「――さて、ルイズ……(モッチモッチ)この後は……(ゴクッ)――どうするんだ?」
「――アンタ何食べてんのよ?」
「山盛りタコスだ――美味いぞ?」
「……何よ、ご主人様に当て付けとは良い度胸じゃない?」
「そんなつもりはこれっぽっちも無い。確かに量は足らなかったが、あんなに美味いパンとスープを食ったのは――正直、初めてだったからな」
「そ、そう?――仕方ないわね……今度はもう少し量を増やすように頼んであげるわ」
――朝食を済ませた俺とルイズ。
アルヴィーズの食堂を出て――目的地が分からないので、ルイズと並んで歩いている訳だが。
ルイズら魔法学院生が、『ささやかな糧』という名の大御馳走を食らう中、俺に出されたのはパン二つとスープのみ。
ルイズたちは、始祖ブリミルに感謝を捧げた――ささやかな糧をありがとう、と。
要するに『いただきます』のトリステイン版らしい。
――不満はあったし、それは決してささやかじゃあねぇとか、残す程の量を出すなよ食堂側正気か?とか――色々思う所はあった……。
俺が床に座らされたのはこの際、気にしないが――。
ルイズに言った通り、パンとスープは凄く美味かった。
パンは焼きたてなのか、温かくふんわりふっくらした食感で、何とも言えない良い匂いで――味も濃かった。
……今まで、俺が食べていたパンとは何だったのか……そう言えば、大破壊後の土壌ではまともな作物は収穫できないとか、聞いたことがあったな……。
スープも実に複雑玄妙な味わいで、何やら肉をベースにスープを作っているらしく、肉の味が濃いし澄んでいた。
あっという間に平らげ、美味い物を食ったという満足感も僅か――ささやかな糧をゆっくり食べるルイズたちの中、お預けを喰らった犬の様な心境で、ご馳走の匂いのみ嗅がされるという地獄の拷問に耐え切れず――シセ特製山盛りタコスを頬張ることにしたというワケだ。
――正直、ムガデスの拷問より遥かにキツかった……山盛りタコスは俺の磨り減った精神も癒してくれた気がした――で、ルイズたちが食い終わった後も沸き上がる食欲を抑えきれず、二個目三個目と続き――今しがた四個目の山盛りタコスを食い終わった所だ。
……忘れがちかも知れないが、俺は死に掛けてからサンドイッチ一個しか口にしていないんでな――まぁ、腹が減るのも止むを得ないだろう。
「で、この後だけど授業を受けるのよ。魔法の講習や実技なんかを交えながらの、ね」
「成る程――だが、仮にも使い魔という立場の俺がそういう場に出て良いものなのか?」
道中でも何度か他の使い魔を見掛けたが、小さな鳥の様なモノや巨大な獣――果ては蛙やネズミまで居たが――あんなのが全員集合した日には、授業処では無い気がする。
「構わないわよ。本来、授業中の使い魔は外で待機しているのが普通だけど、中には使い魔を連れ込む人も居たみたいだし……今日は使い魔のお披露目も兼ねているからね……そう、お披露目も、ね」
ルイズは重々しい溜め息を吐く――今朝のキュルケとのやり取りを鑑みるに、人間の使い魔というのは本気で笑い者なのだろう。
「まぁ、災難だったな」
「アンタが言うなぁ!!昨日の話みたいにアンタが変身すれば、全部解決なのにぃ!!!」
「だが断る」
ルイズの心中を完全に察することは出来ないが、口惜しいんだろうな――だが、それとこれとは別問題である。
「昨日も言ったが、変身したら自分を制御しきれないんだよ――所構わず暴れて良いなら話は別だが」
「ダメに決まってるでしょそんなの!!そんなことになったら、私が恥ずかしいじゃない!!」
「……恥ずかしいだけで済む問題じゃないと思うが……」
どうにもルイズには危機感と言うか、危険性が伝わりきっていないようだ……と言うか、俺が昨夜にした話も完全には信じきっていないのだろうな。
――正直、ブレードトゥースに変身したところで、最低限の思考は可能だし――敵味方の区別くらいは出来る。
だが、出来るなら『変身したくない』んだ……俺は。
ルイズには、悪いと思うが、な。
***********
そうこうしている内に教室に着いたが――この教室は、何処ぞの研究所にある講義室の様に扇状の形に作られており、教壇から最後尾の机まで徐々に、段々畑の様に段差が作られている。
広さは俺の知っている講義室の数倍は広い。
「――で、俺はまた突っ立っていれば良いんだな」
「……アンタねぇ。しょうがないでしょ?アンタは一応使い魔だし、席なんか急に用意出来ないんだから」
「別に不満があるわけじゃない」
食堂でも似たような状況だったし、必ず椅子に座れなきゃ嫌だ!!……なんて言うほど、お上品な生活はしていないしな――。
従って、俺がルイズの斜め後ろで従者の様に控える形を取るのも、自然の流れと言える。
もっとも――。
「ルイズ、あのモンスターはなんだ?」
「アレはマンティコア」
「じゃあ、アレは?」
「アレはバグベアー」
「成程な……」
「って、アンタ何してるの?」
「iゴーグルにモンスターのデータを入れてるんだよ――簡単なアナライズ機能は付いてるが、人工衛生とリンク出来ない以上、モンスターの名称は自分で打ち込まなきゃならないからな」
質問くらいはさせて貰うが――。
ちなみに、iゴーグル単品ではデータを打ち込むことは出来ないが、BSコントローラーと接続することで、データ入力を可能としている。
ちなみにBSコントローラーとは、iゴーグルの上位機種の様な物で――iゴーグルには無い様々な機能を搭載している。中には人工衛生からレーザー砲を放つという、とんでもない機能も存在しているが、いずれにせよ人工衛生とリンク出来ない現状では無用の長物だろうな。
「見てみるか?」
大体この場に居る使い魔のデータを入れ終わった俺は、iゴーグルをルイズに渡す。
「これ、どうするの?」
「目に掛けるんだよ、眼鏡みたいに――」
「――掛けたわよ」
「で、こめかみ辺りに幾つかボタンがあるから、押してみろ」
「ボタン……コレのこと?」
ルイズは大きめのボタンを押した――。
すると――。
「わっ!?何か映った!?なにコレ遠見の魔法??」
「だから魔法じゃなくて科学だって――」
「そ、そうだったわね……けど、コレなんて書いてあるの?」
「ん?何って大陸共通の言語じゃないか――大破壊前ならいざ知らず、今のご時世で共通言語を知らないなんて――」
大破壊の遥か以前では、国ごとに使用する言語が異なったという。
日本語とか、アメリカ語とか言うのがそうらしい。
だが、近年になると国家間が統一されていき――それに伴い言語も共通の物になっていったそうだ。
それは大破壊以後も変わることの無い、常識の一つとなっていった。
――クルマや武器の中には言語統一前の物も数多くあるので、ハンターにとっては多国語を覚えるのは必須項目と言える。
御多分に漏れず、俺も複数の言語を覚えている――ちなみに、俺のひい祖父さんは日本人だったらしく、俺にはその血が色濃く浮き出ていたそうな――。
グラトノスの野郎に身体を弄くられるまでは、な。
「だから、その大破壊なんて私は知らないんだってば」
「……そうだったな」
そう言えばそうだった……しかし、そうすると言葉が通じるのは何でだ?
