝てるとは思っていなかった――。

 

相手のギーシュは確かにメイジの中では最下位のドットメイジだが、その中でも比較的優秀な部類だ。

 

それだけ、メイジと平民の間には絶対的な差がある――というのが、一般的な見解である。

 

『メイジ殺し』という、腕の立つ平民が存在することはルイズも知っている。

しかし、アッシュがそういう存在と同格とは思わなかった――。

 

……どうせ決闘するなら変身してからにして欲しい――という願望が無かったワケではないが……アッシュの事情を知っているだけに言葉にするのは憚られた。

 

『その程度』にしか、アッシュのことを把握し、理解していなかったのである……。

 

「だがまぁ、君の顔に免じて……使い魔君が先程の暴言を謝罪すると言うのなら、僕も今回のことは水に流そうじゃないか」

 

「成程――まぁ、断るけどな」

 

ギーシュが得意気に放った妥協案を一刀両断にするアッシュ。

 

ギーシュは気障ったらしい表情をヒクつかせた。

 

「生憎、謝罪する理由が見つからないし――俺のご主人サマはどうにも心配性の様だから、心配なんかいらねぇって教えてやらねぇとな……何より、女に当たり散らして憂さを晴らす様な奴に下げる頭は――持ち合わせちゃいねぇんだよ」

 

アッシュはサラトガ繊維で出来たグローブをはめ直しながら、淡々と告げた。

 

(まぁ、仮にそれが『依頼』だったら――物によっては頭を下げるのも吝かじゃねぇけどな)

 

――等と考える辺り、彼は骨の髄までハンターなのであろう……というより、染み付いた習性とも言える。

 

「ーーッ!!もうっ!!勝手にしなさいよ!!どうなっても知らないからねっ!!?」

 

「ああ、じゃあ勝手にさせてもらうぜ」

 

ルイズがぷんすこ怒りながら人垣の辺りまで下がったのを確認したアッシュは、再びギーシュを見遣る。

 

「で?勝負のルールは?」

 

「ル、ルールだと……?」

 

「決闘、とは言ったが……明確な勝利条件と敗北条件はハッキリしていた方が良いと思うが――」

 

「条件なんて決まっている!どちらかが倒れるまで戦うのが決闘というモノだろう?つまり、君が僕に倒されるか、君が敗北を認めるか――二つに一つだ!!」

 

「……成程、把握した」

 

ギーシュの説明を聞き、軽く溜め息を吐いて頷くアッシュ――。

 

「ッ――そんな態度を取れるのも今の内だけさ――!」

 

その態度に業を煮やしたギーシュは、自身の制服の胸に差した薔薇の造花を取り外し一振り――花弁が一枚ヒラリと舞い落ち……やがてそれは劇的な変化を起こし――次の瞬間には意匠の凝った、青銅の戦乙女がそこに在った。

 

「僕の二つ名は『青銅』――青銅のギーシュだ。僕はメイジだから魔法を使う。僕の生み出した『ワルキューレ』が手足となって君のお相手をしよう……まさか卑怯とは言うまいね?」

 

青銅の戦乙女――ギーシュの『錬金』により生み出された細身の鎧騎士――ワルキューレ。

 

ワルキューレを前面に、得意満面なギーシュを後目にアッシュは――目を丸くしていた。

そして感心した様に頷く。

 

「魔法ってのは面白いモンだな……そんなのまで作れるなんてな」

 

「フッ――降参するなら今の内だよ?」

 

「まさか」

 

そう言うなりアッシュは右腕を真っ直ぐに伸ばし、手の甲を下に――クイックイッと手招きをする。

 

「先ずはソイツの力試しだ。俺は此処から動かねぇ……一発、ぶちこんでみな」

 

「ッッ!!!やれぇ!!ワルキューレェッ!!!」

 

その挑発に、ギーシュは激昂――まんまと乗せられる嵌めとなった。

 

ギーシュの指示を受けたワルキューレは、金属鎧特有のガシャカジャという音を響かせながら――人間の戦士も顔負けの速度で突っ込んで行く――。

 

そして宣言通りに動かないアッシュの顔面目掛けて、勢いを付けた右ストレートを見舞った。

 

鈍く響き渡る金属音――微動だにしないアッシュ。

 

「おやおや、もう終わりかい使い魔君?口先の割りには呆気なかったな――ハッハッハッハッ!!」

 

勝ち誇った笑い声を挙げるギーシュ――彼の後ろで観戦している者も、アッシュの後ろで観戦している者も――ギーシュの勝利を疑う者は居なかった。

 

***********

 

(パチンッ)

 

――やぁ、また会ったな。

私の説明(サポート)が必要だろう?

 

では、少し時を遡り――魔法学院の学院長室。

 

そこでは学院長であるオールド・オスマンが、秘書のロングビルにセクハラをするという――君たちにとっては、既に明日の……いや、何度も見聞きした出来事か。

それが行われていた。

 

事は尻を撫でるという、人の子の悪戯みたいなモノだが――老いて益々盛んとは正にこのことかな?

 

使い魔のネズミを使ってまで、スカートの中を覗くとは……過ぎたる欲は身を滅ぼすぞ?

君たちも気を付けることだ。

 

――そこに慌ててやって来たのは、頭が禿げあがっ……おっと、失礼――頭髪が天に召された男が駆け込んでくる。

 

君たちもよく知った人物――ジャン・コルベールその人だ。

 

緊急の用があるという彼に、秘書との戯れを邪魔されて不機嫌だったオスマンも顔色を変えた。

 

ロングビルを退室させて、コルベールの用件を聞くことにしたわけだ。

 

「それで、コルベール君――何をそんなに慌てていたのかね?」

 

「ま、まずはこれを見ていただきたいのです!!」

 

そう言って、コルベールが差し出した物は一冊の本――始祖ブリミルのことを綴った書物であり、ブリミルに付き従った四人の使い魔に関して記された物だった。

 

神の左手ガンダールヴ、神の右手ヴィンダールヴ、神の頭脳ミョズニトニルン――最後の使い魔はその名を口にすることすら憚られるそうな――。

 

ガンダールヴは主にあらゆる『武器』を使いこなし、ヴィンダールヴはあらゆる『獣』を乗りこなし、ミョズニトニルンはあらゆる『知識』を使いこなしたそうだ。

 

最後の使い魔については――おっと済まない。

これは君たちにとっても、つい昨日の出来事だったか――。

 

コルベールが示したのはガンダールヴのページ――その中でも、使い魔のルーンの形について記された部分だ。

 

「ふむ、始祖ブリミルの使い魔に関する記述じゃな?フェニアのライブラリーから借りて来たのか――君が研究熱心なのは知っておったが……君の研究分野とは畑違いではないかの?」

 

「い、いや、そうでは無くてですね!?」

 

コルベールは語る――彼が使い魔召喚の儀を担当した際、生徒の一人であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラヴァリエールが人間の使い魔を召喚、契約した。

この際にその人間――アッシュの左手の甲に浮き出たルーンが、ガンダールヴのルーンにソックリだと。

 

「ふむ……つまり君は、ガンダールヴのルーンに酷似したルーンを持つ青年を目の当たりにし――資料を調べたらそれは一致した、と」

 

「文献を調べていくと、驚くことに始祖ブリミルが使役した使い魔も人であったと示唆する表記が為されておりましたし、これは他に前例の無い大発見ですぞ!!」

 

実際は、武器を使っただの獣を操っただのと記してはあったが、伝説の使い魔達が『人』であった確証はこの時点では存在しない――まぁ、コルベールの推測だ。

 

「じゃがな、コルベール君。仮に君の言う通りだとすれば、その青年の主は虚無の担い手ということにはならんかね?それにガンダールヴとはメイジに在らざる者でありながら、一騎当千の兵(つわもの)と聞く――決めつけるには些か早計では無いかね?」

 

「そ、それはそうですが――……」

 

オスマンの疑問に答える術を、コルベールは持ち合わせていなかった……ただ一つの例外を除いてな。

 

「――ですが、実力という点では……彼のソレは間違いのない物だと思います」

 

「ほう?根拠は何かね?」

 

「……一度、彼と対面したのですが――まるでドラゴンと対峙している様な……そんな錯覚を受けましたな。思いの外、彼が友好的だったので肝を冷やしただけでしたが」

 

「ふむ……君にそこまで言わせるのか……」

 

学院長と一教師、そんな間柄でしかない筈の二人だが、その間には奇妙な信頼感がある――何故かって?

