「我々目的は、この戦争の痛みになることだ…」
「痛み…?」
「そうだ、戦争という殺し合いには必ず痛みが伴う」
「要領を得ないな」
「敵側の兵にも味方の兵にも仲間や友人、そして家族がいる。敵の兵士を一人殺せばその仲間や家族から恨まれ、復讐を願う者も少なくはないだろう。復讐されれば復讐しかえし、やったらやり返す。その繰り返しが始まり守りたいはずの仲間がお互いにどんどん殺しあってしまう。」
「それが痛みか」
「ああ。お互いに戦争を止めるのが一番だが、それはもう我々の力では不可能だ。だから我々は敵をひたすらに殺す…。我々の組織の名を目立たせ、この戦争の憎しみをできる限り我々に向けさせる。そして…」
「最後はボスであるお前を殺させて終いか…」
「違う。俺だけではない。我々の組織全員を皆殺しにさせて終いだ」
「…」
「だからその子供は我々の組織には…」
「…だとすると話がおかしいな」
「なんだと?」
「それならばなぜお前は--」
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「ジッ!--オヤジ!!」
クリスの声にカールは我に返った。しゃがんだまま気が遠くなっていたらしい。
「…大丈夫だ」
何とか立ち上がるがその足元はよろよろとしていて危なっかしい。
「くそっ、もうチャクラもほとんどねぇぞ!」
覆面の男を睨みつけながらクリスが悪態をつく。
カールとクリスの前に立ったアリスがアサルトライフルでなんとか足止めしているが、短刀に阻まれて男には届かない。それどころか男は銃弾を短刀で弾きながらじわじわとこちらに近づいてきている。
「やっぱりおかしい…」
視線を男に合わせたままアリスが呟いた。
「何がだよ?」
クリスが叫び、カールも怪訝な顔でアリスを見つめる。
「私とクリスを捕えた時の動きをすれば、私たちなんてもうとっくに殺されていてもおかしくないはず。…あの人、何かを警戒してる?」
カールとクリスに聞こえるように、アリスが声を抑えて話し終えた瞬間、覆面の男の姿が消えた。
「「えっ?」」
戦闘中に油断など一切していない。集中して相手に注目していたにも関わらず、敵の姿を見失った3人は背中合わせに周囲を警戒する。
「ふむ、慎重になりすぎたようだな」
上からの男の声がしたのとほぼ同時に、3人がいた場所を中心に半径数メートルのクレーターが出来上がっていた。
彼ら3人の反射神経では避けることは到底不可能な速度とタイミング。砂埃が晴れた時、その中心に立っているのはレックスただ1人であった。
--
(くっ、当たらねぇ!)
先ほどまでは圧倒的優位に立っていたレティシアだが、イタチの眼が変化してからは逆に防戦一方になっていた。
自分の攻撃は動きを完全に読まれているかのごとく空を切り、イタチの攻撃はスピードは先程とほとんど変わらないにもかかわらず避けるのもギリギリになっている。
(俺の動きを先読みして確実に急所を狙ってくる…。見えているのか)
今は何とかイタチの攻撃を避けられてはいるが、避け続けるのも時間の問題だった。
レティシアの眼前にイタチのナイフが迫る。
(やべ…)
イタチのナイフがレティシアに届く直前、リンダは咄嗟にイタチとレティシアの間に割り込む。
自分より20歳幼いたかが子供の殺し合い。しかし自分より圧倒的に強い2人の間に入り込んだ代償は大きかった。
レティシアは無傷のままだったが、リンダの左腕、肘と手首の中心から先がイタチに切られ宙を舞う。
「ぐあああっ…!」
片膝をつき激痛に顔を歪ませるが、残った右手で短刀を横なぎに払う。
周囲の兵たちは地面に落ちたリンダの左腕を見て静まり返っている。子供を守るため自らの腕を差し出した女にみな驚愕していた。
だが、リンダが命を賭して2人の間に割り込んだのは守るためではない。
(殺すためだ!)
はっきり言って、自分よりレティシアの方がイタチを殺せる可能性は明らかに高い。だからレティシアが手傷を負う事より自分が致命傷を受けることを選んだ。単純な理屈だ。
しかし目の前の敵、うちはイタチはリンダを見ていなかった。
(こいつ…!あたしを見ていない。依然レティシアを見てやがる…!片腕を失ったあたしは敵じゃないってか!?舐めやがっ…)
イタチの視線の先、レティシアを振り返ったリンダは驚愕に目を見開く。
視線の先には痛みを必死に我慢するかのように顔を歪ませたレティシアの姿があった。
(どういうことだ…?あたしが庇ったからイタチの攻撃は受けていないはず…。外傷もない)
-魔幻・枷杭の術-
イタチが暁に入った直後、写輪眼を奪おうとする大蛇丸にかけた幻術。
血継限界、写輪眼を持つ者だけが使える瞳術。
レティシアは今、体中に楔を打ち込まれている幻術の中にいた。
(くっ、俺に気付かれずにこの楔を打ち込んだだと…?ありえねぇ!だがこの痛みは…)
(こんなレティシアの表情、初めて見る…。だがあたしのやることは変わらない…!)
