ゼロの使い魔―荒野の刃獣譚―   作:神仁

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METALMAX4発売&購入記念!!



プロローグ―決着と始まり―

 

 

――地球。

 

――かつて人類は、科学の進歩と共にその星で繁栄してきた。

 

栄華を極め、このまま人類は子々孫々に到るまで栄え続けると――誰もが思っていた。

 

そんな夢の様な現実はしかし、儚くも打ち砕かれることになる――。

 

奇しくも、人類の繁栄を促した――科学に因って。

 

人類は繁栄したが、その結果……地球は深刻なダメージを受けていた。

 

それを打開するために、人類が作り上げたのが――スーパーマザーコンピューター『ノア』。

かつて神話の時代、選ばれた者達を乗せる為に作られた、方舟の名を冠したソレは――人類の運び手とは、なり得なかった。

 

自然環境を復活させるため、地球という星の繁栄のために『ノア』が導き出した答えは――人類抹殺。

 

コンピューターの暴走――その生活の多くを、科学に委ねていた人類が駆逐されていくのに、それほどの時間は掛からなかった――。

 

勿論、人類も抵抗を試みた……その結果、海は汚れ、大地は枯れ果て、そして……人類の過半数は死に絶えた。

 

僅か数ヵ月の出来事である――。

 

世界各地の主要な都市が破壊された、歴史の分水嶺――これを人々は『大破壊』と呼んだ。

 

 

しかしそれでも、人類は滅んではいなかった――。

 

僅かに生き残った人々は、廃墟に身を寄せあい、過去の文明の遺産を食い潰しながら、細々と――だが逞しく生き延びていた。

 

そして、『大破壊』が伝説となり、僅かながらも人類がその営みに因って人口を広げていくと――そんな人々の中から、やがて、失われた文明の遺物を使い、コンピューターの暴走により生まれた怪物――『モンスター』を倒す、命知らずな賞金稼ぎたちが登場することになる。

 

それが、モンスターハンター……通称『ハンター』である。

 

――そして今、世界の片隅で、数奇な運命に翻弄された一人の若者が、その運命に決着を着けようとしていた――。

 

**********

 

「これで――終わりだっ!!!」

 

俺は自身の駆る、真紅の戦車――『レッドウルフ』の全砲門を解放――目の前のクソッタレに、トドメの弾丸をくれてやった。

 

『グガアアアァァァァァッ!!?キ、サマ、キサマごときにいいぃぃぃぃっ!!?』

 

砲弾、ミサイル、レーザー……ありとあらゆる武装をぶちこんでやった――。

 

巨大な三つ首の竜と化した――あのクソッタレに――!

 

『バカな……バカナアアァァァァァッ!!?』

 

奴は、その無茶な変身のツケが来たのか、或いはダメージが蓄積した故か――三つあった首は一つとなり、その残った首もまた、胴体から白骨化していった――。

 

グラリと――。

 

その巨体はゆっくり後ろへ傾き――。

 

破裂する様な水音と共に、海中に没して行った――。

 

―――周囲の喧騒が、消え失せていく。

 

『……おいおい、マジでやっちまったよ――夢じゃあねーよな、おい?』

 

『……馬鹿だね、夢なもんかい……やったんだよ、アタシたちは!』

 

通信装置のモニターに映るのは、俺の仲間たち――。

 

プラチナカラーに塗られた車体が眩しい――『MBT77』という戦車に乗った男のハンター『クリント』。

 

『モトクロッサ』という名のバイクへ股がり、会心の笑みを浮かべる女ソルジャー『サラ』――そして。

 

『あっ、ちょ――コラァッ!?』

 

『ワンッ!!』

 

サラの通信モニターに映っていた顔が変わった……犬だ。

恐らく、サラのモニターの前に割って入ったんだろう――。

 

コイツがもう一人……いや、一頭か。

もう一頭の仲間――茶色い毛づやの中型犬――『ポチ』だ。

 

『ちょっと……狭いし、重いんだよアンタはぁ……その、背中の砲台が、何キロあると思って……とっくに積載量オーバーだよ……コノっ……!』

 

『だーはっはっはっ!!良いぞポチィ!!もっとやれぇっ!』

 

『クリント……アンタ、後でシバく……!!』

 

このやり取りに、苦笑が浮かぶ。

アレだけの戦闘の後にコイツらは――いや、アレだけの戦闘の後だから――か。

 

と、そんな勝利の余韻に浸っている時に、モニターに新たな通信が入る。

 

『ちょっと、リーダー大丈夫!?』

 

心配そうな表情でこちらを伺うのは、銀の長髪を後ろで束ねた女メカニックの『あてな』。

 

『急に潜水艦が動き出したが――どうなってるんだぁ!?』

 

同じくこちらを心配しているのだろう――筋骨隆々な、モヒカンヘッドの男レスラー『ハンセン』が、問い質して来た。

 

……って、そうだったな。

 

「決着は着けた……だが、どうにも船が爆発するみたいでな……」

 

そう、俺たち――正確には、俺とクリントとサラ、そしてポチは地上にいるワケでは無い。

 

俺たちが居るのは艦の上――超巨大潜水艦『ジャガン・ナート』の甲板の上なのだから――。

 

『爆発って……洒落になってないじゃない!!』

 

『うーん……ゲージツは爆発だとは言うけれど、君たちが爆死するという結末は、あまりゲージツ的ではないねー……』

 

こちらを咎めて来たのは、女ハンターの『サキ』、そして気障ったらしく言葉を紡ぐのはアーティスト男の『パブロ』だ。

 

「分かってるよ。コッチは全員無事だから、今から脱出する――。ソッチは無事か?」

 

『生憎と全員無事だぜ?他の連中は勿論、犬ッコロたちもな!つーワケだから、さっさと帰って来いよリーダー?奴を倒した賞金で祝勝会といこうぜ!』

 

「了解だ――ヌッカの酒場で待ち合わせよう。戻ったら浴びる程飲むぞ……覚悟しとけよ!!って、他の奴らにも伝えておいてくれ」

 

俺の問いに、ハンセンが答えてくれる――。

 

『冷血党』、あるいは『クラン・コールドブラッド』。

 

ここら一帯を、血と恐怖で震え上がらせた、ならず者の集団――。

 

俺たちは、その冷血党を潰す為――否、冷血党の首魁との決戦の為に、このジャガン・ナートに乗り込んでいた。

 

俺自身は、奴との因縁を清算する為に――そして。

 

(『約束』は果たしたぜ――爺さん)

 

今は亡き、約束を交わした者の為に――何より――誰よりも自由を望んだ……アイツの為に。

 

『もう、みんなその前にやることがあるでしょう?――リーダーも、戻ってきたら、私の所に来てね?どんな怪我でも、治してあげるから』

 

「そいつはありがたいな――俺やクリントはともかく、サラはバイクだから生傷が絶えないしな」

 