ルイズが共通言語を理解出来ないなら、俺もまたこの国の言葉を理解出来る筈が無いのだ。
しかし、俺たちはこうして会話が成り立っている――。
しかも、俺は共通言語を喋っているつもりで会話をしている……本来なら、共通言語を読めないルイズが俺の言葉を理解することは不可能な筈だ。
「――ルイズ、使い魔契約の魔法には言語を翻訳する機能でも備わっているのか?」
「……多分そうなんじゃない?普通、使い魔の召喚に応じるのは言葉の通じないモンスターだし、最低限意思の疎通が出来なきゃ話しにならないでしょう?それを人間のアンタが召喚に応じたことで、普通とは違う変化が起きたのかも――」
――つまり、本来は言葉を理解することは出来ても、喋ることは出来ないってことか。
まぁ、さっきのキュルケとフレイムの様子を鑑みても、それは当然……なんだろうな。
……益々、異世界ってのが現実味を帯びてきたな。
「まぁ、文字が読めなくてもモンスターの映像で大体分かるだろう」
「分からなくはないけど……この火とか水とかみたいなマークは何?」
「それは、そのモンスターの弱点を表しているんだ。火、水、電気、ビーム、音波、ガスをそれぞれ表していて、それぞれのマークに○、△、×で記入がされてる場合、それがそのまま有利不利を表しているんだ。例えば火のマークに○が付いていれば、そいつは火が弱点だ。△なら効きにくい、×なら全くの無効――酷い奴は反射までしてくる。これは分かりやすいだろう?」
「へぇ、じゃあサラマンダーは水に弱い、と。まぁ、知ってたけど」
「……サラマンダーの弱点を調べてどうするつもりだ?」
「べ、別にどうもしないわよっ!」
――俺はてっきり、キュルケに意趣返しでもするつもりかと思ったが……ルイズはそんな陰険な性格では無いか……安心したぜ。
内心ホッとする俺を尻目に、ルイズはコツを掴んだのか――小さなボタンをカチカチ押して、モンスターのデータを楽しそうに見ていた。
「ん?ねぇ、この緑の四角いのに足が生えたのは何??」
「お、多分それは『からっポリタン』だな。俺の居た場所のモンスターの中でも、一番弱い奴だ」
「コレ……生き物なの?」
「生き物――じゃないな。コレは大破壊で起きたコンピューターの暴走が引き起こした弊害で……とか言われても分からないよな?」
「当たり前じゃない!!こん……ぴゅーた?なんて、聞いたことも無いし――どうせアンタが言う、カガクとかいうのが絡んでるんでしょ?」
「まぁ、ルイズが分かりやすい様に言えば――アルヴィーズの食堂の人形が突然襲い掛かってくるようなものだな」
「何ソレ怖い」
等と話しつつ――ルイズの隣の席の奴が興味津々な様子だったがスルーしつつ――。
「っと、そろそろ返してもらうぜ?」
「あっ!もうちょっと見せなさいよっ!!」
「駄目だ――足音が近付いてくる……多分、授業の教師じゃないのか?」
「えっ?」
ルイズが疑問符を浮かべるが、次の言葉を紡ぐ前にその人物は教室に入ってきた。
――随分と恰幅の良い女だな……。
恐らく、彼女が教師なのだろう。
「彼女がそうなんだろう?」
「えぇ、ミセス・シュヴルーズ――土の魔法を専門に教えてる先生よ」
土の魔法――ということは、他にも魔法があるってことだろうな。
後でルイズに聞いておくとしよう――。
「どうやら皆さん、無事に使い魔の召喚に成功したようですね」
柔和な笑顔で、うんうんと頷くシュヴルーズ――と、こっちと目が合った。
「――おや、ミス・ヴァリエールは変わった使い魔を召喚されたのですね……」
……悪気は無いのだろう。
ただ不思議そうに首を傾げるシュヴルーズ。
だが――。
「「「アハハハハハ!!!」」」
周囲は嘲笑の渦に包まれた――。
「ルイズ〜、いくら契約出来なかったからって、平民を連れてくるなよ〜!!」
「違うわ!!ちゃんと契約したものっ!!」
「死にかけの平民を召喚しただけでも笑えるのに、それと契約するとか頭が可笑しいんじゃないの?」
「先生!!『風っ引き』のマリコルヌが私を馬鹿にしましたっ!!」
ルイズを罵倒した内の一人、『風っ引き』のマリコルヌと呼ばれた、これまた恰幅の良い少年。
先ほどの食堂で、唯一ご馳走を完食していた奴だ。
食い物を粗末にしない奴なんだなと、少し感心していたんだがな……。
「ぼくは風っ引きじゃない!!『風上』だっ!!」
「アンタいっつも風を引いたみたいに鼻水を垂らしてるじゃない!!風っ引きで十分よっ!!」
「なんだよっ!!『ゼロ』のルイズのくせにっ!!」
「何よっ!?」
『ゼロ』のルイズ――マリコルヌは風っ引き……いや、風上か。
恐らく、揮名みたいなモンだろうが……冷血党の幹部クラスにも揮名はあったから、何となく分かった。
『百銃』のムガデス、『漆黒』のオーロックなど――ムガデスの『百銃』はその多数の銃を使うスタイルから、オーロックはその体色の色などからそう呼ばれていた――。
マリコルヌの『風上』は……恐らく、風の魔法が得意だからとかだろう――多分。
風の魔法があるかのは知らんが。
しかしそうなると、ルイズの『ゼロ』ってのは……どういう意味なんだ?
そうこう考えていたら、何かがルイズに向かって飛んできたので、俺はそれをキャッチした――コレは……土――いや、粘土か?
「ア、アッシュ……?」
「大丈夫か?」
周囲を見渡すと、マリコルヌを始めルイズを罵倒していた連中の口にも、コレと同じ物が張り付いていた――。
俺は視線を教壇の方に向ける――。
何やら棒状の物を此方に向けて固まるシュヴルーズが居た。
恐らく、この粘土は彼女の仕業だろう――。
まぁ、喧嘩両成敗的な理由でのことだろうが――。
「失礼、ミセス――アンタが教師として生徒を叱るのは義務なんだろうが――何分、この身は使い魔なモノで。主を守るために動いたことを許して欲しい」
「あ、いえ……あなたは使い魔として当然のことをしたのですから、ええ……」
「感謝します」
軽く頭を下げてから、俺は再びルイズの斜め後ろに控える。
――無意識にやったことだったが、結果的に周囲を黙らすことは出来ただろう。
今はシュヴルーズの粘土で物理的に黙らされているが――。
「………」
「――?どうしたルイズ?」
「な、なんでもないわっ!」
む……何でもないってことは無いだろうが――此処は深く追及しないほうが良いな……まぁ、野生の勘って奴だ。
その後は、滞りなく授業が進行していった。
シュヴルーズ曰く、魔法の属性は基本4つ有って――火、水、風、土……それに虚無という伝説上の属性が存在するそうだ。
「……ルイズ、虚無ってのは何だ?」
「――虚無は始祖ブリミルが使ったとされる魔法――詳しいことはよく分かってないわ」
「成程」
とにかく凄い魔法――という認識で良いらしい。
シュヴルーズは更に土の魔法、『錬金』を披露。一塊の土を真鍮の塊に変えてしまった。
……キュルケが興奮してそれは金なのか?と、尋ねて真鍮だと聞かされたら露骨にガッカリしていた――その際にシュヴルーズが何処か自慢気に、自分は『トライアングル』だと言っていたが――。
「度々済まないが、トライアングルってのは何だ?」
「……トライアングルって言うのはメイジの格というか、実力を表す記号みたいなモノね。メイジは各々に得意な属性とかはあるけど、そのランクによってどれだけの属性を足せるかが分かるのよ」
ルイズ曰く、『ドット』、『ライン』、『トライアングル』、『スクウェア』の順にランクが上がっていき、ドットならば扱える属性は一つ、ラインなら二つ、トライアングルは三つ、スクウェアは四つの属性が扱えるらしい。
点が線になり、線が三角形を描き――それは四角形にもなる。
成程、分かりやすいな――。
ちなみに、違う属性を足せば違う魔法に――同じ属性を足せば、より強い魔法になるのだとか。
例えば、風と水のラインメイジなら風と風、風と水、そして水と水の三通りの組み合わせの魔法が使えるってことだ。
「つまり、同じラインやトライアングルでも得意な属性が多いほど優秀ってことだ」
「一概にそうは言えないわよ。一属性以外が不得手でも、逆に言えばそれだけその属性に習熟しているってことだし――まぁ、大体のライン以上のメイジは複数属性を足せるのが基本だから、一つの属性に特化したメイジなんて滅多にいないけど」
――成程な。複数の属性が扱えても、その全てを完全に扱えなければ――場合によっては一点特化型の方が勝ることもあるってことか。
当然、属性の有利不利はあるんだろうし――魔法ってのも中々に奥深いもんだ――まぁ、覚えておいて損は無いだろう。
「教えてくれてありがとよ」
「べ、別に――使い魔の疑問に答えるのも主人の努めだから……それだけよ」
「――おう」
普通なら疑問を浮かべる使い魔なんて居ないんだから、義務も何もないんじゃないか――とは、言わない方が良いんだろうな。
小声でやり取りしてるとは言え、流石にあまり喋り過ぎるとまた粘土が飛んできかねないので、質問はこの辺にしておこう。
――そう思った矢先だった。
「――それでは実演を――ミス・ヴァリエールにお願いしましょう」
「は、はいっ!?」
(ざわ……ざわ……ッ!)