それは君たちにとっては既に昨日の出来事だから、蛇足になってしまうかもしれないが……ただ、一つ言えることは――このオスマン学院長は、見た目や普段の態度では計れない程度には人徳者ということだ。

コレでもう少し清らかな魂の持ち主なら、神の子の一として呼び掛けたい所だが……おっと、また話が逸れてしまったな。

 

「学院長、少々宜しいでしょうか?」

 

「うむ、入りたまえ」

 

扉をノックしてきたのは、退室していたロングビルだ。

 

「どうしたのかね、ロングビル君?」

 

「それが――」

 

ロングビルの説明はこうだ。

 

学院の生徒がヴェストリの広場で決闘騒ぎを起こしており、その騒ぎを聞き付けた教師が止めに入ろうとしたが、周囲の生徒に阻止されたという――そこで、オスマンの指示を仰ぎに来たというわけだ。

 

「……幾ら娯楽に餓えとるとは言え、何とも頭が痛くなる話じゃな……貴族の子弟ともあろう者たちが……いや、貴族の子弟じゃからか……」

 

頭が痛いと態度で示すように、オスマンは頭を抑えて顔をしかめた。

――まぁ、貴族社会にも色々あるのさ。

君たちの時代で言う、モンスターペアレントな親もいるだろうし、それが有力貴族だったなら――オスマンが頭痛を感じるのも理解出来るだろう?

 

「それで……決闘騒ぎを起こしたのは誰なのじゃ?」

 

「はい、どうやらギーシュ・ド・グラモンが騒ぎの張本人らしいのですが――」

 

「……グラモンの小倅か。父親も色々とお盛んな奴じゃったが……やはり、血は争えんということか――それで、相手は誰なんじゃ?」

 

グラモンとは、メイジの名家――その中でも武門として名を馳せる一族だ。

そんな一族の長を名指しで呼び表せる程に、オスマンは年輪を重ねてきたのだろう――オールドの名に偽りは無いということだな。

 

「それが……決闘の相手は人間の使い魔らしいのです」

 

「――!」

 

人間の使い魔など、今現在この学院には一人しかいないわけだ。

伝説の使い魔の疑惑がある男――アッシュがな。

 

オスマンとコルベールは、見極めるチャンスだと思ったようだ――。

 

「いかがいたしますか?中には『眠りの鐘』の使用を願い出ている教師もおりますが……」

 

眠りの鐘とは、読んで字の如く――その音色を聞いた者を眠らせる魔法の鐘だ。

その場しのぎではあろうが、確かに無駄な争いを収めるにはもってこいだろうな。

 

「高々、子供の喧嘩でわざわざ秘宝を使うこともなかろう……放っておく様に」

 

「――畏まりました」

 

貴族の子弟が決闘騒ぎを起こしている……下手をすれば子供の喧嘩を超える問題になりかねない――それはオスマンとて理解しているのだろう。

 

だが、それ以上に『伝説』の真偽を確かめるのが先決と思ったのだろうな。

 

ロングビルに伝言を言付け、残ったオスマンとコルベールは――オスマンの取り出した水晶球に映し出された、いま正にぶつかり合おうとする二人の男の姿を眺めていた――。

と、これが大体の顛末だ――アッシュが、伝説の使い魔なのか否か?

それを確かめる為に傍観――いや、観察か。

ソレをすることを選んだ……その結果は――君たち自身に確かめて貰おうかな。

 

(パチンッ)

 

***********

 

「ハーッハッハッハッハッ!!!」

 

勝ち誇るギーシュの笑い声が広場に木霊する中――。

 

グラリと――。

 

「――こんなモンかよ……期待外れもいいところだぜ」

 

「……は?」

 

それは誰の呟きだったのか――ギーシュの物かも知れないし、観戦している生徒の物だったのかも知れない――。

 

アッシュのため息混じりの言葉と共に、よろめき後ずさる青銅の乙女。

その殴り付けた方の腕が、思い切りひしゃげていた――。

そして、無傷でその場に立っているアッシュの姿……。

 

周囲の者は、理解出来なかった……いや、したくなかったのかも知れない。

 

「まさかとは思うが……コレで全力じゃねぇよな?……コレなら冷血党の雑魚の方がまだマシだぜ」

 

「ぐ、くっ……!!」

 

ギーシュは焦燥を抱いた。

冷めた言葉を紡ぐアッシュに、底知れぬ何かを感じたからだ。

 

(な、何を恐れることがあると言うんだ――相手はただの平民じゃないか!!どうやったか知らないが、マグレはそう何度も続かないと教えてやるっ!!)

 

「君が何を言っているか分からないが――望みとあらば、叶えてやろうじゃないかっ!!!」

 

再び薔薇の造花を振るったギーシュ。

 

二枚、三枚と薔薇の花弁が舞い散り――青銅の戦乙女が数体立ち上がった。その数、四体――先程のワルキューレと違う点は、各々に剣や槍等の武器や、盾が持たされている点である。

 

「もう取り消しは効かないよ――覚悟したまえ!!」

 

「……ハァ」

 

息巻くギーシュに溜め息一つ――アッシュは考える。

 

(相手は武器持ちの金属人形が4体に、腕が壊れた金属人形一体――それにあのギーシュとか言うドットメイジ、か。――参ったな……ちっとも昂らねぇ)

 

アッシュは獣の因子を遺伝子レベルで組み込まれている――故に、仇敵であったグラトノスの呪縛から解き放たれた今でも、強敵との戦いや――戦いその物に対して野性的な精神の昂りを感じてしまう時がある。

 

それを感じないということは、本能的にギーシュとワルキューレの実力を察したと言うワケで――。

 

(アレで全力だってんなら、ハッキリ言って弱い者苛めになっちまうな……となると、武器や変身は論外、か)

 

「まぁ、良い――それならそれなりにやるだけだ」

 

「行けっ!!ワルキューレェッ!!!」

 

ギーシュの指示に従い、腕の壊れたワルキューレが襲い掛かる――その後ろから、武器を持った三体のワルキューレが殺到する。

 

(避けるなり受け止めるなり、好きにすると良い――それが君の最後になるのだからっ!!)

 

腕の壊れたワルキューレを囮に、生じた隙を突こうという作戦だ。

ギーシュとて腐っても武門の生まれ――こうした策の一つや二つは使う。

 

もっとも――。

 

「予想以上に薄い装甲してやがるな」

 

「……な……」

 

如何に策を労しようと、それが空回りしては意味がない。

 

アッシュは、手刀を一振り――青銅の戦乙女を一刀両断にしてみせた。

 

そして返す刀で回し蹴りを叩き込む――鋭い蹴りが真っ二つにした鎧屑ごと、襲い掛かってきたワルキューレに炸裂する。

 

破片を散らしながら大きく吹き飛ぶ三体の乙女――。

 

「――シッ!!」

 

一息に間合いを詰め、五指を獣の鉤爪の如く折り曲げて振るう――それだけで、一体のワルキューレは爪の軌跡を添うように切り裂かれる。

 

そこから更に踏み込み、勢いのままに貫手を打ち込む――。

もう一体のワルキューレが、まるで紙細工の様な脆さで胴体を貫かれた。

 

「フッ!!」

 

そのまま貫手を振り上げ、頭部へと向かって切り裂く。

更にその場で踏み込んだ足を軸に回転――先程よりも加速され、鋭さを増した蹴りを叩き込む――ワルキューレの胴体に一条の線が走ったと思った瞬間、胴体から上半身と下半身が横一文字に擦れていき――そこから亀裂が走り、砕けて崩れた。

 

三体目のワルキューレはダメージを受けながらも何とか体勢を立て直そうとして――。

 

「そらよっ!」

 

懐に飛び込んでいたアッシュが、ワルキューレの頭部を鷲掴みにし、地面に向けて叩き付けられ――地面に埋没……愉快なオブジェと化したのであった。

 

――僅か十数秒の出来事である。

 

「な……あ……え……?」

 

ギーシュは理解が追い付かないと言った表情を浮かべていた――それはギーシュだけでは無く、この場に居る観戦者全てに言えることであろう。

 

周囲を沈黙が支配する――そんな中、アッシュは立ち上がって歩みを進める。

 

「残りはテメェとソイツだけだな……」

 

「っ!?」

 

残されたのは、ギーシュと彼を守る盾を持ったワルキューレのみ。

ギーシュと彼を守るワルキューレに向けて、ゆっくりと歩みを進めるアッシュ。

 

(く、くそ……どうする――どうすれば……!?)