苦笑いしながらも、その瞳に慈愛を宿す女ナース……『フロレンス』。

俺たちもそうだが、流石にアッチも無傷では無いよな――。

 

当然だ。

 

このジャガン・ナートに乗り込む時、俺たちは二手に別れた。

 

俺、クリント、サラ、ポチはジャガン・ナートを止める為に中枢コアへ。

 

他の奴らは、そんな俺たちを先に進ませる為の陽動――。

 

敵の数が予想以上だったので、こういう作戦をとったのだが――お陰で本懐を遂げられた。

 

紆余曲折はあったけどな――。

 

「というワケだ、お前ら。このまま海の藻屑になる前に、脱出の準備を始めるぞ。ジャレ合うのは、戻ってからにしろ」

 

『『誰がジャレ合ってんだよ(のさ)!?』』

 

陽動班との通信を終えても尚、続いていた息の合ったコンビプレイに相変わらずだな……とは思うが、モニター越しに見える外の風景から、海面が近くなっていることを認識――浸水が大分進んでいるのが窺える。

 

だが、このペースなら、俺たちが脱出する余裕はある――。

 

「『ドッグシステム』はどうだ?生憎、俺のドッグシステムは使い物にならなくなっちまってな……」

 

『アイツ、リーダーを目の敵にしてたからね……アタシの方は……そもそも、ドッグシステムは積んでないしね』

 

『ったく、仕方ねーな……俺の方のシステムは生きてっから、俺のシステムと連動させんぞ?つか、俺のシステムも壊されてたら御陀仏だったじゃねーかよ……』

 

『ドッグシステム』とは、小型の車載転送装置のことだ。

 

以前までは、それぞれの街に設置された――大型の人間用転送装置が主流だったそうだが、転送事故が多発した為に今の車載型が主流となったらしい――。

 

俺も詳しいことは知らなかったが、あてなから聞いた話だと――。

宇宙に浮かぶ人工衛星から情報を得て、周辺の地形を記憶――目印となる街や建物の周辺へと量子跳躍させる――らしい。

 

軌道エレベーターなんて物があったのだから、人工衛星があっても不思議じゃないんだが――俺のiゴーグルも、人工衛星の恩恵を受けているわけだし。

 

この量子跳躍というのは、生物や物質を量子変換して空間を跳躍する――という物らしいが、詳しいことは知らん。

 

生憎、そっちの知識には詳しくないんだ――精々、何となく理解している――程度だからな。

 

『オッケー、クルマ三台、人間三人、犬一頭――確かに認識した。何時でも跳べるぜ?』

 

クリントからの報告を聞き、俺は頷く。

 

「分かった。じゃあ早速――」

 

その刹那――静寂が支配していた筈の海面に、爆音と違う程の水音が木霊した――。

 

次いで、クルマに走る衝撃――。

 

――油断があった……気が抜けていたのも認める――。

 

だが――何故――。

 

『――グギギギギ……』

 

何故、貴様がまだ――!?

 

簡単だ……奴はまだ、死んでいなかったんだ――。

あんな、骨だけの状態でありながら――!

 

『キサマダケハ……キサマダケハキサマダケハキサマダケハアアアァァァァッ!!!!』

 

「ぐっ……!?」

 

奴の骨だけとなった長大な首が、俺の戦車を締め付ける――ギチギチと、ミシミシと、戦車が軋みを上げる――。

此処までの激戦で、限界が近かった相棒は――ただソレだけで火花を散らし、モニターにノイズが走る――。

 

 

『リーダー!!?』

 

『あの野郎……まだ……!?』

 

サラの悲鳴に近い声と、クリントの驚愕する声が聞こえてくる――。

 

俺は何とか奴の拘束から逃れようと足掻くが、コレだけ密着されていたら、大砲も機銃も、S−Eも使えやしない――。

 

精々、海に引き摺り込もうとする奴に抗って、相棒のエンジンを吹かせるくらいだ。

 

『ウウゥゥゥゥ……!!』

 

『駄目だよポチ!あの位置じゃあ……リーダーのクルマにも当たっちまう……』

 

『おいどうすんだよ!?あんなの引っ付けたまま転送なんて出来ないぜ!?』

 

今にも背中の砲門を解放しようとするポチを、サラが宥めている中――俺はクリントの言葉を聞き、こんな状況でありながら―――その言葉の意味を、冷静に考えていた。

 

何故、転送出来ないのか――簡単だ。

 

転送事故――。

 

幾らドッグシステムが、完成度の高いシステムだとしても、根本が量子跳躍というデリケートな技術であるのだから――結果として想定外の使い方は出来ない。

 

あくまでも、ドッグシステムは『移動用』の転送装置だ。

応用で、洞窟や遺跡から地上へ脱出するといった用途にも使えるが――戦闘中での使用は想定されていない。

 

仮に、戦闘中にドッグシステムを使用した場合、相手からの攻撃で誤差動を起こす可能性があり――今の様に敵が密着した状態だと、その敵を一緒に転送させてしまう危険がある――。

 

だが、何より危険なのは誤差動で何処に跳ばされるか分からないことだ。

 

――最悪、土の中に転送されて生き埋め――なんて事態も十分に考えられる。

 

――軽く知識を聞き齧った俺ですら、コレだけの可能性をあげられるんだ――他にも、何かしらの危険性があるのかも知れない。

 

――なら、答えは一つ。

 

『!?おいリーダー、何やって……』

 

俺は、待機状態だった転送システムの連動を解除……アクセルをオートに、頭上のコクピットハッチを開け放ち――外へと顔を出し、奴へ装備していたロケットパンチを向ける――。

 

「いい加減に……くたばれっ!!」

 

両の手に装備されていた手甲――ロケットパンチが発射される。

 

ロケットパンチは奴の頭蓋に命中……その頭骨の一部を破砕する。

 

――しかし、それでも奴は力を緩めない。

 

それどころか――。

 

『ガアアァァァッ!!』

 

「ぐっ……!」

 

クルマに絡ませた首はそのままに――その首を伸ばし、こっちに襲い掛かって来やがった――。

俺は咄嗟に長物――レーザーバズーカを盾にした。

 

奴の鋭く揃った歯が、レーザーバズーカに食らい付く。

 

バチバチと火花が散り、メキメキと音を発ててひしゃげていくバズーカを見やる。

 

――これは、長く保ちそうにないな。

 

それは相棒も同じ様で、現にオートで吹かしていたエンジンが大破したのか、キャタピラの駆動が停止してしまっている――。

 

――このままでは、海中に引き摺り込まれる。

 

そう判断して、俺はレーザーバズーカを放棄、戦車から完全に飛び出し、腰に着けていた光剣――ライトセーバーを発動させる。

 

独特な起動音と共に、光の刃が出現――それを奴へと叩き付ける。

光刃は軌跡を伴って、奴を切り裂く――。

だが、確かなダメージになった筈のソレを受けても、奴は動じる様子を見せない――なら、何度でも叩き付けてやる!