……なんだ?今、教室中がざわついた――?
シュヴルーズはルイズに錬金の実演をする様にと、指名した様だが――何で他の奴らが戦慄してやがるんだ……?
「シュヴルーズ先生!それは止めた方が良いと思います――!」
「貴女は――ミス・ツェルプストーですね。どういう意味ですか?」
「……先生は、ルイズの授業を担当するのは初めてですよね?」
――何だ?キュルケの様子が……いや、キュルケだけじゃない。
「えぇ。ですが、ミス・ヴァリエールの授業態度は聞き及んでいますよ。熱心に勉学に励み、取り組むその姿勢は高く評価されているとか――錬金はそう難しい魔法ではありませんし、彼女なら問題ないでしょう」
「そうじゃない……そうじゃないんです」
「……どういう意味です?」
教室のほぼ全員が……これは、怯えている、のか?
さっきルイズを罵倒していた連中も同様だ――。
「……危険だからです!!」
――そうハッキリと告げたキュルケの顔には、今朝に伺った様な余裕は一切無い。
「大丈夫ですよ。誰でも最初は失敗するものです――失敗から学ぶことも大いにありますから。それを恐れていては、先には進めませんよ」
そう告げるシュヴルーズの考えに、変わりは無いようだ――。
「ルイズ、お願い止めて――!!」
シュヴルーズを説得出来ないと悟ったキュルケは、直にルイズの説得を行う。
それは本心からの……掛け値無しの懇願だったんだろう……。
だがそれは――。
「ッ――私、やりますっ!!」
ルイズにとっては、火に油を注ぐだけに過ぎなかった――キュルケがどう思っているにせよ、ルイズにとってキュルケは敵視する存在だ。
そんな存在からの懇願は、ただプライドを刺激されただけだったようだ。
……まぁ、ある程度は読めた展開だが――周囲が絶望感に満ちているのがやはり気になった。
「……!!」
見ていろと言わんばかりに俺を睨み付けた後、ルイズはズンズンとシュヴルーズの元へ歩いて行った――。
……何故、あんな顔で睨まれなければならないのかは分からないが――何だか嫌な予感がする……。
ルイズはシュヴルーズから説明を受けて、教卓の上にある石ころに向けて手を翳す――すると、周囲は慌てて避難し始めた。
机の下に潜る奴、教室の隅に逃げる奴、使い魔にすがり付く奴――始祖に祈りを捧げる奴や、何食わぬ顔で教室を立ち去る奴も居た。
――俺の中の獣の勘も、レッドアラートをけたたましく鳴り響かせていやがる……。
「アッシュ!貴方も隠れた方がいいわよっ!!」
机の下に隠れながら、キュルケが忠告してくれるが――徐々に高まる危機感が、隠れるということを拒否させていた。
そして、その正体の分からない不安感が破裂しそうになった瞬間、俺は駆け出していた。
――卓上の石が、不気味に躍動した気がした。
一足飛びで、瞬時に教卓までの距離を詰める――が。
「チィッ!?」
俺が教卓に辿り着いた時には、石は膨脹し――寒気のする閃光を放っていた。
――爆発する。
「きゃぷっ!!?」
直感的にそう感じた俺は、咄嗟にルイズを抱き抱え――石に背を向けた。
その直後――。
視界が光に包まれ――耳をつんざく爆音が響き渡った――。
次いで訪れる衝撃――教室を包む生徒の悲鳴、使い魔の咆哮――。
阿鼻叫喚が木霊し爆煙が漂う中、俺は腕の中の存在の安否を気に掛けた。
「……大丈夫か、ルイズ?」
「う、うん、平気――」
どうやら無事のようだ……まぁ、俺が五体満足で居るのだからルイズが傷付いているワケが無いのだが――。
煙が晴れると、そこは正に地獄絵図だった。
「うわあぁぁぁっ!?俺の使い魔が喰われたあぁぁっ!!?」
「止めろぉ!!暴れるなってぇっ!!」
「キャーーーッ!!?」
――爆発で混乱した使い魔たちが、更に混乱を促していた。
「……とりあえず黙らすか」
「えっ――」
俺は殺気を込めて使い魔たちを、ついでに生徒たちを睨み付ける。
黙らなきゃ狩るぞ……という意思も込めて。
勿論、端からそんな気は無いが――効果は覿面だったらしい。
ピタリと動きが止まり、教室に静けさが訪れた。
お前ら、野生の勘が働いてくれて助かったな?
もし止まらなければ、実力行使も辞さなかった所だ。
「――っ!?」
ふと、俺は身体に――というより、着けている服に違和感を覚えた。
そして戦慄を覚えた――。
……何の冗談だ、コレは?
爆発の直撃を受けて、五体満足でいるのは良い。
向こうでは割りと日常茶飯事だからな……だが。
一張羅のコートが……そして何より、その下に着込んでいたサラトガスーツが背面を中心にボロボロになっていた……。
不発弾の暴発を受けても、此処までボロボロになったことは無かった――いや、生半可な砲弾などモノともしないサラトガ繊維で作られた装備が、だ。
俺が信じられない物を見た様な表情になる中、ルイズが周囲を見渡して発した言葉は――。
「ちょ、ちょっと失敗したみたいね……」
静まり返った教室に怒号が響き渡ったのも、止むを得なかっただろうよ……。
止めるべきかと思ったが、シュヴルーズが壁際で倒れているのを見つけたので介抱した方が良いだろうと思い、ルイズには悪いがそちらを優先した。
……恐らく、爆風で吹き飛ばされて頭を打ったんだろう――死んじゃいないと思うが……。
「気絶しているだけ、か」
俺はフロレンスやドリトルみたいなナースじゃねぇからな……とは言え確かに素人目だが、ソイツが危険な状態かそうでないかくらいなら分かる。
まぁ、このくらいなら回復ドリンクでも飲ませておけば問題ないだろう――。
……重々、ルイズには悪かったと思うが――お陰で何故ルイズの揮名が『ゼロ』なのか――知ることが出来た。
最も、俺はその理由については腑に落ちないがな――。
***********
「………」
「………」
――私は、コイツと――アッシュと二人で教室の掃除をしている。
爆発に巻き込まれて気を失っていたミセス・シュヴルーズが目を覚まして、私にそう言い渡したからだ。
教室と授業を滅茶苦茶にした罰らしい――。
……何か、薬みたいなものをアッシュから渡されていたけど――渋々ながら飲んだら元気になっていたみたいだから、そのせいもあるのかも知れない。
違う、そうじゃない……自分が一番わかってる筈じゃない……。
私が――失敗したからだ……。
『いい加減にしてくれよっ!!魔法成功率『ゼロ』のルイズっ!!』
……聞かれたわよね、絶対。
アイツ、ミセス・シュヴルーズを介抱した後――また睨み付けてみんなを黙らせていたし。
わかってるのよ、私だって――アイツに責任なんてないことくらい……それなのに。
「……聞いてたんでしょ?」
「ん、何がだ?」
「惚けないでよ。私が何で『ゼロ』のルイズって呼ばれているのか……アンタ聞いてたんでしょう?」
相手が平民だから――そんな理由だけで誰かを見下す、当たり散らす。
そんな貴族の悪癖。
自分には無縁だと思っていた……。
貴族とは、誇り高いものだと――民草は蔑ろにするべきモノでは無く、守るモノなのだと――そう教えられていたのに……。
ただ、誰かにこの憤りをぶつけたかっただけ……。
「――あぁ、そのことか」
「さぞガッカリしたんでしょうね?それとも笑えたかしら?召喚した主人が、メイジとしての爪弾き者……『魔法成功率ゼロ』の私だったって!」
コイツは、平然とした表情で、平然とした声で返事をしてきたから――私は苛立ってしまった。
「魔法も使えないメイジに、召し使いみたいに使われるなんて、とんだ笑い話よね?…笑えば良いじゃないっ!!」
「召し使いみたいに使っていた――という自覚はあったんだな……」
ヤレヤレ……と、疲れた様にコイツは首を振った。
そんな仕草が、余計に私の苛立ちを募らせた……本当に、最低だわ……。
「何よ、言いたいことがあるなら言えば良いじゃないっ!!――大体、アンタが人間の平民じゃなくて、アンタの作り話みたいなモンスターなら私だって「ルイズ」――ッ!!?」
「――落ち着け」
その声には、有無を言わさぬ迫力があった。
昨日と今日で、アッシュに落ち着けと何度か言われたけど。
笑うでも無く、怒るでも無く……ただ真っ直ぐな言葉は、確かに私に届いていた。
「分かっていたが、どうにも俺の話は信用されていなかったみたいだな」
そう言うなり、アッシュは掃除道具を置いて……徐に服を脱ぎ捨――って、いきなり何をやりだすのコイツはあぁ!!?