 

ギーシュは思考する――どうすればこの局面を打開出来るのかを――しかし、侮っていた平民の使い魔に圧倒されているという事実がギーシュの判断力を狂わせ、打開策を捻り出す妨げになっていた。

 

そもそも、今のギーシュがワルキューレを同時運用出来る数は5体が限度である。

 

ワルキューレ自体を造り出せるだけの魔力はまだ残っているが、それがアッシュに通用するのか……幾ら焦燥の直中にあるとは言え、疑問に思わざるを得なかった。

 

「……」

 

「く、来るなああぁぁっ!!?」

 

一歩、また一歩と近付くアッシュが……ギーシュには宛ら死神の歩みに見えた。

取り乱し、守りに置いていたワルキューレを突貫させてしまう。

 

ワルキューレはシールドで殴りかかって行くが……。

 

「遅ぇ」

 

斜め前に前傾気味に踏み込み、シールドアタックを回避――そこから屈めた膝を一気に伸ばし、勢いのままに五指を振り上げた。

 

ただ、それだけで最後のワルキューレも鎧屑と化し、崩れてしまう。

 

「さて……」

 

「う、あ……」

 

再び歩みを進めるアッシュを、最早ギーシュは呆然と見やるしか出来なかった。

 

「確か、どちらかが倒れるまで戦うのが決闘――だったよな?」

 

「……っ!!」

 

眼前にまで歩み寄ってきたアッシュの言葉に、ギーシュは戦慄を覚えた。

確かに決闘を始める前に、ギーシュはそんなことを言っていた。

 

「お前が言い出したことだ……悪く思うなよ」

 

アッシュは拳を握り込む――尋常じゃないその膂力を、ギーシュに叩き込む気なのだ。

 

それを悟ったギーシュは思わず後ずさった。貴族の誇りを謳いはしたが、幾ら代々軍人の家系に生まれたとは言え、実戦など殆ど経験したことの無いギーシュにとって、命の危機などという物は縁遠いものであった。

 

「――歯ぁ、食いしばれぇっ!!!」

 

「う、うわああああぁぁっ!!?」

 

襲い掛かるアッシュを見て、その場にへたり込み腕で己を庇うギーシュ――そんな行為は、無意味だと理解しているのに。

 

「っ!!そ、それ以上は駄目よ、アッシュッ!!?」

 

咄嗟にアッシュを呼び止めたルイズ。

青銅で出来たワルキューレをボロ雑巾にしてみせたアッシュだ……そんなアッシュの拳をギーシュに叩き付けたら、ギーシュが素敵に不快なミンチに化けてしまうと、ルイズにも理解出来たのだろう。

 

しかしルイズの言葉も虚しく、アッシュの膂力がこれでもかと込められた漢気溢れる拳はギーシュへと振り下ろされ――。

 

「ひぃっ!?」

 

――たが、それはギーシュを避けて彼の背後の地面へと炸裂。

 

地面は砕け、弾け、陥没――小規模なクレーターが生まれた。

中心地に居た彼らに、ダメージらしいダメージは無かったが――。

 

「――まだ、やるか?」

 

額がくっつく程に密着しながら、アッシュはギーシュに尋ねた。

半ば抱き合う様な形にも見える為、一部の女子生徒から黄色い声が上がったがそこは割愛する。

 

「……ま、参った……」

 

腰が抜けた様に、更にへたり込んだギーシュを見てからアッシュは立ち上がった。

 

「アッシュッ!!!」

 

そこに駆け付けて来たルイズを見やり、アッシュはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「よぉ、ちゃんと『見てた』かよ――ご主人サマ?」

 

「う、そ、それは……」

 

ルイズはバツが悪そうに言い澱む。

ルイズ自身、アッシュを侮っていた部分があるのは事実である故に。

 

「……確か、使い魔の実力がそのままメイジの格に繋がる――だったよな?」

 

「うぇ?そ、そうだけど……ア、アッシュ?」

 

ルイズは、アッシュの顔を見て唐突な不安に駆られた。

――アッシュの笑みが、悪戯好きの子供の様に見えたからだ――実際には僅かに口端を吊り上げただけの変化だが。

 

――その不安は確信に変わる。

 

「――コレが、お前らがゼロと呼んでいたメイジの――使い魔の実力だっ!!俺の主人への文句は、俺が聞いてやる!!文句のある奴は掛かって来やがれ――いつでも相手をしてやるぜっ!!!」

 

その言葉に、周囲の観衆のどよめきが一瞬静まり――怒濤になって押し寄せてきた。

 

単純に歓声を上げる者、平民の使い魔の分際でと怒声を上げる者、感嘆の声を洩らす者もいた。

 

近くにいたルイズも呆然、である。

 

「――まぁ、コレで鬱陶しい視線も幾らかマシになるだろ」

 

「な、なななな、何を言い出すのよアンタわあぁぁぁっ!!?」

 

「何って……言った通りなんだが」

 

正気に戻ったルイズが、アワアワとしながら問い詰めるが……アッシュは何処吹く風、あっけらかんとしたモノだ。

 

「……お前も、いつまでも腰抜かしてねぇで立てよ――ホラ」

 

「む、無茶を言わないでくれたまえ……」

 

ずっと座り込んだままのギーシュの腕を掴み、立ち上がらせる。

フラフラとはしているが肉体的なダメージは無いので、何だかんだ言いながらギーシュは立ち上がったワケだが。

 

「……僕はアレだけ息巻いておきながら、君に負けてしまった」

 

「そうだな。正直、期待外れだったぜ」

 

「ぐっ、ハッキリと言ってくれるじゃないか「だが、まぁ」……?」

 

「決闘を挑む根性がある分、俺の知り合いの坊っちゃんに比べたら100倍マシだけどな」

 

アッシュは、ギーシュをその容姿から一応の友人――ホアキン・スクータロと重ねて見ていた。

 

ホアキンは『ワラ』という村の長の息子である。

性格はギーシュに近い性質であるが、その本質に誇りというモノは持ち合わせていない。

 

それはワラと確執がある『シエルタの町』のトップ――ギンスキー家に対する裏工作等からも伺える。

ギンスキー家とは家同士の、また個人的な確執から抱く感情に動かされての裏工作であったか……その方法とは、アッシュにメロン型のバイオモンスターの種を運ばせて、シエルタの町で工作員に育てさせるというモノだった。

 

……シエルタはその名の由来となったシェルターに守られた場所であるが、その恩恵を受けているのは特権階級であるギンスキー一族と、それに仕える兵士や使用人等の限られた者のみであり、一般の町人に当たる者たちはシェルターの外壁側に暮らしている――そうなるに至った理由はあるが、そこは割愛する。

 

幾らバイオモンスターとは言え植物、土が無ければ成長なんてするはずもなく――シェルター内に基本的に土は無く、あってもシェルター最深部に建てられたギンスキー邸に存在する程度。

当たり前だが、そこに至るには警備が厳重過ぎる――村長の息子程度が出す報酬で、命懸けの潜入などする酔狂な奴など居ないわけで……。

 

要するに、シェルター外部の――何の罪もない一般市民に被害を出す結果になるだけで、肝心のギンスキー家は毛ほども痛くないという。

 

ホアキンはそれを知ってか知らずか――いずれにせよ、無駄なことであるのを自覚していながら裏工作を行い悦に入っている――。

 

自分で立ち向かう根性も無く、流されやすく、陰湿。

強い者には弱く、弱い者には強いという典型みたいな奴。

 