人間としてではなく、1人の殺し屋としての信頼。6歳の少年でもレティシアなら少し時間をかければ立て直してくれる。ファロットとして迷いなくリンダは時間を稼ぐため決死でイタチと相対した。
(カール達の方がかなり緊迫している…。このまま片を付ける)
迫るリンダの短刀をナイフで受ける。片腕を無くしてなおこの気迫、見事としか言えないが、やはり両腕で戦っていた時よりも攻撃の質は格段に落ちる。
イタチはリンダを蹴り飛ばしレティシアに向かうが、リンダもすぐに体制を立て直して間に入ってくる。
(死ぬ覚悟でその子供を守るか…。しかし大蛇丸をも縛ったこの幻術をそう簡単には…)
リンダの短刀を受け流しながらイタチは考えるが、急にレティシアのチャクラが消え、驚いた表情でレティシアに目を向ける。
幻術とは、相手の五感に働きかけ、その脳神経に流れるチャクラを己がコントロールする。というかなり高度な忍術だ。
自分が幻術にかけられた場合、その解き方はたった2つしかない。1つは誰かに自分の体に触れてもらい、チャクラを流し込んでもらうことで敵のチャクラコントロールを乱すというもの。そしてもう1つは、己のチャクラの流れを一旦できる限り止め、術者のチャクラコントロールを上回る力でそのチャクラの流れを乱す方法である。
よって幻術を扱う忍びは、相手がチャクラの流れを止めたら自分のコントロールが乱されないよう気を引き締めなければならない。
(チャクラの流れを止めただと…!こいつまさか…)
視線が逸れたイタチにリンダの短刀が迫るが、イタチはそれを見もせずに避け、鳩尾に一撃を入れる。リンダは気絶して崩れ落ちるが、この出血では数分で死に至るだろう。
イタチはレティシアに向き直り、赤い瞳で彼を射抜く。
その時、イタチの後方ですさまじい爆発音が聞こえた。
(カール…。影分身を出すチャクラの余裕もない。状況は最悪だな…)
イタチは感知タイプではないが、大きすぎるチャクラを持った者がカール達を追い詰めていた事は感知できていた。カール達は今の一撃で死んだ可能性も高い。今すぐにそっちに向かいたいところだが、目の前の少年はそれを許さない。
ゆっくりと目を開いたレティシアは自分の両腕を見つめ、ニヤリと口の端を吊り上げた。
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巨大なクレーターを作り上げた張本人、レックス・ソウルの顔に笑みは無かった。彼は無言である兵士を睨みつけている。
(あーあ、こりゃ俺殺されるわ…)
両手に巻物を3つ持ち、何かを悟ったような表情で空を見上げる男。カール達3人をレックスの拳から救ったのはマリオ・ボッシであった。
イタチから戦闘前に渡されていたカール、クリス、アリスを口寄せする術式を書いた巻物。カール達は近くにいたせいで上空に跳んだレックスを見失っていたが、20メートルほど離れた場所で彼らの戦いを見ていたマリオには、上空に跳んだレックスもレックスを見失い周囲を窺う3人も良く見えていたため、巻物を広げてカール達を口寄せすることで3人を助けたのだ。
(ふむ、あの男には魔力は無いな…。となるとあのでかい紙、あれが人を移動させる魔法具という訳か…)
再び短刀を構え、マリオとカール達に歩み寄るレックス。
一度3人を助けることはできたとはいえ、マダックス親子とレックスの実力差は歴然。死という未来を十数秒先延ばしにしたに過ぎない。
だがその数十秒が大きな役割を得ることになる。
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魔幻・枷杭の術をくらったレティシアは、幻術中はっきり言って彼の人生で過去最高に焦っていた。いつ自分に楔を打たれたのかも分からない。このままだとそのうちに死ぬだろう。身動きも全く取れない。
だが、身動きを取れないというその一点がレティシアに希望を与えた。
(まぁ戦って死ぬのは仕方がねぇ。だが、身動きがとれないのはある意味好都合…。シアンの発動は少しの時間、完全に動いてはいけないという制限があるからな…)
リンダがどれだけ時間を稼げるか分からないが、発動までに俺とリンダがイタチに殺されたら俺の人生はそれまでってだけ。
そう割り切ってレティシアは自分の纏っている魔力を一度完全に解いた。
ファロットの秘伝、シアンの発動が完了し、レティシアは戦場の状況を完璧に把握する。
(レックスのおっさん、明日落ち合う予定なのに今日この戦場にいたのかよ…。しかもちょっとした手練れとやりあってぼこぼこにしてんな。そして…)
目を開けたレティシアは自分の手を見てニヤリとほくそ笑む。
(あんな楔、俺に気付かれず打ち込めるはずねぇとは思ったが、やはり…)
「まぼろしだったか…」
その言葉を聞いてイタチの眼がピクリと動いた。
そのままナイフを片手にレティシアに迫るイタチ。だがイタチの攻撃はすべて空を切る。しかも先ほどの攻防とは違い、レティシアは首を少し傾けただけ。必要最小限の動きでイタチの攻撃をことごとく避けている。
対するイタチもまた写輪眼を開眼したためレティシアの攻撃を全て紙一重で避ける。
短刀とナイフの歯をぶつけあっていた先ほどとは違い、お互い刃物を凄まじい速度で振り回しているのに一度も金属のぶつかり合う音のしないという不気味な攻防がしばらく続き、やがてお互いが同時に後ろに飛びのき距離を取る。
((攻撃が完全に読まれている…))
同時に全く同じ判断をした二人は戦術を変えることを決断する。
レティシアは短刀のつばを口に咥え両手のひらに小石を構え回避不可能な広範囲攻撃を、イタチは残りわずかのチャクラを使い幻術の使用を選択。
(いや…。もう幻術を使うにはチャクラが足りないか…?)