「ちょっ、アンタなにを考えて――……っ!!」
当たり散らした腹いせに襲われるんじゃないか――そんなことまで考え始めた私だったけど、アッシュの身体を見て――言葉が止まってしまった。
ボロボロになった上半身の衣服を、完全に脱ぎ捨てたアッシュの身体は――素人目にも分かるくらい、鍛えぬかれたモノだった。
けれど、その肉体以上に注視してしまったのが……顔と同じ様に羅列する無数の赤い線と、幾つかの丸い突起物の様なモノ――。
「――気乗りはしなかったが……あんな顔で泣かれるくらいなら、見せてやるのも悪くないと思ってな」
「み、見せるってナニを、って別に泣いてなんか「よく見てろよルイズ」……ッ!!?」
私は気が動転していた。
取り乱して、当たり散らして、アッシュの身体を見て――そして、涙を流したことに気付かれて……。
何より、よく見ていろと言ったアッシュの表情が――何処までも真剣なものだったから。
「コレが……お前が望んだ化物(モンスター)の姿だ――」
「あ、え……?」
私は見た――その言葉を皮切りに、身体を変容させていくアッシュの姿を……。
「グオゥッ……グルルルル――ゴガアアアァァァッ――!!」
「うそ、でしょ……?」
筋肉が膨脹して――メキメキと骨や肉が軋む音が響く……。
肉体が、骨格が変化していく……。
その全身は白い毛で覆われて、燃えるような赤髪は私の髪より遥かに長く伸び茂った。
その顔は巨大な二本の牙を備えた、獣の顔へと変貌を遂げた――。
「あ、アッシュ……アンタ――」
「グルルルル……」
僅かな時間で変貌したアッシュの姿は、言葉通りのモンスターへと変身を遂げていた――。
このハルケギニアに生息する獣人族が、逃げ出すんじゃないかと思う程の……迫力。
その体格は二回りは大きくなっていて、唯でさえ大きく感じたアッシュの存在感が、何倍にも膨れ上がって見えた――。
コレが、私の――使い魔、なんだ……!!
凄い……凄い凄い!!コレなら皆に馬鹿にされることもない!!
私のことを……認めさせることが出来る……!!
私は喜びの感情が溢れてくるのを感じて――その喜びを言葉にすることを――躊躇った。
「グルル……」
「アッ、シュ……?」
凶暴なモンスターである筈のアッシュの瞳は、ただ真摯な光を湛えて真っ直ぐに私を射抜いていた。
凶悪な存在感を放つモンスター、こうしている私だって震えてしまうくらい、の……っ!!
そう、だ――アッシュが変身したんだから……。
『あの話』は――本当のことだったんだ……。
アッシュは、望んであの姿になったワケじゃなくて……悪人に捕まって、実験動物みたいな扱いを受けて――。
『――アンタの作り話みたいなモンスターなら――』
――私は、何を言おうとした……?
『まぁ、最低限『人』として扱ってくれれば十分――』
何を……口走ろうとした?
あの話――家族を、仲間を殺されて、復讐に生きて――けど、捕まって操られて……悪逆の限りを尽くした悲しい獣のお話。
あれが全て、真実だったなら――。
「ググ、ゥゥ……」
「あ……」
私が考え込んでいると、アッシュの身体から煙の様な物が立ち上って――徐々に元の身体に戻っていく。
私が改めて見た時には、すっかり元の身体に戻っていた。
「ふぅ……コレで満足したか?」
「全部、本当のこと、だったんだ……」
「俺は、最初にそう言ったつもりだがな」
アッシュはそう言いながら、道具入れから黒い肌着を取り出して着込んでいた。
「――っ、そ、そう言えばアンタ、変身したら死に掛けるとか言ってたけど、全然平気そうじゃないの!!アンタ、私を騙したのね!!」
――違うのに……私が言いたいのは、そんなことじゃないのに。
言わなければならないことは、他にあるのに……。
「それは長時間戦闘を行った時の話だ。アレくらいなら大した苦労はねぇよ」
「ふん、口では何とでも言えるけどね……アンタが変身することに消極的だったことは事実でしょ?」
「まぁ、それは否定しないが」
――違うでしょ私!!ちゃんと、言わなきゃ――!!
「――……わ、悪かったわよ。アッシュの事情を考えたら、変身なんかしたくないでしょうし……その、モンスターの方が良かったなんて言って……ごめん」
相手は平民で使い魔で――頭なんて下げるのは、貴族としての誇りが許さない――なんて感情が沸き上がるのを抑えて、何とか謝ることが出来た。
少なくとも『人として扱ってくれ』という、アッシュとの契約を破り掛けた私がするべきことは、自分を誇示することではない筈だから――。
「そうだな――変身したままで居なさい!とか言われたら、流石にキレちまってたかもな」
「え、ええぇっ!!?」
真顔でそう言ったアッシュに、私は動揺を隠せなかった。
――あのまま興奮して、思い止まっていなかったら、確実にソレに近いことを言っていただろうから――。
「……ククッ、お前――本当に面白いな」
「!?ちょ、アンタご主人様をからかったわねっ!!」
「別にからかっちゃいないさ。ただ、思った以上に優しい奴なんだな……と、思っただけだ」
「っ!!?」
言葉が――出なかった。
飾り気無しに放たれた言葉が、私の意識を沸騰させた。
「だがまぁ、コレでルイズが『ゼロ』では無いことが証明されたな――何せ、俺を呼んだんだ。召喚魔法って奴は成功させたってことだろう?契約の魔法もな――そうすると、ルイズは『ゼロ』じゃなく『ニ』のルイズってことになるな……若干、語呂が悪いが」
「……プフッ、何よソレ」
優しいのは、どっちよ……。
「……もし、お前のことをゼロって馬鹿にする奴が居たら、そうやって笑ってやれば良い。そうしたら、馬鹿にする奴なんか居なくなるさ」
「バ、バカじゃないの?そんなわけ――」
「それでも馬鹿にする奴が居たら、俺が黙らせてやる……ルイズを守るってのが、使い魔としての俺が結んだ契約だからな」
コイツ、本当になんて――バカみたいに真っ直ぐで、大きいんだろう――。
片意地張ってた私の方がバカみたいじゃないの。
「――もっとも、いざとなったらお前の爆発魔法でどうにかしてやるのも、悪くはないか」
「……アンタねぇ」
ちょ、ちょっと人が見直してあげたって言うのに……やや、やっぱりお仕置きが必要かしらねぇ……?