故に、アッシュを弱者と思っていたとは言え、真っ向から勝負を挑んできたギーシュの方が好感が持てるのも道理というモノであろう。

 

――尚、評価はイマイチだが、アッシュ自身はホアキンのことが嫌いではない。

 

「……まぁ、女二人に手酷くフラレた腹いせに立場の弱い女に当たり散らしたのは……褒められたことじゃねーがな。俺がお前を似非フェミニスト呼ばわりしたのは、そういう理由があるんだぜ?」

 

「ぐ、ぐぬ……それは、メイドの彼女には……悪いことをしたと思っているがね……状況的に、引っ込みが着かなくなってしまったんだよ……」

 

「悪いと思ってんなら謝れ。貴族だ平民だのじゃねぇ……女を蝶に例えて、テメェを花に見立てているんなら、平等に接してやれよ……花は蝶の選り好みなんかしないんだぜ?」

 

「うぐ……」

 

ギーシュは押し黙る――平民貴族問わず、女性は丁重に扱おうというのがポリシーである故に。

 

確かにタイミングが悪かったとは言え、シエスタがしたことは善意でのことである。

結果としてギーシュに不利益が生じはしたが、結局は自業自得――権力の差を笠に着て、公衆の面前で辱しめを与えるなど狭量を通り越して理不尽である。

 

「――確かに、君の言う通りだ。メイドの彼女が悪いんじゃない……モンモラシーもケティも、僕という薔薇に吸い寄せられてしまった蝶で……傷付けたのは、僕なんだな……」

 

「……ソイツらが、お前の二股相手か。そっちはどう蹴りを付ける気か知らんが、そっちも誠心誠意謝っておくんだな――シエスタにもちゃんと謝っておけよ?」

 

「……ああ、分かったよ」

 

「じゃあ、俺が言うことはもうねぇよ……じゃあな」

 

バツの悪そうな笑みを浮かべるギーシュに、アッシュはニッと笑い掛けて背中を向けた。

 

「行くぜ、ルイズ」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいってば!!」

 

その背中を慌てて追い掛けるルイズ――。

そんな二人の歩みを見て再び、観戦していた生徒の輪が割れるように道を開ける中――。

 

「ま、待ってくれ!!最後に聞かせてくれ。使い魔君、君は一体……何者なんだ?」

 

そんなギーシュの疑問の言葉を受けて、アッシュは立ち止まり――振り返った。

 

「言わなかったか?俺はアッシュ――ゼロのルイズの使い魔、だ」

 

それだけ言うと今度こそ、その場を後にしたのであった。

 

***********

 

そして、その様子を見ていたオスマン学院長とコルベールはと言うと――。

 

「――勝ちましたな」

 

「……勝ったのう」

 

「相手が幾らドットメイジとは言え、それを素手で圧倒して退けた彼のあの強さは、間違いなくガンダールヴ!!」

 

「う、むぅ……」

 

暫定伝説を目の当たりにしたコルベールは、年甲斐も無くはしゃいでいる――彼は研究者気質なので、未知のモノに対して純粋に興味をそそられるのであろう。

 

一方の学院長は若干渋面であった。

 

というのも――。

 

「しかしのう……ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなす兵と聞く……武器、使ってないんじゃがのう……」

 

そう、伝承ではあらゆる武器を自在に使いこなしたガンダールヴ。

それに対して、アッシュは武器を使わなかった……使う必要が無かったとも言うが。

 

「そ、それは確かに……しかし人間――の様に示唆される使い魔は始祖ブリミルの伝承にしか登場しませんし、ルーンの一致からしましても……」

 

「うぅむ……」

 

アッシュの実力は分かった――しかし、伝説の使い魔なのかは疑問が生じる結果となった。

 

「このことは王宮に報告するべきでしょうか?」

 

「バカもん。王宮の連中になんぞ知らせたら、伝説などはあっという間に戦争の大義名分にでもされてしまうわい。――そもそも、まだ確証も無いのじゃから良くて保留じゃろ。どのみち報告する気はないがの」

 

「なるほど――分かりました。学院長のお考えに従いましょう……学院長の思慮深さには頭が下がる思いです」

 

コルベールは悟る。

王宮に伝説の使い魔の存在を報告すれば、学院長の言うように戦争の道具、大義名分としてアッシュを利用されるだろう。

 

そうすると必然的に彼の主人であるルイズも、王宮の陰謀に巻き込まれてしまうだろう――オスマンはそれを憂慮しているのだ、と。

 

「煽てたところで何も出んよ?――それはそうと、彼の主人に当たる生徒はどういった者なのかね?」

 

「どういった……ですか?――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、あのラ・ヴァリエール家の息女です。他のどの生徒よりも勤勉で努力家なのですが……それが中々成果に結び付かないと言いますか、何と言いますか……」

 

「うむぅ……」

 

ラ・ヴァリエール公爵家はトリステインで最も力のある貴族の家柄の一つであり、王家の系譜に深々と名を列ねる一族でもある。

つまりルイズは貴族の中でも特に、やんごとなきご令嬢であるということだ。

 

――そんなルイズが虚無の担い手だとしたら、王宮に利用される処の話では無くなるだろう。

 

それを理解した二人は、この件は慎重に調べていこうと話して、今日の所は解散となった。

 

***********

 

「だから、ちょっと待ちなさいってばっ!!!」

 

「何だ、まだ言いたいことがあるのか?」

 

「言いたいことしかないわよっ!!アンタねぇ……あんなこと言って、ただで済むと思ってるワケ!?……良い?アンタが戦ったギーシュはメイジの中でも、一番レベルが低いドットメイジなのよ?」

 

「――自分の使い魔が、そのドットメイジにも負けると思っていたご主人サマは何処の何方だったっけなぁ?」

 

「う……」

 

意地の悪い台詞かも知れねぇが、コレくらい言ってもバチは当たらねぇだろうよ。

それに、だ。

 

「……心配しなくても、俺は負けねぇよ。ルイズの使い魔として働く――それが『契約』だからな。使い魔ってのは、主人を守らなきゃならねぇんだろう?」

 

「う、うぅ……」

 

それに――ルイズの言う様に、もっと強いメイジが居るなら――俺が昂りを感じる様な奴も居るかも知れねぇしな。

……ま、そっちはついでだ。

戦闘狂い(バトルジャンキー)という程に、戦いを求めてるワケじゃねぇからな。

 

「……あ、ありがとう」

 

「あぁ?よく聞こえねーよ。もう一回言ってくれ」

 

「〜〜ッ!!ありがとうって言ったのよッ!!ごご、ご主人様がお礼を言ってあげてるんだから、素直に受け取りなさいよねっ!!!」

 

「クックッ……あぁ、有り難く貰っておくぜ」

 

参ったなぁ……コーラに雰囲気が似ていると思ったが――こうして話をしていると、その違いがよく分かる。

 

確かに似ている部分もあるがルイズの場合、打てば大きく響く鐘というか……ぶっちゃけ面白い。

 

「〜〜ッ!!?」

 

――と、これ以上はヤバいな。

 

「で、この後はどうするんだ?」

 

ルイズが爆発寸前なのを本能的に察知した俺は、話題をすげ替えることにした。

 

……件の爆発魔法を喰らって、また装備をボロボロにされたら敵わないからな。

 

「……この後も授業があるわよ」

 

「じゃあ、調べ物をするならその後だな――で、授業には俺も付き添ったほうが良いのか?」

 

「……別にいいわよ。お披露目は終わったし、授業が終わるまで適当に待機していなさい」

 

ぶすーっとしながら、受け答えするルイズ。

爆発前の燻った火種の様だ……と、思った俺の評価は間違っていない筈だ。

 

だから――。

 

「了解だ」

 

素直に従っておく――まかり間違って燻った火種が再燃したら面倒だからな。

 

「じゃあ、私は授業に行くから――」

 

「あぁ、それじゃ後でな」

 

ルイズは憤慨しているという表情を隠さずに、授業を受ける為に教室へ向かった――。

 

「さて……俺はどうするか――」

 

待機していろと言われたが、ただ突っ立っているのもな――。

今後の為にも、軽くその辺を見て回ろうか?