 

「リーダー!!何してんのさ!?もうそんな奴は放っておいてこっちへ――」

 

「駄目だ……コイツは――グラトノスは此処で殺すっ!!」

 

サラが言う様に、コイツを放置してさっさと脱出するのがベストな選択なのだろう――。

 

こんな状態なのだから、もうコイツが長くないことくらい、想像は出来る――ジャガン・ナートの爆発がトドメになるだろうことも、予測出来る。

 

――だが、絶対じゃない。

 

聞き及んだ話だが、コイツはかつて瀕死の状態でありながら、それでも生き延びたのだという――。

その時とは状況が違うのも理解している――それでも、不安は拭えなかった。

 

言ってしまえば、これは俺の我が儘だ。

 

だから――。

 

「クリントォッ!!!」

 

俺は、『告げた』――もう、タイムリミットが近かったのを確認してしまったが故に――。

 

俺の我が儘に――仲間を付き合わせる気は――無かった。

 

『――っ、ちきしょうが……っ!!』

 

外部スピーカー越しに、口惜しそうに歯軋りする音が聞こえる。

――悪いな、憎まれ役を押し付けちまって――。

 

「!?クリント、アンタ何やってんだよ!?まだ、リーダーが――」

恐らく、サラのモニターに転送装置の作動を警告する画面でも表示されたのだろう――。

 

そして、何かに気付いた様にサラがこっちへ視線を向けたので、俺は視線を返し――笑みを浮かべた。

 

「ば――」

 

そして俺は、再び視線を奴に向け――。

 

「馬っ鹿野郎おぉぉぉぉっ!!!」

 

――ようとしたら、サラから罵声と共に何かを投げ付けられる――。

 

俺は咄嗟にソレを受け止め――って、コレは……。

 

俺はサラを見やる――転送寸前、最後に見た彼女の顔は涙で歪んでいた――。

 

――参ったね、どうも。

 

必ず生きて戻って来い――って意味だろうな。

 

無茶を――言ってくれる――!

 

『クキキキキキッ!実験体1313ゴオォォ!!?』

 

奴が、レーザーバズーカを噛み砕き、咆哮と共に再びその牙を向けてくる――。

 

「グラトノス――!!」

 

俺はすかさず、サラから受け取った大口径のリボルバー――その名も『マグナムガデス』を構えた。

 

マグナムガデス――クラン・コールドブラッドのナンバー3、『百銃のムガデス』が愛用した大口径リボルバー銃。

 

正確には、リボルバー銃型の生体パーツの一種。

その威力も、そこいらのバズーカ砲を軽く上回る程で、その上で驚異的な速射性と連射性を実現しており、如何な素人でも最低、瞬間4連射を可能としている。

 

だが、何より驚異的なのは――弾切れしないこと。

 

通常、リボルバーは五連装ないし、六連装が普通だが――この銃はシリンダーに当たる部分が特殊な機構をしており、その機構で、空気中の物質から弾を精製している――らしい。

 

「俺をその名で――呼ぶなあぁぁっ!!」

 

俺は感情のままに、引き金を引く――。

 

一発目――。

 

奴の頭蓋、右目の空洞部分が大きく吹き飛ぶ――。

 

二発目――。

 

左目の空洞部分を粉砕、眼の中央にドデカい風穴が空く。

 

それでも奴は止まらない――。

 

三発目――。

 

奴の額をぶち抜く――奴が揺らぎを見せる――。

 

そして――四発目――。

 

もう一度奴のドタマをぶち抜き、貫通させる――。

 

未だに残っていた、脳髄だか脳ミソだかの残りを、ぶちまけて――。

 

ピタリと……奴の動きが止まった。

 

俺は更にライトセーバーで、迎撃しようとして――奴はその顎で俺を噛み砕こうとして――。

 

互いが接触するまで、数センチ程度――。

 

「地獄への道連れに――と、思っていたんだがな」

 

俺は光刃を消して、奴だった骸に告げる――。

 

「一足先に逝ってろ――クソ野郎」

 

その言葉が契機だったのか、奴の身体は崩れ――文字通り灰塵と帰した。

 

今度こそ、本当に――。

 

「……もっとも、余韻に浸っている場合じゃないんだが――」

 

あの野郎のお陰で、浸水は大幅に進行し――既に甲板にまで海水が上がってきていた。

 

「……参ったね、どうも」

 

当初、俺は死ぬつもりは無かった。

最悪、この命と引き換えにグラトノスを打倒する気では居たが――。

 

で、その『最悪』になったので有言実行と言わんばかりに、ソレを行った――。

 

が、サラのあんな顔を見たら、意地でも生き延びてやろうって気になった。

 

とりあえず、悪役にしちまったクリントに、一発ぶん殴られる覚悟も決めた――。

 

ハンセンたちと、浴びる程飲むと約束した――。

 

だから、我が儘を貫いた上で抗うことに決めた。

 

「……完全に大破、か。すまないな相棒……俺の我が儘に付き合わせちまって――」

 

しかし、先程の戦闘で相棒は完全に大破、これ程の損傷は、俺には直せない……。

 

俺は真紅の車体を、労る様に撫でる――。

 

そして――ついに、膝の辺りまで海水が浸る。

 

「クソッタレが……」

 

絶望的なこの状況に、諦めと悔しさが心の中で入り交じる……。

 

もう助からないと、理性では理解している――。

 

しかし、諦めたくなかった――。

仲間たちとの約束――そして……。

 

『うん、ありがとうドラムっち♪また、お弁当作ってあげるね?』

 

日向の様な、暖かさを持った優しいあの子――。

 

『それで、味はどう?――そう、よかったぁ♪ん?いいわよ、また作ってあげるから』

 

自由を得て、太陽の様に溌剌としたアイツ――。

 

この戦い、勝っても負けても、戻るつもりは無かった……。

俺には、あの子の暖かさをこの身に受ける資格も――アイツの謳歌する自由を奪う資格も、無いのだから――。

 

俺は、あの二人に惹かれているんだろう――。

だからこそ、俺はどちらの側にも居られない。

 

……俺は、咎人だ。

 

血に猯れた獣(ケダモノ)だ――。

俺なんかが側に居たら、彼女たちを不幸にしてしまう――。

 

「――……だからと言って、足掻くことを諦めるつもりは――っ」

 

――そんなつもりは、毛頭無い。

俺が此処でくたばったら、あの暖かい笑顔は涙で曇るだろう――アイツは、悪態を吐きながら泣きじゃくるかもしれない――。

 

――気付いていた……彼女たちが、自分に好意を抱いていてくれたことを――。

 

――その経過はどうあれ、俺はその好意に答えるつもりは無い……俺など、何処ぞで野たれ死ぬのが似合いだ。

 

だが――それは今じゃない筈だ……!