イタチが眼にチャクラを集中させた瞬間、レティシアは小石を捨てこの戦いで初めてイタチに話しかけた。
「成程、目を使った魔法か…。それでまぼろしを見せるのか?」
(杖を使わない魔法ねぇ…。確か目を合わせた相手を即死させる大蛇がイギリスにいると聞いたことはあるが…)
レティシアの言葉に、イタチは少し考えるそぶりをした後、静かにレティシアに語りかける。
「そうだ…。この眼の前では全ての術が無意味。俺と目が合った瞬間、お前は終わりだ」
(ちっ)
レティシアは目を地面に向け、一度イタチから目を離す。
(考えろ…。目が合わせられないなら、足や体の動きを見て相手の動きを推察する。シアンが発動している今の状態なら問題なく対応できるは…ず…?)
イタチから目を離し、対策を練ったコンマ数秒のわずかな隙。
(しまった…)
目を上げると、そこにイタチの姿はすでに無かった。
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(ふむ、周囲を見渡した感じだとあの魔法具を持っているのはその男だけのようだな。ならば4人まとめて叩き切る!)
短刀を構えレックスは4人に迫る。疲れ切った3人と瞬身の術のが使えないマリオで対応は不可能。確実に全員殺される。
そう判断したカールは3人の前に出る。
「俺が盾になる!お前たちは逃げろっ!!」
言う事を聞かない体に鞭を打ち、震える手でナイフを構えるカール。
絶体絶命と誰もが思ったレックスの攻撃だったが、短刀の刃がカールに届くことはなかった。
「…間に合ったな」
そう呟いたのはまだ幼い6歳の少年。レックスの短刀をナイフで受け止め、レックスを睨みつける。
もうイタチに幻術に使用するチャクラを練るスタミナは残っていないが、「刺し違えてでもお前を殺す」というとてつもなく強い意志を瞳に込め、イタチはレックスの目を見つめる。
地面に巨大なクレーターを作るほどの膂力を持つレックスの攻撃を受け止め、力強い瞳で睨みつけてくる子供。
(…こいつか!イレギュラーは…!!)
動きは一切無く、ただ睨み合うだけの二人。傍から見れば意味が分からないかもしれないが、それは正しく戦闘だった。
とても長い時間のような、終わってみれば数秒だったかのような2人の睨み合いは、レックスが目を逸らすことによって終わりを告げた。
レックスは後ろに飛びのき地面を思いっきり殴りつける。先ほどと同じぐらいのクレーターを作り土煙を巻き上げた。土煙が風に流され、クレーターが視認できるようになった時、レックスの姿はどこにも見えなくなっていた。
(退いたか…)
レティシアとレックスのチャクラは既に完全に感知できない。やっと気を抜くことが出来たイタチは、地面に崩れ落ちた。
(何とか乗り切ることは出来たが…。スタミナが少ない体でチャクラを練りすぎた…)
クリス達が自分を呼ぶ声が聞こえるが、疲れ切ったイタチは意識を手放した。
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戦場を悠々と歩く子供の姿があった。
しかし周りの兵士たちはだれもその子供に手を出さない。
子供を殺すのは可哀想だから?良心があるから?
いいや、殺されたくないからだ。
イタチと互角の死闘を繰り広げたレティシア・ファロット。彼の戦いを見ていた周囲の歴戦の兵士たちは彼が近づくと道を開け、レティシアもそれが当然であるかのように立ち止まることなく歩き続けていた。
(しかし想定外の強さだったなぁ。うちはイタチ…)
レティシアは先程の戦いを思い返す。
(だけどあいつ気付いていなかったな)
そう、先の戦いでレティシアのみが気付き、イタチもレックスも気付いていないことが一つだけあった。
(かなりの手練れっぽかったなぁ。俺らの戦いを隠れて覗いてやがった奴は…)
設定資料
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カール達を口寄せした巻物
→中忍試験 第二の試験にて、口寄せする気が全く無くても、口寄せの術式が書かれた巻物を開いた時点で中忍が口寄せされたことから、チャクラ(魔力)を持たないマリオにも使用可能だと判断。
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更新が遅くなり申し訳ありません。