 

そんなことを考えながら、俺は歩みを進めていった……。

 

***********

 

――筈だったのだが。

 

「俺はお前の戦いぶりに感動したぞっ!!どうしてくれる!?キスしてやろうか?うむ、してやろう!!」

 

「……勘弁してくれ」

 

現在、オッサンに絶賛抱き着かれ中である……どうしてこうなった?

 

ここに到る経緯を鑑みるならば、学院内を散策していた俺をシエスタが見つけたことから始まる。

 

『ア、アッシュさん!!』

 

『シエスタか……しっかり見ていたか?』

 

『は、はい……凄かったです!……なんだか、勇気が貰えたような……上手く言えないけど……アッシュさんのお陰で、私も前を向かなきゃって――』

 

『――そうか』

 

シエスタが元気付いてくれたなら万々歳だ。

その日向の様な――あの子に良く似た笑顔から曇りを取り除けたなら、俺は満足だ。

 

それで、だ。

 

シエスタの他にも、どうやら食堂で働いていた奴等が観戦していたらしく、シエスタから事の経緯を聞いていたその連中が俺に会いたいと言っているそうだ。

 

特に食堂の料理長が関心を示しているらしく、俺の勝利を労いたいらしい。

 

シエスタ曰く、平民が貴族に勝ち、しかも無事に後腐れなく決着が着くってのはかなりの偉業なんだそうだ。

 

――その辺は今回戦り合ったギーシュの人格って奴だろうがな。

半ばビビっていたとは言え、負けを素直に認めて自分の間違いを認めた――悪ぃ奴じゃねぇんだろうさ。

 

質の悪い奴なら、負けを認めないばかりか……しつこく絡んで来そうだしな。

貴族と平民ってのは、本来それほどの差があるんだろーよ――身分とか能力とか、そういう部分でな。

 

……まぁ、あまりにウゼェ奴だったら――ソレなりの対応をするつもりだけどな。

 

さておき。

 

俺もアレだけ美味いメシを作る奴には興味があったので、その誘いには快く応じた。

で、シエスタの案内を受けて再びアルヴィースの食堂にやって来た俺は、恰幅の良いオッサンに抱き着かれて――今に到るというワケだ。

 

「マルトーのオッサンよ……俺にそっちの趣味はねぇぞ?」

 

「ハッハッハッ!!安心しろ、俺もだ!しかし、それくらいお前は凄いことをしたってことだ!『我らが刃』!!」

 

「『我らが刃』――って、なんだそれ?」

 

「お前の戦いっぷりを見てな、まるで刃の様だと思ってな!!まぁ、何が何やら分からない内に鎧共を真っ二つの細切れだったから、なんとなくな!!」

 

興奮したマルトーの言葉は上手く要領を得ないが、なんとなく言いたいことは分かった――しかし。

 

「『刃(ブレード)』、ね」

 

確かにギーシュとの決闘の時、ブレードトゥースになった時の戦い方を真似てやってみたがな――。

 

……なんかの皮肉かこれは?

 

だがまぁ、ただ賞賛してくれているだけの様だし――。

 

「――そこまで凄いことをしたつもりは、ねぇんだがな」

 

「かぁ〜ッ!!謙虚だねぇ!!その傲らない姿勢は、俺らも見習わなきゃならねぇな!!」

 

……本当に、そこまでのことをしたつもりは無いんだけどな……。

 

「お前らっ!!コレが本当の達人って奴だ!!良いか、達人は傲らないっ!!!」

 

「「「達人は傲らないッッ!!!!」」」

 

なんつーか……ハッピー教の連中を思い起こしちまう様な連帯感だな……あそこまで狂信的なアレじゃねぇが――むしろ……。

 

「なぁ……コイツらって、何時もこんな感じか……?」

 

「あ、あははは……」

 

……そこは否定してくれシエスタ。

 

まぁ、こういう奴らは嫌いじゃねぇけどな。

 

「俺に言わせりゃあ、あんだけ美味いメシを作るアンタらの方がよっぽどスゲェと思うぜ?」

 

「そう言ってくれるか!!我らが刃!!嬉しいじゃねぇか!!……貴族の坊っちゃん嬢ちゃん共は、それが当たり前とでも言う様に飯を喰い散らかして、ちっとも有り難みを感じようとしねぇ!!――俺らに感謝しろとか言うつもりはねぇぞ?だがよ、作られた料理に対して――その材料になった食材に対しての感謝を、忘れちゃならねぇと俺は言いたいのさ」

 

幾ら貴族のメイジ様が凄くても、命を生み出すことは出来ねぇ――その命を喰らって生きている以上、その命を粗末に扱うんじゃねぇ――と、マルトーは言いたいらしい。

 

「確かにな。俺のところじゃマトモな食糧なんて貴重だったからな――正直、此処に来て貴族連中の細やかな糧とやらを見て――正気を疑ったぜ」

 

場所に拠っちゃあ、食べ掛けのチューインガムですら売っていた世界だからな――ノアの暴走に因ってバイオモンスターが産み出されて、皮肉にもそれが飢えを凌ぐ一助にはなっちゃあいたが……それでもマトモな食糧に対する羨望は、抑えきれなかったってことだろうさ――。

 

だからこそ、見た目簡素なパンやスープですら美味く作るコイツらの料理を――適当に食い散らかす貴族連中には呆れしか覚えねぇ。

なんだかんだとルイズは言っていたが……やはり、自分の子孫たちがこんな体たらくでは始祖ブリミルとやらも、草葉の陰で泣いているだろーぜ。

 

「分かってくれるか!!流石は我らが刃!!俺は益々お前が気に入ってしまったぞ!!よし、キスしてやろう!!」

 

「遠慮するぜ」

 

再び抱擁を迫ってくるマルトーを軽く躱す――というか、さっきの抱擁も振りほどけたんだが――単純な好意の表れらしいから敢えて甘んじていたワケだが――暑苦しいオッサンに何度も抱き締められて喜ぶ様な性癖なんざ、俺は持ち合わせちゃいねぇ。

 

「よしっ!!今日は我らが刃の勝利を祝して、無礼講と行こう!!お前らっ、存分に騒ぐぞっ!!」

 

「「「「ウオォォォォォーーーッッ!!!!」」」」

 

「……良いのか、アレ?」

 

「ああ見えても、みんな弁えていると思いますし、このあとに仕事もあるから……大丈夫だと思いますよ?」

 

「そうなの……か?」

 

「多分……」

 

自信無さげに語りながら、楽しげな笑みを浮かべるシエスタを見て、俺も笑みを浮かべる。

まぁ、バカ騒ぎも良いモンだ――アイツらとの約束を思い出して、少しだけしんみりしちまったが……今はこのバカ騒ぎを楽しむとするか。

 

***********

 

その後、祝勝会と称して酒や料理を振る舞われた。

 

俺からすれば上等過ぎるそれらの料理や酒は、実に美味く……少し感動しちまった。

 

酒はシエスタの故郷――タルブ村で作られている有名なワインだそうだ。

ワインは俺も飲んだことがあるが、以前飲んだ物は酸っぱいだけと言うか、妙な酸味があってハッキリ言って美味くなかった。

だが、このワインは酸味こそあるが味に深みがあるというか、ドッシリ芯が強いというか――語録に乏しい自分が悲しくなるが――とにかく美味いと思った。

 

そう言ったら、シエスタは本当に嬉しそうに微笑んだ――。

 

曰く、自分の村のワインが褒められたら、自分の村が――村の人たちが褒められたみたいで嬉しい……そうだ。

 

料理に関しては言わずもがな――生徒に出す物に比べたら豪華では無いが、その美味さは変わらなかった。

 

――そう言ったら、マルトーの奴は感極まったのか、娘を嫁に貰ってくれとか言い出した。

 

……シセの親父を思い出す様な言動に唖然としながらも、丁重にお断りさせて戴いた。

 

会ったことも無い奴と結婚とかあり得ねーだろ、と。

それもそうだ、と――マルトーも笑いながら納得していたが……シエスタがホッとした表情を浮かべていたのが、少し気になった――まさか、な。

 

……いや、俺だって木石じゃねぇ――なんとなく、シエスタの心情を理解する位は出来る……それでも、な。

 