 

あの子と……アイツと……平穏を過ごす。

 

そういう選択も、あっただろうし――それは酷く甘美な響きを伴っている。

 

だが、俺はそれを選べない――選ぶには、色々と知り過ぎてしまった。

 

だが――こんな、血だらけの獣でも――。

 

「生き延びて、無事だって知らせること位は……許される筈だ……!」

 

腰まで浸かった海水――俺は相棒の上に飛び乗り……そこから勢いよく、跳躍した。

 

なるべく遠くへ、なるべく速く――。

 

海面へと着水し、後方を振り返る――。

最初の跳躍は、助走無しにしては相当の距離を稼いだ様だ――我ながら人間離れしていると思うが、今は自分の身体能力に感謝しよう――。

 

鋼鉄の艦が、沈んで行く――。

真紅の戦車を道連れに――。

 

「じゃあな……相棒」

 

俺は感傷もそこそこに、陸へ向けて泳ぎ出す。

 

――助かる筈が無い、それでも、そんな考えを拭い去る様に、がむしゃらに。

 

だが、そんな俺を嘲笑うかの様に……周囲に轟音が響き渡り――俺は突如として発生した激流に……呑まれた。

 

ジャガン・ナートが――爆発したのだろう。

 

相当の距離を稼いだ筈だったが、その爆発の余波は容赦無く俺を襲った――。

 

超弩級の巨大潜水艦が巻き起こした大爆発――それが生み出した激流だ――如何にこの身が、化物を寄せ付けないほど強靭で――いや、偽り無く『化物』だったとしても――抗いきれる物では、無かった。

 

……ここまで、なのか……?

 

激流に身体を引き裂かれそうになりながら、意識が徐々に薄れて行く――。

 

あぁ……この感覚は、覚えがある……。

 

以前、奴に――グラトノスに殺され、掛けた時に――……。

 

『意識』が薄れていく中で、俺は『記憶』が鮮明になっていくのを感じた……。

 

俺が何者であるのか……、グラトノスに抱いていた憎しみ、恐怖……操られていた時に、殺めた者たちのこと……爺さん、オズマとの約束……って、あの時の……やっぱり、オーバーリアクションだったじゃねーか……あの、ジジイ……。

 

失っていた記憶の蓋が、開かれた様に……でも、それでも……。

 

失っていた物以上に、新たに得た物の方が……俺の記憶で、より輝いていた……。

 

仲間たちと、馬鹿をやって……色々な人々と出会って……。

良いことだけじゃなくて、悲しいことや……辛いこともあったけど……。

 

……まだ、死にたくないって……思えるくらいには、このろくでもなくも、素晴らしい世界に……未練があった……。

 

「――……」

 

だから……だろうか?

 

激流の渦の中に、有り得ない物を見たのは……。

 

か、が……み……?

 

そう、鏡……だ。

決して豪奢では無いが……最低限の飾り付けがされた……鏡。

 

この激流の中にあって……微動だにせず、そこに佇んでいた……。

 

……ハンターとしての嗅覚か、組み込まれた遺伝子の本能か……俺はその鏡に、手を伸ばした……。

 

……それは死の間際に見た……幻覚、かも知れない――。

 

だが、それでも……俺は……。

 

(……シ、セ……コー……ラ……)

 

……最後に過ったのは、彼女たちとの記憶……その記憶が俺を後押し、して……鏡に触れ、た――……。

 

――俺の意識は、そこで途絶えた――……。

 

***********

 

【パチンッ】

 

――話をしよう。

 

――君たちは、異世界という物があることを知っているか?

 

何をバカなことを……って?

 

いやいや、これがどうして――異世界とは本当に、実在する物なんだよ。

 

科学の進歩故に、人々が機械に蹂躙された世界もあるだろう――。

 

また逆に、科学の発展によって神秘が失われ、故に創られた幻想の楽園もあるだろう――。

 

もしかしたら、齢10にも満たない魔法使い見習いの子供が、現代中学校の教師をしている世界も、あるのかも知れない――。

 

ん?どれも、聞いたことがあるような話ばかりだって――?

 

それはそうさ――君たちの中には、こういった世界を創作物として、捉えている者も居るのだろうから――。

 

――まぁ、与太話と捉えるならそれでも良いさ。

だが、どんな与太話とて暇潰しにはなるだろう?

ご拝聴戴けると嬉しいね――。

 

さて、これから語るのはとある世界――君たちの住む、地球と瓜二つの星――。

 

違うのは、魔法が存在し、月が2つあるということ位かな?

 

おっと、もうなんの世界か分かった――なんて言わないでくれよ?

私の楽しみが、減ってしまうからね……。

 

……まぁ、君たちが想像した通りの世界なワケだが。

 

その世界のハルケギニア大陸――トリステイン魔法学院が、物語のスタート地点だ。

 

――そう、春の使い魔召喚の儀式だ。

 

物語は、生まれもった稀有な力――いや、この場合は血統かな?

ソレを背負った少女が、使い魔召喚の儀式を行う所から始まる。

 

彼女は、他の者たちが使える様な魔法が使えず、周りから蔑みの眼で見られていた――。

 

そんな状況を拭い去ろうと、彼女は声高らかに告げるんだ。

 

誰よりも、強く、神聖で、美しく、気高い使い魔を求めると――。

 

――その呼び掛けに答えたのが、平凡だけど、胸に熱い物を秘めた現代日本の少年だった――。

 

これが本来の流れ――なんだが、な。

 

そう、非常に確率は低いけど――彼女には違った運命の流れを掴むことも――可能性としてはあり得るんだよ。

 

もしかしたら、錬鉄の英霊と呼ばれた者が来るかも知れない――。

 

他にもさっき言った子供先生、未来の世界のネコ型ロボットなどが来るかも知れない――。

 

ひょっとしたら、地球育ちのサイヤ人なんて――規格外の存在を呼ぶこともあるかも知れない。

 

案外、君たちの中の誰かが呼ばれる――なんてことも……。

 

――有り得ない、とは言い切れないさ。

 

それが彼女に呼ばれるのか、神による庇護を受けた転生による物か――分からないがね。

 

転生など、あるわけないって――?

そんなことは無いさ、神は絶対だからね。

 

君たちの世界では、まぁ、全体の内の100人が呼ばれれば良いほうじゃないかな――。

平行世界ごとの、何十億分の百だから――総合的に見たら凄い数だが――。

 

その数を凌駕する程に、世界は存在しているからな、問題ない。

 

大概の者は、輪廻の輪に加わるか――元より、力のある者は神の末席に名を連ねる者もいる。

 

私の知り合いの中にも、似たような境遇の者が居てね――良い奴なんだが、人の話を聞かなくてな――何度、私がサポートしたことか……。

 

そうだ、仮にだが――君たちの中で既に神の庇護を受けた者が居て、その神をも凌駕する力を得たとしても――良からぬことは考えないことだ。

 

それが世界を滅ぼしかねない異物なら、『世界』に排斥されかねないからな――。

 

そうならぬ様に、自分の正しいと思った道を、迷わず、自由に選択して行け。

後は己の魂を濁さぬよう、研鑽を積むことだな。

 

ん?具体的にはどうすれば良いか、って?