「おお、お望みなら、その爆発魔法を味あわせてあげましょうか……?」
「待て――お前、此処まで片付けたのにまた振り出しに戻す気か?というか、何を怒っているんだ?」
「アンタがご主人様を馬鹿にするのがいけないんでしょうが!?」
「落ち着け――深呼吸だ。吸ってぇ……吐いてぇ……」
「すぅー……はぁー………すぅー……はぁー……って、落ち着けるかあぁぁぁっ!!?」
コイツは私を何だと思っているのか――うんよし決めた爆発させようすぐさせよう。
「はぁ……本当に馬鹿にしたつもりは無いんだがな……コレを見ろよ」
そう言ってアッシュが見せたのは、さっきまで着けていた上着だ――妙に丈が長い奴と、硬いような柔らかいような不思議な奴――見事にボロボロだ。
「コレは、さっきの爆発でボロボロになった装備だ。一張羅のコートは……まぁ、仕方無いとしてもだ――問題はコッチだ」
「――この服がどうしたってのよ?」
「――コイツは『サラトガスーツ』って言ってな――サラトガ繊維って言う特殊な繊維を、特別な手法で織り込んだ装備だ――どれくらい特別かと言ったら、炎や氷などの属性攻撃の威力を大幅に軽減する上に、並の爆発や衝撃ではビクともしないし、物に寄っては刃物も弾き返す」
「……は?」
「信じられないか?」
「だって、ボロボロじゃないコレ」
そんな凄い物だったら、あの爆発でこんなにボロボロになるワケが……。
「……俺が気になったのはソコだ。爆発の規模こそ小さかったが、サラトガスーツをボロボロにする程の爆発を受けて何故――俺は無傷なんだ?」
「それは……アンタがそれだけ頑丈ってことじゃないの?」
アッシュは改造されたって話だし、変身しなくても普通の人間よりは頑丈だと考えたんだけど。
「幾ら何でも、装備に風穴が空く程のダメージを受けたら俺自身も多かれ少なかれダメージを受ける――俺だけじゃない。シュヴルーズも爆心地に居たが、身体自体に外傷は無かった。……気絶こそしていたが、アレは爆風で吹き飛ばされて壁に頭をぶつけただけだしな」
「それじゃあ……」
「なぁ、ルイズ。俺は魔法に関しては門外漢だが……魔法ってのは、失敗したら爆発するものなのか?」
「えっ……」
その言葉を聞いて、私は耳を疑った。
――アッシュは何を言おうとしているのだろう?
「――言い方を変えようか。他の奴等も、魔法が失敗したら爆発するのか?」
「そ、そんなワケ――……あ」
そう、そんなワケがない。
本来、魔法が失敗したなら――そもそも何も起こらないのだから。
「普通なら、魔法が失敗したら……何も起こらない、わ」
「なら、ルイズの爆発は何故起きる?」
「それは――私の場合、他の人とは違う……」
違う『何か』がある、から――?
「――仮に、だ。ルイズが魔法を使おうとして、違う魔法が発動しようとしていたとしたら――どうだ?」
「違う、魔法?」
「恐らくルイズの魔法は失敗してこそいるが、それはただの失敗では無く、使えない魔法を使おうとして本来の魔法が代わりに発動している――とは考えられないか?」
衝撃だった――そういう考え方があるなんて、思わなかったから……けど。
「何で、アンタがそんなこと言えるのよ?魔法も知らない筈のアンタが……」
「……一つは、サラトガスーツをあそこまでボロボロにしておきながら、身体自体にダメージが殆ど無い爆発――そんな不可思議なモノが、ただの失敗とはどうしても思えなかったってのと……そんな失敗なら、下手な魔法より強力そうだなと思ったのが一つ――メイジの全てが魔法の失敗でそんな爆発を起こせるとか、信じたくなかったってのもあるな……」
ツラツラと理由を語るアッシュ――逆に、魔法を知らないからそういう考え方が出来るのだろうか……。
「しかし、爆発魔法ね――これを入れたら『サン』のルイズになるワケだが……」
「もう、それは良いってば……って、何か気になることがあるの?」
「ついさっき授業で聞き齧っただけだが、魔法にも属性ってのがあるんだろう?なら、ルイズの爆発はどんな属性かと思ってな――土の魔法……錬金だったな。それを使おうとして、代わりに発動するくらいだからルイズの得意な属性は別にあると思うんだが」
「そりゃあ、爆発なんだから……火、なんじゃないの?」
正直、キュルケの奴と同じ属性とか……考えたくないけど――。
「俺も最初はそう思ったんだが……ルイズの爆発の特性を考えると、どうにも火は関係無いような気がしてなぁ……」
「言われてみれば、そうね……」
改めて、自分の失敗魔法について考えるなんてしたことなかったけど――。
あの爆発は衣服や物を吹き飛ばす威力はあるのに、人を傷付けたりすることはなかった……。
私自身は勿論、他にも巻き込まれた人はいたけど、みんな目立った外傷はなかった。
――煤汚れたりした気はしたけど、考えてみたら土埃なんかが舞い上がってくっついただけだろうし。
……それによく考えたら私、火の魔法を成功させたことなかったんだった。
でも、そうすると私の属性って何なんだろうか?
水ではないし、土でもない――風ってこともないし。
「……分からないわね。一番可能性があったのは火の属性だったけど、アッシュの言うように普通の爆発じゃないし……何より、爆発の魔法って本当ならそれなりに高位の魔法なのよ。ファイヤーボールも使えない私じゃあ、到底出来ない魔法ね……」
「火でも無ければ土でも無いよな?なら、水か風……ってことも無いのか。爆発って言葉に結び付きそうに無いしな」
私とアッシュは、いつの間にか掃除の手を止めて話し込んでいた。
私にとっては使えないと思っていた魔法がどんな形であれど、もっと身近になるかも知れないのだから必死に考えもするし――自分の出来ないことを認めたりもする。
……それを誰かの前で認めようと思ったのも、アッシュが自分をさらけ出してくれたからなのかも――私だけ、何も示さないのは不公平だろうし。
「そうね――というか、水も風も私には使えないし」
正確に言えば、使っても爆発する――だけど。
「なら、消去法でいって虚無って奴じゃないのか?」
「――は?」
正直、その発想はなかった……って、イヤイヤちょっと待ちなさいよ!
「あ、アンタ自分が何を言ってるか分かってる?さっきも言ったけど、虚無は始祖ブリミルが使ったとされる伝説の属性で――お、畏れ多くもその属性が使えるなんて口が滑ったって言えないんだから!」
「――けど、始祖の魔法がどんな魔法なのかは知られていないんだよな?なら、どの属性にも当て嵌まらないルイズの爆発がソレに当て嵌まっても可笑しくないだろう?」
「そ、それは――」
――言われてみると、一々もっともだ。
こうして改めて考えているからこそ、あの爆発の異質さが分かる。
属性に当て嵌まらないというなら、コモンマジックの類があるけど……。
契約や召喚の魔法もコレに当て嵌まる。
私もコモンマジックなら、何とか使えたりするけど――とてもコモンマジックの類には、思えないのよね……。
それじゃあ……。
「私に、始祖ブリミルと同じ魔法が……」
畏れ多いとは思っても、口に出さずにはいられなかった。
魔法の成功率が――素質がゼロだという謗りを受けてきた私が、始祖と同じ力を使えるかも知れない――そう考えたら、恐くもあったけど――それ以上の歓喜に包まれてもいた。
「あくまで消去法で挙げたら、の話だ。もしかしたらまだ誰も知らない、ルイズ独自の魔法という可能性もあるワケだからな――とりあえず、まだ情報が足りねぇ。色々と調べてみるのも良いかも知れないぜ?」
「し、調べるって……」
「始祖と同じ魔法が使えるかも知れないってんなら、始祖のことを調べたら何か分かるかも知れないだろう?始祖ブリミルってのが神様みたいに思われてるなら、始祖に纏わる資料くらいあるだろうし」
「そ、それはあるかも知れないけど、そういう重要な資料って許可が無いと閲覧出来なかったりするのよ?」
「だったらお伽噺の類でも構わないさ。何気無い話の中に真実が隠されているなんて、意外によくある話だしな」
そう語るアッシュには、妙な説得力があった。
……そう言えば、アッシュは色々な人の依頼を受けて、あちこち飛び回っていたとか言ってたっけ?