――俺みたいな畜生には、眩しすぎるんだよ……この娘は。

 

ちなみに、途中でギーシュがシエスタに謝りに来た――頭を下げるギーシュに、シエスタは終始恐縮しっ放しだったが。

 

誠心誠意謝る姿を見て、貴族批判という名の愚痴を溢していた周囲の奴らも、幾らか溜飲を下げた様だ。

 

シエスタに許されたギーシュは、この後も二股していた女たちに謝りに行くらしい。

 

とりあえず、頑張れとだけ告げて見送った……余談だが、その後に聞いた話ではギーシュは手痛い平手打ちを貰ったが、その二人に何とか許されたそうだ。

 

そんなこともありながら時間は過ぎ――小さな宴はお開きとなった。

マルトーたちにも仕事があり、俺もまたルイズを出迎えなきゃならんからだ。

 

**********

 

「特に変わった資料は無かった……で、良いのか?」

 

「残念だけど、ね……これ以上の情報はフェニアのライブラリーから探さなきゃ駄目かも……」

 

あのあと、ルイズと合流した俺はルイズに伴われて図書室に向かった。

 

始祖というだけあって、ブリミルに関する記述は幾つか見付かったが、その殆どが冒険譚――つまりブリミルの活躍を描く物だった。

 

ブリミルがどんなことを成してきて、どういう人物だったのか――そう言うことばかりが記されていた……らしい。

 

らしいってのは――。

 

「悪かったな、大した役に立てなくてよ」

 

「……別にいいわよ。アッシュが文字を読めないかも、ってのは聞いてたし。アンタはアンタなりに動いてくれたしね」

 

案の定、俺は此処の文字が読めなかったが……幸いにも言葉は通じる。

 

だからルイズに幾つかのキーワードが記された本を提示して貰い、そのキーワードに引っ掛かった本を片っ端から集める位しか出来なかった。

文字が読めなくても、その文字がどういう意味なのかルイズから教えて貰えば、その文字の形を覚えて本を探すくらいは俺にも出来たってわけだ。

 

ちなみにキーワードは『始祖』、『ブリミル』、『虚無』辺りだ。

 

結果は、ご覧の通り――だけどな。

 

「そのフェニアのライブラリーってのは、教職員の許可が無いと見れないんだったか?」

 

「そもそも許可が降りるかも分からないんだけどね……」

 

フェニアのライブラリーには比較的重要な書類が揃っているらしい。

もしかしたら、ブリミルについて――更に言うなら虚無について詳しく書かれている本があるかも知れねぇ――。

 

「まぁ、それはまた次の機会だな――今から許可を貰いに行っても、許しが出るとは思えねぇしな」

 

「そうね――今日は夕食を摂って、明日に備えなきゃね」

 

学生っつーのは大変だな――毎日勉強勉強で……まぁ、学べるだけ贅沢なのかねやっぱり。

 

「それはそうと、今度こそメシに関して話を通しておいてくれたんだろうな?」

 

「………」

 

「……おい」

 

「しょ、しょうがないじゃない!!調べ物してて、そんな暇なかったんだものっ!!」

 

出鼻を挫かれるってのは、こういうことを言うのか……。

溜め息を吐いた俺は決して悪くは無い筈だ――。

 

「な、何よその呆れたって表情は……わかった!わかったわよ!!また食事をわけてあげるから――それで良いでしょ!?」

 

さっきマルトーたちにメシや酒を振る舞って貰ったので、実はそれほど腹が減ってるわけじゃねぇが――仮に腹が減ってもマルトーに頼み込めば簡単なメシくらいは出してくれそうだし……まっ、此処は御主人様のご厚意に甘えるとしますか。

 

「良いぜ。その条件で手を打とう」

 

「良かったわね、私が寛大な御主人様で!!か、感謝しなさいよね!!」

 

「ククッ、ああ感謝感激って奴だ。寛大な御主人様で使い魔めは歓喜の至りにございます――ってな」

 

「あ、アンタねぇ……絶対面白がってるでしょ……?」

 

「さて、どうだろうな?まぁ、何はさておきメシに行こうぜ」

 

「あ、ちょ!?待ちなさいよっ!!」

 

勝手知ったる何とやら……って言うんだっけな。

既に食堂への道を覚えていた俺は、スイスイ食堂へと向かう――これ以上ルイズを突っついたら、ヤバそうな雰囲気だったしな。

 

そんなわけで、後ろからギャースカ言うルイズを適当にあしらいながら、食堂へと向かった。

 

尚、メシは大変美味かった。

 

決闘の結果が既に噂になっているのだろう……案の定、学生連中の視線が痛いくらいに刺さっていた。

 

鬱陶しいことこの上ねぇが……テメェで招いた種だからな、仕方ねぇよな。

 

***********

 

夜も更け、時刻としては深夜になろうかと言う頃――。

 

明日の予定等を簡単に話し合った俺たちは、明日に備えて眠ることにした。

 

俺は相も変わらず床だったが、室内だから温いし――ルイズが気を使ってくれたのか、身体に掛ける薄手の毛布の様な物を用意してくれていた。

 

折角なので、有り難く使わせて貰う。

 

とは言え、俺からすれば屋根があって雨風が凌げて、モンスターの脅威に晒されてなけりゃあ十分過ぎる位に贅沢なんだが――安眠出来るってのは、それだけで財産だからなぁ。

 

……そんな風に思ってはいても、長年染み付いたクセってのは抜けないモンなんだな……熟睡出来ずに、変な時間に目を覚ましちまった。

 

「……ルイズはまだ寝ている、か」

 

主殿は健やかな寝息をたてていらっしゃる――当たり前だが。

 

「仕方ねぇ。もう一寝入り……ん?」

 

眼を閉じようとして、気配を感じた――ドアの外からだ。

敵意は無ぇが……。

 

俺は気になりドアへ向かう。

鍵は――掛かってるな。

確か、寝る前にルイズが魔法で掛けたんだったか――手も触れずに鍵の開け閉めが可能とか、やっぱり魔法半端ねぇな……。

 

まぁ、俺等の所にも赤外線キーやパスワード付き電子ロックなんかがあったのはご愛敬として。

 

鍵を開けてみる。

 

ガチャリと音が鳴って解錠された。

 

――どうやら、ルイズが使っていた魔法は魔法的な施錠というよりも、遠隔で物体を動かす程度のものらしいな。

 

そう言えば、部屋の明かりも手を触れずに消していたな……多分、この魔法と同種か応用みたいなもんだろう。

 

……こういう魔法が使えるなら、少なくとも『ゼロ』じゃねぇと思うんだが……ルイズ曰く、こういった属性魔法以外の魔法は『コモンマジック』と言って、誰でも――それこそ子供でも使える魔法なんだと。

少なくとも、学院に在籍している奴らからしたら魔法の内に入らねぇんだとよ――。

 

……尤も、それを語るルイズの表情から、そのコモンマジックを覚えるのにも相当苦労したみたいだがな。

俺に言わせれば、十分スゲェと思うが……と、それは一先ず置いておいて――。

 

俺は扉を開けて部屋の外に出てみる。

そこは通路になっていて、幾つかの扉があり――それぞれ生徒の部屋に繋がっている。

 

――仮に全部の部屋の鍵が、ルイズの部屋『程度』の施錠なら『ロックハッカー』を使わずとも開けられそうだな。

 

ちなみにロックハッカーってのは、あらゆる鍵を開けられる万能鍵のことだ。

指紋認証や網膜認証、パスワード認証等の特殊過ぎるロックには対応してないが……それ以外なら大抵開けられる。

 

ついでに言えば、此処は女子専用の宿舎らしい。

 

……本来なら男の俺が気安く動き回れる場所じゃねぇんだが――俺はルイズの使い魔だからな。

そもそも、男として見られてねぇんだろーよ。

 

……なので、不穏な考えは捨てるとして、だ。

 

「俺に何か用か?」

 

そこに居たのは朝に見た赤い大蜥蜴。

 

「確か、フレイムだったな」

 

キュルケの使い魔、サラマンダーのフレイム。

ソイツが隣の部屋――キュルケの部屋の扉を開けて、こちらの様子を伺っていたのだ。

 