おいおい、それは昨日説明しただろう?

 

――――あぁ、すまない。

君たちにとっては、『明日』の出来事だったな――。

 

――話が逸れてしまったな。

 

要するに今回、彼女が掴んだ可能性は通常の流れとは異なる可能性――。

 

神聖――というには、血に猯れた道を歩んで来たが――。

 

強く、気高い――可能性を――。

 

……美しいかどうかは、感性の問題ではないだろうか?

 

――ふむ、実際に確かめて貰った方が良いかな。

 

ん?――私が誰かって?

 

そうだな……私は只の【パチンッ】――語り部さ。

 

**********

 

此処はハルケギニア大陸の『トリステイン魔法学院』――貴族の子息たちが、一人前の貴族……一人前のメイジとなるため、日夜研鑽を積む学舎である。

 

晴天の最中、行われているのは『使い魔召喚の儀』。

学院の二年生が、進級の為に使い魔足る生物を、召喚する為の儀式である。

 

学院の生徒たちは、召喚の呪文――『サモン・サーヴァント』によって、様々な生物を召喚していた。

 

カエルやネズミの様な小さな動物から、竜や火蜥蜴などの幻想の代表とも言える大型の種族まで――。

 

彼等は使い魔との契約の為の呪文、『コントラクト・サーヴァント』を行い、使い魔との契約を果たした。

 

彼らの学院生活は順風満帆と言えるだろう――。

 

ただ一人の、例外を除いて――。

 

桃色の――ピンクブロンドとでも言うのだろうか?

そんな色合いの、ウェーブの掛かったロングヘアー、幼さの残る顔立ちと体つきながら、その全体像は非常に整っており、俗に美少女と言われ讃えられる美を持っている。

 

――その瞳は、彼女の気の強さを表す様につり上がっているが、その実その瞳には様々な感情の光を宿していた。

 

悔恨、憤怒、諦念、悲哀――。

 

そう言った負の感情が渦巻いていた。

 

これには理由がある――。

 

――彼女が、使い魔を呼べないからだ。

 

正確には、召喚呪文を唱えたが、効果は発揮されず――変わりに爆発が起きた――だが。

 

(どうして……私には使い魔を呼ぶ資格すら無いって言うの……!?)

 

少女は自問する――。

何故、どうして――と。

 

自分は、貴族としての血筋に優れ、しかしそれに傲らず研鑽を積んできた――学院の誰よりも、努力をしてきたという自負がある。

 

それらに比例する誇りを持つ少女は、しかし――周囲に落ちこぼれの烙印を押される。

 

不名誉な揮名と共に。

 

「おいおい、いい加減にしてくれよ『ゼロ』のルイズっ」

 

「サモン・サーヴァントもまともに出来ないなんて、本当に『ゼロ』だなぁ――」

 

苛立ちをぶつける者、蔑み見下す者、或いは嘲笑を浮かべる者たち――中には、我関せずと言わんばかりに本を読み耽る者もいる――。

 

「――っ!」

 

少女――名をルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールという。

そして、彼女の揮名は『ゼロ』――ゼロのルイズ。

 

ルイズは、歯を食い縛る――。

 

今までに、何度となく言われてきた――しかし、決して慣れることのない、忌むべき揮名――。

 

情けなくて、悔しくて、涙が出そうになる――。

けど、涙は見せない。

彼女の貴族としての誇りが――内に眠る気高さが、彼女を奮い立たせる。

 

最早、それは――意地と言っても良い。

 

「ミス・ヴァリエール……残念ですが……」

 

監督役の教師は、召喚の失敗を告げようとする。

彼は、ルイズが並々ならぬ努力をしてきたことも知っているし、その成果が知識――言うなれば筆記の方――で、出ていることも知っている。

 

だが、如何せん魔法の実技に関しては、からっきしであることも――当然、知っている。

 

未だに野次を跳ばす生徒たちは、確かに褒められたものでは無いが。

しかし、彼女だけを特別扱い出来ないのも事実なのだ。

――幾ら彼女が有力貴族――その息女だとしても、だ。

 

「もう一度――もう一度だけお願いします!!」

 

それでも、彼女は強い眼差しを向けて来た――。

確かに特別扱いは出来ないが――それでも、貴族の中では比較的人格者――悪く言えばお人好し――である彼は、ルイズの嘆願を断れなかったのだ。

 

「――分かりました。但し、もう一度だけです。これ以上の例外は、認められない――宜しいですかな?」

 

「――っ、はい!」

 

願わくば、この直向きな生徒の成功を信じて――。

彼とて、生徒の留年など望んではいないのだから―――。

 

**********

 

一度だけ――。

 

もう一度だけチャンスを貰った私は、意を決して召喚の呪文に、ありったけの願いを込めた。

 

正規の詠唱と異なるそれは、酷く不恰好だったかも知れない――。

 

ただひたすらに、自分の理想とする使い魔を求める――。

 

強くて、美しくて、神聖で、気高くて――。

 

何処に居るとも知れない、理想を訴える――。

 

――でも、心の片隅では懇願に近い感情が犇めいていた。

 

この際、なんだって良い――。

ドラゴンなんて贅沢は言わない――犬でも、猫でも、鼠でも!

カエル――は……絶対に嫌だけど……。

 

と、とにかく、一部の例外を除いて高望みはしないから……なんて、弱気なことを考えていたからだろうか――。

 

周囲に響く轟音――爆発。

 

また、なの……?

 

どんなに願っても、私には届かないって言うの……!?

 

周りからの、蔑みの視線と罵詈雑言が、私の絶望に拍車を掛けた――。

 

留年――の、文字が頭を過る。

 

そんな私が、ソレに気付けたのは偶然だったんだと思う――。

 

「……塩の、匂い……?」

 

そう、それは塩の匂いだ……けれど、それは爽やかな物では無く、臭いという様な異臭――。

 

「うっ……なんだ、この臭い……」

 

周りも、この臭いに気づいたみたい……その臭いが、私が生み出した爆煙の先から発せられていることも……。

 

しばらくして、煙が晴れて――そこには……。

爆発で出来た微かな窪み――窪みに溜まる、澱んだ水――その中央に横たわる――人間。

 

……こんなのって無い。

 

確かに、私は例外を除いて高望みはしないって思ったけど――。

 

その人間は、燃える様な髪の色をしていて、顔立ちもそれなりに整っている様に見える――。

 

顔に変な紋様と、何かの突起物みたいなものが、見える――身なりが薄汚れているし、多分平民だと思う。

 

それだけなら、ここまで愕然とはしなかったと思う――。

人間の――それも平民を召喚なんてした日には、また周りから馬鹿にされるだろうし、何より私自身が納得いかなかったとも思う――。

 

最悪、召喚のやり直しを要求したかも知れない――。

 

けれど、ソイツは――。

 

「おい、あれは……人間じゃないか……平民か?」

 

「ピクリとも動かないけど――もしかして、死んでる……?」

 

そう、水溜まりに倒れているソイツは……ピクリとも動かない。

しかも、自分は一番ソイツの近くにいるから分かる――。

 

ソイツは、血の気が引いた様に顔色が悪い……。

 

「うわぁ!?ゼロのルイズが死体を召喚したぞーっ!?」

 

「いや、きっと『ルイズの爆発』で死んでしまったんだよ!」

 

私はその言葉に、ビクリと身体を震わせる。

 

……そうだ、その可能性もあるんだ――。

私が、コイツを召喚して……殺し――……?