「それも経験則って奴なわけ?」
「まぁな。けど、結局の所はルイズが決めることだ――魔法なんて今まで知ることも無かった俺が推論を語った所で、説得力なんか無いだろうしな」
「――調べるわよ。もしかしたら、何かの取っ掛かりになるかも知れないんだもの……調べるに決まってるじゃない!!」
「なら、俺も手伝おう。もっとも、此処の文字が読めない俺では、あまり力になれないかも知れないがな」
……そう言えば、アッシュはキョウツウ言語というのは知っているみたいだけど、このハルケギニアの言葉は知らないんだっけ?
同じハルケギニアにあるのにロバ・アル・カリイエって、コッチと言葉が違うのかしらね?
「アンタってキョウツウ言語以外読めないの?」
「いや、日本語、アメリカ語、ドイツ語――後はフランス語とかも読めるな――ハンターをやっていく上で、多国語を覚えるのは必須だしな」
「……全っ然わからないけど、アンタがコッチの言葉を読めないのはわかったわ」
でも、そのくせ言葉のやり取りは出来るのよね――多分、使い魔契約の……ん?、ちょっと待ってよ……確か、使い魔の契約をする前から普通に話せていたわよね、私たち――。
って、ことは契約の魔法――コントラクト・サーヴァントが、意思の疎通に影響を与えているわけじゃないってこと?
じゃあ、召喚魔法の方にそういう効果があったのかしら……って、考えてみたら当然なのかも。
召喚しても意思の疎通が出来なければ、契約自体を行うことが出来ないかも知れないし……。
仮にドラゴンなんかを召喚したとして、契約しようとしたら頭からまる齧り――なんて、洒落にもならないもんね。
「どうかしたのか?」
「ちょっとした勘違いに気づいただけよ――さっき、アンタが質問してきた時に『契約の魔法の影響で言葉が理解出来るようになったのか?』って、聞いてきたじゃない?」
「ん、そうだな」
「でも、考えてみたら私たちって契約をする前から普通に話してたでしょう?だから、契約の魔法の方じゃなくて召喚の魔法の方が影響を与えているんじゃないか――って、思い至ったわけ。ただそれだけよ」
「――あぁ、そう言えばそうだったな。契約の方法が印象深くて、すっかり忘れてたぜ」
「ちょっ!?アア、アンタねぇ……ッ!!」
サラッとそんなことを言ってのけるアッシュ。
コイツ、真顔でそんなことを言って――お、思い出しちゃったじゃないっ!!?
「い、言っておくけど、あくまで使い魔との契約のためにしたことで、仕方無くなんだからねっ!!変な勘違いしないでよ!?」
「分かってる分かってる。まぁ、犬に舐められたと思って諦めてくれ。俺は役得だったが――」
――ッッ!!
「ふ、ふふふ……アッシュ……アア、アンタにはつ、使い魔としての意識が欠けているようねぇ……ご主人様としてしっかりと躾なきゃ「さて、ボチボチ作業を再開するか」って、無視するんじゃないわよ!!」
「無視とは人聞きが悪いな。とりあえず深呼吸しろ――した上で、今やっていることを思い出せ」
「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」
私は言われた様に深呼吸をして……周りを見渡す。
最初、黙々と片付けていたからかそれなりには片付いてきている。
――さすがに、コレをまた始めからやり直したくはない。
「思い出したか?」
「……ええ。思いっきり釈然としないけどねっ!!」
「そう言うなって。反応が面白くてからかったのは確かだが、嘘はこれっぽっちも言ってないんだ。悪かったとも思ってるから、今回は見逃せ」
「うぐぐ……」
た、確かにやり直したくはないけど……なんか、すごく、納得いかない――っ!!
「こ、今回は特別に許してあげるけど――次は容赦しないからね……覚えておきなさいよ……!!」
「了解だ」
涼しい顔で返すアッシュを見て、コイツ絶対に反省してないなと思った。
もし次があったら、コイツが言う『爆発魔法』を喰らわせてやろうと、私は強く誓うのだった。
***********
――結局、ルイズと話し込んでいた為に中断していた片付けが終わったのは、昼近くになった。
ルイズの持つ魔法の力については憶測でしかないが、恐らく配線を間違えて誤作動する機械みたいなモノなんだろうと解釈した。
それが正しいのかは分からないが、ルイズの瞳に活力が漲った様に見えたので、言ったことに関しては間違っていなかったのだろうよ。
――後はするつもりが無かったブレードトゥースへの変身だが、結果的には変身して良かったと思う。
お陰で与太話だと思われていた自分語りが、真実であったと認めさせることが出来た。
どうやら変身を見せた後も今まで通りに接してくれる様だしな。
「しかし、思ったより時間が掛かったな」
「……そりゃあね。机の破片や埃を取るくらいで良かったのに、誰かさんが水拭きやら、新しい机を用意しに行ったりしたからだと思うんだけど?」
「後で駄目出しを喰らうよりはマシだと思うぞ?」
「それはそうかも知れないけど……先生方に口利きしたのは私なんだからね!」
「それに関しては、素直に感謝だな」
机を用意しに行こうとした俺はルイズに引き止められ、代わりにルイズが教師に頼み込んで備品の手配をしてくれたワケだ。
……俺だけだったら、コルベール辺りを頼ろうと思っていたのだが。
考えてみたら、コルベールも教師なので授業を受け持っているだろうし、四六時中あの研究室に籠っているわけではあるまい。
「まぁ、わかってるなら良いけど……で、さっき言ってた調べものだけど、今日の授業が終わったら早速始めるわよ!」
「善は急げって奴だな。何処か調べられる場所でもあるのか?」
「図書館があるわ。一部の書物は閲覧に許可が必要だけど……とりあえず、調べられる場所から調べていくわよ!」
「了解だ――だが、まずは腹拵えをしねぇとな」
時間は昼時だ。腹も減る――また、あの地獄を味わうかと思うと気が滅入るが。
で、食堂に着いたワケだが――朝と変わらず、食いきれない量の御馳走を当然の様に『ささやかな糧』として戴く貴族の坊っちゃん嬢ちゃんども。
――あの世界を生き抜いた者としては、正直に言って正気を疑わざるを得ない。
「なぁ、ルイズ――朝も思ったが敢えて言うぞ……コレは絶対に『ささやか』じゃねぇ――」
「平民……貴族じゃないアンタには分からないでしょうけど、貴族にとってはコレでも『ささやか』なのよ。パーティーとかだと、これ以上なんてザラだし」
「……マジかよ」
俺は最初、此処の貴族がシエルタのギンスキーみたいだと思ったが……訂正する。
ある意味では、シエルタのギンスキー以上だコイツら……。
これ以上の大御馳走とか、俺には想像も出来ないんだが……。
「俺は始祖ブリミルが、どんな奴だったとかは知らねえが――食べ物を粗末にしろなんて教えは、残したりしないと思うんだがな――どっかで教えが歪んでんじゃねえのか?」
「ちょっと!滅多なことは言わないでよね!?」
別にブリミルを馬鹿にしたつもりは無いんだが……。
ルイズ曰く――ブリミルの教えは現在ハルケギニア全土の国教となり、その国教はロマリアという国が取り仕切っているとか――。
「それ、絶対そのロマリアが色々歪めてるだろ?」
「だから滅多なことは言わないでってば!!異端審問にでも掛けられたらどうするのよ!?」
「異端も何も、俺はブリミル教の信者じゃねぇし。つーか、そもそも無神論者だ――あそこは神頼みなんかで、生き残れる様な場所じゃ無かったしな」
「そ、そりゃあアンタが居たところはそうだったのかも知れないけど、使い魔のアンタがそんな態度だと、私まで異端だって疑われかねないでしょうが!!お願いだから、自重してちょうだい!」
「了解、なるべく気を付けるぜ」
小声で叫ぶ――という器用な真似をするルイズの意見は尊重しておこう。
そもそも、使い魔に信仰は関係無い気もするが――言わぬが華って奴だな。
実は……一時期ではあるが、成り行きでハッピー教団なる宗教団体に入信しちまっていたのだが――そこはスルーしておこう。
「――で、俺はまたパンとスープのみ、か」
「し、仕方ないでしょう!?色々あって、量を増やしてもらうように頼めなかったんだから!」
「まぁ、良いけどな」
メシ自体は美味いからな――とは言え、量には不満があるし……また山盛りタコスの出番か。
いや、いっそのことアホウ鍋でも食おうか――。
「――はぁ、仕方ないわね……私の分を少し分けてあげるわよ」
「……良いのか?」
「……実際アッシュの言うように、私は食べきれないしね。勿体ないのは確かだから、その……食べるのを手伝いなさいよ!」
「――そういうことなら、喜んで手伝わせて貰おうか」
ルイズなりの優しさって奴なのだろうが――誰かさんに似て不器用なことだ。
……気を遣わせているのも、あるかもしれねぇな。
だがまぁ、悪い気はしないから甘んじて受け入れるさ。
――地べたに座るのは相変わらずだが。
「――美味いなぁ、コレ」
「そんな染々言わなくても……本当、アンタって下手な平民より質素な生活をしてたのね……」
「質素というより(ガツガツ)食材の違いかもな(ムシャムシャ)――ッ!!(ングング――)プハァ……こんな美味いメシは本当に初めてだ」
ルイズから分けて貰った鶏肉を焼いた料理は、実に肉の味が濃い上にソースがまた絶品だ。
フルーツを裏漉しして作られた様な、甘めのソースが鶏肉にベストマッチだ。
他にも、サラダも野菜の風味が強くて実に美味い――掛かっているドレッシングも、塩とか酢なんかのシンプルなモノだが――逆に野菜の味がクッキリ分かって良い。
他にも調理方法は分からないが、べらぼうに美味い料理を数多く堪能することが出来た。
「ふぅ、ご馳走さま――だ」
「もう……アンタはガツガツ食べ過ぎ!周りの目もあるんだから、少しは堪えなさいよっ!!」
「いや、悪ぃな。俺も最初はそうしようと思ったんだが、予想以上に美味くてな――本能を抑えられなかったぜ」
人間の三大欲求――って言うのか?