「キュルル……」

 

フレイムは俺が気付いたことに気付いた様で、ノシノシと此方に近付いて来た。

 

――かと思ったら、俺を通り過ぎて後ろに回り込んで……俺の背中を遠慮がちに押してきた。

 

まぁ、大して力も込もっていないからそれで動かされることは無いが……。

 

と、思ったら今度は後ろから押すのを止めて俺の前方に移動――こちらを振り向いて伺って来た。

 

「……着いて来い、って言いたいのか?」

 

そう聞いてみると、フレイムはコクリと頷いてからゆっくりと進み出した。

 

俺は頭を軽く掻いた……まぁ、敵意があるわけじゃねぇみてぇだし――こんな時間に起きたのも何かの縁って奴だな。

 

俺は開いている扉を閉めてからフレイムの後を追った――。

 

……とは言ったものの、フレイムの目的地は意外にも近くだった。

 

「確か、キュルケの部屋だったよな……此処」

 

俺はフレイムに続いて部屋に踏み居る。

部屋の中に明かりは無く、月明かりとフレイムが持つ尻尾の炎が部屋の中を照らしている状態だ。

 

「――で、俺に何か用でもあるのか?」

 

俺は部屋の中に存在する、この部屋の主であろう気配へと問い掛ける。

 

「――扉を閉めてくれる?」

 

この部屋の主――キュルケから問いが返ってきた。

俺はとりあえず、言われた通りに扉を閉めた。

 

何の話にせよ、ドアを開けたまま話すというのも有り得ないことだしな。

 

すると、唐突に部屋の中が明るくなる――。

見ると部屋の明かりが灯っている……ルイズが使っていた魔法と同じ物だろう――まぁ、問題はソコじゃねぇ。

 

「ようこそ、アタシのお部屋へ……さぁ、そんなところで立ってないで、こっちに来て?」

 

……俺は夜目も効くから、見えてはいたんだが……ハッキリと明かりが灯ったことでより鮮明にソレが映し出された。

 

そこに居たのはキュルケだ――が、その格好が問題だ。

 

ルイズが着ていた様な下着――ネグリジェをもっと過激なデザインにした奴(名称は分からん)だけを着て、ベットに腰掛けていたわけだからな。

 

……正直、目のやり場に困る。

 

「で、一体何の用なんだ?」

 

俺はキュルケに近付いてから再三、その言葉を告げる――何となくは理解出来ているんだが。

 

「それではゆっくりお話も出来ないわ……ねぇ、ここに座って」

 

「………」

 

キュルケは自分の横をポンポンと叩き、座るように促す。

頭を掻きながら溜め息を一つ……横に座る俺。

 

そんな俺の態度にもなんら訝しむ様子無く――キュルケは俺に視線を向けてきた。

 

「――あなたはアタシを、はしたない女と思うでしょうね……けど、もう自分の衝動を抑えきれないのよ」

 

「………」

 

その視線も、声色も艶を含んだ物になっている。

 

「そう、貴方に恋をしてしまったのよ!恋は残酷ね……こんなにも身を焦がす想いを、燻らせるのだから――」

 

「――成程な。大方、ギーシュとの決闘騒ぎを見て興味を持ったってところだろ?」

 

強さってのは、それだけで一種のステータスだ。

実際、ハンターとして名を上げていたら畏怖や畏敬の念ってのはどうしても付き纏ってきたからな。

 

……現に此処でも、決闘騒ぎの後は学生連中の視線が増えたからな――大半は好奇の視線って奴だったんだが。

 

「――少し、違うわね」

 

「ん?」

 

「確かに、それが決め手だったけど――キッカケは初めて会った時、ね。ルイズをからかうのは程々にしてやれとか、フレイムが貴方に気を使ったりとか――面白い人だって思ったの。けれど、フレイムが気を使うのも当然よね……あんなに強いんですもの」

 

キュルケの熱は冷めることなく、より熱を帯びた様に見える。

 

「――ねぇ、アタシの二つ名を知ってる?」

 

「いや――」

 

二つ名――ルイズの『ゼロ』やギーシュの『青銅』みたいな物だろうが――そう言えば聞いていなかったな。

 

「アタシの二つ名は『微熱』……恋に魘される流行り病みたいなモノ……この微熱が、狂おしい炎になってアタシの中を焦がしつつけているの――だから」

 

「だから、俺にそれを鎮めろ……ってか?」

 

「キャッ――!」

 

俺はキュルケをベットに押し倒した。

……キュルケが本気で俺に惚れた、とかなら非常に悩ましいがお断りしていただろう――だが、なんてことはねぇ……単に誘ってるだけなら、こんな御馳走を戴かねぇってのは有り得ねぇだろう。

 

「……もう、強引なのね貴方って」

 

「そっちから誘ってきたんだろう?それとも、強引なのは嫌いか?」

 

「――いいえ、野性味があって素敵だと思うわ……こういうのは初めてだけど、情熱的で――嫌いじゃないかも……♪」

 

そう言って、キュルケは俺に抱き着いてくる。

火照った身体に、柔らかな身体に、甘い香り――理性が完全に沸騰する。

……というか、本当にとんとご無沙汰だったからな――此処に来た時点で理性なんざ決壊寸前だったさ。

 

「――でも、一つ訂正」

 

「ん……?」

 

「アタシは、貴方に鎮めて欲しいんじゃなくて……もっと熱くして欲しいの。熱く――もっと狂おしく焦がして……」

 

――弱った。

 

キュルケは火遊びのつもりで俺を誘ったと思ったのだが……よく分からなくなっちまった。

 

一夜限りの関係なら、俺個人のケダモノ的本能を満たす為にも大歓迎なんだが――もし本気なら、俺みたいなバケモノに熱を上げたら、その事実を知られた時――最終的にその期待を裏切るみたいで気が引ける――沸騰しきった筈の理性がムクムクと沸き上がってくるが……。

 

キュルケはその唇を俺の唇に押し付けようとしていた――今更、多少の理性が戻ってこようと……こんな極上の女に誘われて火が着いた野性が、本能が治まる筈がねぇ。

 

――と、思ったんだがな。

 

「……それはそうと、キュルケよ」

 

「なぁに……?」

 

「さっき、強引なのは初めてだって言ってたが――強引じゃないのは初めてじゃねぇってことだよな」

 

「それは……けど、今は貴方のことだけよ?確かに恋は沢山してきたけれど、情熱へと燃え上がった微熱は……貴方だけに向けられているの――他の誰かの話は、するだけ無粋ではなくって?」

 

「成程……」

 

俺は軽く頷いてから、窓の外を指し示す。

 

「だったら、アレは差し詰め無粋の固まりって処か――」

 

「えっ?」

 

キュルケは指先を辿って視線を向ける……そこには窓の外に浮かぶ一人の男が唖然とした表情をしていた。

服装からして、魔法学院の生徒みたいだが――というか、空に浮かんでるのも魔法の力か……何でも有りだな魔法。

 

「キュルケ……時間になっても君が来ないから……気になって来てみたら……」

 

「ペリッソン!?え〜っと……2時間後に」

 

「話が違うじゃないか!!」

 

ペリッソンとやらは悲痛な叫びを上げる。

しかし、俺の眼前でゆったりと――淀みない動作で小さな棒(恐らく杖)を胸の谷間から取り出したキュルケがスッと杖を振ると、その先端から炎が迸り――それに直撃したペリッソンは「うわああぁぁぁ……」という声を上げながら墜落していった……。

 

「か、彼はただのお友達なの――こんな時間に何の用だったのかしらねぇ……と、とにかく今一番好きなのは貴方よアッシュ!」

 

「そりゃあ結構だが……アイツ大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫よ。ちゃんと加減はしたし……それより、続きをしましょう……ね?」

 

パッと見、鍛えられてる風には見えなかったし……キュルケの炎は痛手にならなくても、この高さから落ちたら普通の奴はアウトだと思うんだが……。

 

なんて考えてる俺を余所に、キュルケは再び続きを催促してきたが……。

 

「キュルケ!!」

 

「スティックス!?ええと、4時間後に」

 