 

「皆さん、静粛に!!」

 

周囲に召喚の儀の担当教員……ミスタ・コルベールの声が響き渡る。

普段の彼からは想像もつかない声色に、周囲に静けさが満ちていった。

 

彼はこちらに駆け寄って来て……直ぐに倒れているコイツを抱き起こした――。

 

その表情は真剣で、鬼気迫るモノで――。

 

ふと、その顔が安堵に緩んだ様に見えた。

 

「大丈夫――まだ、息はある……」

 

「――え……?」

 

私はその言葉に耳を疑った……息はある、つまり生きてるってこと、よね?

 

「とは言え、予断は許されないでしょうが……直ぐに治療を施さなければ――!!」

 

***********

 

――その後、試験は中断する運びになった――。

 

私としては、冗談じゃないって気持ちもあったが、平民とは言え、自分の魔法の失敗が原因で、誰かを死なせ掛けたのかも知れない……なんて可能性がある以上、ソレを見捨てることは出来そうになかった。

 

……出来れば、召喚のやり直しを希望したかったけど……。

さすがに、こんな死にかけた人間を、放っておくことは出来ないし――。

 

今、私が召喚した……と、思われるあの男は私の部屋の――それもベッドの上に横たわっている。

 

本当に、非常に不本意ではあるけれど――。

私のせいで、こうなったのかも知れないんだし――貴族として、果たすべき責任は果たさなければならないもの――。

 

一応、契約はしていないものの、私が召喚したということで、私が面倒を見ることになった。

 

怪我を治し、身体に付いた臭いと汚れを浄化したのは、腕の良い水のメイジだ。

 

――治療費他、諸々の出費は非常に痛かった。

幾ら、貴族としての責任を取らなければならないとは言え、契約もしていない平民の為に、ここまでしなければならないなんて――。

 

「――コイツ、本当に平民……人間なのかしら?」

 

自分の苛立ちを誤魔化すように、ソイツの顔を見る――。

 

――顔立ちは整っているけど、美形という程じゃない。

多分、年齢は私より少し上くらいだと思う――。

 

でも、気になるのはソコじゃない……。

 

遠目に見た時には、ボンヤリと輪郭が伺えただけだったけど、今は目の前にいるからハッキリ分かる。

 

顔に無数に羅列する赤い線――。

額に小さな、何かの突起物が埋もれている。

 

触ってみる――固い。

 

2つあるそれは位置的に角の様な、けど角とは違って丸みを帯びていて――なんというか、スベスベだ。

 

「っ……」

 

と、そんなことをしていたからか、ソイツは顔をしかめた――。

そして、その瞳をゆっくり開いて行った――。

 

***********

 

――夢を見ていた。

 

どんな夢かと聞かれると、返答に困るが――多分、俺がまだ『純粋な人間』だった頃の夢――というか、記憶だ。

 

あの世界では、何のへんてつもない旅のキャラバン――『トレーダー』だったんだと思う。

 

温かい家族だった……トレーダー自体、仲間=家族みたいな所があるし。

 

けれどそれは、脆くも崩れ去った。

冷血党の連中によって――俺の家族たちは奪われた。

 

運良く生き延びることが出来たのは、俺だけだった――。

 

……俺は、奴等に対しての憎悪に胸を焦がし――復讐を誓った。

そして、力ある者――『モンスターハンター』になることを決めたんだ。

 

あの世界で、ハンターになる奴には様々な動機があるが――。

 

俺のように復讐の為に――なんて話は、あの時代では珍しくもない。

 

俺には、才能があったのだろう――運良くクルマ――バイクも手に入った。

奴等を――冷血党の連中を次々に狩っていった。

 

そうすれば、多少なりとも名前が売れるのは必然で――。

 

まだ、駆け出しに毛が生えた程度の俺が、奴等に目を付けられるのも必然だった――。

 

冷血党の雑魚を蹴散らして、得意気になっていた俺にも油断があった。

 

――だから、まんまと罠に嵌まり――奴等に捕まったのも、必然だったんだ――。

 

そこから先は、考えたくもない――。

 

奴に――グラトノスに実験台にされて、薬物投与は勿論、身体の中から頭の中に至るまで、ありとあらゆる所を弄くり回された――。

 

そして、俺は冷徹なる獣――ブレードトゥースになった。

 

俺はグラトノスに操られ、かつて俺がされたことを――罪もない人の命を奪うという、下種な行いを――強いられた。

 

その悪行の度合いは、クランのナンバー3という立場でありながら、ナンバーズで一番の賞金額を付けられていたことから、推して知るべし……だ。

 

しかも、ご丁寧なことに操られてはいたが、完全に意識が無かったわけではなく――。

 

まるで、夢の中に居る様な――見えているのに、何も出来ない……自分の身体を制御出来ない……。

 

俺に出来たのは、心の奥で叫びを上げることだけ――。

 

怯えて、身を寄せあっていた親子を手に掛けた――。

 

何かに縋る様に、最後まで希望を捨てずに抗ったハンターを牙で砕いた――。

 

トレーダーキャンプを幾つか全滅させたこともある――。

 

何度、心が折れそうになったか分からない――。

 

それでも、俺はしがみついた――。

 

俺がこんな目に遭っているのは、誰のせいだ……?

俺を化け物にして、傷付けたくなんてなかった人たちの、命を奪わされているのは……誰のせいだ?

 

――奴だ……グラトノスだ――っ!!

 

奴のせいで、俺は化け物になった――。

奴のせいで、俺は冷徹な獣に仕立て上げられた!!!

 

――憎い。

 

奴が……憎いっ!!!

 

奴に対する憎悪だけが、磨耗する俺の心を繋ぎ止め、辛うじて俺を俺で――ヒトで居させてくれた――。

 

誰かを傷付ける度に、俺はグラトノスへの憎しみを募らせて行く――。

 

責任転化だっていうのは分かってる――それでも俺は、憎み続けた。

 

いつか、いつか必ず――この牙を、爪を貴様の喉元に突き立ててやる――と。

 

奇しくも、そのチャンスは巡って来た――。

 

犬使いのハンター……魔犬のオズマとの死闘によって――!!

 

――そし――て――………。

 

***********

 

「っ………」

 

意識がゆっくりと浮上していく……どうやら、目が覚める様だ……。

 

目が……覚める――?