それは中々抑えられない……特に、コレだけ美味いメシだとな。
「アンタって、モンスターハンター……だっけ?要するに魔物狩りをしていたのよね?すごく稼いでいたって話だし、実際にアレだけの金塊や銀塊を持っていたんだし――このくらいの料理なら普通に食べられる気がするんだけど……」
「言ったと思うが、俺の所は大破壊の影響で自然の殆どが荒野になっちまってるからな――自然が残っていたり、一部再生している部分もあるにはあるが……その土壌や水は汚染されて、まともな植物は育たなくなったらしい。遺伝子改良やらを行って、そんな土壌でも育つ植物を作ったが――味はオリジナルには及ばないモノになっちまったそうだ」
「――あ、だからアッシュから貰ったサンドイッチの食感が、変な感じだったのかしら?」
「多分、な」
食感だけでなく、味に関しても劣っている。
どんな劣悪な環境でも育つ様に改良された――故に味に関しては二の次ってワケだ。
俺も、パンってのがあんなに美味いモノだとは思わなかった。
――そんな本物とは数段劣る様な代物を、美味く作ったのは間違いなくシセの――もっと言えば、料理人の努力の賜物なんだろうな……。
「食うのに困らない位には――ぶっちゃければ、一生遊んで暮らせる位には稼いでいた。だがまぁ、幾ら金を持っていても物が無ければどうしようもないからな」
「ふーん……大変なのねぇ、アンタが居た場所って。東の方ってみんなそうなの?」
「さぁ、どうだろうな?俺の居た大陸はそんな感じだが……そもそも他の大陸には行ったことがねぇからな」
それに、そもそも『世界』が違う可能性だってあるワケだからな。
というか、今日の料理を食って益々その疑念が強くなった――。
これだけ潤沢な本物の食料を保有していたなら、略奪が行われていても可笑しくはない――そういう時代と場所の筈なんだ、俺の居た場所は。
――もっとも、最初に考えていた様に――奇跡的に大破壊の影響を免れた大陸って可能性も、無いわけでは無いだろうしな。
「お茶をお持ちいたしました――あら、アッシュさん!」
「お、シエスタか。食堂でも働いているのか?」
何やらティーカップと、皿に乗った菓子の様な代物をトレーに乗せてやって来たのは、朝に世話になったメイド――シエスタだった。
「はい!学園内の雑務や貴族様方の身の回りのお世話をするのが、私たちの仕事ですから」
「へぇ、偉いモンだなぁ……っと、邪魔したら悪いよな。気にせず続けてくれ」
「はい、それでは失礼しますね」
丁寧な仕草の後、シエスタは再び配膳を再開して行った。
「なに?アンタあのメイドと知り合い?」
「朝、色々と世話になったんだよ。誰かさんに洗濯を頼まれたは良いが、水場の場所は教えられなかったからな。その時に色々教えてくれたのが彼女だ」
「う……わ、私の落ち度って言いたいわけ?」
「別にそこまでは言ってねぇよ。ただ、今後何かある時はしっかりと情報をくれると助かる」
「わ、わかったわよ……」
正確な情報ってのは、それだけで武器になる。
どれだけ正確な情報を持っているかで、その依頼の成功率は大きく変動するからな。
ルイズもあの時は使い魔と主人の差を見せ付けようと必死だったみたいだからな――まぁ、さっきの教室での焼き増しになりそうだから言わないが。
とりあえず、目の保養にはなった――。
「――アンタ、何か変なこと考えてない?」
「気のせいだろ?」
コイツ、超能力者か?――魔法使いだったな。
いや、魔法はまともに使えないと言っていたよな――……ただの勘か?
「ところで……何だそれ」
「何って、紅茶とクックベリーパイだけど?」
紅茶は分かる――飲んだことは無いが。
もう一つの焼き菓子、か?
見たことも聞いたことも無い代物だが……。
パイと言うからには、アップルパイみたいな物か?