「約束が違うじゃないか!!今日は僕と過ごすって――」

 

全部言い終わる前に再びキュルケが杖を一降り。

今度は大きめの火球が飛んでいき、窓ごとスティックスって奴を吹き飛ばした。

スティックスは「ごふっ……!!」とか、呻きながら落下していった……。

 

ペリッソンよりはガッチリした体型だったが……死んだんじゃねぇか、アイツ。

 

「か、彼はお友達というよりただの知り合いね!と、とにかくっ!時間は無駄にしたくないの――」

 

夜が長いなんて誰が言ったのかとか何とか……キュルケの弁舌は続くが、俺は溜め息一つ――その場から立ち上がった。

 

――俺は自分が思っているよりは『人間』だったらしい。

キュルケの態度を見て、程好くクールダウン出来た。

 

「待って!本当に一番愛しいのは貴方「「「キュルケッ!!」」」マニカン!?エイジャックス!?ギムリ!?」

 

引き止めようとしたキュルケの言葉を遮ったのは、窓――だった壁の穴から現れた三人の男連中。

 

「「「彼氏は居ないって言ってたじゃないかっ!!!」」」

 

「ええと、6時間後に、ね?」

 

「「「朝だよっ!!?」」」

 

「フレイムー」

 

悲痛ながら、妙に息の合った三人の言動に――ウンザリした風で指示を出すキュルケ――。

 

すると、部屋の隅で待機していただろうフレイムが、ノッシノッシとやって来て――口から火炎放射。

 

哀れ三人組は先程の焼き増しの様に墜落していった――。

 

「容赦ねーな……」

 

「本当に何なのかしらあの連中!――とにかく!愛してるッ!!」

 

怒りを全身で表現しながら、もう形振り構ってられねぇのか……キュルケは両手を広げて抱き着いて来ようとした。

 

「お前、イイ女なのによ――あんまり自分を安売りしてると折角の価値を下げちまうぜ?」

 

だが、もうそんな気が無くなった俺はキュルケを止めた。

――結局、キュルケは一夜限りの関係……処か、数時間だけの関係を欲したんだろう。

あの野郎共の反応や、あしらい方からして男を連れ込むのは日常茶飯事なんだろうな――。

 

――むしろ、俺はその方が後腐れ無くて良いとは思うが……それでもヤル気は失せた。

それは、キュルケの男癖の悪さを見たから――等では無く……似ていたからだ。

 

「本当にあの人たちは違うのよ――アタシ、本当に貴方を「お前さ」……?」

 

出会ったばかりの頃の、アイツに――。

 

「本気で誰かに惚れたこと……ねぇだろう?」

 

アイツは男癖が悪かったワケじゃねぇ……キュルケみたいな経験があったワケでもねぇと思う。

だが――。

 

「そんなことないっ!今だってこうして――それに、貴方だってその気だったじゃ――!」

 

恋に恋してるっつーか、恋をしてることを楽しんでるっつーか、酔ってるっつーか……それが悪いことだって言える程、恋愛経験やらが豊富なワケじゃねぇが。

 

――勿体ねぇと思っちまった。

 

「お前の字――微熱だったな。微熱ってのは、放っておいても冷めちまうモンだぜ?」

 

最初に会った時、僅かに見えた内面が――浮かべた柔らかい笑顔がキュルケの本質なら――勿体ねぇだろうが。

 

「まぁ、後腐れ無いのは悪くねぇがな――要するにお前は俺に惚れたんじゃ無くて、決闘騒ぎで多少話題になってる俺をモノにした時に生まれる優越感(ステータス)に惚れたんだろう?……流石にそんなの、抱く気にはならねぇな」

 

「……っ!!」

 

コイツは間違いなくイイ女だ――見た目も中身も――だが、見た目が良すぎるから内面を見てくれる男が居なかった。

本人もソレで満足していたんだろうが――もし、そんな内面を見てくれる男が居たら、本気で惚れられる男に出会えたら――コイツはもっとイイ女になる。

それは俺では絶対無いし、俺の野性の捌け口にしていい女じゃねぇ――だから。

 

「俺を堕としてぇなら、身を焼き尽くす様な灼熱に変えてから出直してくるんだな。――俺は色々と面倒くせぇし、重てぇぞ?微熱なんか直ぐに冷めるくらいにな」

 

ソレだけ告げて俺はキュルケに背中を向けた。

こんだけ言えば、自分が特別だと思ってるだろうキュルケでも諦めがつくだろう。

自分がモテることに相応のプライドを持ち合わせているだろうことも考えられるが――逆恨みで、バイクを持ち逃げされたりなんつー様な……苦い思い出の焼き増しにはならねーだろ、多分。

 

「まぁ、俺なんかよりイイ男なんてのは幾らでもいるからな――良い出会いがあることを祈ってるぜ」

 

そう言って、ドアへと近付き――っと。

 

「キュルケエェェェェェェッッ!!!」

 

気配を察知して一歩後ろへ下がる。

するとルイズがドアを文字通り蹴破って来た。

――あんだけ騒ぎ立ててれば……気付くよな普通。

 

しばらく、俺とキュルケへ視線を行ったり来たりさせてから口を開くルイズ――っと、アレはヤバい目付きだ。

 

「キキ、キュルケ!!アンタ人の使い魔に何「行くぞルイズ」を――って、ちょっと待ちなさいよアッシュ!!〜〜ッ!!待ちなさいって言ってるでしょう!!!」

 

その場を後にする俺――で、キュルケに文句を言いたかったのだろうが、仕方なく俺に着いてくることにした様だ。

 

……キュルケはキュルケで、何か言いたそうだったが――そこは華麗にスルーって奴だ――俺の危険が危なかったっぽいしな。

 

**********

 

―――で、だ。

 

「つつ、つまりアンタは!あああ、あれだけ言ったのにホイホイとキュルケに着いて行ったわけね?やっぱりご主人様として!!キッチリと!!躾ないとダメかしらねっ!?」

 

ルイズの部屋に戻ったが、俺の危険は危ないままだったわけだ……参ったねマジで。

 

「――悪いことをしたら叱られて躾られる……それは貴族も平民も変わらないわよね――?」

 

「待て、落ち着けルイズ――そんな棒切れ取り出してどうする気だ?」

 

「つ・え・よ。アンタが言う爆発魔法を喰らわせてあげるのよ――」

 

思い切り目が据わりやがったので、一応聞いてみたが――嫌な予感が的中かよ。

 

「落ち着けルイズ。そんなもんを部屋でぶっ放したらトンでもないことになるぞ?」

 

「――良いわよ。アンタが『自分に疚しいところは無い』って、胸を貼って言えるなら許してあげるわ」

 

――その言葉を聞いた俺は、軽く瞑目した後に――これまた軽く笑みを浮かべた。

 

そして徐にサラトガスーツの上半身部分を脱いで、道具入れに入れた。

 

「――ルイズ」

 

「何よ?」

 

「――出来るだけ、優しく頼む」

 

ブチィ――ッ!!と、何かがキレる様な音が聞こえた気がした――。

 

「こ、ん、のぉ……馬鹿犬ううぅぅぅぅっ!!!!」

 

ルイズの杖の一振りと共に――俺は閃光に包まれた。

一度背中越しに喰らったそれは、衝撃はあるが熱は感じないという喰らい慣れない感覚を受けて――。

 

ダメージとしては、大したことが無い筈だったが――。

爆煙が晴れた後には見事に衣服がボロボロな俺が存在した。

……ここまでは予想の内だったのだが。

 

「……ルイズ」

 

「何よ!!」

 

「――俺は犬科も混じってるが、多分半分以上は猫科だぞ……?」

 

かと言って馬鹿猫も正しいとは思えないが――とだけ突っ込みを入れてから、ゆっくりと俺の意識は途絶えて行った――。

 

一発で意識を刈り取られるとか……半端ねぇなルイズ――。

 

今後は、なるべくルイズを怒らせねぇようにしよう……そう心に刻むのだった……ガクリ。

 

 




チョコチョコ色々書いていたら――何故かコレが先に完成していました……正にポルナレフ状態。

他の話も、随時投稿していく予定です……予定は未定って素敵な言ry

ではではm(__)m

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