 

俺は、瞳をゆっくりと開いて行く――。

 

そこは、深い深い海の底――なんてことは無く、何と言うか……天井があった。

 

外から差し込む光が、窓の存在と、太陽の存在を教えてくれる……。

あの状況で……生き残った、のか……?

 

「ここ、は……」

 

「――気がついたみたいね」

 

何処だ?と、口にしようとして――それは遮られた。

 

声のするほうへ顔を向ける。

 

――女の子だ。

 

見た目、俺より年下で、長いピンクブロンドが印象的で――何故か。

 

何処かアイツと――コーラと雰囲気が被る。

 

全体像としては別人で、似ているのは気の強そうな眼だけなのだが――。

 

あっ、見た目の良さって意味では共通しているか……。

 

「キミは……誰だ?」

 

「……アンタねぇ、それはこっちが聞きたいわよ」

 

俺が尋ねたら、彼女は重い溜め息と共に言葉を紡いだ。

呆れてるような、困っているような――そんな感じだ。

 

「――まぁ、良いわ。最初から説明してあげる」

 

そう言って、彼女は徐にこの状況を説明してくれた――。

 

それは、俺の常識を遥かに越えた内容だった。

 

メイジ、貴族、魔法学院、使い魔召喚の儀式――。

 

――俄には、信じられない様な話だ。

魔法使いなんて、俺たちの時代では昔話どころか、お伽噺の類いでしかない。

まぁ、もしかしたら俺の居た大陸以外で、そういう技術が発達していたのかも知れないな――。

だが、そうなると俺は大陸を渡ったことになるが……。

 

「魔法、使いか――」

 

「メイジも知らないなんて、何処の平民よ――トリステインは勿論、ロマリアやアルビオン――あのゲルマニアですら、メイジを知らない奴なんて、いやしないのに」

 

平民――彼女曰く、魔法使い――『メイジ』は魔法が使えるため、人々の生活に無くてはならない存在であり、魔法が使える者は畏怖と敬意を持って――『貴族』と呼ばれているそうだ。

 

正確には――貴族の血筋は、『始祖ブリミル』という魔法の産みの親であり、神にも等しい存在として崇められている者の血を受け継いでいて、その血脈が濃い程に、より貴い者で――要するに偉い立場や、役職に収まる場合が多いらしい。

 

それ以外の魔法が使えない者は、一様に『平民』と呼ばれていて、貴族がやらない様な雑務や仕事をこなしているらしい。

 

要するに、『貴族』とは特権階級であり、『平民』は隷属階級である――と。

 

一概にそうは言えず、貴族には貴族の――平民には平民の役割があるとは思うが――。

 

おおよそ、『平民』などと言う蔑称を使っている辺り、多かれ少なかれ貴族が貴族以外を見下している部分があるのは……否定出来ないだろう。

 

……なんだか、シエルタのギンスキーみたいな連中なんだな、貴族ってのは。

 

「で、キミは俺を、その……召喚したと――」

 

「……不本意ながら、ね。やり直しさせて貰おうと思ったけど、さすがにアンタが平民でも、あんな状態で見捨てたら寝覚めが悪いし……」

 

何処かバツが悪そうに説明する彼女を見て、俺は思案する。

 

曰く、俺は彼女の召喚魔法で呼び出された――との、ことだが……これは恐らく事実なのだろう。

 

あの時、身を引き裂かれそうな程の濁流の中に、ポツンと佇んでいた鏡……夢や幻ではなく、あれが『召喚魔法』とやらの――ゲートだったのだろう。

 

要するに、俺は死にかけていた所を、彼女に救われた形になるわけだ――。

 

しかも、此処に来て意識を失っていた俺を、治療までしてくれたらしい――。

 

「すまない、キミのお蔭で助かった……ありがとう」

 

「……べ、別にお礼を言われる程のことじゃないわよ!これも貴族の義務だし――それに、アンタがそんなになったの……私のせいかも……知れないし……」

 

……?何で彼女のせいになるんだ?

むしろ、彼女のお蔭で助かったというのに……。

 

「キミ……「ルイズ」……?」

 

「私の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ。覚えておきなさい」

 

それはまた……長ったらしい名前だな……。

今まで俺が知り合った奴らの中にも、此処まで長い名前の奴なんて居なかったぞ。

 

「で、アンタの名前は?」

 

「俺の名前は――」

 

彼女に聞かれ、俺は再び思案する。

今回は、記憶が無い――なんてことはない様だし、以前の様に適当な名前を名乗る必要も無い、な。

 

「――アッシュ。そう、呼んでくれ」

 

だから、俺は今は亡き親から貰った――俺の名前を名乗った。

 

この名前には、灰って意味があるらしい……なんで、両親がこんな名前を付けたのかは分からないが……。

 

「アッシュ、ね――で、アッシュ。アンタに聞きたいことがあるの」

 

「……?」

 

「私はアンタを召喚したわけだけど、別に契約したわけじゃないわ。正直、人間を――しかも平民を召喚したなんて話、笑い話にしかならないのよ」

 

彼女――ルイズ曰く、契約した使い魔の力量は、そのまま契約者であるメイジの力量と=(イコール)らしい。

 

……つまり、ルイズ的には――俺の大陸に居た生き物で言えば……凶鳥デスデモーナ辺りを呼べたら良かったのだろうか?

アレを呼んだら呼んだで、洒落にならないことになりそうだが。

 

「けれど、アンタを召喚した時が、最後のチャンスだったから――多分、もうやり直しは出来ないかも知れないし――」

 

「………」

 

「だから、アンタには私の使い魔になって貰いたいの。――本当は嫌だけど、背に腹は変えられないもの……」

 

「――人間の使い魔なんて、笑い話にしかならないんじゃなかったのか?」

 

「それでも、使い魔と契約出来なかった――なんて状況より、何十倍もマシよ」

 

――ルイズが言うには、使い魔の召喚と契約が出来なかった者は、学院の進級が不可になる――つまり、留年となるらしい。

留年すると、対等の立場だった奴らが上になり、それこそ笑い話にもならない――貴族としてのメンツもあると。

 

「そもそも、使い魔って言うのは何をすれば良いんだ?」

 

「そうね、使い魔って言うのは……」

 

……使い魔。

主の目となり耳となり、手となり足となる。

そして、主を守る盾となり、脅威を払う剣となる――か。

 

いまいち抽象的な解釈だが、要するに召し使い兼、用心棒みたいなものか。

 

「――分かった」

 

「そうよね、アンタだって乗り気じゃないわよね……って、えっ?」

 

「分かった、って言ったんだ。こっちは命を助けて貰ったんだ――それくらいで借りが返せるなら、お安い御用だ」

 

そう言ったら、ルイズはポカンとした表情を浮かべた。

 

――なんでそんな顔をするかは知らないが。

 

「い、良いの?さっきも説明したけど、使い魔は生涯、主を守らなきゃいけないのよ?」

 