「……これはあげないわよ?」
「それは残念」
ジト目でこちらを見てくるルイズに、思わず肩を竦める俺。
少し興味があったのは確かだが、どうしても食ってみたいワケでは無い――。
「も、申し訳ございませんっ!!」
「……あ?」
等と益体も無いことを考えていたら――突然、謝罪の言葉が聞こえてきた。
声の方を向くと、そこには数人の人だかりが出来ていた――今の声は……。
「何か、あったのかしら?」
「――少し行ってくる」
「あっ、ちょっと!?」
今の声は……間違いなく、シエスタの声だ――まるで怯えた様な声に、俺は足早に人だかりへ向かって行った。
***********
「謝られても困る――君のせいで、いたいけなレディたちが傷付いてしまったんだからね……どう責任を取ってくれるんだい?」
「あ……あぁ……っ」
俺が人だかりに近付くと、相手を威圧するような――そんな声が聞こえてきた。
声の方を見る――金髪の細身に見える野郎が、頭を下げるシエスタを見下している。
――シエスタの表情は顔面蒼白で、見るからに怯えてしまっている。
まるで、自分の運命が此処で終わってしまったのだと、言わんばかりに――。
「……おい、これはどういう状況だ?」
「うぇ?あ、あぁ……僕も途中から見ていただけだから詳しくは分からないけど――」
俺は近場の奴を捕まえて状況を説明させた。
曰く、あの金髪――ギーシュと言うらしい――の怒りを買ったシエスタが、ああして見世物にさせられている。
その理由というのが……ギーシュが付き合っていた女二人に二股がバレてしまい、その原因をシエスタが作ったから――だそうだ。
「要するに、フラれ男のヒステリーかよ……くっだらねぇ」
「……そこの君、何か聞こえた気がしたが――まさか、僕に言ったんじゃないだろうね?」
「おっと聞こえていたか――まぁ、聞こえる様に言ったんだから当然だな」
俺の声に耳敏く気付いた金髪が、こちらを睨み付けてくる。
なので、俺は『仕方無く』人だかりから中心部へと進入する。
「あ……アッシュ、さん……」
「大丈夫――じゃ、なさそうだな」
俺はシエスタを背に庇う様にして、背中越しに視線を送り――苦笑い。
真実、庇ったのだがシエスタの顔には信じられないという、絶望感にも似た表情。
「なんて顔してんだ――そこは安心して欲しい所なんだがな……」
「おい君!!聞いているのかっ!?」
「あぁ、済まない。どうでもよかったから忘れてたぜ」
「ッッ!!!」
まぁ、コレだけ煽ればシエスタに対する怒りは、殆どコッチに向いただろう。
「……と、君は確かルイズに召喚された平民君じゃないか」
「そういうお前は、ルイズのクラスメイトだよな?」
教室で、コイツを見掛けた。
使い魔らしい奴は見掛けなかったが――ルイズ曰く、大型の使い魔を召喚した奴は、流石に教室には入りきらないから外で待機させているんじゃないか……ということだが、コイツもそうなんだろう。
「なるほど、主人が主人なら使い魔も使い魔ということかな――良いかね使い魔君。君は事の顛末を知らないだろうから特別に教えてあげるが……」
頼んでもいないギーシュの説明を、分かりやすく噛み砕いて説明するなら、だ。
食後に友人と談笑していたギーシュのポケットから、ギーシュが女から貰い受けた香水の瓶が転げ落ち――それをシエスタが拾った。
それをシエスタは親切心から、ギーシュに渡そうとした。
しかしギーシュは受け取りを拒否――困り果てたシエスタだったが事態は進む。
その香水は特別な物で、女のお手製であったらしい。
それに気付いた友人たちはギーシュを囃し立てる――その女と付き合っているのか、と。
それをギーシュは否定。
――否定というよりは、付き合っているのでは無く、向こうが勝手に好意を寄せているだけだと説明したらしい。
そこに香水を渡した女とは別の女がやってくる――この女もギーシュが手を付けていた女で、ギーシュの話が聞こえてしまい――ギーシュは言い訳をするも、手痛い平手打ちを喰らって別れを告げられた。
更には此処で香水をギーシュに送った女が登場――言い訳をするギーシュに、頭から香水をぶっかけて別れを告げられた。
で、泣きっ面に蜂状態のギーシュ君は香水を拾ったシエスタに当たり散らしていた――と。
「成程な」
「分かったかね使い魔君。彼女は平民であるにも関わらず、貴族の面子を傷付けたばかりか可憐な蝶をも傷付けたのさ。如何に女性とは言え許しがたきことだよ」
「ああ、良く分かったよ――」
気障ったらしい台詞と仕草で、自分の正統性を主張するギーシュに――俺は軽く頷いた後、大きく溜め息を吐いて言ってやった。
「テメェがどうしようもねぇ……馬鹿野郎だってことがな」
「な、なんだとっ!?」
「二股掛けていたってのもどうしようもねぇが……テメェがどうしようもなく馬鹿げているのは、言い訳をして――しかもその言い訳で他の女を引き合いに出したってことだ。例え、相手の女たちがテメェに本気だったとしても――いや、本気だからこそ惚れた男から二枚舌で貶されたら――傷付くに決まってるだろーが――そいつらを傷付けたのはシエスタじゃねぇ……テメェだ」
「ぐッ……使い魔のくせに、言いたい放題言ってくれるじゃないか……」
「そして、テメェが何より救い難ぇのは――そのテメェ自身の馬鹿さ加減を棚に上げて、女に当たり散らしたってことだ――しかも立場の弱い平民のシエスタに、だ。――どうもフェミニストを気取りたいらしいが、俺からすりゃあテメェはただのナル野郎なんだよ……小僧」
……俺自身、こんな説教を垂れる程ご立派な生き方はしちゃいねぇが……それでも女の涙なんか、見ていて気分の良い物じゃねぇ……。
ましてや、借りを作った相手が辱しめられていたなら――尚更だ。
「くっ……君が何を言っているのか分かりかねるが――僕を侮辱していることは分かった……貴族を相手にそこまでの無礼な暴言――覚悟は出来ているんだろうね……?」
「どうしようってんだ?」
「此処で君を断ずるのはわけないが、せっかく優雅な食後の一時を楽しむ皆の邪魔はしたくないのでね――君に決闘を申し込むっ!!よもや、逃げるとは言わないだろうね?」
決闘――と、来たか。
コイツ、意味が分かってて言っているんだろうな?
「……良いぜ、受けてやる――で、その言い方だと此処でやるワケじゃねぇんだろ?」
「当たり前だっ!!――『ヴェストリの広場』で待つ。逃げずに来たまえよっ!!」
そう言ってギーシュは去っていく――多分、ヴェストリの広場とやらに向かったんだろう。
つーか……。
「何処がそのヴェストリの広場なのか、分からねぇんだがな……」
広場らしい場所なら見掛けたが……そこがヴェストリの広場なのかは分からねぇ――今度、改めて学院内を探索しておいた方が良いかもな。
「おい、ヴェストリの広場ってのは何処にあるんだ?」
俺は手近に居た、ギーシュの友人と思われる奴に聞いてみた。
ギーシュが去り際に一言二言、声を掛けていた。
恐らく、逃げ出さない様に見張りを兼ねて残っているんだろうが――。
「案内してやる。着いてこい平民!!」
「ありがとよ」
息巻くギーシュの友人(仮)に、軽く礼を述べてからソイツに着いていこうとしたら――。
「だ、だめ……行ったら、あなた……殺されちゃう……」
シエスタに引き止められた――その顔は見るからに顔面蒼白のままで、恐怖がありありと浮かんでいた。
俺を心底心配してくれているんだろうが……出来れば、その太陽みたいな顔を曇らせないで欲しかったんだが――。
「――そこのメイドの言う通りよ!やめておきなさいアッシュ!!」
「って、ルイズもか――なんだ、心配してくれるのか?」
「アンタはメイジを知らないから強気でいられるのかも知れないけど――メイジと平民じゃあどうしようないくらいの差があるのよ!!アンタが幾ら元居た場所で魔物狩りをしていたって言っても――『そのまま』じゃ、絶対に勝てないわ!!今から謝れば、ギーシュの奴だって悪いようにはしないだろうから――」
「そこまで言うってことは、あのギーシュって奴はトライアングルとかスクウェアとか言うレベルのメイジなのか?」
「い、いえ――ギーシュはドットメイジ、だけど……」
ドットってのは、メイジで一番下のランクだったよな――そんなルイズの答えを聞いて、俺は大きく溜め息を吐いた。
「……お前、そんな格下相手に俺が負けるとか、本気で思ってるのか?」
「そ、そんなの――」
ルイズは言葉を詰まらせた――俺は、それなりに修羅場を潜り抜けて来たつもりだ――植え付けられた野性の勘ってのもあるが……だからこそ尚更、あのギーシュからは脅威を感じねぇと、自信を持って言える。
「成程、俺はあくまでも普通の人間に毛が生えた程度で、ブレードトゥースにならなきゃ格下メイジにも勝てねぇと思われているワケだ」
「そ、そんなの当然じゃないっ!!」
そうハッキリ言ったルイズを見て、俺は再三大きな溜め息を吐いた――。
「――コレは是が非でも行かなきゃならねぇな」
「ちょっと、アッシュ!!」
「おい、早くしろよ!!」
呼び止めるルイズを他所に、急かす案内役に手を振って答えながら歩を進める――。
「アンタね!?ご主人様の言うことはちゃんと「よく見ておけよルイズ」――え……?」
俺は振り返らず、ただ声だけを返す。
「お前が引いたのは、外れクジなんかじゃねぇってことを――見せてやるよ」
まぁ、意地ってモンがあるんだよ――男の子には、な?
それに、この意地っ張りな雇い主様が何時までも馬鹿にされてんのは、何か腹立つしな。
「シエスタも見ておけよ?貴族だ平民だの、メイジだのそうじゃないだの――そんなモンを全部ひっくり返して来るからよ」
「ア、アッシュ……さん……」
「だから、その時はまた――元気な面を見せてくれよな?」
借りを作ったままなんてのは、性に合わない。
それに、この子には曇った顔は似合わないだろう――だから。
「待たせたな――行こうぜ?」
メイジだろうが何だろうが関係ねぇ――俺は俺の筋を通すだけだ。
今までも――これからもな。
次回、優秀な土ドットメイジ対RPG至上最強のレベル1(現在レベル119カンスト)の対決。
「マグロ、ご期待ください」
並にお約束な展開になることは間違いない(何