「まぁ、最低限『人』として扱ってくれれば十分。生涯――ってのが、どの程度の割合かは分からないが、ルイズが納得いくまでは守ってやるさ」

 

俺の居た所は、人を人とも思わないロクデナシ共が徘徊していた場所だからな――。

実験動物扱いはゴメンだし、『中身』が『中身』だから――化け物扱いされるのには、遺憾ながら慣れているけれど、気分の良いものじゃないので、人としての扱いを希望した。

 

それに一度、無事な姿をアイツらに見せたいとは思うが――元より、直ぐに旅立つつもりだった俺としては、新天地に居を構えるのは吝かじゃない。

こちらで一段落したら、休みを貰って会いに行けば良いんだし。

それくらいの自由は許してくれるだろう。

 

「け、けど、危ないこともあるかもしれないし、そもそもアンタ、戦えるの?」

 

「自慢じゃないが、腕っぷしには自信がある」

 

少なくとも、今の俺なら『変身』せずに、ドミンゲス程度であれば――奴のクルマを含めても、素手で軽く捻れるだろう。

武器有りなら、アルメイダやムガデス辺りが相手でも勝てるだろうな。

 

素手の戦い――という括りであるなら、サラたちソルジャーにも負けないと思う。

 

――まぁ、ハンセン辺りは変身しても勝てるか怪しい所だが。

……アイツらレスラーは、本当に何の改造も受けていない人間なのか?不思議でしょうがないぜ。

 

「魔法の儀式に必要な鉱石や、魔法薬の材料になる薬草の採取にも行かせるかも――」

 

「それがどんな物か説明してくれれば、大抵の物は持ってこれると思う」

 

仮にも色々な人たちの『依頼』をこなしてきたんだ……。

よっぽど変な物じゃなければ、大丈夫だろう。

 

鉱石とかになれば、量によってはクルマが必要になるかも知れないが――まぁ、なんとかなるだろう。

 

「けど、だって――」

 

――どうにも、ルイズの歯切れが悪い。

この子の第一印象からして、思ったことはズカズカ言うだろうと思ったのだが――。

 

まるで、俺に使い魔をされたら困るとでも言う様な――……もしかして。

 

「――もしかして、俺が使い魔の件を断ったのを口実に、もう一回召喚の儀式をさせて貰おう、とか――」

 

おっ、ビクッとした――図星か?

 

「そそそ、そんなわけないじゃない!……それは、少しは考えなかったわけじゃないけど……で、でもよくよく考えたら、私がアンタの治療費を出した時点で、学院側も使い魔契約の意思ありって思ったかもしれないし……」

 

……どうも、意図していた内容と異なる様だ。

 

「そうなったらどう頑張っても手遅れだし、アンタもやる気になってるんだし……だったら、しょうがないじゃない!」

 

――何がどうしょうがないのか、今一つ理解できないが――。

 

恐らく、ルイズは俺があっさり使い魔になる――なんて、言うとは思わなかった――これは合っている筈だ。

 

けど、それは召喚の儀式をやり直したいワケじゃなくて、純粋な驚きと戸惑いから来るモノで……。

 

大なり小なり、俺が反対の意思を示すと思ったが故の、肩透かしでもあったのだろうと思う。

 

 

まぁ、要するに――ルイズは色々混乱しているんだろう。

 

「まぁ、落ち着け。ほら、深呼吸――吸ってー、吐いてー」

 

「すぅー……はぁー……すぅー……はぁー……」

 

――こちらの指示にすんなり従う辺り、相当混乱しているんだろうな。

何と言うか、根は素直なのかも知れない。

 

「落ち着いたか?」

 

「……うん」

 

「別に、俺はルイズの使い魔になることに反対はしない――むしろ、俺には命を救って貰った借りがあるから、それを返したいんだ」

 

「…………」

 

「頼む、俺に借りを返させてくれないか?」

 

これは偽りの無い、俺の正直な気持ちだ。

借りや、受けた恩は必ず返すのが俺の流儀だし――何故か、会う奴会う奴に変わり者扱いされたが――あんな世の中じゃ、仕方無いのかも知れないけどな。

 

「し、しょうがないわね……!アンタがそこまで言うなら、つ、使い魔にしてあげるわよっ」

 

――使い魔になってくれと頼んで来たのは、ルイズだと思ったが……そこは言わぬが華って奴だな。

 

俺の遺伝子に刻まれた野生の勘が、事実を言ったら面倒なことになると告げていやがる。

 

「ああ、宜しく頼む。ルイズ――いや、ご主人様とでも呼んでやろうか?お嬢様でも良いぜ?」

 

「――好きに呼びなさいよ。なんか、アンタにご主人様なんて呼ばれるのは、しっくり来ない気はするけど」

 

「じゃあ、ルイズで――敬語も使えないわけじゃないが、なんかむず痒いからな」

 

どこぞの屋敷へ侵入する際、一時的に敬語を使うことはあったけど、恒久的に使うとか、正直かなりキツいものがあるし――。

 

「で、ルイズ。契約って言うのはどうやるんだ?済ませられる内に済ませたいんだが……」

 

「わ、分かったわよ……少し痛むかも知れないけど、我慢しなさいよ?」

 

そう告げると、彼女は小さな棒の様な物を掲げ、何かを粛々と呟いた……そして。

 

「んっ……」

 

「っ!!??」

 

――唐突に唇を奪われた。

……そりゃあ、その道のプロのお姉さんにお相手してもらったことはあるが……。

ただ唇が触れただけなのに……なんだこの胸の高鳴りは―――っ!!

 

などと、内心慌てていると――。

 

「……っ!?」

 

左手が、燃える様に熱……い……!?

 

「ぐっ、ぬっ……」

 

激しい熱と痛みを感じるが……俺はこれ以上の責め苦を味わったことがある。

耐えるのは容易だった。

 

そして、左手の熱と痛みが完全に引いた後、俺は痛みを発した部分――左手の甲を見やる。

 

そこには、何やら不可思議な紋様が浮かんでいた――。

 

「……これがルイズの言っていた使い魔の証って奴か」

 

「ええ、そうよ――よかった……契約はちゃんと出来て……」

 

「ん、どういうことだ?」

 

「な、なんでもないわっ!それより、これからアンタと契約したことを報告しなきゃいけないんだから、アンタも着いてきなさいよ!」

 

「――了解」

 

――やはり何処か既視感を感じる勝ち気な御嬢様に、俺は苦笑を浮かべながらも従うのだった。

 

 





この作品自体は、METALMAX4発売より前に書かれた物なんですが――。

METALMAX4に出てくるDLCキャラの、コーラの声がくぎゅうでござった……。

何を言っているのか分からねぇとは思いますが、それが拙作をしっかり書いてみようと思った原因です。

ナマケモノ速度の更新ではありますが、またお付き合い戴けたなら幸いですm(__)m

それでは、自分はドラムカン先輩とコーラたん、それにはんた先輩と一緒に賞金首狩りをしてきry――。

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